Fate/the Atonement feel   作:悪役

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そして誰が誘うか

───ユメを見た。

 

 

実におかしな夢である。

夢というのは程度の違いはあっても中身は光景の描写になるはずだ。

起きた後に不明瞭になる事はあっても見ている最中にノイズ交じりのよく視れない夢というのは流石に今まで体験した事がない。

そして夢の割にははっきりとした意識がそのノイズ交じりの光景に引き摺り込まれる。

 

 

 

───を手……前に、……ちんと考え……がい……

 

 

それは遠い光景であった。

風景すら歪んで見えたが、それでもそこが美しい草原の光景であるのは見て取れた。

自然の美しさを人工的に整えたものではなく自然な光景のまま美しさを整えた光景。

まるで大地が永遠に続くかのような錯覚すら覚えそうになる。

そんな現代では失われた永遠(ケシキ)の中、今度こそ形は見えても詳細はほぼ分からない存在が……喋り合っていた。

形からしてそれは人間であったと思う。

否、人間であると思ったからこそ喋り合っていると思ったのだが、自分はついちょっと前に人型の怪物に出会ったばっかりなのでそこら辺を断言出来なくなっている。

まぁ、そこは流石に置いておくが……やはり多少は聞こえてもその内容自体が頭に入ってこないから何を語り合っているのか分からない。

だが、雰囲気からして……姿が大きい方が小さいのに対して問いかけているように思われる。

そこまで考え、ふと気付いた。

小さい方の影の前に何かが置かれているのを。

台座のような何かに……剣らしき形の物が刺さっているように見えたので完全な好奇心からその剣のような物を見ようとして───絶句した。

 

 

───美しい

 

 

それに尽きる剣であった。

装飾は決して華美ではなく、しかし荘厳な装飾を。

刃には一切の曇りも傷もない覇者の剣。

一目見て理解出来る。

これは間違いなく選定の剣に相当するものであると。

王を選ぶ剣としてならばこれは至高の刃であると。

だからこそようやくこの二人と思わしき形がどういう話をしているのかを理解した。

この小さい影の人を大きな影の方が止めるか、もしくは見守っているのだと。

もう少し会話の内容を聞き取れれば分かるのだが、余りにも断片過ぎて理解にまで辿り着けない。

しかし会話が終わったのか。

小さい影がそのまま剣の柄に手を伸ばした。

どういう会話があったのかは分からない。

ただノイズ塗れの光景と音でも分かるものが見えた。

 

 

 

それは小さい影の人物の笑顔だった。

 

 

 

───多…………が笑っ………てい………た。

それ……っと間違………………ま……

 

 

そんな笑顔と聞き取れぬ言葉を持ってその影は剣を引き抜いた。

恐らくここから小さな影の人物の物語が始まっていくのだろうけど、どうやら夢はここまでのようで途端に意識と光景が溶けていく。

その溶けていく夢の中で何故か俺の意識は意味の分からない澱みを得ていた。

いや、一々難しい言い回しをして逃げるのは止そう。

 

 

間違いなく自分は怒りのような物を覚えていた。

 

 

たかが夢に。

それも会話の内容どころか語り合っていた二人の人物ですら聞く事も見る事も叶わなかったというのに。

何か果てしない怒りが湧き上がってくる。

夢の終わりまでそんな気分は抱いてなんていないのに。

最後に見た小さい影の笑顔を見た瞬間にそんな理不尽に近い怒りを感じた。

理由は分からない。

分からない。

分からない……が。

何故かその抱いた衝動に───決して間違いではないという確信があった。

暗闇となった夢の中で記憶は置き去ってもその確信だけは現実に持ち帰って帰還する。

 

 

 

 

───■と■は繋がった

 

 

 

 

 

 

行ってきまーーす~~~~、という平日の早朝に聞こえる気の抜けた声に士郎は行ってらっしゃいの相槌をしながら皿などを片付け終わり、タオルで手を拭きながら居間に向かう。

すると案の定、凛が難しい顔をして唸っていた。

かくいう俺も同じような表情を浮かべていただろう。

とりあえず二人分の茶を入れて、凛に差し出して会話の切っ掛けを作る事から始めた。

 

「……なぁ凛。俺の勘違いじゃなかったら真、何か昨日から調子がおかしくなってないか?」

 

「全くもって奇遇ね衛宮君。同意見よ」

 

昔の呼び方になっているのに気付いていない所を見ると重症だ。

そして自分も一瞬、それに懐かしさよりもそうだよな、と適応してしまったのを見ると同じくらい重症であるようだ。

でもまぁ、それも仕方があるまい。

 

 

 

俺達の息子である真の様子が輪にかけておかしい

 

 

 

それに気付いたのは昨日の夜からである。

何時もの時間帯に帰ってこないものだから俺はいそいそと自慢の千里眼を持って屋上から探そうと思って凛にガンドを受けて屋上から落ちた後くらいに真が帰宅。

過保護過ぎって叫んだ本人が強化をして玄関に向かうのを倒れたままの体勢から捉えたが自分も気力で起き上がって急行。

すると玄関では真が遅れた理由と思わしき意味不明な内容を語っている最中であった。

何やら死徒27祖に出会ってしまい、意味不明の舌戦の結果、遠坂家秘伝の右フックで撃退したという結果をこの大馬鹿息子がーーという凛秘伝の右フックで宙を浮く息子を発見する。

その光景を見て自身のトラウマを再発する。ああ、何やらこの光景、主に虎にやられた事があるぞ? そこにいるあかいあくまにもやられた事があるが。

まぁ、それはそれとしてだ。

結局、理由の方は単に寄り道しただけ、と息子は説明した。

無論、俺達はそんなの全く信じなかったわけだが……正直、自分らがどれだけ踏み込んでいい物なのか計りかねて結局、時間を置く事にという結論が出され、今日を迎える。

 

「朝起きたら真が朝食を作っていたのは心臓に悪かった……」

 

「それはキツイドッキリだったわね……」

 

血は水よりも濃しと言うが我が家では遠坂は運命を書き換える……! という伝承を信じている。

故に性格はお互いがお互いに似ていると論争しているが生活習慣は母の意思が打ち勝ったのだろう。

真の朝は遅い。

時たま早く起きる事は勿論あるが、その早くの程度というのは実は学校に行くまで少し余裕が出来る程度の早くでしかないのである。

子供の頃はともかく流石に中学、高校になったらだらしないという事で凛と二人で起こそうとすると息子は本気になって部屋を魔術的な要塞化する始末。

どんな感じかというと凛の言葉を借りると

 

「……挑むのならば貯金切り崩して自棄酒でも飲まないとやってられないわ……」

 

との事。

それでも挑んだ男がいたのだがそいつの結果を語ると何時の間にか彼は妻の部屋で大人でも乗れるベビーカーに縛り付けられて身動きできない様で発見された。

悪夢めいたオチであった。

ちなみにその妻は大爆笑した。

その男が誰かだなんて語りたくない。

語るに落ちている気もするが俺は言わない。

ともかく、それで俺が大体6時くらいに起床して15分頃に居間に辿り着くと息子が料理をしている光景があったのだ。

ちなみにうちの息子の得意料理は洋食だ。

俺は基本の料理系統は出来るが得意なのは和食、凛は中華が得意という中で何故か息子は洋食を覚えるのに拘った。

元々、自炊は必ず将来に役立つ技能として教えるつもりではあったのだが、いざ得意料理を教えようとしたら本人の洋食覚えたい、という鶴の一声で料理を教えるのは自分だ戦争の幕は閉じた。

まぁ、得意料理ではないとは言え昔、自分は後輩に教えていた時期があったから特別教えるのに難しい事ではなかったし凛だって中華程ではなくても作れる。

だから教えるのには然程苦労はしなかった。

敢えて謎があるとするならばどうして息子が洋食に拘ったかだが……まぁこれに関しては好きな味というのがあるからだろうと思った。

まぁ、というわけで両親揃って呆然としたままとりあえず出来上がった料理を取ろうと思ったら俺の更にあるのは皿を埋め尽くさんばかりの巨大な卵焼きだった。

息子の言外の愛に思わず涙を浮かべながら食べるが美味いのが余計に辛かった。

しかも卵焼きかと思ったら野菜などが含まれたオムレツであった。

しかし息子の暴走はここで終わらない。

何と怖いもの知らずな事に、呆然としながら食事をする凛のベーコンの裏面に大量の辛子を塗ってあったらしく、結論から言わせて貰えば朝の時間は母と息子の魔術戦という事になった。

第384回遠坂戦争の敗者は遠坂士郎で幕は下りた。

家族の、そして親父が残した最後の遺産である家を守る味方として君臨した男の末路は母の右フックと息子の左スマッシュであった。

魔術戦をしていたはずなのに何でステゴロに走っているんだと普通の魔術師なら思う所だが、それは遠坂故に……という納得がいく理論があるので仕方がない。

見ろ、それが正義の味方の末路だ、と言わんばかりの赤い背中を幻視したりもしたがうるっせぇ、黙ってろと追い返したので結果オーライ。

まぁ、そんなエピソードをさっきまで体験していたわけだが

 

「全く……───どうしてあんな空回りのスパイラルに入るほど落ち込んでるのかしら?」

 

「え?」

 

「は?」

 

馬鹿みたいな声を出す俺に反射で似たような音を漏らす彼女の姿を見る。

数秒くらい互いに沈黙を得たがとりあえず言い訳みたいな言葉を俺は発する。

 

「いやまぁ……俺からしたらという感じで根拠みたいなのは無いから断言は出来ないんだが」

 

「そこはしときなさい。あの子は私達の子よ」

 

手厳しい一言に苦笑を漏らしてしまうが、凛が本気で言っているのは理解しているので直ぐに笑みを閉じる。

だから俺は凛の言葉を忘れずに胸に刻みながら思った事を素直に口から吐き出した。

 

「俺にはむしろ導火線に火が付いたという感じがしたな」

 

今まで導火線自体を見つけても火を付けることを躊躇っていた息子が淡く、まだ弱弱しいが焔の付いた目をしていた。

喜んでいいのか分からないが……自分に目の奥に鋼の色を隠している息子は確かに火花を灯していた気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

柳洞三成は放課後の生徒会室にて執務を行いながら友人の存在を意識していた。

勿論、この場合の友人というのは腐れ縁の遠坂真の事である。

 

今日の遠坂は何時もに増して変である。

 

まず朝に出会った時は気付きはしなかった。

気付いたのは変化を与えたもう一人の友人である美綴の何時もの奇襲であった。

常なら遠坂がそれを躱して軽い一撃を入れてお開きというのが流れであった。

だが今日は違った。

奇襲に反応するまでは同じだったが、その後の対応が奇襲よりも早く(・・・・・)裏拳をぶちかますという本気対応だったのだ。

真面に受ければ骨の一つや二つ軽く折りそうな拳に美綴も本気で何とか躱し、数秒の間、呆然としたと思ったら大笑いし出した。

思わず謝ろうとしていた真が引くレベルで大笑いした。

その後にそうか! そうか! と嬉しそうに遠坂の背を叩いて喜んでいた。

まるで失くしていた大事な物が見つかったかのような喜び様であった。

そしてその後の遠坂は……まぁ何時も通りではあった。

何時も通りに友人と笑い合い、馬鹿をし、勉強をしていた。

特におかしな事はない。

特におかしな事はないとも。

今を除いて。

 

「……」

 

放課後の生徒会室。

本来生徒会役員でもない人間が来るような場所ではない所に遠坂は突然現れた。

よっす、とまるで約束した出現みたいな振る舞いの余りのらしさを見て思わず笑いながらとりあえず茶を出してやる。

他の役員に見られたら示しがつかんなと思いながらも三成は何も文句を言う気はなかった。

当の本人はここに来たというのに何も話さない。

だが三成は理解している。

常の日常(ルーチン)を崩してここに来ているという時点で今の遠坂の内面を表している証拠だという事を。

日常を尊んでいる男がそれを自ら崩すというのならばこちらも相応の意志を持たねばなるまい、と思い執務を処理しながら彼から話しかけるのを待った。

茶を出して五分くらい経っただろうか。

 

「三成」

 

と遂に腐れ縁から声をかけられた。

だから俺も出来る限り自然な対応で筆を置き、対応する。

 

「何だ遠坂。俺の説法を聞く気になったのか?」

 

「説法はどうでもいいかお前の言葉を聞きたいのは確かだ」

 

成程、それは重症だ、と苦笑し密かに背筋を伸ばしながら聞く覚悟を作り先を促す。

本人も散々迷ったからか。口調に淀みは無く

 

「実は先日、まぁお節介と言うべきか。余計なお世話と言うべきか。変な老人からお前は結局の所、我慢出来ん奴だとか言われてな。それがどうも気に食わなくて考えているんだが正直意味が分からない」

 

「我慢出来んとはまた抽象的だな。もう少し他には無いのか?」

 

「それが分かれば苦労せん」

 

確かにな、と同意しつつ考える。

その変な老人というのも気になるワードではあるがこいつが大人だからといって騙されるような可愛らしい存在ではないのは知っているので今はまだ深く聞く必要はないだろう。

 

さて我慢出来ないときたか。

 

遠坂真が我慢出来ない事柄。

どうあっても、どうなっても結局、この男が動き出す事柄というのは何ぞや、という問い。

考えるまでもない(・・・・・・・・)

こいつと付き合いが長い人間なら考えずとも思いつく事柄である。

そして同時にこの男がどうしても認めようとしない事柄である。

 

……だが、そろそろいいのかもしれんな。

 

前々から気にはなってはいたが触れはしなかった友の不明瞭な点。

踏み込む覚悟を経て、自分は口を開けた。

 

「恐らくとは思うが……もしも老人の言った言葉が俺の思った通りならば俺もその通りだと思う───お前はどんなに正義を否定しよう(・・・・・・・・)ともお前は目の前の命が無意味に失われるのを我慢出来んよ(・・・・・・)

 

「───」

 

目の前の少年から反応所か感情すらも一瞬消え去ったのを知覚する。

そうなる事は予見していたのでその間に自分の分の茶を飲む。

何故ならここからは舌を動かす作業になる。

ここで喉を湿らしとかなければいざという時喋れなくなるのは余りにも恰好がつかん。

そうして喉を湿らしている内に遠坂の調子が戻った。

 

「何を言い出すかと思えば……正義云々に関してはともかく。俺がそんな自己犠牲に走る様な人間に見えるか?」

 

一瞬、こっちこそ何を言い出すかと思えばと言い返す所であった。

何せ随分と偏見に満ちた言葉だったからつい口が勝手に動き出しそうだった。

それにしても自己犠牲ときたか。

もしかしたらその単語が気に入らないからこうなっているのかもなと思いつつ

 

「それは違うぞ遠坂。人助けと言えば確かに他人の為に己を使っているようなイメージが湧くかもしれないがその本質は己の為の行為だ」

 

人を助ける理由なんて古今東西様々な理由があるだろうが、やはりそれも自己の都合から生じるモノである。

人を苦しんでいるのを見るのが我慢ならない。

職務が人を助ける仕事だから。

こうして語ると少し助ける、救うという言葉を俗な物に貶めているような感覚になりそうだが、真実を綺麗事に置き換えるわけにはいかなかった。

何せその事で真剣に悩んでいる友がいるのならば尚の事に。

 

「寺の息子が言っていい事か?」

 

「さて? 今は寺ではなく学び舎にいるからな」

 

「……すまん」

 

三成は聞かなかった振りをして茶を飲む。

そして再び俺は問いを投げかける。

 

「例えばの話だ。俺が今ここで凶悪な殺人犯に殺されかけたとしたらお前はどうする?」

 

「とりあえずここにある椅子を思いっきりぶつけて殺人犯とやらをぶちのめしてやろうか」

 

「ほら見ろ。お前は考え無しにそう(・・)動くじゃないか」

 

「………………む」

 

まるで本当に今、気付いたかのようなリアクションに苦笑してしまう。

この男は昔っからそういう気質なのに本人のみが気付いていないというか目を逸らしているというか。

一歩間違えれば危うい生き方に見えかねないが、この友人の生き方ならば余程の事がない限り大丈夫だと思う。

もしも、この少年が呼吸するか如く人を救うような機械染みた生き方の如き生き方ならば俺は強く否定していただろう。

だがこの少年の場合は呼吸をするか如く人を助けているのではない。

ただ単に気持ちよく普通に呼吸をしたいが為に目の前の彼にとっての不愉快な事を我慢出来ないのだ。

何とも器が小さい事であると気づいた時は苦笑したものである。

普通ならば年を取ろうが取るまいが下らない、もしくは危険な物に関わらないようにするのだがこの男の場合、逆に関わらない方が苦しい……というよりはむかつくのだ。

むかつくからそれを発散するかのように人を助けているのだ。

でもだからこそ人を助けている、救っているなどという実感が全く無いのだろう。

何故なら彼からしたらそれは憂さ晴らしをしているようなものなのだから。

だから時折貰う感謝の言葉も素通りだ。

というかそのトラブルメイカー気質のせいで学園内の女子に結構モテているのだが美綴と付き合っているという噂があるのはさておき俺と遠坂が衆道に走っているなどと戯けた妄想が主流になっているのは何故だ……!

 

「喝……!」

 

「ど、どうした三成? 遂に脳が説法菌に塗れて極楽浄土を覗いたか?」

 

「意味の分からん戯言を言うな。そして気にするな……邪念を封じただけだ」

 

邪念……と呟きながらで何故か俺から距離を取る友人に解せぬ、と思いつつ

 

「で? どうだ遠坂。これが今、俺の中で思い浮かんだお前の問いへの答えだが」

 

「…………………………う~~~~~~~~ん」

 

呻き一つで暫く少年は動きも声も出さなくなった。

完全に内側に埋没している少年を見て茶を足そうか、と考えて茶を入れる準備をする。

すると唐突に遠坂は立ち上がって荷物を纏め上げた。

一気に帰宅準備がされる中、遠坂がこちらに一言だけ呟いた。

 

「ちょいと盛大に悩んでくる」

 

それはまた斬新な解決法だな、と思い微笑する。

だがここで安易に俺の言葉に頷かない事に安心する。

この事は間違いなく遠坂にとって人生を決める大きな転換期にも成り得る悩みだ。

それを俺一人の言葉だけで決めてほしくない。

何故なら身内贔屓に聞こえるかもしれないが遠坂は間違いなく何か大きな事をする事が出来る器だと確信しているからだ。

だから自分のその悩みを大事にして欲しいと切に願う。

 

「大いに悩め若人よ」

 

「お前も若人だろ。しかも今時若人なんて言うか」

 

「現代社会の問題の一つだな。死語が増えつつあるというのは。で、どう悩む? もう少し待ってくれるのならば俺も付き合うが」

 

「流石にそこまで世話になるつもりはないさ。ま、それでも今度甘味の一つや二つ奢ろう。おっと悪いが校内で噂されているような事はしないからな……俺はお前とは友人以上の関係になるつもりはないんだ……!」

 

「た、戯けぇ! 俺にもそんな気は毛頭ないわぁ!」

 

はっはっはっ、と笑いながら手をこちらから振りながら先程の会話なぞ無かったかのように去っていく腐れ縁の友人にふんっ、と鼻を鳴らして改めて座る。

座ってそして気づいた事がある。

遠坂に出したお茶が全く減ってない事を。

 

「……全く。もう少し弱気を見せてもいいものを」

 

恥じる事ではあるまいに、とは思えないのは男子の性か。

溜息を吐くが仕方あるまい。

これがあの馬鹿な友人が道を進む一歩になってくれれば幸いだ。

 

 

 

 

 

 

「は? 帰るのが遅くなる?」

 

士郎は偶々水分補給をしに居間に戻ってきた頃に多少の困惑と理解不能という感情が込められた奥さんの声を聴いた。

今日は土蔵やら凛の工房や真の工房の掃除をしていたのだが自分の土蔵はともかく凛の工房ではうっかり身内解除していなかったトラップ(何故か熱々の青汁)があったり、真の工房ではうっかり(でない可能性大)身内(自分限定)解除していなかったトラップ(不思議の国に行くタイプ)のを受けて精神を癒している最中なのだ。

しかもダメージを受けた後に待っていたのは若かりし頃の過ち……基、エロ本が何故か自分の真ん前に落ちたのだ。

この息子にエロ本がばれていたという恥辱と妻からの冷たい目線が一番心に亀裂を入れたのである。

……ともあれ声の調子を聞いている限り相手は恐らくその息子だ。

台詞から察すると何やら今日は何時もより遅く帰るというのを明言しているようだが。

 

「いきなり何でそうなるのよ? ……は? 自分も若い時には一度はやるという自分探しをやってみたい? 納得は何よりも優先される? 3年程遅いわその反抗期! え? でも既にチンピラが屯ってむかついてぶん殴って追い掛け回されて逃げた所に人生に悲観していたと思われる人妻をドロップキックでその希望を粉砕してまた逃げて銀行から金を出そうとしたら銀行強盗を一撃KOして感謝状から逃げている所? ───ねぇ馬鹿息子……貴方何時の間に精神汚染スキルなんて取得したの……? お母さん理解不能だわ……」

 

どうやらうちの息子は何時も通りに息子をしているらしい。

日本語を喋れと言われそうな言葉を吐いているかもしれないが実際こう表すのが一番的確な気がするのだ。

少なくとも凛を打ち負かすその手管は本当に遠坂の血は濃いなぁと思ってしまう。

俺の血なら何をどうやっても凛に勝てないだろうし。

暫く母のコミュニケーションを試したが最終的に凛はガクリと頭の力を抜いて俯き電話を俺に渡してきた。

ちなみに由緒正しき黒電話である。

というかこれ以外の電子機器を凛が使えないのが問題なのだが。電子レンジとかは利用出来るのに……

ともあれ苦笑して電話を受け取り出ておく。

 

「もしもし? 俺だ」

 

『ただいまこの電話は父には通じません。ピーという発信音が鳴りましたら電話をただ切って諦めてください。ピーーー』

 

「おっと。心は硝子だぞ?」

 

息子のジャブの攻撃にスマッシュされた硝子の心を拾い集めておく。

この家にいると基本一日で少なくても10回くらいは硝子の心は砕け散るのだが手馴れてしまったものである……。

まぁ、ともあれ

 

「それは必要で大事な事なのか?」

 

『……………………多分』

 

息子にしては随分と自信の無い言葉を俺はそうかと頷き

 

「遅くなるのは構わないが遅過ぎないようにな。じゃないと凛の怒りは俺でも抑えられん」

 

『一家の大黒柱の威厳というスキルは使えないのか親父……まぁ善処する』

 

「ああ───何時でも帰ってこい」

 

『───』

 

最後の言葉に何故か反応せずに切った息子の対応に少し違和感は感じたが気のせいと断じて少しどうするかと考える。

考えてみて……簡潔に結論を出したので凛に提案してみた。

 

「凛。今日は一つ豪華な食事にしないか?」

 

「……は?」

 

唐突な提案にさしもの凛も理解が追い付いていないのが面白い。

久し振りに凛を驚かす事が出来たのが少し嬉しいが今は少々口を止める気になれない。

 

「何。金の事なら心配ない。俺が出そう。倹約し過ぎるのもなんだからな。金というのは溜めるだけではなく使わなければ人生の潤いにならないからな。ああ、真の好きな洋食料理も幾つか用意しなければいけないな……一つ、ここは高価な肉を使ったもので攻めてみよう。出来れば凛の手も借りたいんだが」

 

「……はぁ。もう一体何よ。あんだけ反抗期喰らってるのに男二人は内心では意気投合って……女が男の馬鹿を理解するのは最早根源到達レベルに不可能クラスね」

 

それを言うなら女心というのも男からしたら一生理解出来ない理不尽な気もするのが余計な事を言えば鉄拳が飛んでくるのは理解しているので沈黙を守る。

守ってたらガントが飛んできて直撃した。

見よ、これが理不尽という概念である。

ぐふぅ、と倒れ込む俺を見ながらやれやれ、というポーズを取りながら苦笑する。

 

「仕方がないわねぇ。馬鹿な夫と息子の為に妻が一肌脱ぎましょうか。ほら士郎! 寝てないでとっとと買い物行くわよ! やると決めたなら最低七面鳥くらいないと格好がつかないでしょうが!」

 

「な、何故七面鳥に拘るかはさておき。凛はまず寝ている原因になった事について何か言う事はないのか?」

 

「士郎は元々体力だけ有り余っている馬鹿だから問題ないでしょ」

 

惜しい。

ガントに対抗するのに必要なのは体力ではなく対魔力が必要であることに気付いてくれないのが実にうっかりだ。

流石は冬木のうっかり女王。

この冬木において誰もが息を呑むうっかりの血を完全開花した美女である。

遠坂一族は魔術ではなくうっかりで根源を目指せば成功していたんじゃないだろうか。

そんな取り留めもない、下らない考えをして息子の為に、家族の為に動いている自分に自嘲する。

かつてを知る人間が自分を見れば……あの赤い背中のいけ好かない未来の自分が今の自分を見れば何と言うか。

決まっている。

まず間違いなく自分の無様さを嘲笑う。

そして皮肉の限りを尽くして───そしてそれだけだろう。

きっと俺には何も言わない。ただ凛に対して何かを言うんじゃないのかと考えて少しむかつく。

ああ、だから絶対に有り得ない未来に対して俺はあの野郎に息子を紹介して自慢でもしてやろうか。

これもまた馬鹿な妄想。

正義の味方になる事を望んで、生きて、しかし途中で放り出したどうしようもなく中途半端で酷い男の末路の妄想だ。

何れ裁きを受けるかもしれない日々で生きている事を自覚している。

 

でもだからこそ幸福の中で生きるべきと言った少年がいた。

 

その罪を抱えながら幸福に耐えていくのが自分のする事だと言った少年がいた。

 

改めて考えると俺は何て事をしたのだろう、と思う。

実の息子にこんな事まで言わせるとは。

実際、息子が自分に対して普通に接するのが難しいのは反抗期云々を除いても自分が吐いた言葉を気にしているはずだ。

贔屓目無しでも息子が優しい子である事を理解している。

何せ母にそっくりなものだから。

だから凛もああ見えて息子に対して悩んでいるのだ。

真の才能は間違いなく自分を超えて最高所か絶対に化ける(・・・)

時計塔に行けば最早止まる事なぞないだろう。

でも、真の性格じゃ時計塔は致命的に合わない(・・・・・・・・)

敢えて希望を言うなら間違いなくエルメロイ教室なのだが……確かにあそこならば真にとってマシな場所ではあるのだが教師が何だかんだでトラブルメイカーだからどうなるか。

などと凛も考え込んでいるのだ。

その凛の考えも分かっているから真も悩んでいるのだが。

悩んで考えて痛みとはまた別の未来を考えて苦しむその日常が本当に尊いモノであると心の底から言える。

このツギハギだらけの手と思考で二人と一緒にいるだけで余りの幸福さに喉を掻っ切ってしまいそうになる。

でも、だからこそ息子が言った言葉を無為にしない為に俺はここに留まり続ける。

ああ、だから本当はこんな願いは許されないものなのだろうけど───

 

 

どうか二人が幸福に進める道を与えて欲しい

 

 

それだけが今の衛宮士郎の望みなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

遠坂真は実に達成感が無い一日を味わい尽くして帰宅の最中であった。

既に星明りと街灯で道を照らす時間を歩いているが、もう家まで10分程歩いたら帰宅できる。

だが、何となく苛立つので暇つぶしに石でも蹴って家まで帰っている所だ。

何とも実に面白くも無ければ意味が分からない1日だった。

学校を出て自分が向かった先は何となく深山町ではなく新都であった。

理由は特にない。

あるとすれば単に家から離れた所を歩きたくなったからだ。

そうして歩いていると最初に気分が悪い事に二流のチンピラ3人がやかましく騒いで道の中央を歩いて耳障りで目障りだが実にどうでもいいので無視しようとしたら足と目が悪いお婆さんが運悪くその漫画のようなチンピラにぶつかって倒れてしまった。

それだけならまぁ、仕方がないとは言わないがとりあえず仕方がないとするのだがそこに意味がわからん位に元気にテンションを挙げて何故かお婆さん相手に逆切れし始める。

その光景に別に正義の味方でもないので全然正義感なんて湧かずに無視して躊躇いなくチンピラ3人の汚ねぇ下半身を思いっきり蹴り抜いた。

そして蹴った足を汚いからチンピラの顔面やら制服で拭いて倒れたお婆さんを立ち上がらせて面倒になる前にその場から小走りで去った。

 

「……うむ。あれは実に悪い事をしたものだ」

 

不能になってない事を祈ろう。

でもやかましいのはうざい。藤村おば……先生みたいに正しい意味のやかましさなら文句は言わないのだが騒音にはほら、何だ? つい足やら手が軽くなるというか。

まぁ、親父のような正義の味方に出会えなかった運の悪さを憎んでくれとしか。

俺、自分の味方だし。

ともあれその後に自分は公園に辿り着いた。

実に普通の公園であったが、特殊性を挙げるのならば子供が大好きそうな裏山みたいな雰囲気な土の地面と小さいが確かな木々が生える場所がトイレの裏にある事だろうか。

森林浴というには余りにも小さいが何となく気分に乗ったのでそっちに向かったら女性が何やら絞首台に使いそうな縄を作って自殺しようとしている最中であった。

これが熱い人ならば一目散に助けに向かって何とかするのだろうがそういったのとは無縁で、且つ自分から死にたい人間を止める程酔狂な人間ではないので無視しようとした。

だけどその女性は自分の人生に終止符を打つ縄を見ながらぼろぼろと瞳から透明な物を流しまくっていた。

勿論、欠片も同情はしなかっ(・・・・・・・・・・)()

同情はしなかったが代わりに何かむかついた(・・・・・・・)ので遠慮なく近づいて目前で縄を引き千切って自殺への希望を打ち砕かれて呆然とした女性を無理矢理引っ張って警察所にでも放り投げといた。

投げた時に失敗して袖にしまってあった宝石を一個投げてしまったがまぁ、そんなに魔力を込めた代物でもないので一々回収するのも面倒だから放っておいた。

母さんには黙っておこう。命に係わる。

その後に喫茶店でも入って小休止でもしようと思ったら財布に金が入ってないのを思いだし銀行で金を出そうと銀行に入るとテンション挙がっている銀行強盗が包丁片手に現金持ってこっちに向かって逃走している最中であった。

さて避けるか迎撃するかを悩んだ。

面倒だから避けるかと思ったが犯人の背後の銀行員が普通に腕を切られて出血しているのを見た。

別にそれはどうでもいいのだがそれによって発生する悲鳴のBGMを聞いて犯人が浮かべた表情も見た。

気付いたら犯人は俺の華麗なる一本背負いで気絶していた。

まぁ、そんな感じでどこにでもある1日を歩いただけであった。

 

「……? あれ? これもどこにであるって感想でいいんだっけ? まぁ、こうしてここにあったんならどこかにもあるんだろうしどうでもいいか」

 

全く意味のない事柄を口から吐きながらも苛立ちは収まらない。

何せこうして1日目的無くうろついて結果が何も出なかった。

時は金なりという言葉通りならば1日という資金を無為にしてしまった感がある。

まぁ長年かけて悩んでいる問題だから簡単に解けるようであっても何だかなぁという思いはあるがそれにしても進歩が無い。

 

「どうすれば……いや何をすればいいのやら……」

 

はぁ……と息を吐く。

これでは見栄を張って電話した意味がない。

帰ったら間違いなく両親の苦笑の嵐だ。

そしてきっと面白がっても責める事はないのだろう。

 

「……本当なら羨ましいと思ったらいけないんだけどなぁ……」

 

父と母の共通点の一つとして確固とした目的があって手段も我武者羅に使い、培い、得てきたという事だ。

だがそこに至るまでの二人の努力と不幸を無視した尊敬だ。

それに同じ環境になったからといって自分がそうなるとは限らない。

ああでも自分にもせめて目的があったのならば今みたいな無様さよりはマシな自分になっているのだろうか。

 

目的。

 

自分の目的。

 

魔術師として根源に至る事か?

これについての自問自答はとうの昔に終えている。最早考えるのも面倒だ。

ならば自分の幸福の為とかどうだろう。

幸福を目的にするのも悪くはないのだろうけど幸福を目標にするのは何か違う気がする。

それとも正義の為にだけ生きてみるか?

親父のように。

自分を殺しに殺して他人を殺して笑えなくなるような生き方を?

 

「真っ平御免だ」

 

そんな辛いだけな生き方なんてしてたまるか。

地獄に落ちる事になっても拒否するし、拷問されてもやってたまるか。

そうして否否否否、と結論ばかり出てしまう。

 

「……本当」

 

 

俺は何がしたいんだろう───

 

 

ははは、と思わず笑って辺りを見る。

そこには先程と全く変わらない光景が広がっており、蹴っていた石は自分の足元で転がっているだけ。

帰宅まで残り10分と診断した場所。

自分はそこから一歩も歩いていなかった。

 

 

 

 

 

 

「───」

 

周りは何も変わらない風景。

石は自分が蹴らない限り一生その場所にただ在るだけ。

街灯の光によって作られた自分の影にはまるで意志がないようだ。。

 

ないないないないないないないないないないないないないないないないないないないない。

 

 

ここには自分の道がな(・・・・・・・・・・)()

 

 

 

「おいおい……」

 

別にいいじゃないか。道がなくたって。

分かっているだろう? 遠坂真?

 

この現状が遠坂真にとって最大の幸福の選択(・・・・・・・・)であるという事を。

 

ここで足を止めて、周りだけを見て、ぼーっとするのが遠坂真にとっての幸福だと。

そうすれば自分は家族に、友に、将来ではもしかして恋人に囲まれて当たり前のように生きて当たり前のように死ねるという事を。

理解はしていないけど知っているだろう?

知っている。知っているとも。

 

 

 

じゃあ何で今日1日た(・・・・・・・・・・)りとも我慢出来なかっ(・・・・・・・・・・)たんだ(・・・)

 

 

 

「      」

 

自分が今、どんな顔を浮かべているのかを知ると発狂したかもしれない。

呼吸すらまともに行えていない気がする。

そもそも今、自分の口は何を吐き出しているのだろうか。

ああくそ、止めろ馬鹿。

 

 

吐き出したら決まるぞ(・・・・・・・・・・)

 

 

その最後の自分の思念に───完全にぶちっときた。

 

「それがどうしたあああああああああああああああああ!!!」

 

傍から見たら狂人にしか思えない叫びを自分の口から叫びだしている事に俺は全く気にせずに捲し立てた。

 

「ああそうさ! 俺だって進みたいさ! 親父と母さんの話を聞いていたら思うだろ!? 同じになるのは御免だけどそんな風に強く生きてみたいって! いや親父達だけの話だけじゃない! 三成も美綴も! ちゃんと自分の足で立って悩みながらも歩いている! 俺みたいに立ち止まってない!」

 

「ずっと欲しかった……何か分からないけどずっと欲しかった……! 親父や母さん三成や美綴、藤村おばさんみたいに自分を確固とさせている何かが欲しかった……ずっとずっとそれが欲しかった……!」

 

「それを手に入れたら強くなるとか正しくなるとは思ってないさ。むしろ酷い事になるかもしれないけど……でも確かには(・・・・)なれるかもしれないだろ! ああもうちくしょう! 本当に……くっそ……」

 

 

頭を抱えて吐きたくなる。

何て格好悪い。

クール気取っておいて一人で夜になったら欲しいモノを叫びだすなんてそこいらの酔っ払いと何が違うという。

脈絡もなくストレス発散に無駄に格好つけて、しかし何の解決も生まない。

でも限界だったのだ。

数えたくなかったから何年付き合ってきた悩みか知らないがそれでも数年以上は付き合って溜めてしまったストレスだ。

発散もしたくなる。

それもあんな爺さんに心臓抉られたかのような指摘を受けた後だから尚更に。

ああ本当に格好悪い。

これが親父や母親ならこういう場面でもらしい事をしそうなのだが俺ではそこいらの酔っ払いが関の山でしかないみたいだ。

格好悪いと三度呟いてようやく上を向くと星空が見えた。

人工の光によって過去に比べれば遥かに光量が落ちた夜空。しかしそれでも永遠に失われないであろう星の光だ。

距離の関係からあれは過去の光なのだろうけどそんな理屈はどうでもいい。

ただそこにあって光るモノというのは遠坂真が欲している光そのものだと思えるからだ。

だからつい光に手を伸ばした。

伸ばして伸ばして、そして握っても当然その手に光は掴めていない。

まるで今の自分の現状だ。

いやそうではない。

今の自分は手を伸ばす先も見えていない。

一寸先は闇だ。

光がどこにもない。

どこに進めばいいのかがわからない。

自分が確かであるという道がない。

嗚呼、だからもしも。もしもだ。

本当なら十分に手に入れて満足に生きれる幸福を手に入れているというのにそれ以上先を今の自分が望むものとしたら

 

 

今、伸ばしている星の光のように普遍で、しかし確かに存在する光を見つけれたら───

 

 

 

瞬間

 

願いは叶った。

手に赤い光が確かに宿った。

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

凛は炒飯と勝負をしている最中に色気のない電子音が響くの捉えた。

一々推理する必要もないので即座に持ち主に声をかけた。

 

「士郎ーーー。何か電話なってるわよーー」

 

「駄目だ凛……! 今、ここで集中を切らせば食材の味が死ぬ……! ああ分かっているとも! 食材の夢は俺が形にしてやるから……!」

 

駄目だ。バーサーカーにクラスチェンジしている。

アーチャーか駄目キャスターか、まぁ能力低いけどセイバーのクラスかあーーアサシンとかもいけそうだけどそれにバーサーカーのクラスまで行けるようになるとは。

アーチャークラス以外パッとしない気がするけど。

セイバーになっても本職に負けるし対魔力低いし。

キャスターになっても魔術師としてはへっぽこだし。

アサシンは……アサシンは意外と適正あるかもしれない。

バーサーカーになったらいい所なしじゃない。

やはりうちの旦那はバトラー以外駄目みたいだと思い、とりあえずアッパーを叩き込んでおいた。

そして二秒だけ炒飯に集中してちらりと横を見ると士郎が華麗に周りの皿やら何やらだけを躱して倒れている光景であった。

 

「いいから電話取なさい士郎。あれ、うちじゃアンタと真しか使えないハイテクなんだから」

 

「……アッパーはこの際無視するが……凛。あれは今でも大抵の人間が使って、普通に使えば誰でも使える機械……いや何でもない」

 

「う、うっさいわね! あんな携帯なんていうクトゥルフ系は魔術師には不要よ不要! それに家には黒電話あるんだからいいのよ!」

 

「携帯にクトゥルフ系とか言うのは全世界集めても中々いないぞ……」

 

ガントの準備をすると士郎がムーンウォークで逃げた。

無駄に芸が細かい……。

まぁいいわと炒飯炒めながら士郎のも横目で注意していると士郎がいるであろう居間の方から少し驚愕したような声が漏れたかと思うと

 

「……凛。ロード・エルメロイ2世からの電話だ」

 

「……は?」

 

炒飯を飛ばしている最中に思わず手を止める。

先程までの和やかな雰囲気に冷たい色が塗られていく。

魔術師としての自分が内面から浮かび上がってくるのを火を止め、長髪を邪魔にならない様に括っていたゴムを外し、母としての遠坂凛ではなく魔術師としての何時もの自分の体勢に戻る。

 

「士郎。えーーと……何だっけ。スピーカーみたいに全員に聞けるようなモードあったでしょ。あれにして」

 

「了解だ」

 

直ぐに士郎が何やら弄ってそして機能は正常に動作する。

 

『何とか繋がったか。繋がったという事は無事という事か』

 

相も変わらずもどこか不機嫌そうな声である。

声を聴く限り間違いなく眉間の皺は深くなり続けているのだろうと思う。

 

 

ロード・エルメロイ2世

 

 

時計塔を束ねる12の王の一人。

現代魔術の講師を担当し───そして第四次聖杯戦争の唯一の生き残り。

実際にはまだ2人ほど終結後にも生きていた勝者はいた。

皮肉にもここにいる私達の関係者ではあるが……でも後の事を考えるとやはり唯一の生き残りと言ってもいいかもしれない。

だからまぁ士郎はともかく私としては少々思う事が無いわけではない相手の一人なのだが、時計塔では講師としては世話になったのは事実だ。

魔術師の講師として見れば才能は怪物染みたものなのだが本人の魔術師としての能力がそこのへっぽこよりはマシ程度なのが残念といえば残念。

あれ程魔術を愛している人なのに。

まぁ、それはともかくいきなり脈絡もなく無事を聞いてきた講師に対して私は一切油断はしなかった。

確かに世話になった。認めよう。

腕はともかく教えは的確であった。

時計塔でロードなのに一番まともな魔術師ではあった。

しかし、それでもこの男は魔術師なのだ。

それとこれは別の世界(・・・・・・・・・・)なのだ

だからとっとと要件を聞いて胡散臭かったら速攻で携帯を叩き折ろうと思っていたのだが

 

『悪いが久闊を叙する暇はないからこっちの言い分だけを言わせてもらう───聖杯戦争が始まっている』

 

なのに相手は礼儀やマナーといったものを全て省いて本当に用件のみを告げた。

正直、そういったものに煩いエルメロイ2世が形振り構わず告げた事に違和は感じたが、正直言われた内容に対してはそれが? と答えたくなる内容だった。

 

 

聖杯戦争が始まっている

 

 

自分達の経歴を知っているものならば因縁がまた動き始めたとでも言うかもしれない。

その単語は参加者にとってどう足掻いても人生から切り離せないものだからだ。

記憶というより肉体に新しく追加された肉体というレベルでもいいかもしれない。

だから確かに眉は顰める。

眉は顰めるが……それだけだ。

聖杯戦争というのは別に冬木だけのイベントではないのだ。

この世には冬木のを母としたり、それ以外の亜種の聖杯戦争などごまんとある。

優勝賞品である聖杯戦争自体の質は違えど戦争の中身自体はそう変わらないだろう。

英霊を持って最強の玉座に至り、願いを叶えるというプロセスは。

だがそれを聞かされてももう私達は聖杯など興味はない。

興味があるのならば冬木の聖杯の解体なぞやるものか。

それを手伝ったのはこの電話相手でもあるだろうに忘れたのかと言いたくなる。

だからこそ遠坂凛を驚愕させる事実はそこではない。

次だ。

 

 

『───それも世界規模(・・・・)でだ。』

 

 

理解不能という単語しか頭に刻まれなかった。

思考する気になんて起こらない。

不可能な事柄に関してどうすれば成功するだなんてかんがえる馬鹿なんて子供くらいだ。

いや直ぐ傍にそんな馬鹿がいたわけだがこれは幾ら何でもない。

その馬鹿ですら有り得ないという表情を張り付けている。

それはそうだ。

そんな奇跡(ミラクル)の百乗のような馬鹿げた事が起きてたまるか。

 

「そんなの───」

 

『既に少なくとも7体以上の英霊が存在しているのは確認されている。そして重ねて言うが全てを説明している時間はない───令呪は発現したか?』

 

説明しろと問い詰めたいがその言葉につい合わせたわけでではないが士郎と同時に自分の両手を見る。

そこにあの赤い紋様は───ない。

マスターの資格である令呪はない。

念の為、今確認出来る箇所は見てみたがそれらしい物は一切ない。

楽観は出来ないが少なくとも現在自分達は聖杯に選ばれてはいないらしい。

 

「……まだ信じたわけではありませんが少なくも現在は令呪発現していません」

 

『……ふむ。お前達ならまた選ばれてもおかしくはないと思ったが……聖杯を直接壊した魔術師であるという事から弾かれたかもしれんな。まぁそれはいい。ならば聖杯に興味がある場合は知らないが無いのなら姿を消した方が賢明だ。既にロンドンは地獄だ(・・・・・・・・)。』

 

「───」

 

その地獄の真っ只中にいるであろう男の声は確かに少し震えていた。

その震えから甘い考えだと言われても仕方がないが今までの戯言が真実であるかもしれないと思い始めた。

何故なら遠坂凛は知っている。

この人の魔術師としての能力は士郎よりもマシ程度な能力しかない事を。

他人の魔術を見抜く適正は超1流であってもそれに対抗する能力は一切この人には無い。

聖杯戦争でなくても魔術師のトーナメントなどがあれば間違いなく予選一回戦敗退になる結果しか出せない能力しかないのだ。

そして士郎と違って彼は戦う技能も持っていない。

 

ああ、だからこの人はさっきから時間がない(・・・・・)と言っていたのか。

 

自分と同じ聖杯戦争に関わって生存したからこそ(・・・・)狙われているのを。

だから私は一つ息を吐いておいた。

そしてクリアになった頭で必要最低限の情報のみを求める。

 

「信じるかどうかはさておき世界規模と言ってますが……どこまでかを正しく確認出来ているんですか?」

 

『流石にそれは難しいな。私とて戦争について知ったのはごく最近だ。少なくともヨーロッパは危険域であるのは確かだ。そして教会も動いていると聞いている』

 

「教会もか……」

 

士郎が思わず呻く様に言葉を吐き出すのも無理はない。

異端を、怪物を人の手で殺す為に調整された狂信者なんてモノが今までと違って中立を謳ってくれないのがどれだけ恐怖か。

その一端を知っているが故に事の大きさを知る。

日本に生まれた事をここまで感謝するとは思わなかった。

神秘が薄れた国だからこその絶対ではないが安全地帯になってくれるとは。

ええい、だがまだ聞きたい事がある。

本当ならば朝までかけて聞きたいレベルなのだが向こうにそんな余裕はないのなら最重要で他に聞きたいのは

 

「───どうしてそんな規模の聖杯戦争が起きたのですか」

 

そう。

それが最大の謎だ。

世界規模の聖杯戦争なんて人の手には余る儀式だ。

根源に通じる事が出来、何やらキナ臭い存在にはなっていた冬木の聖杯だがそれでも十分に奇跡の象徴足り得た聖杯ですら英霊の数は7体。

もしかしたら聖杯にアクセスすればそれ以上の数を現出する事は可能かもしれないが、その聖杯はどんなものでもどこかに在る(・・・・・・)というのは変わりないだろう。

聖杯が発言する場所があるのならばそこを中心に繰り広げられるのが聖杯戦争なのだ。

無暗矢鱈に戦争の場所を広げたら被害もそうだがそれ以上に神秘の秘匿が難しくなる。

それだけは余程頭のネジが外れていない限りどっちのキョウカイでも暗黙の了解として守り、怪物達も生存する為のルールだったはずだ。

それがどうしてそんな馬鹿げた規模になってしまう。

管理不届きなんてものじゃ罷り通らない事態だ。

それに関して問い詰めるが答えは期待した通りではなかった。

 

『……分からん。占星や観測、探知、その他様々な方法で試みられたそうだが聖杯と思わしき反応が多数ある(・・・・)。複数の聖杯戦争が同時に起きた事による一種のバグのような結果なのかもしれないが……正直現在の時計塔で他の魔術師の発言なんぞ信じられん。法政科もまともに機能していない状態だからな』

 

「それは……」

 

全くもって同意だ。

魔術師相手に信頼するなんてとんだブラックジョークだ。

例外があるとすればそこにいる士郎とうちの息子と今、電話している講師と……………………………………超絶最悪なあの金髪ツインドリル……いややっぱり信頼も信用も出来ないわ。あの女は。

娘が出来たとかなんか以前自慢の連絡が来たがこっちの息子&夫自慢攻撃に辛勝した記憶がすっごく最高の気分になる。

持つべきものは身内ね。

じゃなくて

 

「その多数説が正しいのならば日本には反応が無かったのならば問題ないですね」

 

「……凛」

 

士郎が何か言いたそうな顔をするが黙殺する。

士郎も何か言いたげな表情は残すが結局それ以上は言わない。

それ以上を言い出したら息子に顔向け出来ないでしょうし。

 

「私達は自らに火の粉がかからない限り戦争に参加するつもりはありません……忠告は感謝します」

 

『それでいい。こんな馬鹿げた騒ぎに突っ込むのは自殺行為だ』

 

「……フラット……さんとかはどうでもいいですけどライネスさんやグレイさんは?」

 

『……』

 

沈黙を否、深い溜息を吐いているような時間が過ぎた。

それで凛は2択かな、と冷たい思考をしてしまう自分に嫌気がさした。

逃げなかったと逃げ切れなかったなんて嫌な考えを他人事のように考えている時点で十分に私も人でなしであるなと自覚する。

 

『……心配いらんだろう。あの二人は私よりも生き残れる能力がある。ああ最後だ。この原因になったのにもう一つ仮説……というか私達の、否、私の不始末(・・・・・)は発見してしまった。』

 

「? それはどういう……」

 

ああ、とこちらの促しに続く言葉は───無機質な電子音だった。

 

一瞬の空白を得、直ぐに士郎がかけ直すが

 

「……駄目だ。出ない」

 

「……魔術師の癖に空気を読み過ぎね」

 

ちっ、と舌打ちをする。

繋がらないものは仕方がない。あっちの行方はどんなに考えても明るい未来は考えれなかったがどの道何をしても今の自分達が間に合う事はない。

ならば即座に自分達の行動をするべきだ。

 

「まずは情報収集ね。エルメロイ2世の話が真実かどうかはさっきので逆に余計に真実味が増してしまったから真実と想定して行動しないといけないわね……でも可能性の一つとして擬態した相手だったとかいうのはないでしょうね……」

 

「無いとは言い切れないが……相手は携帯を使ってきたぞ」

 

「……100%とは言えないけど確かにちょっと微妙な所ね」

 

魔術師は基本機械には頼らない。

勿論、最低限の物には頼るが最低限以上の物には頼らない。

あるとすれば飛行機くらいか。

ええ……だから私が機械に頼らないのも魔術師として当然の心構えだとも……ええ……!

 

「とりあえず真に連絡しよう。いいな? 凛」

 

「そうね。大丈夫だとは思うけど動くのならば早めに越したことはないわ」

 

本当ならば今日の真に対してそんな無粋な事はしたくはなかったが仕方あるまい。

場合が場合である。

だから1コール2コールくらいは見逃した。

3コール4コール5コール。

大丈夫大丈夫。気付くのが遅いだけ。

6コール7コール8コール……ブッ、ただいま電話を取る事が出来ません。

 

かけ直し。

かけ直し。

かけ直し。

かけ直し。

かけ直し。

 

ただいま電話を取る事(・・・・・・・・・・)()

 

畳ですら悲鳴を上げるような大きな音を出して勢いよく二人同時に立ち上がる。

士郎は即座に玄関に向かうが私は玄関に向かう士郎の肩を掴む。

強化もした私の腕は見事に士郎を掴み止めた。

そして士郎が振り返る。

その顔は嘗ての士郎の顔。

目に映る人の幸福を望んで理想に人生どころか死後すらも投げ渡した正義の味方に辿る男の表情。

だけど今はただ息子と私にのみ向けられる表情。

その変化に思う所はあるが今は

 

「戦闘準備!」

 

「……ッ」

 

思いっきり歯噛みする士郎。

歯を砕きかねない程の力を全身にも張り巡らせ───しかし即座に走った。

土蔵に。

お粗末ながらも彼の魔術師としての工房に。

それを見届けた後に自分も自分の工房に向かう。

その部屋へと向かうほんの数十秒くらいの時間で、誰もいないからついポロリと普段なら漏らさないような弱音を吐く。

 

「お願いだから止めてよね……」

 

ようやく掴み取った士郎と私のそして愛しい息子との幸福なのだ。

ずっと耐えて苦しんでようやく掴み取った幸福。

自分達の行動は過剰な判断だったと後になって笑わせて欲しい。

そしてそのまま今まで作っていたご飯を笑い合って食べさせて欲しい。

だから。

だからどうかお願いだから。

 

「お願いだから奪わないで……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

遠坂真は突如起きた視界の出来事と火花に触れてしまったような痛みに、思わず痛みの発信源である左手を掴んで引き寄せた。

 

「あつっ……!」

 

だが手を抱えた頃には手の痛みはもう消失していた。

代わりにあったのは赤い紋様であった。

 

「これは……」

 

残念ながら自分には刺青の趣味はないし、魔術刻印は手の甲にない。

そして残念ながらこれは間違いなく超常の現象である。

だから即座に魔術回路を起動させ紋様の解析にかかろうとして───何故か自分は振り返った。

特に理由のない動きで無駄な動きなのだが何故だか勘がそう告げる。

そうして特に意味も理由もない振り向きによって見たものは

 

 

 

紫の長髪を靡かせた怪物(おんな)の姿───

 

 

 

遠坂真という名の劇の開幕(カーテンコール)は確かにここから始まった。

ある意味で彼が望んだ通りに。

 

 

 

 

 




はい、では続いて悪役サイド第3話更新です。

今回からもう日常は崩れます。展開早めないと始まりませんからなぁ……さぁ、聖杯戦争を始めようか。

題名を思春期爆発にしようかと一瞬考えましたが流石に自重。
ちなみに何故かこの話だけ2万字超えてます……

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