真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~   作:クーロン

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自分

 また、拳と拳が。蹴りと蹴りが。肉と肉がぶつかり合おうとしている。

 その時だった。

 地面が、底から湧き上がってくるような感覚がした。

 揺れている。

 地面が隆起し、揺れている。

 

「地震か……っ!?」

「大きいのだっ!」

「決着に相応しいじゃねえか。皆の衆……下がってな」

 

 勇次郎はそう言い、右拳を突き上げた。

 そして、金属のような力こぶと、太い腕に血管が浮かぶ。

 左手は地面に向けている。

 

「勇次郎さん……!?」

「ッチェリアアアアッッッ」

 

 勇次郎は気合を吐き、突き上げた右拳で、思い切り地面を突いた。

 地面に、勇次郎の拳が手首までめり込む。

 そこを中心として、地面に大きなヒビが入る。

 そして、地面の震動が収まっていく。

 

「おさまっ……た……?」

「もう、揺れねえぜ」

「……へ?」

「勇次郎の強さへの自負というものが……これ程のものか……」

 

 愛紗がつぶやいた。

 その声は微かに震えている。

 桃香は目を丸くしている。

 信じられない、という顔であった。

 しかし、それでも地震が収まっているのも事実であった。

 

「刃牙よ……競うなッッ オマエの持ち味をイカせッッッ」

 

   壱

 

「ったく親父ィ……嫌なこと思い出したじゃん……」

 

 刃牙は勇次郎に視線を向けて言った。

 

「嫌なこと……?」

「うん……親父と闘って、敗けた時のコト……。あの時には、殺されかけた……ッッ」

「……同じ……っ」

「同じ?」

「うん……恋も……恋も、殺されかけた……」

 

 恋はうつむき、手を震わせながら言った。

 

「それでも……俺達は親父より強くなりたがっている……」

「最強に……」

「違えよ……呂布。君はそうでも……俺は違う……」

 

 刃牙はそう言い、恋に視線を向けた。

 

「俺は、地上最強なんてどうでもいい。目指しちゃいない。俺は……親父より、ほんのちょっと強けりゃ、それでいい」

「恋は……違う……」

「親父を倒して、誰よりも強く……地上最強になりたい……ってこと?」

 

 そう、刃牙が言うと、恋は無言でうなずいた。

 刃牙はそれを見て、改めて拳を握った。

 

「違うけど似てるってことか……親父より、強くなりたいってトコは……」

「うん……」

「なら、お互いに――ここじゃ敗けられないってことも、分かるよね?」

「……うん」

 

 恋は小さな声で答えた。

 そして、ファイティングポーズをとった。フットワークを重視した構えであった。

 ついさっきまで切れていたハズの体力が、自分の(うち)にいた獣により、肉体に沁みわたっていた。

 それのおかげで、恋は今、この構えが出来ている。

 刃牙の一発を警戒しているが故の構えである。

 素早く、的確に意識を刈り取る一撃を、警戒しての構えである。

 ――これ以上、手こずったら……勇次郎には勝てない……

 恋はそう思っていた。

 ――親父に勝つ以上……敗けられない。

 刃牙はそう思っていた。

 ――真っ向から……!

 お互いに、同じことを思った。

 目の前の敵と、真っ向から闘わねば、勇次郎には勝てない。勝てないどころか、勇次郎と闘う権利すらない。

 今、向かい合っている相手と真っ向から闘い、勝った者だけが勇次郎と闘う権利を得る。

 

「かぁっ!」

「カァッ!」

 

 お互いに気を吐き、一気に間合いを詰めた。

 そして、拳を放つ。

 そして、放たれた拳をさばく。

 逃げはない。

 ただ、真っ向から……。

 

   弐

 

 闘いに必要なモノは何か?

 闘いを構成(つくっ)ているモノは何か?

 力だ。力である。

 技だ。技である。

 そういう意見もあるが、それだけではない。

 精神も、鍛練も、才能も、体力も、速さも、全部が構成物質だ。

 さらに言ってしまえば、人間すらも構成物質に過ぎない。

 この闘いは、そのことを雄弁に物語っていた。

 相手が力技でくれば、それを力で潰そうとする。

 疾風のような一撃を放てば、それを上回る速さでカウンターをとりに行く。

 肉体同士がぶつかり合い、会話をする。

 アンタ、ホントに強いな――

 お前も――

 闘いの中で、肉体同士が会話をする。

 その会話も次第に少なくなっていく。

 相手との会話が、自分との対話になる。

 独白。独り言。

 ぶつぶつぶつぶつ。

 もう、いいだろ? 次ので、倒れればいい。

 ぶつぶつぶつぶつ。

 もういいか。

 もう充分だ。充分やったよ。

 ぶつぶつぶつぶつ。

 そこで、精神も比べあう。

 倒れたい、と思っても、肉体(からだ)は簡単には倒れてくれない。

 相手の攻撃で、生き返る。自分の攻撃で、生き返る。

 まだ闘おう、という気持ちになってくる。

 そして、闘う。

 二人の間で交わす会話がなくなっていく。

 同時に、身体を動かすために燃やせるもの、それがなくなっていく。

 体力がなくなっていく。

 それを作るものも。

 燃やせる記憶が薄れていく。

 その記憶は、憎しみでもいい。恨みでもいい。

 哀しいことだろうが、嬉しいことだろうが、それは何だっていいのだ。

 それが、相手ではなく、第三者に向いているものでもいいのだ。

 それこそ、今朝の目覚めが悪かったとか、そんな記憶でもいい。

 こいつの目が気に入らない。耳が嫌いなヤツに似ているとか、昨夜の飯が美味かったとか、たまたま擦れ違った猫のことだとか、スグ足元に転がっている石ころの記憶だろうと、枯れ葉の記憶だろうと何でもいい。

 ここで燃やせるのであれば、それで身体を数秒だけ動かせるのであれば、犬を殺したことも無駄じゃない。

 持っているもの全てを、筋肉だか細胞だかに全部つっこみ、そして燃やす。

 脂肪だけじゃない。肝臓の中のブドウ糖だけじゃない。

 それすらが無くなっていく。

 そうなると、精神が折れてくる。

 そこで精神同士の闘いとなるのだ。

 もう、十分だろうか。

 そんなことを、何度も何度も繰り返し思う。

 それでも、十分じゃないと思う。

 まだ残っているのだ。

 まだ、決着だけが残っている。

 どっちが考えているのか分からない。

 相手が思っているのか。自分が思っているのか。

 だが、どちらもそう思っている。

 そう思っているから、やめない。

 やめられない。

 

   参

 

「強くなってやがるな」

 

 勇次郎が言った。

 

「どっちが……ですか……?」

 

 桃香が聞いた。

 

「両方だ。俺が知る刃牙より(つえ)ェ。恋の方も同様だ」

「…………」

「刃牙はオリバを腕力(ちから)で倒した……そうである以上、あの強さは当たり前ってトコロだが……」

「なにか、腑に落ちないことがあるんですか?」

「恋の強さだ……。少なくとも、刃牙の土俵で勝てる強さは無いと踏んでいたが、イヤに食い下がるじゃねェか」

「敗けたから……じゃないですか……?」

「あ?」

 

 桃香は勇次郎に目を合わせないまま、言った。

 

「呂布さんは……勇次郎さんに敗けました。……完膚ないまでに」

「…………」

「だけど、その敗北をバネに」

「甘っちょろいッッ 所詮、キサマなどタダの女よッッッ」

 

 勇次郎の髪が逆立つ。

 そして、そのまま力説した。

 

「勝利は蚊トンボを獅子に変えるッッ だが、逆もまた真ッッッ 敗北は獅子を蚊トンボに変えるッッッ! 敗北に価値など存在せんわッッッ!」

「い……いくらなんでも、言い過ぎじゃありませんかっ!?」

「キサマは、異論でもあるのか……?」

「あります……っ! だって、敗けてもその経験で……!」

「桃香様! 落ち着いてください!」

 

 星はそう言い、右手で桃香の口を塞いだ。

 それと同時に、愛紗と鈴々が勇次郎の前に立ちふさがる。

 その額には冷や汗が浮かんでいる。

 

「意見した割には、随分と腰が引けてることで……」

 

 勇次郎はそうとだけ言うと、クスクスと嗤った。

 

「いくら甘っちょろい意見を持っていようが、この闘いの結末を見れば、イヤでも理解(わか)るだろうぜ。敗北して、そこには何が残るのかってェことがよ」

「……はい……っ!」

 

 桃香は星の手から口を出して、勇次郎を睨みながら答えた。

 

   肆

 

 攻撃。

 互いに、前へ出る。

 そして、正面から打ち合う。

 乱打戦。

 だが、次第に差が出来てきた。

 手数の差だ。

 刃牙の方が、手数で敗けている。

 恋の力は凄まじく、よく動いた。

 獣のようであった。

 手負いでありながら、必死に闘う獣。

 簡単には止まってくれない。

 狂ったように暴れ続ける。

 恋はその獣を抑えなかった。

 ――どうする……

 連打しながら、刃牙は考えた。

 打つ。

 打つ。

 蹴る。

 顎に一撃。

 掌底――

 刃牙の意識が一瞬だけ途切れる。

 前のめりに、身体が倒れる。

 刃牙の頭が恋の胸に向かって落ちていく。

 そこに、恋は思い切り拳を叩きこんだ。

 衝撃。

 覚醒。

 刃牙の眼が覚めた。

 恋の襟があいている。

 刃牙は、恋の襟に手を伸ばした。

 だが、足に力が入らない。

 よろけるようにして、刃牙は恋を押した。

 恋はそれを嫌がり、刃牙を押した。

 押してくる。

 ここだ。

 左手で、恋の右手の裾を掴む。

 刃牙は相手の動きのまま、力を流して、投げた。

 ただの投げじゃない。

 恋が丸め込もうとする首の内側に、右肘を入れたのだ。

 恋は頭から地面に落ちていく。

 右肘に自分の体重を乗せて、落とす。

 すると、肘が相手の首を斬りおとすギロチンの役目を果たすことになる。

 首に入れた肘を刃になぞらえ、雛人形も首を落とす様に似ることから名付けられた、古武道の秘技。

 その名も――雛落とし。

 炸裂。

 恋の頸椎からミシリと音がした。

 恋の口から、悲鳴とも断末魔とも似つかない、くぐもった声が出た。

 頭の下から赤い血が這い出て、アメーバのように広がっていく。

 丁度、恋の頭の下に石があったのだ。

 弧を描いた恋の後頭部が当たった。

 恋は苦痛に悶えていた。後頭部の激痛、そして喉からの激痛。

 刃牙はしっかり残心をとるように動いた。

 仰向けになり、恋の左腕を股の間に入れ、テコを使うように力を入れていく。

 腕挫十字固――

 一本の棒のようになった恋の腕から、みちみちと音が鳴る。

 左腕をかばって、恋は力がかかるポイントをずらしていく。

 まるで、逃げ方を知っているようだった。

 だが、刃牙の足が恋を動かさない。

 

「折るよ……」

 

 その一言と同時だった。

 

 びりっ

 

 と、布を裂くような音が、恋の腕の中からした。

 腕を折られる前段階の激痛なんて、まったく無かった。

 

「くわっ」

 

 恋は熱い塊のような呼気を吐いた。

 呻いた。

 左腕が伸びている。右腕よりも長い。

 そして、ダラリと力が抜けている。力が入らない。

 刃牙はそれを確認して、恋の左腕を解放した。

 

「どうする……? 続けるかい……?」

 

 刃牙が恋の顔を覗き込んで言った。

 すでに、恋は折れていた。

 腕だけじゃない。もっと大切な何かが、だ。

 さっきまで暴れていた獣も、今じゃ鳴りを潜めている。

 身体の中には、もう、何もいない。

 敗けました――

 それに近しい言葉を言えば、解放される。言ってしまえ。

 恋はどこかでそう思っている。

 だが、言えない。口がそう動かない。

 ――敗けたく……ない……

 その思いが恋の胸を衝く。

 だけど、ダメージは重大だ。

 激痛が絶え間なく肉体を襲う。

 動けない。

 作戦も、もうない。

 戦略も、もうない。

 何が残っている?

 体力も、気力も、意志もない。

 全部、使い果たしてしまったのではないか。

 それらは、恋の肉体からごっそりと抜け落ちていった。

 何も残っていない。

 いや、まだ残っていた。

 恋はまだ闘おうとしている。

 そのために使えるものに縋っていた。

 まだ、残っているものがあるハズだ。

 あった。

 何もかも無くなり、虚ろになった肉の中に、まだ存在しているものがある。

 恋が残っている。恋自身が残っている。

 誰も壊せない、誰も盗めない。

 たとえ、どんなにボロボロにされても、決して消えないもの。消えずにいるもの。

 作戦? 恋。

 戦略? 恋。

 体力も、気力も、意志も、全部恋。

 恋をやる。

 恋として闘う。

 再会したのか? 初めて出会ったのか?

 全てを根こそぎ失い、闘いと肉と精神のどん底で、ようやく、恋は恋に出会ったのである。

 

   伍

 

 よろり、と地面に右手を突いて、恋が起き上がる。

 左手はダラリと下がったままだ。

 肘の色が青く変色している。

 そのまま、恋は構えた。

 右手だけを上げ、左側はガラ空きになっている。

 

「決着……を……」

 

 恋は虚ろな眼のまま、言った。

 

「うん……着けないとね……決着」

「うん……」

 

 二人は向き合い。そして頷きあった。

 ゆっくり、ゆっくりと二人が足を踏み出す。

 間合いが――無くなっていく。

 不意に恋の右腕が動いた。

 同時に、刃牙の右足が上がっていく。

 鞭のようにしなる、右背足による廻し蹴り――

 それは恋の拳よりも速く、恋の左のこめかみを叩いた。

 

   陸

 

 身体が動く。風を感じる。

 まだ……動く……。

 でも……ゴメン。……もう……上がらない。

 ゴメン……ゴメン……。

         月

                        を

                              絞

                め            た

       ねね

                   泣

              い          て

     犬

             が

         血              を

 

   漆

 

 刃牙の耳に、荒い呼吸が入り込んでくる。

 ぜえぜえ

 ふう

 はあ

 はっはっ

 ひい

 すぅ

 刃牙は大きく吸った。

 心臓の音が落ち着いていく。

 どさり、と音がした。

 恋が倒れた音だ。

 その後頭部からは、トクントクンと鼓動と共に血が溢れてくる。

 左腕は異様な方向に曲がったまま、何度も何度も、痙攣している。

 時折、ビクンと跳ね上がるように全身が動く。

 

「スッゲェ化物で……立派な戦士だった……」

 

 刃牙はそう言い、恋から視線を外した。

 

「決まりだ。刃牙の勝ちだぜ」

 

 勇次郎が言った。

 刃牙は真っ直ぐに勇次郎の所に歩み寄ってくる。

 勇次郎は無言で右手をあげた。そして、手のひらを見せている。

 刃牙も右手をあげ、勇次郎の手のひらを叩いた。

 ハイタッチの音が響く。

 

「ここで始めるか……?」

 

 右手を下げ、勇次郎が言った。

 

「……やらない。まだ、ヤリ合う時じゃない」

「フフ……ソイツも最もな話だ……」

「親父も……」

「なんだ」

「親父も、俺とヤリたくなったのか……?」

 

 刃牙は勇次郎を見たまま、言った。

 

「ベストじゃねえオマエを喰ったところで、大して美味くもねえ……。今は育んでいな。美味くなりゃ喰ってやる」

 

 勇次郎はそう言い、刃牙に背を向けた。

 そして、そのまま去っていく。

 

「まあ……今やって勝てるほど、親父は弱くないよね……」

 

 刃牙はそう言い、勇次郎の背を見送った。

 勇次郎の姿が見えなくなると、刃牙の後ろから、人が倒れる音がした。

 

「桃香様!」

「ゴメン、愛紗ちゃん……大丈夫……ちょっと、腰が抜けただけだから……」

「ずっと親父の隣に立って、何か言い合っていたらそうなる。正直、殺されてもオカシクなかったと思うぜ」

 

 刃牙は背後を振り向いて言った。

 

「え……? 私、そんな危ない橋を渡っていたの!?」

「渡る、というより全力疾走でしたが?」

「う……ゴメン」

「そういや……呂布は?」

 

 刃牙は思い出したように言った。

 周りを見ると、恋は既に転がっておらず、どこにもいない。

 

「愚地殿と烈海王が医務室に連れて行った。ヒドイ怪我だが……華佗がいるのだから、何とかなるだろう」

 

 星はそう言い、片手にある刃が折れた槍を強く握った。

 

「ふぅん」

 

 刃牙は鼻を鳴らし、城の中へと歩いて行った。

 これで、刃牙対恋の闘いは、第一ラウンド(・・・・・・)の決着となる。

 

   捌

 

 あの刃牙と恋の死闘から、五日が経った。

 その時になって、とあることが現実味を帯びてくる話となる。

 恋が死ぬかもしれない、という現実である。

 

   玖

 

 医務室のベッド。

 そこで恋は仰向けになって、眼を閉じていた。

 よく見ると、両腕と両脚はベッドに鎖で固定されている。

 その部屋には今、刃牙、烈海王、花山薫、愚地独歩の四人と、月、詠、音々音の三人。そして華佗がいる。

 華佗が恋を見下ろしながら、リズムよく指で机を叩いている。

 

「時間だ」

 

 華佗が言うのと同時であった。

 ギシリ、とベッドが軋んだ。

 ひゅう……と恋の口から息を吸う音がする。

 そして、メチャクチャに身体を動かした。

 五分近く暴れ続け、そしてブツリと動かなくなった。

 だが、指はまだピクピクと痙攣するように動いている。

 枕に赤い血がジワリジワリと広がっていく。

 ぎりっ……

 と、恋の口の中で歯が軋む音がした。

 

「どうやら……まだ、呂布は戦い終わっていないらしい。こんなことが担ぎ込まれてから、毎日起こるんだ。それもきっかり、三時間ごとに……。どうやら、夢の中で戦い続けているようだ……」

 

 華佗がポツリポツリと説明しだした。

 なんという猛者か。

 刃牙との闘いで昏倒してから、ずっと夢の中で、眠りながら闘っているというのだ。

 畏怖(おそ)るべき執念である。

 

「当然、暴れ出すのだから、いくらケガの処置をしても無駄になる。腕のケガも、後頭部の傷もだ。一応、ツボを突いて眠らせてみたが、それでもダメだ。筋肉も脳も戦い続けている。おそらく、これを止めれば……」

「死ぬ……」

 

 刃牙がつぶやいた。

 他の人は無言であった。

 その中で、仲間であった三人。特に音々音は、その事実を受け入れられないようであった。

 

「ホントに恋殿が……」

「…………」

「……死ぬよ」

 

 音々音が問うようにつぶやいた言葉に、華佗は答えなかった。

 まるで、代わりに言うかのように刃牙が言った。

 

「……もう、今日がヤマだと思ってくれれば間違いない」

 

 意を決したかののように華佗が言った。

 よく見れば、恋の頬は肉が削がれたかのように、こけている。

 腕が、足が、指が細くなっている。

 

「勇次郎……」

 

 恋の口が動き、そう言った。

 ベッドがまた軋む。

 

「刃牙……まだ……」

 

 そう言い、またベッドが軋む。

 

「前から言う名前は、勇次郎と刃牙の二人だけだ。多分……夢の中では……」

「俺と親父の二対一か……それだけ、執念が残っているってことだよね……ギリギリのトコロで」

「確かにもう、ギリギリだろうよ」

「……飲まず食わずで五日ですから」

 

 独歩と烈海王が言った。

 

「刃牙……ヤルのか……」

 

 花山薫は刃牙を見下ろし、言った。

 

「ああ……俺がやる。殺すよ。……ホントの決着をつけなきゃ」

 

 刃牙はそう言い、靴を脱いで恋が眠るベッドの上に立った。

 

「させるか! 恋殿を殺させなど……っ!」

「邪魔すんじゃねェ……」

「花山さんっ!」

 

 音々音は刃牙を止めようと、飛び掛かった。

 だが、それを花山薫が止めた。

 音々音の服を掴み、持ち上げたのだ。

 

「月……死なせてやれ」

「花山氏の言う通りです。彼女もまた武人……死ぬのであれば、せめて、夢での闘いの中で死なせるのがいいでしょう」

「でも……だって……っ! 詠ちゃん……」

「……分かんないわよ。ボクだって……!」

「分かんねェってンなら、どうすりゃいいか分かんねェっていうならよォ……止めんじゃねェよ」

 

 刃牙はベッドの上にあがり、恋を跨いだ。

 音々音は泣き顔でそれを見ていた。

 月と詠はうつむいている。

 そして、刃牙が拳を恋の顔面に向けて突き出した。

 拳の風をあび、恋の身体がビクリと動く。

 刃牙は下に向かって、突いた。

 何度も、何度も。

 その度にビクリビクリと動く。

 

「キャオラッッッ」

 

 そして蹴り。

 恋はそれにもビクリと反応した。

 気が付けば、次第に、下を向いていた刃牙が、段々と上に視線を向けていく。

 刃牙と同じ高さの目線にまで来たところで、ヌルリ、と刃牙ではない、もう一人の(シャドー)が動く。

 影がすぐそこで、どんどん実物チックになり、まるで体温を持っているかのように動き出す。

 イメージが他者の眼にまで実物化されていく。

 シャドーファイティング――

 相手は、恋。

 

「呂布ッッッ!」

 

 刃牙は叫んだ。

 叫んで、何度も何度もシャドーに向かって突き、蹴った。

 足元の恋を踏まないように、影の恋と闘っている。

 相手の攻撃をさばき、打つ。

 そして、右拳を引いて、思い切り放った。

 その一撃が頭に刺さって、影が倒れ、消えていく。

 刃牙の動きも止んだ。

 誰も動かない。声をあげない。

 やがて、恋の眼が薄く開いた。

 

「刃……牙……」

 

 恋が言った。

 

「ありが……と……」

 

 言い終えて、恋の眼が静かに閉じていった。




次回で鬼神辻斬り編がラストとなります。

そして、一つ聞きたいのですがよろしいでしょうか?
戦闘シーンでの話数ですが、今までは意識的に1、2話で終わらせてきました。それが今回の刃牙vs恋では3話となっていたのですが……ぶっちゃけ、今までのスタイルの方が読みやすいでしょうか? それとも、三話分にまで長引いてもよろしいでしょうか?
そこだけがちょっと気になるんですよね。答えられる方はお答えいただけると嬉しいです。
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