真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
孫呉の首都、建業。
ここの城の一室に机と椅子が一セット置かれ、壁に黒板がかけられていた。
亞莎はこの部屋で待機していた。
――お前には内政、軍事ともに期待している
亞莎は冥琳に『とある言いつけ』をしていた。
――内政と軍事のことをお前に教えるいい教師をつける。だから両面で孫呉を支える柱になってくれ
そういう冥琳の顔は不安げであった。
亞莎はそれを『私が頼りなく思われている』と思った。
――冥琳様がつけてくれた教師の教えをしっかりと身に着けなくては!
気合を入れるため、頬をペチンと叩いた。
同時に廊下がきしむ音が聞こえた。
誰か来たのだろう。
勝手に椅子に座らずに待つ。
――どんな人を教師になさったのでしょうか……?
そんなことを考えていると部屋の扉が開き、人が入ってきた。
冥琳、雪蓮よりも黒い肌。
盛り上がった肩の筋肉。
女性のウエストよりも太い腕。
逆三角形の体型。
巨岩のような男だった。
壱
「うむむ……」
蓮華は書簡を睨んでいる。
書簡に書かれているのは設計図だ。
それに加えて、この設計図の中身を現実に作った時の予算も算出されている。
隙のない内容だ。
設計図は細かく、これを見せさえすれば建築技術のある人間なら作ってしまうだろう。
予算に関しても材料費、必要な人員と労働者に支払う給料がきっちりと計算されている。
こんな的確なものを作る人間は、この国、いや天下でも限られている。
「どうだい、蓮華。判を押す気になれねえか」
「判を押すといってもね……私一人で決められるものではないわ。姉さまか冥琳の許可が……」
「冥琳は療養中でこれには関係ねえ。雪蓮なら賛同者として、この設計図に判をしているじゃねえか」
「確かにそうだが……」
蓮華の目の前にいる、この設計図の提出者は『さっさと判を押せ』とせっつく。
「そもそもよ、オリバ。私にはこれが何をするのかさっぱり分からないの。そういうものに判は……」
「まさか本当に分からねえのか」
「……分からんな」
目の前にいる男――ビスケット・オリバは挑発するように言った。
蓮華は若干イラついたが、それを何とか隠して言った。
下手に挑発に乗って判を押せばとんでもないことになる。
そんな予感がしていた。
「……これは酒の醸造所の設計図だ」
「酒!? それで姉さまは賛成したのか……。こんな莫大な予算だというのに……!」
「反対なのか」
「反対だ。どうせお前と姉さまの私利私欲で……」
「本気でそう思っているのかい?」
ぐいと身を乗り出してオリバが言う。
ギョロギョロとした大きな目で蓮華を見る。
その肉体と相まって、とてつもない威圧感を感じる。
「なあ蓮華よ。俺は好き勝手やる性格だが、今はこうして孫呉に世話になっている身だ」
「……そうなの?」
「違うと言いてえのか」
「いや……世話になっていると思っていることに驚いただけだ」
確かに孫呉にオリバはいるが、オリバはそこで世話になっているというよりは、そこで気ままに生きていると言った方が正しい生活をしている。
世話をされている人間の遠慮というものが一切ない生活だ。
「で、ちったぁ恩返しになるような提案をしようと思ってな」
「それがこの設計図か。お前の気持ちはありがたいが、予算がな……」
「これを作って運営する金自体はあるだろう」
「たしかにあるが、交易と土地の整備で使う金だ。簡単に手出しできん」
「蓮華。お前、そんな考えじゃこの先が無くなるぜ」
「どういう意味だ」
「冥琳がいねえ今、内政の仕事を一番やらなきゃならねえのはお前だ。そのお前がこういう考えじゃ、近いうちにこの国は滅ぶってことさ」
「ほう……」
蓮華はそう言って剣を手に取った。
オリバの態度は変わらない。
「納得のいく説明をしてもらおうか」
「納得のいく説明をしてもらおうか……ってか」
二人は同時に言った。
「なあ蓮華。雪蓮と思春は揃ってどこに行っているか知っているか?」
「……南方の異民族の制圧だ。そんな分かり切っていることを聞いてどうする気だ」
「それを何度かして、孫呉は独立したての時期と比べて多くの土地と人口を手に入れた。で、豊かにはなったかい?」
「どういうことよ」
「国庫に余裕は出来たか、って聞いてんだ。土地を広げ、人が増え、税収を増やした。その税収を用いて軍備を広げ……こうして何か良くなったかい?」
「国力は確実に上がっている」
「ヘェ……それじゃ魏との差も縮まったか?」
「それは……」
「縮んでねえよな。むしろ、広がっている」
「それは否定できない。だが、それとこれに何の関係がある」
「縮んでねえ理由が分かるかい? それは制圧するのと新しく手に入れた土地を開墾、整備するのに金が吹っ飛ぶからだ。その状況で何とか使える金をだして、軍備を拡張しても焼け石に水というやつだ」
「……」
気が付けば蓮華はオリバの言い分を聞いていた。
オリバの現状分析は当たっている。
魏に国力の差をつけられないように自転車操業のような運営をしているが、それでもジリジリと差が開く。
これが現状だ。
「増税しようにも、増税をかける袁術からの解放という名目で独立した孫呉だ。増税はやり辛え。戦以外の方法で税収……いや、収入を増やす必要がある。お前が持っている設計図はその方法の一つだ」
「これが……?」
蓮華はもう一度オリバの設計図をまじまじと見た。
「金は天下の回り物ってな……孫呉は困窮しているが豊かな国もある」
「なるほど! これで酒を作り、できた酒を魏に売り……!」
「その通りさ。特産品ってヤツだ。交易の道としては長江から海に出て魏に行く道がある」
「やろうと思えばできる……か」
「向こうにいる大商人相手に売れば大儲けできる」
「なるほど……悪くない案ね」
そうは言うものの蓮華の顔は良くない。
どうもまだ承諾は出来ないらしい。
「何か不満でもあるのかい?」
「……利益があると分かっても今の私たちに、この費用は大きいわ。もう少し余裕ができてから……」
「……そうかい。なら仕方ねえ。邪魔したな」
オリバはそう言って部屋を出ていった。
――おかしい
強烈な違和感。
オリバなら無理にでも自分の案を通しそうなものだ。
それがあっさりと引き下がった。
――まさか……!
次々と頭をよぎる、最悪の展開。
下手をすれば、あの頭脳を用いて戯れに国を滅ぼしかねない。
「待てオリバ! もう少し話を……っ!」
蓮華は慌てて部屋を出て、オリバを追った。
そして、蓮華がオリバを追って執務室を出てから十数分後。
「蓮華様」
冥琳が蓮華の執務室を訪れた。
すぐ後ろのは鎬紅葉が立っていて、冥琳が無理に仕事をしないように見張っている。
「冥琳さん。何度も言いますが、現状を聞くだけです。あまり根をつめることのないようにお願いします」
「……分かっている」
冥琳は不満げに答えた。
本来ならば今、冥琳は文官のトップとして内政に励まなければならない。
だが、彼女は病気の治療のため、執務は行わずに鎬紅葉の下で療養している。
「蓮華様?」
「返事がないということはいらっしゃらないのでしょう。日を改めて……」
「いや……ひょっとしたら執務に集中なさって、私の声に気付いていないのやもしれん」
「それはないと思います」
「部屋の中の様子を見るぐらいはいいだろう?」
冥琳はそう言って執務室の扉を開けた。
執務室の中はもぬけの空だった。
「雪蓮さんと祭さんは私の話を聞かない方でしたが、あなたもそうだと思いませんでした」
「あの二人よりは聞いてるさ。だが、今は諸将が出払っている時期だ。つねに紅葉のいうことを聞いて、大人しくしていてはこの国の……うん?」
冥琳は蓮華の机の上にある書類に目を落とした。
その視線の先にあったのはオリバの設計図だ。
冥琳はそれを読んだ。
「……紅葉。私が日常生活で気を付けねばならないことは何だったか?」
「急にどうしました?」
「いいから答えてくれ」
「……身体を冷やすこと、不規則な食事と睡眠、怒りをためこむこと……」
「そうか。ためこんではいけないのだな」
「激しい怒りもよくないのですが何か……?」
「オリバァァァァァっ!」
特大の怒声。
それが城に響き渡った。
弐
「オリバ。これについて説明をしてもらおうか」
冥琳の命令を受けて兵たちがオリバを捜索した。
見つかったのは一時間ほど経ってからだった。
見つけた兵に対し、オリバを連れてくるように言ったが、どういうことか兵は言葉を濁して頑なに連れてこようとはしなかった。
それで仕方なく冥琳は紅葉と一緒にオリバがいる所に出向いた。
そこで見たものはとんでもなく酷い光景だった。
いつの間にか城内の敷地に作られた小屋。
そこには小規模ではあるが酒造りの設備が整っていた。
兵が案内したのは小屋の中にある下り階段だ。
その階段を下りると広い地下室があった。
酒樽と酒瓶がきれいに並べられている。
この部屋は貯蔵庫なのだろう。
灯されている蝋燭を道案内にし、奥に進むとオリバと蓮華がいた。
蓮華は顔が真っ赤になっていて酒の臭いがする。
一目で酒盛りをしたのだと分かった。
「俺の私室だ」
「私室という次元ではないだろう! これは立派な小屋だ! それに上のあれは何だ!」
「醸造設備と蒸留設備だ」
「ということは何だ……ここは密造所か!?」
「お国が認めた設備だ。密造所じゃねえ」
「いつ! 誰が認めた! いや言わずともいい!」
冥琳は誰が許可したのか予想がついていた。
「それに私が聞きたいのは蓮華様についてだ。オリバ貴様、何を飲ませた」
「酒だ」
「それは分かってる……! 私が聞きたいのは、どんな酒を飲ませたら蓮華様がこうなるのかだ! 下手にオカシイ酒を造っているようなら、ただちに取り潰す!」
「飲めばわかるぜ」
「飲まん!」
「美味い酒なのだがな。なあ蓮華」
「んー? ええ。おいしかったわ……」
「ホラ聞いたかよ。こっちはお前等のためを思ってるというのに……こうも怒鳴られるといい気分じゃねェ」
「どうだか。お前のことだ。ここでの密造では量が足りないから、うちの予算を使って大量生産しようとしているのだろう」
「そう思ってんなら雪蓮と祭に言え。足りなくなるのは、あいつらが勝手に飲むからだ」
「……最近、あまり城の酒が減っていないのはそういうことか」
「知ってたのかよ。それならさっさと止めれば良かったのによォ」
オリバはそう言って口をとがらせた。
冥琳は一度溜息を吐いてから貯蔵庫をグルリと見渡した。
入り口では綺麗に並べられていた酒樽が、ここでは少し雑に並べられている。
ここには机と椅子がある。
ついでに涼しくて人目もない。
ここで雪蓮と祭が飲んでいることは容易に想像ができた。
「Dr.鎬。あんたも一杯飲んでみるか? 良い出来だぜ」
「さすがに勤務中ですので……。酔っぱらいの介抱も必要でしょうし」
「そうかよ」
オリバは紅葉に薦めた酒を一息で飲みほした。
――美味そうに飲むな
冥琳はオリバの姿を見て、そう思った。
次に蓮華の姿を見た。
完全に酔い潰れている。
雪蓮と祭にしても、ここの酒を飲むようになったのだ。
味がいいのは確かだ。
「なんだ冥琳。これが高く売れるとでも思ってるのか?」
「……ああ。オリバは一人で楽しむ気だったのか?」
考えていることをズバリと当てられるのは気持ち悪いが、とくに隠すことでもない。
冥琳は素直に答えた。
「いや。蓮華に飲ませたのも売る相談をするためだ」
「そうか」
「で、ここに来たのは設計図を見たからだろう。投資する気はないかい?」
そう言われて冥琳は少し迷った。
いままでの付き合いからオリバの知識量は凄まじいことは分かっている。
その知識を吸収し、孫呉に役立てたいと常々から思っているが、オリバの性格が問題だった。
自分から教えてくれ、といったら代わりに何を求めてくるのか分からない。
今現在のオリバの維持費ですら、食費でとんでもなくかかる。
それに加えて……というのは考えたくなかった。
今はオリバが頼んでいる立場だ。
頼みごとの必要経費も分かっている。
バカにはならない経費だが、ここからオリバの知識を上手く盗んで応用すれば利益は十分にでる。
――ここでオリバの知識を……!
冥琳はそう考えた。
「まあ……投資自体はやぶさかではない」
「意外だな。オメェが一番こういうのに反対すると思ってたんだが」
「私はお前が思っているほど頑固者ではないさ」
「……売る以外に何か企んでやがるのかい?」
「いや……そういうわけではないが」
「そりゃ良かった。てっきり俺の酒に毒でも混ぜるのかと思ったぜ」
「そんなことをすれば、あなたに毒を盛りますよ」
「するわけがないだろう。私が考えているのは、オリバに出す交換条件だ」
「へえ」
「……なあオリバ。蓮華が連れてきた亞莎のことを覚えているか?」
「ああ。あの片眼鏡のヤツだ」
「そうだ。で、オリバには彼女に兵法と政治について叩きこんでほしい」
「オイオイ。オレはそういうのは専門外だ。そういうのであれば適任がいるだろうに」
「確かにそうだ。だが、今の状況では私は療養をしていて、穏は私の代わりに蓮華様の補佐をしている。育成に手を尽くせる文官はいない」
「新しく良いのを雇えばいいじゃねえか」
「良い人材というのは中々いない。特に教育ができるのは尚更な」
「その言い方だと、俺は教育ができる、と言っているようなものだ」
「なに。手取足取り教えろと言っているのではない。分からんと言われたところの意味を教えればいい」
「酒造りのためにそれか。俺が作った酒を売ることで利益はでるだろうに、それに加えて教育なんざ釣りもでるだろう」
「なら、もう少し要求を言えばいいだろう」
そう言われてオリバは少し考えた。
「煙草を作ろうにも苗木がねえ。食事は王侯貴族と同じもの……トレーニングは軍船との引っ張り合いを定期的にやっている」
「特にないようならば醸造所の運営もやろう。設計図の規模だと人手もいるだろう」
冥琳はオリバが何かを思いつく前に言った。
「それじゃ得するのはお前らだけじゃねえか」
「無論、一番いい出来の酒はオリバのものだ」
「そんなのは当たり前だろう。いや……一つ良い取引を思いついたぜ」
「……何だ」
冥琳は露骨に嫌な顔をした。
「別に無理を言うつもりは無え。ただ、これから魏との戦があるだろう?」
「向こうが攻めてくればの話だ」
「そりゃあそうだ。で、もし攻めてきたのなら、作戦会議に俺もいれろ」
「……」
「やり辛ぇか? 裏切るかもしれねえってんで」
「無理とは言わん。裏切るとも思っていない。ただ……それについても知識はあるのか?」
「誰に向かって言ってんだ?」
「……わかった」
冥琳は渋い顔で了承した。
「……亞莎の教育はやってくれるのか」
「あまり向いているとは思ってねえがな」
「やってくれるならいい」
そう言って冥琳はオリバに背を向けて酒蔵をでた。
参
「ビスケット・オリバだ」
「あ……亞莎です……」
亞莎はオリバの肉の圧に気圧されながら返事をした。
孫呉独立の際に会い、真名も教えた。
だが、それ以降は特に何か関わりがあったワケではない。
「ジイさんが教師の方がよかったかい?」
「い、いえ! 滅相もありません……!」
亞莎はオリバに早速のまれ始めていた。
それと同時に心の中で冥琳が言っていたことを思い出していた。
――亞莎。これは重要な任務だ……。正直な話、私にとっては範馬勇次郎の腕力とビスケット・オリバの知識を比べた時、オリバの方が恐ろしい
その恐ろしい知識を少しでも盗め。
それが秘密裏に冥琳から命じられた任務だった。
――怖がってはいけない! 私の使命を果たさねば!
亞莎は固く決意して、オリバの顔を見た。
「まあ、どうでもいい話だ。とりあえず、分からねえことがあったら聞きに来な」
「え?」
オリバはそうとだけ言ってさっさと出ていった。
「……どうしましょう」
早速、亞莎の決意は空回りした。
――確かこういう時のために……!
冥琳から指令を受けた時、同時に、困った時に取りに来い、と言われたものがあった。
――冥琳様のお知恵をお借りすれば……
亞莎はそう思い立ち、冥琳の部屋に行った。
亞莎が冥琳の部屋に行くと中には誰もいなかった。
代わりにあったのは机の上にうず高く積まれた書類。
穏、蓮華といってもこれほどまでに回ってこない量だ。
――療養といいましても、やはり……
そう思って書類に目を落とすと、タイトルに大きく『ビスケット・オリバ取扱説明書』と書かれていた。
「え……? ええー!?」
とんでもない文字を見た。
見間違いだろう、と思いメガネを袖で拭い、もう一度見る。
やはり取扱説明書だ。
信じられない、と思いながらも、これは説明書の一部だ、と考えてしまう。
半分、狼狽しながら亞莎は机の上にある書類を一枚めくった。
頭の文章にはこうあった。
――亞莎へ。これは全てお前がオリバと関わって、戸惑いが出来た時のための対処法だ。なお、これは私が今までオリバと関わってきて、多少は理解してきた思考と指向をまとめたものであり……。
ここら辺の導入は別にいい。
問題は最後の文章だ。
――あくまで、この説明書は完全ではない。もし、機嫌を損ねた場合は誰かと相談し、最小の損害で済ませること。そして、これは読み終わったら焼却処分するように
――これ、とんでもない任務だ……
亞莎に与えられた任務は、危険物の知識がない人間にニトログリセリンを使わせるようなものだった。
一方、同時刻。
オリバの酒蔵。
「お前らは一体何をしているんだ」
そこで冥琳は腕組みをして仁王立ちしていた。
「げっ冥琳!? いつここを知ったの!?」
「よう。お前も飲む気になったのか。いっとくがこれはやらねえぜ」
「言うとる場合かオリバよ! わしは逃げるぞ!」
「逃がすな! 取り押さえろ!」
そこでは冥琳の大捕り物が展開されていた。