真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~   作:クーロン

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蜀漢建国編
再起


 諷陵の城で全員が面会したのは、着いた翌日のことだ。

 身体、髪を洗い清潔にはなったが、疲れは残っている。

 それでも一晩、ゆっくりと眠れたことで放浪中よりはマシだ。

 全員が揃ったのを確認してから、愛紗が口を開いた。

 

「桃香様。お会いになっていただきたい方がいます」

 

 そう言って愛紗は二人をこの場に入れた。

 ポニーテールにしている二人組だ。

 翠と蒲公英である。

 翠の左腕には包帯がまかれている。

 二人は自己紹介と状況説明をして、頭を下げた。

 

「あの……翠さん。左腕はどうしたんですか?」

 

 桃香が恐る恐る聞いた。

 翠は一瞬、戸惑う様子を見せた。

 だが、聞かれることだと思っていたのだろう。

 答えるときには落ち着き払っていた。

 

「敵にいた金髪坊主の巨漢とやり合った。これはその時に噛まれてやられた不覚傷だ」

「金髪……坊主……。ということは、たぶん刃牙君のお兄さんのことだよね?」

 

 桃香はそう言い刃牙の顔を見た。

 

「そう思うよ。特徴を聞く限りではジャック兄さんで間違いないと思う」

「あたしがやり合ったのは、お前の兄貴なのか……似てないぞ」

「異母兄弟ってヤツだよ」

「ふぅん……」

 

 翠はそれ以上、ジャックのことには突っ込もうとはしなかった。

 ただ、ジャックか、と敵の名前を繰り返した。

 

「……ジャックはお前より強いのか?」

「それは……」

「地下闘技場でのトーナメントでは刃牙さんはジャックさんに勝っています。その結果だけ見れば刃牙さんの方が上といえるかと。ですが、それはジャックさんが背を伸ばす前のことです。そのことを加味すれば、どうとも言えないかと」

「そうか……」

 

 刃牙の代わりに烈海王が言う。

 刃牙が言いづらいことを、代わりに言った。

 翠はジロリと刃牙を見て足元から頭のてっぺんまでを見ていった。

 

「体格でみたらジャックと比べて小さいよな……身長も体重も」

「そりゃあね。でも、それで勝ち負けが決まるわけじゃない」

「その通りだな」

「翠。スマンが、そろそろ話すのはやめてくれないか? 重要な案件が残っている」

「ああ。悪いな」

 

 翠は一言謝り、蒲公英と一緒に強者たちの中に入っていった。

 

「民からの陳情が来ております。益州の実情と桃香様に益州の実権を握っていただきたい、と」

 

 愛紗は持っていた紙を読みあげた。

 太守の悪政、内乱。

 それを収めていただきたい。

 内容はそれだけ。

 大義名分には十分と桃香は判断した。

 

「うん……分かった。挙兵しよう」

 

 静かな声だった。

 それは決意からか。

 

「今になってやっと分かったの。やるしかないって」

 

 桃香が言うことを皆、黙って聞いていた。

 

「益州をとって、私のワガママを押し通す!」

 

 普段通りの明るい声。

 その声で桃香は声高に宣言した。

 

   壱

 

 桃香が挙げた軍が最初に目指したのは、黄忠が守る城であった。

 そこにいるのは黄忠だけではない。

 軍服を着て、軍帽をかぶり、傷だらけの男もいた。

 ゲリー・ストライダムである。

 

「紫苑。劉備軍ガ迫ッテルゼ。アト二日モアレバ、ココニ着クダロウ」

「ありがとうございます」

 

 紫苑は城壁から外を眺めたまま答えた。

 

「……勝チ目ハアルカイ?」

「後詰は来ますか?」

「コナイダロウサ。桔梗、焔耶ハ内乱ノ処理ニモ追ワレテイル。二週間耐エレバ分カラナイガナ」

「すぐに来ないのであれば、来ないのと同じです。援軍が来ないのであれば、わが軍の士気はあがりません。そして……民の心は劉備に向いている。直接に民と敵軍に挟まれますね。勝ち目は薄いでしょう」

「コンナ不利ナ戦争(ウォー)ハ初メテダ」

「……ストライダムさん。璃々を任せます。先に降伏してもらえませんか?」

「急ニドウシタ?」

「勝ち目のない戦ですからね。璃々を生かすために、ストライダムさんに役立ってもらおうかと。お知り合いの方が大勢いらっしゃるでしょうから、交渉もしやすいでしょう」

「……鎌カケヨウトデモ思ッテルノカイ? 裏切ルカモシレナイト」

 

 紫苑はふぅと一息吐いた。

 

「ええ……ちょっと思ってました。ごめんなさい」

 

 紫苑はそう言うと、ストライダムの方を向いて頭を下げた。

 

「マァ、オレガ勝チ目ガ無イト思ッテイルノハ間違イナイ話ダ。シカモ内通デキル相手ガ敵ニイル。モシ紫苑ノ立場ニ俺ガイルノナラ、ソイツヲ疑ウダロウ。トコロデ紫苑ヨ……」

「はい」

「劉備ノ諷陵入城ノ許可ヲ出シタノハ、オ前ダロウ? ソウシタオ前ガ、裏切ルコトヲマダ決メテナイノデハナイカ?」

「なぜ、そう思うのですか」

「投降スルナラ、俺ヲ劉備軍トノ橋渡シニ使ウダロウ。変ニ試シテ俺ノ気分ヲ悪クサセタラ、ソレガ出来ナクナル。オマエハ、ソレグライ考エテ行動スルダロウ?」

「ええ。そうですよ」

 

 紫苑はそう言い、また城壁の外に視線をむけた。

 

「投降は考えていても、討死は考えていません」

「ホウ」

「考えているのは投降か、それとも撃退か」

「……」

「劉備さんが新たな主となり、益州を守れるとみれば降りましょう。その力がないとみれば、撃退します」

「勝チ目ハナイ、ト思ッテルンダロウガ」

「普通にやればそうですね」

「普通デナケレバ勝テルトデモ」

「ストライダムさんは普通でないやり方を思いついているでしょう?」

「……確カニ知ッテイル。ベトコンカラ学バセテモラッタヨ」

「どういうものか教えてもらえませんか?」

「削ルコトダナ」

「……損害を与えることに終始せよ、と。それはありですね。遠征軍の泣き所を抑えているかと」

「相手ノ士気ガ落チレバ、勝チ目ガデル。敵ノ損害ガ目ニ見エレバ、コッチノ士気ガアガル。プラス要塞ダ。ソウスレバ兵ノ厭戦気分ガ増シテ、撃退ハデキルダロウヨ」

「随分と具体的ですね。そのような経験がおありですか」

Yes(ああ)

 

 ストライダムはそう言い、ポケットから葉巻を取り出した。

 そして、それにマッチで火をつけた。

 

「ストライダムさんの作戦を実行するのなら……あの山の道に死兵を伏せるのがいいでしょうか。そして名のある将が通る時に奇襲を……」

「ヤルノカイ?」

「まさか」

「……勝ツ気ハネエノカ?」

「それこそまさかです。私は劉備さんが、益州を守る力があるのか見たいんです」

「ドウシタイッテ言ウンダ……」

「単純なことです。どのような将と軍師を擁し、私たちの戦法にどうやって対抗するのかを、この目で見たいのですわ。あわよくば私が強者と死合うのも……」

「ヒドイ我儘ダ」

「気付いてなかったのですか? 私、けっこうワガママなんです」

 

 紫苑はそう言い、笑みを浮かべた。

 ストライダムは溜息を煙と一緒に吐き、思いついていた策を口にした。

 

「罠ヲ仕掛ケルノハ、コノ南門カラ入ッテスグノ所ダ。作ルノハ落トシ穴ヲ。穴ノ中ニハ竹槍ヲ仕込ンデオク。ソレニハ大便ヲ塗ッテオク。適当デ構ワナイ」

「大便……ですか。嫌がらせで士気を削るためにですか?」

「Not。ソレモ見込メルガ、殺傷率ヲアゲルタメダ。シッカリト手当シナケレバ傷ガ膿ム」

「そんなことをする相手と闘ったのですか」

「Yes」

 

 紫苑は興味深そうに言った。

 ストライダムは軍帽も目深にかぶり、その表情はみえない。

 

「アト、罠ヲ仕掛ケルノハ……」

 

   弐

 

 劉備軍迫る!

 紫苑とストライダムはそれを知りながら、兵を出そうとはしなかった。

 侵攻軍先鋒である愛紗と星は進み続けていた。

 紫苑が籠る城に至る道は、途中で山道を通らねばならなかった。

 伏兵がいるのならここか――

 そこでは愛紗と星の思惑が完全に一致した。

 だが、そこで伏兵はあらわれなかった。

 益州軍は籠城を選択したのだ。

 二人は山を越え、軍を展開した。

 だが、そこから動こうとしなかった。

 本隊がいないからか。

 違う。

 城が異形であったからだ。

 城壁に兵は見えない。

 それどころか、最寄りの城門を開けているのだ。

 堀の上には橋をかけ、このまま突撃すれば楽に城に入れる。

 

「罠だな……」

「だろうな」

 

 愛紗はそう呟いていた。

 その何気ない一言に星が返した。

 星は騎兵を六人呼び、半々に分けた。

 護衛の騎兵である。

 

「私達がいるのは南門だったな。私は西を見に行く。愛紗は東だ。それを見たら引き換えし、ここで合流だ。いいだろう?」

「ああ。だが、城壁に敵兵が潜んでいるやもしれぬ。気をつけろよ」

「お互いにな」

 

 そうとだけ言葉を交わし、二人は馬に乗って駆けた。

 その後ろを騎兵が追う。

 東にまわった愛紗が見たのは、多数の弓兵が城壁の上で待ち構えている姿であった。

 矢が届かない距離で東側の城壁を端から端まで見た。

 その間、足を止めたが出撃しようとする気配はない。

 ――後詰を待っているのか

 愛紗はそう考え、馬の頭を自陣の方に向けた。

 星は西門で、愛紗が見たものと同じ光景を見た。

 足を止めてみたが、動く兵はいない。

 ――一先ず愛紗と合流せねばならんな

 星もそう判断し、馬の頭を自陣に向けた。

 二人が陣に戻ったのは、ほぼ同時であった。

 その頃には先鋒の陣に桃香、朱里、雛里といった首脳陣に鈴々、恋、翠、たんぽぽといった諸将も集合していた。

 卓も用意され、その上に地図が広げられて、軍を表す凸型の駒も置かれている。

 ここで軍議をするのだろう。

 

「城の様子はどうでしたか?」

 

 朱里が聞いた。

 

「南門は見ての通り。東には兵が集中していた。あの具合だと、数は三千ぐらいは固めてあるだろうな」

「同じく西もだ」

「え、なら北は?」

 

 桃香が聞いた。

 

「それは雛里ちゃんが……」

「先に、物見をだしています。うまくいけば、そろそろ戻ってくるものかと……」

 

 雛里がそう言うのと同時に、兵士が一人軍議に入ってきた。

 片手には割符が握られている。

 兵はそれをひざまずいて、雛里に差し出した。

 雛里は自分の懐に入っていた割符の片割れを取り出し、それと繋げた。

 確かに一致している。

 

「あの……どうでしたか?」

「山側の北門には敵兵の姿はあまり見えなかった、とのこと。物見は数としては七百ほどかと言ってました」

「ありがとうございます……」

「あの、ごめん。ちょっといいかな」

 

 桃香が言った。

 兵はひざまずいたまま、何なりと、と返した。

 

「さっきの言い方からすると、あなたが見に行った、というワケじゃないよね? 物見の人はどうしたの?」

「物見ですか? 物見は割符を私めに渡した後、傷の手当をすると言って下がりました。山を通って北門を見た、とのことで山中で切ったのでしょう」

「……分かった。ありがとう」

 

 桃香がそう言うと兵は一度お辞儀をして下がった。

 

「……怪しいですね」

 

 朱里が言った。

 

「多少のケガなら、普通にここまで来るでしょう。大ケガなら陣で騒ぎになる……」

「ということは北門には罠か?」

「ええ、そうでしょう」

「南門も明らかにな」

 

 愛紗と星は罠じゃないか、と疑っている。

 それは朱里、雛里だけでなく、全員が思っている。

 

「ですが、どちらが罠かを決める前に、敵の狙いが何かを理解しないとダメでしょう。守将の黄忠は文武に優れた名将と聞いています。兵の数は互いに一万五千で五分。その状況で奇策にでている……」

「援軍までの時間稼ぎか?」

「星さんの言う通りかと。ですが、益州は内乱の最中。援軍の保証はありません」

「となると……こちらの兵糧切れを狙っているのではないか?」

 

 愛紗が言った。

 

「どちらにしても早く落とさないと、だね」

 

 桃香が自分に気合を入れるように言った。

 

「兵糧に関しては諷陵からの中継地点に月さんと詠さんがいますから、少し余裕を持っても大丈夫です」

「でも、そうとも言ってられないんじゃないかな。途中で輸送隊を襲ってきたり……とか」

 

 安心させるように雛里が言うが、桃香は危険を口にした。

 ふむ、と朱里は一度アゴに手をあててから言った。

 

「中継地点に刃牙さんと烈さんを戻しましょうか。そして、輸送部隊の護衛を頼みましょう」

「兵をつけるだけじゃダメなのかー?」

 

 鈴々が言う。

 朱里はその言葉に対して、首を横に振った。

 

「ダメです。兵の数も城攻めを敵勢と五分にするのでカツカツですし、途中の道を大勢で通れば相手に輸送がばれてしまいます」

「軍を通すのも大変だったからねー。輸送隊も大変になるだろうし……仕方ないか。鈴々ちゃん、刃牙君たちに伝えてきて」

「わかったのだ」

 

 鈴々は元気に返事をすると軍議の場から離れていった。

 烈海王と刃牙は後陣で陣づくりの指揮をしている筈だ。

 鈴々もすぐに戻ってくる。

 

「……どう手を打ちましょうか……」

 

 朱里は一言つぶやいた。

 

   参

 

 敵襲! 敵襲!

 紫苑が守る城に警報が響いたのは、翌日の早朝だった。

 侵攻軍が攻めてきたのは西門だ。

 開け放たれた南門は罠を警戒し、入ってこようとはしない。

 ――ストライダムさん……まずは当たりです

 紫苑は迎撃を指揮してから、空を仰いでそう思った。

 『罠ヲ仕掛ケルノハ、コノ南門カラ入ッテスグノ所ダ』

 それは適当でいい、とも言っていた。

 理屈は一つ。

 相手が攻めてくる箇所を心理的に潰すため。

 他門のの城壁には、あえて少数の兵しか見せない。

 そうすることで相手の意識は、さらに罠があるという方向に向く。

 思うのは、突撃して落とし穴にはまった軍団に対して、数千の兵が一斉射撃を放ってくるような罠か。

 だが、南門にあるのは糞便が塗られた竹槍が仕込まれている、浅い落とし穴だ。

 そしてその周囲に伏兵はいない。

 落とし穴は、兵の安心のため置かれているだけだ。

 南門には罠があり、自分以外の兵が待ち構えている。

 そういうことを知っている兵は、この奇策に対して落ち着きを見せている。

 その態度が、なおさら侵攻軍に罠があると思わせる。

 この戦術は今のところ有効だ。

 だが、危うい策でもある。

 南がノーガードと知られれば、そこから一気になだれ込んでくるだろう。

 そうなれば終わりである。

 紫苑は東の兵を西に援軍に向かわせながら、妙なことを思っていた。

 ――このまま南を攻める賭けにくるようなら面白いわね……

 負けに直結するようなことを望む奇妙な心。

 紫苑はそれを決して表面に見せないまま、兵を安心させるため、慈母のような笑みを浮かべたまま指揮をとった。

 ――いや、その前に北門の方を……

 紫苑はそう思い、愛用の弓に矢じりがよく磨かれた矢が入っている矢筒を持ち、自ら前線に出た。

 侵攻軍は三日間も西門を攻め続けた。

 時折退く様子を見せて城兵を釣り出そうとする動きも見せた。

 だが、城兵へでない。

 城にこもる敵を撃つということは容易ではない。

 一般的に、城を攻める側は守り側の三倍の兵がいるとされている。

 兵法書によっては五倍である、とも。

 勝つためには、敵兵を釣り出して野戦で包囲するのがいい、と朱里と雛里は考えていたが上手くいかない。

 ここまで堅守に徹するとは思っていなかった。

 ――勝つ気はないみたいですね

 朱里はそう思った。

 守勢は首級をあげて手柄を……などとは考えていないのだろう。

 厄介だ。

 だが、それならそれでやりようがある。

 

   肆

 

 さらに三日。

 この間も西門を攻め続けた。

 西門を攻め続けたのも理由がある。

 西を攻め続けていれば、東の守りが薄くなる。

 そして中央にいるであろう、姿を見せない兵も西に動く。

 六日間の間、馬鹿みたいに西門への力押しを続けたのだ。

 かなり兵力は西に偏っているはずだ。

 これを待っていた。

 夕暮れ。

 

「兵を三つに分けましょう」

 

 軍議の席で、朱里がそう言った。

 一瞬のざわめき。

 だが、それもすぐにやむ。

 どうしてここで分けるのか、という質問への答えは分かっている。

 

「まずこの西門側ですが、兵を分けたことを悟られぬように精一杯闘ってください」

「なら……鈴々ちゃんと愛紗ちゃん、がいいかな」

 

 桃香はちょっと考え、腹心中の腹心を出すことに決めた。

 

「そう……ですね。あ、でも本陣の守りのために、たんぽぽちゃんにもいてもらった方が……」

「分かった」

 

 雛里は一瞬考えたが、それが最善と思った。

 それでもちょっと迷った。

 敵が打って出てくるのではないか。

 そう思い、たんぽぽも加えた。

 卓に広げられた地図の上に、桃香は西側に四つの駒を置いた。

 愛紗、鈴々、たんぽぽ、桃香を示す駒だ。

 

「西と攻撃を少しずらす形で、別働隊が東から攻めます」

「それは……星ちゃんと白蓮ちゃんがいいかな」

「そうですね。それでいきましょう」

 

 朱里がそう言うと、二人が返事をした。

 それを聞いた朱里は東門に二つ駒を置いた。

 

「で、最後が北です。北は門を破ってもらいます」

「北って……山道を通る必要があったよね? 大丈夫?」

「指揮官は……翠さんと恋さんです」

 

 雛里が言った。

 そして、北側に駒を二つ置く。

 

「北側は東側が攻め始めて、ちょっと間をおいてから攻めてください。敵の意識が東西に向いて、対処しづらい時を狙う、ということを覚えておいてください」

「その時、北門は最も薄くなっている筈です……。ですが道中に罠があることも考えられます。その……気を付けてください……」

 

 朱里と雛里が説明をする。

 翠と恋は無言でうなずいた。

 

「この策が成功すれば、益州を落とす足掛かりが大きくなる! みんな、がんばろー!」

 

 桃香はそう言い、右手を突き上げた。

 

   伍

 

 兵は神速を尊ぶ。

 疾きこと風の如し。

 そんなことを言っていたのは、どの兵法書だったか。

 侵攻軍の策はその言葉を遵守していた。

 下知が下ればすぐに動く。

 夜中にひっそりと兵を動かし、各々が持ち場につく。

 夜が明ければ西から順に攻めかかっていく。

 鬨の声。

 それは山の中でも聞こえた。

 翠の耳、恋の耳、それに従う音々音の耳。

 そして山に潜む耳。

 東からも鬨の声。

 山の中は不気味なほどに静寂だ。

 戦から鳥、獣が逃げたからか。

 違う。

 

「よし! 今ですぞぉ!」

 

 音々音が叫んだ。

 山に潜んでいた部隊が一斉に動き出す。

 最短ルートで北門へ。

 馬には乗らない。

 脚力の勝負だ。

 山道が北門につながっている、ということは地図から調べてある。

 その道を一斉にくだる。

 断末魔。

 後ろから。

 

「なんだっ!?」

 

 翠が大声をあげ、振り返った。

 そこには死体があった。

 振り子式の罠だ。

 振り子の先のボールから、竹槍が何本も突き出てきていた。

 それが兵士の上半身に突き刺さっている。

 兵士はピクリとも動かない。

 

「チッ……罠が本当にありやがったか……全員、足元に気を付けて進め!」

 

 翠はそう言い、足元を確認しながら進む。

 部隊の移動が遅くなっていく。

 それを狙うものがいた。

 猛禽類が獲物を狙いすますように、照準を合わせる。

 それは狙撃のためのものではない。

 掌にしっくりとくるような金属の塊。

 火薬の匂い。

 翠と恋はそれを感じた。

 引き金、轟音。

 

「どりゃああ!」

「ふっ!」

 

 二人の槍が同時に振られる。

 チュイン、という聞きなれない音がした。

 

「何だ、さっきのは!」

 

 得体のしれない轟音、そして飛来した何か。

 

「何かマズイですぞ!」

 

 音々音はそう言い、恋にしがみついた。

 

   陸

 

「聞こえたわね……」

 

 城内。

 紫苑は軍団の前で馬にまたがり、突撃の機会を待っていた。

 頭の中で、ストライダムと考えた策を反芻する。

 ――アト、罠ヲ仕掛ケルノハ北門ヘノ山道ダ。イツカ、シビレヲ切ラシテ別働隊ヲ作ル時ガクル。ソコデ罠ニアエバ、別働隊ノ動キハ鈍ル

 ――罠にあって、動きが鈍くなる。それは分かります。ですが、どうやってそれを知ればいいのでしょうか。狼煙では時間が……

 ――コレヲ使ウ。私ガ所属スル軍デ支給サレル『マグナム』ダ。コノ銃ノ音ガ、タイミングヲ知ラセテクレル

 別働隊がある以上、侵攻軍本陣は薄くなっている。

 そして聞きなれぬ轟音だ。

 敵は動揺しているはず。

 

「門を開いて! 突撃します!」

 

 紫苑はそう言い、腰の剣を確認し、弓の弦に触れた。

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