真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~   作:クーロン

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今回からは、鬼神辻斬り編で空気だった孫呉の話を進めていきたいと思いますッッ
でも、ジャックや本部も空気なんだよなァ……この作品……


孫呉独立編
火蓋


 江東にある館。

 そこに、五人の男女が集まっていた。

 渋川剛気、ビスケット・オリバ、雪蓮、冥琳、祭の五人である。

 

「冥琳。仕込みの方はどう?」

「九割九分終わっているわ。あとは雪蓮の号令だけよ」

「時が来たのう……。もっとも、まだそれだけじゃがな」

 

 祭が感慨深そうに、しみじみと言った。

 

「オイオイ、歳より臭いぜ、祭よォ」

「言ってくれるのぉ。じゃが、オリバは随分と髪の生え際が後退しておるが……渋川老よりも、後ろにあるのではないか?」

 

 祭はそう言いながら前髪を上げ、オリバに自分の髪の生え際を見せながら言った。

 

「ソイツは言いっこなしだ」

 

 オリバは笑みを見せながらそう言った。

 

「軽口を言ってる場合ではないぞ」

 

 冥琳は鋭い目をしたまま、ピシャリと言い放った。

 

「そうでしょうなァ……。本物の年寄り前に、若いもんが、どっちが年を取ってるかなど、中々どうして……滑稽なもの」

「渋川老。私はそういう意味で言ったのではありません」

「お爺ちゃん、どうかしちゃった? ぼけちゃった?」

「雪蓮嬢……。ワシと握手でもしてみますか」

「絶対イヤ」

 

 雪蓮は笑みを浮かべたまま、渋川との間にもう一歩分の距離を作った。

 

「まあ、そう言わず」

 

 渋川も笑みを浮かべ、右手を前に出したまま、一歩だけ踏み出した。

 

「渋川老。雪蓮を投げるなり極めるなりは、今は止めてください」

「冗談のつもりでしたが……」

「申し訳ございません。そうは見えませんでした」

 

 冥琳がそう言うと、渋川は『そうですかそうですか』と言い、後ろ頭を掻いた。

 

「脱線したか……。とにかく、これからの一戦が我が孫呉の独立の成否の鍵となる」

 

 冥琳は一度だけ咳払いをしてから言った。

 

「なんとしても勝ってもらいてェとこだな。そろそろ馬食うのも飽きてきちまったぜ」

「待てオリバ。まさかとは思うが……しかも、勘で聞くが……お前……軍馬を食っていたりはしないよな?」

「安心しな。城にいる馬だが、一応、老馬を選んで食ったぜ」

「オリバ……っ! それは種馬として使っていく馬だ! それを勝手に……!」

「雄は去勢しねェと、肉が固くて美味くねえ。雌しか食ってねェよ。だから、種馬に手をつけちゃいねえハズだ」

「その主張は色々オカシイぞ! だが、どこから言えば……っ!」

「オイオイ。オカシイのはオメェだぜ、冥琳よォ。オレはお前等に、色々と力や知恵を貸してるんだ。近いトコを言っちまえば、洛陽での探し物や、ついでに今回の策にも一枚噛んでいるんだぜ? それは今の冥琳や孫呉にとって、大きな財ってヤツだ。そして、人に力を借りるってんなら、それ相応の贈り物を用意するのが礼儀だろうが。オメェはそれらしきモノをまだ、俺に払っちゃいねェだろう?」

 

 オリバはそう言い、自分の服のポケットに入っていた葉巻を取り出し、自分の歯でその先端を破った。

 口の中に残った葉巻の先端は、机の上にある灰皿に吐き出した。

 

「ま、遅延分含め、老馬五頭で済んだんだ。馬については寿命だと思って割り切りな」

 

 オリバは葉巻に火をつけ、吸った。

 鼻と口から白い煙が流れ出す。

 その一方で、冥琳は

 オカシイ……何かがオカシイ……

 と、つぶやいていた。

 

「オリバ……やるわね。冥琳を煙に巻くなんて」

「雪蓮よォ、言葉は正しく使いな。こういうのは、論破って言うんだぜ。で、だ」

 

 オリバは葉巻の灰を灰皿に落とし、言った。

 

「蓮華の方には他に誰もついて行かなくてよかったのか? ついていったのは、穏ぐらいじゃねェか」

「はてさて。オリバも策を考えた、と言ってたのではなかったのかのォ?」

「たしかに考えたぜ。だが、人事まではやってねェよ」

「だってさ、冥琳。そこで頭を抱えてないで、私達の話に加わったら?」

「……ああ」

 

 冥琳は釈然としない表情をしたまま、話に入ってきた。

 

「向こうには穏以外にも呂蒙、そして小蓮様がいる。あとは明命にバレないように尾行させている」

「そうか。じゃあ、俺やジイサンがついて行く必要は無かったわけだ」

「……そもそも、この策では蓮華様の動きがばれない方が重要だ」

「オリバみたいなのが隠れて動いたって、目立つから仕方ないわよね」

「確かに……オリバを一度見て、忘れるようなヤツは痴呆かもしれんのぅ」

「お爺ちゃんも相当よね。小さくて、眼鏡で、和服で、人をブン投げる老人なんて、この広い天下でも一人しかいないし」

「そうでしょうかね。意外といるやもしれませんが」

「居て欲しくないわね」

 

 雪蓮がそう言うと、オリバは

 イヤ……

 と言い、話を切った。

 

「俺達の世界でのここは、海王ってのと海皇がいたからな。ソイツ等ならもしかして……ってとこだ」

「海王ねぇ……烈海王とか言うのも、そうなのかしら? あとソイツ等っていうのはどういうこと?」

「質問は一つずつやるモノだぜ? お察しの通り、烈海王はその海王の一人だ。海王の数は十二人。その上に海皇が一人」

「強いのかしら……?」

「正直、海王は烈海王以外は弱っちいぜ。中国武術省がマトモに仕事してねェのか。一応、劉海王ってのも強いかもしれねえが、オーガに瞬殺されたしよォ」

 

 オリバがそう言うと、雪蓮は

 へ?

 と、気の抜けた返事をした。

 

「弱いぜ。まァ、俺達が規格外だったのかもしれねえが」

 

 オリバはそう言い笑ったが、スグにその雰囲気は潜めた。

 

「だが、海皇っていうのは別だ。勇次郎相手に善戦したぜ。この時代はどうか知らねえが」

「ふぅん……」

「で、その海皇とはどういうものじゃ?」

 

 雪蓮の眼には好奇の光が宿っている。

 心の中では、初めて知った、という思いと、面白そうだ、という思いが複雑に絡み合っていた。

 オリバに海皇について詳しく聞き出したのは祭であった。

 

「年齢、百四十六歳の小柄なジジイだ」

「はァ!?」

「はァ!?」

 

 雪蓮と祭の反応が被る。

 二人とも、同じように目を丸くしていた。

 

「オリバ! それは人間ではない! 間違いなく妖怪の類だっ!」

 

 冥琳もレンズの下の目を丸くして、オリバに言った。

 

「妖怪じゃねえよ。まあ、確かに自力で心臓を止めて復活とかやりやがったが……」

「妖怪確定じゃない!?」

「百四十六ですか……そこまで現役とは……。頑張ってみるのもいいかもしれんの」

「お爺ちゃん本気!? 私、お爺ちゃんを今までと同じ目で見れなくなるわよっ!」

「策殿。渋川老も既に、十分妖怪と言える領域にいるのでは?」

 

 祭は雪蓮の耳元に、小さな声で言った。

 雪蓮は

 それもそうか、

 と思い、そこからは特に何も言わなかった。

 渋川剛気は

 かっかっか

 と笑っている。

 だが、その高笑いはスグにピタリと止まった。

 

「誰か来たみたいですな」

 

 静かな声で渋川剛気が言った。

 

「そうですか……。雪蓮」

「分かっているわ」

 

 雪蓮がそう言うのと同時であった。

 扉の外から、男の声がした。

 

「孫策様! 袁術様より、ただちに寿春へと参られよ、との御命令です!」

「分かったわ。スグに行く。下がっていいわよ」

「はっ!」

 

 雪蓮がそう言うと、さっきいた兵の足音が遠ざかる。

 

「じゃあ、行ってくるわ」

 

 雪蓮は一言だけ言い、部屋から出て行った。

 

   壱

 

 寿春――

 そこには、袁術以外にも有名な人間がいる。

 鎬紅葉である。

 反董卓連合軍において、傷ついた将達全員を治療し、全員を戦線復帰させたという功績により、名医と言えば華佗か、鎬か、と言われるようにすらなっていた。

 その鎬紅葉と袁術が雪蓮の前にいる。

 

「…………」

 

 その二人が、雪蓮の前にいるのだが。

 

「風邪など、紅葉が前に作った甘い薬があればいいであろうに! あれを毎日飲めば、風邪になどかからんわ!」

「あの薬は日常的にとるものではなく、お菓子でもありませんッッ 薬に頼らず、しっかりと予防を考えてください! まず、ワガママを言わずに野菜をしっかりと……ッッッ」

「いい加減うるさいのじゃ! あの甘いのがあればイイと言っておろうに!」

 

 その二人は、雪蓮が袁術の城の王座の間に来ても、口論をしていた。

 というよりも、紅葉がワガママを言われ続けているようであった。

 七乃はそれを笑顔で見ている。

 

「袁術ちゃん。私を呼んだ理由って、これを見せつけるためじゃないでしょうね」

 

 雪蓮はイライラした表情を隠さず、言った。

 

「客ですか……。美羽さん。丁度いい頃合いかもしれませんね。仕事を残して来ているので、私はもう、帰らせてもらいます」

「勝手にするがよい! 紅葉の言うことは聞かんからの!」

 

 紅葉は頭を下げ、この部屋の扉へと足を向けた。

 美羽はそれを口の両端に指をかけ、イーっと言いながら見送った。

 途中、雪蓮と擦れ違う。

 紅葉は雪蓮に声をかけることなく、部屋から出て行った。

 

「で、私を呼び出した理由って?」

「あ~それですか」

 

 七乃が呑気したまま、言った。

 

「実は江東の各地で反乱が起こっちゃったんですよ~。その数十万! で、その鎮圧をお願いしよっかな~と思いまして。当然、行ってくれますよね」

「普通、私が来たら、真っ先にその話になるわよね? 随分と余裕あるわね~」

「いえいえ、孫策さんもそうじゃないですか~」

「まあ、いいわ。数も数だし、全ての兵を連れていくけどいいわね」

「当然ですよ~」

「分かったわ。袁術ちゃん。頸を洗って待ってなさい」

「はぁ~い」

 

 雪蓮はそう言って、美羽と七乃に背を向けた。

 最後の一言には何も言わない。

 雪蓮は溜息を吐いた。

 部屋から出ると、スグそこには鎬紅葉が立っていた。

 

「開いた口がふさがらないな……」

「ホントにそうよね。最後の皮肉にもアレだもの」

「それを此処で言うアナタに対して、でもあるのだけどね」

「で、鎬はここで何をしてたの?」

「反乱の噂は聞いていたから、それの裏付けをとりに……といったトコロだ。まさか、黒幕までは知るとは思わなかった」

 

 紅葉がそう言うと、雪蓮は腰の剣に手を伸ばした。

 

「誰かに言うつもりはない」

 

 紅葉はそう言い、雪蓮に背を向けて歩き出した。

 それを見て、雪蓮は剣から手を離した。

 

「ここのお医者さんじゃないの?」

「わたしはタダの町医者ですよ」

「タダの町医者なら、ここに来ないわよ」

 

 会話しながら、雪蓮は紅葉のスグ隣を歩いている。

 二人分の足音が響く。

 

「一度、反董卓連合前に、美羽さんが風邪をひいた。その時に呼ばれて、ココに来てもいい、という許可をもらったんだ」

「それで町医者なのに、お城にきて、戦にも来てってことね。大変じゃない」

「いや、アナタの軍師よりはマシだろう。そう言えば、周瑜はまだ元気なのか?」

「急にどうしたのよ? 冥琳は元気よ。……あ、ひょっとして惚れてるの?」

「違う。健康診断を受けているのか、と思ったんだ」

「ケンコー診断ねぇ……。冥琳が大丈夫と言ってるから、大丈夫だと思うけど」

「どっちにしろ、どこかで受けるように言っておいた方が良い」

「ふぅん……」

 

 雪蓮は鼻を鳴らした。

 そして、二人は城の門から出た。

 

「しかし、この生活も終わりか……」

 

 紅葉がつぶやくように言った。

 

「さあ? どうかしらね」

「そうなるだろう。しかし、そうなると医院の経営をどうしようか……。ここは、ウチに来るものが多く、治療代を払えない人も多い」

「それでも維持できているのよね?」

「出来てはいるが、それは城に請求する治療代を誤魔化して、その浮いた金での維持だからな……」

「意外と悪いことしてるのね……」

「その分、払えない人には融通利かせている。君がここを治めて、それが楽になるといいのだが」

「……そうね」

 

 雪蓮はそう言い、紅葉の前を歩き出した。

 紅葉は立ち止まり、その背を見ている。

 

「どうするかな……」

 

 たった一言。

 紅葉はそうつぶやいた。

 

   弐

 

 江東に入る辺りの地域。

 雪蓮の軍勢はそこで止まっていた。

 

「さて、ここまで来たんじゃ。ワシにも作戦とやらを教えてもらえんかの」

「そう言えば、渋川老には説明していませんでした」

 

 冥琳はそう言い、右手で眼鏡を正してから言った。

 

「この反乱軍ですが、実態は、蓮華様率いる農民に化けた民兵です。そして、ここで合流し、一気に反転して袁術を叩きます」

「随分と単純な話じゃのう」

「はい。ですが、我々には資金も少なく、大掛かりで複雑な策を弄する時間もありません。オリバや穏とも話合い、このような策になりました」

「なるほど……分かりました」

 

 渋川剛気はそう言い、雪蓮達と同じ方を向いた。

 その先には、もうもうと砂煙が上がっている。

 

「孫の牙門旗に陸の旗……策殿」

「来たわね」

 

 雪蓮が言った。

 その表情には笑みがある。

 

「楽しみそうじゃねえか」

「当たり前じゃない。三姉妹が久しぶりに揃うんだもの」

「三姉妹? そういや、冥琳がそれっぽいのを言ってたな。俺とジイサンは気にしなかったが」

「尚香っていうの。おてんばだけど、可愛い妹よ」

「そして、イタズラ好きなお方じゃよ」

「中々、大変そうですな」

「違うぜ、ジイサン。女のワガママを聞くっていうのがイイんじゃねェか。女はどれだけ傲慢でも、どれだけ奔放でも、堂々と生きてるのがイイんじゃねェか」

 

 オリバはそう言い、胸ポケットに入れてあるハンカチを握った。

 

「向こうも合流の準備が整ったみたいね。行きましょう」

 

 雪蓮はそう言い、近くにいる馬に乗った。

 

   参

 

「おっねぇさまー!」

 

 合流先の軍から、子どものような声がした。

 そして、雪蓮のところに走り寄ってきた。

 

「シャオ! 元気だった?」

「もっちろん!」

 

 雪蓮と尚香は楽しそうに会話をしている。

 そこに蓮華も加わる。

 

「あの小さい子がそうですか」

「うむ」

 

 渋川剛気が祭に聞いた。

 祭は一言だけ答え、その光景を見ていた。

 そして、一しきり話し終わったのか、尚香は渋川剛気とオリバの方を向いた。

 

「おじいちゃんとオジサンが、最近、ウチに来たって人?」

「誰にどう説明されたか知らんが、そうじゃろうなァ」

「おじさん呼ばわりってのは初めてだぜ」

「私は尚香。真名は小蓮っていうの。シャオって呼んでね」

 

 小蓮はそう言い、二人の前から去った。

 

「随分と奔放じゃな」

「こういう姉と妹だから、真ん中が生真面目になったんだろうよ」

「そうなのよね……。やっぱり、蓮華はもう少し融通きいててもいいわよねぇ」

「姉様!」

 

 蓮華は怒鳴るように言い、そして、咳払いした。

 

「ところで、お姉さまに引き合わせたい人がいます。亞莎」

 

 蓮華がそう言うと、一人の少女が前に出て来た。

 

「名前が呂蒙、字を子明といい、我らの新しい仲間です」

「は、はじめまして!」

「私は孫策。真名は雪蓮。これからよろしくね」

「ま……真名は亞莎と申しますっ! これから、宜しくお願いしますっ!」

「ええ。それと……こっちのお爺ちゃんと筋肉も仲間よ。お爺ちゃんが渋川剛気といって、この人がビスケット・オリバ」

「っ!」

 

 雪蓮がそう言い、亞莎を二人の前に連れると、その華奢な身体が強張った。

 それは渋川剛気とオリバの目にも明らかであった。

 

「人見知りの気でもあるのかい?」

「あの……その……」

 

 亞莎はしどろもどろな返事をしたまま、固まっている。

 オリバの質問には答えられそうにない。

 その代りになのか、蓮華が答えた。

 

「オリバ。亞莎は恥ずかしがり屋でな」

「い……いえ、違います! 怖いだけです!」

「怖い? 俺達がか?」

 

 オリバがそう言い身を乗り出すと、亞莎の身体がビクリと小さく震えた。

 

「普通、怖いじゃろ」

「ワシと初めて会った時よりはマシじゃがな。警視庁の中で、頬が切れて血塗れのナイフを持って……カッカッカッ」

 

 祭が笑いながら言う。

 渋川剛気もまた、笑っていた。

 

「……なんで、姉さまはこんな怖い人達を仲間にしたの?」

「え~っと……成り行き?」

 

 小蓮が雪蓮を見上げて聞いた。

 雪蓮はそれに、ばつが悪そうに答えた。

 

「まあ、顔合わせはここまでね。亞莎はこれから徐々に慣れていけばいいわ。さぁ! 動くわよ!」

 

 雪蓮はそう言い、軍の先頭に立った。

 

   肆

 

「前方に寿春城あり! 敵影なし!」

 

 思春が城を見て言う。

 確かに、城には旗もあがっていない。

 

「ヤル気無ェなら無いでいいじゃねえか」

「張り合い、というものが、まるで無いがのぅ」

 

 オリバはそう言うが、祭は違うようであった。

 祭はどこか気が抜けたように言った。

 

「袁術って……バカ?」

「もしかして、じゃなくて本当にですよ~」

 

 穏が小蓮の問いに答えた。

 その一言が引き金であったかのように、城から人の声があがる。

 

「敵城に動きあり! 城壁に兵が……あ! 旗も上がりました!」

「随分と鈍い動きだな……。雪蓮が裏切るとは、考えていなかったのだろうな」

「そんなに……鈍いのですか? 頭が……」

 

 明命の報告を受け、冥琳は特に動ぜずに言った。

 亞莎は予想外のことだったのか、戸惑っている。

 その間に城門が開く。

 出て来た旗は、紀。

 

「紀? なんか、パッとしないわね。誰の事かしら」

「おそらく紀霊だろうな」

「紀霊ねぇ……」

 

 冥琳が誰の事かと言うが、雪蓮は興味なさげであった。

 だが、紀霊側のとある動きで、その態度が変わった。

 

「お? 紀霊が策殿指名で一騎打ちじゃと」

 

 祭が面白そうに言った。

 雪蓮は低い声で、へぇ……、とだけ答えた。

 

「袁術前のちょっとした準備運動にイイわね。行ってくるわ」

「準備運動にならんかもしれんがな」

 

 冥琳はそう言い、雪蓮を送った。

 雪蓮は真っ直ぐと紀霊の元に向かって行く。

 その足取りにはブレがない。

 

「孫策キサマァ! よくも袁術様の恩を忘れ、裏切ったなァ!」

「恩ねぇ……そんなもの、受けた憶えなんてないんだけど」

「減らず口を……!」

「ていうか……私はこんな言い合いをするつもりなんて、無いのよね。一騎打ち……さっさと始めましょ」

 

 雪蓮はそう言い、剣を抜いた。

 刃が太陽の光を反射し、紀霊の目に光が刺さる。

 紀霊はとっさに目を閉じ、それを防いだ。

 ほんのわずかな時間だ。

 だが、そのわずかな時間の中で、紀霊の身体は硬直していた。

 ほんの一瞬。

 その間に、雪蓮は地面を蹴り、間合いを詰めていった。

 紀霊もそれを認識し、持っていた槍で突いた。

 槍の切っ先は、真っ直ぐと雪蓮の左胸に伸びていく。

 心臓を狙う、一撃必殺の槍であった。

 雪蓮は左肩を引き、走りながらそれを避けた。

 切っ先が雪蓮の、左上腕の産毛を撫でる。

 薄皮にも当たっていない。

 そして、今、雪蓮の目の前には紀霊の左肘があった。

 槍で突き、伸び切った左肘だ。

 

「チョいなっ」

 

 雪蓮は伸び切った瞬間に合わせ、剣の柄で肘を打った。

 骨と柄がぶつかる、軽い音がした。

 その音と裏腹に、紀霊への被害は大きかった。

 伸び切った左肘が、腕の内側へと曲がっていた。たった一撃で、骨が折れたのだ。

 肘の内側で、折れた骨が皮膚を破って飛び出している。

 

「お爺ちゃんの真似してみたけど……。ヒドイ技ね、これ」

 

 雪蓮は笑みを浮かべたまま言った。

 剣を持つ手はダラリと下がり、紀霊の反撃を警戒している風ではなかった。

 

「で、どうする? 降参?」

「まだやる」

「そう……」

 

 雪蓮は剣を胸の位置にまで持ち上げた。

 紀霊は右手だけで槍を握り、横なぎに振った。

 片腕のため、初撃よりは勢いが落ちている。

 雪蓮は屈んで、それを避けた。

 頭の上を刃が通過していく。

 槍の刃は雪蓮の桃色の髪の毛を二、三本絡め取り、斬った。

 

「ちえええええええええっ!!」

 

 紀霊が叫んだ。

 それと同時に、槍が雪蓮の足元へと、一気に戻ってくる。

 雪蓮は

 しゅっ!

 と、鋭い息を吐いて、跳ねた。

 ――好機!

 紀霊は心の中で、ほくそ笑んだ。

 まだ、雪蓮の下に槍がある。

 それを上げ、切り裂けばそれで勝ちだ。

 

「かああああ」

 

 紀霊が叫ぶ。

 だが、その叫びは途中で斬りおとされた。

 

   伍

 

 雪蓮は跳ねるのと同時に、右足を天高く上げた。

 それが紀霊の頭よりも高く昇っていく。

 そして、その脚は途中で軌道を変え、踵落としに化けた。

 その様は、地に落ちる龍に似る。

 ゆえに、名を降龍脚という。

 それと同時に、左足が地面から離れ、紀霊のアゴへと昇っていった。

 その様は、天に昇る龍に似る。

 ゆえに、名を昇龍脚という。

 その二つの蹴りが紀霊の頭部を挟む。

 この技は今、雪蓮の心を、決意を、志を雄弁に物語っていた。

 技の名は、虎王――

 天地からの龍を、噛み砕く虎の顎になぞらえた秘技――

 紀霊の黒目が、グルリと目蓋の裏に逃げていく。

 そして、そのまま全身の力が抜けていった。

 雪蓮は右足から地面に着地し、トンっと一歩だけ下がった。

 そこから、紀霊がうつ伏せに倒れていく姿を見た。

 

「まあ、準備運動にはなったわね」

 

 雪蓮はそう言い、自分の陣にその足を向けた。




昇龍脚と降龍脚ですが、刃牙と餓狼伝のどちらにも無いので、ここで説明します。
この蹴りの名称自体は餓狼伝の原作者、夢枕獏先生が書いていらっしゃる『キマイラ』にあります。で、これをビジュアル化したのは、板垣先生が書くマンガ版餓狼伝の姫川VS畑の決着の虎王です。

そういや、自分が書いた虎王って、蹴りだけの虎王しか書いていないんですよね……。ゲーム版の餓狼伝では、丹波文七や刃牙が幼年編のラストやVS勇次郎で使った関節技への虎王や、堤城平が虎王からの三角締め。それで絞め落とし、気絶している相手の顔面を踏み抜くという虎王を見せていますし、藤巻十三は飛び付き虎王も見せています。あと含めていいのか微妙ですが、長田弘は虎王のフェイクからの腕ひしぎとか……。ホントに竹宮流って奥が深い。
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