真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~   作:クーロン

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曹魏侵攻編
矛先


 タタン。タタリ。

 汗が木の床に落ちる。

 春蘭が親指で逆立ちしたまま、道場を周っているのだ。

 髪は地面に着かないように結ってある。

 中々にキツイ鍛錬だ。

 春蘭は凪から聞いたが、凪に教えたのは克巳だ。

 その克巳に教えたのは愚地独歩である。

 これに必要なのは、力だけじゃない。

 親指だけで体幹をコントロールする必要がある。

 最初は中々バランスが取れず、途中で倒れていたが、今では一度も地面に足を着かず、一周できるようになっていた。

 だが、一周回るのは、ウォーミングアップみたいなものだ。

 一周を周り終え、春蘭は逆立ちをやめた。

 タン、と軽い音をたてて、床に両足が着く。

 そして、結ってある髪を解いた。

 ハラリと黒髪が重力に従って落ち、流れている汗で何本かが首筋にくっつく。

 春蘭は首筋には手をまわさず、真っ直ぐ、立て掛けられた木刀に手を伸ばした。

 両手で柄を握り、振る。

 振る。

 振る。

 振る。

 汗は全身に浮いている。

 ずっと身体を苛め続けている。

 それでも、消えない。

 春蘭は脇目も振らずに木刀を振り続けた。

 腕や肩が疲れて、力が入らなくなってくる。

 それでも、振る。

 ひゅん。

 ぴゅん。

 ぶん。

 何時間も振り続けていると、腕がブルブルと震え、勝手に力が抜ける。

 呼吸の音が聞こえる。

 荒い音だ。

 ――こんなにも早く疲れるのか!?

 春蘭は思った。

 昨日もずっと、剣を振っていた。

 休憩どころか睡眠だって、ろくにしていない。

 むしろ、休憩する方が毒であるような気がした。

 身体を休めていると、スグに何か黒い影が心を蝕むのだ。

 ……この続きはまた後でやろうぜ――

 その言葉が、春蘭の頭から離れない。

 そして、殴ってすら貰えなかった組手も頭から離れない。

 このことを思うと、勝手に身体が動く。

 休んでいると、それらが心の中を支配する。

 ――不安が……消えない……っ!

 愚地独歩は帰ってこない。

 理由は知らない。

 誰かと闘う理由(ため)か。それとも……。

 ――私と決着を……!

 剣を振る速度が増す。

 腕が千切れそうになっている気がする。

 それでも、振る。

 振る。振る。振る。

 根限り、振る。

 それでも十分じゃない。

 ――勝てるのか? 私は……勝てるのか!?

 次にやるとしたら、それはもう、言い訳なんて存在しない闘争(たたかい)になる。

 油断していた。片目に慣れていないからだ。周りが見えていないからだ。

 どれも、理由にはならない。

 だからこそだ。

 ――怖い……! 敗けるのが……怖い!

 

「かぁぁぁぁっ!」

 

 春蘭は心の中の影を追い出すため、叫んだ。

 木刀を振る勢いが、さらに増す。

 

「姉者。やはりここにいたか」

 

 勢いを増すのと同時に、ポン、と左肩を叩かれた。

 秋蘭が後ろから叩いたのだ。

 春蘭は振り向くことなく、前を向いたまま返事をした。

 

「秋蘭……。何だ、今は忙しいんだ」

「すまない。華琳様がお呼びだ。……軍議を開く」

「そうか……分かった」

 

 春蘭はそう言い、手の甲で額の汗を拭った。

 拭いきれなかった滴が目蓋の上に流れる。

 それを見て秋蘭は、春蘭の頭の上に手ぬぐいを乗せた。

 

「出席するのは、汗をしっかり拭いてからの方がいいぞ」

「……ああ」

「私は先に戻っているぞ。」

 

 春蘭はすぐに手ぬぐいを右手で掴み、顔を拭いた。

 汗が布に沁みこみ、湿っていく。

 それでも、肉の中にある熱気は冷めない。

 

「くそっ」

 

 吐き捨てるように春蘭はつぶやき、手ぬぐいを強く握った。

 絞られて、沁みこんだ汗が床に落ちる。

 タタン。タタリ。

 

   壱

 

 軍議の場には、すでに曹魏の文武官が揃っていた。

 いないのは春蘭だけだ。

 

「春蘭は?」

「今、汗を拭いています」

「急ぎの軍議とかじゃねえのかよ。俺も引っ張り出してるってのに」

 

 その場には、若い男性もいた。

 愚地独歩の養子、愚地克巳である。

 

「あら? もう治ったんじゃないのかしら」

「傷は塞がりはした。だけど、まだ突っ張んだ」

 

 克巳はそう言い、腕を動かして顔を歪めた。

 

「ホンマ、早う復帰してくれへん……凪の相手、誰がしてるとおもってんねん」

 

 真桜が机に顔をうずめたまま言う。

 克巳は少しだけ悪びれた風な表情をした。

 

「ワリィ。もう少し待ってくれ」

「その内に沙和たち死んじゃうの!」

「大げさなことを言うな。ただの組手だぞ」

 

 凪は、何を言っているんだ、と言わんばかりの顔をしている。

 

「あないな組手があってたまるかい!」

 

 真桜は顔をあげて突っ込んだ。

 克巳は凪に顔だけ向け、聞いた。

 

「組手って……何してんだ?」

「普通の組手です。ただ……実戦を意識していますが」

「それがダメなの……」

「拳圧がアカンねん……」

 

 沙和と真桜は俯きながら言った。

 少し思い出したのか、腕がブルっと震えた。

 

「なんか、克巳はんと呂布との闘いに触発されたんか知らんけど、どんどん覚えた技を、本気で使ってくるんや……!」

「聞いた技を組手で使えなければ、実戦で使えないだろう」

「でも、沙和たちには止めてほしいの……。せめて、もっと強い人達にしてほしいの」

 

 沙和がそう言うと凪は

 むぅ

 と言い、考え出した。

 

「それで俺に、頻繁に技を聞きに来てたのか。最近じゃマッハ突きも聞いてきたしな」

「……克巳はん。ウチ、メッチャ嫌な予感したんやけど」

「まっは突きって……あの、手が見えなくなるアレなの……?」

「ああ。音速拳って言った方がいいか?」

「アカン! なんちゅうモン教えてくれとんねん!」

「一撃食らうだけでも、沙和たち死んじゃうの! 沙和たちが死んでもいいの!?」

「だが……花山さんは一撃でもダメどころか、最後まで立っていた」

「比べるもんがオカシイわ!」

「なんで褌オバケと比べるの!?」

 

 真桜と沙和は突っ込むと、頭を抱えて唸りだした。

 そして、ゴンゴンと机に頭をぶつけた。

 

「まだ死ねへん……! 製作途中のカラクリもあるんや……っ!」

「欲しいカワイイ靴や服が、まだいくつもあるのに……」

 

 虚ろな目をして、うわ言のようにつぶやく。

 克巳は凪の方へ視線を移した。

 

「まあ……凪、なんだ……。素人が難易度高い技をやると危険だから、誰か力量が上の奴を相手にした方がいい」

「分かりました」

 

 克巳はそれだけ言い、また二人に視線を戻した。

 取り敢えず、組手でマッハ突きを受けるという最悪の事態は、事前に防がれたのだろうが、二人は気付かずに机に頭を打ち続けていた。

 

「華琳様。お待たせしました」

 

 そうこうしていると、春蘭が部屋に入ってきた。

 汗は引いているが、まだ熱気が肉体に籠っている。

 春蘭は一番近くにある空いているイスを引き、座った。

 

「これで全員そろったわね。秋蘭、報告を」

 

 華琳がそう言うと、秋蘭は一度頭を下げ、報告を始めた。

 

「公孫賛の領土を併合した袁紹軍が南下を始めました。旗印は袁、文、顔と主力は揃っています。数は三万。動きは遅く、示威的な行動とのこと」

「バカらしい行動ね。で、報告のあった城にいる兵の数は?」

「七百です」

「一番手薄な所を突かれたわね……」

 

 桂花はそうつぶやき、考え出した。

 

「そして、増援は不要と」

「分かったわ。しかし……時期を見て、麗羽と決着を着けなくちゃね」

「華琳さま!? それでは、城の兵を……!」

「問題ないわ。指揮官は?」

「郭嘉と程昱の二名だそうです」

「そう。終わったら、(ここ)に来て説明するように伝えなさい。皆を納得させるためにもね」

「……承知しました」

 

 秋蘭はそう言い、人を呼んで使者をたてた。

 

「兵は出さないこと。これは厳命よ。以上。分かった、春蘭?」

「……はい」

 

 春蘭は一度だけ華琳に頭を下げ、席をたった。

 椅子の戻し方は荒々しい。

 そして、そのまま部屋を出た。

 

「聞き分けがいいわね」

「華琳さま! 春蘭のあのような態度、放っておく気ですか!」

「ええ。原因は分かりきっているもの」

 

 華琳の視線は天井に向いている。

 だが、スグにその目を下ろした。

 

「ホントに動かす必要はねぇのか?」

 

 克巳が言った。

 

「無いわね」

「そうか……まあ、それならいい。俺は軍とかのこと、よく分からねえしな」

 

 克巳もそう言い、席を立つ。

 それとほぼ同じ時ぐらいに凪、真桜、沙和の三人も立った。

 

「桂花にはいくつか仕事を任せてあったわよね? それ、終わったのかしら」

 

 華琳は桂花に視線を向けないまま、言った。

 

「え……あ! 直ちに持ってきます!」

「私の部屋に置いておきなさい」

 

 桂花は走り、部屋を出た。

 ただ一人、華琳だけが部屋に残っている。

 静になった部屋で、華琳は物思いに沈んだ。

 ――麗羽と戦い……次は……っ!

 華琳の頭に浮かんだのは、徐州のことだ。

 そこには桃香がいて、治めている。

 配下も名将揃いだ。

 そして、強い者もだ。

 ――春蘭は……

 その中に、とある男がいる。

 愚地独歩。

 春蘭は独歩と戦い、決着を着けるのだろう。

 どうなるか、なんてことは分からない。

 勝ち負けが決まるかもしれない。

 うやむやに終わるかもしれない。

 もしかしたら、どちらかが死んで終わるのかもしれない。

 

「止まらないわ……絶対に」

 

 華琳はそうつぶやき、強く拳を握った。

 

   弐

 

「……わたくしの聞き間違えでは、ありませんわよね? 千以下って……どういうことですの? 確かに良い所を選べ、とは言いましたが……いくらなんでも」

「えーっ。せっかく良い所を選んだのに、ダメだしですか!?」

「こんなんじゃつまらないって。ジャックの兄貴でも、あん中にブチ込めば勝てちゃうぜ?」

 

 麗羽の陣中では、主力の三人と君主が固まっていた。

 ただ、ジャックだけは口を開かず、麗羽の輿を担いでいる。

 

「どうします? なんか……こんな大勢でぶちのめすって、大人げなくないですかね?」

 

 猪々子は頭を掻きながら言った。

 

「ふぅむ……確かに、この大軍団で押し潰すのは余りにも大人げないですわね」

「偵察だけにしても大人げないと思うけどなぁ……」

「だよなぁ」

「そこ! 何か言いまして!」

 

 斗詩はつぶやいた。

 そのつぶやきに、猪々子も同調した。

 麗羽はその一言に、ピシャリと突っ込んだ。

 

「コレデ帰ル、トカ言ワネェヨナ?」

「斗詩。地形調査は?」

「今、やっています。日没までやれば、普段の十倍は細かい地図が出来るハズです」

「もっと早く終わりませんの? 攻めないのだから、さっさと終わらせて……」

「帰ルッテ言ウツモリカヨ……ッッ」

「え? まあ、そうですわね」

 

 麗羽がそう言うと、ジャックの身体に血管がピクピクと浮かびだした。

 それを見て、斗詩と猪々子の顔が青ざめていく。

 

「やべぇ! ジャックの兄貴が切れるぞ!」

「みんな、抑えて!」

「ガァァッッッ」

「キタぁ!」

「来ましたぁ!」

 

 近くにいた兵士の何人かが、ジャックに飛び掛かっていく。

 だが、力ずくで振り回され、蹴り飛ばされ、蜘蛛の子のように散っていく。

 

「斗詩! なんか、抑えられる方法はねえのか!?」

「え!? えっと……どうしよ!」

 

 二人が顔合わせて考えている間にも、兵士が飛んでいく。

 戦意を失って逃げ出す者もいる。

 騒ぎは収まりそうにもない。

 麗羽はそのことに痺れを切らし、大声で怒鳴った。

 

「ジャックさん! さっきから五月蠅いですわ! 暴れたいのなら、どこか違うところで暴れて下さる!?」

「あ」

「あ」

 

 麗羽はジャックを指差して言った。

 その言葉に、斗詩と猪々子は、その手があったか、と手を叩いた。

 

「姫! ジャックの兄貴を……向こうで暴れさせてきたらどうですか!?」

 

 猪々子はそう言い、城を指差した。

 

「はぁ? こんな大勢で攻めるのは大人げない、と言ったばかりですわよ」

「いや、一対七百なら大人げなくないですから!」

 

 斗詩と猪々子は必死だった。

 必死でジャックを落ち着けさせる案を考え、結論が、城にいる敵兵相手に暴れさせる、ということであった。

 

   参

 

 行動は素早かった。

 素早くなければ、間違いなく大勢が巻き込まれていたであろう。

 斗詩と猪々子は千の兵とジャックを連れて、城門の前まで寄った。

 城門は固く閉ざされており、城壁の上には弓兵がいる。

 もちろん、二人もそのことは気付いている。

 軍を矢が届かない距離で止めた。

 

「さてと……行動を開始する!」

 

 猪々子はそう言い、息を大きく吸った。

 

   肆

 

 その日の夜。

 小城の指揮官であった郭嘉と程昱は華琳の前に来た。

 

「……詳しく教えてちょうだい」

 

 華琳はそう言い、小城であった小競合いのことを聞いた。

 

「戦での損害は無いのです。城も落とされず、兵は死んではいません」

「死んでは、というのが引っかかるわね」

「六十五名……負傷しました。死者は、五名」

 

 眼鏡をかけた少女は面を伏せたまま言った。

 そして、その経緯を話し出した。

 

   伍

 

 猪々子がしたことは単純であった。

 ジャック・ハンマー一人を相手に七百人組手で戦え――

 二人は最初、城門を固く閉め、挑発に乗らなかった。

 その事を二人は、マズイ、と思った。

 早くケンカにしないと矛先が自分達に向く、と考えたのだ。

 それゆえに挑発としての最大手段を取った。

 曹操の元にいる兵は弱卒ばかりか。無能な君主の元には、無能の兵しか集まらん――

 つまりは、主君を侮辱する、という手に出たのだ。

 このことに戸惑ったのは、郭嘉と程昱の二人だ。

 二人は今回の事で華琳の目にとまり、直属の部下として仕えようと考えていた。

 そうであるからこそ、この状況がうまくなかった。

 今、目の前にいるのは千の兵だ。

 七百の兵でも、やり方次第では勝てる可能性がある。

 だが、後ろには大軍が控えている。

 このまま城門を開ければ、敵兵がなだれ込んでくる可能性は十分ある。

 しかし。

 君主を侮辱され、黙っているのも体裁が悪い。

 このまま挑発を見過ごして仕えても、軍師として信頼されるか――

 理屈では、出たらいけないことは分かっている。だが、感情は別だ。

 良い気分ではない。

 二人は出さなかった。

 城門を固く閉じたまま、敵の攻勢に構えていた。

 そして、諦めたのか敵兵は退いていった。

 たった一人の男を残して。

 金髪の頭を坊主にしている。

 トランクス一枚だけを身に着け、剥き出しになっている肉体には、いくつもの傷がある。

 ジャック・ハンマーその人であった。

 そして、再び罵声。

 

「俺一人相手デモ出テコレネエカ」

 

 ジャックはそう言い、地面に唾を吐いた。

 二人は城門を開け、兵を出した。

 敵は遠くにいて、騎兵を用いてもスグには駆けつけられない。

 だから二人は兵を出すことに決めたのであった。

 そして、始まった。

 一対三百の大ゲンカが。

 

   陸

 

「……以上です」

「克巳。ジャック・ハンマーについて、話せるだけ話しなさい」

 

 華琳は郭嘉の報告を聞くだけ聞いてから、克巳に言った。

 集まっている諸将の目が、全て克巳に向けられる。

 

「ジャック・ハンマー……範馬刃牙の兄で、範馬勇次郎の子だ」

「また範馬か……!」

 

 華琳は忌々しそうに吐き捨てた。

 

「戦歴としては最大トーナメント準優勝。トーナメントではドーピング……薬を使って身体を増強していた。準決勝では渋川剛気を破っている」

 

 その言葉を聞き、誰かがゴクリと唾を飲んだ。

 飲んだのは凪だった。

 凪は渋川剛気と闘ったことがある。

 結果は惨敗だった。

 相性は最悪。合気のタネも分からず、突破口も見えなかった。

 

「凪。渋川と闘ってみた感想……今、言えるかしら」

「はい。……正直、どうすればいいのか、まるで分かりませんでした。蹴りも拳も放った瞬間に取られ、投げられ……」

「……その理屈で闘ったのなら、ジャックも渋川に勝てないはずよ」

「ジャック・ハンマーの得意技は噛みつきだ。まず、ゆっくり手を渋川先生に近づけたんだ。そして、渋川先生はその手を両手で掴んだ」

「その腕に噛みつき……ってことね」

「ああ。最後は、逆に渋川先生を投げ、喉に足刀」

「そのような手で……!」

 

 凪は驚きに満ちた声で言った。

 だが、それをやる、ということは無いだろう。

 そこまでアゴの力は強くない。

 

「で、三百対一の闘いの内容……話してもらえるかしら」

「はい」

 

 程昱が返事をし、戦いの詳細を語りだした。

 

   漆

 

 ジャック・ハンマー。

 今日という日のみに生きる、稀有なるファイター。

 それに対するは、生きて明日を夢見る兵士たち。

 差は歴然であった。

 少数に対しての多数は、心理的に優位に立てる。

 優位であって勝ちではない。

 優位というのは、勝利した時に初めて価値が出来るのだ。

 数としては、魏軍有利。

 だが、中身はどうなのか。

 ジャック・ハンマーのファイトスタイルはピットファイティングだ。

 平たく言ってしまえば、ルール無用の喧嘩である。

 街頭ルールのケンカでは、相手が素手とは限らない。

 石や砂を利用するのもありだ。そこらに落ちているビンを割って、武器とするもよし。

 多対一のリンチだって許される。

 もっと言ってしまえば、ナイフや銃火器の使用すら許される。

 それがピットファイティング。

 この闘いは、それと同じだ。

 ジャックは暴れた。

 今まで人を叩けなかった鬱憤を晴らすかのように暴れた。

 蹴られれば、それで人は吐いた。

 吐瀉物の中に、真っ赤な血が混ざっている。

 いや、もしかしたら破裂した内臓が混ざっているのではないだろうか。

 そう思わさせるだけの強さはあった。

 頭を殴られても、血が出る。

 鼻から出る血には、脳味噌も混ざっているのだろう。

 どこを蹴ろうが、殴ろうが流血する。

 そして、剣をまるで棒きれのように扱っているのだ。

 傷一つつけれていない。

 その光景を見て、兵は恐怖した。

 そして、恐怖というのは伝染する。

 数が多ければ多いほど、一度、伝染しだした恐怖は消えない。

 大多数は腰が引け、ジャックに向かう人間は居なくなっていた。

 それが決定的になったのは、たった一本の弓矢だ。

 理由は知らない。

 出た兵の中に、彼の兄弟なり友人なりが居たのだろうか。

 怯えた兵に歩み寄るジャックに向かって、矢を一本放ったのだ。

 その矢は、真っ直ぐにジャックの頭に向かって行く。

 ジャックはその音に気付き、向いた。

 

「刺さったァ!」

 

 誰かが、そんなことを叫んだ。

 矢はジャックの頭部にあるまま、落ちない。

 それもそのハズだ。

 ジャックは矢を咥えていたのだ。

 そして、矢がパキッという乾いた音を立てて、地面に落ちた。

 落ちてから数秒。

 ジャックが何かを吐き出した。

 金属の塊だ。

 何か尖がっていた物を、無理やりに丸くしたような塊。

 矢じりであった物だ。

 

「コレデ終ワリカ……」

 

 ジャックが低い声でつぶやいた。

 カタコトな話し方が、より一層の恐怖を煽る。

 

「人間じゃねぇ……ッッ」

 

 その一言が起爆剤になった。

 立ち向かおうとする人間はいない。

 気を保っている全員が、城門に殺到した。

 

「開けろ! 助けてくれ!」

「押すな! 押すんじゃねえ!」

 

 ジャックはその騒ぎを尻目に、麗羽の陣に帰った。

 だが、城門前の混乱は止まらない。

 その混乱の中で倒れた人間は、そのまま踏みつぶされ、死亡した。

 その死者が五名だ。

 ジャックとの闘いで負傷したのが四十名。

 城門での混乱での負傷が二十五名。

 これが、百対一のケンカの結末である。

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