真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
「剣を持っていく意味も無かったな~」
「虎王をしでかすなんて……やるじゃねェか」
「蹴りだけなら簡単そうだからね。覚えたのよ。あと、やられっぱなしっていうのは嫌いだしね」
「話をしている場合ではないぞ。敵が崩れている」
冥琳はそう言い、城を指差した。
その先では袁術軍が右往左往している。
「お姉様っ! 一気に突撃しましょう!」
蓮華は剣を握りしめたまま、雪蓮に言った。
雪蓮は、ええ、と頷いた。
「全軍抜刀! このままこの戦の決着を着けるわよ!」
雪蓮はそう言い、抜いた剣の切っ先を寿春城に向けた。
刃こぼれのない剣先が、キラキラと陽光を浴びて輝いている。
「先陣は祭! 逃げる敵の追撃も頼むわよ!」
「うむ!」
「指揮は蓮華! 穏は補佐!」
雪蓮は素早く、的確に指示を下していく。
それに諸将は返事し、陣形を組む。
「で、雪蓮嬢はいかがなさるおつもりか」
「私は城の中に突入し、袁術の頸をとるわ。それが……私の役目」
「そうですか……」
「お爺ちゃんはここで待ってて。あんまり前に出ると危ないからね」
雪蓮はそう言い、戦に視線をずらした。
祭が率いる一軍が、敵陣を切り裂いていく。
そして、蜘蛛の子を散らすかのように、袁術軍が四散していく。
「蓮華さまっ! 敵陣が総崩れになっています! 今こそ突入の好機かと!」
「分かっている! お姉様っ!」
敵軍が散り、雪蓮の本陣と門の間に道が出来る。
それを見て、亞莎と蓮華が叫んだ。
「……行ってくるわ、冥琳、お爺ちゃん」
「仕上げを頼むぞ。明命! お前は雪蓮の護衛をしてくれ!」
「はいっ!」
雪蓮は馬に乗り、城門に向かって駆けていく。
明命はその後を走ってついて行った。
俊足であった。
しっかりと馬のそばを走り、雪蓮と共に城門をくぐった。
「むぅ……」
「渋川老。いかがなさいましたか」
「少し気になっての」
「気になる……とは、何がでしょうか?」
「向こうにも、ワシ等と同じ人種がおるのでな」
「鎬……ですか……」
冥琳はつぶやくように言った。
「じゃが、ワシは鎬昂昇に勝っておる。その昂昇は紅葉に勝っておる。心配はいらんじゃろ」
「なるほど。ですが、私達も周りの敵を倒した後で突入しましょう」
冥琳はそう言い、傍らに居た思春に指揮を下した。
壱
「もう、城の中に敵兵がいるなんて……。美羽様、大丈夫ですか?」
「七乃ぉ……怖いのじゃ……」
「大丈夫ですよ美羽様」
城の廊下を七乃と美羽が駆けていた。
七乃は片手で剣を握り、残ったもう片方の手で美羽の手を握りしめていた。
離れないように。はぐれないように。
だが、体力がないのか、美羽の息は切れていた。
ぜいぜい、と荒い呼吸の音がする。
「このまま廊下を突っ切って、裏門から逃げちゃいましょ」
七乃は美羽の手を引いたまま、言った。
その言葉に、美羽は無言で頷いた。
そして、そのまま駆けていく。
その先には一人の男の影があった。
筋肉質の男だ。
肉体は白衣の下だが、それでも肩のふくらみや胸の厚さは隠せていない。
髪はサラリとして、肩に届く程度の長さだ。
顔の造りは美形であった。
弐
「……さて、袁術ちゃんはドコに居るのかな」
「この周辺を探してください!」
明命がそう言うと、二人の周囲にいる兵が
応
と返事した。
だが雪蓮は、兵士が探している所とはまるで違う方に向かって歩き出した。
明命がそれを止めようとしたが、雪蓮は
ついて来なくていい
と言って、そのまま歩いた。
雪蓮の向かう先には、細い道があった。
二人三人は並んで通れるが、集団になっては通りづらい道だ。
「この先から匂いがする……と思っていたけど、正解みたいね」
「確か……孫策……だったか」
雪蓮の視線の先に居た男は、紺色の道着を着た黒髪の男だった。
その黒髪は、肩甲骨にまで届いている。
遠目からでも顔にある傷が、雪蓮の目にもありありと見えた。
鎬昂昇であった。
「こんなトコで、足止めをくらっていたくないんだけどな~」
雪蓮は明るい声で言った。
だが、その口調にはどこか威圧感があった。
剣を握っている手から、ピリピリと痺れが伸びてくる。
「そのことは知っている。俺は兄貴から、誰か地位の高い人間一人を通せ、と言われているだけだ」
「なら、このまま通るわよ」
「ああ」
鎬昂昇はそのまま、道の先から退いた。
雪蓮は真っ直ぐと歩き、昂昇の前に立った。
「あなたのお兄さん……鎬紅葉は何を考えているのかしら」
「それは知らない。だが、兄貴ならお互いに損になることは、言わないハズだ」
「ふぅん……信用しているのね。まあ、紅葉の話は袁術ちゃんの頸を斬ってから聞くわ」
雪蓮はそう言い、昂昇に背を向けて歩き出した。
昂昇は何も言わずにその背中を見送った。
そして、雪蓮が通り過ぎてから、再び細い道の真ん中に立った。
昂昇の視線は、しっかりと道の先を見据えている。
雪蓮が通ってから十五分後。
蓮華を筆頭に、思春や冥琳、渋川剛気にビスケット・オリバが城門をくぐった。
そして、鎬昂昇の目の前に表れた。
「鎬紅葉の弟……で、あってるな」
蓮華が言った。
「ああ。鎬昂昇だ」
「鎬昂昇。姉さまは……いや、いい。その先に行かせてもらうぞ」
「それは出来ない。兄貴に、こっから先は誰も通すな、と言われているんだ」
「……そんなことを、何故する」
「言えない」
鎬昂昇は蓮華に視線を向けたまま言った。
その視線を、蓮華は真っ直ぐ受けた。
「蓮華様。ここは、私に任せてください」
「思春……?」
思春は一言だけ言い、蓮華に頭を下げると、蓮華と昂昇の間に躍り出た。
そして、昂昇に鋭い目を向けたまま剣を抜いた。
「退く気はない、と言ったな」
「その通りだ」
「ならば、こうした方がお互いにとって良いだろう」
思春はそう言い、剣を昂昇に向ける。
己の意を通したいというのであれば、闘え。
そう言わんばかりの態度であった。
「いいぜ……」
昂昇が言った。
そして、手のひらを開いたまま、構えた。
その構えのまま、蓮華の隣にいた渋川剛気に視線を向けた。
「渋川老……この者を倒した次は、あなたと闘い……最大トーナメントでの雪辱を果たさせていただきます」
「カッカッカッ 若いというのは……それだけでも良いモノじゃな。じゃが、鎬。オメェさんの相手は……」
「私だ」
思春はそう言い、剣をしっかりと握った。
昂昇の構えは変わらない。
拳で相手を叩くような手の形ではない。
空手で言えば、貫手のような形だ。
「見せてやるよ……斬撃拳……ッッ」
昂昇はそう言うと同時に、一気に間合いを詰めた。
手の形は変わらない。
昂昇はそのまま、真っ直ぐ刺すように手を突き出した。
右の貫手であった。
思春はそれを避け、剣を振った。
殺すような一撃ではない。
相手の急所を突き、一撃で昏倒させるような攻撃だった。
その一撃が空を突く。
昂昇の黒髪を数本だけ絡め取っていたが、それだけだ。
斬れた黒髪が宙を舞う。
それが地面に着く前に、昂昇は左足で蹴りを放った。
前蹴り――
これも、刺すような一撃であった。
思春はその一撃に対して、前に動いた。
そして、左足で軽く跳ねてから、右足で昂昇の左足のももを踏み台にし、さらに高く跳ねた。
高く跳ねた思春の足元に昂昇の頭部がある。
良い位置であった。
思春の左足が昂昇の頭をめがけ、昂昇の右上から振り落される。
昂昇は右腕をあげ、防いだ。
ただ、腕を上げるのではない。
右の貫手が、思春の左足を切り裂くように、昇っていったのだ。
――むっ!?
思春はとっさに、残っている右足で昂昇の胸を突いた。
昂昇の身体がグラリと揺れた。
同時にその反作用で、思春の身体が後へと飛ぶ。
タタン、と二人分の足音がした。
よろける身体を立て直す音と、足から着地する音だ。
「斬撃拳……言葉に偽りなしか……」
思春はそう言い、左の太ももを軽く撫でた。
思春の太ももには浅い線が出来ていた。
その線の真ん中から、血がタラリと流れている。
だが、その傷は浅かったのであろう。
思春が一度だけ軽く撫でると、その場で流血が止まったのだ。
「この程度、斬撃拳と言えるものではない。幾多の闘争を越え、我が鎬流は更なる高みに達しているのだッッッ」
昂昇の貫手が、次々と思春を襲う。
空を切る音は刃物に似ている。
思春は全ての攻めを、手のひらに触れぬように弾いた。
貫手が来るのであれば、肘を打つ。
蹴りが来るのであれば、膝か脛を打った。
拳足に威力が乗る前に殺しているのだ。
そうしてしまえば、切り裂く威力が薄れ、致命傷どころか、傷一つつかない。
更に、思春は攻めの合間を突くように剣を振った。
刃が触れるように昂昇の額に当たる。
それだけで、パックリと額の肉が割れて、ピンク色した肉の谷間から真っ赤な血がジワジワと溢れ出す。
溢れ出た血は、昂昇の眉毛を伝うか、眉間の間を通って地面に落ちていく。
タタリ、ハタリと血が地面に着く。
「貴様が拳足を刃にするまで、何をしたか知らんが……剣より切れ味が鈍くては、拳足で闘う意味は無い」
「それは事実だ……。武術が刃や火薬に遅れをとっては、意味が無い」
そう言うと同時に、昂昇は左手を自分の顔の近くに添えた。
左手の掌は上を向いている。
指は小指と薬指は折っているが、親指と人差し指、中指は伸びている。
「ここからが斬撃拳の神髄か?」
思春は平坦な声で言った。
抑揚は無い。
「ああ。ここからが、我が鎬流の神髄だ」
昂昇の指からキリキリと音が鳴る。
実際は鳴っていないが、今にも鳴りそうな雰囲気があった。
「紐……斬るぜ……ッッ」
参
雪蓮は一人、廊下を歩いていた。
昂昇が塞いでいた道は城の倉庫に繋がっており、その倉庫から出てみたら、この廊下に着いたのだ。
「こっち……ね」
雪蓮はつぶやくように独り言を言った。
勘で歩いていたが、不安はなかった。
これで正しい、この道で正しいと雪蓮は確信している。
「その通りですよ」
雪蓮の独り言に答える声があった。
聞き覚えのある男性の声だ。
雪蓮はその声がした方を向いた。
その先に居たのは白衣を着た男であった。
鎬紅葉だ。
紅葉はゆっくりと雪蓮に近づき、正面に立った。
「あなたが探している二人はこの先です」
紅葉はそう言い、アゴで自分の背後の廊下の先を指した。
「紅葉! 裏切ったなぁ~!」
「美羽様! しーっ! ばれちゃいます!」
「はぁ……。隠すつもりも、隠れるつもりもないみたいね……」
紅葉が指すのと、同時に聞こえる声。
それは雪蓮にとって、怨敵の声であった。
雪蓮は紅葉の隣を通り、隠れている二人の元に向かおうとしたが、紅葉は雪蓮の前から退かなかった。
「なんのつもりかしら?」
「あなた一人だけを通した、ということから大体分かっていると思いましたが」
「交渉でもしよう、というワケね」
「そうですよ」
紅葉は隠すつもりもなく言った。
雪蓮は探るように紅葉を見ている。
「助命の交渉……といったところです」
「鎬まで殺すつもりは無いわよ。そもそも、あなたは町医者でしょ? 殺す方が問題よ」
「でしょうね。この街での名声は、あなたよりも高いかもしれません。ですから、助命の交渉が出来るのです」
「袁術ちゃんたちの助命……ってことね」
「その通りです」
「でも……あなたの口先だけで、何とかできると思う? ケガを治した代わりに、とか言われてもねぇ……。確かに洛陽では世話になったけど、これはこれ、それはそれよ」
「けが人や病人を治すのは医者として当たり前です。それの代わりに、なんて思っていませんよ」
「なら、どうやって交渉するつもりなのかしら?」
雪蓮がそう言うと、紅葉にぶつかる視線の種類が変わった。
探るような目から、突き刺すような目になっている。
紅葉は逸らさずにそれを受けた。
紅葉の背後の廊下の先の雰囲気も変わった。
怯えを隠しきれていないのだ。
「私は今、かなり間接的にですが、あなたの大切な人を人質にとっています」
「袁術ちゃんたちがそう、なんて言わないわよね」
「言いません。私が言っているのは、あなたの片腕とも言うべき人です」
――冥琳……?
雪蓮はそう思った。
根拠はない。
ただの勘である。
だが、そう判断できる根拠もあった。
前に鎬紅葉に会った時は、この男が何て言ったのか。
そのことを考えると、それはタダの勘ではなくなっていた。
「今、思い浮かべた人かもしれませんね」
「どういう意味か……説明してもらうわよ」
「はい。周瑜さんですが、呼吸器官の病気にかかっている可能性が高いです。心当たりはありませんか?」
「……無いわね」
「なら、今は初期段階なのでしょう」
「根拠は何」
「洛陽に居る際、あなた方の容体についての説明のため、何度かお会いしました。その際に、不審な呼吸の乱れや、咳き込みが何度かありました」
「それだけかしら」
「わたしのような医者から見れば充分な理由です」
「…………」
雪蓮は紅葉を睨んだまま黙った。
「信じる、信じないは自由です。無駄な他者の打算を抜きに、御自身が思うままの、後悔しない判断をして下さい」
「……で……これが紅葉のいう交渉の材料かしら」
「はい。後ろの二人を斬りたいのであれば、そうしても構いません。ですがその時には、私は周瑜さんの治療には参加しません」
「あなたが治療すれば……治るのかしら……?」
「私以外の医者に任せるよりはイイ結果になるでしょう」
紅葉がそう答えると、雪蓮はまた黙った。
その視線は変わらない。
「どうしますか?」
「…………」
紅葉の視線も変わらない。
変えないまま、柔らかな笑みを浮かべた。
その表情を保ち、紅葉が一歩前に出る。
「御決断を」
雪蓮は紅葉を真っ直ぐに見ていた。
そして、口を開いた。
肆
「異様な構えね……」
蓮華は昂昇の構えを見て、そうつぶやいた。
拳法、という考えではこの構えにはならない。
相手の肉や骨格を破壊するという思考では、この構えにはならない。
まるで、強力な爪を持つ獣のように手を開いていた。
蓮華はそれらを全部ひっくるめて“異様”と言ったのだ。
「オリバ。説明出来るか」
冥琳はスグ横に立っているオリバに聞いた。
「俺に知らねえことは無ェよ。で、鎬流について知りてえのか?」
「ああ。あの構えの理由もな」
「イイぜ。空手の流派で最大なのは、愚地独歩が開いた直接打撃制の神心会空手だ。だが、それ以外にも寸止め空手の流派と、小さな流派も存在する」
オリバは理路整然と話し出した。
その話を冥琳と蓮華は黙って聞いていた。
「その中の一つが鎬流。その最大の特徴は、鍛え上げられた指の力そのものだ。そして、その奥義は鍛え上げられた指の力で、神経を切断してしまうこと……」
「そんなことが出来るのか!?」
蓮華は驚きを隠さぬまま言った。
「まあ見てな。思春も下手をしたら、食らうかもしれねえぜ。あの構えだ……当たれば、ノータイムで神経を引き千切られるぜ」
「腕の回転でか……」
「物分りがいいじゃねェか。普通、空手は手のひらを上に向け、打ち込むときには下に向ける。そうすることで、力が身体の中にまで入っていく。だが、鎬流の構えは上から上と、回転が倍になる。その腕の回転力で肉体を斬る。そして、中の神経を引き千切るんだ」
「で、どこの神経を斬るというのだ。腕か……?」
「それより効果的なのは、視神経に繋がる神経だぜ。今のヤツの四肢の危険性は、剣とどっこいどっこいってとこだ」
オリバはそう言い、口を閉じた。
――視神経に繋がる神経……?
蓮華はその言葉が引っかかり、頭の中で反芻した。
この異様な構えをした鎬昂昇が、思春に対して一体どのように攻めていくのか。
思春はどう凌ぎ、勝つのか。
蓮華はその事を思い、闘いに視線を向けた。
伍
「ひゅっ」
思春の喉が、口が鳴る。
鋭く息を吐いた音だ。
その音と同時に
ひゅん、
と音がした。
剣が大気を切り裂く音だ。
昂昇はそれを避け、右手を回転させながら突き出した。
真っ直ぐと思春の首に伸びていく。
思春は左肘で昂昇の腕を突き、弾いた。
「しィッッ」
昂昇の口からも鋭い息が出る。
蹴りが放たれたのだ。
左のローキック。
思春は右足のスネで受けた。
骨の中に衝撃が走る。
だが、倒れてしまうような重さではない。
思春は蹴りを受けた右足で、思い切り地面を踏み抜き、左足で昂昇のアゴを打ち抜くように蹴った。
爪先にアゴが乗っかった感触がある。
高く上がった思春の左足が、ピッタリと自分自身の胸にくっつく。
かなりの柔軟性、そしてバランスだ。
昂昇の身体は仰向けに倒れていく。
だが、右足が大きく下がり、倒れていく身体を支えた。
――まだやるか
思春はそう思い、昂昇を睨みつけた。
「ちェいいいいッッ」
昂昇の口から気合がほとばしる。
そして、拳が放たれた。
右の拳だ。
思春は左手で昂昇の右手首を抑え、剣を握っている右腕を絡めた。
右腕が昂昇の肘を固定している。
そして、手首を落とすと同時に右腕を上げ、肘をへし折った。
奇しくも、範馬刃牙に折られた箇所と、まったく同じところであった。
「こうするしか無かった……ッッ」
思春の耳にそんな言葉が届いた。
そして、思春の視界、左半分が消えた。
――っ!
やられた。
そんなことを思っている時間は無かった。
思春はとっさに飛び退いた。
「これが神髄か」
思春は目の調子を確認しながら言った。
遠近感が上手くつかめない。
そして、消えている視界は戻りそうにない。
「そうだ。だが……全て見せたワケではない」
昂昇はそう言い、道着の黒帯を解いた。
黒帯を肘の折れた箇所に巻きつけ固定する。
応急的な処置であった。
そして、道着も脱いで思春に投げつけた。
「はァっ!」
思春は剣で空にある道着を切り裂いた。
道着の背に縫われている“滅道”の文字が真っ二つになる。
その合間から見えるハズの鎬昂昇は、既にそこから居なくなっていた。
そして、打。
蹴りなのか拳かは分からない。
ただ、打撃である、ということを思春は理解していた。
打撃は止まらない。
消えた左半分からの打撃は続く。
打。
打。
打。
頭部に打撃を受け、意識が飛びそうになる。
だが、次の打撃で息を吹き返す。
一瞬だけ、思春の視界に黒い髪が見えた。
――鎬!
思春はその隙に、見えた方向に剣を振った。
手応えはない。
肉を切ってはいないのだ。
そのことに毒づく間はなかった。
思春の目の前に、昂昇が現れたのだ。
同時に、パツンともう一つの視界も消えた。
「後で兄貴に直してもらうんだな」
打。
思春は避けられなかった。
思い切り、その一撃をもらった。
「思春!」
声がした。
誰の声なのか。
思春は一瞬だけ考えた。
――蓮華さまか
スグに思春はそう認識した。
打。
――どうする
打撃を受けながら思春は想った。
このままではマズイ、ということはしっかりと理解している。
だが、視界に関してはどうしようもない。
「思春!」
また、声が聞こえた。
蓮華の声だ。
その声の中に、風をきる音がある。
――なんの音だ。拳の音か。蹴りの音か。
思春は大きく身をかがめた。
考えてはいなかった。
下段を狙っていたのなら、これで倒れていたかもしれない。
屈んだ直後に、失策か、と思った。
だが、打撃は来なかった。
打撃は来ず、倒れてもいないのだ。
なら、これは成功だ。
何をして成功したのか。
屈んだから?
違う。
――やってみるか……
思春はそう思い地面に手をついて、両手と両脚の力で、野生動物のように下がった。
「……俺は、武道家だ。立ち向かうのであれば、何度でも倒す」
「そうだな。それが正しい」
思春はそう言い、大きく息を吸った。
空気で胸も腹も膨らんでいく。
そして、その空気を声と共に吐き出した。
「あっ!」
大声であった。
その音で雑多な音は掻き消され、人が発する音だけが生き残った。
「荒い呼吸の音……」
思春はつぶやいた。
そうつぶやくと同時に、鼻で息を吸った。
空気の中に、土の臭いや草の臭い以外にも、汗の臭いが混じっている。
汗の臭いの元は、荒い呼吸の音の元と同じであった。
「そこか鎬!」
思春は間合いを一気に詰め、蹴りを放った。
蹴りは掠るだけに留まった。
だが、確かに感触はあった。
「これなら、まだやれるな」
思春は目を閉じたまま昂昇の方を向き、そう言った。
愛がある 哀しみもある…… しかし 凌辱がないでしょッッッ!!!
とか、奪いなさい わたしから勝利をもぎ奪り凌辱するのです ~はエクセレントだ!哭ける!わたしは今夜大声で哭くぞッ!!
的な展開に……ッッ
思春が上記のセリフを言ったり、視界を奪っての十秒に一回攻撃とかしだしたら、この作者の頭が壊れたんだ、と思ってください。なんか……やりそうで怖い