真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
無人の王座の間には、範馬勇次郎がいた。
ど真ん中にただ真っ直ぐに立って桃香達を見ている。
「よう……久しぶりじゃねえか」
勇次郎はそう言い、歩み寄ってきた。
「……」
桃香の前に、無言で武官と格闘士がでる。
勝算はないが、だからと言って出なくていいというワケではない。
闘える以上はでるべきなのだ。
「ユージロー……久シブリダナ。今日ハ何ノ用ダイ」
ストライダムはさらに一歩前に出て、勇次郎に話しかけた。
「ストライダム。今日はオメェに用はねえよ」
勇次郎はストライダムにそう言うと、一歩前に出てストライダムの横に立ち、桃香の目を見た。
「っ!」
「そう身構えるんじゃねェ……テメェ等も武器をしまいな」
「分かった。だが、それ以上は近づいてくれるな」
愛紗はそう言い、刃牙に目配せした。
――いざという時には、頼む
そういう意味の目配せだ。
刃牙はそれに気付いている。
範馬勇次郎も。
「不意打ちなんざしねェぜ」
愛紗の方に顔を向けて言う。
しない、というよりする必要がない、というのが正しいか。
おそらく、いや、確実に範馬勇次郎なら、真っ向からやってきて勝てる。
それを全員が理解している。
範馬勇次郎は再び桃香の方に顔を向けた。
「戦に勝ち続け国を得……一敗してすべてを失い、そしてまた勝って国を得た。……どうだ」
「どうだ、って……?」
「負けて得たもの、とやらはあったのか」
そう言われて桃香は、刃牙と恋の闘いの最中での勇次郎との話を思い出した。
同時に自分と一緒に逃げた民のことも思い出していた。
失ったことで得たのは何か?
自分についていった民はどうなっていたのか。
民を見て、何を思ったのか。
結局、みじめさだけではないのか。
敗けて得たのは、どうしようもない敗北感ではないのか。
そう、思ってしまっていた。
「……」
「フフ……答えられねェか」
「……」
結局、桃香は何も言えなかった。
言いたいことはあったのかもしれないが、言い返せる言葉はない。
悲しいほどに真理をついていた言葉であった。
「貴様に言うのはこれだけだ。本題は……」
勇次郎はそう言い、桃香の周りにいる武官たちを見た。
途中、恋と目があった。
勇次郎はそれを気にも留めず、翠を見た。
「馬超……貴様に渡すものがある」
「何を渡すってんだ」
「見ればわかる」
翠は警戒している目で勇次郎を見ている。
彼女の隣に立っている蒲公英も同様だ。
勇次郎は懐に手を入れ、一振りの短刀を出した。
それを見て、翠の目が激怒の目に変わった。
見ればわかる。
確かにその通りだった。
「……母様の短刀か」
怒りが一周しているのか、声は冷静だった。
母が持っていた短刀。
それがここにある。
そのことを知った。
どういうことなのか、なんていうのは一瞬で分かった。
「ああ。その通りだ」
この一言が引き金だった。
翠は雄叫びをあげ、勇次郎に切りかかった。
槍での一撃。
勇次郎はそれを避け、蹴りの一発で槍の穂先を切り落とした。
蹴りで出来た槍の切り口は、鋭利な刃物で切り落とされたようだった。
穂先がカランと音を立てた。
「……テメェにケンカを売りに来たんじゃねェ。これをやりに来たんだ」
「なんでだ……?」
「さあな。ただの気紛れだ」
勇次郎はホイッと短刀を投げた。
翠は両手でそれを受け取り、鞘から抜いた。
短刀に刃こぼれはない。
綺麗なままだ。
蒲公英は横からそれを見た。
「本当に、母様の物だな……」
翠はそう呟いた。
それがどうしてここにあるのか。
想像はつく。
間違いなく、勇次郎は翠の母の死に目にあってる。
そして、その最期がどのようなものであったかも何となくわかる。
分かっているが想像はしなかった。
想像したら自分は怒り、切りかかるだろう。
その後も分かる。
さっき死なずに済んだのは、おそらく母が自分の命乞いをしてくれていたからだろう。
次に切りかかったらどうなるか。
間違いなく、死ぬ。
翠はそう思った。
「……で、何か見返りを考えているのか」
「考えてねえ」
「そうか。一応は受け取っておく」
「そうしておけ」
勇次郎はそう言い、翠に背を向けた。
本当にそれだけだったのであろう。
少なくとも翠には。
「テメェらにはまだ用がある」
『……』
勇次郎は桃香を見て言った。
同時に全員の身体に再び力が入る。
やる気はない、と言っていたが、完全に信用できるわけではない。
どうしても構えてしまう。
「喧嘩をやる気はねえって言ったじゃねえか。……今度は南が面白くなってきたぜ」
「南? ……孫呉のことですか?」
桃香が言った。
「違えな。テメェらにとっての南だ」
「南……」
「にゃ……南蛮……でしゅか」
「正解だ」
烈海王の後ろに隠れている朱里が言った。
怯えているのか噛んでしまっている。
「ほほう。地上最強の生物、範馬勇次郎にとって面白い南蛮か……」
「南蛮が攻めてきてるってか。異民族が攻めてくる理由としては食糧問題が主な理由だな」
「たんぽぽ達がいた西涼もそうだった」
「さすが白蓮殿に蒲公英。異民族相手は手慣れておりますな」
星が言った。
「最近、
「紫苑さん、ということは国庫の兵糧は、今現在は不安定ですか?」
「その通りですわ桃香様。予期していた収穫が得られませんでした」
勇次郎に言われたことに対し、政略的な考えが膨らんでいく。
桃香はこの場にいる文官たちに備蓄の確認をするように指示した。
朱里と雛里は勇次郎の威圧感に負けて腰が抜けていたのか、烈海王に抱えられて王座の間を出た。
「親父。話はそれだけかい」
「ああ……俺はこの部屋を出てくぜ」
「ユージロー、待ッテクレ」
勇次郎はニィと笑みを浮かべて部屋を後にした。
その後をストライダムが追って出ていった。
紫苑は、あっ、とだけ言った。
「……大丈夫でしょうか」
「ストライダムさんは親父と不思議な縁がある人だからね……多分、大丈夫だよ」
「ならいいのですが……私も政務に取り掛かるとしましょうか」
紫苑はそう言って桃香の方に歩いていき、同時に、勇次郎と入れ違いになるようにして伝令兵が王座の間に入ってきた。
内容はやはり、南蛮からの侵略者であった。
壱
「なァ、オーガよ」
城の中の中庭でストライダムと勇次郎は向かい合って話をしていた。
見渡しの良い場所だ。
盗み聞きは出来ないだろう。
しかも二人が話しているのは英語だ。
まず、この時代の人間には理解できない。
「話したかったのは異民族の侵攻かい? それだけのために来たのか?」
「それ以外にも色々とあっただろう」
「まァ……確かにそうだが」
「何が言いてえ」
勇次郎は舌打ちをして言った。
「いや……だな……このウォリアーが全盛の時代においても、やはり君の最大の敵は息子だ。この時代の鬼神にも刃牙は勝利した」
「ああ。親孝行極まれりってヤツだ」
「何というか……だ。ひょっとしたら……君が今、ここにいるのも
「ストライダムッッッ!」
「気を悪くしないでくれ。聞きたいのはこれからの質問だけなんだ」
「言ってみろッッッ!」
「君が言った"南"というのは"南蛮"では無いんじゃないか……と」
「ほう」
「もっと……こう……刃牙の相手になるような……」
「どういうものだと思ってんだ」
「私はこの前、君に聞いただろう。ダイナソーに勝てるかと。もしかしたら、だ。それに等しい化け物が……」
「いると思ってんのか」
勇次郎はそう言って笑みを浮かべた。
弐
南蛮への先遣隊ともいえる部隊は愛紗、星が率いた。鈴々と翠、恋は成都に待機。
格闘士は烈海王が成都に残り、刃牙が南蛮にまで行くことになった。
これはストライダムが強く南蛮行きを刃牙に勧めたためであった。
刃牙に断る理由はなかった。
裏があるとは思ったが、気にするようなことではない。
成都にいたところで退屈なのだ。
ヒマ潰しにはちょうどいい。
そのつもりだった。
で、いざ南蛮と蜀の境目。南蛮が攻め寄せてきている所まで来て、見たものは戦には程遠いものだった。
境目の村の住人はどうしたものかとオロオロしている。
人ごみの中で、毛皮を身に着けた四人の子供が飯にがっついていた。
村人の話を聞く限りでは、この子供たちが南蛮の兵であるらしい。
「はぁぁぁぁぁ~」
「……」
「……」
愛紗は子供の食事を見て癒されているようだ。
連戦、範馬勇次郎、南蛮行き、と事態は連続していた。
多少は疲れていたのだろう。
対照的に星と刃牙の表情は困惑していた。
「なあ、刃牙。お前の父親は南蛮が攻めてきていると言ったな?」
「伝令もね」
「なら、これは何なのだろうな」
「さぁ……?」
「はぁぁぁぁぁ~……」
「……愛紗、もういい」
星は子供を眺めていた愛紗をどかし、食事を続けている、白い毛皮の子供をじっと覗き込んだ。
一人だけ違う毛皮を付けているのだから、この子がリーダーなのだろう。
子供はそんなものを気にもせず、しばらくの間、目の前の食べ物を食べ続けた。
星と子供の視線が合うのは、ひとしきり食べ終えてからだった。
「……お前たちは南蛮の人間……でいいのか?」
星が言った。
「そうにゃ!」
「名前は?」
「ふっふ~ん。聞いて驚け! みぃは南蛮大王の孟獲様にゃ!」
「そうか。で、攻めてきたのか?」
「そうにゃ!」
「何のためにだ」
「ご飯のためにゃ! 元々いたところではもう、ご飯が……!」
孟獲と名乗った白い毛皮の子供はそう言って、食事ののっていた皿をペロペロとなめだした。
「攻めてきたのは事実か……とりあえず、成都まで連行するのが吉だろうな。そこで桃香様に裁いてもらおう」
「うむ……そうだな。まったく、これでは兵を連れてきた意味はなかったではないか」
「そういえばさ。連行するって言っても、どうやって成都まで連れていく気だい? 護送車みたいなのは無いじゃん」
「どうも飢えているようだからな……成都に行けば腹いっぱい食える、とでも言えばいいだろう。それで釣れる」
星の意見に愛紗も同調した。
同時に連行の仕方についての計画も進んでいく。
それを見ていた村人の中から、あの、と控えめな声がかかった。
「少々、お時間はよろしいですかな」
「うむ」
「実は見ていただきたいモノがございまして……」
声をかけてきたのは老人だった。
この村の長老だろうか。
長老は愛紗、星、刃牙の三人を連れて、すぐ近くの山にまで繋がる道を行った。
山までの道は、それに沿うようにして田畑がある。
そして、その全てが荒れて、作物は何もない。
「なあ愛紗。紫苑が益州の南について、言ったことを覚えているか?」
星が言った。
「……イナゴのことか? ……長老、年貢のことなら私が何とか……」
「イナゴでは無いのですじゃ」
長老はそう言い足をとめ、すぐ向こうに見える木を指さした。
周りと比較して、異常な木だ。
葉が茂った周辺の木と比べると葉は無く、皮すら無い。
白い幹がむき出しになっている。
イナゴがこんなことをするだろうか。
「確かに……これはイナゴではないな。何がやったのでしょう?」
愛紗が言った。
「サルでございます。この木は桃の木でしたが、実はすべて食われ、それ以外にも食えるものは全てと言わんばかりに……」
「サル程度であれば、駐屯兵に言えば狩りをして……」
「もちろん、その手も考え申した」
「駐屯兵では相手にならぬサルがいる、ということか」
星が言った。
「はい。夜中にしか姿を見せず、偶然にもその姿を見たものは、化け物といっておりました」
「……」
「村の中には武の心得もあり、それでも退治してくれようと言った者がおりました。それが10日ほど前で、今になっても帰ってこぬのです」
「……」
「おそらく、もう……」
「ということは長老。つまり、私達にその化けザル退治をやってくれ、と言っておるのか」
「はい。推測通りであれば、おそらく……そろそろ村人を襲うでしょう」
――一度人を襲った個体は、人を獲物と認識する
この傾向は肉食獣である熊では三毛別羆事件、石狩沼田幌新事件といった獣害から証明されている。
サルは雑食性であるが、同じ傾向があってもオカシくはない。
飢えればその傾向はさらに強くなるだろう。
「分かりました、サル狩りを私たちの手でやりましょう」
「うむ。このまま捨て置いたら、成都で何を言われるか分からん」
「長老、引き受けましたぞ」
「お願いいたします」
愛紗がそう言い、星もうむと頷いた。
かくして異民族からの防衛戦任務は一転、サル狩りになった。
その一方、ただ刃牙は何かを考え込んでいた。
参
問題のサルについて、長老と村人から情報を集めたところ以下のような情報があつまった。
1.サルは夜中に姿を見せる
2.基本的には食糧を奪う
3.体格は巨大
4.下手をすれば人を食っている
5.南から来た
6.まず自分たちの手で何とかできる相手ではない
これ以外は集まらなかった。
危機に瀕した村人ですら集まったのはこれだけ。
具体的な情報は大きさについてだけだった。
「兵糧の警備は厳重にしろ! 奪われれば、我々は国内で飢え死にするぞ!」
「篝火をたけ! 化けザルを寄せ付けるな!」
村のあちこちで指示がされている。
それを受け、兵士と若い村人が働く。
刃牙はそれを眺めていた。
「刃牙。何をしてるのか。ヒマなら手伝え」
刃牙の背後から愛紗が声をかけた。
「……手伝うって、何を」
「先ほどまで星と相談をしてだ、暮れまで精鋭と山狩りをしてサルの手がかりを探すことになった」
「それを手伝えってことね」
「そうだ」
「分かったよ」
「私たちの準備はもうできている。あとはお前だけだ」
「別にこのままでもいいよ。特に何か必要な物はないし」
「そうだな。……なら行くぞ。全員むこうで待っている」
愛紗はそう言って刃牙に背を向けて歩き出した。
刃牙はその後を追った。
ついた場所では10人ほどが整列していた。
「遅かったなぁ、刃牙。何をしていたんだ?」
「特に何もしていなかったぞ、刃牙は」
「で、愛紗が無理やり引っ張ってきたと」
「そんなわけないだろう」
愛紗と星の会話は普段と変わらない。
だが、精鋭たちの顔は少し青い。
それは全員が気付いている。
「では、作戦の中身を説明する。やることはこの全員での山狩りだ。基本はこれを3つの隊に分け、お互いにすぐ駆けつけられる範囲で行動する。日暮れまでやって、夜はここに戻る」
愛紗が精鋭たちに向かって説明した。
助けが来る範囲に味方がいる、ということを聞いて精鋭は多少なりとも安堵したようだった。
「……行くぞ」
引きしまった声で愛紗が言った。
山までは全員が一緒になって行く。
山の入り口で刃牙、愛紗、星が率いる三班に分かれた。
別れるといっても大声を出せば聞こえる程度の距離までにしか別れない。
そうして、足跡なりフンといった痕跡を探す。
「何かあったか!」
「何もないぞ!」
時折、声をだしてお互いの無事を知らせる。
「刃牙よ! 返事はどうしたのか!」
「無事だよ、こっちもッ」
行く手を邪魔する草木は剣で斬り、山を登っていく。
既に中腹まで来たが、目立った痕跡はない。
麓で見つかったのはシカの足跡、フンといったもので化けザルのものではなかった。
「愛紗! 日が暮れはじめたぞ! そろそろ下るぞ!」
「分かった! 皆、下るぞ!」
「よし! 刃牙よ! 聞こえておるな!」
星が言う。
返事はない。
「……また返事をせんのか」
呆れたように星は呟いた。
この山に入ってから何度目か。
何か考え事でもしているのか、何度も返事をしろと言ったが、反応が薄い。
「愛紗! こっちに来い! 刃牙と合流するぞ!」
「ああ!」
愛紗はしっかりと返事をする。
しばらくして、星の近くの草むらがガサガサと音をたてた。
肆
刃牙はしゃがんで、そこに落ちていたものをつまんだ。
毛だ。
見覚えのある毛。
「何かありましたか」
精鋭兵の一人が言った。
「……間違いない、夜叉だ」
「夜叉ァ?」
「夜叉猿だよ」
――夜叉猿
飛騨高山の奥地に住む大猿だ。
ゴリラと似ているが体格はゴリラより大きい。
いや、ゴリラというよりはイエティといった表現のほうが相応しいだろう。
力はダンベルを飴か粘土のように曲げてしまうほど強く、スピードは猿らしく身軽。
知能についても先祖、死体を弔う文化を持っていた。
伝説によれば、挑んだ武芸者は宮本武蔵のようなビッグネームを除き帰ってこなかったらしい。
刃牙の目の前で巨人の安藤玲一はマチェットをへし折られ、指を食いちぎられ、腹を圧されて腸がこぼれた。
刃牙はそのことを思い出していた。
厳密にいえばここの猿とは違うのだろう。
いや、ひょっとしたらと刃牙は考えていた。
「出たぞ! 化けザルだっ!」
「ッッ」
星に従う精鋭の大声。
その声を聞き、刃牙と精鋭たちは星の隊がいる所に走った。
草をかき分けて、倒れている木は飛び越えて走る。
その先にあったのは凄惨な光景であった。
巨大な猿が何かを食らっている。
バリバリと何かを食い破る音。
血の臭いと便の臭い。
人を喰らっていた。
星が率いていた精鋭だ。
猿の口元は血に染まり、内臓がはみ出していた。
鎧は食い破られて、カブトはひしゃげている。
首は胴体から離れていた。
口と目から血を流し、断末魔の表情で固まっている。
星と愛紗が死体に食らいついている猿の背中を切り付けているが、分厚い毛皮と骨格に遮られ致命傷を与えられないでいる。
「夜叉だ……」
刃牙が呟いた。
サイズは夜叉猿Jr.と比べ格段に大きい。
間違いなく別物だ。
それはいい。
それはいいが、そのサイズはやはり問題だ。
刃牙が初めて会った夜叉猿と比べ、一回りも二回りも大きい。
「何をしている刃牙! 手伝え!」
「ッッッ」
愛紗が言った。
刃牙の身体が一瞬ビクッと動き、ちょっと頭を上げた夜叉猿の顔面を蹴った。
「ホキョアアアアアアッッ!」
咆哮。
猿は刃牙を睨み、逃げ出した。
ザクザクと草を分けていく音がしてから、山が静かになった。
一呼吸し、愛紗が怒鳴った。
「何だアレは!? 今まで見たことも聞いたこともない!」
「刃牙よ。お主は知っておったのか」
「一応、あれに似てるものは知ってる。だけど、多分別物だ」
「……ふぅむ」
愛紗は大きく息を吐いた。
「とりあえず……下山するか。こやつも一緒にな」
「ああ。もう、陽が沈む」
星はそう言って転がっている首を拾い、持っていた布に包んだ。
伍
下山し、村の近くで首を弔った。
村で山でのことを話し、ことの顛末を聞いた兵士と村人の顔は引きつっていた。
話が事実とすれば、魔獣としか言えない化けザルの足元にいるのだ。
当然のことだろう。
そして愛紗と星から切られても食い続けたことから間違いなく飢えている。
兵糧の管理はより厳重にしなければならない。
兵糧は村の倉に入れられた。
警備する兵は怯えきった表情をしていた。
「……なあ、星。この状況で猿を何とかできるか?」
「厳しいだろうな。猿の固さは分かっただろう。目の前だけに全力を注ぐのであれば何とかなるが、兵を守り……となると無理だな。……で、それは邪魔じゃないのか」
「仕方ないだろう。邪魔だというワケにもいかん」
星はそう言って愛紗の足元を指さした。
愛紗の足元で孟獲とその側近の三人がガタガタと震えていた。
「そんなに怖くて、よく南蛮に住めたものだ」
「あ……あれはみぃたちの住んでいる所と別の所に住んでいたのにゃ! それが最近になってみぃたちの食べ物を取るようになって……!」
「それでここに、か。白蓮殿に翠たちの見立て通りだな」
星はそう言って篝火を見た。
獣は火を恐れるが、魔獣はどうだろうか。
ふっ、とそんなことを考えた。
「刃牙はどこだ? アレに一番詳しいのはヤツだろう?」
「兵糧の運び込みをしていたのを見たが……お、噂をすれば何とやらだな」
星はそう言って歩いてきている刃牙を指さした。
刃牙にこっちだ、といい腕を振った。
「とりあえず、お前がアレによく似ているという夜叉猿の話はあらかた聞いたが……警備の体制はこれでいいのか、と思ってな」
「不足だと思うよ」
「だろうな」
「下手すれば群れでいる、か」
愛紗と星はため息をついた。
この場で対魔獣として動けるのはこの三人だけだ。
それ以外は怯えきっている。
この状況であの猿が群れで動けば、間違いなく不利だ。
「……そんなに悲観することはないと思うよ。あの猿には親父、オレ、愚地克巳と勝っている。それに大昔に宮本武蔵だって……関羽と趙雲だってそれに負けちゃいない」
「勇次郎には負けたがな」
星が悪態をついた。
「まァ……今夜に襲ってくるは無いと思うし、少し気を抜いてもいいんじゃない」
「いや、それはないだろうな」
愛紗が言った。
「刃牙、お前は化けザルの顔面を蹴飛ばし、私達は切った。……その復讐に来るとしたら、今日だ」
「……そうかな」
「相手は多少の知性があるとはいえ、獣だ。復讐するとしたら感情が高ぶっているうちだ」
愛紗のいうことにも理がある。
「ホキョアアアアアアッッッ!!」
「ぴぃっ!」
突然の咆哮。
音源は先の件の山だ。
その声を聞き、愛紗の足元にいた子供たちは一斉に逃げ出した。
「やはり今夜か!」
愛紗と星は武器を構えた。
視線は山に向いている。
「ホキョアアアアアッッ!!」
『ッッ!?』
再度、咆哮。
音源の場所は違う。
真裏からだった。
「ホキョアアアアッッッ!!」
「ホキョアアアアアアッッッ!!」
「ホキョッッホキョッッッ!!」
四方八方からの咆哮。
「……囲まれているみたいだね」
刃牙が言った。