真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
ぜい、ぜい、と荒い息が聞こえる。
男の息ではない。
明命の息だ。
男は汗ひとつかかずに明命を見ている。
「ボディスラム一つでこの様……。優秀な訓練は受けているが、死ぬような鍛錬や拷問等は受けたことが無いらしい……」
男はそう言い、腕を下ろした。
明命はその隙を突くように、息を吐いて、踏み込んで剣を振った。
だが、男の腕が明命の腕を絡めとる。
激痛。
男が明命の腕を取った途端に、明命の身体に高圧電流が走った。
ツボを押されたのか、関節を取られたのかは分からない。
明命に分かったことは、それで全身の力が抜けた、という事実であった。
ガックリと膝が折れ、倒れていく。
――マズイっ!
明命は発作的にそう思った。
地面に潜り込んでいた、男の右足の爪先が上がってくるのだ。
それも、目に向かって。
爪先の上に乗った砂利が明命に向かって、ショットガンの弾のように襲い掛かってくる。
明命は咄嗟に目を閉じた。
頬や目蓋の上、額に着けた鉢金を砂利が叩く。
ただでは倒れない。
男が履いているブーツの上に、肘を落としたのだ。
そこに男のブーツは無かった。
あるのは地面だ。
男のブーツは、明命が落とした肘の、スグわきにある。
「当たらないさ……。君の肉体は、わたしを傷つけるのを拒んでいるのだから」
嘘だ、と明命は思った。
全部の攻撃を、この男が避けているから当たらないのだ。
明命は地面に着けた両腕、そして両脚の力をフル稼働して、跳ねた。
高く、高く。
飛んだ先にあったのは木だ。
明命は木を蹴っては違う木に移り、男の視界から逃げた。
「逃げ出したか……誰かに合流される前に、始末しなければな」
「こっちですっ!」
逃げ出したのではなかった。
明命は音もなく、三角跳びで男の背後に回ったのだ。
飛び蹴り――
それを、男の後頭部に向けて放った。
当たらない。
足は男の頭部を、通り抜けるかのように流れた。
明命は両足で着地し、男に裏拳を放った。
そして、その後に続くように刀が流れてくる。
――単発がダメなら……連撃を……っ!
刀。
蹴り。
拳。
蹴り。
斬。
全て当たらない。
男は全ての攻撃を避けながら、下がった。
「ここだな……」
男がつぶやいた。
――気に留めないっ! このまま……斬ります!
明命はそう考え、刀の切っ先を男に向け、地面を蹴った。
だが、それと同時に、何かが眼球を叩いた。
男が持っていた砂だ。
それが、風に紛れて飛んできたのだ。
明命は目を閉じ、それが目に入るのを防いだ。
目を開けた時には、その男はいなかった。
いたのは後ろ。
男は明命の腰に腕をまわし、投げた。
ジャーマンスープレックス――
頭が落ちる先には、石。
「ひきぃっ!」
明命は両足を振り上げ、頭が地面に着くより先に、足から着地した。
男の腕は、まだ身体にまわっている。
――ここなら!
明命はそう思い、右手にある刀を振った。
至近距離。
――当たる!
男はいない。
それを知り、明命はバックステップで距離をとった。
何故、こうも避けられるのか――
分からない。
普通、人間の身体が動くときには何らかの予備動作がある。
拳を放つ前に、アゴをひく。
蹴りを放つ前に、踵を浮かせる。
投げる前に、腕が力む。
殴りかかる前に、唇を舌で舐める。
全て予備動作だ。
人によって癖があり、分かりやすかったり、分かりづらかったりという差異はあるが、それは事実だ。
――ひょっとして……?
自分は分かり易い側の人間なのか。
明命はそう考えたが、スグに否定した。
もし、そうであれば隠密なんて任せられるハズがない。
それに分かり易くても、スピードで補える。
例え予備動作が分かり易くても、それが極端に短ければ、攻撃を当てられる。
ならば、何故だ。
速い、遅いといってもコンマ一秒の世界だ。
一流同士の
――それで敗けているのですか……?
それとも、構えで見切られているのか。
例えば、右の蹴りなら、左足で読めるのだ。
左足の向きによって、右足の狙いが。位置によって、届く距離が。
もちろん、個人によって差異はある。放つ蹴りによっても変わる。
だが、右足の蹴りよりもわずかに早く動く、軸足の左足によって右の蹴りが決まるのは、揺るがない。
そういうことで読まれているのか。
――なら……っ!
その予備動作や構えで読まれるのなら、それを逆手に取ればいい。
闘いの中では無数の虚実が次々に入れ替わっていく。
それを読むのは頭ではない。
感覚や経験で、身体が読むのだ。
瞬時に相手の技に対応し、自分の技をくりだす。
これしかない。
そこで勝つのだ。
「けゃっ!」
明命は間合いを詰め、右の踵を浮かせた。
それはフェイントだ。
右の蹴りとみせて、左の蹴り。
それも撒き餌。
本命は右手の刀。
振った。
また、すり抜けた。
――これも!?
コンマ一秒を奪い合うような闘いに限らずとも、部活でも試合でも、果てはケンカに至るまで、技術よりも重要なものがある。
メンタル的な要素――つまり、心理的なものだ。
感覚的に相手より勝るものが、相手に対して優位に立てる。
いや、ひょっとしたら、その感覚すら技術の一つであるのかもしれない。
この状況において、男は明命に対して優位に立っていた。
――どうすれば……! 逃げて、背後から? でもさっきは……
明命の心がボロボロに剥がれていく。
絶対の自信を持っている分野で敗ける、という事実の精神的ダメージは大きい。
口の中がが渇き、白い糸が口の中に出来る。
――まだ! 対応できない程の速度での連撃なら……!
心は折れていない。
明命は希望を探しだし、縋るように攻めた。
拳。
蹴り。
斬。
どれも当たらない。
泣き出してしまいそうだった。
どうすればいいのか、分からない。
「ああああああっ!」
明命は叫んだ。
隠密の姿では無い。
恐怖を必死になって払う、年相応の少女の姿だ。
「しいいいいいいっ!」
明命は唇から鋭い息を吐き、叫んだ。
そして、男に向けて剣を振った。
「よさんかァッッ!」
男が大声で言った。
その一言で、明命の全身の細胞がブルブルと震えた。
手から力が抜け、カタリと音を立てて、刀が落ちていった。
「今の自分を思い返すといい。年端も行かぬ身でありながら、戦場に身を置く。そのような小柄で未発達のような身体で、だッッ! 今、君が持つ、常人離れした技術や速度……それは、君の肉体が……望んで身に着けたものか……?」
明命は答えなかった。
答えられなかった。
口がパクパクと動くが、喉から声が出ないのだ。
「肉体の嘆きが聞こえたか……? だが、魂まで嘆く必要は無い」
男の声色は優しい。
だが、その根っ子には冷たい刃が潜んでいる。
「わたしが、君の肉体と魂を解放しよう」
明命の背中に、ゾクリゾクリと冷たい影が突き刺さる。
呼吸が荒くなっていた。
全力で長距離を走ったかのように、喘いでいる。
異様な圧力が、目の前を塞いでいる。
足が、腕が、身体がガクガクと震えだしていた。
「けぇいッッ」
男は震える明命の顔面を鷲掴みにし、木の幹に叩きつけた。
明命は木の幹に、強かに叩きつけられ、肺から空気がゴウと抜け出す。
口の中から血の味がする。
その一撃で、明命は切れてしまった。
気力が、体力が。
男は木の上に跳ね、木の幹に巻きついている蔓を取った。
明命は動かなかった。
男は明命の頭の近くに降り立った。
そして、蔓を首に巻きつけた。
――! 何で私は……っ!
そこで、明命は正気に戻った。
足と腕に力が帰ってくる。
その時には、もう遅い。
首に巻かれた蔓が上に昇っていく。
「~~~゛~~~~゛~゛っっ」
言葉にならない叫び。
喉が押しつぶされ、発声出来ないのだ。
男は蔓の端を木の根に縛り付けた。
木の枝と根っこに絡まっている蔓は、ギロチンの紐のように見える。
「長い時間苦しめはしない……。このまま、楽にしてあげよう」
男はそう言い、跳ねた。
そして、明命の身体に絡みついた。
二人分の体重が、明命の首にかかる。
辛うじて出ていた叫びが、しぼんでいった。
死ぬんだ。
もう、ここで、私は死ぬんだ!
目前へと迫る死。
明命はそのことを、すんなりと受け入れ始めていた。
力が抜け、口がだらしなく開く。
そして、端からはヨダレが流れてくる。
眼からは涙が。
もう、こらえる力なんて、ない。
腕と足がビクビクと痙攣する。
最期の足掻きだ。
「こんのバカタレ明命! 簡単に諦めおってぇっ!」
消えゆく意識の中でピシャリと言い放つ声が、聞こえた。
壱
放たれた矢が、蔓と男に向かって飛んでいく。
男は当たる前に明命の身体から離れ、地面に降りた。
蔓に向かった矢は、地面と木の枝の間の蔓を正確に打ち抜いた。
神業だ。
放ったのは祭であった。
さらに、祭は男の足元に二本の矢を放った。
男はそれを避けるため、下がる。
祭は、男が下がるのを見なかった。
目視するよりも早く、明命に駆け寄った。
「明命、生きておるか」
祭はそう言いながら、気付けだ、と言わんばかりに明命の背を叩いた。
明命が何度か咳き込むと、虚ろだった彼女の目に生気が戻ってきた。
「祭……さま……」
「よし、生きておるな。明命を森林戦でここまで追い込むとは……彼奴も猛者か」
祭は明命の息を確認すると、視線を男に移した。
「これ程の手練れとは……何処の者じゃ」
「どこも何もない。わたしはここで、レンジャー訓練を行っていただけだ」
――れんじゃー……?
耳慣れない言葉だ、と祭は思った。
そして、そのことから結論が浮かんできた。
――渋川老やオリバと同じ世界の人間か!?
同時に、厄介な人間を相手にしている、と祭は思った。
渋川剛気と同様に、自分達にとって未知な技を用いるに違いない。
祭はそう思い、矢を向けた。
「ぬしの名は」
「ガイア……」
男――ガイアは問いに答え、足元の地面を掬った。
弐
「祭さま……なんで、ここに……」
明命は地面にへたりこんだまま、顔だけ見上げて聞いた。
「気付いた時に全員を一カ所にまとめておったんじゃ。普段の訓練では無いことをしておるからには、異常事態になっておる、と考えるのが普通じゃ」
祭はそう答え、一瞬だけ視線を明命に向けた。
ほんの、コンマ一秒にも満たない時間だ。
視線はすぐにガイアに向けられた。
「明命。刀はどうした」
祭はガイアに矢を向けたまま、明命に聞いた。
「すいません……落とし……ました……」
「落としたぁ!? 何をやっておるんじゃ!」
「すいません! でも……」
「言い訳は後じゃ!」
「祭さまっ! これだけは聞いてください!」
明命はヨロヨロと立ち上がり、言った。
「あの……がいあ、という人には……攻撃が、当たりません」
「何をバカなことを……と言いたいが……事実みたいじゃのう」
祭は明命の方を向かず、矢を向けたまま言った。
「普通の相手なら、明命であればとっくに始末しておる。それが出来んということは、それぐらいはするじゃろ」
「それで……怖くて……」
「たわけ。相手は幽霊ではない。……だが……当たらんとなれば……」
祭の声が尻すぼみに小さくなる。
何かを、考えている様子であった。
そして、答えを見つけて、言った。
「明命。それなら、絞めるか極めるかの二択しかあるまい」
「ですが、両方とも相手に触れなければ……っ!」
「出来ん。じゃが、打撃や斬撃は一度の機会を逃せばそれっきりじゃ。寝技に持ち込めれば、それより機会は増え、しっかりと相手を抑えられる……。それしかない」
祭はそう言うが、明命の身体は震えっぱなしであった。
足の震えが止まらず、今にも、崩れ落ちてしまいそうだ。
「何じゃ。怖いか」
「…………」
明命は沈黙していた。
それを感じながら、祭は笑みを見せて言った。
「あのまま、首を吊って死ぬ方が怖いぞ。全身の力が抜け、痙攣し、身体中の穴という穴から、ありとあらゆる液を撒き散らして死ぬ方がな」
一般的に、首を吊って死ぬ、という死に方には二種類ある。
一つが、頸動脈を絞めて死ぬ、という死に方。
もう一つが、首が体重を支えられずに、頸椎が抜けるという死に方だ。
だが、両方とも力が抜けるというのは共通している。
スグには死ねずに、全身が痙攣する。
そして、糞、小便、涙、涎、鼻汁といった液体や排泄物を巻き散らかして死ぬのだ。
綺麗な死に方ではない。
「それよりは怖くないじゃろう?」
祭はそう言い、顔に笑みを浮かべた。
「今、言うことじゃ……」
「今、言うことじゃ。ここで敗ければそれよ」
明命は大きく息を吸った。
不思議と、身体の震えは収まっている。
「明命! わしが、がいあを抑えるっ! ぬしは近づいて決めるのじゃ!」
「はいっ!」
明命は無手のまま、構えた。
軽く跳ね、タンタンとリズムをとる。
「ハハ……君たちの増援も来そうだな」
「既に向けたわ。もっとも、城に向けてじゃから、時間はかかるがのう」
「そして二対一……面倒だ」
「卑怯、とでも言いたいか?」
「戦場で卑怯なんて言う、恥知らずがこの世に居るんだ」
ガイアはそう言い、笑みを見せた。
眼は細くなっている。
笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である。
――来る!
祭はそう直感した。
矢は放たない。
「明命! 行けっ!」
祭がそう言うと、その隣を風が走った。
明命は木の幹に足をかけ、蹴った。
そして、三角跳びで次の木を蹴り、ガイアに近づいていく。
「しぃっ!」
「がいあ! 避けれると思うなぁっ!」
明命が三角跳びからの、飛び蹴りを放とうとした時であった。
祭がそう言い、二本の矢を同時に放った。
矢はガイアの顔の両隣を通る。
その矢の間に、明命の蹴りが来た。
ガイアはバックステップで、その攻撃を避けた。
だが、明命の爪先は、ガイアのバンダナに触れた。
――当たった!
ブルリ、と背筋が震える。
「畳み掛けろ!」
祭からの指示が飛ぶ。
明命はそれを受け、そのまま攻め立てた。
一発当たった。
それが、明命の精神的な支えになっているのだ。
だが、スグに攻めの手が当たらなくなる。
「当たらんのなら顔を殴れ!」
「はいっ!」
明命の手が顔に伸びていく。
それと同時に、矢がガイアの顔の皮ギリギリを攻めた。
ガイアは明らかに、スゥェーバックで避けた。
「明命の話から予想は出来ておった……。人間に攻撃が当たらない、などありはせん。がいあに当たらないのは……来る攻撃を、最小の動きで素早く避けているからじゃ。して、最小の動きであるからこそ、動きは容易に読める。その動きを阻むよう、矢を放つ。これなら最小限の動きで避けれんわ。避けるとしたら、そうと分かる動きになる……」
参
祭がガイアの動きを邪魔することにより、明命の攻めは当たるようになっていった。
そして、自身が戻ってくれば、自然と技のキレや威力も上がってくる。
明命の連撃が、次第にガイアに掠るようになっていた。
拳がガイアの薄皮を削ぎ、血がツツと流れる。
避ける方向の予測は出来ている。
左右は無い以上は上か、後ろか。
それだけ分かれば、相手を捉えられる。
「奇ッッ」
ガイアの口から、奇声が上がる。
それと同時に、掌底が明命のアゴに伸びた。
カツっと、掌底がアゴの骨に当たり、軽い音が鳴る。
明命はその一撃を、掌底のベクトルと同じ方向に、首を振って避けた。
そして、流れていく腕を取り、関節を極めながら投げた。
ガイアの身体が流れるが、足から着地した。
明命の目の前にはガイアの背がある。
――絞めるか極めるかの二択しかあるまい
明命の頭に、祭の言葉が過る。
――今っ!
明命は取っていた腕を解放して、ガイアの首に手をまわした。
腕にはしっかりと触れている感触がある。
「もう……逃がしません……っ!」
明命は足をガイアに絡め、その全体重をガイアの首に乗せた。
だが、ガイアに狼狽えた風はない。
スゥ……
ガイアの喉から、そんな音がした。
――息を!? 何故、そんなことを……!
一瞬、明命は戸惑った。
だが、スグに腕に力を込めて、それを防ごうとした。
喉を潰そうとしたのだ。
ガイアの喉の筋肉は、その力を押し返していく。
そして、風船のようにガイアの胸が膨らんでいった。
「明命! 離れて耳を塞げっ!」
祭は弓を手放し、両手で耳を塞ぎながら言った。
今までの経験と勘から、とっさに言った言葉だった。
ガイアが何をどうするのか、なんて知識は無い。
その叫びと同時だった。
「あッ!」
大声が樹海を揺する。
木にとまっていた鳥はギャアギャア叫びながら地面に落ち、虫は動きが止まる。
祭は耳を塞ぎ、その衝撃波のような大声を防いだが、それでもビリビリと脳が震えているのを感じた。
だが、明命はガイアの首元で、直に受けた。
明命の目が、グルリと上に行った。
そして、腕が解けてズルリとガイアの背から落ちていった。
「次は君だ」
「……好きな時に、来るがよい」
ガイアは不気味に突っ立っている。
祭は何も言わずに、矢を向けていた。
ピリピリと空気が静電気をまとい、ネットリと重くなっていく。
突如、ガイアが動いた。
左手で土を掴んだ。
祭の矢が放たれる。
当たらない。
――ええい! 面倒なことになったわ!
次の矢を構える。
ガイアが肉薄してきている。
矢が届き、土が届かないギリギリの間合いで、祭は次の矢を放った。
そのハズだ。
だが、ショットガンの弾のような土は、祭の目の前に迫っていた。
――ぬうっ!
祭は目を閉じながら、矢を放った。
当たる、なんて微塵も思っていない。
だが、足止めは期待していた。
――ダメか!
祭はそのことを直感していた。
すぐに持っていた矢を右手で掴み、左手で砂を払って目を開けた。
矢は放つために持ったのではない。
「しゃっ!」
祭は矢で、ガイアを突いた。
ガイアに右手が動く。
矢の先が、ポトリと地面に落ちた。
右手にあったのは、笹の葉のように、葉脈が平行脈になっている葉だ。
それが、ナイフのように矢じりを斬りおとしたのだ。
「こんな葉であろうと……環境利用闘法では、ナイフとして用いることが可能だ」
ガイアはそう言い、持っている葉を見せた。
――ホントに面倒な相手じゃのぅ!
祭はそう思いながら、腰の剣に手を伸ばした。
――ここから抜刀、そして斬る。イケるか!?
そう思ったところで、再び葉に目が行く。
――額にくるか!
額を切ると、傷は浅くても血はよく出る。
この状況下での、そのリスクは祭は良く知っていた。
血が目に入ってしまえば、それは大きく不利となるのだ。
――どうする……!
祭がそう思った時だった。
ガイアの後ろで、ジャリ、と音がした。
そして黒い影が、獲物に襲い掛かる、猫科の動物のように飛び掛かった。
明命であった――
黒目はグルリと上を向いたままだ。
そのまま動いているのだ。
意識なんてものはズタズタに斬れている。
脳は動いていないだろう。
だが、それでもだ。
ものを思うは、脳ばかりではないのだ。
臓器にも記憶は宿り、筋肉とて思考するのだ。
明命は首を噛み千切りでもするかのように、飛び掛かり、絞めた。
「でかした明命!」
祭はそう言い、ガイアの足を払った。
ガイアが、背中の明命に気を取られた瞬間のことだ。
バランスが崩れ、ガイアは仰向けに倒れた。
明命は地面とガイアに挟まれながらも、首を絞め続けている。
祭は仰向けになっているガイアに向けて弓矢を構え、目前に突き立てた。
「降れ。ぬしの敗けじゃ」
「抵抗すれば、放つのか?」
「見れば分かるじゃろう」
祭は矢を向けたまま言った。
だが、ガイアが笑い出す。
「ハハ。後ろの仲間を殺さずに放てる、とでも」
「それぐらいの加減は出来るわい」
「加減して殺せるのか?」
その一言で、祭の心は揺れた。
揺れ、と言える揺れではないハズだった。
海に砂一粒を投げ入れたら、出来るような揺れ。
だが、ガイアはその隙を突くように、小石を弾いて祭に投げた。
小石は祭の目に向かってくる。
鋭利な小石だ。
祭は首を振って、それを避けた。
顔に迫る危険を避けようとする、本能的な動きだ。
ミスだった。
ガイアの狙いは、小石で弓の弦を切ることであった。
小石は狙い通りに張り詰めていた弦を巻き込み、切った。
切れる瞬間、弦が弦楽器のように鳴る。
――ぬかったわ!
祭はそう思い、右指で摘まんでいる矢でガイアの顔を刺した。
それが、すり抜ける。
ガイアは絞めから逃れ、立ち上がるところであった。
祭はそうはさせない、とガイアを蹴った。
通り抜ける。
「これで五分……」
「やるのう……!」
ガイアは蹴りをあっさりと避け、祭の前に立った。
剣の距離ではない。
拳の距離だ。
「決めるといい……剣を使うか。それとも、素手でわたしに挑むか……」
――素手しかあるまい……!
祭はそう思った。
剣なら、抜く隙を突いてくるだろう。
抜刀術を用いるにしろ、その起こりを読んでくる。
いつ抜くかが分かられている抜刀術など、意味がない。
タラリ
祭の背筋に汗が流れる。
「かっ!」
祭は息を吐き、右拳を放った。
偽。
左の蹴り。
ローキックだった。
ガイアはそれを避け、反撃に移る。
その時だった。
「は~い。もうお終いですよ~」
闘いの空気に馴染まない、間延びした声であった。
「もう、アナタは包囲されちゃってますよ~」
穏であった。
穏はそう言い、右手をあげた。
同時に、ちょっと離れている場所の茂みから、兵が姿を見せた。
「援軍を城に要請しろ、と言ったじゃろ」
「それは五人ぐらいでもいいじゃないですか~。で、残った人達で何とか出来るんじゃないか、と思いまして」
穏は軽く事情を説明した後で、再びガイアに視線を向けた。
「ミッション失敗か」
ガイアはそう言い、辺りを見渡した。