真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~   作:クーロン

26 / 75
気が付けばこの小説のUAが5万オーバー、そして感想が150近く、お気に入りも500近くとなっていました。
読んで下さる方々には、心から感謝しております。


月見酒

 霞は街中を歩いていた。

 日は高い。ちょうど、正午を少し過ぎたあたりだ。

 歩いている人々の表情は、普段と変わらない。

 だが、ピリピリとした雰囲気がある。

 辻斬り、という事件があったからなのか。それとも、霞の中にあるものが、周りの空気に伝染したのかもしれない。

 だが、霞はそれに構わずに考えていた。

 今までの情報から手に入った犯人像――独歩を斬る実力、そして推理された犯人の体格。

 彼女の頭の中に、一人の少女の顔が浮かんだ。顔と同時に、戦いの光景も浮かんだ。

 鍛錬として、自分と戦った時の顔。涼しい顔だった。

 戦で敵兵を斬った時の顔。冷めきった目をした顔だった。

 虎牢関の戦いの時の顔。血塗れになった凄まじい笑みの顔だった。

 ――恋……か?

 入院している間に、恋は生きているかもしれない、ということを聞いた。

 だが、治療については聞いていない。

 霞の場合は鎬紅葉に治療され、一命をとりとめた。しかし、恋の場合はどうだ。

 ――恋はどうなんやろか?

 大怪我をしていたのだ。戦場から離れた後で野垂れ死にしていても、おかしくない。

 いや、普通なら死んでいるだろう。

 そう思っている。

 しかし、それでも恋の顔が浮かぶ。

 それは、ウチは恋は生きていると思っているからや、と霞は結論付けた。

 だがこの事件には、まだ分からないこともある。

 霞は恋が何を考えているのかは分からない。

 なぜ、独歩に戦いをしかけたのか。なぜ、曹魏と事を構えようとしているのか。

 それが分からない。

 いや、正確には一つだけ心当たりがある。

 恋は最後、範馬勇次郎に執着心をみせたとも聞いた。

 それが原因かもしれへん、と霞は思った。

 闘いたい。強いヤツと闘いたい。

 その感情は理解できた。痛いほどに理解できた。

 彼女自身にもその感情はある。

 ――恋はどうやったんかな

 闘いたいという感情は、今まであったのだろうか。なかったのだろう。

 どんな闘いでも、今まで力を持て余していたのだろう。闘いというものを、ただの作業として行っていたのだろう。

 なら、今はどうか。

 敗北をした。こっぴどい敗北をした。

 そして上を知った。自分の上を行く強さを。そして、それとの闘いを知った。

 もし、だ。もしも、それとの闘いの喜びを知ったらどうなるのか。

 霞は考えた。

 恋は闘おうとするのか。するだろう。

 ――恋が敗けっぱなしでおるワケがない

 だが、そのままやればまた敗けるだろう。

 ならどうする?

 強いヤツ相手に、次は勝つならどうすればいい?

 決まっている。強くなればいい。自分が強くなればいい。

 ――そこか。そこやな。恋が考えるのは、そこや

 霞の中で段々と考えがまとまっていった。

 仲間として過ごしてきた時期があるからこそ、恋の思いが分かる。何をしたいのかが分かる。

 それでも釈然としないことが、まだ霞の中にある。そのこともしっかりと理解している。

 霞は恋と話す必要があるとも思った。

 

   弐

 

 街中に四人組がいた。一人が男で、残り三人は全員女だ。

 

「真桜。街中で渡すものがあるといったが……ここら辺でいいか?」

「おう。ちっと来てぇな! ……これは内緒やで。犯人を見つけて、いざっちゅう時には、これを使うんや」

 

 真桜はそう言い、三人に小さな箱を手渡した。

 

「……なんだ、これは」

 

 凪は手のひらに収まっている箱を持って言った。

 シンプルなデザインの箱だ。

 小さく、そして軽い。

 

「大将の御依頼で作った、雨でも小さな火種で簡単に打ち上げられる狼煙や。しかも色つきで、一個に一色づつで計四色。本来なら戦で使うもんなんやけど、実験もかねて今使うことにしたんや」

「いいのか?」

「ええよ。てか、はよこの事件のカタをつけんと……春蘭様がブチギレそうやし」

「もう、キレていると思うけどな」

 

 克巳はバンダナが巻かれている頭を掻きながら言った。

 

「確かに早く終わらせないと、おっかないの」

「せやから、これを持つんや」

「親父に勝つヤツが相手だ……用心に、こしたことはないだろうしな」

「克巳さん、編成はどうしますか?」

「あー……普通に考えたら、何人組かに分けるだろ。そして、戦力を均等にしねェと」

「となると……二人組二つで、凪と克巳はんは別々やな」

「妥当なの」

「私はそこまで強くはないぞ」

「沙和と真桜ちゃんよりは強いの」

「単独行動して狼煙使う間もなく、やられた、なんて言われたらシャレにならん。二人組っちゅうのは変えられへんな。ってことは……」

 

 真桜がそう言ったところで、二人が考え出した。

 

「何を考えている」

 

 凪が言った。

 

「下手な方くっついて行くと、エっライ疲れるっちゅう話や」

「だけど、克巳さんも凪ちゃんも気合入ってるだろうし……どっちが楽なのか分からないの」

「なにをたわけたことを言っているっ!」

 

 凪は怒鳴った。そして、拳を固めた。

 真桜と沙和はそれが目に入り、ぎょっとした目をした。

 そして、小さな声で耳打ちした。

 

「凪、冗談や」

「克巳さんの肩の力を、抜こうとしただけなの」

「言っていいことじゃないだろう……!」

 

 三人は固まって、ワイワイと言い合っていた。

 克巳はその光景を見ながら、拳をグッと固めた。

 今日から、あの三人の上に――もっと言ってしまえば、警備隊という組織の上に立つのだ。

 克巳はそのことを自覚していた。

 神心会門下延べ百万と比べたら軽い。人数で言ってしまえば、とてつもなく軽い。

 克巳はまだ、組織全体の人数はまだ把握していない。

 それでも、神心会と比べたら小さいというのは分かる。

 警備隊の大きさは、神心会の千分の一、それどころか万分の一かもしれない。それぐらいの大きさかもしれないのだ。

 ――それでもだ。これは軽くない。

 克巳はそう思った。

 軽い組織だからこそ、克巳にとっては重い。

 ――この小さな組織をまとめられないようじゃ、神心会はまとめられない。

 克巳はさらに固く拳を握った。

 ――この組織をまとめ上げ、そして……

 

「親父の敵をとる……ッッッ」

 

 克巳は、そうつぶやいた。

 

   参

 

 その日を一日中、克巳たち四人は犯人探しに費やした。

 だが、収穫というべきものはなかった。

 手ぶらのまま日が暮れ、そのまま城に戻ってきた。

 秋蘭に季衣、流琉も同様であった。

 だが、春蘭と霞。

 この二人は、城に帰ってこなかった。

 

   肆

 

 きれいな夜だ。

 空の月は金色に光っていて、星が輝いている。

 そのおかげで、道がはっきりと目に見える。

 風は無い。凪いでいる。

 そのためか、夜にしては少し生温い空気だ。

 少し酒屋に行って飲む人間がいても、おかしくない。

 しかし、人が出歩いている雰囲気はない。それどころか、人が起きている気配すらない。

 ゴーストタウンのような雰囲気だ。

 昨夜、辻斬りという事件があったのだ。そして、その噂はすでに広まっている。

 この雰囲気も当然のことだろう。

 だが、その街中を歩く人がいた。

 紫色の髪をした少女だ。

 袴をはき、胸にはさらしを巻いている。肩には着物を引っ掛け、それを上着にしている。

 左手に大き目の徳利を持ち、右手には戦場で愛用する武器が握られている。

 目にはどこか鋭い光が宿っていた。

 霞である。

 彼女の足は真っ直ぐ、城壁に向いていた。

 履いているゲタが城壁の階段で、コツコツと小気味いい音を鳴らす。

 霞が階段を半分までのぼると、城壁の上でムクリと影が動いた。

 その影は、真っ直ぐと霞を見下ろしていた。

 月を背負っているため、顔はよく見えない。

 それでも霞にとっては十分だった。誰か、分かった。

 

「なんとなくいそうやって、思っとっただけなんになぁ……。久しぶりやな、恋。無事でなによりや」

「……霞、久しぶり」

 

 ここだけ切り取って聞けば、久々に再会したときの挨拶のように聞こえるだろう。

 だが、交わす視線が違う。二人の間にある空気の質が違う。

 

「左手の……何?」

「ああ、これか。酒や。……ちぃっと恋と、話さんといけんことがあるんよ」

「ん……」

 

 恋は短く答え、その場に座った。

 霞は階段をのぼりきり、恋の右隣に行って座った。

 その場所から空を見上げると、黄金色の月がちょうど正面にある。

 

「ねねはどないしたん?」

「……寝てる」

「まあ、せやろな。起きとったら恋のそばにおるやろうし」

 

 霞はそう言いながら、二つある杯に酒を注いだ。

 両方の杯の縁から酒がこぼれそうになるまで注ぎ、二人の間に徳利を置いた。

 恋は右手で杯を持ち、霞は左手で杯を持ち上げた。

 そして、同じタイミングで表面がユラユラ揺れている酒の上に、口を寄せてすすった。

 そのまま、霞の方が先に杯を空にして言った。

 

「独歩を斬ったの……恋か」

「……そう」

 

 恋は酒を少しずつ飲みながら言った。小さな声だったが、強い答えだった。

 それがどうした、と言わんばかりだ。

 

「なんで、そないなことをしたん」

「強くなりたい。誰よりも……範馬勇次郎よりも」

「……本気か。いや、本気やろな」

 

 霞は徳利を掴み、杯に注いだ。

 さっきと同じく、縁からこぼれそうになるまで注いだ。

 

「……本気。強くなって、もう、敗けたくない」

 

 恋はポツリポツリと話し始めた。

 

「敗けたら、何も残らない。家族も……国も……」

「……せやな」

「月たちも、どうなったか分からない」

「逝った……可能性もあるなぁ。噂じゃそうや」

「ん……ねねから聞いてる」

 

 恋はそこまで言って、酒を飲み干した。

 霞は、普段の恋より口数が多いと思った。

 事実、多い。酒の力なのか、元とはいえ仲間と話しているから、なのかは分からない。どうでもいいことだ。

 ――一番重要なんは、聞きたいことを聞くことや

 霞はそう思った。

 

「敗けたくないってのは、それが理由なんか?」

「あと一つ……」

「一つ?」

「……恋がイヤだ。恋より強いのは、世の中に居て欲しくない」

「…………」

 

 霞は何も言わずに聞いていた。いや、なにも言えなかった。

 霞の中にあった恋のイメージとまるで違うのだ。

 戦いというものに、強さというものに、淡泊だった恋とまるで違う。

 ――たった一度の敗北……それで、ここまで人が変わるんか?

 霞はそう思い、驚いていた。

 

「恋以外が最強なのは……イヤ」

「なら、なんでここにおるん? ケガは治ったんやろ? 勇次郎と()りたいなら、()ればええやろ」

「ダメ……まだ勝てない。勝てるようになってから、やる」

「どう、勝てるようなるつもりや」

「力だけじゃダメ。勇次郎に勝つには、色々いる」

「抽象的やな~。要するに、分かっとらんってことでええか?」

「……分かっている。勇次郎に勝つためには、全部いる」

「ま、せやろな」

 

 霞はそう言い、勇次郎のことを思い返した。都合、三回は勇次郎の闘争を見た。

 一度目は、黄巾賊を皆殺しにして、そして自分たちの軍にまで襲いかかってきた時の闘争。

 二度目は恋との闘争。三度目は、自分達との闘争。

 たしかに、力と技、速度にスタミナ。どれをとっても異常と言わざるをえなかった。

 全部、というのは間違っていない。

 

「で、華琳の国と、ここまで大事にした理由はなんや」

「……偶然」

 

 あっさりとして、気の抜けるような言い方だった。

 無邪気、ともいえるかもしれない。

 

「偶然でこれはないやろ。武将全員、血眼になって恋のこと探しとるで」

「……そう」

 

 恋は一言だけ興味なさそうにそう言い、杯に酒を注いだ。

 

「……別に時間があれば、全員とやってもいい」

「時間が無い、みたいな言い方やな」

「……ない。その間に、勇次郎がずっと先に行きそうだから……」

 

 そう言って、恋は酒を一口だけ飲んで顔を伏せた。

 

「……夢で、何度も勇次郎と闘った。……それでも敗ける。敗けるか、死んでからして、目が覚める」

「夢で勇次郎と戦う……か。……キッツイやろうな」

 

 一瞬、霞はそのことを想像したのだろう。

 酒で出来た赤みが、サッと引いた。

 

「霞は……ある?」

「あるで。相手は色々や。恋もおったし、関羽とか惇ちゃんも出てくる」

「それで、強くなった感じ……ある?」

「微妙やな……戦法とか、整理できるくらいや」

 

 霞はそう言い、一口だけ酒をすすった。

 

「で、あと一つ聞くことがあるんよ」

「…………」

「独歩の両拳、なんで壊したんや」

 

 低い声で霞が言った。

 空の右手には、武器がしっかりと握られている。

 

「……もし、生きていたら……またやることになる」

 

 恋は顔をあげて言った。

 

「……何度も同じ相手と、やる時間は無い」

「要するにや……闘えへんようにしたってことで、ええか」

 

 恋は無言でうなずいた。

 

「……ふぅん」

 

 霞は小さく鼻を鳴らした。

 彼女の中に炎が燃えていた。

 勢いがある、業火のような炎ではない。燻るような高温の青白い炎だ。

 

「徹底的やな」

「……ん」

 

 霞はそう言い、右手の武器を強く握った。

 

「……霞とはやらない」

 

 恋が絶妙なタイミングで言った。

 霞の身体に張り詰めていた空気が、少しだけゆるんだ。

 もし、少しでも言うタイミングがずれていれば、そのまま戦いへと移っていただろう。

 

「霞とやっても、ダメ」

「どういう意味か、説明してもらうで」

 

 霞は恋を睨みつけ、言った。

 低い、渇いた声だった。

 

「霞は……恋の今までの相手と同じ。強いけど、同じ」

 

 月を見ながら、恋は言う。

 

「範馬勇次郎相手の練習台には、ならない。勇次郎と違う種類だから……」

「で、同種ってのが独歩なんか」

「ん……霞は素手で戦う人じゃない。独歩は素手で戦う人」

「それで考えたら、そうやな」

「だから……闘った」

「素手の相手に武器でかかるっての、卑怯とか思わへんの?」

 

 霞は一気に杯の酒を飲んで、言った。

 

「卑怯はないって……独歩は言った。……武器相手がイヤなら、逃げればいい。逃げないなら……やる」

 

 そう言い、恋も杯に残った酒を一気に飲み干した。

 その後、二人は何も言わずに酒を飲み続けた。

 いつの間にか、二人の間の徳利は空になっていた。

 霞は自分の杯に注ごうとしたところで気付き、徳利を地面に置いた。

 そして、武器を握って恋に背をむけた。

 

「……帰る?」

「ああ、帰るで」

 

 霞は背を向けたまま言った。

 

「ウチも、恋がしたことに思うことはある。せやけど……元々仲間やったよしみもある。色々、聞けたんや。それで今日は帰るで」

 

 そこまで言ったところで、霞は恋の方を向いた。

 

「明日から……いや、次に会うた時には、問答無用で斬りかかるで」

「そうか、霞は次か」

 

 霞の後ろから声がした。

 と――

 後ろにいた影が、槍投げのように何かを投げた。

 恋は左手で武器を握り、刃の部分で飛来した、それを斬った。

 木刀だった。

 真っ二つになった木刀は、宙を舞って乾いた音を立てて落ちた。

 

「……誰」

「華琳様の将、夏候元譲だ。愚地独歩から色々と教わっている」

 

 春蘭は武器の剣を握りしめ、言った。

 左目には、黒いシンプルな眼帯をつけている。

 鋭い光を宿した右目が、恋を睨みつけていた。

 

「呂布。一つ聞くぞ」

 

 春蘭が言った。

 抑揚がなく、寒気がするような声だった。

 

「……何?」

「愚地独歩を斬ったのは、貴様か?」

「そう」

「ほう……そうか。それはいいことを聞いたぞ」

 

 春蘭の顔に、一瞬だけ笑みが浮かんだ。だが、その表情はすぐに消えた。

 眉間にシワが入っていき、額に血管の跡が浮かんできた。

 

「貴様……この国から、生きて出られると思うなあぁっ!」

 

 大きく口を開け、春蘭が吼えた。

 

   伍

 

 静かな夜だった。

 その夜を金属同士がぶつかる音が切り裂いた。

 その音は何度も、何度も響いた。

 春蘭は何度も斬りかかり、恋はそれを受けた。

 霞は何も言わず、その戦いを見ていた。

 

「しぶとい……!」

 

 不意に、春蘭が忌々しそうにつぶやいた。

 そのスキを、恋の戟が突いた。春蘭の顔に真っ直ぐと戟が伸びていく。

 春蘭は頭を動かし、一歩だけ大きく踏み込んだ。

 そして、右手を剣から離して、右掌を円の形に廻した。

 愚地独歩が得意とする、受け技の最高峰――廻し受けの形だった。

 今の間合いは、剣を使うのにベストな距離だ。そのハズだ。

 だが、春蘭は恋の戟を抑え、さらに右足で踏み込んだ。

 もう、この間合いは戟の距離でもなければ、剣の距離じゃない。

 拳の距離だ。

 恋は一瞬だけ戸惑った。

 まったく意味が分からなかった。

 剣を持っている以上、踏み込みが必要なのは分かる。だが、踏み込み過ぎれば、逆に剣が邪魔になる。

 何故、わざわざ踏み込んだのか――?

 答えはすぐに分かった。

 春蘭は踏み込んだ勢いのまま、左足を浮かせた。

 それは鉈の重さ、剃刀の鋭さをもった蹴りだった。足を折ろうとする蹴りだった。

 ローキック。

 恋は右足を浮かせ、すねで受けた。

 ローキックの受け方は知らなかった。だが、恋の闘争本能――細胞は受け方を知っていた。

 本能的だったからか、正しかった。

 ローキックをすねやひざで受けられると、ローキックをした方がケガを負うことがあるのだ。

 だが、それだけで春蘭は止まらなかった。

 恋がローキックを受ける寸前で、春蘭は右拳を引いた。

 それを見て、反射的に、恋は右手を戟から離した。

 ローキックが戻り、春蘭の左足が地についた瞬間――右拳が放たれた。

 その拳は、空手の突きとよく似ていた。

 恋は右掌でそれを受けた。手に、ビリビリとした衝撃が走る。

 同時に、恋は後ろに大きく下がった。

 一瞬、春蘭の顔に笑みが戻った。

 春蘭は剣を握っている左手を振った。

 剣は空気を切り裂きながら、恋の顔に伸びてきた。

 恋は、さらに後ろに下がって避けようとしたが、剣はどんどん伸びてくる。

 春蘭の剣は、恋の右目の下あたりの肉を斬った。

 細い赤い線が、恋の顔にできた。

 致命傷や、人を動けなくできるような傷ではなかった。

 ――仕留めそこなった!

 春蘭はそう思った。

 刹那。

 さらに下がった恋が、左手だけで戟を振った。

 春蘭はそれに気付き下がったが、戟はまだ伸びてくる。

 戟の刃は、春蘭の額の肉を斬った。ちょうど、右目の上の位置だ。

 頭の傷、というのは厄介だ。

 傷が浅くても、多く血が出るのだ。

 すぐに然るべき手順と方法で処置をすれば止まるが、戦いの最中で出来るハズも無い。

 春蘭の額から流れ始めた血は止まらず、右目へとたれていった。

 ――くそっ!

 眉で血の流れが止まるが、いつまで眉が受けきれるか分からない。

 血が一度、右目に入ってしまえば、そこで終わりだ。

 まず、痛い。下手なゴミが入った時よりも痛い。

 さらに、いくらぬぐっても、すぐによく見えるようにはならない。目のレンズに油膜が張り、ぼやけてしまうのだ。

 いらいらする。

 いいことなんて、なにもない。

 春蘭は額から眉の上に流れる血を、左手の甲でぬぐった。

 恋はその光景を見ながら、くちびるまで流れてきた血を舌で舐めた。

 顔には、どこか余裕がある笑みが張り付いている。

 その笑みを見た瞬間、春蘭の全身の細胞がブチブチと音をたてた。

 身体の熱が一気に上がる。

 ――叩き潰す!

 春蘭がそう思った瞬間、恋に向かって何かが飛んで行った。

 矢だ。

 恋は、それを手で掴んで一息にへし折った。

 

「姉者も霞も、夜まで何をしている」

「この狼煙が本当に役立つなんてな」

 

 陰から二人分の声がした。女性の声と男性の声だ。

 そして、その陰にいた二人が歩み寄ってきた。

 春蘭の妹――秋蘭と、愚地独歩の養子――愚地克巳だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。