真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
紫苑が守る城が落とされ、後方に使者がとんだ。
使者が伝える内容は、格闘士たちに前線に来てもらうことである。
はやくなければならない。
遅れていては、守りを固められる。
下手に固められると面倒だ。
城で兵の疲労を癒すのと同時に、格闘士たちの到着を待った。
時間との勝負だ。
負ければ大損、勝てば大勝の芽が出る。
分の悪い賭けだ、とは思っている。
それでも待った。
伝令兵を放ってから一週間後。
「範馬刃牙様! 烈海王様! 花山薫様ご到着!」
待ちに待った報告がきた。
「刃牙君、烈さん久しぶり~。疲れてない?」
桃香は笑顔で二人に話しかけた。
烈は一度お辞儀をしてから、桃香に言った。
「私達には何事もありません」
「そういえば、花山さんは?」
「一応、城下にいます」
「極道だから、お上にはあまり近づかないってさ。で、話は聞かされたけど……俺たちを呼ぶ必要は本当にあったの?」
刃牙が言う。
「こう言うのもアレかもしれないけどさ……俺たちが出なくても、何とかなったでしょ? 愛紗に鈴々、星がいればさ」
「正直そう思うけど、戦死者を減らすとしたら、こっちの方がいいなって……」
「それが一騎打ちということですか……相手はのりますか?」
「ええ、確実にのってきます」
紫苑が会話に混ざってくる。
二人は一度、紫苑の顔を見た。
烈海王がお辞儀をし、刃牙もつられるようにした。
「守将の二人も喧嘩好きですし、名誉を重んじます。真っ向から一騎打ちを仕掛けられて、逃げるような人じゃありません」
「なるほど……」
「じゃあ、花山さんも混ぜて進軍しよっか。もう、みんな準備してあるよ」
桃香はそう言って話をまとめ、部屋を出ていった。
壱
侵攻軍が城を出る。
名将達に続き、格闘士がでてくる。
侠客である花山薫もその中にいた。
花山は馬に乗れなかった。
バランス感覚がないから、という理由ではない。
理由はその巨躯であった。
身長190.5センチ。体重166キロ。
この重さでは馬が潰れてしまうのだ。
平坦な道なら兎に角、山道では安定しない。
それだから花山薫は馬車に乗っていた。
幕のある馬車だ。
「あんたさ~少しは痩せたら? 一人のために馬二頭の馬車って……本来は三、四人は乗れるものなのに」
馬車に向かって詠が言った。
詠は馬にまたがり、後ろには月を乗せている。
馬車の周囲はこころなしか兵が少ない気がする。
というよりは避けている。
花山の威圧感は半端ではなかった。
普段から威圧感が強い男だが、今は普段以上である。
花山は一人だけ、名指しで喧嘩を売られていた。
まだ、見たこともない相手に。
敵の守将、厳顔が興味を持っている。
是非とも闘いたいと思っている。
そのことを紫苑から聞いていた。
「……うるせえ」
「まぁ……そうよね。あんたは人に言われて痩せるような人間じゃないわね」
「詠ちゃん……。その……ごめんなさい、花山さん」
「……気にしてねえ」
月は詠の背中越しに馬車の中を見たが、中は影になっていて、花山の表情を見ることは出来なかった。
それでも分かることはある。
言葉にはできない。
ただ何となく、という感覚で分かっているだけ。
花山もやりたがっているのだ。
喧嘩を売ってきた相手と。
「で、どんなヤツなの? 花山にケンカを売ったの」
「さあ? 紫苑が言うには喧嘩好きで酒好きの友人だそうだ」
「なんで星がここにいるのよ……あんたは前のほうだったわよね」
「なに。鈴々に任せてきた」
星が詠の後ろから答えた。
そして、そのまま星は馬から降りて、花山が乗っている馬車に乗り込んで中を見渡した。
「なんだ、酒は持ってきてないのか」
「あるわけないでしょ」
「むぅ……そうか」
星はむくれ、馬車からでて乗っていた馬に飛び乗った。
「なあ、花山。本当に酒はないのか? 今回の戦、下手をしたら私は戦わないのかもしれん。それが退屈だ。酒の一杯でも飲まんとやってられん」
「……」
「お前はケンカを売られているのだろう?」
「ああ……」
「ならば酒は飲まんだろう」
「知らねえな。飲みてえ時に飲む」
「正しいな。で、ならば飲みたいときのために、酒を持っているのではないか?」
「……」
「なあ?」
星は伺うように言った。
その星を詠がジロリと睨んだ。
そしてから、視線を馬車の方に向けた。
「こんなトコにまで酒を持ってきている……なんてこと無いわよね、花山」
「……」
「……持ってきてるわね。月、代わりに馬の手綱を持ってて!」
詠はそうとだけ言い、馬を飛び降りて馬車に乗り込んだ。
「どこに隠し持ってんのよ! 枕元ね! これから戦だってのに、酒を飲む姿を周りに見せる気!? 上の姿がアレな所を見せると士気が……!」
「……知らねえな。そもそも、俺はお上じゃねェ」
「今は違うのよ! 今は指揮官にいるのよ! 目立つ位置にいるの!」
詠はそう言い、花山の頭のあたりを探った。
外からは影で見えなかった部分に、酒があった。
徳利一本程度の酒だ。
「没収!」
詠はそう言い、酒を持って馬車から出た。
「おお、やはり酒があるではないか。それは私が預かろう」
「あんたに任せたら、勝手に飲むでしょう? 私と月が預かるわ」
「むぅ」
星はまたむくれた。
弐
巴群。
守将の二人は、ここで劉備軍を待っていた。
来るのだ。
あと少しで。
二人の間に会話はなかった。
斥候は放っている。
それが戻ってくるまで待っている。
日が昇り、頂点に達するころに斥候が戻ってきた。
――明日にでもくる
それを聞き、守将の二人は笑みを浮かべた。
参
「この先で敵が陣を構えています!」
侵攻軍の斥候が報告する。
「野戦にくるか……」
「潔いやつらなのだ」
「おそらく、民の反乱を考えてのことでしょう」
愛紗のつぶやきに、朱里が答えた。
「この状況なら……一騎打ちの話にも持っていけるかな?」
桃香が言う。
「……可能性はあると思います」
「いえ、確実だと思います。こっちから申し出て、断る二人ではありません」
紫苑はそう言い、敵軍が展開している方を向いた。
「なら……私が前に出て交渉する方がいいよね?」
「一騎だけで出れば、向こうも出てくるだろうな……」
白蓮が言う。
「ですが、危険です。私が護衛としてつきます」
「……うん、そうしよう」
「愛紗さんだけでは上手くいかないでしょう? 私も行きます」
桃香はそう頷き、近くにある馬に跨った。
愛紗と紫苑も近くの馬に跨る。
そして、自分の武器と紫苑は軍使を示す白旗を持った。
「朱里。旗を振ったら、闘えるのを出してくれ」
「……ええ、伝えます」
そうしてから愛紗は二人に続いていった。
軍はそのあとに続き、じわじわと進む。
「軍使です! 大将の方は出てください!」
桃香が大声で言った。
少し経ち、藤色の髪の女性と、黒髪に白髪が混ざった女性が馬に乗って敵陣からでてきた。
「侵攻軍の大将と、その片腕。で……裏切り者か。久しいの」
「ええ、久しぶり桔梗。でも、裏切り者って言い方は、あんまりじゃない?」
「事実じゃろう?」
「まぁ……結果的にはねぇ」
紫苑と藤色の髪をした女性は世間話をしている。
その傍らにいる少女はじっと愛紗と桃香を見続けている。
桃香はそれにたじろいでいたが、愛紗に背をポンと押され、腹を決めた。
「厳顔さん!」
「おう、なんじゃ」
「私は……」
「そういう話はいらん」
「へ?」
桔梗はそう言い、手を振った。
「そういう志については、とっくに紫苑が見ておるわ。わしが見たいのは一つよ……志を果たすための力が、あるかどうか」
「……」
「大将よ。どうしたいのか言ってみるがよい」
「降ってはくれませんか」
「それは出来ん」
「ならば一騎打ちを受けてください」
「ほぉ……」
興味深そうに桔梗が唸った。
「まさかお主が一騎打ちをするとでも?」
「そうしたいのであれば、それでも、一向に構いません」
「ちょっと厳顔殿お待ちをぉ!」
愛紗はそう言って桃香の前に躍り出て、襟をグイと引っ張って耳打ちした。
「何をお考えですか! 桃香様は戦える力などないでしょう!」
小声で怒鳴る、という器用なことをして愛紗が言った。
「いや……黒髪。そう怒ってやるな。こっちは一騎打ちは受けるが、大将と一騎打ちしようと思ってはいない」
「え? 桔梗、そんなことをしていいのかしら? 大将と一騎打ちして勝てば……」
「紫苑! 貴様はどっちの味方だ!」
「それは桃香様の味方よ。若いうちの苦労は買ってでもしろ、と思って……」
微笑みを浮かべて紫苑が言う。
冗談のつもりなのだろう。
「貴様はこれ以上、話を乱すな!」
愛紗はそう怒鳴って、持っていた白旗を振った。
「一騎打ちの相手は貴様らに選ばせるっ! 好きなヤツを選べっ!」
愛紗は話に付き合いきれなくなったのか、そう言った。
そして出てきたのは鈴々に星、翠、恋。
刃牙、烈海王、花山薫。
七人が横一列に並ぶ。
愛紗は桃香のそばを離れ、その列に加わった。
「これと私を含む八人からだ」
「おう。それでいい。で、勝ち負けだが……いや、それもいい」
桔梗はそういい、馬から降りた。
「桔梗様! まずは私が……」
「いい。もう待てん」
桔梗は八人の前に歩み寄る。
そして花山薫に視線を向けた。
「おぬしが花山か?」
「……ああ」
紫苑から容貌を伝えられたことはない。
次に聞こうと思っている内に、お互いに時間が合わずに機を逸していた。
特徴も聞いてなかったような気がする。
聞いたのは武勇伝とも言える暴れぶりだけ。
それでも分かることがある。
「会いたかった……随分と長く待たされた……。本当に待たされた……」
桔梗はそう言うと同時に跳ね、花山の顔面に蹴りを食らわせた。
コメカミに足の甲が当たり、花山のメガネが壊れる。
「わしは貴様とやる」
桔梗は笑みを浮かべて花山に言った。
肆
桔梗が花山を選んだのと同時に、二人の周囲から人が離れる。
それを見てから桔梗は構え直した。
だが、しかけようとはしない。
「どうした? こんのか」
「……」
「不意打ちのように、こっちからしたのだ。……こい」
桔梗は低い声で言った。
花山はゆっくり足を開き、上体をひねった。
拳は下の方に行く。
――くるか!? こんな構えで! これでいいのか!?
来た。
花山の拳が、せり上がってくる。
桔梗は息を吸って背をそらせ、花山の拳が昇ってくるのに合わせ、一気に頭を振り落した。
頭突き――
拳と頭蓋がぶつかる鈍い音。
桔梗の額が花山の拳を迎え撃った。
藤色の髪が乱れ、後ろにとぶ。
「くぁあ……」
桔梗が呻いた。
「これでおあいこだ……焔耶!」
「はいっ!」
白髪が混じった少女が、持っていた桔梗の武器を投げた。
槍と銃の特徴が混ざったような武器。
「全力でいくぞ……花山ぁ!」
桔梗はそう言って、切っ先を花山薫に向けた。
見れば見るほど、槍のようで銃のようだ。
沈黙。
花山は銃口を向けられているが、動じる様子はない。
「花山……これは何か……分かっているのだろう?」
「……」
「肯定と受け取った」
そう言って引き金をひいた。
轟音。
伍
「きゃっ……!」
桃香は短い悲鳴を上げて、耳をふさいだ。
ビリビリとした衝撃が身体を突き抜けた。
「こりゃあ……ストライダムが持っていたアレか!」
「……」
翠が言った。
恋はその隣で頷いた。
間近で聞いた事がある二人の反応で周りは、あの武器が何なのかを察した。
「ストライダム! 紫苑! どういうことか説明しろっ!」
愛紗が怒鳴る。
「お察しの通りよ。あれはストライダムさんの拳銃を参考にして作ったもの……勿論、完全再現とまでは至らなかったけど」
「……」
「ソノヨウナ目デ見ルナ。裏切ッテナドイナイ。ソモソモ、コッチデ作ルノニモ時間ハカカルノダ。向コウ以上ニナ」
「私達がここに来るまでに作ったもの……というわけか」
「しかし……弾数はそれほど多いわけでもないわ。武器の耐久のこともあります。弾数は六発」
「その数を花山がアレに耐えられるか、ということか」
そう言って愛紗は花山の方に視線を向けた。
花山の腹からは血が流れている。
流れる血を見て、桔梗は笑みを浮かべた。
凶暴な笑み。
実戦で使うのは、これが初めてというワケではない。
だが、撃って倒れなかった人間は初めてだ。
いや、生物という括りで見ても初めてだ。
――化け物じゃのう……
桔梗はそう思った。
「おお……」
そう思うのとほぼ同時に桔梗は感嘆した。
花山の足がせまっていた。
テクなどない。
ヤクザキック。
桔梗は武器でそれを受けた。
――弾倉がひしゃげたか!?
妙な手応えがあった。
もし手応えが正しいのなら、撃つのは出来ない。
撃てば暴発する。
正しくは腔発か。
ぞくり、ぞくり。
桔梗は高揚していた。
――最高の喧嘩相手。そして一発撃つことに博打になる武器……たまらぬわ
笑みを張り付けたまま、桔梗は武器を振るった。
花山は避けない。
手応えを感じたのと同時に、拳がぶっ飛んできた。
避ける。
桔梗は一気に懐に入り、拳を顔面に叩き付けた。
――しゅいっ
息を吸う。
そして次々に拳を、蹴りを花山の身体に叩き付けていく。
フェイントも織り交ぜ、一撃二撃。
どれも当たる。
たまらない。
これはたまらない。
一撃一撃の拳足から伝わる痺れが、麻薬のように心地よく感じる。
いや、それ以上か。
ぶん。
景色が混ざる。
花山の巨拳がアッパーをくりだし、クリーンヒットした。
――たまらん……
自分が何発殴ったとしても、一発でちゃらになってしまいそうな理不尽。
これがいい。これがいいのだ。
これが喧嘩だ。
どこまでも不平等で、どこまでもタフだ。
「桔梗様っ!」
誰かが叫ぶ声。
うるさい。
せっかくひたっていたのに、台無しではないか。
口の中の鉄の味、アゴからの痛み、熱さ。
全てが喧嘩というものを楽しくさせるスパイスだ。
自分だけが味わっていては申し訳ない。
――わしだけが味わうのは悪い……花山にもくれてやろう
アッパーで崩れた姿勢を戻すのと同時に、槍を振るう。
肉を斬る手ごたえ。
引き金を引く。
ゼロ距離。
火薬と血の匂い。
誰かの悲鳴。
煙で隠れた花山の腹は、皮膚がはがれ、その下の筋肉がむき出しになっていた。
――おお……おお!
「爆発したか……」
桔梗が呟いた。
細かな部品が爆発でとび、桔梗と花山の肢体に刺さっていた。
肉深くにまで達したものもある。
この槍はもう少し使えるだろうか。
そう思った。
思う間はなかった。
花山の巨拳が桔梗の槍の弾倉を殴りつけていた。
桔梗は上手く関節を使い衝撃を和らげたが、それでも痺れるものは痺れる。
一呼吸し、自分の槍を見た。
刃は無事だったが、弾倉はひしゃげていた。
「これを使うのはマズイかもしれんのぅ……花山、どう思う」
「……知らねぇな」
「そうか、知らんか」
引き金にかけた桔梗の指がふるえた。
引けば、互いに命はないだろう。
いや、それも分からない。
果たしてどうなるのか、引かなければ分からない。
しかし、そこまでするべきなのか。
これは喧嘩だ。
殺し合いではない。
「ふぅむ……仕方無い」
桔梗はそう言った。
槍は捨てない。
捨てなくていい。
これも喧嘩のうちなのだ。
喧嘩なんてバカなことに、どこまで命をかけられるのか。
真摯になれるのか。
度胸を比べ合う。
これも喧嘩だ。
「かぁっ!」
「ぺッ」
桔梗は口の中の血を吐き、吠えた。
花山は唾を吐いた。
まだ白い。
――待ってろ。お主のも赤くしてやろう
桔梗は胸の奥底で思った。
思うときには肉体が動いていた。
真っ直ぐに槍で花山の顔を突いた。
花山は左手で刃を掴み抑えた。
指から血が滴っている。
「花山よ……ゆくぞ」
カチリと鳴った。
爆発。
また細かな部品が二人の身体に刺さる。
花山の場合、主に顔に刺さっていた。
頬、額、瞼、眼球に。
「しぃぃぃッ!」
桔梗の場合、全身だった。
足、腹、胸、腕。無論、顔にも。
痛みは感じた。
それをこらえ、右手だけに持ち替えた槍を支点にして飛び、花山の顔面にヒザでの蹴りをみまった。
鼻の軟骨がみじり、といった。
花山がのけぞり、鼻から血が噴き出た。
それと同時に、フックのような右拳での横殴りを放っていた。
空中で避けられない桔梗の脇腹に、深々と突き刺さる。
あばらがミシリといった。
息をすると電流のように激痛がはしった。
声はあげない。
だが、槍が手から零れ落ちた。
桔梗は左手の爪をたてて、花山の右腕を掴んだ。
花山の腕にひっかき傷ができた。
こんなもののために爪をたてたのではない。
すぐに返すためだ。
地面に両足が着くと同時に、右足で皮膚がめくれた腹を思い切り蹴った。
つま先が肉に突き刺さるように。
靴に血が付いた。
花山の手が桔梗の蹴り足に伸びた。
桔梗は喧嘩の昂揚感の中、恐怖を感じた。
話は聞いている。
花山に掴まれた人の腕がどうなったのか。
脳裏に破裂音が聞こえた気がした。
足は抜いたが掴まれた。
足首のあたりが捕まった。
抜くことは出来ないのは、直観で分かった。
掴まれた右足を支えにして、跳ねる。
自由な左足が花山の後頭部を叩いた。
花山の手が緩んだ。
その隙に足が抜けた。
安堵。
落ちていた槍を拾い、振るった。
花山は体勢を直し、拳で迎え撃った。
拳が弾倉を叩き落とした。
もう使い物にならない。
「はっ……はっ……」
桔梗の動きが止まった。
自分の呼吸の音が確かに聞こえた。
心臓の音も聞こえた。
今度こそ槍を捨てた。
そして、一歩、踏み出した。
構えた。
殴る、殴る。
最初の勢いはなくなっていた。
それでも叩く。
傷口に当たった拳が血を飛ばす。
花山は右拳を高く上げた。
そして強く、強く握りしめた。
おそらく、この世で最も大きい握り拳だ。
それを真っ直ぐ桔梗に向かって振り下ろした。
桔梗はキッと振り下ろされる拳を睨んだ。
そして体を反らせて、頭を大きく振った。
額で隕石の如き一撃を受けた。
視界が白くなった。
「くがぁぁぁッッ!」
目は白目になっていた。
そのまま叫んだ。
狂気の面だ。
鬼人の面だ。
桔梗もまたありったけの力で拳を握り、花山の顔面に叩き付けた。
血が飛んだ。
赤い血の中に白い歯もあった。
桔梗はそれを見届けると、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちていった。
頭から地面に向かって。
うつ伏せに地面に倒れると、桔梗を中心にしてジワリジワリと血が這い出てきた。
桔梗はモゾモゾと手足を動かしていた。
立とうとしているのだろう。
だが、立てずに仰向けになるだけだった。
「……何じゃ……お主は立っておるのか……」
桔梗は恨めし気に言った。
花山は無言で見下ろした。
「……わしの敗けじゃ」
桔梗が言った。
どこか清々しく。