真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~   作:クーロン

49 / 75
刹那主義

 華琳は郭嘉と程昱――稟と風を自分の陣営に加えた。

 その上で、大戦を起こすこととなる。

 決戦地は官渡。

 俗に言う官渡の戦いである。

 数としては、麗羽の軍がまさる。

 だが、それだけだ。

 結果は蓋を開けてみないと分からない。

 官渡の戦いでは、袁紹軍は移動式の櫓を用い、曹操軍の上に矢の雨を降らせた。

 対して、曹操軍は投石器で対抗。

 矢の届かぬ位置から狙い撃ち、櫓と士気を大幅に削ることに成功した。

 そして戦は大詰めとなる。

 曹操軍突撃――

 袁紹軍の士気は既になく、兵が逃げ出して散り散りになっていく。

 本陣は夏侯淵が落とし、戦の決着が着く。

 これにて官渡の戦いの終結となる。

 戦は終わった。

 だが、闘争は終わっていない。

 

   壱

 

 四人組が走っていた。

 内、三人は女で男は一人だ。

 麗羽、斗詩、猪々子、そして、ジャック・ハンマーである。

 

「なんであんなクルクル小娘に本陣を……!」

「それどころか、張遼の旗が南皮に向かっていくのを見ました!」

「南皮も落ちたな、こりゃ」

「なんですってぇ! わたくしはこれからどうしたら……!」

「まず、逃げるのが先じゃないですかね?」

 

 猪々子はそう言い、後ろを指差した。

 後から曹軍の兵が追ってきている。

 

「待て貴様等! 追え! 逃がすな!」

「みなさん! もっとお急ぎなさい!」

「なんで麗羽さまは、こんな時だけ速いんですかぁっ!」

「待てって言われて待つバカなんているか!」

 

 走る先にあるのは、鬱蒼とした森だ。

 追手から姿をくらますには、うってつけな場所だ。

 四人は迷わずに入った。

 ざくり、と草を掻き分けていく。

 

「なんでわたくしがこんな場所に……!」

「ここで逃げ切らないと捕まっちゃいますよ!」

「出るのが遅くても捕まるけどな」

 

 草を分けて進んでいると、どこからか水の音がした。

 近くに川があるのだ。

 それも、流れが速い川だ。

 音が大きい。

 

「お! 向こうに川がある!」

 

 猪々子はそう言い、川の音が聞こえる方向に向けて走り出した。

 

「川を渡って、橋を落とせば簡単に追って来れなくなりますわね!」

 

 麗羽は名案であるかのように手をうち、猪々子を追った。

 斗詩は顔を青くし、それを追う。

 

「橋が無かったらどうするんですかぁっ!」

「そん時は泳げばい~じゃん」

「文ちゃん!」

 

 二人は止まらずに走っていく。

 斗詩とジャックはそれを追った。

 幸運か、僥倖か、その先には吊り橋があった。

 麗羽と猪々子は既に半分ほど渡っており、二人を手招きしている。

 

「ホントにあった……」

「…………」

 

 斗詩はそうつぶやき、呆然としていた。

 だが、スグに気を取り戻し、渡りはじめた。

 ジャックは、それを黙って見ていた。

 

「ジャックさん! 何をしてますの!? 早く……!」

「モウ、ココラデ良イダロウガ。サッサト行キヤガレ」

 

 ジャックはそう言い、橋に背を向けた。

 

「げぇ! ジャックの兄貴、殿軍(しんがり)でもヤル気か!?」

「ジャックさん! 止めた方がいいですよ!」

「ウルセエ。サッサト渡リヤガレ。橋ヲ壊スゼ」

 

 ジャックはそっけなく答えた。

 

「ジャックさん! 必ず追ってきますわよね!?」

「知ラネエヨ」

 

 ジャックはそう答える時だけ振り向いた。

 そして、三人が対岸にまで到達したのを見てから、吊り橋を支えている柱を、蹴りでへし折った。

 一撃だった。

 柱の木材はメリメリと音をたてて割れ、川に落ちていく。

 そうしてから、ジャックは後ろを振り向き、ズボンから一本の注射器を出し、それを腕に刺した。

 中身はドーピングの薬だ。

 この時代では、どうやったって手に入りはしない。

 偶然持っていた最後の一本。

 それを打った。

 ドクン、ドクンと心臓の音が大きくなっていく。

 心拍数が変わっていく。

 スグに効果は表れない。

 表れるのは、もう少し経ってからだ。

 

   弐

 

 その光景を見ている人間がいた。

 背は低い。髪は桃色で、後の方に二つにまとめている。

 季衣であった。

 追撃のため、軍を率いて追いかけて来たのだ。

 そして、たまたま、ジャック・ハンマーが橋を蹴り落とす所を見たのだ。

 

「お兄さん……袁紹を逃がしちゃった……?」

「ダカラ何ダッテンダヨ」

「ボク、袁紹を追っかけなきゃいけなかったんだけどな」

「Peッ」

 

 ジャックは足元に唾を吐いた。

 

「お兄さんが、じゃっく・はんまーだよね?」

「ソレガ何ダッテンダ」

 

 季衣は無言で、持っていた鉄球を構えた。

 そして、それをジャックに向かって投げつけた。

 

「何人か、本陣に戻って、じゃっくのことを伝えて! それと、袁紹が向こうに逃げたことも! ボクはじゃっくの相手をするから!」

 

 重厚な音をあげ、鉄球が振り回される。

 ジャックはそれを避け、少しずつ季衣に近づいていった。

 

   参

 

 最初に行ったのはジャックであった。

 右の拳が、地の底から跳ね上がる。

 季衣はそれを、後ろに跳んで避けた。

 拳がアゴの薄皮を削ぐように吹っ飛んでいく。

 

「うわ……」

 

 拳が巻き上げる風圧を直に感じ、季衣は笑んだ。

 相手が強い、と思っている。

 それを、いいことだ、と思っている。

 季衣は笑みを浮かべたまま、鉄球を振った。

 ぶうん。

 ごうん。

 地面に叩きつけると、土煙が巻き上がる。

 ――当たってない!

 そのことは分かっている。

 ジャックの速度は疾い。

 簡単には当たってくれないだろう。

 それでいい。

 ――近づいて来たら、拳か蹴りで……!

 季衣はそう思い、足で軽くリズムを刻んだ。

 踵は地面に着けないまま、軽く浮き沈みするだけ。

 ――来る!

 季衣は直感的にそう思った。

 ジャックの姿は砂煙に隠れて見えない。

 それでも、来る、と感じた。

 勘だとか、シックスセンスとか、言い方は色々あるだろう。

 季衣にとってその感覚は、直接にその光景を見た時と同じように、確信を持てる感覚であった。

 砂利を蹴る音が前からする。

 季衣は何も考えず、音に向かって拳を突き出した。

 砂煙を破き、ジャックの姿が見える。

 大きく口を開け、拳の先に肉薄してきている。

 ぞくり。

 ぞくり。

 身体に流れる汗が、上に向かって流れていく。

 季衣は全身の力で一気に拳を引いた。

 上下の歯がぶつかる音が、季衣の耳に届く。

 止まらない。

 カキン。ガチン。ガツン。

 噛みつきの連撃。

 季衣はそれを跳ね、回り、下がって避けた。

 避けなかったら、どうなっていたか。

 全ての攻撃は、急所を狙っていた。

 打撃で悶絶するような急所じゃない。

 傷つけば出血で死に至るような急所だ。

 一撃必殺の獅子舞である。

 季衣は間合いをとってから、鉄球を渾身の力で引いた。

 スピード敗けをするわけにはいかなかった。

 相手のスピードがある以上、追い付けなくなれば、簡単に追い詰められてしまう。

 目で追いつけるうちは良いが、砂煙が巻き上がって、視界が狭まってしまえば、簡単に見失ってしまう。

 だが、自分の武器が鉄球である以上、砂煙が巻き上がることは避けられない。

 地面を叩けば、それで巻き上がる。

 木に当たってしまえば、砂煙に木屑が混ざる。

 だが、それの影響を受けるのは、相手も同じこと。

 ――距離をとったまま……叩く!

 季衣は拳と蹴りの選択を捨て、鉄球を振り回した。

 豪快な風切音が、砂埃を切り裂いていく。

 薄まった砂煙の中に、黒い影が見えた。

 

「逃がさないよっ!」

 

 影を打つ、なんて愚かなことはしない。

 影が行く先を、季衣の鉄球が襲った。

 

「チィッ」

 

 ジャックは地面を強く蹴り、後ろに跳ねた。

 逃がさない。

 季衣は鉄球をジャックが逃げる方へと振った。

 ――よし!

 殺すつもりは無い。

 そんな生易しいことは言わない。

 仕留める気で打った。

 鎖を伝い、何かを打った手応えがある。

 それと同時に、メリメリと木が割れる音がする。

 ジャックは、そこにいない。

 ジャックは折れていく木の、枝に掴まっていた。

 

「アンマリ当タッチャ、イケネェミテェダナ」

 

 ――上か!

 季衣は枝に向けて、鉄球を振った。

 だが、ジャックは既に手を離していた。

 折れていく木の枝に掴まっていたのは、ほんの一瞬のことだ。

 季衣はそこに打ち込んだのだ。

 当然、次の一手は後手になる。

 ジャックが口を開け、迫る。

 大きく開かれた口の中。

 歯には涎が絡んでおり、獣の牙のように見える。

 金色の毛をした、傷だらけの獅子だ。

 季衣の背に、再び、ぞくりぞくりと寒気がはしる。

 その寒気から、逃げちゃいけない。

 

「やぁっ!」

 

 季衣は右足で地面を蹴り、左足でジャックのアゴを蹴った。

 開いたアゴでは衝撃を吸収できず、脳震盪を起こしやすくなる。

 季衣の足の甲は、的確にジャックのアゴを捕まえていた。

 

「綺麗ニヤルジャネェカ…………」

 

 ぞくり、ぞくり。

 また、季衣の背に訳のわからない寒気が走る。

 ジャックの拳が、宙に浮いている季衣に、グンと迫る。

 季衣は両腕で拳が当たる場所を守った。

 重い拳だった。

 いや、軽いのは季衣の体重か。

 季衣はその拳を防ぎはしたが、いとも簡単に吹き飛ばされた。

 だが、クルリと宙で回り、足から木につく。

 そして、ジャックに視線を向けてから、木を蹴った。

 地に足をつき、鉄球を振る。

 なるべく近づかずに打つには、これしかない。

 さっきのような蹴りが、何度も入るとは思わなかった。

 

「けやぁっ!」

 

 鉄球を振り落とす。

 ジャックはそれを潜るようにして、迫ってくる。

 ――噛みつき!? 拳!? 蹴り!?

 来うる攻めは三択。

 どの攻めの起こりを見逃すまいと、季衣はジャックを睨んだ。

 蹴りの間合い。

 来ない!

 拳の間合い。

 来ない!

 バイティングの間合い。

 来ない!

 その間合いで動いたのは腕だ。

 季衣の小さな身体をホールドする動きだ。

 タックル――

 季衣は身体を沈め、腕から逃れた。

 ――違う!

 身体を沈めた高さに、ジャックの膝が来ている。

 上に跳ねようにも、ジャックの上体が邪魔で逃げれない。

 逃げられない。

 腕を交差し、受ける。

 両手の上を衝撃が駆け抜けた。

 骨の芯がビリビリとしている。

 だが、一度受けてしまえば、こっちの番だ。

 季衣は叫び、蹴った。

 跳ね上がるような蹴りであった。

 金的――

 ――これで止まる!

 そう思った。

 ぬるい。

 さっきの蹴りで体勢を崩した季衣に、ジャックの左足が襲い掛かった。

 その一撃には、技術、なんてものは微塵も存在しない。

 ただ、己の力のみを信じて放った一撃。

 どんな時代でも――たとえ、恐竜が生きていた時代からでも、不変な一撃。

 それが季衣を打ち抜いた。

 季衣は蹴飛ばされ、木の幹に叩きつけられた。

 ジャックはそれを見て、季衣に背を向けた。

 

「なんで帰ろうとするのさ」

 

 季衣は木に背中を預けたまま、言った。

 ジャックの動きがピタリと止まり、振り向く。

 

「餓鬼ミテェナ外見(ナリ)シテイルガ……耐久力(タフネス)ダケハ一人前カ」

「ボクは将軍やってるんだよ。そんなに弱くないよ。あと……ガキって言い方は許せない!」

 

 季衣が手にしたのは鉄球じゃない。

 たまたま、自分の近くにあった石ころだ。

 それを、投げつけた。

 ジャックはそれを避けた。

 反射的な動きだった。

 

「てぇあっ!」

 

 その動きに合わせるように、季衣は鉄球を振り落とした。

 全力で。

 逃がさない。

 逃げれるスピードじゃない。

 ごうん。

 確かな、手応え。

 

   肆

 

 ドクン。

 ドクン。

 血が身体を回っていく。

 ピキッ。ピシッ。

 身体に変化が生じ始める。

 

Came(きた)

 

 鉄球が頭上から落ちてくる寸前に、ジャックはそうつぶやいた。

 筋肉が隆起する。その上には、血管が浮き上がっている。

 明らかに、ドーピングによる変化だ。

 そして、ジャックに鉄球が落ちていった。

 

   伍

 

 手応えはあった。

 確かにあった。

 それでも、だ。

 

「…………」

 

 季衣は目の前の光景に吃驚していた。

 ジャックの上に落としたハズだ。鉄球を力一杯、落としたハズだ。

 それが宙にあるのだ。

 いや、ジャックに掴まれているのだ。

 その下にいるジャックの様子は、さっきと明らかに違う。

 季衣は克巳の言葉を思い出した。

 ドーピング……薬を使って身体を増強していた――

 その言葉が、季衣の頭を過った。

 

「クスリ……!」

「ヘェ……知ッテンノカ。ダガ、今ハ……関係ネェナ」

 

 轟音。

 ジャックが間合いを詰め、拳を振る音だ。

 季衣は避けることも、受けることも出来なかった。

 吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。

 精々できたことは、叩きつけられたときに、後頭部を防御(まも)ったぐらいだ。

 

「くぅっ!」

 

 肺から空気と一緒に、苦悶の声が出る。

 それがどうした。

 気にしてはいられない。

 季衣は空気を吸い、地面に尻をつけたまま、鉄球を振った。

 それしかない。

 下手に当たるのは危ない、と思った。

 ――多分、力比べなら敗けない! でも……!

 噛みつき――

 それが、季衣の記憶に残っている。

 魔獣の牙のようであった。

 ――あんな歯で噛まれたら、肉を持ってかれる……!

 いや、肉どころか骨が剥き出しになっても、おかしくない。

 季衣の身体は肉厚ではない。

 噛みつかれでもしたら、そのまま骨まで砕かれてしまうだろう。

 そのことを思うと、容易に近づけない。

 拳での一撃も、ためらわれる。

 ――だから……これしか……!

 季衣はそう思い、鉄球とを繋ぐ鎖を握った。

 ジャックは口を開け、牙のような歯を剥き出しにして迫ってくる。

 季衣はその口に、鎖を噛ませた。

 両手の間にある鎖を、ジャックは噛んでいる。

 

「やぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 季衣は気合を吐き、木を背にしたまま、ジャックの腹を何度も蹴った。

 水月。ヘソ。股間。

 場所は選ばない。

 選ぶ余裕もない。

 それを受けても、ジャックは仰け反らない。

 蹴っても、ポンポンと返される。

 

「いいいいいいっ!」

 

 季衣はジャックの頭に手を回し、おさえた。

 そして、少ない動きでジャックの鼻に頭突きを喰らわせた。

 そこでジャックは仰け反った。

 季衣は、また、ジャックの腹を蹴って、突き放した。

 ジャックの鼻からは血が流れている。

 季衣は血の一滴も流していない。

 攻撃も多く当てている。

 だが、ジャックより疲れている。

 

「力ノ方ハ五分ッテトコカ。小セエ身体デ見事ナモンダ」

「まだ本気じゃないよ。さっきので半分ぐらい……!」

 

 季衣はそう言い、立ち上がって、鉄球を引き寄せた。

 ジャックは腕を広げ、一歩ずつ歩み寄ってくる。

 

「半分……?」

 

 ジャックは確認するかのようにつぶやき、クスクスと笑った。

 

「アンナ必死コイテヨォ……」

「…………てぃっ!」

 

 季衣は隙を突くように、鉄球を振った。

 鉄球は真っ直ぐ、ジャックに向かって行く。

 だが、ジャックはそれを受け止めた。

 受け止めた手の皮膚が切れ、血が滴っている。

 

「ガァッッ」

 

 ジャックは全身の力で、鉄球を引いた。

 鎖がピンと張り、その先の季衣は、釣られるように飛んだ。

 その力で、季衣は別な木に叩きつけられた。

 一つ叩きつけたら、また別の木に。

 苦痛に呻く間もない。

 この苦痛から逃れたければ、鉄球を手放せばいい。

 だが、それでは、あの凶悪な歯の元に、自分の肉体をさらすことになる。

 ――どうしたら……! 鉄球を離さないで……!

 季衣は叩きつけられながらも考えた。

 首を曲げて、後頭部を守っている。

 叩きつけられる先に、尖っているのがあれば、それを壊す。

 そうしながら、考えた。

 答えは出ない。

 正確に言えば、それは誤りだ。

 答えはある。

 だが、それは求めていた答えじゃない。

 その答えは、今のような状態になっている理由だ。

 

   陸

 

 そうか……。

 何となく分かったよ。

 この人、今しか見ていないんだ。

 ボクと違って、今しか。

 ボクが華琳さまに仕える理由って……苦しんでいる人達の力になりたいから……。

 だから無理をして、死んじゃいけない。

 今日だけじゃなくて、明日も見ないとダメなんだ。

 多分、それじゃ勝てない。

 今しか見ていない人には勝てない。

 死んでもいいって思っている人には勝てない……。

 そして、この人……華琳さまに会ったり、独歩に何か言われる前のボクとそっくりなんだ……。

 死んでも、目の前の敵を倒す……って。

 絶対に勝つって。

 この人、それしか考えていないんだ。

 勝てない……っ!

 でも……っ!

 

   漆

 

 季衣は鉄球から手を離した。

 そして、振り回されていた勢いのまま、飛ばされた。

 

「ぐぅぅ……」

 

 地面に着いたとき、上手く着地できずに、腕を切った。

 つつつ、と赤い血が流れる。

 季衣は地面に腕を突いたまま、うずくまっていた。

 そこにジャックは、無言のまま近寄っていく。

 ジャリジャリと、地面を踏む音が聞こえてくる。

 これで終わりか。

 違う。

 ジャックの足が季衣まであと半歩という所で、季衣が動いた。

 両腕と両脚の力で、一気に跳ねた。

 

「うりゃぁっ!」

 

 季衣はジャックの顔に、再び頭突きを喰らわせた。

 それで出た血が、頭上に降りかかってくる。

 

「敗けられない! ボクは……敗けられない!」

 

 季衣はそう言い、ジャックの背後に回った。

 そして、首に飛び付いた。

 ――これなら噛みつきも無いっ!

 もし、地面に叩きつけられても、耐えられる。

 季衣はそう思っていた。

 だが、ジャックはそんなことをしなかった。

 思い切り、身体の力だけで、背中にいる季衣を振り回したのだ。

 遠心力で身体が滑り、季衣の目の前にジャックの顔が来る。

 

「りゃあっ!」

 

 季衣の判断は速かった。

 スグに腕を離し、ジャックの身体を蹴って、間合いをとった。

 

「軽イゼ」

「もう少し食べておけば、何とかなったかも」

「ナラネエヨ」

 

 ジャックが地面を蹴る。

 選択肢は四つ。

 どれが来るかは分からない。

 ――もう、武器は無い! それでも……勝つんだ!

 季衣がそう思った時、ジャックに向かって小石が投げつけられた。

 ジャックはそれを手で叩き落とし、小石が飛んできた方を見た。

 

「ドウヤラ……オメェノ味方ガ来タラシイ」

「そうですよ。私以外にも、何人もこっちに向かってきてます」

 

 季衣にとっては、とても聞き覚えのある声であった。

 声の主は流琉だ。

 

「流琉……コイツ、強いよ」

「分かってる」

 

 季衣はジャックの方を向いたまま、言った。

 流琉もジャックの方を向いたまま、答えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。