真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
何故、人は闘うのか。
“闘う”ということに対して、“野蛮だ”と主張する人間がいる。
その一方で、闘いを見て興奮する人間がいる。
闘うということに、自分の一生を捧げてしまう人間もいる。
闘うことを野蛮という主張も事実だろう。
争いを避ける、というのも普通の話だ。
その考えは理解できる。
だが、野蛮だと主張する人達は、この理解だけで、この問いから背を向け、考えるのを放棄する。
それでは、闘いに一生を捧げる人間を理解できない。闘いに向き合えない。
その考えをする人間は、何故、人は闘うのか、という問いに、決して真摯になれない。
その考えをする人間は、何故、人は闘うのか、ということを、考えることができないだろう。
何故、人は闘うのか。
勝ちたい――
勝ちたいと思う。
闘って勝ちたいと思う。
何者かに勝ちたいと思う。
痛いほど、苦しいほどに。
魂が擦り減るほどに。擦り切れるほどに。
それは分かる。
どこかで理解できる。
だが、『勝つために闘うのか?』と、聞かれたらどうか。
そうだ。イエス。
そう言える。
だが、その一方で、どこか釈然としないものも、心に残る。
ひょっとしたら、そこにも答えがあるのではないか?
ならば、残っているのは、一体何なのか?
そう聞かれると、口には出来ない。
喉まで昇ってきても、口に出せない。
口には出せないが、確かに存在する。
人は、何故、闘うのか。
この問いというのは、人間の――生物としての根っこに関わることではないだろうか。
魂の根っこに関わる問いではないか。
人は、何故、食らうのか?
人は、何故、眠るのか?
何故、男は女が愛しくなるのか?
何故、女は男が愛しくなるのか?
何故、何かを創造しようとするのか?
何故、生きるのか?
そういう問いと同格の問いなのではないか。
そうであるのならば、なんと答えようか。
人は、生きるために闘う。
そうなのか?
それは、答えになっているのか?
人は、魂のために闘う。
そうなのか?
それは、答えになっているのか?
人は、何故、闘うのか。
壱
理由はいらない。
範馬刃牙はそう思っている。
闘う、ということに理由はいらない。
闘いたい、と思うのなら闘えばいい、と思っている。
どっちが強いのか比べたいのなら、比べればいいと思っている。
刃牙自身がそうだった。
どんな人とも闘った。
闘いたい、と思う人と生物と闘った。
様々な人と生物と闘った。
不良、先輩、ユリー・チャコフスキー、夜叉猿、花山薫、軍人、ガイア、黒川、知念、加納秀明、末堂厚、鎬昂昇、マウント斗羽、鎬紅葉、アンドレアス・リーガン、ズール、猪狩完至、烈海王、ジャック・ハンマー、ドイル、柳龍光、シコルスキー、張洋王、李海王、郭春成、モハメド・アライJr、アイアン・マイケル、蟷螂、ビスケット・オリバ。
これからも闘う人は増える。
そして、範馬勇次郎。
刃牙は恋に視線を向けた。
恋は素手だった。
構えをとっている。
来る。
刃牙も構えをとっていた。
刃牙に様々なことがあったように、恋にも様々なことがあったのだろう。
そして、そういうことの流れの中で、そういうことの結果として、今、ここで二人が向かい合っているのだ。
敗けた結果として、勝った結果として、ここにいる。
向かい合って、ここにいる。
向かい合って、闘うのだ。
弐
範馬勇次郎は二人の闘いを見ていた。
その背後から、何人かの声が聞こえた。
「キサマ等も見学に来たか」
勇次郎は振りかえって言った。
その先に居たのは、桃香をはじめとして、愛紗、星、鈴々といった武将達であった。
「刃牙君のお父さん!?」
「桃香様! お下がりくださいっ!」
愛紗がそう叫ぶのと同時に、三人は勇次郎に武器の切っ先を向けた。
「ベツに手出ししねえよ」
勇次郎はそう言い、笑みを浮かべた。
だが、愛紗達の武器の切っ先は下がらない。
「信用ならねえってか」
「当たり前なのだ!」
「フフ……そりゃそうだ」
勇次郎の両手が刃に伸びていく。ゆっくりでも、素早くも無い。
もし仮に、手の動きがこれ以上に速いか遅いかしたら、彼女達は何らかの行動をとれたであろう。
だが、動けたのは鈴々だけであった。
鈴々は素早く桃香の前に下がり、身体全体で守るように立った。
だが、愛紗と星は行動をとれなかった。
まるで、二人がまばたきで眼を閉じている間に、手が伸びていったようだった。
勇次郎は右手で星の武器を、左手で愛紗の武器を掴んだ。
そして、グッと力をこめた。
刹那――
愛紗と星の手にあった武器から、重さが消えた。
刃がへし折れたのだ。
さらに、勇次郎は足だけの力で、鈴々の武器の柄を蹴り上げた。
一呼吸の間があった。
そして、柄が鋭い刃物で切られたかのように、パックリと落ちていった。
「むう……っ」
「いつまでも武器を向けられていりゃ、気分が悪い。これで無くなったな」
勇次郎はそう言い、刃牙と恋の方を向いた。
背後の四人には、本当に興味が無いようであった。
「……鈴々ちゃん。大丈夫。何にもないだろうから」
桃香はそう言い、鈴々の右を通り、勇次郎の隣に立った。
勇次郎は桃香を一瞥したが、スグに視線を刃牙と恋に向けた。
「勇次郎さん……。刃牙君と呂布さん、どっちが勝つと思いますか?」
桃香は勇次郎と同じ方向を見ながら言った。
「知らねえな。言えるとしたら、お互いにあるものと無えものがあるってことだ」
「それって、一体……?」
「刃牙には二つあり、恋には二つ無え。まずは甘ったるさ。ソイツが、刃牙にはまだ残っていやがるが、恋には無え。恋は初っ端から本気で、叩き潰しに来るぜ。刃牙が油断でもしてようものなら、スグにやられるだろうよ」
「もう一つは?」
「俺の遺伝子――即ち、範馬の血」
「そこ……ですか?」
「疑るかッッ」
「だって、戦いの勝ち負けって、血統で決まるモノじゃないと思います!」
桃香がそう言うと、勇次郎はジロリと桃香を見た。
それに顔を青くしたのは、周りの三人だ。
星は素早く桃香の肩を引き、勇次郎との間に距離を作った。
同時に、愛紗と鈴々がそこに割り込んだ。
「桃香さま……いくらなんでも、危ないのでは」
星は桃香の耳のそばに口を寄せ、小さな声で言った。
「大丈夫だって。結局、さっきは何もなかったんだし」
「確かにそうですが……」
星はそう言い、チラリと勇次郎を見た。
勇次郎の視線は、隣の愛紗と鈴々ではなく、やはり刃牙と恋を見ている。
それを見て星は溜息を吐いた。
参
全く同じだった。
最初の動きを二人で相談していたのではないか、と思わせるような一撃だった。
まったく同じ攻めから、この闘いの火ぶたが切って落とされた。
左のこめかみを狙った、右足のハイキック。
二人の右足は、まったく同じタイミングで地から跳ねた。
そして、相手のこめかみを叩いた。
二人の身体がよろける。
そこまでは全く同じだった。
違うのは次の瞬間からだった。
よろけながらも、恋の右足は地面に着くと同時に、思い切り地面を蹴った。
「がああああああっ!」
獣のような叫び声。
それと共に、恋は頭からぶつかっていった。
タックル。ぶちかまし。
技名で言うのであれば、本来ならば、そう言うことが出来るだろう。
技ではなかった。
技に似ているが、技ではない。技を超えたもの。
自分の中に滾るエネルギー全てをぶつけるような、そんな一撃。
まるで大砲の弾のようであった。
刃牙は受けた。
かわせなかった。
両足が地面から離れ、そのまま身体が後方に飛んでいく。
恋は左手で刃牙の胸を、右手で顔面を押した。
同時に、背筋に太い震えが走った。
――背後……四メートル……木……。狙い……ッッッ!
断片的な思考が次々と頭の中に浮かび、去っていく。
木の幹まで、残り二メートル。
もし仮に、このまま木に叩きつけられようものなら、それで決定的なダメージを受け、気を失うだろう。
気絶しなくても、顔面を踏みつけられれば、それで決まる。
だが、刃牙にとっての逆転の材料もあった。
木ぼ幹まで、あと二メートルの位置。そこで、刃牙の右足の爪先が、地面と擦れたのだ。
左足の親指の爪が地面との摩擦に敗け、へし折れる。
それでも、地面に当たっている。
刃牙は全力で、地面を蹴った。
右へ。
ほんの半身だけでも、幹からずらそうとした。
だが、それを邪魔する力があった。
恋が刃牙の腰に、抱えるようにして左手をまわしていたのだ。
それが刃牙の身体を、グッと引き寄せたのだ。
恋は狂っている。
確かに、狂っている。
だが、どこかに理性がある。
言ってしまえば、手馴れている狂いだ。
日常的に狂う。
日常から狂気へ、気の向くままに散歩をしているかのような速度で、入っていく。
そこには境目がない。
湯に溶かしきれていないココアのように、濃い所と薄い所が存在しているだけだ。
恋の理性が身体に、相手に的確なダメージを与える行動をさせたのだ。
刃牙は恋の身体に肘を落とした。
何度も、何度も。
恋は止まらない。
むしろ勢いを増して、刃牙を押す。
ごひゅう、
と、刃牙の肺から空気が逃げ出した。
その後で、衝撃を感じた。
木の幹に叩きつけられたのだ。
「がッッ」
出そうと意図していなかったハズなのに、勝手に声がもれた。
苦しみに喘ぐ声だった。
その声が、肺の中にあった空気を、全て持っていってしまったのだ。
その次に来たのは、液体であった。
――口内 酸 焼……ッ
鼻腔の中を黄色い空気が通り抜ける。
――胃液が昇ってきているッッ スグそこまで……ッッッ
刃牙がそう思うのと同時に、恋は刃牙の腰にまわしていた左手を、刃牙の右脇の下を通して、右のこめかみに当てた。
「邪っ!」
恋の口から、強く気合が漏れる。
そして、一気に左手に力をこめた。
褐色でしなやかだった左手が、一瞬で千年の時を経た大木の幹と見紛う程の力を発揮した。
ここで、今すぐ叩き潰す――
腕に込められた力は、そう、雄弁に物語っていた。
手加減なし。
――スッゲェ怪力……。オリバ並み……? それとも、俺に力が入っていないからか……?
本来の恋が、それほどの力を有しているのかは分からない。
これが全力かもしれない。まだ、加減しているのかもしれない。
今の恋の心が、そうさせているのかもしれない。もしくは、まったく関係ないのかもしれない。
刃牙には、そんなことは分からない。
たった一つ分かることは、ここで決着が着いてしまいそうな今は、逆転の
鼻で息を吸う。
そんなことに割ける時間は一瞬だけだ。
その時間内で、出来るだけ息を吸う。
肺が少しだけ膨らんだ。
その息を全部、口から出す。
さらに、逆流した胃液を息に絡めた。
「プフッ」
毒霧――
刃牙の口から出された胃液は、弾丸となり恋の顔面に向かった。
恋はそれを右手で払い、眼に入ることを防いだ。
しかし、その一瞬の行動のせいか、左手の力がほんの少し抜けた。
刃牙はその隙を逃さなかった。
力技の投げから、左へとスルリと抜け出していた。
抜けるのと同時に、刃牙は左足のローキックで恋の右足を叩いた。
恋は受けをとらなかったが、刃牙の体勢も崩れ気味だったので、大きいダメージにはならない。
それでも、恋の次の行動を遅らせるのには十分だった。
肆
これでいい。
呼吸がまだ不完全だ。
これで吸える。
出来た数秒の猶予で、呼吸をする……。
一つ二つ……。
来た。
痛み、疲労、熱……。
全部俺のモノだ。
ヤツが俺の方を向いた。
スッゲェ眼……。
親父に何かされたのか? それとも、関係ないのか。
今は関係ない。誰も関係ない。
この闘いに関係しているのは、俺とアイツだけ……。
来るッッ
呂布が走って向かってくる。
さっきのタックルとは違う。
心に余裕ができて、嘗めている……のとは違うか。
打撃でくるのか。
それでもいい。
付き合おう。
どんな手で行こうとも、そんな簡単に終わる相手じゃない……ッッ
俺も……アイツも……。
本番ってのは、まだまだこっから……ッッッ
伍
「アホウがッッ 相手の初撃をまともに受けるヤツがあるかッッッ 我が子ながら、あの甘ったるさには虫唾が走るわッッッ!」
「言い過ぎじゃあ……」
「桃香様。さわらぬ神に祟りなし、というやつです。あまり、勇次郎を刺激するような物言いは止めてください。本気で暴れようものなら、私達でも止められません」
「愛紗よ。その言い方の方が尖っているぞ」
「それも、よりによってあのような技に遅れをとりおってッッッ! 敵と向き合った以上、甘ったるさなど捨ていッッッ!」
勇次郎が猛る。
自分の周囲の言葉など、とうに耳には入っていないようだ。
髪は逆立ち、闘気で景色が歪んでいるようにも見えた。
「始まっちまっていたかァ」
勇次郎たちの背後から声がした。
愚地独歩の声であった。
独歩は何も言わずに、勇次郎の左隣に立った。
「
「未熟者よ。先に不覚をとりおったわッッ」
「そうか。不覚ってェよりは、呂布の方が上だったようにも見えるがな」
独歩がそう言うと、勇次郎はジロリと独歩に視線を向けた。
独歩はそれに怖じることなく、刃牙と恋の闘いを見ながら言った。
「立ち合いたい――という気は無いみたいだがな」
「俺も見学だぜ? 俺が言いてえのは、オマエさんが呂布に何かしただろうってェことだ。それが刃牙に勝ってるってェことだぜ」
「そう思うか」
「思うねェ」
「恋を刃牙との闘いに焚き付けたってだけだぜ」
「ソイツは可笑しな話だぜ。呂布の狙いはオメェだ。目の前に目的がいりゃあ、わざわざ刃牙にぶつかる理由もねェ。あんな眼をしてまでよォ。復讐だとか、敗けた自分が許せねえとか、そんな眼でもねえ眼をしてまでな」
「逆だぜ、愚地独歩よ。俺を目指す以上、あの二人は闘う
「やったことが無え……か。勇次郎よ。オメェだって分かってるよなァ? あんな眼が出来る奴は、この世に何人といねェ。そして、その眼が続く限り闘い続けるぜ。敵をぶちのめすまでよォ」
「当然の話だ……。刃牙と恋の、この闘い……気絶や戦意喪失などの結果では終わらん。この幕引きは……いづれかの死をもって、というのが妥当だ」
「……だろうな」
独歩はそう言い、口を閉じた。
「あの……愚地さん。どちらかが死んで終わる、というのは本当ですか……?」
桃香は独歩の方に顔を向けて言った。
「十中八九な」
「止めない……んですか?」
「やってみな。その時は、この俺がキサマ等を叩き潰すぜ」
勇次郎は桃香を見ないままで言った。
その言葉に反応し、三人の将の腕がピクリと動く。
桃香の左隣にいた愛紗と鈴々は盾になるように、右隣にいた星は桃香を連れて逃げれるように。
勇次郎はそれを感じ、笑んだ。
「それでも、戦じゃないのに、どっちかが死ぬまで闘う必要って……!」
「無ェかもしれねえ」
独歩が答えた。
「なら……!」
「結論を急ぐんじゃねェや」
独歩は腕を組みながら、そう言った。
「闘い終わってからの人の生き死にってェのは、闘いの決着の一つってだけだ。どっちかが死んで終わるのもありゃあ、どっちかの骨を折って終わることもある。もしくは、両方ともケガなくして終わることもよォ。だが……この闘いは、そんなケガや、どっちかが敗けを認めるのじゃ終わらねェンだよ。もしかしたらって話で、死なねェで終わるかもしれねえってだけさ」
「……星ちゃんも、そう思う?」
桃香は自分の右隣にいる星を見て、小さな声で言った。
「正直……私も理解できます。私も武人ですからな。腕や足……眼を失う闘いも、結果として命を失う闘いも……。それが、日常からでも起こり得ると、理解しています」
「これは、命を失う闘い……なんてことは言わないの……?」
「桃香様のお考えも、お心も分かります。ですから……答えられません」
星はそうとだけ言い、桃香に一礼して闘いに眼をむけた。
続いて、愛紗と鈴々に眼をむけたが、愛紗は難しそうな表情をしており、鈴々は時折無邪気な歓声をあげながら、闘いを見ていた。
桃香はそれを見て一息だけ吐き、再び闘いに眼を向けた。
闘いを見ていると、その近くにまた人が集まってきた。
花山薫、烈海王、朱里、雛里の四人であった。
この闘いには、引力でも存在しているのだろうか。
強者や、歴史の表舞台に立つ人間を際限なく吸いつけているかのように、人間を集めていた。
陸
恋の中で、様々なものが浮かんでは飛んでいく。
刃牙の拳と恋の拳、足と足が激しく交差し、やりとりをする。
ぞっとするような拳が、急所スレスレに飛んでいき、会心の攻撃が皮膚一枚を擦って飛んでいく。
休まない。
その中で、様々なものが浮かんで消えていく。
平穏、親、家族、友人、仲間、飯、喜、安寧、楽、武器、戦、勝利、乱、火、死、殺、矢、剣、槍、刃、連合、虎牢関、敗北、鬼、屈辱、恨、喧嘩、捨、空手、中国武術、怪我、犬、血、狂、闘。
考えるな、と恋は思う。
しかし、そうすればそうするほどに思ってしまう。
意識の断片が、浮かんできては消える。
これは闘いには不純物か?
分からない。
なら、そのまま闘う。
恋は頭の中に浮かぶ、それらを受け入れた。
勝手に浮かんで勝手に消えるのだ。
放っておけばいい。
――
犬が
血を
流して
死んで
しまった
可愛か
った
のに
ああああ
自分
が
殺
し
た
……
……
打ち合っていた。
全力で。
その中で、刃牙の右足が地面から跳ね上がった。
ぶんと唸り、足が槍のように恋の胸へと伸びてく。
恋は左肘を曲げて、それを受けた。
蹴りを受けた時の衝撃は、驚くほどに小さかった。
恋は刃牙の右足首に振り落とすつもりで、振り上げていた手刀の狙いを変えた。
刃牙の右足は、既に地面へと落ちていっている。
恋は手刀を、刃牙を追うかのように地面へ向けて振り落とした。
同時に、恋の頭も地面へと落ちていく。
恋の耳に、強い風の音が聞こえた。
刃牙が使ったのは、恋にとっても刃牙にとっても因縁深い技であった。
宿敵・範馬勇次郎が。
親父・範馬勇次郎が。
それが得意とし、お互いにもろに食らったことがある技。
胴廻し回転蹴り――
それを刃牙が先に仕掛け、恋はそれに対し、カウンターをとるように動いた。
刃牙の踵が、恋の後頭部に触れた。
だが、そこまでだ。
恋の踵が刃牙に向かって振り落とされる。
刃牙は先に地面に着いていた右足で、両腕で顔面を守りながら、地面を思い切り蹴って、後に下がった。
恋の踵が脳天を打ち抜く位置から、鼻先が掠る位置にまで下がる。
腕を下げた顔面の下からは、細く鼻血が垂れていた。
刃牙はそれを舌で舐めた。
恋の首筋には、細い血の線が出来ていた。
刃牙の踵が、恋の頭皮を薄く切ったのだ。
お互いに自分のダメージを、相手のダメージを確認する余裕も時間もない。
また、一気に間合いを詰めた。
お互いに詰めた。
そして、殴り合う。
どっちが強いのか?
それを比べあうように、叩きあった。