真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
愛紗、星は武器を構え、刃牙は素手で構える。
日は沈みきっていて、空には月と星が見える。
明かりは辺りの篝火だけが頼りだ。
「今度の狙いは食糧では無く、復讐だ……気を付けろよ」
愛紗が言った。
「あの巨体であの速度、それが私達だけを目がけて……か。嫌になるな」
「でも、今度はそれだけ狙いが分かりやすいし、対処しやすい。悪いことじゃない」
「ああ。思い切り自分の腕を試せる、というものだ」
刃牙と愛紗の言い分を聞いて、星は苦笑した。
――もう、闘いのことしか頭にないではないか
星はそう思った。
「……来たっ!」
愛紗が言った。
同時に猿が飛び掛かってきた。
目には怒りの炎が灯り、大きく開いた口で、上下の牙を涎が繋いでいる。
「しゅぃっ!」
愛紗が細く息を吐き、偃月刀で猿の大きく開けた口を突く。
猿は偃月刀の刃を掴み、それを支点にしてさらに跳んだ。
「むっ!」
――狙いは星か!?
愛紗は思った。
星ならばトドメをすぐに刺せる。
そう思った。
猿の狙いは愛紗の少し後ろにいた、星と刃牙だった。
二人を蹴り潰す位置に飛んでいた。
星と刃牙はバックステップし猿がおちてくる場所を避けた。
「うっ!」
「ッッ!!」
同時に二人のうめき声がした。
「星! 刃牙! どうした!」
愛紗は後ろを振り返った。
振り返った先には、三体の猿がいた。
一体は飛んだ猿。
そして、他の二体は何かを投げた後のような体勢だった。
――分断されたか!
愛紗は一瞬で察知した。
おそらく、一体目の猿が飛び掛かって注意を引きつけた隙に他の二体は後ろに周っていたのだ。
そして飛び掛かる猿は、星と刃牙の二人を後ろに退かせた。
退く二人の目は飛び掛かる猿に向いていたことだろう。
後ろに潜んでいた猿は、視線を向けずに下がってきた二人を捕まえて、投げ飛ばした。
愛紗は何となく、これだけのことを察した。
――ヤツ等には社会性がある……
刃牙がそんなこと言っていたな、と愛紗は思った。
だが、こんな知能があるとは思っていなかった。
獲物を追い込んで狩りをする。
――こんなことが猿に出来るのか!?
そう思った瞬間に、ぞくり、と背中に震えがはしった。
「しぃぃっ!」
愛紗は振り向いている身体のひねりを利用し、一気に偃月刀をぶん回した。
同時に愛紗の頭上に影がかかった。
ぞくり。
――上……猿……!
大猿が愛紗の頭上から、大口を開けて飛びかかってきていた。
愛紗は無理矢理、力ずくで振った偃月刀を引き戻し、その柄で頭上からの猿の噛みつきを防いだ。
だが、同時に横からは最初に襲い掛かってきた猿が迫ってきている。
「くぅぁっ!」
愛紗は呻いた。
大猿を柄に噛みつかせたまま、石突きで迫ってくる猿の眉間を叩いた。
「ホギョアッッ」
猿がひるんだ。
「るぁあっ!」
愛紗は全身の力で偃月刀を振り回し、柄に噛みついていた猿を地面に叩き付けた。
――連携の上に連携……!
愛紗は跳ねた。
そうして、二体の猿を自分の視界においた。
――ひとまず、今ここにいるのは二体……!?
「シュイっ!」
嫌な予感がした。
猿が笑んだような気がしたのだ。
そして全身に寒気がした。
愛紗は自分の後ろを斬った。
かすかな手応え。
偃月刀の先に血が付いた。
「ホギョァッッ」
猿の声。
胸に一筋の赤い線ができていた。
愛紗はそんなことを気にも留めず、じっと兵糧が入っている倉を睨んでいた。
――いるのは四体……!
愛紗はそう睨んだ。
壱
「げほっげほっ……ぺっ」
星は一度せき込んでから、口の中の砂を吐いた。
猿に投げられ、地面を転がったせいで白い服が土埃にまみれて薄汚くなっていた。
「くっ……! 油断した」
――してやられた!
星はそう思った。
油断はしてなかったはずだ。
気付いてもいた。
だが、気づいたのは後ろに跳んでからだった。
逃げようにも逃げれないタイミングだった。
「くむぅ……」
星は呻きながら立ち上がった。
いるのは倉の近くの林の中だった。
月明り、星明りはまともに差さず、辺りは闇に包まれている。
――早く愛紗と刃牙の援護に行きたいが……!
耳を凝らすと、どうにも周りにはあの猿がいるようだ。
まずはこの猿を片付けないことには、先に進めない。
――くそっ
星は心の中で毒づいた。
「ホキョッ」
「ホキャァァアアアッ!」
「ホキョアアアアアアッ!」
星の周りで猿がいきり立って吼える。
いるのは三体程か。
やかましいこと、この上ない。
――厄介だ
星はそう思った。
夜目は利かない方ではないが、この暗闇の中ではっきりと敵を捉えられるほど良くはない。
ならば耳で補おうと考えていたが、こうもやかましく吼えられては、その手も使えない。
――ちぃ
星は手元の槍を握りしめて目を閉じた。
――気配を読み、それで……!
そう考えた。
集中すると、咆哮の中で微かに草木が揺れる音、地面を歩く足音が聞こえた。
――あそこか!
星は何かが近づいてくる音がする方を向いた。
「しぃっ!」
目を開け、一気に歩いてきたモノに迫る。
勢いよく踏み出した瞬間、何かが星の顔に当たった。
それも右目のあたりにだ。
――小石!
当てられたのは何か、すぐに分かった。
問題は何故、完全にタイミングを合わせるように石が投げられたのか、ということだ。
星の身体から嫌な汗が出た。
――あの音は罠か!
もう、そうとしか考えられなかった。
あの巨体とはいえ、音を立てずに近寄るということは出来るハズだ。
現に、誰にも気付かれないよう、刃牙と星の背後に周っていた。
では何故こんな罠をしかけたのか。
猿の咆哮が、どこか嘲るような声色になっている。
小石を当てたのは、ただの辱めだ。
星を侮辱するためだけのもの。
――急いで命をとる必要もない、と思っているのか……っ!
星の心がブツブツと燃え滾っていく。
怒りを露わにする性格ではないが、このような目にあって、普段通りのひょうひょうとした態度をとれるほど穏やかではない。
「ほきゃぁぁぁぁあっ!」
猿によく似た咆哮。
星は、誰が、どこからあげた声なのかも分からなかった。
分かったのは、これを出した瞬間に静かになったことだ。
――さて、これからどうするか
林は静けさを取り戻していた。
虫の声、フクロウの鳴き声、といったのは聞こえないが、風に揺れる草木の音はよく聞こえる。
――猿の音は……あった
さて、どうするか。
こちらから行って、一息に止めをさしてやろうか。
星はそう考えた。
認めざるを得ない事実。
この猿は賢い。
下手に突撃でもしたら、この猿は後ろを突いてくるだろう。
それに対処をすれば、また後ろがくる。
それに対処すれば……。
きりがない。
――相手の考えを裏切らねばならん
裏切る?
どうやって。
星は考えた。
考えるといっても、ほんの一瞬だ。
猿の足音が聞こえた時には、すでに答えが出ていた。
戦ではあり得ぬ技術……命のやり取りが大前提の時、決してあり得ない選択。
星はそれを知っていた。
「ホギョァッ」
猿が飛び掛かってくる。
闇の中から、口が真っ先に星の視界に入った。
――そうか。そうくるのなら……
星は左腕を差し出すように突きだした。
「ッッ!」
――やはり賢いな、この猿は。こうも分かりやすい表情をする
猿は驚いたような顔をした。
猿の口の中へ、星の腕が吸い込まれていく。
「かぁっ!」
星が気を吐き、猿の口の奥へと手刀を叩き込んだ。
猿の口が閉じていき、腕の皮が牙で切り裂かれる。
「しゅいっ!」
星は槍の穂の根元を掴み、切っ先を猿の目に突っ込んだ。
――肉なら切らせてやる! 場合によっては骨も折らせてやる! ただ、貴様の肉は必ず斬る!
ぐりぐりと穂先を目に押し込む。
猿は暴れるように首を振り、星の華奢な身体は振り回された。
噛ませた左腕からミチミチと嫌な音がする。
激痛。
それと同時に星の手応えに、何か固く薄いものを破った感触があり、次に軟らかいものの手応えがあった。
眼底を破り、脳みそにまで穂先が達したのだ。
ぐじゅぐじゅと脳みそをかき回され、猿は息絶えた。
口がだらりと開き、星の腕が抜けた。
そうなってから星は自分の左腕を見た。
酷いありさまだ。
――被害は甚大……だが、このままいく!
服の袖を切り裂き、左腕に巻くようなことは一切しなかった。
戦場で、敵の前で、誰がそんなことをするだろうか。
――声がしていたのは……
星は声がしていた方を思い返して、一気に駆け寄った。
がさり、と木から音がした。
星はその音がした方を向いた。
「オキャァァァッッ!」
木の上から、猿が飛び掛かってきた。
腕を大きく振り上げ、その鋭い爪で星に襲い掛かった。
――獣の爪っていうのは雑菌の巣だ。ケガから化膿し、下手すれば死に至る
星は刃牙が言っていたことを思い出していた。
――これは……くらってはいけない一撃だな
そう思った。
――知ったことか
そうとも思った。
両手で柄を持つことは出来ても、受けることはできない。
左手の被害はそれほどだった。
「こい!」
星はそう言って、槍の穂の根元を右手で強く握った。
左手は動かさない。
上から襲い掛かってきた猿の爪が、星の肩から胸を切り裂いた。
白い服が血の色に染まっていく。
猿が星の目の前に着地した。
そこを狙い、星は左腕を猿の首に巻きつけ、右手で握っていた槍の穂を猿の首筋に突きたてた。
「ホギョォァ!」
悲鳴。
猿は、離せ、と言わんばかりに星の右肩に噛みついた。
ブツブツと肩の肉から音がし、骨の髄にまで激痛がくる。
「ああああああっ!」
星は叫びながら左足で猿の股間を蹴り上げた。
噛みつきが弱まりはしたが、離れない。
星は逆に、激痛がする左腕に力を込めて猿の顔を自分の方に近づけた。
そして、右手にも力を込めて猿の首に穂先を食いこませた。
猿の身体がビクンと痙攣した。
それで、猿の牙がさらに星の肩に食い込んだ。
だが、それ以上に牙が入ってくることはなかった。
穂先を引き抜くと、傷口から血が噴き出した。
左手を首からはずし、猿の口に指をかけてアゴを開いた。
特に抵抗はなかった。
猿の身体の重みがズシリと星にかかった。
――これで二体……
星は猿の身体を、捨てるように転がした。
辺りが静かになった。
木の間から漏れる月明りが美しい。
「……ふん。逃げたか」
星はそう呟き、愛紗がいる方に向かって歩き出した。
足に傷はないが、傷が痛むのか少しふらついている。
少し歩いて足を止め、多きく息をはいた。
「ふん」
星は右手で槍を投げた。
どさっと何かが倒れる音がした。
そして星は投げた方へ歩いていった。
そこには仰向けで猿が倒れていた。
「貴様の気配など分かり切っておる」
星が投げた槍は猿の眉間に突き刺さっていた。
念のために一度、少し刺してから右足で猿の顔を抑えて槍を抜いた。
「……これで終わりか」
どこか寂しそうに星が言った。
その瞬間、猿の身体が動いた。
痛。
倒れていた猿が、星の右足のふくらはぎに噛みついた。
イタチの最後っ屁というヤツだろう。
「ちぃっ!」
星は槍を勢いよく振って猿の首を切り落とした。
そうしてから猿の首を足から外した。
首をそこら辺に捨て、再び愛紗がいる方へ歩き出した。
今度は右足を引きずっている。
少し歩くと影の向こうに倉の近くの篝火の明かりが見えた。
倉までの道に、二頭の猿がいた。
両方とも顔に傷がある。
群れの中でもトップクラスの猿だろうか。
外見からして数々の修羅場を超えてきたのだろう。
星は自分の身体のことを思い出した。
左腕は切り裂かれ、ズタズタだ。
右腕は肩が傷ついている。
右足はふくらはぎをやられている。
――これでやるのか……
これでいいのか。
これでいい。
常にベストコンディションなんて望むべくもない。
それにまだ骨は大きく損傷していない。
星は笑みを浮かべた。
弐
愛紗の身体の周りには様々なものが転がっていた。
猿の腕、猿の首、猿の胴。
そして足元は文字通りの血の海となっている。
既に二体の猿を切り、残った二体の内、一体は左ひじの先を失っている。
愛紗とて無事では無い。
服の一部が裂け、その下の傷口から血が出ている。
明かりの下で闘っているためか、星よりは軽傷だ。
「なんだ……もう来ないのか」
愛紗が言った。
通じるとは思っていない。
返事を待たずに愛紗は手負いの猿に切りかかり、一太刀でその首を切り落とした。
――最後!
返す刀で一気に残った猿の首を刈り取りにいった。
猿は跳ねて、その一撃を避けた。
――斬り上げる!
振り切った偃月刀を斬り上げようと腕に力を込めた時、偃月刀にあり得ぬ力がかかった。
愛紗はその力に引き抜かれた。
不意に顔面が掴まれ、目の前が真っ暗になった。
――もう一頭いたのか!
そう思った瞬間、後頭部から背中へと強い衝撃がきた。
木に叩きつけられたのだ、と愛紗は理解した。
――一頭ぐらい何てことはない
そう思って偃月刀を振ろうとした瞬間、顔面に衝撃がきた。
一瞬目の前が明るくなったかと思ったら衝撃がきた。
後ろの木の幹がミシリといった。
いや、もしかしたら骨の音かもしれない。
猿の拳は何度も来た。
愛紗の顔面に打ち付けられるたびに、幹から音がする。
猿の拳に生えている毛が愛紗の血で染まったころ、猿は攻撃をやめた。
必要な攻撃、とはいえない攻めだった。
それだけ強く恨んでいたのだ。
愛紗の手から偃月刀が滑り落ちた。
それを見て猿は笑みを浮かべるた。
そして、軽く跳んで愛紗の身体にドロップキックをした。
蹴りの勢いで愛紗の背中の木が折れた。
愛紗の目には力が抜けていて、そのまま倒れた。
始め愛紗と向かい合っていたいた猿が倒れた愛紗にゆっくりと近寄ってきた。
少しの間、倒れている愛紗を見下ろすと、おもむろに顔を寄せた。
そして、愛紗に向かって拳を振り下ろした。
拳が当たったかと思われた瞬間、愛紗の意識は覚醒していた。
何か強烈なものが愛紗の意識を叩き起こしていた。
転がって拳を避ると、流れるように滑り落ちた偃月刀を拾い、膝を地面に着けたまま偃月刀を振って、拳を振り下ろしてきた猿の首を一閃で切り落とした。
「はぁーっ……はぁーっ……」
息が切れていた。
ただ立ち上がるだけなのに身体がよろよろとする。
偃月刀の刃先は上がらず、地面に触れている。
力が抜けきっていた。
それを見て残った猿が襲い掛かってきた。
愛紗の目は開いているが、それを見ていない。
横薙ぎに右拳が襲う。
愛紗はその一撃が当たる瞬間に、猿の腕に寄りかかるように倒れていった。
腰のあたりに猿の腕が当たり、そこを軸に愛紗の身体が回転した。
頭が地面に、足が空に向かう。
同時に偃月刀の刃先が跳ね上がった。
猿が腕を振った勢いで、刃が回る。
その一撃は猿の顔面を切り裂いた。
愛紗の身体が地面に落ちた。
身体の上に血の雨がかかる。
もう、周りに猿の気配はない。
――終わったな
落ちていく意識の中、愛紗はそう思った。
参
「ふすーっ……ふすーっ……」
星は右手で切り落とした猿の首を二つ持ち、槍の柄を口で加えて林から戻ってきた。
戻ってきたときに目にしたのは愛紗が倒れながら猿の首を切り落としたところだった。
――そうか、愛紗も終わったか
星はそう思った。
安堵した。
だが、倒れた愛紗が動かない。
嫌な予感がして星は槍と猿の首を捨てて、愛紗のそばに走り寄った。
「愛紗!」
「なんだ……騒々しい」
かすかな声であったが反応した。
「星……お前は終わったか?」
「ああ。そこに首もある」
星はそう言ってアゴでさした。
愛紗はそれをみて、ふぅ、と一息吐いた。
「……刃牙は」
「……おらんな」
「そうか……なら、助けに行くか」
愛紗はそう言ってヨロヨロと立ち上がった。
「おい、大丈夫か」
「ああ。それを言うならお前もだ」
「仕方ないだろう。だいぶ叩かせたからな」
少し話し続けて愛紗の意識はしっかりとしてきた。
愛紗はゆっくりと刃牙が投げ飛ばされた方に歩きだした。
「行けるか?」
「お前こそ」
そう言って林に向かい、入り口に差しかかった所で刃牙が奥から歩いてきた。
着ていたTシャツは無くなっていて、身体のあちこちにアザが出来ていた。
血もあちこちについている。
顔にはいくつも腫れがあった。
「刃牙……止めは刺したか?」
愛紗が言った。
「さあ……こっちは素手だからね。無力化はしたけど、死んだかどうかは……」
「そうか……なら、生き残った兵に首をとらせよう」
「なら、私が兵に伝えよう。そうしたら、少し寝て……成都に帰るか」
星はそう言い、兵が避難した場所へと歩いていった。
今回で蜀漢建国編は終わり、次の章では閑話をもう一度やろうかなと考えています。
今後ともよろしくお願いします