真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
ジャックの頭から血が流れる。
金髪の坊主頭が赤くなっていく。
翠はぜいぜいと息を切らせながら、折れた槍を握っている。
そして、ジャックの口から刃がある槍が落ちてくる。
翠はそれを目視しすぐに身を屈めて、刃がある槍を左手で拾った。
下に目を向けたのは一瞬だった。
すぐに目線を上げた。
だが、その目の前にはジャックの膝が迫っていた。
――よけられない!
翠は強く噛みしめた。
そして額を突き出す。
目を瞑っていたはずでも、目の前が白くなる。
痛みが頭蓋骨を走り抜ける。
翠は呻き声をあげながら吹っ飛んだ。
だが、両手に槍を持っている。
背中から泥につかる。
仰向けになった翠にジャックが迫る。
翠の目にはジャックの足の裏が映っていた。
下は泥とはいえ、当たれば潰される。
目にはジャックにくっついている泥が入る。
まともに闘えなくなる。
だが、泥を転がって避けられる時間もなかった。
翠は右手で握っていた槍を、ジャックの腹にめがけて突き刺した。
先端は折れているため、ささくれ立っている。
翠はそれをジャックの腹に押し当てるのと同時に、捻った。
ベキベキと音を立て折れる音がする。
柄を伝わって血が滴る。
「無駄ダゼ。左ノ方ジャネェト、俺ノ腹筋ハ貫ケネェ」
翠の頭に、足の代わりに拳が降り注ぐ。
翠は左腕で目と鼻を守りながら、この死地から逃げた。
右手の力のベクトルをずらすのと同時に、左足でジャックを蹴る。
ジャックがそれでよろけた隙に左手を泥に突き、立ち上がる。
左手から雷撃のように痛みがはしる。
翠はそれを雄叫びで誤魔化した。
傷口を縛っている髪紐から血がにじみ出る。
立ち上がるのと同時に、腹の前で槍を持ち替える。
「じゃあ、今度はこっちで突いてやるよ」
翠はそう言い、ジャックに槍の切っ先を向けた。
光をよく反射していた刃も、いまでは泥に塗れて鈍い光しかだしていない。
翠はそれを一回だけ振って払った。
もう力は残っていない。
さっきの仰向けから逃げ出し、立ち上がるので大分消耗していた。
決めるというのなら一突きでだ。
息を大きく吸う。
二酸化炭素がたまった肺に、新鮮な空気が流れ込む。
「ああああああっ!」
喉が裂けるほどの声で叫ぶ。
燃やし尽くすのだ。
全部。
今までを。
翠は足元の泥を蹴り上げた。
泥は一の太刀。
そして二の太刀で仕留めにかかる。
考えついたのはそういう策だ。
対ジャックで最初に思いついた策である。
翠の足元から泥の塊がとんだ。
ジャックはそれを腕で受けた。
「けゃぁああっ!」
翠は走った。
足元の泥がはねる。
それと同時に、翠の頭に矢が飛ぶ。
翠は刺すつもりでいた右手で、それを払った。
ジャックと翠の目が矢が来た方を向く。
その先にいたのは稟と風、そして弓兵だった。
明らかに余裕を持って二人の方に矢を向けている。
「これ以上は無意味です、馬超。今、降るのであれば悪い扱いはしません」
「急に水差して、何言ってやがんだよ」
「……周りを見たらいかがですか。鶴翼の形に包囲されつつありますよ」
稟がそういうと、翠は視線だけを周りに向けた。
陣とは逆側の方に兵の姿が見える。
蹴散らしたはずの歩兵が見える。
魏と李の旗印が見える。
――わが策なれり
稟はそれを確信して横槍を入れた。
最初の歩兵隊は戦うのが目的ではなかった。
あくまで騎兵を釣り出すための撒き餌である。
歩兵の後ろには陣がある。
西涼勢にとっての、逆転の芽がある。
稟と風は、その状況で敵が陣に殺到することを予期していた。
泥と馬防柵は、その足を少しでも止めるためのもの。
弓矢は足止めと、包囲した時に殺しにかかるためのもの。
これが稟と風が考えた策だ。
騎馬の機動力が活かせない状態で、この状況を戦うのはあまりに不利だ。
そのことは理解している。
翠は歯噛みした。
「お姉さま!」
「分かってる……分かってる、たんぽぽ」
蒲公英が翠に向かって言う。
城に退こう、そう言いたいのだろうと翠は理解している。
翠は蒲公英に目を向けなかった。
視線はジャックを捉えたままだ。
「城は沙和が抑えに行ってます。包囲を破って、行ってみますか?」
稟が言う。
蒲公英の眼は稟に向いたが、翠の眼はジャックに向けられたままだ。
「C'mon……」
ジャックは口だけを動かして言った。
その一言で翠の中の血が沸騰した。
一息もしない内に、ジャックに肉薄する。
そして右手にある槍を振った。
ジャックはそれを左手で手首を掴んで抑えた。
ブン――と空気が切れる音がした。
ジャックが力技で翠の身体を投げたのだ。
華奢な女性の身体とはいえ、片手で、こうもあっさりと投げれるのか。
翠の身体が宙に浮き、落ちる。
翠は地面に落ちる前に足を強く振り、空中で体勢を整え、足から地面に降りた。
「お姉さまっ! ここは退こう!」
「分かってる……分かってるけどよ……っ!」
翠の眼はジャックに釘付けになっている。
蒲公英はその様子を見るだけではなく、翠の背に彼女の愛馬をよせた。
翠の背に愛馬の体温が伝わる。
「……後で決着を着けに来る」
抑えた声で翠は言い、馬の手綱を掴んだ。
そしての背に乗り、その場から退いた。
たんぽぽと生き残っていた西涼兵もそれに続く。
真桜率いる歩兵はそれを追撃した。
弓兵は狙い打った。
ジャックの頭のはるか上を通り、矢が雨のように西涼兵に降り注いでいく。
ジャックは足元に唾を吐き、稟と風の所に向かってきた。
「……」
「ん~……不満があるみたいですね」
「イイトコロデ邪魔シヤガッテ……」
地の底から響くような声でジャックが言った。
稟の足が半歩下がる。
風は背の高いジャックを見上げたまま言う。
「もう戦としての形は決まりましたからねぇ。これ以上ケガするようなことさせても、無意味でしょう。違いますか?」
「テメエ等ガドウ思ッテイルノカ、ナンテノハ
「それは失敬。では、今後こういう機会があればそうしましょう」
「……」
ジャックの眼がジロリと風を睨みつける。
だが、風はそれを意に介す様子はない。
どこかボーと突っ立っているようにすら思える。
「それより治療はしないのですか? 頭とお腹がお怪我してますよ」
「必要ネェ。城ノ方デ暴レテクル」
「おぉう、それは困りました。早めに対処すれば、どうってことのなかった怪我が原因で、猛者を失うのは避けたかったのですが」
「風」
たしなめるように稟が言う。
稟はそのあと、視線をジャックに向けた。
「……とりあえず、陣に戻りましょう。その怪我は明日のため治しておくべきでは」
「ンナモン、求メタ事ハ無エ」
「頑固なお人ですねぇ~」
どこか楽しんでいるかのように風が言った。
ジャックはまた、その眼を風に向けた。
壱
城壁には魏軍が張り付き、同時に破城鎚が城門を叩く。
それを防ぐ戦力は城兵にはない。
どこか一角が破られると、そこから魏軍は雪崩れ込んでいった。
その喧騒が馬騰と勇次郎にも聞こえていた。
「礼を言うぞ……よく相手してくれた……」
「……」
馬騰の口から流れる血は止まらない。
これが止まる時、それはおそらく、死ぬ時だろう。
「ただ病や毒、寿命で死ぬよりは、こっちの方が良い……」
馬騰は笑みを浮かべたまま言う。
そして、勇次郎の右腕に左手をかけたまま、右手を伸ばした。
指先が一度二度と空を掴み、そして三度目で勇次郎の服の襟に届いた。
襟を掴むと、グイと腕に力を入れた。
勇次郎は動かず、馬騰の身体が勇次郎にもたれ掛るように動く。
胸に右腕が刺さったまま。
「だがな……」
馬騰は吐きかけた血を、口内で耐え、飲んだ。
静かな部屋の中で、ゴクリと喉が鳴る。
目が一瞬ぶれた。
「このあと……外の者ともヤル気か……? 答えろォっ……!」
「退屈していたところだ……それもアリだ」
勇次郎がそういうと、馬騰の力が強まった。
どこにこんな力が眠っていたのか。
右手は勇次郎を引き寄せようとし、左手の爪が勇次郎の右腕に刺さっていく。
爪の白い部分が両方とも赤くなっていく。
「そうか……魏軍に手を出すな……とは言わん。だがな……娘二人に手を出してみろ……」
馬騰はもう一度、口の中の血を飲んだ。
歯茎と歯が血で染まっている。
口が血にまみれているせいか、舌が回らず、聞き取れない言葉を出す。
馬騰はベッと血を吐いた。
「娘には手を出すな……っ!」
「……」
「ゆうじろぉっ!」
馬騰は息も絶え絶えになりながら、叫ぶ。
叫んだあとは咳き込み、血を吐いた。
勇次郎の右腕に血がかかる。
「私の命などくれてやる……どうせ先のないものだ……! だから、せめて娘は……っ!」
馬騰は勢いのまま、まくしたてる。
必死の形相だ。
勇次郎は黙っていた。
不思議な目をしていた。
まるで、何か遠い昔を思い出すような目だ。
「構わねえぜ……」
「本当か」
「そういう気分なだけだ」
勇次郎からその言葉を聞くと、馬騰の身体から力が抜けた。
それは一瞬のことだ。
右手に力はこめられなかったが、左手はまた勇次郎の右腕を締め付け始めた。
だが、それ以外の力はない。
声は一気に弱弱しくなり、目は焦点が定まらない。
「勇次郎……破るなよ……もし違えば、呪い殺してやるからな……」
馬騰は笑みを浮かべながら言った。
冗談なのか、本気なのか。
そして、そこで何かが完全に切れたのだろう。
馬騰は満足そうな表情を浮かべて、ゆっくりと目を閉じ、倒れていった。
爪を立てていた左手が勇次郎の腕に傷跡をつけていく。
それもすぐに終わった。
5ミリと傷をつけず、最後に残っていた力も馬騰の身体から抜ける。
馬騰の身体は寝床まであと少し、という所で仰向けになった。
頭が床に重力で叩きつけられる。
その衝撃で、少し血が散った。
身分のある人間の最期、とはお世辞にも言えない。
それでも顔は笑みを浮かべていた。
まるで何かに感謝し、満足した、静かで真っ直ぐな笑みだった。
馬騰敗死。
永眠す――
弐
この部屋にいるのは一人になった。
勇次郎は馬騰の顔を一度見下ろした。
もう馬騰は動かない。
それは理解している。
勇次郎は次に天井に目をやった。
天井には馬騰が勇次郎に突きたてようとした短刀が刺さっている。
勇次郎は軽く跳んで短刀を掴み、引き抜いた。
短刀は折れず、軽く天井から抜ける。
そして、勇次郎はそれを鞘に納めると、部屋からでていった。
部屋の外では、ついさっきまで聞こえてこなかった戦の音がしている。
勇次郎はその音が聞こえる方を向いたが、すぐに違う方に身体を向け、そのまま去って行った。
南の方角に向かっていった。
参
沙和は既に城内に乗り込んでいた。
その周囲を精鋭が固める。
中に入って最初にするべきことは、残存する戦力の無力化だ。
武器を捨てさせ、蓄えのある倉庫を抑える。
そうして後から入ってくる本隊を援護する。
それと同等に重要な仕事がある。
大将の身柄の確保である。
組織を抑えるには、その頭をとるのが一番だ。
チマチマと下を抑えるのよりは効率的だろう。
だが、それに関しては完全に滞っていた。
城内の兵の動きに統率が見れないのだ。
チマチマと襲い掛かるのはいるが、統率された集団で行動してくるのがいない。
指揮系統の混乱があるのだろう、と沙和は考えた。
でないと、こうもお粗末な軍団にはならない。
浮足立った敵兵を時に斬り、時に降伏させながら奥に向かう。
将が前の方にいないのなら奥だろう。
沙和はそう思った。
そして、視界に太守が住む王宮が見えた時だった。
視界の外から、ゆけっ、と小さな声が聞こえた。
後ろからだ。
沙和はそれに反応し、立ち止まって振り返った。
周囲にいる精鋭たちも、何事かと立ち止まり、周囲を警戒する。
その時だ。
数か所の物陰に隠れていた敵兵が飛び出し、沙和の周囲にいる精鋭を組み伏せたのだ。
動きに無駄がない。
沙和の周りにいた兵は倒れ、その後から一人の男が出てきた。
ヒゲを生やした中年の男だ。
「それがし……名を本部以蔵と申します。兵を率いる将であるとお見受けいたした」
「……于禁なの」
本部は左手に何かを持っている。
棒のようなものだ。
于禁はチラっとみて、それが何かを理解した。
なぜなら、彼女自身の得物も同系統のものであったからだ。
刀。
本部はスゥと抜いた。
「こうして戦場で出会ったのです……手合せを」
本部はそう言い大上段に刀を構えた。
かすかに曲がり、波打つような刃紋をもつ刀だ。
それに対し、沙和の得物は双剣だ。
右左と拳を抜き、構える。
闘いたくはない、とは思っている。
それでもこの状況だ。
他人には任せられない。
怖さを抑え、本部の顔をみた。
「克己さん達とは……違う感じの人なの?」
「半分当たりで、半分ハズレというところ……空手は琉球で生まれ、無手であることを……」
「たぁっ!」
「むっ!?」
本部が話している内に、沙和は一撃を打ち込んだ。
本部は剣先を避け、突きを放った。
沙和はブリッジのように体を逸らせ、それを避けた。
目の上を刀が通る。
それが引くと、沙和は状態を起こした。
「む~……先に当てて終わらせようと思ったのに」
沙和はそう言い頬を膨らませた。
本部は何も言わない。
文句も何も。