ドイツの高級ホテルのスイートルーム。
その場所で、シルヴィアはベッドに座り込みながら、しかし疲労の吐息を吐いた。
が、しかし、弱音だけは一切吐かないまま、シルヴィアは己の槍を呼んだ。
「ランサー」
己以外誰もいなかった場所に、霊体化を解除した英霊が現れる。
スイートルームの部屋の物がまるで一気に老朽化したかのように価値が失われていくような錯覚を覚える黄金の英雄。
己の誇りと実力に相応しき大英雄だ。
「どうした、マスター。如何に才と意地があるのだとしても、休む時に休まず、疲労を重ねれば、結末は自滅による死だけだぞ。悪い事は言わない。存分に休むがいい」
「勿論、休みはしますわ───────ですが、休む前に敵の情報を話し合わないのは愚策でしょう? あれ程の好敵手を相手に、思考を止めるのはそれこそ自殺行為ですわ」
ふむ、と己の言葉に、ランサーもこちらの顔を見ながら頷く。
「確かに。これは俺の間違いだな。セイバーにアーチャー。あの二人は間違いなく今回の聖杯戦争においても最高位のサーヴァントだろう。座して待つだけではそれこそ自滅か」
「その通り──────少しは過保護を解きなさい
真名を己の意志で告げる。
かつてインドにおける最大にして最高とされる施しの英雄。
あらゆる願いと呪いを一身に背負いながら、それでも一切を恨まず、妬まず、そして顧みなかった稀代の大英雄。
それが私の槍で、私のサーヴァントだ。
「忠告は有難く受け止めるが…………いいのか? 真名を告げても。魔力とサーヴァントの反応は無いが、あのアーチャーの事だ。視えているやもしれないぞ」
「とても恐ろしい忠告感謝ですわ……………ですが、恐らくもう気付かれていると思いますわ。鎧はおろか魔力放出も槍も存分に見せたんですもの。絶対とは言いませんが…………この場合は楽観の部類に入るでしょう」
槍はまだしも、鎧と炎はかなり真名を当てる為のピースになる。
素人でもない限り、真名はばれている、と思った方がいいだろう。
そして、彼らに限ってはそれは無い。
最早、これは計算とか予想とかではなく信頼のレベルだ──────己について来れた実力者たちがその程度を出来ない筈がないという。
─────だからこそ、はっきりしておかないといけない事があった。
「……………カルナ。はっきりと告げて貰いたい事がありますの。一切の虚飾なく、依怙贔屓無しに」
「了承した」
竹を割ったような返事に、しかし意識を緩くしないまま──────己で肯定しなければいけない事を、従者に問うた。
「───────私は、遠坂真に劣っていましたか?」
カルナの目線に揺らぎはない。
ただ、一直線にこちらを見る。
虚飾を払うその視線に、私も負けず劣らずに答えが欲しいという意思を示す。
既に、彼に己の戦闘は記録として見せている。
だからこそ、施しの英雄はマスターであっても、一切の妥協をせずに、求められた答えを渡した。
「魔術師としてならば恐らく差は無いのだろう──────ただ、戦闘、という一点で言えば、あのまま続いていたならば、お前が撃ち任されていた可能性は高い。
ギリッ、と歯が軋む音をしっかりと耳に焼きつけながら……………それを解す一息を漏らす。
「…………………ええ。最高に最悪な答えですわ、カルナ。そして私もそう思いました。あのままだとあの戦闘思考と多彩さに翻弄されていた、と」
「………………俺は魔術師では無いから、魔術師としての格付けは理解出来ない。が、戦士としての視点で語るのならば─────あの少年は、魔術師ではなくマスターとして戦っていたのだろう」
その言葉に魔術師としての私は腹立たしさを感じるが─────聖杯戦争の性質を考えるのならば、正しいのはカルナであり、遠坂真だ。
戦争の場で道理や矜持を振りかざす方が脱落していく、という事なのだろう。
エーデルフェルトとしては聊か品位が欠けているが、理解はしている。
聖杯戦争において魔術師に必要なのは魔術の力量ではなく、魔術の使い方。
忌々しい魔術使いとしての方法こそが、最も適しているのだ、と唇を噛みながら、己の失態を憎み
「その上で聞きますわ──────私達に勝ちの目はまだまだありますわね?」
「───────無論だ」
生涯に渡って嘘をついた事が無い施しの英雄の断言に、シルヴィアは獣のような微笑を浮かべながら、髪をかき上げる。
「──────素敵な答えですわ………ええ、その通り。多彩さや柔軟な思考で負けていたとしても、未だ我がエーデルフェルトの宝石魔術の神髄を晒したわけでも無し。テンカウントは未だ先ですわね」
未だ敗北のテープラインは見えず。
無様にタップするのもまだまだ早すぎる。
この程度の窮地で諦めるなど魔術師の風上にも置けない。
我等が膝を着くのは根源に届いた時、喜びの涙と勝利の感覚を得る時。それこそが魔術師としての到達であり、終わりだ。
それ以外で絶望に身を委ねるなどあってたまるものですか。
故に、己は今、勝つ為に口を動かす。
「カルナ。貴方の感覚でいいですわ──────総合的に見て、最も厄介な陣営はどっちでした」
「……………………その問いならば悩ましいが、それでもやはりより恐ろしいのは──────」
「───────私達が、多分、一番狙われるわ」
アーチャーは、ヘラクレスはベッドで少し荒げた呼吸をしながら、それでも意識をしっかり保って自分達の現状を語るクラリスの話を聞いていた。
休んでいい、とは言ったのが、強がる娘だ。
今は休めない、私達は勝たないといけないから、と意識を断ち切る事を拒んだが為、現状の分析を進める事にした。
「多分、どの陣営もアーチャーが一番手強いって理解したわ。例え、どれだけ長期戦には不安があるのだとしても、それでも、アーチャーは最強だもの。
「──────私はアーチャー。唯一、あの中で奇襲によって狙い撃ちが出来る」
そうっ、と強気に笑う少女を見て、頷く。
「遠距離から攻撃出来、その上で近接に持ち込まれたとしても、貴方は負けない。仮にセイバーとランサーが手を組んで攻撃をしてきたとしても、贔屓目無しに互角に持ち込めるわアーチャーなら」
その判断に、アーチャーは静かに頷く。
クラリスの判断は正しいと判断出来る。
如何に万夫不倒の英霊であったとしても、今やサーヴァントの身。
己のクラスの枠からはみ出した奇跡は起こしづらい。
無論、英霊故に奇跡はお家芸。決して、油断していいわけではないが、であっても遠距離という意味ならば、バーサーカーにでもなって無い限り、己の術技に陰り無し。
幾らでも狙い討てよう。
「──────だが、恐らくそれは向こうも理解している」
「……………だよ、ね。アーチャーの攻撃だもの………何であっても絶対に遠距離からの攻撃には常に気を配っている、と思う………」
「……………ランサーもセイバーもどちらも人外の域だが、特にセイバーには恐らく狙撃は勘付かれる。敵対していて分かった。あの騎士王は恐ろしい程、勘が良い。わが師のような千里眼ではなく、ただの直感だが………」
「何それ………………あーー本当だわ。凄い直感スキル………」
寝ながらマスターとしての技能でステータスを覗いているのだろう、とは思うが、それも軽度の魔術だ。
私は先程からずっと息を荒げている少女に──────躊躇いながら額に手を差し伸べる。
「ぁ…………………」
「──────疲れていよう、マスター。流石に休むといい」
「……………ぅん………もぉ……………過保護………なんだ、からぁ………」
雪の妖精のような少女は、とても美しく微笑み、過保護と私を嗜めながら…………しかしゆっくりと目を閉じた。
「……………」
己の行為が醜い行為である事は承知している。
完全な代償行為。
救われるのは己であり、己が過ちを犯した娘の代わりに扱っているだけに過ぎない、という事は理解している。
ギリシャ最大の英雄?
嗤わせてくれる。この身は守るべき小さき少女に手にかけてしまった鬼畜であるというのに。
例え、それが神々によって翻弄されたが故の結末であったとしても………………最後にお父さん、と首を折られながらも、私を呼んだ少女を──────どうして忘れられようか。
故にこれはどうしようもなく代償行為。
己の罪を清算出来るわけでもなければ、許されるわけでは無い。
だが、それによってこの儚く、幼い少女が救われるというのならば、あらゆる汚名を受け入れよう。
故に、此度のヘラクレスは名誉など求めない。
欲っするのは、かつて己がギリシャで響かせた称号──────
それこそが、マスターの願いであり、そして
「………………」
ざりざりざり、と頭痛が走る。
ヘラクレスをして、顔をしかめる程の
そこは極限の雪原の中。
周りには野犬と思わしき、獣の死体が囲うように倒れている中、ノイズに包まれた子供、と思わしき形がこちらに手を伸ばす光景。
■■■■■■は■いね──────
──────そう、かつて笑顔で告げる■■がいた。
名も顔も思い出す事が許されないが、確かに己にそう告げた存在がいたのだと霊基に焼き付いている。
世界による■■■が己を焼き尽くそうとする中、それでも取りこぼさず残した影。
だが、そうであっても
「………………………誓おう」
今度こそは、
セイバーは目の前で無垢に眠る少年にどうしたものか、と思っていた。
あのまま逃げて、とりあえず本当に適当にホテルに入り、ようやく息を整えて、直ぐに敵の情報をお互いに交換し、終わったと思ったら、少年はそのまま疲労に耐えれずに倒れてしまったのだ。
逃げる事も考えたのだが、敵がアーチャーである以上、それは危険と判断はしたが、それでもサーヴァントを前にこうも無防備に寝るのは聊か危険意識がなっていないのではないか、とは思うが
「………………あれ程の英霊とマスターと遭遇すれば、そうなりますか」
正直、抱えて逃げる事も考えはしたが………………その分、結局、シンの魔力を消費するのだ。
魔力と体力を完全消費して逃走するよりも余力を残した戦闘を選ぶのは間違いではない。
だから、こうなるのは構わないのだが、極めつけに倒れる直前に少年は
「セイバーも…………寝てくれ………よぉ………」
であったのだ。
サーヴァントは睡眠は必要では無いというのに、とは思うが………………霊体化出来ない自分はマスターの魔力を節約する事が出来ない。
睡眠すれば、己の活動を最低限にする事が出来るから、確かに間違いでは無いのだが、この状態で寝ていいものか。
暫く考え、寝てもいいだろう、と決定した。
相手が高潔だからとかではなく、今日一日はどのマスターも休むと考えたからだ。
マスターと共有した情報だと、どのマスターも全力ではなくても、本気で魔力を使用していた為、そんな余力は無い筈だ。
少なくとも今日一日は安静をするはず。
ならば、恐らく本番となる明日に備えて少しでも魔力消費を抑えるのがベストだろう。
そう思い、寝相で少しだけ乱れたマスターのシーツを直しつつ、自分も何時でも動けるように意識を調節しつつ──────眠りについた。
────────どこか、小さな部屋で二人の男女が抱き合っている光景を見ていた。
セイバーは意識はあれど、身体が無い自分に直ぐに気付いた。
三度による経験と直前の己の行為で直ぐに気付く。
この光景が夢であり──────己のマスターの記憶である事を。
記憶である以上、己はシンの視界からその光景を覗いていた。
恐らく部屋の扉の隙間から覗いていたのだろう。
小さいが、全体を見れていない視界はそんな狭間から覗いていたから。
抱き合っている男女はシロウとリンであった。
前後が無い為、何故そうなっているかは不明だが……………二人は泣きながらお互いを抱きしめていた。
不思議と痛ましさは感じないが……………………それ以上に己の内に刻まれる物があった。
っ………シン………?
それは繋がっている少年の心。
二人が抱き合っている光景を覗く少年の内側には何故抱き合っているかとかそんな当たり前の疑問ではなく───────恐ろしいまでの絶望感であった。
少年は震えながら、その完成した光景を見ていた。
二人が抱きしめ合い、お互いを案じれば案じる程、少年は
二人が愛を確認すればする程──────少年の心は
その感情を理解した瞬間、同調度が上がる。
あの二人は、二人で完結している。
お互いが互いを見て、聞き、理解し合っている。
そんな二人を前に──────余りにも己の異物感。
この怪物のような魔術回路も、この目に映る者を串刺しにする物に変異した瞳も、このどうしようもなく何もかもが視えてしまう
そうして少年は出来るだけ静かに、しかしどうしようもなく二人から逃げ出した。
少年の内側にあるのはどうしようもない恐怖だけであった。
彼を震えさせるのは怪物でも無ければ、命の危険でさえ無かった。
ただ、彼は、自分がいていい居場所がない、という
セイバーはそうして逃げていく少年を体験しながら、何故、と思う。
シロウとリンがどういう親の在り方をしているかは、衛宮邸にいた期間の間しか知らない。
その間だけを考えるのならば、二人は良き親であろうとしていた、と私は思う。
魔術師の家系として見るのならば失敗のかもしれないが、人の親として見るならば、息子を愛そうとしている二人であった。
なのに────────否、
夢はそこで切れる。
唐突な断絶を受け入れながら………………意識だけのセイバーは記憶に刻みながらも、今は忘れる事しか出来ない、と受け入れるしか無かった。
朝日を受け入れ、ホテルでの朝食を存分に食いまくった後、遠坂真とセイバーは即座に荷物を纏め、チェックアウトをしていた。
昨日は確かに逃げるのは難しいと言ったが、だとしてもわざわざ戦いに付き合う義理はこちらには無いのだ。
逃げれるのならば逃げる。
もしかしたら、こちらの戦力に鬱陶しさを感じて見逃すという事もあるかもしれないのだ。
零に近い可能性だが、零でない以上、やってみるのはタダだろうと思い、ホテルの出入り口から外に出
一瞬で、喉にあった水分が干上がるような気分に陥った。
「シン」
くらり、と足が揺れそうになるのを隣からセイバーが支え、即座にこちらの盾にもなってくれる。
そのお陰で何とか深呼吸をする事が出来、そこでようやく一声を出せた。
「これ………もしかして……………」
「ええ───────恐ろしい事に視られています」
誰に視られているか、なんて言うまでもない。
直ぐ傍にいるならともかく、己の感覚で掴めない距離で視てくる相手などアーチャーしかいない。
「場所は?」
セイバーはこちらの質問に答えられずにいるのを見ると場所を掴めていないという事で─────もしかしたらこの会話さえ読唇術で聞かれているかもしれない、と思うとゾッとする。
ヘラクレス
ギリシャにおいて神々の無理難題を意志と肉体と技と知恵を持って踏破した世界最大にして最高の英雄。
千里眼を持っておらずとも、その眼力はこちらを視る事くらいは容易いという事なのだろう。
「だが、こんな朝っぱらから……………しかも人がいる中だぞ?」
「………………それに幾ら遠距離から嬲る事が出来たとしても、距離があるのならば幾らでも対処がこちらには可能です」
そう。
早朝とはいえここには人が集っているし、セイバーには直感スキルがある。
未来予知にも等しい能力はそれこそ奇襲を察知してしまう。
その上で挑むというのも決して間違いではない……………のだが、己の体を包む視線がそれだけではないと語っている。
そしてそれを最後まで理解しなかった時こそが────────
「………………」
ドイツの朝は決して暖かいモノではないのに、酷く冷たい汗が流れてくる。
心音はさっきから無駄に高鳴り、魔術回路は勝手に次々と起動していく。
トリガーが次々と引かれる中、視線の意味を悟らなければならない、と思いながら、ふと空を見上げる。
空には勿論、太陽が浮かんでいる。
光は届いても熱はそう届いていない日なのに、寒気がする熱さを抑えようとしつつ
「…………………ん?」
空に何か違和感を感じた。
青空、雲、太陽とかに、というわけではない。
普通なら空にあるとは思えないモノがあったのだ。
それは小さな点であった。
黒点のように空の染みとなっている点を見ながら、何だろうと思う。
丁度、自分の真上にあるというのが変だな……………と思っていると気のせいか、点は少しずつ大きくなっている気がする。
鳥にしては小さい点を…………………何故か見過ごせず、眼球を強化しようかと思った時、日差しが近くの建物の窓に反射し、己の瞳を軽く焼き付かせる。
「っ………………」
手で顔を覆い、眩し、と思いながら、細目になりつつ、太陽を見ないように眼球を少しだけ強化し
「───────あ」
正体を悟った瞬間、遠坂真は絶望に抱かれた。
今回はまぁ、色々と書きましたが、そうは言ってもまだまだ前哨戦。
色んな人が見て、楽しんで頂けるよう頑張ります!!
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