真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
月が雲間から現れる。月の光を浴び、戟の刃が輝いた。
克巳の身体に、軽い震えが走る。
恐いのか? 恐いから震えているのか? と聞かれたらそうだ。
闘いたいのか? 闘いたいから震えているのか? と聞かれたらそうだ。
むろん、怯えも、緊張もある。だが、悦びもある。
怯えも、不安も、緊張も、悦びも、闘志も克巳の中にたしかにある。
あらゆるものがある。
それらが克巳の内部でせめぎ合い、揺れていた。
決して、一つの言葉で言い表せるものではない。
恋は克巳を見ていた。
戟を構え、油断せずに見てはいるのだが、威圧感に恐怖感がまるでない。
だが、一応は睨みつけているのだから、それらを与えるつもりではいるらしい。
――嘗めやがって……ッッ
克巳はそう思った。
だが、同時に仕方ないだろうとも思った。
昨夜のアレで恋は克巳の実力を判断しているのだ。
そして、勝てると思っているのだ。
克巳はそれが分かっていた。
だが、恋の勝利の根拠は何だ? それが根拠なのか?
あくまで、その根拠は昨日はこうだったからだ、というのしかない。
それだけだ。
油断はしていないが、ぬるい。
克巳はそういう印象を受けた。
壱
動かない。
二人とも、睨み合ったまま動かない。
弐
十秒が過ぎた。
二人はまだ動かない。
長い、長い、十秒だった。
まだ、動かない。
参
動いた。
二人とも、同時に動いた。
十四秒後だった。
肆
ぞくり。
ぞくり、ぞくり。
克巳の背に、あの震えが走った。
寒気だ。昨夜と同じ寒気だ。
だが、恐くなかった。まるで恐くない。
恋の戟が振られる。
ゆるみはない。
遊びはない。
どれもが必殺の威力を持っている。
それでも、克巳は恐さというものを感じなかった。
――これと比べたら、花山薫の拳の方がずっと恐い。
そう、思うほどだった。
自分でも不思議なほど、落ち着いて闘っていた。
かわす、かわす。
そして、恋は大きく戟を振り上げた。
不思議な
汗はかかず、笑ってもいない。
退屈な宿題をやる小学生のような顔だ。
この闘いで、苦しんでも、楽しんでもいないのだ。
何か、ゆるんでいる表情だ。
その表情のまま、戟が上がりきった。
「しゅッッ」
克巳の口から、鋭い呼気が出た。
刹那――
拳に、肉を殴った感触があった。
顎、水月、
全て急所だ。
一瞬、恋の目が見開いた。
そして、戟を持つ両手から力が抜けた。
足がフワリと浮いた感覚がする。
恋は歯を噛みしめた。
――倒れない! 倒れられないっ!
そう思ったとき、スゴイ衝撃を、左のこめかみに受けていた。
一発。
「くぅっ」
恋はうめいた。
腹からうめき声が出た。
また衝撃が来た。左のこめかみだ。
両方とも、克巳の蹴りによる衝撃だった。
一発目が、右の上段蹴り。
綺麗に足がのびた、高い蹴りだった。
それが最初に、恋のこめかみを叩いた。
それだけじゃない。それだけでは止まらない。
蹴りの勢いで、身体を一回転させ、後ろ回し蹴りにつないだ。
上段蹴りと同じ高さを、左足の踵が
克巳の頭が、地面に着きそうになるまで下がり、身体のバランスをとった。
そして、恋のこめかみを踵が打ち抜いた。
よく研がれた名刀のような一撃だった。
突如、恋の目の前が暗くなった。
暗くなって、首が右に傾いた。
いや、首ではなく、身体が傾いていたのかもしれない。
衝撃を半身いっぱいに浴びた。
カラン
衝撃と同時に音がした。
何の音か、恋は分からなかった。
手先が痺れている。
手に何かあるように感じる。何もないようにも感じる。
気付けば身体の前に壁があった。
固く冷たい壁だ。
――壁……? なんで……?
眼を動かすと、誰かの足が目に入った。
二人分の足だ。
目を下にやると黒い足が見えた。
見覚えのある足だ。
動かない。
次は、目を上にやった。
白い道着を履いていた。
その足の上に目をやると、人が恋を見下ろしていた。
まだだ、と言って見下ろしていた。
そこで、恋は気付いた。
自分がどういう状況だったのか気付いた。
攻撃を受け、倒れるまで、意識を失っていたのである。
失われた意識が、地面に倒れた時の衝撃で戻ってきたのだ。
恋の足は動かない。
足に力が入らないのだ。
――なら、手で押して動けばいい。
恋はそう思った。
その時、違和感を感じた。
何もない、という違和感だ。
恋の手には何もなかったのだ。
――え……?
恋は戸惑った。
手を動かすと、ぞっとする感触があった。
棒に当たる感触だ。
恋は何があったのかを理解した。
自分は気絶し、武器を手放したのだ。
「あああああっ!」
恋は立ち上がっていた。叫びながら立ち上がっていた。
耐え切れなかったのだ。
自分より下だ、と思っていた人間相手に意識を刈り取られ、先にダウンしたという事実に、耐え切れなかった。
ダウンし、武器を手放すほどに気を失ったという事実に、耐えられなかったのだ。
屈辱だった。
意識が、精神が、言うことをきかない肉体を、無理やりに起こした。
引き摺りあげたのだ。
恋の身体が震えていた。
手に足に力が入らず、ガクガクしている。
「はぁっ! はぁっ!」
「そりゃそうだ……まだ終われねェよな……。勇次郎とやり合って、生きているんだからよ。そりゃあ、これぐらいじゃ気絶しねえよな」
恋は克巳を睨みつけた。
顔には汗が浮かんでいる。
眼には暗い炎が灯されていた。
屈辱に対する怒り、くやしさが燃えた炎だ。
その炎の熱が恋の身体中を熱くする。
身体の中にある高い温度のものが、恋の身体を焼いていく。
狂ってしまいそうだった。
――狂ってもいい……
恋はそう思った。
克巳を見る恋の眼は、血走っていた。
血走り、引きつれたような笑みを浮かべていた。
「おきゃあああああっ!」
突如、恋が叫んだ。たまらずに叫んだ。
そして、武器を拾わずに、恋は拳を固めて走りかかった。
恋の右手が、克巳に向かって飛んできた。
左手で受ける。
足腰が入っていない拳だ、と克巳は感じた。
軽い拳だった。
見れば、恋の足がまだ震えていた。
ダウンのダメージが深刻である、ということが見て取れた。
克巳は右足で恋の両足を払った。
払うと同時に、みぎのこめかみに手刀を振り下ろした。
恋はそれらの力に逆らわず、あっさりと倒れた。
「はぁ……っ! はぁ……っ!」
息切れする声が聞こえる。
恋は仰向けに倒れ、ぜいぜいと苦しみに喘いでいる。
克巳は恋の頭の方へとまわった。
そして、恋の眼前に右拳を突きつけた。
「女の顔面をブッ潰すのは罪悪感があるが……こっちは親父を斬られているんだ。……打つぜ」
神心会空手では、というよりフルコンタクト制の空手では、流派を問わずに顔面への蹴りは認められていても、突きは禁じられている。
というのも、空手家の拳というのは危険極まりないからだ。
仮に、グローブをはめていない素拳の空手家が、カウンターで顔面を打てば、容易に鼻は潰れる。
場合によっては、頭蓋骨を陥没させる。
蹴りの場合は、そうめったに入らない。
入っても、脳へのダメージは大きくても、頭蓋骨の陥没はまずない。
顔面への突きを認められる場合は、グローブをつけ、スーパーセーフと呼ばれる顔あてをつけるルールの時になって、初めて認められる。
それほどに固めたうえで、顔面を打つのだ。
その顔面を、空手家が試割で、瓦や板を破壊するのに用いる下段突きで思い切り打ち抜くのだ。
克巳の場合は、それでコンクリートブロック三枚を破壊するのだ。
その一撃を人間の顔面に打ち込む――。
どうなるか、などは言うまでもない。
死!?
拳を突きつけられ、恋は死を予感した。
恋の背に暗い影が這った。
ぞくり、とした。
恋は夢中になって、両腕で顔面をブロックした。
両腕に衝撃がきた。
鼻と腕が衝突し、鼻から血がでる。
後頭部が地面にぶつかった。
「~~~~~ッッッ!」
恋が叫んだ。
言葉になっていない言葉だった。
獣の咆哮のような叫びだった。
叫びながら、引き抜かれる克巳の左腕に両手をまわした。
恋は両手で自分の全体重を支えながら、右足を克巳の首へ、喉仏をふくらはぎで蹴った。
克巳は倒れない。
同時に、恋は左足のふくらはぎで克巳の腹を蹴った。
克巳は倒れない。
それでよかった。
恋はそれでいいと思った。
ありったけの力で、克巳の左腕を引っ張った。
身体を浮かせたまま、関節技の形になっていた。
恋の背が弓なりになっていく。
克巳の左腕から、筋がちぎれ、靭帯が破壊されてゆく、嫌な音がした。
めち
めち
めち
そういう音が聞こえた。
克巳は歯をくいしばって、叫びそうなのを耐えた。
口の両端から白い泡が出る。
「ヂャッ」
克巳は右拳を固め、恋の左ひざを殴った。
何度も、何度も殴った。
拳が、離せ! 離せ! と言っている。
恋のひざが青くなっていく。内出血しているのだ。
克巳はまだ止めない。
左腕の力を振り絞り、恋の持ち上げて落とした。
後頭部からだ。
骨と石で出来た城壁がぶつかる音がした。
恋は目の前が白くなった。
目の前でチカチカと白い火花が舞う。
それでも力を緩めない。
――緩めたら、敗ける……!
必死だった。
必死で、両腕に力をこめた。
克巳の腕がのびていく。
めちめちと音をたて、のびていく。
恋はある所で、コツンとした感触を感じた。
直感的に分かった。
ここだ、と。
ここを超えると、克巳の左腕を折れるのだ、と。
ためらわなかった。
顔に笑みを浮かべ、折った。
「~~~~ッッ!」
克巳の口から、言葉になっていない叫びが出た。
左肘がとんでもない方向に曲がっている。
恋は、その悲鳴が心地よく感じた。
曲がっている肘を見て、笑みがこぼれた。
そこで初めて、恋は両手を離した。
背中から地面に落ちた。
そして、立とうとした時だった。
左ひざが業火に包まれた。
左ひざの中で、燃え盛っていた。
真っ赤になるまで焼いた鉄の棒を、ひざの中にグリグリと突っ込まれたような痛みを感じた。
「強い……!」
恋が言った。
心から言った言葉だった。
「当たり前だろうが……親父が俺のことを強いって言ったんだ」
克巳はそう言い、恋を見た。
額からあぶら汗が垂れている。
「最初……闘う気はなかった……」
「そうか……俺もそうだったよ。だけど、やる理由ができた」
克巳はあぶら汗を流しながら笑みを浮かべた。
恋の顔は変わらない。
まだ、目の中に炎が燃え盛っている。
「恋も……もう、理由なんていい……」
恋が言った。
自分に言い聞かせるように言った。
「……結論を作る」
そう言い、素手のまま構えた。
伍
構えた。
構えた。
素手で構えた。
素手で構えた。
俺は走った。
克巳は走った。
左腕が曲がっている。
左腕が曲げられている。
激痛。
激痛。
走るだけで痛む。
走るだけで痛んだ。
呂布は構えている。
恋は構えている。
来い、と言っているようにだ。
来い、と言っているみたいだ。
おれは右足を放った。
克巳の右足が浮いた。
アイツは避けない。
恋は避けない。
受ける気でいる。
受ける気でいる。
腹を腕で守った。
腹を腕で守った。
アイツの腹に刺さった。
恋の腹に刺さった。
両腕の間を、ブチ抜いて入った。
両腕を押しのけて、入った。
アイツの身体が、くの字に曲がった。
恋の身体が、くの字に曲がった。
アイツの左拳が、俺の頬を殴った。
恋の左拳が克巳の頬を殴り抜いた。
苦悶の表情を浮かべている。
苦悶の表情を浮かべていた。
右足を腹にめり込ませた。
右足が腹にめり込んだ。
左足で駆け上がる。
左足で駆け上がる。
アイツの右肩まで。
恋の右肩まで。
登った。
登った。
左肩に足をかけた。
左肩に足をのせた。
右足が昇る。
右足が昇る。
打った。
打った。
アゴだ。
アゴを。
アイツの身体がのけぞっていく。
恋の身体がのけぞっていく。
ためらわなかった。
ためらいはない。
右肘を落とした。
右肘を落とした。
顔面だ。
顔面へ。
当たった。
当たった。
鼻から、さらに血が出る。
鼻から、さらに血が出た。
肘に、鼻の軟骨を潰す感触があった。
肘で、鼻の軟骨を潰す感触を感じた。
俺の道着に、赤い血がつく。
克巳の道着に、赤い血がつく。
アイツは、鼻血を噴き出しながら、頭から地面に落ちていく。
恋は、鼻血を噴き出しながら、頭から地面へと落ちていった。
ヒドイ音がした。
いやな音がした。
アイツは後頭部を、思い切り打ちつけ、動かなくなった。
恋は後頭部を、思い切り地面に打ちつけ、動かなくなった。
陸
「押ォォ忍ッッッ!」
俺が、勝った。
親父を斬ったヤツに、勝った。
漆
蹴りこんだ水月を踏み台にして、肩へ登っての蹴り。
それが、決まった。
「押ォォ忍ッッッ!」
克巳は吼えた。
捌
真っ暗だった。
恋は、真っ暗な世界にいた。
寝ているのかもしれない、と彼女は思った。
だが、その中に、人がいた。
恋にとって、見覚えある人間だった。
鉄の皮膚を持った男だ。
黒ずんだ皮膚をしている。
悪魔的風貌で、ライオンの
黒い拳法着を着ている。
「勇次郎ォォォオ!」
恋は吼えた。
武器を向けようとしたが、手元にない。
背中に、太くて黒い蛇が這いまわった。
寒い、なんてものじゃなかった。
気付いた瞬間、全ての細胞が活動を止めた。
勇次郎が恋に近寄る。
恋は動かない。動けなかった。
勇次郎の右足が上がる。
恋は動けなかった。守ることも出来なかった。
衝撃があった。脳天から叩き潰された。
踵落としだった。
顔面から、とめどなく血があふれた。
鼻、目尻、口、耳、額、眼。
打たれた頭と、顔面にある穴の全てから血が流れた。
「……弱っちい」
そんな声が聞こえた。
勇次郎はそう言って、ツバを吐き捨てた。
恋は一切動かなかった。ただ、意識だけが生きていた。
「貴様程度では相手にならねぇ……。そこらの有象無象の弱者に過ぎん」
勇次郎はそう言い、恋に背を向けた。
恋は必死で手をのばした。
それでも、届かない。もしかしたら、手も動いていないのかもしれない。
「あの程度の小僧に遅れをとりながらも、俺に勝とうとするか……身の程を知れいッッッッ」
恋は勇次郎が振り向く音を聞いた。
同時に、何かが振り上がっていく音がした。
恋は、それが踵であると感じた。
そして、振り下ろされた。
恋は見た。
自分の頭蓋骨が破壊され、死ぬ自分を。
――勇次郎!
恋は叫んだ。
魂が叫んだ。
――勇次郎ォ!
見ていろ、見ていろ勇次郎。
そういう思いで、魂が叫んだ。
――死ね……っ!
恋はそう思った。
勇次郎に思った。
自分に思った。
克巳に思った。
――死ねっ!
こんな所で敗けるなら死んでしまえ!
敗けるなら死んでしまえ!
恋は、そう思った。
「~~~~~~~~ッッッッ!!」
恋は叫びながら、目を覚ました。
雲の隙間から月が出ている。
――きた……。戻ってきた。
克巳は信じられないものを見た。
恋が起き上がったのだ。
石畳に後頭部を強く打ちつけたのだ。
普通は起き上がらない。悪ければ死ぬ。
そういう結果を、ためらわずに打った一撃だった。
それでも恋は立ち上がった。
恋の顔に、強烈な笑みが浮いていた。
両端を吊り上げた唇がめくれて、赤い血が絡まっている、獰猛な白い歯が見えた。
大きく息を吸い込み、胸をふくらませ、それを吐いた。
「けああああああっ!」
恋は叫んだ。
喉が切り裂けそうなほどに叫んだ。
ひゅっ!!
と、克巳から鋭い息が出た。
克巳が動いた。
克巳の拳が、蹴りが、恋を立て続けに襲った。
恋はそれの半分は避け、半分は身体に受けながらも、克巳に迫った。
抱きつくような距離にまで、迫った。
ここまで来ると、拳も蹴りも威力は半減する。
だが、その間にも、拳が当たる。蹴りが当たる。
克巳の蹴りが左ひざに当たり、激痛の叫び声をあげた。
だが、恋は同時に、右拳で克巳の折れた左肘を殴った。
克巳の連撃が止まった。
――今!
恋はそう思った。
全体重、全力をかけて克巳を押した。
城壁の上から、叩き落とすつもりで押した。
同時に、右足を克巳の左足に絡めた。
克巳の身体が傾いた。上体がのけぞっていく。
恋はさらに力をこめた。
力をこめ、押し倒した。
そして、克巳の上に馬乗りになった。
克巳はマウントポジションをとられていた。
恋はこの状況で、どうやって自分のバランスを保つか、なんてことは知らなかった。
知らなかったが、圧倒的優位に立っていることは理解できた。
背後に月を背負い、闇雲になって、克巳の顔面と折れている左肘に拳を振り下ろした。
鼻の軟骨を、殴り潰した感触が拳に残った。
その感触が、ぞくりぞくりと脳まで昇っていく。
自分の下で鼻血をだす克巳を見て、笑みがこぼれた。
もう一発ぶち込む。
頭と石畳がぶつかる、鈍い音がした。
克巳の上にのっているのは、獣だった。
人ではある。それも、女だ。
だが、狂気に任せて闇雲に拳を振り下ろす姿は、血と闘争に飢えた餓狼そのものであった。
玖
空手における、試割のトリックがある。
石と
石と鉄床の間を少し開け、勢いよく叩くというものだ。
そうすることで、殴った衝撃で石と鉄床が激突し、割ることが出来るというものだ。
恋はそのトリックを、石畳と人間の頭でやった。
さらに、両手で克巳の頭を鷲掴みにし、頭突きをした。
鼻に向かって頭突きをした。
克巳の鼻から勢いよく、血が噴出する。
それが、恋の顔にもかかった。
恋はその血を避けなかった。
顔にくっついて、唇へと垂れてきた血を舐め、笑った。
恋はこのまま、克巳を叩きのめすつもりでいた。
だが、足に激痛が走った。
左ひざからの激痛だ。
克巳が右拳で思い切り、ひざを殴ったのだ。
マウントポジションで上にいる、ということは意外と技術がいる。
上の人が大きくて重いという、圧倒的体重差があるなら必要ではないが、同じ程度の体重だったり、上の人が軽いと、下の人が暴れるとひっくり返されるケースは非常に多い。
バランスが崩れた状態であれば、体重差があってもひっくり返される。
殴られて激痛が走った瞬間、恋のバランスが崩れた。
克巳は恋の下から這い出て、右拳を放った。
恋はそれを避けた。
克巳は次弾を叩きこまなかった。
叩き込まず、距離をとった。
恋も下がって距離をとった。
「フンッ」
克巳は鼻の穴を片方だけ抑え、一息吐くと、どす黒い血の塊が出て来た。
空気を取り込み、泡が出来ている。
もう片方で同じことをしても、同じような塊が出て来た。
「勝った……と思ったのによォ……」
「……恋も」
二人とも血塗れだった。
自分の血、相手の血が混ざりあった血だ。
「もう……終わりだ。終わらせよう」
克巳はそう言い、股を大きく開いた。
「……うん。そうする」
恋はそう言い、一つ、大きく息を吸った。
眼の色が落ち着いていく。
眼の奥にあった炎が静まっていく。
「これは範馬勇次郎に叩き込むつもりだった……親父に捧げるハズだった……」
克巳は何かを思い出すように、言った。
「改めて、今ッッ! この技を、我が父……愚地独歩に捧げるッッッ!」
克巳はそう言い、折れた左腕を突きだして右拳をひいた。
「敗けない……っ! 勇次郎と闘うまで……敗けないっ!」
恋はそう言い、ひざをためた。
真っ向から、やる。後退や回避などを捨てた構えだ。
「オエアアアアアアッッ!」
恋は咆哮をあげ、走り出した。
「来いやァ……親友ッッ!」