真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~   作:クーロン

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前夜

「ふぅ~……ふぅ~……」

 

 城の道場で一人、春蘭は右手で剣を振っていた。

 素振り用の巨大な木剣だ。

 長身と膂力が無ければ、上下すら出来ないであろう。

 カジキやマグロのような大型魚のような木剣だ。

 それを春蘭は、手ぬぐいを噛みながら、片手で振っていた。

 手ぬぐいを噛むのは、食いしばっている奥歯を痛めないためのものだ。

 これが無ければ、奥歯は粉砕しかねない。

 口では呼吸が出来ず、鼻息が荒くなる。

 

「姉者」

 

 声がした瞬間に春蘭のアゴの力が緩み、手ぬぐいが落ちた。

 力が入らない口の端から、涎が垂れる。

 春蘭はそれを手の甲で拭き、声がした方を向いた。

 声の主――秋蘭は道場の入り口に立ち、春蘭を見ていた。

 

「戦終わりで帰ってきたばかりだ。あまりやり過ぎると毒になるぞ」

 

 春蘭は秋蘭の言葉に、何も返さなかった。

 そして、屈んで噛んでいた手ぬぐいを拾い、また咥えた。

 拾う手はブルブルと震えている。

 

「……休んだ方が良いと思うのだがな。お茶も華琳様のお茶を用意するついでに淹れられる。菓子もある。酒が良いのなら、それでもいい」

「いらん。菓子も酒も……今はいらん」

 

 春蘭は木剣の先を床に着け、左手で、さっきまで咥えていた手ぬぐいを掴んで、言った。

 

「だが」

「いらん! 休む方が身体に悪い!」

 

 春蘭は怒鳴るように言い、首をねじり、秋蘭を睨むように見た。

 眼はかっと見開き、肌には玉のような汗が浮いている。

 

「……そうか。気が変わったら言ってくれ」

「ああ」

 

 春蘭は生返事をして正面を向き、再び、手ぬぐいを噛んで、木剣を振り始めた。

 秋蘭の足音が遠ざかっていく。

 そして、振りながら考えていた。

 いや、考えるのではない。

 感じていた。

 ――袁紹の次にやり合うのは……

 春蘭の背の、脊髄の中から、ブルリと震えがおこった。

 その震えが腕に、足に伝播していく。

 寒い震えであった。

 ――次にやり合うのは……っ!

 対袁紹の戦で、春蘭は強敵と言える相手とは闘わなかった。

 やらなくてもよかった、というのも実情だった。

 だが、次の戦では間違いなく、闘うことになるだろう。

 それを敏感に感じ取っていた。

 ならば、誰と闘うのか。

 決まっている。

 

「かぁぁぁぁあっ!」

 

 春蘭は叫び、木剣を勢いよく振った。

 それで腕の筋肉は限界に達したのだろう。

 突如として腕の力が抜け、木剣を右手からこぼした。

 

「はぁ……っ! かっ……!」

 

 火のように荒い息が、春蘭の肺の中で猛り狂っている。

 しかし、その熱はスグに引いていった。

 恐怖で身体から熱が引くのだ。

 その恐怖は、振っても振っても、拭いきれない。消えない。

 身体は疲れ切っている。

 いつ、闘うことになるのか分からない以上、しっかり休憩して疲れをとるのも、武人としての嗜みだと知っている。

 だが、それでもだ。

 道場にいると、身体が自然に動く。

 動かしてしまう。

 どうしてしまったのか。

 そう考えたこともある。

 だが、それは身体を動かすことを前にして、雲のように飛散してしまう。

 春蘭は再び木剣を握り、振った。

 

   壱

 

「お……? 何でオメェが今、ここにいるんだ。こんな時間に」

「克巳か」

 

 道場の入り口から、さほど離れていない場所で、秋蘭は椅子に座って本を読んでいた。

 ここは廊下の真ん中であり、本来ならば、本も椅子も転がっていない。

 おそらく、彼女自身がここまで持って来たのだろう。

 秋蘭は本から視線を外し、道場の方をアゴで指した。

 

「なるほどな。春蘭が出てくるのを待ってるってワケか」

 

 道場の入り口から見えるのは、春蘭の後ろ姿であった。

 克巳はそれを見て、大体の事は把握した。

 

「そういうところだ。克巳は何でここに来たんだ?」

「傷も完全に塞がったからな。チィッと体を動かそうと思ったんだ」

「そうか……。残念ながら先客がいるがな」

「先客がいても構わねえよ」

「その先客が、後からの客を気にする」

「どういうことだ」

「姉者はかなり焦っている」

「何を焦るってんだ」

「なぁ克巳。華琳様が次に戦を仕掛ける相手……お前は誰だと考えている?」

 

 秋蘭は克巳を見て言った。

 克巳は一瞬だけ考えるふうにしていたが、すぐに

 ああ

 と頷き、道場に視線を向けた。

 

「親父とやるってんで気合が入ってんのか」

「そういうところだろうな。……なあ、一つ聞いてもいいか」

 

 秋蘭はそう言い、克巳に聞いた。

 克巳の視線が、再び秋蘭へと戻ってくる。

 

「姉者のやり方は正しいと思うか? 私には、過ぎたるは及ばざるがごとし、という言葉が思い出されてな」

「正直……正しくはねェだろうな」

「……そうか」

「ああ。そりゃあ、鍛えるってんなら、身体を苛めねえといけねェけどよ……あんまやり過ぎると、逆に筋肉がしぼんじまうんだ」

「やはり、あれはやり過ぎか」

「だろうよ。血まで流してるぜ」

 

 克巳がそう言うと、秋蘭は道場に目を向けた。

 たしかに、道場の床に点々と赤い斑点が出来ている。

 春蘭の手から流れているのではない。

 おそらくは、顔から流れているのだろう。

 それを見た秋蘭の行動は素早かった。

 本を閉じ、椅子の上に置いて駆けだした。

 克巳は秋蘭に続き、道場に入った。

 

「姉者!」

 

 秋蘭は春蘭の前に回り込み、春蘭の両肩をしっかりと掴み、言った。

 

「姉者! もういい! 休め!」

「うるさい……!」

 

 血は春蘭の鼻から流れていた。

 鼻から唇、アゴをつたい、床に垂れ落ちている。

 春蘭はそれを拭こうともせず、左腕で秋蘭を払った。

 

「……本当に、まだ続けるつもりか」

「そうだ」

「…………」

 

 春蘭がそう答えると、秋蘭は春蘭の肩から両手を離し、背を向けた。

 そして、道場の片隅まで行き、そこに立てかけてあった木刀を手に取った。

 

「姉者……一人でそのような物を振っているだけでは、鍛錬にならんだろう」

 

 秋蘭は春蘭に背を向けたまま言い、振り向いた。

 

「私が相手になる」

「分かった……。得物はこれでいいか」

 

 春蘭はそう言い、掴んでいる木剣を秋蘭に向けた。

 

「ああ……それでいい」

 

 秋蘭はそう言い、木刀の切っ先を木剣に合わせた。

 それを見て克巳は

 無茶だ

 と思った。

 春蘭が万全の状態で、このように組手をやるのならいいだろう。

 だが今、春蘭は疲れ切っている。

 木剣を振り回そうにも、満足に扱いきれないだろう。

 木刀に持ち替えても、本来ある実力の十分の一も発揮されるかどうか。

 その事を考え、克巳は目を閉じた。

 大気を切る音が、二つ分。

 そして、どちらかの得物が、相手の骨を打った。

 

   弐

 

 城の中庭。

 華琳はそこで、茶を飲んでいた。

 その傍らには桂花が立っている。

 

「華琳様」

「どうかしたのかしら」

 

 華琳は桂花に背を向けたまま答えた。

 

「一つお聞きしたかったのですが……何故、あの男を」

「ジャック範馬のことかしら」

「……ええ」

「納得いかないってふうね」

 

 桂花は小さな声で返事をした。

 華琳は茶を机の上に置き、桂花の方を向いた。

 

「言わなくても、理由は大体分かるでしょ? ……対範馬勇次郎のための戦力よ」

「それは分かります! ですが……あの男一人加えれば、どうにかなるとは……!」

「ならないでしょうね」

 

 あっけなく華琳は言った。

 桂花は

 え……?

 とつぶやいた。

 

「正直、勇次郎を倒すなんて……天下をとっても、出来るかどうか怪しいわ」

「…………」

 

 華琳の口から出て来たのは、事実上の敗北宣言であった。

 その言葉を、何とも言えない表情で口にした。

 

「戦って勝つにしても……今、この天下で高名な武将を、誰一人として死なせずに天下を取り、どんな敵が相手になろうとも決して恐れずに、指揮官がいなくても、死狂いとなって戦える兵を万単位で育てる、なんてことを両立しないと無理よ」

「過剰評価だと思いますが……」

「本当にそう思う?」

「…………」

「無理に強がる必要もないわ」

 

 華琳はそう言い、机にある茶に手を伸ばし、一口つけた。

 そして、再び桂花に視線を向けた。

 

「実力で勝てない以上……搦め手しかない」

「それでジャックですか」

「ええ。ジャックと勇次郎は親子……これを交渉に使い、せめて、自国への害を減らすのが必要よ」

「それで防げますか?」

「厳しいけど……無策でいるよりはマシじゃないかしら」

 

 桂花はその言葉に何も返せなかった。

 仕留める、ということを考えると、どうにも策が浮かばないのだ。

 何万人の人間を使って包囲し、そのまま数の暴力で倒す、という作戦ですら、実行するには障害が多い。

 どうおびき寄せるのか。

 どう包囲するのか。

 どれ程の人数を動員すればいいのか。

 それらの課題に対して、明確な答えが出てこない。

 

「……藁に縋りつくような策ですね」

 

 桂花は自嘲気味に言った。

 

「私もそう思うわ。だけど……ことを構えて打開できる戦力が無い以上、割り切るしかない。それにジャックも他の子へのイイ刺激になるでしょうしね」

 

 そう言い、華琳が残った茶を飲み干すと同時に、どこかから重い物を振り回し、地面に叩きつけるような音が聞こえた。

 

「ほら。今のは季衣か流琉のどちらか……いや、両方でしょうね」

「分かるのですか?」

「一人でやっているにしては、音の感覚が短いもの。相手は誰だか分からないけど」

 

 華琳はそう言い、立ち上がった。

 

「取り敢えず休めたわ。それに……今必要なのは目の前の覇業を完遂することよ」

「はい」

 

 華琳は自らに言い聞かせるように言い、自分の部屋に向けて歩いていった。

 その後を桂花がついて行く。

 

「徐州へ放った斥候は?」

「今頃、風の元に居るはずです」

「動かせる軍は」

「袁紹の軍の取り込みに成功していますので、五十万は固いかと」

 

 背を向けたまま華琳が言い、桂花はそれに素早く答えた。

 

「分かったわ。軍議の前に……三人でつめておく必要があるわね」

「稟と風なら執務室に居るはずです」

 

 華琳は執務室に足を向けた。

 

   参

 

 春蘭が目を覚ました時、まず最初に目に映ったのは、自分の部屋の天井であった。

 部屋の寝床の上で仰向けになり、掛布団が被せられていた。

 身体から、汗の臭いはあまりしない。

 顔を流れていた血も拭かれていた。

 春蘭の脳裏に、眠る前の光景がよみがえる。

 秋蘭は木剣を掻い潜り、木刀の柄で、春蘭のアゴを打った。

 それが覚えている光景であった。

 春蘭には、木剣を当てるつもりは無かった。

 あれは、かなりの大きさと重量を兼ね備えた物だ。

 まともに当てれば頭蓋骨を割り、脳汁が垂れることになる。

 だから、当てる気は無かった。

 だが、秋蘭は思い切り当てた。

 恨んではいない。

 こうでもされなければ、自分は眠らないだろう。

 春蘭はそう思っていた。

 身体は不思議と動きたがっている。

 いくらクタクタになるまで動かしても、少し休むとスグに体力が湧き上がってくる。

 泉の水が涸れないように。

 いくら武器を振っても、筋肉や細胞、血液の中にある痛みや疲れが、ゆったりと甘い痺れに変わっていくのだ。

 しかし、だからといって疲れが癒えているのではない。苦痛が飛び散ったのではない。

 依然として残っている。

 それは分かっている。

 

「ふぅ~……」

 

 春蘭は大きく息を吐き、寝床から床に降りた。

 窓を見ると、どれほど眠っていたのだろうか、既に月が昇っていた。

 月の光は窓から机へと降り注いでいる。

 その月光の中に、皿が置かれていた。

 その上には肉まんが4つ置いてある。

 よく見ると、机とその皿の間には紙切れが挟まっていた。

 春蘭は皿をどかし、その紙を見た。

 紙には秋蘭の字で「休める時に休んでおけ」と書かれていた。

 一度だけその文字に目を通し、春蘭は紙を握りつぶした。

 握りつぶした紙をゴミ箱に投げ入れ、肉まんをムンズと掴み、頬張った。

 作ってから時間が経っていたのだろう。

 肉まんは冷めていた。それでも美味かった。

 春蘭はそれを餓鬼のように、貪り食った。

 全部食うのに、三分と経っていない。

 無理やりに口に入れ、水で流しこんだ。

 喉に詰まらず、むせることなく、胃の中に落ちていくのが分かる。

 そして、部屋から出た。

 素手のままだ。

 向かう先は道場である。

 木剣は回収されているだろう。

 それでも、何ができるのかは知っている。

 そう思いながら、駆け足で道場に行くと、既にそこには先客がいた。

 体格のいい黒髪の男だ。

 

「克巳か……」

「春蘭。オメェ、またやる気か?」

「そうだ」

 

 克巳は普段通り、本部神心と胸に刺繍された空手着を着ていた。

 汗を大量にかいており、その足元で汗が光っている。

 

「一人で鍛錬していたのか」

「いや……さっきまで凪に頼まれて、マッハ突きを教えていた」

「ふむ……」

 

 春蘭は軽く答え、道場の隅から隅を見渡した。

 やはり、昼に振っていた木剣は無くなっていた。

 秋蘭か誰かが持っていったのだろう。

 

「あの馬鹿でかい木剣なら、俺が秋蘭に頼まれて回収したぜ」

「そうか」

「……返せって言わねェのか」

「ああ。腕を鍛える方法は他にもある」

 

 春蘭は穏やかな表情で言った。

 

「それは良かったぜ。秋蘭からは『姉者が道場に来て、無茶をしようとしたら止めてくれ』と言われていたからな」

 

 春蘭は克巳が言った言葉に返事しなかった。

 ただ、黙って道場の入り口から、克巳の前に歩いてきた。

 

「克巳……組手だ」

「突然だな」

「疲れて出来んか?」

「いや、出来るぜ」

「なら相手しろ」

 

 春蘭はそう言い、構えを取った。

 

   肆

 

 それと同時刻――

 華琳はただ一人、自分の部屋にいた。

 これからの方針について、十分に議論はしてある。

 その上で、華琳は徐州に兵を向けることを決めた。




何気に張郃ポジにジャックは収まってんな……

で、次回から徐州攻めになるってか、戦描写を全カットで闘争になります!
VS刃牙 VS烈海王 VS花山薫の三つを並行に、克巳の復帰戦、そして独歩ちゃんもガチバトルを書いて……っと!
カードはまだ全然決めていませんが、ここらがこの小説でもデカい山場になるよう頑張ります!
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