真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~   作:クーロン

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二千年と四千年

 烈海王の拳足が動く。

 ――まだ動くの……?

 恋は思った。

 掌底で烈海王のアゴを打ったのだ。

 それも、寸勁を応用した打ち方だった。

 アゴに掌が触れている状態から、十七カ所の関節をフル稼働して打ち抜いたのだ。

 倒れるハズだ。

 脳震盪で。

 倒れない。

 恋の腹にに向かって、蹴りが飛んできた。

 恋は両腕で腹を守った。

 腕に烈海王の足がぶち当たった。

 足拳――

 そして、その足は強引に守りを突き破っていった。

 胃液が食道を昇っていく。

 身体を屈めながら、恋は辛うじて、喉の位置でそれを飲みこんだ。

 

「しぃっ!」

 

 恋は鋭く息を吐き、右の手刀を振り落とした。

 狙いはアゴ。

 烈海王の目は焦点が定まっていない。

 ――当たれば終わる……っ!

 恋はそう確信し、烈海王のアゴへと右の手刀を振り落とした。

 しかし、その前に烈海王のヒザが、ガクリと折れた。

 打。

 手刀は烈海王の左頬に当たった。

 烈海王の眼が生き返った。

 ぞくり、

 ぞくり、

 と、恋の身体に震えが走る。

 知っている眼だった。

 恋は何度か、この眼を見たことがあった。

 愚地独歩も、愚地克巳も、花山薫も同じ目をしていた。

 この眼をしている人間は倒れない。

 それどころか、手痛い反撃をしてくる。

 下手に闘えば敗ける。

 眼だけではない。

 身体も生きていた。

 空気を斬るように、烈海王の右手が横なぎに動いた。

 それが恋の頬に当たる。

 当たると同時に、恋の左手が飛んだ。

 その突きは、空手の正拳とも中国拳法とも違った。

 それが真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ、烈海王のアゴを打ち抜いた。

 直突き――

 日本拳法の技であった。

 脇を締めた状態から、小さい予備動作で、踏み込むと同時に拳を突き出す技であり、拳は縦に打たれる。

 そのため、縦拳という別名を持つ。

 この有効性はムエタイ、ボクシング、総合格闘技の世界で証明されているだけではなく、自衛隊の徒手格闘術でも打撃技のひとつとして教えられているという。

 恋がこれを使ったのは、偶然であった。

 ただ、素早く烈海王を倒すことで、頭がいっぱいだった。

 そのためアゴまでの最短ルートを通り、腕での守りをかいくぐることが可能な直突きを放ったのだ。

 打。

 ぐらり、

 と烈海王の身体が動く。

 恋はしっかりと残心をとっていた。

 これで烈海王が倒れるとは思えなかった。

 顔面に向かって肘を入れにかかった。

 その肘が空を切った。

 同時に恋は、

 ふっ

 と風の音を聞いた。

 衝。

 頭部へと、衝撃が来た。

 ――二人目!? 不意打ち……っ!

 ありえない話だった。

 至近距離で背後から打撃がきたのだ。

 拳の距離ではない。

 肘の距離で、だ。

 後頭部を殴る方法など、存在しない。

 

「がぁっ!」

 

 恋は振り向きながら裏拳を放った。

 一対一の闘いに割り込む、不心得者を叩きのめすように。

 それも空を切った。

 恋の背後には誰もいなかった。

 深くて暗い質量をもった闇が、存在するだけだ。

 ――まさか……!

 恋は想った。

 いや、想うなんて時間ではない。

 脳ではなく、脊髄が。脊髄ではなく、神経が。神経ではなく、細胞が。

 それらが瞬時に感じた。

 蹴りだ。

 烈海王の蹴りだ。

 まずは膝が上がり、そこから、たたまれた足全体が、吊り上げられるようにして上がっていったのだ。

 膝が開き、足が急角度で恋の頭を叩いた。

 瞬時に恋がそこまで理解したのと同時に、また風の音が聞こえた。

 

 ひゅう

 

 恋の後頭部に衝撃がきた。

 背中を見せた恋を、烈海王が足の甲で蹴ったのだ。

 グラリと恋が前に倒れる。

 恋は右足を踏み出して、こらえた。

 そのまま深呼吸をしたかったが、そんな時間はない。

 恋はスグに、再び裏拳を放ちながら振り返った。

 手応えがあった。

 どこでもいい。どこか当たったのだ。

 その証拠に、烈海王の身体がグラついている。

 

「かっ……! かっ……!」

 

 烈海王がグラついている、ほんの一瞬。

 一秒の何分の一か、恋は休んだ。

 吐き出す息が炎のように熱い。

 恋の胸の中に、肺の中には、その空気が残っている。

 それを、喉や胸を引き裂いてでも、出してしまいたく思った。

 額から流れる汗が、鼻筋を伝い、唇へと落ちていく。

 恋はそれを舐め、吼えた。

 

「シッ!」

 

 恋の眼は死んでいない。

 烈海王と同様に、死んでいない。

 行った。

 恋が行った。

 拳。

 拳。

 拳。

 拳。

 二人の拳が、激しく交差する。やりとりする。

 浅い拳が二人に入った。

 それでも、皮膚の下の肉が潰れる。

 傷口から血が出る。

 恋は血の味を感じた。

 鼻から出る息に、血の臭いがこびり付いている。

 口の中が切れている。

 それは烈海王も同じだ。

 白いハズの歯が真っ赤になっている。

 

「吩ッッ!」

 

 烈海王が声をあげた。

 右拳が、恋のアゴに向かって、鋭く放たれた。

 崩拳――

 中国武術を象徴する技である。

 たった一つの拳に、四千年の重みが乗っていた。

 重い。

 この上なく重い。

 当たれば、意識をもっていかれるどころか、骨を砕かれるのではないか。

 そう、思わせるような一撃であった。

 恋の中で獣のように、震えが爪先から脳天まで、一気に走り抜けた。

 左右に動いて避けられるものではない、と思った。

 下がってもダメだろう。

 行き場は、下だけだ。

 だが、そこに行けば蹴りの餌食になるとも、恋は思った。

 迷わなかった。

 躊躇わなかった。

 恋は頭を沈めた。

 烈海王の拳が、恋の頭皮を削ぎ落すように、皮一枚の所を通っていく。

 恋は一瞬、なにかが焦げるような臭いを感じた。

 自分の髪の毛が、頭皮が、烈海王の拳との摩擦で、焦げていく臭いだ。

 幻臭だ。むろん、幻臭だ。

 それでも感じた。

 それ程に重い拳だった。

 だが、避けた。

 恋は避けた。

 足を大きく開きながら、頭を下げたのだ。

 烈海王の右足が、恋の足に向かって上がっていく。

 ローキック――

 恋は受ける構えをとらない。

 右拳を思いっきり引いて、そして打った。

 足で発生した力は、足首で加速され、膝で加速され、股関節で加速され、腰で加速され、肩で加速され、肘で加速され、手首で加速され、炸裂する。

 

「がああああっ!」

 

 叫びながら、恋は音を聞いた。

 ぶち

 自分の肉体から、内側から聞こえる音だった。

 自分の精神が、肉体がちぎれていく音だ。

 ぶち

 ぶち

 ぶち

 ぶつん

 

   壱

 

 恋は思い切り目の前を打ち抜いた。

 打つのはどこでも良かった。

 ただ、全力で拳を放った。

 音速拳――

 

「がああああっ!」

 

 恋の喉から、人とも獣ともつかない叫び声が迸る。

 塊のような声だった。

 恋の拳が爆発した。

 そんな感触があった。

 打った。

 打ち抜いた。

 当たった場所は知らない。

 どこでもいい。

 どこでもよかった。

 当たれば、そこを破壊できる自信があった。

 腕に当たれば腕を。足に当たれば足を。顔面に当たれば顔面を。

 どこでも破壊できる。

 そういう拳だった。

 それが当たったのだ。

 烈海王が倒れていく。仰向けに。

 ――勝った

 恋はそう思った。

 刹那。

 何かが恋の下から飛んできた。

 疾い。

 疾いが、同時に洗練されているが故、ゆったりとした速度を持っているようにも見えた。

 足だ。

 烈海王の右足だ。

 

「あ……」

 

 無意識に恋の口から言葉が漏れた。

 烈海王の右足が、恋の頭へとのびていく。

 恋は

 ――コメカミを叩かれる

 と思った。

 守るため、左腕を持ち上げる。

 間に合わない。

 だが、烈海王の足はそれより上に行った。

 恋の脳天へと、足が伸びていく。

 ――踵落とし!?

 違った。

 掴まれた。

 髪を。

 落とされた。

 右足が恋の髪を掴んだまま、一気に引き落とされた。

 恋の頭も、引っ張られて、落ちていった。

 そして、何かが昇ってくるのを恋は見た。

 烈海王の左膝だ。

 避けれない。

 凄まじい力で髪を掴まれていた。

 足の指にこれほど力があるのか。まるで、タコの足のようだ。

 驚愕の足技だ。

 

 ひゅう

 

 恋は息を吸った。

 真っ向から当たり、そして耐えるしかないと思った。

 左腕でブロックし、目を思い切り閉じて、歯を食いしばった。

 

 ぶち

 

 また、何かが千切れる音がした。

 同時に膝が恋の眼前に来た。

 ――!?

 全く予期していなかった。

 また、後ろから衝撃が来たのだ。

 サンドイッチにされた。

 二つの衝撃が恋の頭蓋の中で混ざり、爆ぜる。

 左膝の一撃に合わせるように、両肘が恋の後頭部に落とされていた。

 地に着いている恋の両足がガクガクと痙攣する。

 そして、顔面から地に落ちていった。

 烈海王の右足には、赤い毛がまとわりついている。

 そして、

 ぜい……ぜい……

 と荒い呼吸をして、ふうわりと仰向けに倒れていった。

 

   弐

 

 静かな夜だった。

 虫の音ひとつ聞こえない。

 だが、この一角だけは別だ。

 ぜいぜいと荒い息が聞こえる。

 ――これが……呂布……ッッ

 蕩けている世界の中で烈海王は思った。

 家が夜空と混ざり、星が屋根に溶けている。

 地面が左に傾いたか、と思うと、スグに右に傾いていく。

 沈んだか、と思うと、スグに浮いていく。

 平衡感覚というのが消失していた。

 それは恋も同じだった。

 起き上がれなかった。

 起き上がろうとしても、どこが地面なのか分からない。

 自分の目の前にあるのがそうか。それとも、背中にあるのか。どちらにもないのか。

 指を動かそうにも、動かない。

 いや、動かそうと思っているのか、ということすら分からない。

 一つ分かっているのは、まだ終わらないという事実だけであった。

 

   参

 

 三十秒――

 二人とも、動かない。

 動けない。

 

   肆

 

 三分――

 ジャリっ……

 と、恋の指が地面を引っ掻いた。

 その音と同時に、烈海王の荒い息が止まる。

 烈海王は深呼吸をした。

 一つ、二つ、三つ。

 地面を引っ掻く音が大きくなっていく。

 恋は起き上がろうとしていた。

 足が痙攣させながら。

 手を地面につき、尻を持ち上げ、立とうとしていた。

 尻は上がるが、顔が地面から離れない。

 そして、尻を天から引っ張られるているかのような格好で、地面を引っ掻く音が止まった。

 ゆっくりと横に恋の身体が倒れていく。

 恋は仰向けになり、深呼吸をした。

 自分の呼吸の音の中で、キンキンという音が聞こえた。

 目に映っているのは夜空だというのに、真っ白で明るい場所が見える。

 

「まだ動けるのか……」

「ん……まだ……まだ……少し闘える……」

「……そうか」

 

 二人が起き上がり始めるのは同時だった。

 地面に手を突き、同じようにして立ち上がった。

 二人の身体にある鏢で出来た傷から、血が止まらずに流れ続けている。

 血で服が、肉が真っ赤になっている。

 痛みは感じていなかった。

 脳内麻薬(エンドルフィン)を脳が全力で作っているのだろう。

 痛みを感じる神経も機能していないのかもしれない。

 そんな事に体力を使うのなら、もっと闘いに使ってしまえ。

 呼吸する体力も、汗を流す体力も、脳のシワを作っている体力も。

 全て闘いに使ってしまえ。

 そういう闘いになっていた。

 二人が向かい合う。

 もう、余分な体力は残っていない。

 脳震盪の余韻が二人の頭に残っている。

 次、倒れれば、もう起き上がれないだろう。

 脳震盪に負け、そのまま眠ってしまうに違いない。

 

「叭ッッッ!」

「はっ!」

 

 二人が声をあげるのは、全くの同時だった。

 同時に拳が突きだされた。

 奇しくも、同じ拳であった。

 崩拳――

 四千年の崩拳と二千年の崩拳が交差する。

 避けない。

 両方とも、同じタイミングで拳が相手に当たる。

 当たっても、ひるまない。

 避ける体力も、ひるむ体力も、全て目の前の相手を叩くことに、相手を倒すことに使うのだ。

 拳が交わり、相手を叩く。

 脚が交わり、相手を叩く。

 火花が散るかのように見えた。

 

「かああああっ!」

「しああああっ!」

 

 二人の口から、気合が迸り出る。

 それと同時に血も出る。

 鼻から、口から、傷口から。

 それでも、止まらない。

 止まる体力も、全て闘いの供物となっていた。

 

   伍

 

 それは、死闘であった。

 四千年と二千年の死闘だ。

 力と力がぶつかり合う。

 技と技がせめぎ合う。

 速さと速さが競い合う。

 気が付けば二人は小一時間は闘っていた。

 休みなしに、これほど闘い続けるなど滅多にない。

 肉体は悲鳴をあげている。

 休んでくれ。頼む、休んでくれ。と。

 だが、止まらない。

 既に二人の闘いは肉の闘いに加え、精神の闘いになってきている。

 肉体が精神を支え、精神は肉体を支えている。

 肉体が疲れれば、精神も疲れる。

 精神が疲れれば、肉体も疲れる。

 肉体が萎えれば、精神も萎える。

 精神が萎えれば、肉体も萎える。

 肉体が尽きれば、精神も尽きる。

 精神が尽きれば、肉体も尽きる。

 肉体と精神は切り離せない。

 しかし闘いには、その先が存在する。

 いよいよのいよいよ。最後の最後。ぎりぎりのぎりぎり。

 技も、体力も、速さも、精神でも決着がつかなければ、お互いに消耗戦となる。

 何を消耗するのか?

 全てを消耗するのだ。

 その時、最も良い燃料となるのが、鍛錬や稽古と言われるものだ。

 どれだけ、鍛えたか? どれだけ、同じ技をやったのか? どれだけ、強くなろうとしたか?

 才能なんてものは、その後だ。

 ボロ雑巾のように、ボロボロになった肉体に、精神にたった一つ残っているものが鍛錬と稽古なのだ。

 ドコにも何も残っていない肉体から、精神から、それらがにじみ出る。

 そして、それを肉体が理解する。

 自分の肉体が、相手の肉体が理解する。

 お互い拳も脚も止まらない。

 時に打ち、打たれ。時に払い、払われ。

 そのまま闘いが続いていく。

 

   陸

 

 思考も心理もない。

 あるのは闘いだけだ。

 

   漆

 

 生き残っていた。

 闘いの海の中、烈海王にはとあるものが生き残っていた。

 理合――

 四千年という時間をかけ、先人達が積み上げてきた技術が生き残っていた。

 肉体の中に、精神の中に生き残っていた。

 恋が打つ拳を、蹴りを事前に潰すのだ。

 肉体は泥のように疲れているが、それでも勝手に動く。

 

「吩ッッッッ!」

 

 烈海王は声をあげた。

 それと同時に、左足が動く。

 恋の右手が、手刀となって振り落とされる。

 当たらない。

 フェイントだった。

 意図したことではない。

 身体が勝手に動いたのだ。

 本命は右手だ。

 人差し指一本だけ、拳から飛び出ている。

 それを、へそに刺した。

 へそは腹の中で、最も守りが薄い所だ。

 脂肪も筋肉も薄い。

 だが、その下には腸が存在している。

 そこに、指を思い切り突っ込む。

 弱い内臓に一撃を叩きこむのだ。

 激痛が恋を襲った。

 烈海王の右の人差し指に、血が伝っている。

 恋の動きがピタリと止まる。

 烈海王が指を引き抜くと、赤い眼がグルリと上に行った。

 身体から力という力が消失し、烈海王に向かって倒れかかった。

 烈海王は疲れ切っていた。

 倒れる恋に対し、何もしなかった。

 ゆっくり、恋が前に倒れていく。

 恋の顔が烈海王の右肩に、もたれかかる寸前だった。

 恋の右手が動いた。

 打撃じゃない。平手だった。

 それが、烈海王の顔面へと伸びていく。

 暗転。

 烈海王の視界が真っ暗になった。

 恋の右手が顔面を鷲掴みにしていた。

 爪が左右のコメカミに食い込んでいく。

 外せない。外れない。

 

「けしゃあああああああっ!」

 

 恋は叫んだ。

 魂を擦り減らすような叫びだった。

 全力だった。

 恋は足に、腕に力をこめた。

 右足は伸び、左足は烈海王の両足に引っ掛けた。

 受身はとらせない。

 恋はそのまま、変則的な大外刈りのように、投げた。

 烈海王はとっさに首を丸めた。

 その眼は、しっかりと自分のヘソを見ている。

 大抵の場合、そうすることで後頭部から落ちるのは避けられる。

 背中から地面についた。

 ごう

 と、肺から空気が逃げていく。

 恋は、スグに烈海王の上に馬乗りに乗った。

 マウントポジション――

 烈海王に体力があれば、容易に返せるだろう。

 恋に体力があれば、一方的に叩き伏せることが出来るだろう。

 だが、もう、二人とも疲れ切っていた。

 余計な動きをする余裕など、まったくない。

 恋は両手を烈海王の首へと伸ばした。

 親指を喉にあて、人差し指と中指は頸動脈に添える。

 そして、上から体重をかけた。

 握る力なんてなかった。

 自分の腕に全体重をこめ、絞めた。

 

「かっ……! は……っ!」

 

 呼吸が苦しい。

 胸の中に、真っ赤になるまで熱した鉄球を、突っ込まれているみたいだった。

 肉が熱い。

 細胞がぶちぶちと沸騰している。

 

「ッッッ!」

 

 烈海王も黙って受けているワケがない。

 抵抗した。

 右手と左手の人差し指を立て、恋の両耳に突っ込んだ。

 耳の肉を、指が引き裂いて行く感触があった。

 そして、熱くドロドロした液体が指にかかった。

 

「~~~~っ!」

 

 恋は悲鳴をあげた。

 “い”の音が伸び、高くなっていく。

 肺の中の空気がなくなるまで、恋はその悲鳴をあげ続けた。

 それでも、首にまわした手は緩めない。

 恋の手がブルブルと痙攣しだす。

 微かにこめていたわずかな力も、いれることが出来なくなっていた。

 もう、絞めていられない。

 烈海王の顔に血の色が戻っていく。

 恋は頭突きという手段を考え、実行しようとした。

 また、耳の肉が裂けた。

 烈海王の指が、そこから出ようとしないのだ。

 涙が勝手に恋の両目からあふれ出した。

 

「いいいいいいい……」

 

 肺の中にある空気が出ていく。

 そして、空になった。

 反射的に吸った。

 同時に激痛。

 痛みが直接、脳を殴りつけている。

 脳内で激痛が暴れている。

 選ばなかった。選べなかった。

 方法を。

 恋は自分の中に残る体力、気力を全部燃やした。

 この闘いに勝って、そのまま倒れても良いと思った。

 必死で腕を動かした。

 技術、なんてものは存在しない。

 子供のケンカのようだった。

 拳を振り回し、烈海王の鼻を打つ。

 一発、二発。

 激痛。

 恋は、また叫んだ。

 耳から流れた血が、腕にくっつく。

 耳が熱い。脳が熱い。身体が熱い。

 

「おきゃあああああああああっ!」

 

 恋は無我夢中で、烈海王の顔面に拳を落とした。

 ぶるり、

 と烈海王の身体が震える。

 恋の耳に突っ込まれた指から、力が抜けていった。

 恋は何とか残っている体力の雫を振り絞り、烈海王の両腕を耳から外すように押した。

 それは、スルリ、と動いた。

 そして、支えを失くして地面へと落ちていった。

 恋に残心をとる余裕はなかった。

 そのまま、ズルリと横に倒れた。

 地面に仰向けになった。

 空には星が見えるのに、恋の耳には雨の音が聞こえた。

 豪雨だ。

 ざざざざざ、と、音がする。

 耳からの血が止まらない。

 全身の熱が抜けない。

 

「か……っ か……っ はっ……!」

 

 呼吸が整えられない。

 その体力も使い果たしてしまったのかもしれない。

 苦しい。

 闘いが終わったのに、苦しい。

 恋は、なんとか真っ赤な鉄のような塊の息を吐きだした。

 目蓋が重い。

 恋はこのまま眠ってしまいたくなった。

 だが、眠れなかった。

 拍手の音がしたのだ。

 その音の方を見る余裕は、恋になかった。

 

「烈の野郎もブッ倒しやがったかァ……」

 

 聞き覚えのある声だった。

 恋は何とか目を開け、首を持ち上げた。

 そこにいたのは、丸い身体をした禿げた男だ。

 脂肪で丸いのではない。筋肉で丸い。

 顔にはいくつもの傷がある。

 愚地独歩であった。

 

「疲れ切ってるみてェだな」

 

 独歩はそう言い、恋の枕元に来た。

 そして、笑みを浮かべたまま、恋の顔を覗き込んだ。

 

「十分ぐれェ前からオメェ達の喧嘩を見てたが……イ~イ喧嘩だったじゃねえか」

 

 独歩の笑みは消えない。

 恋は口を動かさず、仰向けのまま、独歩の顔を見た。

 

「烈の野郎が勝ったら諦める気でいたがよォ……オイラもオメェと喧嘩したくなっちまった。それに、こっちは空手家の命とも言うべき、拳もブッ壊されていることだしよォ……。オメェには悪いが、第二試合とイこうじゃねぇか」

 

 独歩はそう言い、右足を垂直に上げ、恋に向けて落とした。




今日は厄日だわ! 的な展開になっちゃった。……ま、いいか。

緊急ニュース 範馬勇次郎があと少しで、鬼神辻斬り編に首を突っ込みだしますッッッ
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