真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
そんな思いから書いてしまった回です!
平野を四人組が歩いていた。
内、女性が三人。男性は一人だ。
先頭を歩くのは、優しそうで明るそうな少女だ。
事実、この四人組の中で一番明るく、楽しそうにしている。
もう一人は凛とした雰囲気の、真面目そうな少女だ。
外見としては、綺麗な黒髪をサイドに纏めている。
最後に、赤い髪をした、ぱっと見たところ子供に見える少女だ。
この三人組は劉備、関羽、張飛だった。
桃園の誓いをすまし、義勇軍設立の元手作りに、公孫賛の居城に向かう所だった。
そして、本来は三人で行く予定だったが、途中でもう一人加わった。
癖のある髪をした若い少年だ。
背は低い。
男子高校生の平均身長は約百七十センチだが、その少年は百六十八センチと若干低いのだ。
しかし、その少年を見て、ただ小さい少年と言うのは可哀そうだろう。
身体が普通と違った。
筋肉はしっかりとついている。
そして、シャツから見える身体の部分は、細かい傷跡が数多くあり、数えきれない程だ。
その傷跡は少年が歩んできた、過酷な生をリアルに語っている。
その少年は範馬刃牙といった。
彼は彼女達の道の途中、ここに落ちたのを目撃された。
それが原因で、彼は天の御使いと勘違いされたのだ。
否定はしたが、三人は天の御使いであると信じて疑わず、真名を預かる事にはなった。
そして、一応は今の状況の情報収集のため、町へ行くのに同行することとなった。
「で、桃香って呼べばいいんだっけ。今はどこに向かってんの?」
「白蓮ちゃんがいる
「桃香様……真名では分かりませんよ。向かっているのは、公孫賛の居城です」
刃牙は愛紗に説明され、ふーんと呟いた。
そっけない返事だった。
誰の所かなんて、聞いてみたが、刃牙にとってはどうでもいいことだった。
ここに来た原因は想像がつくのだが、帰れるかの保障が無い事の方が問題だ。
そしてもう一つ。
刃牙は帰れるか、よりも別のことを考えていた。
――親父との戦いはどうなるのか
アンチェインと呼ばれていたビスケット・オリバに勝ち、アリゾナ州立刑務所、通称ブラックペンタゴンを
――どうやら、親子喧嘩は先延ばしになりそうだ。
刃牙はそう思い、三人について行った。
壱
「ねえ、思春……どうにかならないのかしら?」
「申し訳ございませんが……」
少女が二人いた。
二人とも褐色の肌をしている。
片方は紫の髪をした静かな雰囲気の少女だ。
名前を甘寧といった。
もう一人はピンクの髪をした少女だ。
どことなく、孫策に似た顔つきだ。
孫策の妹、孫権だ。
二人は困っていた。
「オオオオオ! マリアァァアァア!」
黒い塊がうずくまって、大声で泣いていた。
否、塊ではない。
肥満? 否。
よく絞り込まれた巨大な筋肉だ。
腕は女性のウエストのよう、などという言葉では表現できない。
顔を見ると、唇の上にひげをはやしている。
名をビスケット・オリバといった。
アリゾナ州立刑務所に収監されながらも、看守や所長おも凌ぐ特権を持ち、ミスター・アンチェインと呼ばれている彼は、恋人のマリアと切り離されたことを嘆いているようだった。
「耳栓は……」
「ここに」
「「はぁ……」」
彼に関しては、孫権と甘寧は、何かを諦めたらしい。
弐
「多分、ここだと……」
「多分では困ります」
「桃香お姉ちゃんは間違えそうなのだ!」
「鈴々ちゃん……私ってそんな感じ?」
「うん! そうなのだ」
「もうちょっと包んでよ……。意外と傷つくから」
四人組がついた城は人の出入りが多く、かなり栄えていた。統治が上手くいってるのだろう。
「しかし……公孫賛殿は上手く内政をしているようですね」
「確かに賑やかだ」
愛紗も刃牙も意外な印象だったらしい。
今の御時勢では、活気のない町は珍しくない。
そう考えると、ここは桁外れなほど活気があった。
桃香と太守は知り合いなのもあり、ここなら義勇軍集めも容易だろう。
桃香は門番に歩み寄った。
「え~と、私は劉備、字を玄徳といいます。白……太守の人と、お会いできますか?」
「太守様? ちょっと待ってくれ」
門番は上官と思わしき人に確認をとっている。
「太守って……誰でした?」
「……スマン。確認をとってくる」
会話内容が不安を誘う。
だが、桃香はここが公孫賛の居城であると確信したようだ。
それについては刃牙に、ないない。それはないと突っ込まれた。
入る許可はすぐに下りた。
しかし、門番は物珍しそうだった。
「太守様に用があって?」
「怪しい。ウチに来る目的といったら……」
賑わってはいるが、太守のもとに来る人間は少数派らしい。
全員、イマイチ賑わう理由が分からなかった。
太守は城の王座に居る、と説明をされ、四人は太守の所に向かった。
参
太守の女性はヤリ手、敏腕政治家といった雰囲気はなかった。
むしろ、人当たりの良い一般人という印象だ。
しかし、この人が活気ある街を作ったのも事実だ。
「白蓮ちゃん久しぶり~」
「やっぱり桃香か……。久しぶりだな。今は何をしてるんだ?」
太守は桃香が言った通り、公孫賛だった。
顔見知りだったらしく、昔の話しや今の話しに花を咲かせている。
ひとしきり話し終わり、自己紹介を済ませ、本題に移った。
「しかし、公孫賛殿は統治が上手くいってるようですね。どのような方法でこのような活気を……」
「それか……見せる方が早いか。ついて来てくれ」
愛紗の質問に公孫賛は直ぐに答えず、四人を外に連れ出した。
向かうのは、中央広場といえばいいのだろう。
城下町にある広場だった。
そこに多数の人だかりができていた。
「ん~……ここからじゃ見えない……」
桃香は必死に爪先立ちして、中央を見ようとしているが、人ごみで全く見えないでいた。
鈴々については言うまでもなく、愛紗も見えていないようだ。
「なんか、この雰囲気……」
「刃牙は分かったのか?」
「いや、斗羽さんや猪狩さんが好きそうな雰囲気だな……って」
そう。この場は非常にプロレスリングの周辺に近い雰囲気があった。
そして、一際大きな歓声が起こった。
メインイベンターが出て来たのだろう。
刃牙がいった一言は、何気ない独り言だった。
しかし、それが公孫賛の質問に対する答えになった。
「お前、猪狩を知ってるのか? これは猪狩が提案して、星が悪ノリして出来たんだ」
肆
――嗚呼、いい気持ちだ……
男には観客達の声援が浴びる程に送られている。
花道の左右から、大人の手も子供の手も伸びてきていた。その手を遮るものは無い。遠慮なく、男の肉体を叩く。
その男は“闘魂”と背中に大きく書かれたガウンを着ていた。
その下には黒いリングシューズとレスリングパンツをはいている。
あごが長く、黒髪だが、顔には少し老いが見られる男性だ。
しかし、老いが見えるのは顔だけで、身体にはみられない。
この身体を保つため、今まで血の滲むようなトレーニングを積み重ねてきたのだろう。
「イッガッリッ! イッガッリッ!」
「イッガッリッ! イッガッリッ!」
「猪狩さん……?」
メインイベンターとして出て来たのは、かつてプロレス世界一とまで言われた
猪狩の歩みは真っ直ぐだ。
真っ直ぐ行った先にリングがあった。相手とレフリーは既にリングの上だ。
土を盛り上げて、衝撃吸収のため、土の中に葉っぱの層を入れたりなどして作った特製のリングだ。
特製といっても、ポールは木製で、ロープも荒縄で出来ている粗末なつくりだ。
猪狩はもっといいリング、そして、もっといい試合会場での試合を幾つもこなしてきた。
国内のみならず海外でもだ。
派手な演出はない。照明も、入場曲もだ。
だが、今のリングが満足だった。
リングに着き、ロープを掴み、ロートルであるなどとは感じさせない動きでロープをくぐった。
「ダッシャァア!」
「イッガッリッ! イッガッリッ!」
「イッガッリッ! イッガッリッ!」
右腕を高くあげると、観客が沸き立つ。
相手がリングに居ようと、入場の時にはリングは自分だけのもの。
猪狩が、かつて味わった感覚と同じものだ。
このリングにゴングはない。あるのは銅鑼だ。
だが、銅鑼でも変わらない。
それがゴングの役目を果たす。
変わらない。リングが違っても、ゴングが無くても、世界が違っても何も変わらない。
「これは……?」
「プロレスだ……」
「ぷろれす?」
愛紗の口から零れた声に刃牙が答えた。
呟き程度の答えだが、この空間でも愛紗に届いた。愛紗にとっては聞き覚えのない言葉であり、
リング上では、試合が始まっていた。まだ探りなのか、大技は出てない。
「だけど、なんで猪狩さんがこっちに……」
「それは私にも分からないんだよなぁ……。猪狩は鏡がなんたらって、説明しただけだったからな」
――オレと同じか
刃牙はそう思い、目をリングにやった。
猪狩は、異世界にいるというのにイキイキとしていた。
伍
『オオォオォォッ!』
「1! 2! 3!」
銅鑼の音が響く。
勝者を告げる銅鑼だ。
「ッシャァア!」
猪狩が声高に叫び、腕を突き上げると、観客は沸き立った。
そこには確かな一体感があった。
「俺は誰の挑戦でも受ける! 一般の人でも構わんッッ!」
『オォオォオオ!』
再び猪狩コールが湧きあがる。
この一言は毎回の試合の後に言う言葉だ。
これを言って、試合は終わり。猪狩はリングを降りる。
そう、大抵なら。
だが、今回は違った。
「なら、今から私の挑戦を受けてもらいますぞ」
観客の歓声が鳴り止まぬ中、不思議とその声は通った。
そして、人ごみが割れていった。
現れたのは、水色の髪をし、白い服を着た少女だ。
顔を隠してるつもりなのか、蝶の仮面をつけている。
「星ちゃんかい。……ここは俺の舞台だぜ。何のつもりだ」
「ふふ……はて、その人は誰ですかな? 私は華蝶仮面! 私はただ、猪狩に挑戦をしに来ただけですぞ!」
そう言い、星は跳躍してリングインした。
予想外の展開であったため、観客は驚きの声に満ち、興奮していた。
「星……何をしてるんだアイツは」
「公孫賛殿のお知り合いでしたか。どなたです?」
「ウチの客将だよ……。また目立とうとしているのか……」
そう言って公孫賛は溜息をつき、額に手をやった。
だが、振り回されることには慣れたのか、どことなく優しい声色だった。
リングに目をやると、猪狩と星が対角線上で向き合い、火花を散らしていた。
「誰の挑戦でも受けるのでしたな。では、コレで一試合はいかがですかな?」
星は右手で銃の形を作った。
イタズラっぽく笑っている。
猪狩はその真意をスグに把握した。
「俺と
リング上で、真っ向からの真剣勝負。
星の望みはそれだった。
目立ちたいのか、純粋に勝負したいのかは分からない。
いや、ひょっとしたらそんな理由じゃないかもしれない。
「猪狩殿。正直、私にはぷろれす、と言うのは派手だが、
「で、どうしろってんだ」
「八百長か否か……その証明をして頂きたい」
星はそう言った。
そして、本来は鳴らない予定だった銅鑼が鳴った。
「はぁっ!」
最初に動いたのは星だ。
間合いを一気に詰め、一点、アゴのみを狙った集中砲火を放った。
拳だけでない、上段を狙った蹴りも入ってる。
猪狩は防戦だ。腕も意識も顔に向いている。
――狙い通り!
鋭い蹴りが、猪狩の右足を刈り取った。
「とった!」
猪狩のバランスが崩れた。最高のチャンスだ。
星は首に手をやり、締め上げた。
「フロントネックロックだ……」
刃牙の呟き通り、星は正面から、前屈みにした猪狩の頭部を抱え込み、前腕部を首に回し、もう片方の腕で猪狩の片腕の肘を抱えんでいた。
その状態で首に回した腕を上げながら、首を絞めあげている。
プロレスの神様、カール・ゴッチ曰く『最も速やかに人を殺す事が出来る技』だ。
事実上の殺人技だ。
猪狩は腰を落とし、必死に耐えていたが限界がきたのだろう。
「ギ……ブ……降参……」
蚊のなくような細い声だ。
さっきまで大声をあげ、観客を喜ばせていた人間とは思えない。
「よし!」
星は素早く解き、右腕を突き上げ、猪狩に背を向け、勝ち名乗りをあげた。
一点の曇りもない、無傷での勝利だ。
「あれ? もう終わっちゃったの?」
「む~~……つまらないのだ」
桃香はあっけない幕切れに意表をつかれたからか、目を丸くしていた。
鈴々は期待を裏切られたからなのか、つまらなそうにしていた。
「これにそんな熱中するの? う~ん……分からない」
「終わらない。相手は猪狩完至だ。猪狩さんがこの程度で……」
見ていな、といって刃牙はリングを指差した。
星の背後に、猪狩がユラリと立ち上がっていた。
勝者を称えるためか? 違う。
目に、まだ闘志があった。
「バカタレェッ」
「なッ!」
星は振り返り気づいたが、構えるのが遅かった。
猪狩の足はリングから跳ね上がり、鋭い弧を描いていた。
猪狩の一撃はキレイな延髄切りだったッ
蹴りは星の首に当たり、そのままロープへ華奢な身体を叩きつけた。
「猪狩ィっ……!」
「星ちゃんよォ……俺の降参なんざ、誰も聞いちゃいねェんだよ」
猪狩は腕を広げ、星の首を狙いラリアットをきめ、ひるんだところに脳天唐竹割り。
気が付けば、試合は完全に猪狩のペースで展開されていた。
さっきまで優勢だった星が、今は押されていた。
「ひ……卑怯な!」
愛紗はそれに対して思うところがあるのだろう。
そのやり方に不快感を感じ、正々堂々とやれ、と野次を飛ばした。
他の観客にも野次を飛ばす人はいる。しかし、観客には歓声をあげる者もいる。
それが試合を沸かせるスパイスになっていた。
試合は異様な盛り上がりをみせていた。
「なんともゲスな手ですな……! 真剣勝負でこのような……!」
「俺は真剣だぜ。真剣なプロレスだ」
「八百長の武でありながらッ!」
星は不快感を露わにしていた。眉間にしわがよっていた。
「八百長だから弱いってか……違ェよ。プロレスってのは、世界最強の格闘技だ」
「……口ではなんとも言えるでしょうな」
言い切ると星の動きは、はやかった。
一気に間合いを詰め、水月への蹴り。それだけではない。
足を引かず、水月に刺さってる右足で猪狩を踏み抜いた。
後は、アニメや漫画でしか見ないような、現実離れした攻撃だった。
水月を踏み台にして駆け上がり、左足でアゴを蹴りあげた。
そして、空中で一回転をきめ、着地した。
サマー・ソルト・キックだった。
――決まった!
星は確信していた。
水月への蹴りは、一般人なら内臓破裂するような威力で打ち込んだ。
アゴにも意識を吹き飛ばすような威力できめた。
猪狩の頭が、血をだしながら傾いていくのが見えた。
倒れないハズがない、そう思っていた。
「言っただろうが! プロレスってのは最強の格闘技だッッッ」
甘かったッ! 猪狩は体勢を直した。動きも変わってない。
すぐに、星の着地点まで肉薄した。
――アントニオ猪狩の本物の武器は何か?――
派手なスープレックスか? カール・ゴッチ直伝の卍固めか? 殺人技であるブレインバスターか?
これら、数ある派手な必殺技ではない。そう評価する専門家が多数いる。
なら、彼等は何というのか?
猪狩は拳を固めて、答えを示した。
「ダッシャァアァァ!」
ナックルアローだ。
アントニオ猪狩の鉄拳は、星の額を打った。
拳と頭の間で火花が散るようだった。
星の額が熱を帯び、赤くなる。
星もそれを食らって、黙っていたわけではない。
ダウンを狙っているのだろう。アゴ、こめかみ、と頭部を狙った攻めだ。
猪狩は両腕で頭を守っていた。
決まり手が中々入らないでいた。
「おぉ~! あのおじさんも強いのか!」
「鈴々、これは見世物だぞ。大方、相手が手加減をしてるから、倒れないだけだろう」
「そうなの? 私はそんな気はしないけど……」
「確かに、プロレスは八百長かもしれない。試合の台本があるかもしれない」
刃牙はでも、と付け加えた。
「プロレスラーって強いよ」
陸
――何故、倒れん!
星は猪狩を圧倒していた。
頭部への攻撃だけでなく、腹部への攻撃も巧みに混ぜていた。
倒れるハズだ。人間なら誰であれ、倒れるべきだ。
そう言い切れるほどに圧倒していた。
しかも、星は全てを必殺の威力で攻め、猪狩は全ての攻撃を避けれてないのだ。
星には猪狩の激しい息遣いが聞こえていた。
猪狩は出血している。
細長い血の線が幾つも顔の上に出来ていた。
それでも、猪狩には笑みがへばりついている。
真っ赤な笑みがへばりついている。
「どうしたッッ! 効かねえぞッッッ」
「強がりを言ってる場合ですかな!」
星は真っ向からの打撃を諦めた。
――どうにも、打撃には耐性があるらしい
そう思い、素早いフットワークで背中に回り込んだ。
猪狩は反応しきれてない。
――やはり強がりだ。猪狩殿は強がっているだけだ
星はそう判断し、完全に背後に回った瞬間に、しなやかな両腕を猪狩の首へと伸ばした。
「絞め技!? 打撃で押していたのでは……!」
「押せてない。猪狩さんはタフだから」
愛紗にとって、予想外だったのだろう。
星は有利だった打撃戦を捨てて、絞めに行ったようにしか見えなかった。
意味が分からなかった。
あのまま打撃で攻める方が、いい手に思える。
事実、星は後ろに回ったのはいいが、それまでだった。
背中について絞めたところで、猪狩は跳ねた。
そのまま背中から着地し、星を押しつぶす。
しかし、星の判断は早く、手を解き、先に地に足をつけた。
首に回っていた手を、猪狩の顔面に回して、捕えた。
何ともいえない音がした。
人の頭蓋と、地面がぶつかる音だ。
猪狩の後頭部を強打させたのだ。
――もう立てない! これで立つ人間はいない!
星は全力で猪狩の頭を叩きつけた。
倒れざるを得ない。……相手が違ったならば。
猪狩はムクりと立ち上がった。
「っ!?」
「何て顔してんだァ?」
星の目は、まるで死霊を見たかのようだった。
――頭は揺れてるはずだ、何故――っ!?
何度でも立ち上がる男を見て、自信が無くなっていくのを感じていた。
武芸者として各地を旅してた時も、こんな人は見なかった。
――いや、槍を持たない自分が、こんなにも弱いだけか? 本当の私は……弱いのか?
猪狩の頭を揺すったのは星自身だが、何故か星は自分の足元が揺れるのを感じていた。
「なァ……格闘家や武将なんざ、気楽なモンだと思わねえか?」
「気楽……?」
猪狩は腕で鼻血を拭い、言った。
「ああ。お前らは相手の技を受けなくてもいいんだからなぁ……。プロレスラーにとっちゃ、夢のような話だ。プロレスラーは技を逃げちゃいけない。敵の攻撃は全て受けてみせる。たとえそれがどんな危険な技でも…受けきってみせる。プロレス道とは! 理想のプロレスとは…プロレスラーの王道とは!
肉体を…否ッ骨を断たせて!!! 肉を斬る…!!! それがプロレスだッッッッ」
素早いフットワークだった。
猪狩は星の後ろに回り、腰に手を回した。
頭は星の真後ろでなく、脇に若干それている。
猪狩の右手はガッチリと自身の左腕を掴んでいた。
明らかに大技をするつもりだ。
観客は湧き上がっていた。猪狩を非難する声はない。
「バックドロップだ」
沸騰する観客の中、刃牙の声が通った。
星はキレイな弧を描き、頭から地面に落ちて行った。
「シャイッ! シャイッ! シャイッ! シャイッ!」
手拍子をして、観客を乗せるのも忘れていない。
星寄りの流れを、猪狩は引き戻し始めていた。
星は、起き上がれないでいた。
「星ちゃんよ。何でお前等と俺達とで、こんなタフネスに違いが出るか分かるかい? 俺達は覚悟の量が違えんだよ。相手の技に見合った覚悟がなァッッ」
「ふふ……」
星はひゅうと息を吸い、素早く立ち上がった。
「少しの間ですが……ゆっくり休めましたぞ。それに、突破口も見えた」
星には、試合開始の時の余裕が戻っていた。
ニヤリと笑みを浮かべ、槍のように鋭い脚で顔面を蹴った。
「ッッ! 効いたァ~ッ」
「覚悟の前に、殴らせてもらいますぞ」
星は拳の骨を鳴らした。右手の固さは悪くない。
固すぎず、柔らかすぎず……。だからこそスピードがのる。
呼気と一緒に打ち出した右のパンチは綺麗に猪狩のアゴを打った。
猪狩は倒れず、星の右手を掴んだ。
無理やり引っ張り、星の背中を向けさせた。
再び、バックドロップの構えをとった。
――プロレスは甘くない!!! 敗北ギリギリまで相手の攻撃を受けきり、紙一重で逆転!!! それが、プロレスの王道――ッッ
だがそれが決まる寸前、星は河津落としをし、足を刈り取られた猪狩の方が、勢いよく地面に頭から落ちて行った。
「猪狩殿。大人しく、秒殺なんてことが許される格闘技でも、やってた方がよかったかもしれませんな」
漆
――なァ……斗羽さん。俺は嬉しくてたまらねえんだ。どんだけこの嬢ちゃんに殴られても、嬉しくてたまらねえ。
世界が違っても、俺のプロレスを見て楽しんでるお客がいるんだ。
あんたの言葉がよく分かる。
やっぱり、この宿命からは逃げれねえ。
それが――幸福でならない。
お? 嬢ちゃん、ロープに上がって何を……ニードロップか!
来てくれ! 狙いは腹だッッ!
いいねぇ……効いたよ。
今度は髪を掴んだかッッ 引き上げて……ポール? ああ、叩きつけてくれッッ
捌
ていねいで、綺麗で、真剣なプロレスだ。
野次はなかった。歓声もなかった。
かわりに拍手があった。
わずかな一角で拍手が起こり、それが周りに広まっていった。
波のようだった。
拍手の波はリングで干渉しあい、大きな波になっていた。
そのリングでは、星が技を決め、猪狩が耐える構図ができていた。
猪狩は流血し、髪型もとっくにくずれている。
息も切れている。
だが、星にはまだ余裕がある。
勝敗はほとんど決まっている。
猪狩は、敗けを覚悟していた。
――だがッッ ただじゃ終わらねえッッッ
お客のためのプロレス。
猪狩のプロレス人生はまさにソレだった。
格闘技の英雄アクラム・ペールワンと戦った。熊殺しと呼ばれる空手家、ウィリー・ウィリアムスとも戦った。そして……モハメド・アライ。誰のため? 自分のため? 否。全てお客のため。プロレスを喜んでくれるお客のため。
「ハァ……ッッ! 効かねえぞ!」
「猪狩殿! これで終わりですぞ!」
トドメの蹴りだ。軸足も跳ね上がっている。
どんなに覚悟をきめても、倒れるかもしれない。そんなことを思わせるほどの蹴りだ。
言い換えれば星の足が、槍そのものだった。
猪狩は避けない。顔面に当たるとしてもだ。
星の狙いは研ぎ澄まされていた。
喉への蹴りだ。
「――ッッ」
「まだッ!?」
相手の攻撃に耐えれば、今度は自分の番だ。
――ブラジルから移民し、来る日も来る日も血のションベン。何日もしごかれ、殴られ。その中で、初めに習った技が……これだった!
星の頭を捕え、ホールド。
ヘッドロックだ。
観客の拍手がまばらになっていった。
――ああ、デビュー戦もこうだった。
「キレイなのだ……」
「うん。猪狩って人、本当に頑張ってきた人だと思うよ」
鈴々と桃香は小声で話した。
それがリングまで届きそうなほど静かだった。
「猪狩殿……礼を言いますぞ」
星はスルリとヘッドロックを抜けた。
「ちぃッ」
「槍は、関節の動き一つで大きく、しなりと鋭さが変わるのです。これぐらい身体が柔らかくなくては、とてもとても……」
決着はあっけないものだった。
星は猪狩の片腕を引き上げ、足で猪狩の両足も固めた。
「卍ィ~~!」
星が決めたのは、卍固め。
幸か不幸か、たんなる偶然か。アントニオ猪狩の代名詞、数ある必殺技でもベストと言える技だ。
固められ、猪狩の関節が悲鳴を上げた。
だが、猪狩にはまだ闘志がある。
吼えた。そして、星を巻き込み、地面に叩きつけるようにして、倒れた。
だが、星の瞬発力が上だった。
卍をあっさりと外した。
結果、猪狩のみが倒れた。
猪狩はただ倒れるだけでなく、反撃しようとすぐに立ち上がった。
しかし、視界に星がいない。
一瞬の動揺。だが、居場所はどこかすぐに分かった。
猪狩の腰に手が回っていた。
猪狩の両足が浮いた。
「やぁぁぁああッッ」
星は全身の力を絞り、投げた。
足、膝、腰、背、肩、腕。全てに素晴らしい力としなりがあった。
ジャーマン・スープレックス。
芸術的な美しさがあった。
あとは、ホールド。
「1! 2! 3!」
銅鑼が、鳴った。
玖
「猪狩さん……お疲れ様でした」
「刃牙!? なんだって……」
試合が終わると後は早かった。
負けた猪狩はリングを出て、星がリングに残った。
そして、勝者が賞賛されるのだが、猪狩にも大きな拍手があった。
「試合、見てました」
刃牙は猪狩が帰る時を見計らい、猪狩の所に来た。
猪狩はそう言われ、頭をかいた。
「負け試合みせちまったか……」
「いえ。いい試合でした。ところで……何でここに」
「俺にも分からねえな。多分、お前さんと同じだろうよ」
「鏡……」
「それよ」
刃牙はありがとうございます、と言って引いた。
猪狩の顔には疲労の色があった。
刃牙は再び、桃香たちの所に戻っていった。
さて、ここの後書きは本当に必要だろうか? よくよく考えたら、刃牙知ってる人じゃないとこの小説に手を出さないんじゃあないか、と思ってきたこの頃。
目を通して下さる方はいるのでしょうか?
4 範馬刃牙 はんまばき
身長 168cm 体重 76kg ファイティングスタイル トータルファイティング ※地下闘技場の主催者、徳川光成曰く範馬刃牙流格闘術
刃牙シリーズの主人公。
元は地上最強を目指していたが、バキの大擂台賽編の後から自分の父親で、地上最強の生物と言われる範馬勇次郎より強ければいい、と言うようになる。
因みに、試合では相手の必殺技を受けるのと、オリバとの闘いではコンクリートの床に叩きつけられても、「ああ……気持ち……いい…………」と思った事から、ドMであると思われる。
バキの番外であるバキSAGAがある。※自分はそれを読んで、心に何か大きい傷を負いました。立ち読みは激しくおススメしません。
個人的なベストバウトは、幼年編の範馬刃牙vs夜叉猿
5 猪狩完至 いがりかんじ ※リングネームはアントニオ猪狩
身長 191cm 体重 105kg ファイティングスタイル プロレス
モデルは1,2,3,ダーッ!で有名な、あのお方。
ファイティングスタイルのプロレスはそれこそ、お客を喜ばせる本物のプロレス。
勝利のためにはいかなる行為も辞さず、その情け容赦の無さは、刃牙をも苦しめた。だが、それは全てプロレスとお客のため。
外伝ででたプロレスラーの王道、「肉体を…否ッ骨を断たせて!!! 肉を斬る…!!! それがプロレスだッッッッ」と「格闘家なんざ楽なもんだぜ…相手の技を受けなくてもいいんだからなぁ…」という言葉はプロレスという本質を表すものと思います。
個人的にベストバウトは、グラップラー刃牙外伝の猪狩vs斗羽