真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
烈海王編:薬膳料理
「ほう。よく効いたな……烈の薬は」
星は左腕に巻いていた包帯をほどき、そう呟いた。
左腕にあった裂傷は綺麗に治っている。
愛紗、星、刃牙が成都に帰ると大騒ぎになった。
兵のほとんどが傷つき、将達も無事ではなかった。
それに加えて星が持ち帰ってきた大猿の首、愛紗が話した大猿の話。
制圧した領地の統治に加えて猿の対処も大事な案件になった。
これらの案件を処理したのは文官たちであった。
朱里、雛里を筆頭とした古参の文官に、もともと益州にいた文官。
これらが一丸となって不眠不休で処理をした。
「で、烈よ。お主は先ほどから何をしておるのだ」
星が言った。
烈海王は草をすり鉢に入れ、あぐらをしてすり鉢を固定しながらゴリゴリとすっている。
「実は少々、困ったことになりまして……」
「困りごと? 何があった」
星がそう言うのと同時に扉が開いた。
「烈さん……。お願いしていた薬草は……」
「朱里か。ちょうど今、出来たところだ」
烈海王はそう言ってすり鉢を朱里に差し出した。
「何の薬草だ、これは」
星はすり鉢の中身を覗き込んで言った。
すり鉢の中身は緑色のものが入っていた。
臭いをかぐと、ツンと草の青臭い臭いがする。
「解熱剤……とでも言いましょうか」
「ははん。これをするように朱里に頼まれたのか」
「いえ。症状を朱里から聞いて、私が勝手にやったものです」
「……烈はこういう薬草にも詳しいのか?」
「白林寺での修行の中で身につきました」
星は、ほぅ、と呟いた。
「で、これを誰に使うのだ?」
「それは……」
「烈さん。あの……」
朱里が控えめに言った。
「分かった。様子を見に行くか」
烈海王はそう言って立ち上がり、部屋を出た。
「誰か風邪をひいたのか」
星も烈海王の後ろから付いていった。
烈海王と朱里が入ったのは朱里の部屋の隣の部屋だった。
雛里の部屋だ。
「うぅ~ん……」
「そうか。風邪をひいたのは雛里か」
「ええ。身体が強い方ではないですし、ここ最近と忙しかったようですから」
雛里の顔は真っ赤になり、うなされている。
朱里は持っていたすり鉢を机の上に乗せると、雛里の額にのせてあった濡れ布をとり、冷水につけてから絞った。
烈海王は濡れ布がどかされた雛里の額に手をあてた。
「まだかなり熱が出ているな……」
「とりあえずはゆっくり休ませておくしかないだろう。下手に仕事をして悪化した、なんてなれば大ごとだ」
「ええ。星さん、そこの布をとって広げてください」
「こうか?」
「はい。少しの間そのままにしてください」
烈海王はそう言って近くの水差しに中身があることを確認した。
そして、星が広げている布の下にお椀を置き、布の上にすり鉢の中身を乗せた。
「これに水を通します」
「茶のようなものか? それなら少しの間は湯につける方がいいのではないか」
「そうしてもいいのですが、かなり苦味がでます。水でもそれなりに苦くなるのですが……湯だともっと苦くなるので。雛里が飲めるのならいいのですが……」
「……無理だろうな」
星の脳裏に苦味に悶える雛里の姿が浮かんだ。
病人にそんな目に合わせるのは流石に酷だろう。
水差しの水を布に通すと、ほのかに緑色に染まった水が布から流れ落ちた。
水を流すのを止めても、ぽたぽたと滴り落ちる。
「これで完成か?」
「いえ。今、滴っているのも入れます」
「絞らないでいいのだな」
「はい。ある程度、水が落ちなくなったら完成です」
「ふぅむ」
「では私は桃香さんに雛里の容体を伝えてきます」
「じゃあ私は烈さんが出てる間に、色々と整理しておきます」
烈海王はそう言って部屋を出ていった。
部屋に残った朱里は雛里の身体の汗を拭いたり、新しい濡らし布を額にのせたり、机の上の処理案件を整理したりと、身の周りの世話をしている。
星はそれを見ていた。
そうしている内に、自分はずっとこうしていていいのか、と思ってしまう。
「なあ朱里。私も何かやった方がいいか?」
「いえ。大丈夫ですから、お薬の面倒を見ていて下さい」
「とは言ってもだ。ただ布を持っているだけでは……」
「お薬も大切なので……」
「むぅ」
星は仕方がなく、滴り落ちる緑色の液体を眺めることにした。
滴が落ちて、茶碗の中身に波紋ができる。
布から滴がにじみ出てくる。
ずっとそんなものを眺めていたら、ふつふつと星の中に、この液体への興味がわいてきた。
――湯で淹れると苦味が出るそうだが、これはどうなのだろうか
星は小指を布から出た滴につけて一舐めしてみた。
「っ!?」
「星さん、どうかしましたか?」
朱里が星に何かを話しかけているが、星に答える余裕はない。
口に入れた瞬間に予想を超えた苦みが星の舌を襲った。
「ぺっぺっ! 朱里……すまんが水を……!」
「へ? あ、はい!」
朱里は何があったのか訝しみながらも、空いている茶碗に水を入れて星に渡した。
星はその中身を一気に口に入れ、数秒間すすいでから飲み干した。
苦味は口に入れた直後よりはマシだが、まだしっかりと口の中に残っている。
「何だこれは……」
星は緑色の液体が注がれた茶碗を見下ろしながら言った。
解熱剤、薬だということは分かっている。
――烈はこれを雛里に飲ませる気か……!
星は戦慄していた。
あの苦みを思い出しただけで吐き気がする。
雛里の体調が悪化してもおかしくない。
「どうだ朱里。整理は終わったか?」
「はい。あと書類が少し残っているだけです」
星が苦味に悶えている間に烈海王が戻ってきた。
その後ろに桃香と愛紗の姿もある。
愛紗は外傷が少なかったため、星よりも早く復帰していた。
「雛里ちゃんの調子はどう?」
「まだあんまりよくありません……」
「ここ最近は激務だったからな。仕方がない。……で星は何をしておるのか。ケガはどうした」
「それは……何とかなった……」
「本当に大丈夫か? 顔が青いぞ」
星はこみ上げる吐き気を抑えながら言った。
「星ちゃんも風邪?」
「いえ……大丈夫です……本当に……」
「……そうは見えんが」
星は必死で吐き気を抑えた。
そうこうしている内に、朱里が薬を飲ませるために雛里を起こしていた。
「雛里ちゃん、起きて。桃香様に愛紗さん、星さん、烈さんもお見舞いに来てるよ」
朱里が声をかけていると、徐々に雛里の目が開いた。
身体が辛いのか目が潤んでいる。
「あ……申し訳ありません……こんな時期に……」
「ううん。大丈夫。雛里ちゃんの分はみんなで何とかするから、ゆっくり休んでて」
「すいません……ありがとうございます……」
桃香が雛里に言った。
その間、星の目はずっと緑色の液体に向いていた。
それに愛紗が気付いた。
「ん? 何だそれは」
「薬です」
「毒……」
「そうか」
星が言うよりも烈が言う方がはやかった。
毒だ、と言った星には気付かずに愛紗は緑色の液体が入ったお椀を手に取った。
「雛里。薬だ。飲んで早く体調を……」
「いや、愛紗待て! その前に毒味をした方がいいだろう」
「毒味……?」
不思議そうに愛紗が言った。
星には思惑があった。
――こんなまずいものを人に飲ませてはいけない
星はさっきの一口でそう痛感していた。
上手いこと毒味と称して愛紗あたりに飲ませれば、絶対に止めてくれる。
そう思った。
ついでに、あの苦みを分かち合える人間が欲しい、とも。
「毒味もなにも、薬草をすったのは私ですし、運んだのは朱里、淹れるのを見ていたのは星さんです。毒が混入する機会などあるわけないでしょう」
烈が言った
少し機嫌が悪くなっているようだ。
「いや。烈の言う通りだが、万が一もある。例えば……そうだ。例えばの話だが、用いる薬草を間違っていた、ということもあるかもしれん」
「それはあり得ません」
「いや、だからな。万が一のだ……」
「あり得ません」
――この頑固者!
星はそう思った。
「星、あまり疑うのもいい加減にしておけ。烈もこう言っておるのだ」
「いやいや。別に疑っているというワケではない。私は烈のことを信頼している」
「ならば問題ないではないか」
「ほら雛里ちゃん。烈さんがよく効く、って言っていた薬草のお薬だから……」
「うん……」
愛紗が星を止めた。
その間に薬が愛紗から朱里、朱里から雛里へと渡っていく。
――あ
死んだな、と星は思った。
心の中で合掌した。
薬を飲む雛里は特に何も言わない。
一息で飲み切れないため、途中で何度もお椀から口を離すが、苦いとは言わない。
「……苦くないのか」
信じられないものを見る目をして星が言った。
「え……? 確かにお茶より少しは苦いですが……」
「少しだと!? あれが少し!?」
「「ひぃっ」」
「星ちゃん、どうしたの? 急に大声だして」
「雛里と朱里が驚いているではないか」
「どう考えてもオカシイ話だ! あれが少し、などということはない!」
「星さん。もしかしたら、この中のを舐めたのでは」
烈はそう言って、すった薬草が入っている布を広げた。
「それは舐めてない! 私が舐めたのは滴の方だ」
「最後の方の滴でしょうか。そうなると苦味が溶けだしているので、かなり苦いものとなっているでしょう」
「……?」
星は何を言われたのか理解できていないのか、疑わしいものを見るような目で烈を睨んだ。
「申し上げた通りのことです。最後の方で苦味が出ます」
「ということは何だ。私は運悪く……」
「仰ることを整理した限りではそういうことでしょう」
「……そうか」
納得いかない。
「しかし最後の一滴が入らなかったおかげで、あまり苦みのない良薬になったようです。ありがとうございます」
「ああ……それは良かった……」
感謝されてもまったくうれしくない。
ちょっとの間に一気に疲れたのか、星の髪から艶が無くなった気がする。
「……星ちゃん、そんなに苦いものを舐めたの?」
「はい……」
「ふぅん……」
桃香は星の反応から多少なりとも、烈海王が淹れた薬に興味がわいたのだろう。
青い顔をしていた星から、布の上にある薬草の出涸らしに視線を移した。
「桃香様。止めた方がいいと思いますよ」
「え? あ、うん。分かってるよ」
愛紗にたしなめられ、答えはしたが視線は薬草に向いている。
「えいっ」
「桃香様!?」
桃香は指先をちょんと薬草につけて一舐めした。
「っ!?」
そして星と同様に青い顔。
愛紗は水を星が使った茶碗に素早く入れ、桃香に飲ませた。
「桃香様! もしこれが毒なら死んでいますよ!」
「毒ではありませんッッッ」
「そういう話ではない烈海王っ!」
「えほっ! えほっ!」
水を慌てて飲み干したからか、桃香はせき込んでいる。
星は微妙に笑んでいる。
「こんな苦いものを……雛里ちゃんに……」
桃香はうめきながら言った。
「いえ……そんなに苦くなかったですよ……」
雛里はそう言うが誰にも聞こえていないようだ。
「そういえば……雛里ちゃん……調子はどう……?」
少なくとも今の桃香よりはいい。
「はい……少し良くなったような気がします……」
そう言うと雛里はせき込んだ。
「だがまだ顔は赤いし辛そうだぞ。……食欲はあるか?」
愛紗が聞いた。
「……あんまりないです」
「そうか」
「あんまり食べないのも……身体に悪いよ……」
「桃香殿。辛いようでしたらあまり喋らない方が……」
星はそう言って桃香に水を渡した。
桃香はそれをグビグビ飲んだ。
「とりあえず夕食は粥あたりを用意しておく方がいいでしょう」
「うん。月ちゃんにお願いしておくね」
「あ……」
朱里が何かを思い出したようだ。
「そう言えば烈さん。水鏡女学院を出てから桃香様と合流する間の旅で、薬膳料理を作ったことがある、って言ってませんでしたっけ?」
「うむ……確かに言ったことがあるな……」
「ならそれがいいと思います」
「じゃあ雛里ちゃんのお夕飯は烈さんがお願い」
桃香が言った。
「作るのは構いませんが……食材はあるのでしょうか?」
「それは月に聞いてみたらいい。食材の管理は月がしている」
愛紗が言った。
「分かりました。では月に聞いてみるとしましょう」
烈海王はそう言って部屋をでた。
壱
月は城の調理室にいた。
机の上に卵と鶏肉を置いて、それを見ながらうんうんと唸っている。
烈海王と朱里は調理室の入り口まで来たのだが、それを見て声をかけられずにいた。
「月さんは何を悩んでいるんでしょうか……」
「卵と鶏肉の料理か……分からんな。で、朱里はここまでついて来て良かったのか?」
「ここ最近ずっと働いていたので桃香様が、今日は休んでいい、と」
「大丈夫なのだろうか……」
「書類関係ですか?」
「どうなのだ」
「い……一応」
朱里の返事がどもった。
どうやらあまり良いとは言えないらしい。
「あ……すいません、気付かなくて」
月は二人に入り口にいる気づき、お辞儀した。
二人も頭を下げた。
「すまなかったな。邪魔をするつもりはなかったのだが……」
「いえ。別に何かあるというワケではありませんでしたから」
「そう言いましても、何か悩んでるみたいでしたよ?」
朱里が言った。
「そんな大きな悩みじゃないですから」
「ということは献立に悩んでいる、ということでしょうか」
「はい……。そんなところです」
「そうですか……。そういえば雛里ちゃんが風邪をひいたのはご存知ですか?」
「詠ちゃんが言ってました。それで、詠ちゃんにも仕事が回っているみたいです」
「それで、お夕飯は雛里ちゃんの分は烈さんが薬膳を作るので雛里ちゃんの分はいらなくなりました」
「そうですか。分かりました」
二人が話している間に烈海王は、ここにある食材が何なのかを見ていた。
野菜、肉といった一般的な食材はある。
「中薬がないな……」
「中薬……ですか?」
中薬とは生薬のことである。
中国ではこの呼び名が一般的だ。
「さすがに中薬は普段使わないので……」
「ここにはないか」
「なら市場で探してみましょう。市場の状態も見ておきたいですし」
「そうだな。そうするとしよう」
「ア……」
烈海王はそう言い調理室を出ていこうとした。
朱里はその後ろを付いていく。
それを月が引き留めた。
「どうした? 何か……」
「すいません。一つお願いがあります」
「お願いですか?」
「はい。もし、とまと、というものが見つかったら買ってきていただけませんか? お代は後で払いますから」
「とまと……ですか。烈さんはご存知ですか?」
「それならばよく知っています。しかしここで手に入れるのは……」
「……難しい、ですか?」
「正直」
トマトの原産は南米だ。
日本に入ってきたのは江戸時代になる。
ヨーロッパで16世紀。
安請け合いできるようなものではない。
「そうですか……」
月は少し落ち込んだ。
「もし見つかれば買ってきます」
「お願いします」
月は頭を下げた。
二人は部屋を出ていった。
一度、烈海王の自室に戻って財布をとってから城の出入り口にまで行った。
「烈さん。とまと、というのはどのような物なのでしょうか」
城を出たところで朱里が聞いた。
「赤い野菜だ。大きさは……これぐらいだな」
烈海王はそう言って手で丸を作った。
「見たことあるか?」
「う~ん……ないですね。月さんはどこでそういうものを知ったのでしょう?」
「何故だろうな……」
烈海王はそう言った。
弐
成都の市場。
戦が終わってからまだ間もないというのに活気にあふれている。
烈海王は人ごみの中をずんずんと進んでいく。
朱里は烈海王の服の裾を掴んで付いていっている。
「朱里。薬膳の基本を知っているか?」
後ろを見ないで烈海王は言った。
「えっと……黄帝内経には五穀為養、五果為助、五畜為益、五菜為充、気味合而服之、以補益精気とありました」
「その通りだ。だが、それは全て調理室にあった」
「薬膳には使えるものですか?」
「使えるものだ」
「なら……中薬には海松子、金針菜、枸杞、紅花といったものがあります」
「そこまで知っていれば十分だ」
「売っているといいですね」
中薬――生薬というのは一度加工をしなくては効能が得られない。
具体的に言えば乾燥、粉砕といった加工だ。
粉砕ならば機材を使わずに拳で何とかしてしまうだろう。
烈海王が。
乾燥には時間がかかる。
薬草をとって乾燥させ、さあ料理だ、となるころには風邪は治っているだろう。
「中薬は乾物屋と薬屋あたりだろう」
「……乾物屋と薬屋がどこにあるか知ってますか?」
「知らん」
「……」
烈海王はきっぱりと言った。
朱里は困った顔をしている。
街の図というのは何度も見たが、こうして外に出ると、どこに何があるのか分かり辛い。
それ以前に人ごみの真っただ中では、自分がどこにいるのか全く分からない。
――自分の背がもう少しあれば見えるのでしょうけど……
朱里はどうしようかと考えた。
「あ……こうすれば……っ!」
朱里は烈海王の服の袖を掴むと、強く引っ張った。
「どうした?」
「んむっ……んぐぐ……」
烈海王にとっては微々たる力だ。
涼しい顔のまま言った。
どうやら朱里は烈海王の背を登ろうとしているようだ。
「あと少し……! はわぁっ!」
烈海王は空いている腕で朱里を引っ張って自分の肩の上に乗せた。
ちょうど肩車のような形になる。
「なるほど……これなら見えるな。朱里、どこに乾物屋があるか分かるか?」
「とりあえず十字路の所まで行けば分かります。ここじゃあまり目印が……」
「そうか」
烈海王は進みだした。
ある程度進むと、あっ、と朱里がつぶやいた。
「乾物屋の場所が分かりました。向こうです」
そう言って朱里は指さした。
烈海王はその先に向かっていく。
「朱里。そこから八百屋の品ぞろえは見えるか?」
「見えますよ。ですが、とまとらしい物は見えないですね」
「そうか……」
「残念ですが、とまとを見つけるのは難しそうです」
「うむ……。まずは中薬からだな」
烈海王はそう言って歩き続けた。
朱里が指さすままに歩いていくと乾物屋があった。
「いい薬はあるでしょうか……」
朱里は烈海王の肩からおりた。
グラップラーの中では平均的な身長の烈海王だが、朱里の身長からするとかなりの長身である。
慎重におりていく。
「っ……と」
なんとか床に足がついた。
「……これがちょうどいいな」
烈海王はそう言ってカラカラになった草を一つまみ取り、持っているカゴに入れた。
「これもいいんじゃないですか?」
そう言って朱里が手に取ったのは干からびたミカンの皮だ。
これを親友の口に入れようというのだ。
薬の知識がない人間からしたら嫌がらせにしか思えない。
「ホウ……良く見つけたな。これには咳止めの効能がある」
「はい。雛里ちゃん咳き込んでましたから丁度いいかと」
「その通りだ」
烈海王は持っているカゴを下げた。
そこに朱里はミカンの皮を入れた。
それ以外にも木の根、木の皮、キノコといったものを入れていった。
中薬は順調に集まっていくが烈海王は顔をしかめた。
「どうしましたか?」
「鉱物系がないな……」
烈海王は品揃えをもう一度見ている。
「どういう鉱物が……」
「竜骨と代赭石だ」
竜骨は動物の化石で主にカルシウムが含まれている。
代赭石は鉄鉱石である。
「大量にはいらぬのだが……」
「そうですか……う~ん……」
「売っている店に心当たりはあるか?」
「ないです……」
「そうか。まずはこれだけ精算しておこう」
烈海王はそう言って店主にカゴを渡した。
参
「竜骨……代赭石……」
朱里は烈海王に肩車されながらブツブツと呟いている。
それらがどんなものか絵では見たことがある。
実物は見たことがないので、最終的に判断するのは烈海王だが探すのは二人でやっている。
「朱里。なにかいい店は見つかったか?」
「え……? あ、はい」
「あったのか?」
「いえ……」
烈海王は色々と店を見ているが目的の物を売っている店はない。
朱里も呟くのを止めて周囲を見るが、それでも見当たらない。
気付けば周囲の人の数が減っていた。
そして見るからにガラの悪い人間がチラホラと見えるようになってきた。
貧民街だろうか。
「ここら辺の治安はあまりよくないみたいですね……このあたりの警備隊は増やした方が……」
朱里が言った。
既に仕事モードになっているのか、見る先が店ではなく人の状態と家の状態になっている。
烈海王はそれを気にせずに歩く。
「あれ……?」
「どうした」
「向こうはまた活気があるんです」
「それがどうした」
「一概には貧民街は端の方に出来るんです。ですが、ここは市場の中心に出来ています」
「そうか。ならば貧民街ではないのだろう」
烈海王はそう言って家がある方へと歩きだした。
「烈さん!? 貧民街の中で人目につかないところに行くのは……!」
「安心しろ朱里。ここは貧民街ではない」
「え……?」
烈海王ははっきりと言いきって歩き続けた。
じろじろとガラの悪い男たちの視線が二人に刺さる。
――本当に大丈夫なんでしゅか~……
烈海王の腕は知っている。
集団で襲われても簡単に返り討ちにするのだろうが、怖いのは怖い。
「おそらくここだろうな」
「……何がですか」
「見ればわかるぞ」
烈海王はそう言って目の前の屋敷の表札を指さした。
「花山……組……?」
「おそらく花山さんが住んでいる所だ」
「そうですかって……なんで入ろうとしているんでしゅかぁっ!」
「私達では目的の竜骨と代赭石がどこにあるのか分からん。だが、このあたりを根城にしている花山氏であれば知っている可能性がある」
「本当に大丈夫ですか……」
烈海王はゆっくりと朱里を肩からおろした。
花山薫という人間は朱里も知っている。
だが話したことはない。
月と詠は普通に話すことができ、月は優しい人と評価し、詠がケンカ腰で話している相手だということを知っている程度だ。
自分には絶対に無理だ。
そんなことを考えながら屋敷の奥に進んでいく。
向かう先から何やら声がする。
「まさかケンカしていたり……」
「それはない」
烈海王は朱里の前に立って話し声のする部屋の戸を開けた。
「……烈か」
「おお、なんじゃ。わしの他に客人の予定があったのか?」
「いえ。勝手に押しかけただけです」
烈海王は平然と話した。
朱里は目を白黒させている。
「桔梗さん……?」
「なんじゃ朱里もおったか。今日の執務はよいのか?」
「何をしているのですか……?」
「んー? 見ればわかるじゃろ」
二人の周りには酒瓶が転がっている。
部屋の臭いも酒臭い。
「喧嘩には負けたが飲み比べは負けんぞっと……こうしてどっちが飲めるのか競ってたところよ」
桔梗は杯に酒を注ぎ飲み続けている。
飲み比べとは言っているが、花山が飲んでいるかどうかは気にしていない。
飲むために飲んでいるようだ。
「烈。……うちに何の用だ」
花山が言った。
「花山氏であればこのあたりの市場に詳しいだろうと思いまして、一つ探し物を」
「……何を探してんだ」
「竜骨と代赭石です。薬に使うので小さなもので構いません」
「どこに置いてあるのか分からなくて……」
「……探してやりてえが、今は都合が悪い」
「おうそうじゃ。花山は飲み比べで忙しいのじゃからな」
「既に飲み比べは破綻しているようですが」
「……コイツが若い衆を買い出しに使ってやがる」
苦虫をつぶしたような顔で花山が言う。
「若い衆が帰れば探してやる……」
「で、是非とも桔梗さんを連れ帰ってくれ、と」
「……そういうことだ」
「花山氏でも難しいですか」
「……何べんも帰らせようとしたが帰らねえんだ……」
「いつ頃からここにいるのでしょう」
「昨夜からだ……」
烈海王は苦笑いをした。
既に太陽は昇って昼だ。
帰って欲しいというのは普通の話だろう。
「桔梗さん。そろそろ帰りませんか……?」
「なんじゃ朱里。今日、わしは休みじゃ。別に飲み明かしてもいいじゃろ」
「明日がありますから……」
「二日酔いになる、とでも言いたいのか? 今までなったことはないのじゃから問題ないわい」
桔梗は話を聞こうとしない。
たちの悪い酔っぱらいのそれだ。
「烈さん……」
朱里が助けを求めた。
「仕方がない。無理やり連れて帰るしかないだろう」
「そうですね……酒でベロンベロンにするのは無理そうですし」
「なんじゃ烈、わしを持ち上げよって。で、朱里はなぜ足を持つんじゃ。おい待て、どこに行くつもりじゃ! 降ろせ!」
「花山さん、ご迷惑をおかけしました」
「お前のせいじゃねェ……」
「竜骨と代赭石は」
「夕方に来い……探しておいてやる」
「お願いします」
そうとだけ会話し、烈海王と朱里は桔梗を抱えて花山の屋敷からでた。
肆
夕方になってから烈海王は花山の屋敷に竜骨と代赭石を取りに行った。
その間、下ごしらえするのは朱里の仕事だ。
「そうですか……とまとはありませんでしたか」
「すいません……」
「いえ、全然謝ることじゃありません」
調理室に月と朱里がいた。
朱里は薬を砕く薬研に乾物屋で買った中薬を一つずつ入れ、手で車輪のようなものを前後させてすり潰した。
「へ~……こんなのが薬になるんだ~」
桃香が乾物屋で買ってきた薬を見ながら言った。
ちょうど小腹が空いて、調理室に来たところだった。
「そうです」
「ミカンの皮なんて、そうは見えないのになぁ……」
「よく効くらしいですよ」
粉砕した干物をそれぞれ皿に乗せる。
こうして粉砕された干物の山が6つほど出来たときに烈海王が戻ってきた。
拳法着に拳ぐらいの膨らみがある。
「最後の薬が見つかりましたか?」
「さすが花山氏、といったところだ」
「どんなの? 見せて見せて」
烈海王は持っていた石を机の上にのせた。
「ホントに石だ……これって薬になるんですか、烈さん?」
桃香が聞いた。
「はい」
「ふぅ~ん……」
桃香は竜骨を手に取ってジロジロと眺めた。
「……これも粉砕するんですか」
「そうだ。これ全部をする必要はないがな」
「全部なんて無理ですけど、一部でも無理です……」
朱里が言った。
確かに薬研で粉砕するのには無理がある大きさだ。
一、二時間という程度では粉砕できない。
「切ればいい」
「どうやって小石を切るんですか……」
「こうだ」
石を切る技術自体はある。
建築のために石を切るのは驚くようなことじゃない。
だが小石を希望の大きさに切るのは難しい。
朱里は愛紗、鈴々、星あたりに頼もうかと思っていた。
だが烈海王はあっさりと解決した。
机の上にある代赭石に一撃、拳で叩いた。
石の角が簡単に落ちた。
「これなら粉砕できるか?」
「今更ですけど、すごいですね……」
「打岩の技術を応用しただけのことだ」
欠けた角を薬研にかけて粉にする。
烈海王は竜骨も拳で欠片を作った。
粉砕された薬が何であるかを確認し、食材を取り出した。
「ここにある食材はどれぐらい使っていいのか?」
「皆さんの夕食の分は別にあるので結構ですよ」
「そうか」
必要な物を必要な分とり、まな板にのせる。
それを切り、鉄なべを熱し、油をしく。
いためる。
同時に鍋に水を入れてスープ系料理の用意もしている。
手際がいい。
「料理がお上手なんですね」
「白林寺に入門したころに覚えさせられたからな」
炒めた食材に粉砕した薬を入れる。
そして一品完成。
次の品、次の品とどんどんできていく。
「出来たぞ。持っていくといい」
「え……あ、はい。ありがとうございます」
「大丈夫ですか?」
30分もしたら薬は全部消えていた。
朱里は薬を砕く作業につかれたのか、少しぼーっとしていた。
お盆に乗った料理を小さな体で持ち上げると少しふらつきながら部屋を出た。
月はそのすぐ後ろをついていった。
「……大丈夫だろうか」
「朱里ちゃんのこと?」
「そうだ。あの分だと転んでひっくり返しそうでな」
「大丈夫だと思うよ。月ちゃんがついていったし」
調理室にいるのは烈海王と桃香の二人だ。
烈海王は特に何も言わず、使った調理器具を洗っている。
「ねえ、烈さん」
「なんだ」
烈海王は背中を向けたまま返事をした。
「帰りたい、って思ってるんじゃない?」
「どこにだ」
「烈さんが言っていた白林寺ってところ」
「……どうなのだろうな」
烈海王はそれ以上、なにも言わなかった。