真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
魏の首都、許都。
かつては辻斬り事件があった町で、夜には人は決して出ない日もあった。
だが今では酒屋から人の声がする。
その程度にまで治安は回復していた。
とある酒屋の一角に四人の男女が一つのテーブルで固まっていた。
「そいじゃ、克巳はんのケガの回復、凪の戦勝、うちらの作戦成功を祝って……」
『乾杯!』
そこにいたのは愚地克己に凪、真桜、沙和の警備隊の面々だった。
ここ最近は忙しく、なかなか集まる機会がなかったが、お互いの仕事が一段落つき、集まれるようになっていた。
小さな杯に注がれた酒を一気に飲み、杯が空になったことをお互いに見せあう。
中国における乾杯とは文字通り、杯が乾いていることを見せるのだ。
「いや~なんか、ホンマこの面子で集まるってのは久しぶりな気がするわ~」
「真桜ちゃんと私は西涼、凪ちゃんと克巳さんは徐州だもん。二つに分かれて別行動だったもんね」
「つか凪。こうやって戦勝ってことにして良かったん? あの入れ墨お化けとやり合ったんやろ?」
「花山さんとか。……どうなのだろうな。お互いに敗けとでも思っていると思う」
「でも凪ちゃんだけ引き分けってことじゃカッコつかないし、これでいいでしょ」
「納得できてるわけではないがな」
凪は自分の杯に酒を注ぎながら言った。
「それでも納得いくだけの内容にはなったんだ。よかったじゃねえか」
「はい」
「克巳はん。酒はええの?」
「普段からそんなに飲むってワケじゃねえからな。少し抑えめにしておいてんだ。また誰かに襲われたときに斬られるってのは嫌だしな」
「別に大丈夫だと思うけどな~。明日は休みだし、新兵もしゃきっとしてきて仕事の成果も出てるし」
「じゃあもうちっと飲むか」
「せやせや。ほらもっと飲めぇー!」
「これは入れすぎだろ」
真桜はそういって酒を克巳の杯に溢れんばかりに注いだ。
克巳は何度かに分けてそれを飲みほした。
「お、飲み干したな。もう一杯どや?」
「聞きながらいれるなッッ!」
真桜は楽しそうに笑いながら酒を克巳の杯に注ぐ。
「お待ちー! 注文の品だよ!」
そうこうしていると店主が注文した料理を持ってきた。
大皿にそれぞれ青椒肉絲、回鍋肉、麻婆豆腐が入っている。
次に水餃子が全員に一人前ずつ。
凪の前には別に麻婆豆腐が置かれた。
「凪……お前の前にあるのは餃子と麻婆豆腐でいいんだよな?」
「? その通りですが何か」
「いや……何かって、色がオカシイじゃねえか」
克巳が引き気味に言う。
餃子は白い皮の中身が赤い。
麻婆豆腐には唐辛子が丸々入っている。
「あ~克巳はん、凪の飯を見るの初めてやったなぁ」
「凪ちゃんは普段からこういうのを食べてるよ」
「……正気かよ。あれ食ったら口どころか、腹の中までやられそうだぜ?」
「そんなことないですよ。おいしいです」
凪は涼しい顔で食べている。
克巳は『人間じゃねぇ……ッッ』とでも言いそうな顔だ。
「克巳はん、いつまで凪を見とんねん」
「大皿の料理無くなっちゃうよ」
「お……おう」
三人はスプーンを使って大皿の料理を小皿に分けて食べ始めた。
壱
久々にこうして集まったのだ。
酒と食事はすすんだ。
気分もほろ酔い状態になりながら真桜は凪に聞いた。
「そういや凪。あの練習しとった氣弾とマッハ突きの合わせ技を花山に使ったん?」
「ああ。使った」
「お。俺の技術は役に立ったかい」
克巳は凪が食べている新しく注文した辣子鶏を極力見ないようにして言った。
どう見ても身体に悪い赤い色をしている。
そもそもが唐辛子をふんだんに使う料理だが、凪のそれは明らかに度が過ぎている。
「……克巳さんも長坂で見ていましたよね?」
「俺は俺であの小さい子と闘ってたからなぁ……」
「見てなかったの?」
沙和が聞いた。
「見てなかった」
「見てなかったって……でも仕方ないか」
闘ってるときに周囲を見る余裕なんてあるわけがない。
下手をすれば死ぬかもしれない状況でそんなことをするわけがない。
凪も分かっているのか、克巳に対して文句は言わない。
「それから身体のどこかが痛むってことはないか?」
「特にないですね。撃った時の反動は強かったですが」
「ってことはマッハの氣弾を連発する移動砲台ができたってことか……とんでもねえ話だ」
凪は嘘を吐いていた。
あの反動は痛み、という言葉では表現しきれない。
激痛を超えた激痛だった。
凪はそれを言いたくなかった。
ただ弱点を晒す、ということをしたくなかった。
「なあなあ克巳はん。あれってそんな使うのが楽な技なん?」
「楽なワケがねえだろう。実戦レベルでやるのだってすげえ苦労したんだ。烈さんには攻略されたけどな」
「烈さんというのは確か肌が黒くて……」
凪はそう言いながら自分のおさげを持った。
「そう。その人」
「はー……あれを攻略する人間もおるんか」
感心したように真桜は言った。
「攻略自体はやりようがある。目潰しとかがそうだ」
「凪の場合は無理やろ。目潰しできん位置から氣弾撃つんやから」
「大きく動くのは出来ないのだから、目を狙って石を投げればいい」
「弓矢もあるの」
「ふぅん。中々、無敵なモンはできんちゅうことやな。で」
真桜は克巳の顔を見た。
それにつられて凪と沙和の顔も克巳の方に向く。
「克巳はんの方でも工夫っちゅうのはあんの?」
「俺か? 俺はまだ工夫はついてないな」
「じゃあ何かうちらで考えてみようや!」
「はい! 沙和、早速ひとつ思いついたの!」
「よっしゃ何や!」
真桜と沙和はワイワイと騒ぎ出した。
バカげた案を沙和が言い、真桜が突っ込む。
見慣れた光景だ。
「……克巳さんは、ご自身のマッハ突きはどのようになると思いますか?」
凪が聞いた。
「さあな。お前みたいに氣弾は撃てねえんだから、結局は突きの早さを上げて、相手に『打撃を当てる』くらいしかやりようがない」
「上がりますか?」
「どうだろうな……一応、使えていない部分はあるからな」
「使えていない部分ですか」
「ああ。そこが使えれば……」
「使うといいましても、関節という関節は既に使えていますが……」
凪は足首から順に自分の関節を動かした。
「それに加えてまだある」
「まだ……どこでしょうか」
「それは言えねえよ。まだまだ思い付きの段階だ。現実になんてできちゃいねぇ。それに……」
「それに?」
「もっと速くなった先で、腕が吹っ飛ぶかもしれねえからな。下手にああすれば、なんて出来ねえんだ」
「……冗談に聞こえません」
克巳は笑いながら言った。
凪は笑えなかった。
「克巳さんと凪ちゃーん。何を話しているのかなー?」
「なんやー。こっちはだいぶ盛り上がったっちゅうのに。今、克巳はんのマッハ突きはこう……矢を投げるか鞭に使うかとマジメーな案が出たんやけど」
真桜は身振りしながら言う。
酒と食事は進みながら、夜は更けていく。
弐
大皿が空になり、次の皿が来る。
皿の上にはせいろが乗っている。
入っているのは肉まんと小籠包、天心といった蒸し料理だ。
それを食べながらさらに酒を飲む。
「明日は大丈夫かよ……」
「明日は休みなの」
「それは知ってるけどよ……二日酔いがな」
「沙和はそうならないように飲んでいるの」
「真桜は……ダメみてえだな」
真桜は顔が真っ赤になっていた。
酒が回っているのだろう。
そして何がツボに入ったのか知らないが、さっきから一人で大爆笑している。
「明日の朝あたりで髪がぼさぼさになって水飲んでそうだな」
「女の子がそれってどうなの? 真桜ちゃんは気にしないだろうけど」
「あいつは身だしなみじゃなく絡繰りに熱中してるからなぁ……」
「真桜ちゃんも、もうちょっとオシャレに気を使えばいいのに」
沙和はそういって克巳と凪を見た。
「何で俺を見るんだ」
「何故私を見る」
二人の声が揃った。
「だって凪ちゃんはいつも無骨な服しか着ないし、克巳さんに至っては……ねえ」
「……? 何か悪いところでもあるのか?」
「悪いところしかないの! 普段着ているのなんて空手着だけなの!」
「そんなに空手着だけか……? 今は空手着じゃねえしな」
「昼はどうだったの!?」
「……空手着だったな」
「昨日は?」
「……」
「空手着でしたね」
克巳は答えず、凪が言った。
「ま……まあ、警備隊の仕事のときは何が起きるかわからねえから空手着を着てんだ。寝る時はまた別で……」
「寝る時も空手着、なんて言ったらどん引きなの」
「あの生地では眠るのに向かないでしょうし」
「そういう問題じゃなくって……常識的な問題なの。真桜ちゃんもそう思うよね?」
「せやせやせやな」
「お前はまず水を飲め」
克巳はそう言って空の茶のみに水をいれた。
真桜はそれを一気に飲みほした。
「で、ちょっと思ったんだけどさー。克巳さんと凪ちゃんの服、明日にでも探してみよっか?」
「そうはいってもだ。女物を探すのはいいだろうけど……男物は大丈夫なのか?」
「私は別に……」
「うーん……たしかに沙和が普段読む雑誌には女の子向けの服ばかりだから克巳さんのは厳しいかなぁ……。じゃあ凪ちゃんのだけでも探してみるの」
「だから私は別にそういうのは……!」
「えー。必要だと思うけどなー」
「凪も克巳はんほどやないけど、結構使いまわしている感じやしなぁ」
「だよねだよね! だから新しいのを……」
「別にいい!」
三人がワイワイと騒ぎ出した。
それを尻目に克巳はウーロン茶を飲んでいた。
三人との付き合いは長くなってきたが、こういうのには入らないでいた。
「だいたい沙和は最近また新しい服を買っていただろう。それに私の分もって、そんなに当てがあるのか」
「……」
「ないのか」
「えっと……たしか西涼での特別手当が……」
「それもう使ったんとちゃう?」
「う……」
沙和は指を折って数え、落ち込んだ。
「沙和は金欠かぁ……まあうちも金欠やねんけど。からくり夏候惇将軍いじくるのでお金が……」
「警備隊に新兵訓練もやって、最近では西涼でお仕事して。それでも足りないってオカシイの」
「あ! やっぱり沙和もそう思うん!? うちもや!」
「これってひょっとして……!」
沙和は克巳の方を見た。
「……俺が何だってんだ?」
「克巳はーん。ひょっとしてうちらの給料、ちょろまかしているんとちゃう?」
「……してるわけないだろ」
「いやー怪しいわぁ」
「怪しいの」
沙和と真桜は立ち上がり、不気味な笑顔を浮かべて克巳に寄ってきた。
「な……なんだ?」
「給料ちょろまかすのは重罪やで」
「重罪なの」
「あ……ああ。知ってるぜ。だから誤魔化してなんて……ッッ!?」
克巳が言いきらないうちに二人は克巳の懐に手を突っ込んだ。
「何しやがるッッッ!」
「捜査や捜査! 克巳はんの財布の中、あらためさせてもらうわ!」
「捜査も何もお前らの給料は俺を仲介していないだろッッッ! 給金の管理は文官が……!」
「どこらへんにあるかなー? これなの!」
「よっしゃでかしたぁ!」
沙和は克巳の懐から袋を取り出した。
そしてすぐにそれを開けた。
「さーて……いくらぐらいあるんかな?」
「これであまりに多いようなら……」
「……おお! 結構あるで!」
「克巳さん……! 本当にごまかしていたの!?」
「……私が持っている金額とおなじぐらいだな」
『え?』
「余計な出費を抑えればこうなるぞ。なりますよね?」
「なる」
『……』
二人は黙り固まった。
克巳は固まった二人から財布を取り、自分の懐に入れた。
「お前らは余計な出費がありすぎるんだ。だから足りない、なんてことになる」
「普通に生きていく分には十分すぎる給料はでてる」
「あー……普通ゆうても、それぞれに普通はあるやん。二人にとっては足りても、うちらにとっては足りん」
「克巳さんはそんなに余るんなら、沙和たちに分けてもバチは当たらないの」
「いっておくがやらないからな。いつ何が起こるか分からねえんだから」
「ドケチー」
「守銭奴ー」
二人がブーブーと文句を言う。
克巳は弱ったように頭を掻いた。
「なあ凪。どこか金の当てってないか?」
「何故私に聞くのですか。……ないです」
「だよな……」
凪はきっぱり言った。
克巳は再び考え出した。
少しして何かを思い出したように、あ、と言った。
「どうしても金が足りねえのならバイト……誰かの手伝いして稼いだ方がいいんじゃねえか?」
「手伝いっちゅうてもなぁ……うちらが勝手にそういうことしてるっていうのがバレたら、華琳様から大目玉くらいそうやん」
「民の手伝いしてお小遣い稼ぎっていうのは……マズイと思うな」
「相手が民じゃなければいいだろ」
「んー? なんか都合のいい話でもあるん?」
「親父がいた」
「え……? 独歩さんにお小遣いをくれってねだるの!?」
「それはそれで華琳様にバレたら……!」
「ねだるんじゃなくて、手伝うんだよ。凪は何となく察しが付いたんじゃねえか?」
「……ああ。あのことですか」
「そう」
『???』
凪は克巳の言いたいことが分かったようだが、二人は分かっていないようだ。
頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「お前ら……親父が街の子供に空手を教えているのを見たことねえのか? 色んなとこでやってるぜ」
「え……? あ、ああ。せやったわ!」
「そうなの! そう言えばやってたの!」
「本当に知ってたのかよ……」
「二人の給料は下がっても仕方ないかもしれませんね」
「いやいやいやいや! 知っとったわ! ホンマに! ちとド忘れして……!」
「中々思い出せなかったなー! 確かに見たことがあったのにー!」
沙和と真桜の弁明。
克巳と凪は怪訝そうな顔でそれを見ている。
「ま……いいけどよ。……そういえばどういう経緯でなったんだっけなぁ?」
「さあ……どうでしたっけ。有名ですがド忘れしまして……。沙和、真桜。分かるだろう?」
「え……?」
「あー……沙和たちもド忘れしちゃったの」
「うーん。忘れてもうたなあ」
「四人同時に忘れるとは珍しいこともありますね、克巳さん」
「そうだな。……本当に忘れたのか?」
『すいません。知りませんでした』
「だと思ったぜ」
「二人とも本当に警備の仕事はしてるんだろうな!」
凪は机を叩き、勢いよく立ち上がった。
「やっとる! それはしとる!」
「まあ凪落ち着けって。話が進まねえ」
克巳は凪を座らせ、目の前にウーロン茶が入った湯呑を置いた。
「そもそも親父が子供に空手を教える前に、桂花が華琳の命令で子供たち集めて簡単な読み書き計算を教えていたんだ」
「不適材不適所じゃないの?」
「残るのは風と凛だぜ?」
「あー……」
「で、その中で桂花が春蘭の悪口を言っていたんだ。それを偶然居合わせた春蘭が聞いちまってな……」
「あの時は大変でしたね……」
「二人とも当事者やったんか」
「ああ。で、結局は桂花の学校は無しっていうことになってだ。代わりに何か教える役目が親父になったんだ」
「独歩はんは読み書き計算は大丈夫なん?」
「計算は大丈夫だし、読み書きもある程度なら大丈夫だ。まあ最近じゃ専ら空手を教えてるけどな」
「へぇー……で、それの何を手伝うの?」
「空手は今のところ型が中心になってる。だけどそれだけじゃ不十分だ。相手がいる状態での……」
「ちと待ちぃ! ひょっとして何や。克巳はん……うちらに独歩はんの技くらって死ねゆうてるん!?」
「ちょっとサボったことは謝るの! だから死刑だけは……!」
「親父に殴られろっていってるんじゃねえよ。寸止めするだろうから、それを受けるのをやればいいんだ。流石に無給でやれとは言われねえと……」
「嫌や!」
「嫌なの!」
「……」
克巳は苦笑いした。
「うち知っとるんやで! 春蘭様は独歩はんの寸止め食らってメッチャボコボコのボロボロにされたって!」
「寸止めで春蘭様がそんなになるのをくらったら、沙和たち死んじゃうの!」
「……寸止めでどうやって死ぬんだよ」
「凪なら氣弾使えば寸止めでも殺せるやろ!」
「それは氣弾を当てるってことだろ。寸止めって言えんのか?」
「氣弾やのうても、独歩はんなら殺せるんとちゃう?」
「お前は親父を何だと思ってんだよ」
「沙和も真桜ちゃんと同じこと思ってたの!」
「本当に独歩さんを何だと思っているんだ」
凪も苦笑いした。
「こう……あまり独歩さんを化け物扱いするのはマズイんじゃないか? 春蘭様の耳に入ったら……」
「ブチ切れるやろなぁ」
「何を他人事みたく言っているんだ」
「真桜ちゃん。いざとなったら、このことは克巳さんが言ったことに……」
「ええな!」
「よくねえよ」
参
注文した天心が無くなり、茶も飲みほした。
店の中からも人は減り、外はもう人の姿はない。
そろそろ帰る頃合いだろう。
「そろそろお開きとするか……」
「そうしましょう」
そう言い克巳と凪は立ち上がった。
足はしっかりとしていて、酒を飲んだ風ではない。
「……じゃ克巳はん、お代の方よろしゅうな」
「よろしくなのー」
「……お代? 俺がか?」
「だって克巳さんが私たちの上司じゃん」
「部下に払わせる、なんてことせえへんやろ?」
「……足りるかねぇ」
「大丈夫やって。あんだけあったんやから」
「とはいっても結構な量だからな……。凪、足りねえときは頼むぞ」
「大丈夫だと思いますよ。……多分」
「ホントにそうかよ……」
克巳は財布の中を見ながら会計に向かった。
「うちらは外で待と」
「うん」
三人は外に出た。
しばらくして克巳が支払いをすませて店から出てきた。
「どうだった? 足りた?」
「ああ。それなりに金がとんだけどな」
「よかったわー。ありがとさん!」
「ごちそうさまー」
「ありがとうございました」
「ああ。こういう飲み会開いてくれてありがとうな」
そうとだけ話をし、四人は城へと帰っていった。