真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
「さあ、御決断を」
紅葉はそう言い、雪蓮の顔を覗き込んだ。
雪蓮は黙ったまま紅葉の顔を見ていたが、二回ほど息を吸ってから、ゆっくりと口を開いた。
「まず……冥琳の病気は事実……なのかしら」
「わたしから説明出来るのは、自分自身の見解だけです。それを参考に……あなた自身で決めてください」
「…………」
そう言われ、雪蓮は再び考え出した。
自分の中の記憶、紅葉の言葉。それらを思い返しながら、考えた。
そうしてから、言った。
「紅葉。通るわよ」
「……そうですか。分かりました」
雪蓮はそう言い、紅葉の隣を通っていった。
紅葉は雪蓮に背を向けたまま立っている。
何も言わなかった。
雪蓮は廊下の奥に行き、スグに美羽と七乃の二人を見つけた。
二人は座ったまま向かい合い、しっかりと指を絡ませながら手を組んでいた。
「く、紅葉! なんとかしてくれんのか!?」
「申し訳ありません。力不足でした」
「この薄情者ぉ~!」
紅葉は背を向けたまま答えた。
それを見て、美羽が叫ぶ。
紅葉は何も言わず、振り向きもしない。
「はいはい。そこまでよ」
「なんで剣を抜いているのじゃ!」
「え……? だって、これが無いと斬れないじゃない」
そう言い、雪蓮は意外そうな目で二人を見た。
「紅葉さ~ん!」
「全力は尽くしました。……残念です」
「手術失敗したみたいに言わないでください~!」
紅葉は背を向けたままだ。
その後ろから、七乃の泣き声が聞こえる。
「残念でした。鎬もダメだって」
「紅葉~! 紅葉は強いんじゃろ!? 妾と七乃よりも! 助けてくれんかぁ~!」
「何をおっしゃるのですか。わたしは医者ですよ?」
「ぐ~れ~ばぁ~……」
「えぐっ……ぐすっ……なんとかして下さいぃぃぃ~」
「だってさ。……でも、安心して。仲よく一緒に斬っておげるから」
「うわぁぁん! 七乃ぉ~~!」
「あの世でも一緒ですよ、お嬢様ぁ~~!」
美羽と七乃の泣き声が聞こえる。
それでも紅葉は動かないか、と思われた。
だが、紅葉は一度だけ溜息を吐き、雪蓮の背後に歩み寄った。
そして、ポン、と一度だけ雪蓮の右肩を叩いた。
「からかうのも、そこまでにしたらどうですか?」
「なぁんだ。やっぱりバレてたんだ」
「……ほえ?」
「……はえ?」
涙目のまま、美羽と七乃が間の抜けた声をあげた。
そして、その眼で雪蓮を見上げた。
「……冗談よ、冗談。今更、あなた達二人を斬っても何にもならないわよ」
「なら……妾たちを、助けてくれるのか?」
「この国からスグに出て行く、という条件付きだけどね」
「う……うむ! 出て行く! 出て行くぞ! なぁ七乃!」
「はいです! 命を助けてもらえるのなら、すたこらさっさーと居なくなってみせますっ!」
「ただし! もし、この国でまた、あなた達を見つけたら……キッツーいおしおき、しちゃうからね」
雪蓮はそう言い、剣を収めて二人に背を向けた。
「それが分かったら、さっさと出て行きなさい」
「うぅ……ありがとうなのじゃ……」
「この御恩は忘れません~……じゃ、行きますよ。お嬢様」
「分かったのじゃ。……でもでも、いつか覚えているのじゃ」
「それでは、これから頑張って下さい」
紅葉はそう言い、雪蓮が持つ剣の柄を抑えながら言った。
七乃は美羽の腕をひき、走り去っていく。
その姿が見えなくなるまで、紅葉は剣の柄を抑えていた。
「想定通りの展開に落ち着いて、なによりってトコか」
紅葉はそう言い、剣の柄から手を離した。
そして、雪蓮と向かい合った。
「ええ。冥琳の命を引き換えに斬る、なんて必要ない相手だからね。……だけど」
雪蓮はそう言い、紅葉を睨みつけるように見た。
「冥琳の病は嘘、なんて言ったら怒るわよ」
「ウソではありません。少なくとも、私の見立てでは、ですが」
「ふぅん……なら、あなたを冥琳の所まで連れて行くわ。病については、そこで説明してちょうだい」
雪蓮はそう言い、紅葉に背を向けて歩き出した。
紅葉もその後を追うように歩き出した。
その間は二人は無言であった。
だが、この廊下に来る前に入った倉庫の前で、雪蓮が口を開いた。
「いつから、私が袁術ちゃん達を斬らない、って思ったのかしら」
「最初からだ。この病気の話を切りだせば、乗ると思っていた」
「乗らなかったら?」
「それは考えていなかった。絶対成功するという確信を持っていたからな」
「全部計算づく、っていうワケね。で、何で助けるようなことをしたのかしら」
「過剰請求していたのは事実だ。だから、少しくらい働いておこう、と思ったんだ」
「ふぅん」
「わたしも一つ聞いてもいいか?」
紅葉は雪蓮の横に立ち、言った。
雪蓮は紅葉の方を向かないまま、ええ、とだけ答えた。
「なぜ、あの二人にあんな冗談を言ったんだ?」
「あなたも乗ったわよね。ま、意趣返しってだけよ。こき使われっぱなしでハイ終わり、って……なんか納得いかないじゃない」
「そうか」
「そうよ。……じゃあ、冥琳の所に行くわよ。ついて来て」
雪蓮はそう言い、目の前の倉庫の扉に手をかけた。
倉庫の入り口の向こう側にも扉があり、それは開きっ放しになっている。
二人はそこに向かって歩いた。
弐
「しッ!」
思春の唇から、鋭い息が出る。
それと同時に足が上がり、弧を描く。
昂昇はその一撃を避け、間合いを取った。
だが思春は、昂昇が下がった分の間合いを一気に詰めた。
そして、剣を振った。
思春の持つ紫色の剣と、同じ色の線が宙に出来る。
昂昇はバックステップで避け、再び間合いを作った。
やはり、思春は正確にそれを追う。
だが、思春が強く地面を蹴るのと同時に、昂昇の左手が伸びる。
手刀――
手刀の風切音は地面を蹴る音に紛れ、思春の首へと落ちていく。
「かっ!」
思春は炎の塊のような息を吐き、屈みながら、横に地面を蹴った。
昂昇の手刀は思春の頭、シニヨンに当たった。
手刀が、髪を団子状にまとめている袋に当たり、布が切れる。
切り裂かれた袋が宙を舞い、地面に自由落下した。
思春の紫色の髪は袋から出ると、背中に落ちていく。
腰まで届くほどの、長い髪であった。
思春は間合いをとり、前にまで来た髪を後ろに流した。
「見えてはいない……だが、耳で眼を、ここまで補っているのか……ッッ」
「あとは鼻だ。汗の臭いや抉れた土の臭いで、動きや居場所は大体分かる」
「……獣じみている、とでも言っておこう」
「そうか」
思春が答えた。
表情に変わりはない。
ただ、眼を閉じたまま昂昇の方を向いていた。
「フンッ!」
「しゃっ!」
二人から同時に声が出る。
昂昇は鼻から息を吐き、思春は口から息を吐いた。
そして、間合いが詰まる。
思春の剣の軌道がガラスのように輝く。
それが昂昇の胸の肉を裂き、血飛沫を飛ばす。
だが、浅い。
思春の一撃は、鎬昂昇の胸の肉を傷つけただけであった。
昂昇は引かない。
「ジャッ!」
昂昇の斬撃拳が軽く上にいき、思春に向かって落ちていく。
思春は昂昇の拳が大気を裂くその音を聞き、拳が来る方向に腕をあげた。
――頭か!?
だが衝撃は、思春が予想していた所とは、まるで違う方向から来た。
思春の左足に来たのだ。
――さっきのは撒き餌か!
思春は闇の中で、そう思った。
やり返すかのように剣を振るが、手応えはない。
ジャリっ
思春の右耳から、地面を踏む音がした。
――そこか!?
思春はその音の方向に向けて跳んだ。
ミチリ
痛み。
思春の左膝に蹴りが入った。
その蹴りは、ただの蹴りではなかった。
膝の皿の奥。軟骨にまで痛みが浸透していくのだ。
「やはり……読まれるか」
思春がつぶやくように言った。
同時に、昂昇に対して半身になる。
右足は前へ、左足は後ろへ。
「だが、直線的に動かなければ見失う。最短ルートを直線的に来るとなれば……速度など、無いのと同じ」
「……不利は否めんな」
思春はそう言い、剣を鞘に入れた。
そして、使い物にならない目を開いた。
「少しでも有利にするには、これしかない」
「俺に素手で挑むつもりか……」
「そうだ」
思春はそう言い、鞘に入れた剣を腰にぶら下げた。
そして、拳を作った。
「剣で斬る、ということに囚われていては、私の動きを貴様に読まれる」
「それで剣を捨てるのか」
「捨てはしない。剣を、選択肢の一つにいれるだけだ」
思春はそこまで言うと、鋭く息を吐き、右足で地面を蹴った。
右拳で突いた。
だが、それは空を切る。
左拳。
それも空を切る。
だが、昂昇の右頬には触れた。
思春は爪先に熱いものが触れるのを感じた。
そして、右足を軸にして、左足を高く上げた。
ハイキック――
股関節はしっかりと左足に噛み合い、鞭のようにしなりながら昇っていく。
昂昇は両腕でその蹴りを受けた。
それでも、重い。
昂昇は腕がしびれるのを感じた。
だが、思春の両足は地面に着いていない、ということも事実である。
それが昂昇に味方した。
昂昇は思春の左足が地に着く前に、右足を払った。
その一撃で思春の体勢は崩れ、尻から地面に落ちていく。
――やはり来たな……!
思春は心の中で、ほくそ笑んだ。
「かァッッ!」
倒れていく思春を、昂昇の右足が追う。
思春は、倒れながらも、右手を腰にある剣の柄に伸ばした。
しっかりと握る時間は無い。
人差し指と中指の股で剣を掴み、振った。
昂昇は全力で足を止めようと力を込めたが、それでも右足が思春に向かって流れる。
ぞぶり、と剣先が昂昇の足の裏に刺さり、土踏まずを裂く。
傷口からパタリと流れる血が、思春の顔に当たった。
「これで五分だ」
思春は物見えぬ目で、昂昇を見上げながら言った。
昂昇の足の裏の傷は、明らかに自由に動けないほどであった。
左足だけで動くというのは可能だが、両足で動くのとは比べるまでもない。
眼が見えないが、自由に動ける思春。
自由に素早く動けないが、眼が見える昂昇。
互いにハンデ持ち。
互いに長所持ち。
これで五分。
「ふしゅっ」
思春は息を吐き、両手で自身の頭の近くの地面を掴みながら、昂昇の腹を蹴った。
昂昇はバランスが崩れ、左足でケンケンしながら下がった。
思春は蹴りの反動と、地面を掴んでいる手の力とを合わせて、まるで、後転をするかのように回りながら立ち上がった。
そして、立ちあがった後で剣を鞘に入れ、腰にぶら下げた。
「…………」
「…………」
昂昇と思春は、お互いに無言のまま、向かい合っていた。
物見えぬ眼が昂昇を睨む。
傷ついた足が思春を睨む。
その状況で、先に動いたのは思春であった。
むしろ、昂昇は自分から動く構えではなかった。
相手が来たら、迎撃する――
それだけを意識した構えであった。
右足の親指を地面に着け、左足はしっかりと地面に溜めを作っている。
拳の形は当然、開手の貫手。
カウンターで斬撃拳を叩きこむ構えだ。
思春はその構えが見えていない。
だが、それでも相手の考えは全身で感じていた。
ピリピリとした痺れで、産毛が逆立つ。
思春は肺の中の空気を出し、地を蹴った。
ただ真っ直ぐ突っ込むだけじゃない。
相手が動かないのであれば、眼の見えない状態でも、変則的な動きも取れる。
思春は左に飛び、昂昇の右足を狙って蹴った。
ローキック。
昂昇は脚をあげ、スネで受けた。
「そうくることも……知っていたッッ」
昂昇はそう言い、折れた右腕で思春の左目を塞いだ。
眼孔のちょうど上に、昂昇の掌が重なる。
そして、自らの手に左の拳を放った。
参
「ここで眼底砕きを使いよったか……」
渋川剛気が言った。
蓮華はオリバに説明を求めるかのように、目を向けた。
「蓮華……オメェは、人の目ン玉に指突っ込んだことあるかい……?」
「……ないわ」
「なら、最初っから説明するべきみてェだな。眼の奥には骨がある。厚さがハガキ一枚ほどの、薄い膜状の骨だ。そいつに、眼底っていう名前がついている。目に加える強烈な一撃は眼球を押すだけじゃなく、眼底を破壊する。そして、破壊された眼底は脳を傷つける。眼底砕きってのは、そういう技だぜ」
オリバはそう言った。
この眼底の脆さというのは、合気術でも利用されている。
合気術には、その特徴を用いた恐るべき裏技が存在するのだ。
その裏技というのが、相手を固めて動けなくなったところを、ペンで目を突き、そのまま脳まで突き通して死に至らせる、という技である。
眼底は非常に脆く、その上にある眼も鍛えようがない部分のため、この技はボールペンやシャーペン、鉛筆のような文房具を用いて子供がやっても、百キロを超える大男を絶命させ得る。
それ以外にも、小学生が傘の先で目を突いて、骨を破り脳が炎症を起こして死亡した事件もある。
眼底砕きはこれらの事件のような結末を、作りかねない技である。
恥じることなき、文字通りの必殺技だ。
「…………」
蓮華は何も言わなかった。
何も言わずに、闘いに目を向けていた。
肆
「しィッッ」
昂昇の拳が、思春の目を覆った自分の手に向かって放たれる。
右の人差し指と中指が、思春の髪を掴み、逃げる動きを阻害している。
とっさの判断であった。
思春は眼を覆っている昂昇の右手を、両手で掴んだ。
「くむぅ」
そして、思春は力ずくで、抑えられている髪を引き抜いた。
頭皮ごと剥がれるのではないか、と錯覚してしまいそうな激痛が、頭に走る。
十を超える本数の毛の束が、昂昇の指の間から落ちていった。
それで終わらない。
思春は昂昇の折れた右腕の肘を蹴った。
昂昇の唇の間から、痛みをこらえるような呻き声が聞こえた。
それを聞いた思春は、同じところを狙い、拳を振った。
昂昇はそれを嫌がって、左足で思春を蹴った。
跳ね上がった昂昇の左足は、思春の右わき腹を叩いた。
――ここだ!
直感的であった。
プランとして考えていたのではない。
思春の頭の中を奔った電流が、この動きを教えていた。
思春は、自身の脇腹を蹴った蹴りの威力から、蹴りが放たれた時の音の出所から、空気に溶けた汗の臭いから昂昇の体勢をしっかりと把握した。
影のように感じていた肉体に、サーモグラフィのように色が付き、その上に肉が着いていく。
思春は昂昇の背中の方に回り込みながら、右腕を首にかけた。
右足を怪我している昂昇は、その素早さに追いつけない。
そして、左腕で右腕を固めた。
裸絞め――
だが、昂昇は逃げる術を持っていた。
左の手刀で、思春の右腕の肉を裂いたのだ。
「くぅあっ!」
思春の手から、力が抜ける。
その隙をついて、昂昇は絞めから抜け出した。
「そうくることは……知っていた……っ!」
昂昇の耳の裏から、声がした。
ぞくり、と昂昇の背中の産毛が逆立った。
思春は痛みで手が緩んだのではなかったのだ。
もう一つの狙いがあった。
思春は両手で昂昇の黒髪を握り、それで首を絞めた。
「打撃では分が悪い……なら、絞めるか極めるしかない……」
思春はそう言うと、背中に体重をかけながら、右足で昂昇の右ひざの裏を蹴り、仰向けに倒した。
思春は昂昇の背中の裏に張り付いたまま、一緒に地面に倒れていく。
そして、下から絞め上げた。
「貴様の手刀なら、この状況で髪を切ってもオカシクは無い。だが……自らの頸動脈を傷めずに、手刀で切れるか……?」
そう言いながらも、手は緩めない。
裂けた右腕から、血が噴き出す。
首に絡められた昂昇の髪の毛は、自身の首の肉に食い込み、血を溢れ出させる。
まるで、髪の毛から出血しているようであった。
「そこまでよ!」
「そこまでだ!」
闘いを切り裂くように二人分の声が響く。
その声を聞き、思春は手の力を緩めた。
昂昇もスグに立ち上がり、声の元を見た。
「兄貴……ッッ」
「雪蓮様……」
「そこまでよ。仲間同士、闘う必要もないからね」
「昂昇、よくやった。礼を言う」
二人の闘いを止めたのは、雪蓮と紅葉であった。
伍
二人は闘いを切り上げると、スグに城の中に担ぎ込まれた。
互いに無傷ではないのだ。
紅葉は二人を適当な部屋に連れていくのについて行き、雪蓮はその場に残った。
「蓮華。あなたは鎬紅葉について行きなさい。思春の治療がしっかり行われるのか、見ておいて」
「お姉様! その前に、鎬との
「それは冥琳に説明しておくわ。後で冥琳から聞いて」
そう言う雪蓮の顔は、どこか浮かない顔であった。
蓮華はそのことに違和感を覚えながらも、雪蓮の言うことに従った。
「……冥琳。よく聞いて」
蓮華の耳に、自身の姉が沈痛な声色で、そう言うのが聞こえた。
陸
城内で紅葉は蓮華に、人肌程度の温度をした湯を持ってくるように頼んだ。
蓮華はスグに兵にそのことを指示して、湯を持ってこさせた。
分量としては、洗面器一杯分の湯だ。
それはスグに二人の元に届けられた。
「紅葉、これでいいのか?」
蓮華は紅葉に湯を手渡した。
だが、眼には物騒な光が宿っていた。
変なことをすれば、斬る。
そういう意味を込めた眼であった。
「ええ。……袁術さんの所に居たのだから信用できない、という気持ちは分かります。ですが、少なくとも今は私を信用して下さい」
紅葉はそう言い、蓮華に背を向けた。
部屋の中には二つの大きな机があり、その上に昂昇と思春が仰向けになっている。
そして、二人が仰向けになっている机の間にイスがある。
紅葉はそのイスの上に洗面器を乗せ、両手を湯に浸した。
「まず、紐切りをやられた甘寧さんの手術を先に行います。そして、視力が回復したかどうかの判断は……」
「私がやれ、ということか」
「はい」
紅葉は短く答え、手を湯から出して、清潔な布で手を拭いた。
「では、手術を始めます。痛いですがガマンして下さい」
紅葉は思春を見下ろしたまま、言った。
そして、昂昇が紐切りで作った首の穴に、人差し指と中指を突っ込んだ。
「な……っ!」
「っ!」
「数秒で終わります」
紅葉はそう言い、指を動かした。
グチ、グチュと肉と血が混ざりあうような音がする。
その音は、本当に数秒で終わった。
「終わった……のか……?」
眼を閉じて、仰向けのまま、思春が言った。
「それは御自身の方が分かるでしょう」
「……道理だ」
思春はそう言い、ゆっくりと目蓋を開いた。
「思春……? 見える……の……?」
蓮華が恐る恐る聞いた。
「……ええ。はっきりと」
そう思春が言うと、蓮華は顔をほころばせた。
「わたし達が味方だと、御理解いただけましたか?」
「それは姉様から話を聞いてからだ」
「そうですか」
紅葉はそう言うと、二人に背を向けて、昂昇の治療にとりかかった。
漆
「……にわかには信じられんな」
「本当に心当たりはないの?」
「ない」
冥琳は雪蓮の目を見て、しっかりと言い切った。
うかがう様な表情をしていた雪蓮は、その言葉を聞いて、少しは不安が晴れたようであった。
「……ならよかったわ」
「雪蓮。何故、急にそんなことを聞いたんだ?」
「紅葉が気になることを言ったのよ」
「それが嘘だ、とは思わなかったのか」
「思わなかったわ。一応、君主なんてやってるのよ。ウソぐらい見抜けなきゃ」
「…………」
冥琳は腕を組み、視線を地面に向けた。
雪蓮はそのことを分かっている。
だが、何も言わなかった。
「後で紅葉から話を聞いておくさ」
「そうする方がいいでしょうね……」
雪蓮はそう言い、冥琳に背を向けて歩き出した。
黙ったまま、冥琳はそれを見ていた。
その姿が見えなくなってから、溜息を吐き、紅葉がいる部屋に向かった。