真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
開戦直後――
「本当に始めやがったなぁ……」
克巳が言う。
そして、戦い始めた三人をグルリと見渡した。
「オメェはやらねえのか?」
独歩は橋の前で腕組みをし、突っ立っている。
着ている服は私服だ。
筋肉で太くなっている足をズボンが覆い、上半身はシャツとジャケットが覆っている。
「ケガは治ったからやってもいいんだけどよ……ほら、相手のヤル気がさ……」
克巳はそう言い、親指で恋を指した。
恋はちょこんと膝を抱え、体育座りしている。
そして、視線を少しの間キョロキョロと動かし、刃牙と霞の仕合で止めた。
「一応、アイツへのリベンジを考えていたんだけどよ……流石に抜け殻みてェに、ヤル気が抜けてるのとやんのはなァ……」
「まぁ、そこまでにしておけや。俺の下でコイツが膨れっちまってるぜ」
独歩はそう言い、足元に眼をやった。
そこでは鈴々が頬を膨らませ、胡坐をかいていた。
「なんで鈴々より先に兄ちゃん達なのだ~! 鈴々を無視するな~!」
鈴々はそう言い
うが~
と唸った。
不機嫌な子供、そのものの態度であった。
「ってワケだ」
「ホントに子供じゃねえか」
「子供ってゆうなー!」
「だってよ」
鈴々は叫んだ。
克巳は苦笑いして、独歩の方を向いた。
「ってワケだ。誰か
「でもよォ……相手がいないんじゃ仕方ねえだろ」
「秋蘭は指揮もあるしなァ……ってことでよ、オメェでいいじゃねェか」
「何となくそうなるとは思っていたぜ、親父……」
克巳は溜息を吐き、鈴々の前に立った。
着ている空手着の帯の具合を確かめ、軽く拳を握り、胡坐をかいている鈴々を見下ろす。
鈴々は肩に蛇矛を立て掛け、腕組みをしたまま克巳を見上げた。
「……強いのかー?」
「メチャクチャ強いってワケでもねえけどな」
「何言ってやがんだ。オイラのこと“才能がない”なんて言ってたクセによォ」
「そういうこと言うかよ……」
克巳は頭をボリボリとかいた。
鈴々はそれを、じーっ、と見上げていたが、視線を逸らすとスグに、ポンと立ち上がった。
「よし! ずっと座ってても退屈だし、鈴々が相手するのだ」
「ああ……始めようぜ」
克巳はそう言い、右足を軽く前に出した。
壱
蛇矛は長柄の武器である。
それも、ただ長柄であるというだけでなく、鈴々の低身長をカバーすることも考えられているサイズだ。
容易には崩せない。
季衣と流琉が扱う鉄球に円盤は、自身の怪力を活かす武器ではある。
もともと重いものを、高速で操るのだ。それだけでも破壊力については比類ない。
それに遠心力もプラスされる。
だが、守りの事まではよく考えられていない。
この蛇矛の場合では、鉄球や円盤のように怪力を十二分に活かすことは出来ない。
しかし、守りということに関してはこっちが優れている。
それが厄介だ。
克巳は相手の懐深くに、大きく踏み込まなければならないのだ。
さらに言ってしまえば、マッハ突きは封印された状態で、だ。
マッハ突きの構えを維持したままでは、素早く移動できない。
その構えのままでは、蛇矛に都合のいい間合いをとられて、バッサリだ。
片手だけで打てるのであればそれは別だが、今は出来ない。
「いくぜ……」
克巳は渇いた声で言った。
鈴々は蛇矛を若干、地面に向けて構えている。
嫌な構えだ。
刃先に光が当たってチラチラとキラキラ輝く。
獲物を前にした蛇の舌のようだ。
足に気が向いていないのであれば、一気に払うことが出来る。
だが、気をとられ過ぎれば、切っ先が一気に昇り、頭部を切るのだろう。
容易には近寄れない。
「シュッ」
鋭い呼吸。
その音と一緒に、克巳は流れるように踏み込んだ。
それと同時に、鈴々の蛇矛は踏み込んでくる足を柄で刈る。
克巳は受けた。
脛でローキックを受けるように。
硬いもの同士がぶつかる、いびつな音がした。
骨の中身にまで痛みがある。
だが、倒れてはいない。
鈴々はスグに武器を引き、第二撃を放とうとしている。
克巳は息を合わせるように、引くのと同じ――それ以上の速度で踏み込んだ。
圏内!
足が当たる。
克巳は蹴りを放った。
前蹴り――
空手の技。
鈴々はそれを避け、膝に手をかけた。
そして、猫のように身軽に、それを取っ掛かりとして跳ねた。
高い。
見上げた克巳の視界に、鈴々の全身が映る。
両手は武器を振り上げている。
「たあああああっ!」
大声。
そして、蛇矛を振り下ろす。
克巳は反復横跳びのように、さっと右に動いて避けた。
斬られた空気が風となって克巳の頬を撫でる。
少し遅れて着地した音が聞こえた。
それに反応し、克巳の拳が動く。
手刀の形をしていた。
鈴々はそれを、武器を縦に構えて、柄で受けた。
そして、その威力をブーストにして、鈴々は後ろに跳ねた。
「マジで殺す気かよ……」
「う~ん……半分ってトコなのだ。半分殺す気で、もう半分は柄で殴って気絶させるって感じ!」
鈴々は笑顔のまま言った。
無邪気に笑う子供の笑顔だ。
――コイツに勝って、生き延びなくちゃならねえのか……
克巳はそう思い、呼吸を整えた。
心臓の音が大きい。
足元には石ころが転がっている。
それを使う考えは、克巳には無い。
あくまで、空手で闘わなくてはならない。
そう考えているのだ。
フゥ~
と一息吐き、克巳は地面を蹴った。
蛇矛の切っ先が迎え撃つ。
大蛇の首が襲ってくる。
克巳は横に避け、刃の根本に手刀を落とした。
蛇はひるまない。
クンッと九十度方向を変え、克巳の胴を柄が払う。
上は無い。
克巳は屈んでやり過ごした。
背中の――首の根本あたりを風がそよいだ。
「にぃ~」
だが、克巳の目の前には鈴々がいた。
若干膝を曲げているが、立っている。
右手は空いているが、左手は武器の柄を掴んだまま。
対して克巳は、屈んでいて重心が前に移ってしまっている。
次の一撃――どっちが強い一撃を放てるか、というのは明白だ。
「ちゃっ!」
「フッ!」
鈴々の掛け声。
克巳の吐息の音。
それが重なった。
鈴々は拳を放った。
克巳はそれに対し、受けた。
ただ受けたのではない。
胸や腹で一撃を受けたのではない。
掌自ら球を成し、防御完全とす!
克巳の手は円を描いていた。
そして、鈴々の拳を叩き落としたのだ。
廻し受け――
「にゃっ!?」
それだけじゃない。
廻し受けの反動で、克巳は立ち上がった。
肘と手首の間の骨で、鈴々の拳を押して立ち上がったのだ。
つづいて放つのは、ローキック。
鈴々はそれを飛んでよけた。
克巳の目は足には向いてなかった。
跳ねる鈴々と同じ速度で上へと向いていく。
「じゃッ!」
蹴り!
真上に足が上がっていく。
鈴々は掌を重ね、せり上がってくる克巳の爪先を受けた。
柄、左手、右手と重なっている。
手に衝撃が走る。
それも逃げるために使われた。
鈴々は浮いた身体を空中で立て直し、地面に武器を突き立てた。
軽い身のこなしだ。
鈴々はそこから、蹴りを放ってきた。
武器のしなりを利用し、反動が乗っている。
克巳はそれを避けた。
前に避けた。
克巳の頬の薄皮を鈴々の靴が削ぐ。
それと同時に、克巳の足は蛇矛の柄を切った。
実際には切っていないが、それぐらいの鋭さがある蹴りだ。
地面に刺さっている側が小石と土を巻き上げて倒れる。
鈴々から小さな声がでた。
驚きの声だ。
予期せぬ冷たい物に触れた――そんな程度の声。
鈴々は武器を掴んだまま、クルリと宙で回って着地した。
凄まじいバランス感覚だ。
天性の物なのだろう。
おそらく、講道館四天王の一人、西郷四郎が出来たという猫の三寸返りも出来るに違いない。
――才能はスゴイのがある……
克巳はそう思った。
さっきまで座っていたのだ。
ウォームアップなどされていない。
これで運動の――身体の準備が整ったらどうなるのか。
鈴々は着地すると、手足をブラブラと動かした。
そして、克巳に笑みを見せた。
「そういや……お前の名前を聞いてなかったのだ」
眼を克巳に向けたまま、鈴々が言う。
は?
と克巳は思ったが、鈴々は仕掛けてこない。
――不意打ちじゃねえのか
克巳はそう判断した。
「愚地克巳だ」
「克巳は結構強いのだ」
「そりゃどうも……」
「だから、こっからは鈴々も少し本気出していくのだ」
「そうか……じゃあ、俺も六割ぐらいだったのを、もう少し頑張るか」
思いついたように克巳が言った。
克巳がそう言うと、鈴々はムッとした表情になった。
「なら、鈴々は五割だったのだ」
「そうか。なら嘘つく必要もなかったな……。俺は四割だった」
「鈴々は三割だったのだ!」
鈴々はそこまで言い、克巳を見た。
克巳はクスクスと笑っていた。
「あ! 鈴々をからかったなーっ!」
「悪いな。ちょっと思いついただけなんだ」
克巳はそう言い笑った。
弐
曹軍本隊――
それが追撃隊を追うように駆けていた。
先陣は春蘭ではない。
華琳と桂花だ。
春蘭は軍の一番後ろにいる。
「華琳さま。この編成でよろしいのですか?」
「ええ。約束しているもの」
「あの猪のことですから、すぐに破るんじゃないでしょうか」
「大丈夫よ。あの子は私との約束は破ったことはないわ。……命令違反はあるけど」
華琳がそう言うと、桂花は苦笑いした。
春蘭は華琳からの命令に背き、城から出ようとしたが、兵に止められた。
当然、斬るわけにはいかない。
強行突破していたら手間取ることも無かっただろう。
そして、手間取っている間に華琳に捕まったのだ。
その場での処罰はなかった。
後回しにされるのかもしれないが、後ならいい。
春蘭はそう思った。
処罰の代わりにあったのが、“約束”だ。
独歩に追いつき、軍が止まるまで最後尾にいること。
止まったら前に来てよし。
それだけの内容。
だが、この約束で本体で真っ先に独歩と接触するのは華琳になる。
華琳は春蘭と独歩を本気で戦わせるつもりはない。
つまり、独歩とやりたいのであれば、この場はあずかりにするつもりだ。
春蘭もこのことには気づいている。
「この戦で無暗に将を傷つけても意味は無い……まだ天下は定まっていない以上、将を温存しておいた方がいいわ」
「私もそう思います」
「なら、もっと急がせても問題ないわね。下手に一騎打ちとかされていたら困るもの」
「分かりました」
華琳は加速の合図をだした。
それが軍内に、水がしみ込むように伝わっていく。
兵達の動きが、歩きから走りに変わる。
華琳は馬の腹を軽く踵で叩き走らせた。
長坂橋到着まで、あと三十分。
春蘭が到着するまでは――四十分。
参
鈴々の攻撃の頻度が上がり、鋭さが増した。
身体が温まり、ギアも上げたのだろう。
さっきとは段違いだ。
克巳は攻め手が減り、避けといなしが中心になってきていた。
簡単に懐にまで入れないのだ。
武器を振る速度が増して、入ろうとする動きの邪魔をする。
それでも武器を払い、攻撃が皮膚に掠ることもある。
鈴々はそれを避け、攻めてくる。
二人の顔と身体には玉のような汗が浮いている。
そして時間が経つ。
息も切れている。
どれだけ闘っているのか分からない。
だが、まだ闘っている。
三組残っている。
花山薫と凪の闘いはとっくに幕を迎え、二人は自陣で休んでいる。
秋蘭は凪の額に濡れた手ぬぐいをのせて、恋は花山の頬をペチペチと叩いている。
音々音はそれを止めようとしている。
残りの三組も、いつ闘いが終わってもおかしくない。
どちらかの集中力が切れれば、そこで終わるのだろう。
体力が底になれば、そこで終わるのだろう。
いや、ひょっとしたら全員が切れて、底になっているのかもしれない。
ならばこの闘いの決着を着けるのは何か?
それはもう、技術でも力でも速さでもないのだろう。
精神でもないかもしれない。
闘っている者も、見ている者も分からない。
もし分かるとしたら、それは闘い終わってからだ。
闘い終わってから、どれぐらいで分かるのか?
それも分からない。
ひょっとしたら、自陣に帰るときに分かるのかもしれない。
もしかしたら、最期まで分からないかもしれない。
終わりが見えぬ闘争。
その幕切れはあっけないものであった。
「そこまで」
平坦な声であった。
感情のまま大声を出しているわけでもないのに、よく通った。
残った三組全員が、音の元を向く。
そこにいたのは華琳であった。
隣には桂花もいる。
「……そこまでよ」
華琳がそう言うと、曹魏側の人間が下がり間合いを開けた。
「ここまでやな……命拾いしたなぁ」
「ふぅん……」
息切れしながら、霞は刃牙に言った。
その顔には再び笑みが浮いている。
「倒さんといけん相手が増えたわ……。恋、勇次郎、そして刃牙……」
「次も敗けねえよ……。親父よりも強くなるってんなら、こんな所じゃ止まれねえから」
「言いよるなぁ……」
霞はそう言い、刃牙に背を向けた。
流琉もそれと同じように、烈海王に背を向けた。
最後は流琉はお辞儀をして、烈海王も同時に頭をたれた。
克巳は、ありがとうございました、と言い下がった。
鈴々は下がらない。
じっと華琳を見ている。
「……で、鈴々たちが背中を向けたところで、また追っかけてくるつもりなのかー?」
「しないわよ。というより……出来ないわ。これを見ればわかるでしょ? 全員疲れ切ってるわ。兵には元気が残っていても、それだけじゃ勝てない」
「……鈴々たちも同じなのだ」
「あなた達はね。だけど、先行しているのはどうかしら? もう一度言うわ。私達は追わない」
鈴々はちょっとの間、華琳を見ていたが、結局は背中を向けた。
それに続いて、恋と音々音も下がる。
「愚地氏はいかがしますか?」
すれ違いざまに烈海王が独歩に言った。
独歩は華琳の方を向いたままだ。
「ついて行くにしてもチィッと遅れそうだ。オメェ等は先に行っててくれや」
「分かりました」
烈海王も橋を渡る。
その後ろから刃牙、目を覚ました花山と続く。
少しして橋の前に立つのは、独歩一人になった。
「で、まずは聞きたいことがあるのよ」
華琳は誰を見るでもなく言った。
「さっきの一騎打ち三つ……いえ、凪と花山の様子を見る限り四つあったみたいね。提案したのは誰?」
「オイラだ」
独歩は左手を顔の高さに上げて言った。
華琳は眉間を抑えて溜息を吐いた。
「なんてことしてくれるのよ……」
「なんてこと、つってもよォ……オイラはオメェの事情を知らねえからなァ」
独歩は太い指でボリボリと頭を掻いた。
「こっからの予定が完全に狂ったわ」
「ソイツは悪いことした」
独歩は笑顔で言った。
「謝るつもりないでしょ」
「いやいや。そんなことねェ」
「まあ……いいわ。あと、独歩自体にも一つ聞きたいのよ」
「オウ。いいぜ」
「なんで、わざわざ徐州から逃げたのよ」
華琳は馬に跨ったまま、独歩を見下ろして言った。
「そりゃヤりてぇヤツがいるからだ」
「ふぅん……。で、誰?」
「向こうだったら……まだ馬超や黄忠とかがいるなァ。呉だったら孫策やら黄蓋ってトコか」
「で、一番の目的だった呂布とは戦ったの」
「ソイツはぶちのめしたぜ」
「帰るつもりは?」
「今のところはねェな。帰り道もついでに探さなきゃならねえ」
華琳はふぅんと呟いた。
「なら、行けばいいじゃない」
周囲がざわつく。
華琳はそれを無視し、独歩を見ていた。
独歩は呆気にとられたが、スグにククッと笑った。
「意外な事言うねェ」
「そう?」
「ああ。オメェのことだから『帰りなさい』って言うモンだとおもっていたからなァ」
「言わないわよ。私だってもう、いい大人よ」
「ナリは小っちぇじゃねえか」
「……檻に入れて帰ろうかしら」
「冗談だ」
「次言ったら怒るわよ」
「気にしてるみてェだしな」
華琳の手がプルプルと震える。
顔には笑みを浮かべたままで、だ。
「分かった。もう言わねェぜ」
独歩がそう言うと、華琳は深呼吸を一つした。
「……で、独歩も行くなら行けばいいじゃない。さっきみたいな無駄話する必要もないハズよ」
「久しぶりに会ったンだ。ちったぁ話したってもイイじゃねェか」
「なんか勘違いかしらね。実は、独歩はここから動くつもりがないんじゃないの? 誰か待ってる人でもいるのかしら?」
華琳がイタズラっぽく笑みを浮かべながら言う。
「さあ? どうだろうねェ」
「時間よ。今なら、橋を渡って落とすくらいの時間があるわ。どうする? 行くか、行かないか」
「どういう意味だか」
独歩はそう言い笑う。
華琳もつられたように笑った。
「もう時間よ。着く頃ね」
「へェ……」
華琳はそう言い、後ろを向いた。
独歩もそっちの方へ左眼をこらした。
呼吸一つ分の間。
そして、馬が駆ける音。
乗っている人間は長い黒髪をしている。
片目だ。
左目に黒い眼帯をつけている。
身体つきを見る限り、男性ではない。女性だ。
右手に何かを持っている。
背中にも何かを担いでいるようだ。
馬は華琳のスグ後ろで止まり、乗っている女性は飛び降りた。
「秋蘭! これを預かっててくれ!」
「わかった!」
女性はそう言い、身体に巻いた紐を切り、鞘に入った背負っていた剣を秋蘭にパスした。
その剣の代わりか。右手で木刀を握っている。
「よォ……久しぶりじゃねェか」
独歩は女性に向かって話しかけた。
「そうだな……」
「出会っちまったな」
「そうだな」
女性の口数は少ない。
何かに集中しているのだろう。
「おっ始めようじゃねェか……なぁ春蘭」
「ああ……城での続きだ!」
春蘭はそう言い木刀を構えた。