真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
「ダイナソーがまだ生きているのか……?」
ストライダムが言った。
「いや、いるのは猿の群れだ。それも夜叉猿に近いヤツだ」
「夜叉猿? それはすでに君の息子は乗り越えた壁じゃないか」
「ああ、その通りだぜ」
「ならば何故それを……?」
「分からねェのか」
勇次郎はそういって顔に笑みを浮かべた。
鬼の笑みだ。
「強者を育てる一番の方法は実戦だ。特に戦場での実戦は、通常の立ち合いでのソレを遥かに凌駕する」
「君がベトナムでやったことのように……か」
「この時代に来たのは幸いだ……。戦場ではいつ、どこから何が飛び出すのか分からねえ。それが古の武芸者を鍛え上げた。かの宮本武蔵とて、関ヶ原の大戦に吉岡家との戦を経験していた」
「だが、刃牙は既に北海道でガイアを始めとする自衛隊の五人に……」
「あれで学んだのは戦場での精神性だ。常に多対一で立ち回り勝てるか、とは別の話だろうが。相手の攻撃を常に感知し、敵を倒す……それが出来ねば、俺の敵にはなれぬ」
「う……うむ……。確かにそうだが……」
「普通の人間相手じゃ、刃牙相手には束になっても敵わねぇ。だが、一発一発に一撃必殺の重みを乗せねば倒せぬ飢えに飢えた獣相手を多対一ならどうだ」
「……うぅむ」
ストライダムが腕を組んだ。
――分からぬ道理では無いが、あまりにも乱暴ではないか
ストライダムはそう思った。
下手をすれば物言わぬ死体になって帰ってきかねないのではないか。
いや、飢えている獣が相手だ。
死体は残るのだろうか。
――下手をすれば
ストライダムの脳裏に最悪の結末が浮かんだ。
「なあユージローよ。刃牙がこれを乗り越えられねば、君はどうする気だ」
「刃牙は乗り越えられねえ、とでも言いたいのか」
「いや……ッ! そういうワケでは……!」
「刃牙はオリバを相手に0.5秒の無意識を掴むようになった。これを猿相手に、多対一でやれればそう難しいことではない」
「そういう……ものか」
「ああ。生死の問題を考えるのであれば、刃牙についていった二人だろう。0.5秒の無意識について、ある程度は掴んでいるだろうが……」
「それについての明確な知識は無いだろうな。トール・ノーレットランダーシュがユーザーイリュージョンでそれを提唱したのが20世紀だ……感覚的な理解はあっても、根本の理解はない」
「そういうことだ」
「彼女らが、それを掴んでほしいと思っているのかい?」
「そうは思ってねえ。だが、ある程度は掴むだろうぜ。自身の身体能力だけで、夜叉猿の攻撃を避け、自身の攻撃をし、他者を守り、兵糧を奪われないように立ち回る……すべてを成し遂げるのは虎牢関の時の戦力では、まず不可能だ」
「もう一人、二人付いていけば話は変わっただろうにな」
ストライダムは声を落とした。
壱
『ホキョアアアアアアッッ!』
四方八方からの猿叫。
兵士は混乱し、咆哮の声で愛紗と星の指揮は所々かき消された。
「落ち着けっ! 奴らの狙いは食糧だ! 兵糧の守りを固めるぞ!」
それでもしっかりと訓練を受けた兵から落ち着きを取り戻し、徐々に鎮静されていく。
まだ浮き足立ってはいるが、まだマシにはなった。
「愛紗。分かってる? 相手は人を食うんだ」
刃牙が言った。
「……分かってる」
「一か所にまとめたら、集団で来るぞ」
星が言った。
「それも分かってる」
「……」
星は意外に思った。
愛紗のことなら『兵を見捨てろとでもいうのか!』と噛みつくかと思っていた。
もしくは姿の見えない数の不確かな敵を相手に、兵法通りに分散して不利な形を作らないでいることを考えているのかと思っていた。
兵法は人の集団を相手にとって考えられたものだ。
獣の群れ相手ではない。
それに対し、兵法がどれほど役立つというのか。
「相当にまずいか……」
「言わなくても分かるさ。……愛紗、星、あいつらの攻略法だけは教えておくよ」
「……どんなものだ」
愛紗と星が刃牙のそばに寄った。
刃牙は二人の耳元で、普通の音量で言った。
「夜叉猿の身体は天然の鎧といっていい。それを破るには武術ではあり得ない、渾身の力で技を守りが薄い急所……顔面に叩きこむしかない」
「素手の格闘ならばそうだろうな」
「生憎だが、私たちの手には
「それじゃあ下手して掴まったとき、後ろに回られたらマズイと思うけど。相手の筋肉は分厚い。中身に届く前に後ろからやられる」
「ああ、そうだな。というワケでだ三人で互いの背を守り、闘おうではないか」
「星の意見に賛成だ」
「掴まれたらどうする?」
「悪いが自己責任だ。助ける必要はない」
「それは兵もか?」
愛紗が聞いた。
「……そうだ」
振り絞るように星が言った。
三人は顔を向け合って頷いた。
「兵糧庫の前で迎え撃つ! 背中をお互いに守り合え! 来るぞ!」
愛紗は大声で言った。
すでに猿叫は止んでいた。
荒らしの前の静けさというヤツだろう。
三人は兵を兵糧を運び込んだ倉庫の前に移動し、兵たちを立て直した。
「星、刃牙。やるとしたら一撃だ」
「俺は少し厳しい気がするけどね」
「いやいや。刃牙ならばアゴをスコーンとやって気絶させられるだろう。とどめは兵に刺させればよい」
「言っている場合ではないぞ、星。来た」
篝火の向こうで影が動いた。
人と同じ二足歩行。
だが、大きさは桁違いだ。
一度見てはいるが、直立しているとより大きく見える。
体長は2mと半分を超えているだろう。
「一体しかいないのか……?」
「少なくとも目の前には、な。後ろから来るかもしれん……刃牙、倉の上はどうだ」
「……いたよ」
刃牙が見上げると、倉の上に猿が陣取っているのが見えた。
目の前に気をとられた隙に登ったのだろう。
「フシュゥゥゥ……」
『……ッッ』
猿が息を吐いた。
それだけのことで兵が怯える。
「愛紗、仕掛けるぞ」
「ああ。刃牙は上のを相手してくれ」
「分かってる」
愛紗と星は顔を見合わせてから、一気に前に出た。
愛紗は飛び、偃月刀の一撃を顔面に叩き付ける。
星は跳ねずに槍での突きを腹に浴びせる。
猿の対処は冷静だった。
両手で槍を両手で掴み、偃月刀は歯で噛み止めた。
「しぃッッ!」
愛紗は柄を軸にして猿のアゴを蹴り上げ、星は槍を回しながら引き抜く。
猿の口が開き、手のひらがズタズタになって血が流れだした。
「頭もいいな」
星が言った。
連携をきっちり凌ぐとは思っていなかった。
「刃牙から社会性がうんぬんとは聞いたが……面倒な相手だ!」
愛紗は再び息を吐き、偃月刀を叩きつけた。
猿は身軽にそれを避けた。
「ちっ!」
愛紗は舌打ちした。
「後ろから来たぞっ!」
星が叫んだ。
同時に刃牙の蹴りが飛び掛かってきた猿の顔面に当たり、猿は空中で体勢を崩して落ちた。
「星……後ろはいい。今はコイツを二人で……」
「いや、それは無理だな」
そう言われ、愛紗は周囲を見た。
いつの間にか猿の群れに取り囲まれている。
「ホキャッ」
「シュロロロロ……」
『ひぃい……ッ』
包囲されて兵の士気は完全に無くなってしまっている。
普通の兵相手の戦でも取り囲まれたら、そうなる。
ましてや、今は化け物相手だ。
士気がない事を誰が責めることができようか。
「怖いのなら下がっていろ! コイツの倒し方なら、私が見せてやる! 星と刃牙は横槍を防いでくれ!」
愛紗が吼える。
そして、一歩前に出た。
「愛紗分かってる? 失敗したら兵士はみんな役立たずになるぜ」
刃牙が言った。
「ああ。言われなくてもな」
「ケガを負うのもマズイ。獣の爪っていうのは雑菌の巣だ。ケガから化膿し、下手すれば死に至る」
「そうか。なら、手から狙っていくか。一つ、やってみたいこともあるしな」
愛紗はそう言って武器を構え直した。
弐
愛紗は徐州で、徐州以前の土地でも何度か烈海王と手合わせをしていた。
中身は様々なものがあった。
武器同士、武器対素手、素手同士。
その手合わせの中で、愛紗は色々なものを見ていたつもりだ。
太刀筋、技術、多種の武器。
様々なものの中から今まで見たこともない技術を見た。
これがきっと、これからのずっと先に生まれる技術、中国武術なのだろう。
たまらない。
「なあ、烈」
ある日のことだった。
愛紗は烈海王に一つの質問をしていた。
「お前の使う中国武術と今、私が使っている技の違いは何なのだろうな」
愛紗がそう言うと烈海王は驚いたような顔をした。
「何だ、その顔は」
「いえ……てっきり、立ち合いの中で盗むつもりだと思っていたので……」
「ある程度なら一度見れば出来る。もっとも足の指で髪を掴む、などという器用なことは出来んがな。私が聞きたいのは技のことより、もっと根っこにあるものだ」
「根っこ……といいますと」
「うむ。烈の太刀筋にせよ、拳足にせよ尋常なものではない。だが、変に特別か、と言われるとそうとは言えん」
「……」
「何というかだな……」
「いえ、何となくではありますが聞きたいことは分かりました」
烈海王はそう言って愛紗の顔をしっかりと見た。
「これはわが師、郭海皇の言っていたことなのですが……」
「うむ」
「女、子供、年寄りといった体力の恵まれぬ者にこそ技が必要である……と。その者に使えぬ技に意味はないと仰ってました。事実、老師は146歳の老齢でありながら、今なお、その技で中国武術界で最高の実力を持っています」
「なるほど……!? 146!?」
「はい」
納得できる話だった。
郭海皇という人間の歳以外は。
それは分かった。
「……だが、そういう技術を体力に優れた烈海王が使う……それだけで、こうも私がまったく知らない技術ができるものか?」
「愛紗さん。付け加えるのであれば、もう一つあります」
「何だ」
「これはもう技術ではありません。私と愛紗さんの大きな違いは、人体の知識があるかどうかでしょう」
「……知識か」
無論、ある程度は知っている。
首、胸、腹。これが急所だ。
それを切られた人間は死ぬ。
「何か、私たちが知らぬ急所があるのか」
「あるでしょう。その知識から狙い所も少々異なりますし、得物によって色々とやり方も変わります」
「ふうむ」
「例えばです」
烈海王はそう言って愛紗から距離をとった。
愛紗が愛用する偃月刀では届かぬ距離だ。
「この距離ではどうしますか?」
「……前に出るしかないだろうな」
「私ならこうします」
烈海王はそう言って、服の中から鏢を取り出した。
「これで相手の目を狙います」
「目……」
分からぬ狙い目ではない。
だが、偃月刀では絶対に狙わない。
「酒と火があれば、それを武器にもします」
烈海王は当然、とでも言いたげに言った。
「そういった得物によって使い分け、狙いどころを変えているのが知らぬ技術に繋がっているのではないでしょうか」
「そうか……だが、私は偃月刀を捨てるつもりはない」
「ならば色々な急所を覚えて、人体について学んでみるのは如何でしょうか。攻め手が広がると思いますよ」
「ああ。それからやってみるか」
愛紗はそう言って笑みを浮かべた。
参
猿、というものは動物の中ではかなり人間に近い。
似ている、というのは体の造りがだ。
首を切れば猿も死ぬ。
胸を突けば猿も死ぬ。
――まず狙うべきは……
愛紗は考えた。
「アキョッッ!」
猿が声をあげて文字通りに飛び掛かってくる。
右手が大きく振り上げられている。
「しっ!」
息をはしらせ、偃月刀を振り上げた。
猿の右手首がゴトリと音を立てて落ちていった。
驚愕した顔をしている。
――関節にうまく刃を滑りこませれば、骨の感触は……
愛紗は烈海王が言っていたことを思い出していた。
――最小の斬撃で……最大の痛手、最大の損傷を! そして……渾身の力を込める時は込める!
愛紗は強く歯を噛み合わせてた。
――既に多少は理解していると思いますが……歯を強く噛み合わせることで、より大きな力をだせます
一歩前に出ながら、振り上げていた刃を一気に振り下ろす。
確かな手ごたえ。
ブツブツと骨と肉が切れていく。
下ろしきった。
大猿の身体は唐竹割りになっていた。
「おおぉ……」
兵から感嘆の声。
「上手いこと斬れるものだな」
星が言った。
「これで尻尾を巻いて……逃げそうにはないな」
星は周囲を見た。
猿たちはまだ息巻いている。
「恐ろしいものだな、飢えというのは。仲間一人……いや、一匹の死をどうとも思っていないようだ」
「言ってる場合か! 来るぞ!」
愛紗が言った。
同時に猿の群れが波のように襲い来る。
「かっ!」
星は勢いよく槍を突きだした。
「オキョァッッ」
猿は吼え、槍の切っ先に噛み付いた。
星は腕に力を込めて押し込もうとしたが、槍は動かない。
同時に星の右手側からも猿が襲い掛かってくる。
――仕方あるまい!
星が槍から手を離そうとした瞬間、刃牙は右手から来る猿を蹴り飛ばし、愛紗は槍を噛んでいる猿の首を切り落とした。
噛みついていた猿の口がダラリと開いた。
「おお、助かったぞ」
「言ってる場合か!」
「星。落ち着いて相手の攻撃の起こりを読めばいける」
刃牙が言った。
事実、刃牙は先読みしているように猿の攻撃を避け、その隙に自分の攻撃を叩き込んでいる。
「無理とは言わんが難しい注文だな!」
星はそう言い、迫ってきていた猿の腕を突きさした。
その猿に刃牙は掌底を食らわせて猿の意識を飛ばし、その隙に星は槍を引き抜いて顔面を突いた。
「まずは一つ!」
「なら次だ!」
愛紗はそう言って一番近くにいた猿を切った。
――本当に綺麗に斬れている
星は愛紗が切った猿の切り口を見て、そう思った。
「愛紗! いつの間にこんなコトが出来るようになった!」
「単純なことだ! 烈に教わった!」
「ほう……烈海王はそこまで剣術にも長けていたか!」
「星! 貴様のほうは何か使えるものがあったか!?」
「無い! こやつ等の攻撃を受ける余裕も無い! 『プロレスの美学』なんてものは今、実践できんな!」
大声を出し合う。
ここは既に戦場だ。
相手は化け猿。
兵士の断末魔、猿の咆哮。
これらが普通の声をかき消してしまう。
その中でバリバリという音がする。
鎧、骨が噛み千切られている音だ。
血の臭いもする。
「じゃッッ!」
刃牙は声をあげ、猿の耳の穴に貫手をした。
鼓膜を破り、その中の器官に触れた。
猿は悲鳴をあげた。
「オキョァァァッッ!」
――やはり同じだ
刃牙の脳裏にプツプツと飛騨の夜叉猿が浮かんでは消える。
――今はアレと違う……ッッ
目の前にいる猿は静かに暮らしたい、と願っている無垢な存在ではない。
人の味を知った魔獣だ。
飛騨の彼らとは違う。
「ホキャッッ!」
「まず……ッッッ」
気が回っていなかった。
後ろから牙を突きたてようと、猿が迫っている。
振り返った時には目の前にいた。
「しゃっ!」
星が横から猿の頭蓋を貫いた。
猿の目がグルリと白目をむく。
「……助かったよ」
「何をボサッとしていたのだ?」
「いや……何か思い出しちゃってね」
「お前が言っていた猿のことか。アレとは別物だぞ」
「分かってるさ」
「……何をゆっくりと話をしている」
愛紗が二人がいる方へと歩いてきた。
気が付けば周囲が静かになっている。
「私は刃牙に助太刀したところだ。で、お主は話をしていていいのか」
「いいもなにも、化け猿は引き上げていったからな」
「引き上げて……?」
星はそう言われて、はじめて周りを見た。
「確かにいないな」
「だけど……猿の死体は少ない」
刃牙が言った。
確かに周りにある死体は10もいかない程度だ。
8体ほど。
群れにとって痛手と言えば痛手なのだろうが、壊滅とか言えるような状態ではない。
「一方こちらは……死体よりも生き残りを数えた方が早いな」
星は溜息を吐いた。
参
生き残った兵士のほとんどが何らかの傷を負っていた。
生き残った数は全体の4割と言っていいだろう。
その中で無傷なのはさらに少ない。
というよりか無傷なのは愛紗、星、刃牙の三人だけだ。
死体は全部を見つけることは出来なかった。
見つからないものは、おそらく猿の餌になったのだろう。
「どうする……?」
愛紗が言った。
「撤退、というのが一番だな。普通の戦なら」
「とりあえず……生き残った人は全員、村人と一緒に、どこか避難先に逃げてもらうのがいいんじゃない」
村人は全員が倉に入ってもらっていた。
近くに丁度いい逃げ場が無かったからだ。
「この負傷兵を付けるのか。守る力にはならんぞ」
「ああ。守ってもらうのはこちらだろうな……あべこべな話だ」
「じゃあ……」
刃牙は再び考え出した。
「もう……仕方ないだろう。負傷兵はどこか別の所に隠れて、猿は私達三人で何とかするしかあるまい」
愛紗が言った。
「出来るか? あの化け猿を。先ほどまでは多少は分散していたが、今度は集中してくる」
星が言う。
「それに、次にいつ来るかも分からない。ひとまず逃げよう」
「それは出来ない」
刃牙の提案を愛紗が一蹴した。
「桃香様が領主になってから日が浅い。その状況下で、たかだか獣退治に失敗してみろ。……どうなるか、言われなくとも分かるだろう」
「少なくとも、もともと益州にいた人間は裏切るな」
「だろう。そうなっては国が倒れる」
「なんか……とんでもないことに首突っ込んだね、俺たち」
刃牙が言った。
「愛紗。次に猿が来るとしたらいつかな」
「今夜だ。刃牙の言った通り、社会性があるのならな」
「何でそう思うんだ?」
「実際、ある程度はヤツ等の仲間を斬ったのだ。それなりの知性があるのなら恨んでいるだろう。その恨んでいる相手が、明らかに減って弱っている。加えて自分たちは死体を食って、腹も少し膨れている……好機だろう」
「なるほどね……今夜は徹夜かァ」
刃牙は試験前の高校生のように言った。
「何だ、あんまり深刻に思っておらんのか」
「負ける、とか死ぬとかは思ってないよ。勝ち目のない相手じゃない」
「なら安心だな。また、三人でお互いを守り合うように……」
「いや、星。それは厳しいだろう」
愛紗が言った。
「次は波の密度が上がる。周りに気を配る余裕があるかどうかは分からない」
「ならば、お互い死なぬように奮戦……か」
「ああ。無理とは思わんだろう?」
「面倒ではあるがな」
星はそう言って自分の槍を見た。
刃こぼれはない。
次に拳を強く握った。
力は残っている。
「愛紗、お前の武器は……うん?」
星は自分の持てるものを確認してから愛紗の方を見た。
愛紗は地面に座り、目を閉じている。
「何だ? まさか……」
星が一歩、愛紗に近づいた。
すると愛紗は急に眼をカッと見開いて、星に対して武器を構えた。
「……本当に寝てたのか」
星が呆れたように言った。
「ああ……。どうも、あの闘い方は強いが……慣れんことをしたせいか疲れた……。少しの間、目をつぶる」
「いざという……起……す……しば……」
愛紗は少し目を閉じた。
同時に睡魔が襲い掛かり、星の声も途切れ途切れになった。
肆
「む?」
しばらく目をつぶってから愛紗は目を覚ました。
何分たったかは分からない。
だが、気分は一晩しっかりと寝たように晴れ晴れとしていた。
「星! 刃牙! 猿は……?」
立ち上がって周囲を見る。
白いモヤが立ち込め、よく周りが見えない。
「ケクケクケク……」
「何者だ!」
愛紗は大声で言ったが、返事はない。
不気味な笑い声だけがする。
――物の怪か!
愛紗は自身の武器を構えようとしたが、どこにも見当たらなかった。
「ちぃっと……見とったよ……」
モヤの向こうに人影がある。
一瞬だけ顔が見えた。
サングラスをかけ、肌がしわくちゃで鱗のように見える。
老人、という言葉ではこの人間を表現できないのではないか、と思ってしまうほどの老いが見て取れる。
背丈は155cmほどか。
愛紗は困惑していた。
なぜ急に、こんなワケのわからぬ所にいるのか。
星と刃牙はどこに行ったのか。
目の前の老人が誰なのか。
さっぱりと分からない。
「上手いこと攻めはするが……守りはどうにも……」
「……」
「あんな大きく動いとったら……疲れるじゃろうなぁ……?」
「……」
「力を抜くことよ。そうすれば身体は羽根のように軽くなり、あんな攻撃など簡単に避けれる……」
「……」
「宙に浮く紙に、何ができようか」
老人はそう言い、愛紗にいつの間にか手にしていた偃月刀の刃を向けた。
――私の……!
「
老人はそう言い、愛紗に刃を振り下ろした。
伍
「うあっ……!」
「何だ愛紗、急にうなされたな」
「星……?」
「何を寝ぼけてるのか。何があったのか忘れたか?」
愛紗は自分の顔、胸、腹を触り、手元に偃月刀があるのを確認して大きく息を吐いた。
「悪い夢でも見たか」
「ぶった切られた」
「それは縁起の悪い夢だ。お祓いでもしてもらったらどうだ?」
「そんな時間ないだろう」
愛紗はそう言い、ゆっくりと立ち上がった。
「もう寝るのはいいのか? 四半刻も経っていないが」
「ああ。……刃牙はどうした」
「兵を違う倉に入れに行った。もうすぐ戻ってくる」
「そうか……」
――消力……
愛紗は夢の中で聞いた言葉を何度も頭の中で繰り返した。
「どうした、愛紗。気がかりなことでもあるのか」
「いや、別に……」
「そう言うのは何かあるときだ。言ってみろ」
星が愛紗の顔を見て言った。
愛紗は少し迷った。
夢の中で聞いた自分も知らぬ言葉を、どうして他人が知っているだろうか。
星の顔をチラリと見た。
――馬鹿にしてくることは無い……か
愛紗はそう思った。
「うむ……そのな……消力……という言葉に聞き覚えはあるか?」
「何だそれは? 初めて聞くものだ……刃牙か帰ってから軍師殿にでも聞いてみたらどうだ」
「星も知らんのか……」
「そりゃあ……いくらこの私でも、天地万物に通じているワケではないからな」
星はそう言い、戻ってきた刃牙の方に視線を向けた。
「刃牙どうだ? しっかりと全員が避難したか?」
「なんとかね」
「ならばよい。で、愛紗が何やら気になっているらしくてだな……」
『ホキョアアアアアアッッ』
再び、咆哮。
「刃牙、私の質問は後でいい」
愛紗はそう言って偃月刀を握りしめた。