遠坂真は目まぐるしく……というと大袈裟だからただ日常を重ねた。
何だかテンション上がって朝を早くに起きた。
父と母は実に驚いた顔で何時もそれくらいに起きなさいよ、と母が軽く笑い、父がなら凛も早く起きないとな、と冗談を言い合った。
俺はそれをそんなミラクルは何度も出来ねえ、と少し拗ねた感じで返した。
学校に行って友人達と騒いだ。
クラスメイトと馬鹿やって騒いだり、藤村おばさんの愉快なタイガーシヨウを見て笑って、殴り飛ばされたり、三成や綾音と駄弁ったりカラオケ行ったりして遊んだ。
途中で綾音が何だか不思議な声音で
何だ、お前、決めたのか?
と問うてきた。
意味が分からない、と答えたら、そっか、と告げて、それ以降、何も掘り返さなかった。
家族3人で外に出た。
何か唐突に母の提案でそんな事になり、俺は二人でデートして来いよ、と呆れて返したが、あんたも来るのよ! の叫びに結局無理矢理連れていかれた。
色々な場所を巡った。
バッティングセンターやボウリング、母手製のサンドウィッチを昼食に冬木の色々な場所を巡って、最後の珍しい外食も普通に美味しかった。
父も母も終始笑顔で、俺も仕方なく笑い────心が悲鳴を上げそうになった。
桜さんが一瞬だけ目を覚ました。
自分が知る魔術で少しでも痛みや体調が良くならないかを苦心していたら、本当に少しの間だけ、時間にすれば一分くらいだけ目を開けてくれた。
だから、俺は思わず大慌てで、でもだからこそ俺は必死にきっと治る。助かる。約束する、と叫んだ。
そんな風に喚く俺を、現状がどうなっているのか何も分かっていなかっただろうに、今も苛んでいるであろう苦しさを俺に見せないかのような穏やかな花のような笑顔を浮かべて、また瞳を閉じた。
間違っている、と思った。
この人が苦しむのは間違っている、と思った。
家族と一緒に料理を作った。
今度は父が唐突に料理を皆で作らないかと提案して、母が乗り、セイバーが平らげますと目を光らせて強制発動したイベントであった。
でも今度はセイバーも作る側に誘った。
ライダーは桜さんの面倒を見ないといけないから辞退したが、セイバーが家事に四苦八苦している姿を見て新鮮さを感じた。後、エプロン姿が超可愛い。
その事を母にニヤニヤ笑みで示唆され、戦争になり、親父が吹き飛んでセイバーが委員長命令を出した。
最後には和洋中の料理が何じゃこりゃになってでもセイバーの手じゃなくて口によって平らげられた。ライダーが今度はサクラも一緒に食べて欲しいですね、と呟いたが印象的であり────セイバーが本当に刹那の間だけこちらを見て、まるでどうするのですか? というような瞳を向けて来た気がする。
きっと気のせいだと思い、俺はそれを無視した。
それから───
それから───
それから──
それから──
それから──
もう
勘弁して欲しかった。
そして夜が来た。
「真。今日は私と一緒に寝ない?」
「寝言は寝て言え。ばば──」
かっ、と何か光ると俺の顔面は天井にめり込んでいた。
何を言っているか分からない?
簡単だ。俺の動体視力では見切れないアッパーカットが叩き込まれ、肉体が天井まで吹っ飛ばされたのだ。尚、身体強化は無しである。
実はこの人、とっくの昔に人間を止めてないか。
父も父で"さもありなん……!"と頷いている。
その後、天井から落ちてきた俺はニッコリ笑顔で抱き留めるあかいあくま。
「あら? もう母の腕の中で抱き着いてくるなんて。大きくなったのにまだまだ子供ねーー」
母に都合のいい現実に打ち勝つ方法をセイバーに目線で語りかけたが、セイバーは煎餅片手に目と手を両方使って不可能案件、自業自得、I'll be backと告げてきた。
何でお前、目と手でだけそこまで伝えれるんだ。というか最後は言う立場はどちらかと言うと俺。それ俺。後、何故そのネタを知っている。見たのか映画を。何時の間に。
そうして無理矢理に引き摺られて母の寝室に連れられてしまった。
……いやいや、普通に不味いぞ。
今日、正確には明日。
俺達は夜明けを待たずにこの家を発つ準備が出来たのだ。
ライダーが現代に慣れていない為に四苦八苦していたが、それでもどうにか出発の用意が出来た。
だから今日、こんな風に連れ込まれるのは不味いのである。
「いーーーやーーーだーーー。何が哀しくてこの年になってまで母親と一緒に寝ないといけないんだよ」
「なーにがこの年よ。まだまだ子供よ──それに、一緒に寝た事なんて無かったでしょ」
そうだっけーー、と適当に流す。
余りこの手の話題を追求したらいけない。
そうすると後悔に繋がるからだ。
だから、俺は記憶にない振りをして、そのまま密かに逃げようとしたが
「逃げるなー!」
という叫びと共に思いっきり、膝を払われ、視界が一回転。
その間に電気を速攻で消され、そのまま布団で背中で着地し、同時にぼすん、と横に暖かいのが倒れてきて
「はい、観念しなさい」
と、微笑混じりに告げられた言葉はある意味で死刑宣告だったが
……まぁ、母親のあの寝相なら何とかなるか
と思う。
力づくでやってもいいが、それでもしもガントが直撃したりしたら超面倒な出発になる。
いや、まぁ、母親の本気のガントでも恐らく耐えられるけど。
「んーーふっふっ。あんた体温高いわねぇ。そこら辺は士郎譲りね」
「そんなの譲られて、どう誇れって言うんだそれ」
やけに上機嫌にこっちの顔を頬で擦ってくる母に猫を感じる。
香水とかそんなの付けてない、と思われる状態でいい匂いがするのは女の神秘かとは思うが、流石に母に対して欲情する程変態でもないから母に対してはそんなものか、である。
後、さり気なく親父との惚気を聞かされたので痰を吐きたくなる。
「ふふっ……もっとこんな風に早くこうすれば良かったわ………母親ってあんたくらいの年頃にはどうすればいいのかって思ってたけど気にせずぶつかれば何とかなるものね」
「いや、昨今の日本家庭でやるには見た目の問題で厳しい気がする………お互い」
「綺麗なお母さんで嬉しいでしょ?」
はぁ、とノーコメントを貫く。
時たまクラスメイトにおい、何だあれ! お前の姉ちゃんか!? ちょっと紹介してくれよ! と言われる一人息子の苦労も察してもらいたいものである。
勿論、丁重に右ストレートを叩き込んだが。
「まぁいいや。眠いからとっとと寝る」
「えーーー。もうちょっと話しましょうよ?」
「明日になれば幾らでも喋れるだろ」
本当に猫のようにじゃれついてくる母親に背を向けて寝転びながら、実に最低な言葉を吐いたものだ、と思う。
明日になれば居なくなる癖に明日を理由にして逃げるとは。
確かに自分はいい人なんて要素は皆無だな、と自嘲して
後ろから抱きしめる為に伸ばされた腕に反応する事が出来なかった。
「──」
一瞬何をされたか理解出来なかったが、普通に急に抱きしめに来たのかと思い直して、冗談交じりで引き離そうと思い、腕を動かそうとして
「お願い………………行かないで」
ごつっ、と脳を金槌か何かで叩いたような感覚が脳を揺らした。
無論、比喩表現だ。
単に心が届いた音に反応して、勝手に妄想で肉体を追い詰めているだけだ。
ずっと目を逸らしていた事実を突きつけられて吐き気すら込みあがってきた体で思う。
全部ばれていたのだ。
自分が今、何をしようとしているのか。
その道がどうなるかを全て悟った上で、遠坂凛は何も言わず当たり前の日々を自分に送ったのだ────
いや、本当は母の意図を理解していた。
だってこれは
当たり前の日々の幸福を突き付け、傷つけ、自分が今から何を捨てようとしているのかについて目を逸らさせずに理解させる幸福の
正義の味方が理想を捨てる程に苦しんだ無間地獄だ。
それを理解した上で遠坂真はその日々を裏切るのだから甘んじて受けなければいけないと思ってはいたが、いざ、それに直面した今では恨み言が湧いてくる。
何度喉を搔き毟りたくなったか。
何度叫びそうになったか。
何度膝を折って、楽になろうとしたか。
その度に桜さんの苦しむ顔を見て、間違っていると思った。
あんないい人が苦しむだけの人生しか味わえないなんて間違っている。
自分みたいな中途半端な人間ですらこんな幸福を味わってきたのに、他人の為に怖がって震えながら死ねる人が死ぬのは間違っている。
そう奮い立って、何度も折れそうになる心を鉄で塗り固めた。
だから、今更引ける思いは無く──
「ずっとあんたを一人にした……」
悲哀の色のみで彩られた言葉が耳に焼き付く。
「知ってたわ……あんたが士郎の理想を否定して、正しくてもそれでもあの馬鹿が全てを捧げたかった理想を否定して良かったのか苦しんでいた事……」
ざくり、と心から剣が生えたような痛みが胸を抉る。
「ずっと…………自分の才能に比べて性格がどうしようもなく魔術師に向かない事を知って、私に申し訳ないとかそんな馬鹿な事を思っていたのも知っている……」
耳を閉じようにも腕が母に封じられて動けない。
嗚呼、本当に酷い……この人は一切の容赦なく遠坂真の罪を暴いて突き立てるつもりなのだ──
「そして────私があんたを利用して士郎を夢を諦めさせた罪悪感からちゃんと相対しなかった事に何も言えなくてどうすればいいのかって思ってたのも…………全部全部知ってるわ………………」
酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い
余りにも惨い。
余りにも酷い。
余りにも辛い。
何故このタイミングでそれを言う。
何故このタイミングでそれなのだ。
もっと早く。もっと早くにそれを言ってくれたら、俺はこんな、こんな────あんな世界を見ずに済んだかもしれないのに────!!
初めて母を憎んだ。
これ程の痛みを生んだ母の行為には一切の悪意がなく愛情しかない事に絶望を抱いた。
いっそ、全てが魔術に捧げる為に作られた偽りの家族愛だったのならばどれ程楽だったか。
なのに、なのにこの人の心はこの時、このタイミングで魔術師遠坂凛でも、遠坂凛個人でもなく、母としての女としての弱さで攻撃してくるのだ。
自分の事を棚に上げて余りにも卑怯だ、と叫びたかった。
だってこれでは全て自分が悪くなる。
母を責める事なんて出来なくなる。
「図々しい願い何て承知している。今まであんたを一人にしていた私が言える言葉じゃないなんて分かってる──でも、お願い……行かないで…………
思わず壊れた笑いを浮かべそうになる。
魔術師が日常を優先するなんて余りにもブラックジョークだ。
それを冗談や父親に対して言うのならばともかく母が、泣き崩れそうになる声音で言ってくるのならばとてつもなく重い。
そしてそれが出来ればどれ程幸福だろうか。
だって自分は知っている。
その道はきっとヒカリに満ちている。
当たり前の痛みと幸福を味わって生きていける筈だ。
これまでの人生がそれを証明している。
それと比べて自分が今から進む道には何一つ不明の未来だ。
街灯の無い獣道を歩くようなものだと理解している。
何をどう取っても今まで以上に辛さしかない道だ。
きっと不幸になる。
辛い思いも痛みも何もかもを味わう。
温室育ちの花が野には直ぐに適応できないように。
適応出来ず枯れ落ちる可能性の方が高い事も。
それを──ここで今、全てを忘れれば味合わずに済む。
ここで自分がマスターである事も、令呪も、何もかもを忘却すれば全てがきっとハッピーエンド。
そうだ。ここで忘れればいい。
だってそうすれば遠坂家は完全無欠なハッピーエンドを向かい、その中にセイバーも含めてきっと誰に自慢しても誇れる幸福な日々が約束され──
────でも、そこには一人苦しむ女性の未来があって
ノイズが走る。
頭痛が酷くなる。
呼吸は既に過呼吸の域にまで到達している。
さっきから吐き気を止める事だけしか出来ていない。
捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろステロステロステロステロステロステロステロステロ……!!
つい先日まで他人であった人を見捨てればいい。
誰もが常にしている事であって、人類が生きるに当たって必要なん犠牲行為。
それを遠坂真だけがしてはいけないという理屈は無い。
きっと誰もが許してくれる。
きっと誰もが認めてくれる。
きっと誰もが笑ってくれる。
魔術師らしく捨てればいい。捨て去ればいい。
だから、だから、だから──!!
──苦痛と恐怖に支配されても、笑うあの人を──────どうしても忘れられなくて────
「────!!」
意味のない絶叫。
最早言葉にすらなっていない悲鳴のような叫びと共に視界に亀裂が走った。
気付くと自分は洗面所で吐いていた。
鏡に映る自分を見て思わず自嘲する。
「ひでぇーー面だなぁ、おい…………」
人生最高に最低な気分。
ここでこうしているという事は自分は遂に母を切り捨てたという事なのだろう。
「行かないと……行かないと……」
ふらり、と動く。
見れば、本来、出発する時間よりもかなり早いが、それでも行かないと。
もうこの家に数秒だっていられない。
いたら狂ってしまいそうだ。
ああ、本当は分かっていた。
セイバーの視線の意味はこういう事だ。
貴女は本当にこの
だから、目を逸らしていた事実に今、直面し苦しんでいるだけ。
ああ、勿論完璧な自業自得だ。
セイバーは勿論、家族にも非は無い。
受けたくなかったのならば即座に、それこそあの墓参りの時にでもそのまま逃げればよかったのだ。
つまり、結局遠坂真は甘えていたのだ。
だから、自らが甘えた応報を抱えながら、玄関を目指す。
足取りは重い。
膝は何時折れてもおかしくない。
でも、進まないと。
進まないと結局苦しくなる。
だから、玄関を見えた時は思わず喜びの絶叫でも上げようかと思い
────背後に元正義の味方で、家族の味方になった鉄のような父がいるのに感づいた。
「……」
当然だ。
母が気付いて父だけが気付いていないわけがない。
だから、覚悟は出来ていた。
俺はその視線を無視しようと歩を進め
「真。その先は地獄だぞ」
当然の事を言われるが無視する。
何を今更。
もう誰も守ってくれず、法や才能も役に立つとは思えない殺し合いの場に出るのだ。
地獄になる事は当然だ。
だから無視だ。
もうそんな事言われなくても知っている。
「真」
何度言われても変わらない。
もう歩を止めれば止まるしか無いみたいに思えて止まりたくない。
だから俺は前に進む足をこのまま止めないまま父を無視して──
「────後悔しないのか?」
「────後悔しないわけないだろうが!!!」
ガツン、と廊下を叩くように止まり、そのまま上を見る。
天井が余りにも近いのがこんなにも苦しい。
昔はあんなにも遠かったのに。
「俺はぁ! 親父みたいに後悔しないで生きていくなんて出来ない! これから先何があっても絶対に後悔するし自分の生き方を誇りに思う事なんてない……!!」
吐かれる言葉は全く自慢できない事ばかりだ。
当然だ。
自慢する事なんて出来ない自分だ。
父から
全く以て後悔する事ばかりであった。
どこに自分を誇れるような瞬間があっただろうか。
親父や母さんに比べれば恥ばかりの人生だ。
「ずっと自分の生き方に疑問を持って生きていくさ! 俺は二人みたいに自分の生き方に確信をもって生きるなんて俺には…………俺には無理だ………!」
思いっきり全てをぶちまける勢いで言葉を吐く。
内臓まで吐き出すつもりで吐いているが意外にも中身が吐かれないらしい。
さっきまではあんなにも吐いていた癖に都合よくそこまでは吐かない肉体の機能を恨めしく思う。
「……それは流石に俺達を過大評価し過ぎだが…………」
小さな苦笑の吐息が混じりながらも父は恐らく目は笑わないまま
「なら──後悔すると決まっている道を何故行く。後悔すると決まっている道ならば止めればいい」
「…………ああ、そうさ………止めればいいんだろうな…………俺だって聖杯なんて興味が無いし、戦争によって起きる被害なんて見えてない場所まで気遣う気はないさ…………」
言っている言葉に噓偽りはない。
聖杯なんてどうでもいいし、見えない場所にいる人を気遣う程、余裕の満ちた人格と人生であるわけでは無い。
ならば、何故なんて言うまでもない。
「でも…………残っても…………何もしなくても、やっぱり後悔するじゃないか………………」
結局はそういう話。
遠坂真は単純に取り返しが効く後悔よりも取り返しが効かない後悔を選んで他を切り捨てただけ。
死ぬかもしれない未来を見ていられないから、とりあえず死なない未来を取っただけだ。
「だからこんなの正義なんてものじゃない…………偽善ですらない………ただの自棄だ」
「その自棄の先に、お前に何の報酬があるんだ?」
はっ、と吐くように笑う。
何だこの親父は。
まさか俺があんたみたいに何の報酬も要らないから誰かを救えればいいと思っているのだろうか?
そんなわけがない。
俺はもっと俗なのだ。
だから、当然、報酬はあるに決まっている。
この助けた恩を使って俺は欲しいものを得れるのだ。
それは
「帰ったら…………上手い洋食を貰える─────親父や母さんよりも上手い洋食が食えるんだ。どうだよ? 十分に高い報酬だろ?」
「────」
親父の無言を背に、再び歩き始める。
壁に手なんて付かない。
無様な足音何てもう鳴らさない。
何も返す事が出来ない自分が唯一二人の親に示せる物だからだ。
だからもう俺は振り返らない。
「なら真」
声をかけられてももう振り返らない。
「お前がこれから先、何をしようとも俺達は気にしない」
遂に玄関に辿り着き、そのまま靴を履く。
「例え人を殺そうと裏切ろうと盗もうと騙そうとしても、俺達はお前を決して見捨てたりなんてしない」
とても且つて正義の味方になろうとしたとは思えない言葉の数々を口から出すが、もうそれに返す言葉も態度も無い。
そのまま玄関を開ける。
未だ夜中の時間帯故に玄関の先は真っ暗だ。
とても、暗い。
「例えこの先、お前がどんなに曲がっても────それでも、お前は俺達の息子だ」
だから、という空白を俺は闇の中に進む一歩の時間とし
「────行って来い。そして無事に帰ってこい」
その言葉を最後に──俺は玄関を閉じた。
最後の激励だけを胸に刻んで。
凛、と呼ばれる声から私は目が覚めた。
開けた先には自分の愛する夫の苦笑する顔。
「ぁ……士郎…………?」
「ああ」
頭を押さえながら起きようとして、何故か体が空白の場所を抱こうとする。
何故、という思いを記憶が否定する。
「そっか…………振られちゃったかぁ…………」
「ああ…………俺もだよ」
足を抱えてその仕草で顔を隠そうとするが、その前に士郎が私の頭を抱いて自分の胸に押し付けて隠してくれた。
だから私も甘えた。
「分かっていたのよ…………? あの子は何時かこの家から出ていくって。何でか分かる?」
「分かるさ…………俺だって失格ではあるけどそれでも父親なんだ」
うん、と掠れた声を無かったかのように振舞う。
「だってあの子にはこの街じゃ狭すぎるんだもの。そうでしょ? 何か何時も窮屈そうだったもの。籠の鳥みたいで何時も
「だからと言って不幸だった、なんて思うなよ凛」
「分かってるわよそんなの……あんたより分かってるに決まってるでしょぉ…………?」
「────ああ、そうだったな。悪い、遠坂は俺よりも分かっているに決まっているものな」
遠坂、と懐かしい呼び方を聞いた瞬間、涙腺が決壊したのを理解した。
思いっきり、士郎の服を掴むが知った事ではない。
悪いのは士郎だ。こんな時に昔の呼び方を使う卑怯な士郎だ。
だから、たった一言だけ泣き言を自分に許す。
「────もっと一緒にいたかったわ…………」
夜に包まれた道を遠坂真は一人で…………いや二人で歩く。
何時の間にか背後にセイバーが付いてきていた。
何時からなどという事を考えるのは止めた。
何故ならセイバーは荷物を持っていたのだ。
旅に出る為に用意した荷物を。
だから何も言わなかった。
彼女も何も言わなかった。
もうどれくらい歩いただろうか。
ほんの数秒な気もすれば数分な気もするし、一時間くらい経っている気もした。
だからきっとどれだけ時間が経ったか不安になってつい漏らしてしまったのだろう。
「なぁ、セイバー」
なぁ。
「俺──泣いてもいいかな?」
「いいえ」
とてつもなく綺麗に弱音を叩き落とされた。
思わず少し体が震える位であった。
「貴方はどんな願い、どんな思想、どんな夢を抱いていたのだとしても、貴方は間違いなくシロウとリンを切り捨ててこの場に立っているのです。ここで泣くのは二人に対する甘えと自分勝手な被害妄想です」
「…………手厳しいなぁ」
「この程度で手厳しいと思うならば立ち止まれるようにその腕と足を切り落としますが?」
「……いや、ありがとう。ここでセイバーが甘えさせたら恥知らずになっていたものな」
そうだ。
涙を流すのは自分だけ苦しい想いをしているんだ、という被害妄想から来るものだ。
自分の手で切り捨てときながら、それに甘えるなぞ外道にも劣る。
手を握る。
足を踏み出す。
背はもう曲げない。
泣き言何て言うものか。
何も誇れぬ自分ならばせめて最後まで立って歩く程度をせずに何が二人の息子だ。
そうだ、正義も夢も理想も無い俺が定めた一つの誓い。
──戦うと決めた。それが遠坂真が唯一己の心に定めた誓い。
「──行こう、セイバー」
「──はい、マスター。何処までも」
何故なら
「この身は、貴方の剣なのですから────」
これで日本編終了です。長かったぁ。
それにしても士郎とは似ているようで違う道を歩かせているつもりなのですが、こうして動かしてみると士郎と同じことをしているっていうのは作者の自分ですらちょっと面白くなりました。
自己満足も正義という秩序も経過は違えど結果は変わらないって事なのか、と意味もなく考えました。
感想・評価などよろしくお願いします。
一度日間ランキングに上がった事は嬉しい事でした。