貴方が私のマスターか、と問われた。
先程まで理解出来た単語を遠坂真は理解出来くなっていた。
遠坂真の人生においてこれ程の感動と対面した事は一度も無かったのだ。
その弊害は思考どころか才能すらも止めてこの光景を脳に刻む作業になってしまう。
しかしその作業も突然の痛覚によってシャットされる。
「つぅっ……!」
左手の甲の赤光が痛みとなって、そして今度こそ先程のような蚯蚓腫れのような曖昧なのではなく明確な絵の形となって模様と変化する。
それを見た少女はその模様を確認して
「確認しました。我が剣は貴方に。貴方の命運は我が刃に。これによって契約は完了しました。マスター」
その言葉を聞き、ようやく現実に意識が帰還する。
意識は記憶と才能を取戻し、即座にしなければいけない行動を思い出す。
だが、それよりも早く
「───ああ。俺がお前のマスター。遠坂真だ。こっちの勝手な召喚に答えてくれてありがとう」
右足を引き摺りながらも立ち上がり、名と礼を告げる。
その行為に少女は何故か少し驚きの表情を浮かべる。
何故かは知らないが、今はそれに構っている余裕がない。
「久し振りの現世なのに済まないが……敵が来ている。頼む、力を貸してくれ」
「……サーヴァントですから頼まずとも───」
「俺は命を懸ける戦いにサーヴァントだからとかそんなのを理由にして命じるような立場なんて持ってない」
今度こそ本気の驚愕を浮かべる少女に俺は誠意を込めて喋るしか無い。
「君の命は君の物だ。こちらの都合に合わす理由なんて本当は一切無い。だから俺にはこっちの勝手な都合の為に君を巻き込みたいと頼みたい。頼む───俺達を助けて欲しい」
「───」
頭を下げる。
少女の表情も見えなくなる。
耳には未だに外の戦いの音が聞こえる。
そして数秒くらい経過して
「……まるでシロウみたいですね……いや、もしかして……」
よく聞こえない小言が聞こえて思わず顔を上げる。
すると少女はこちらに完全な親愛の笑みを浮かべてくれて
「解りました。ならばサーヴァントとしてではなく私個人として剣を執りましょう。支持をマスター」
こちらの勝手な言い分を肯定してくれた。
有難い……! と土下座をしたい所だがそんな余分な時間は無い。
矢継ぎ早に頼み事を口に出す。
「外に、俺の親父と母がいて……人間じゃない、多分君と、ええとセイバーと同じ存在が外で戦っている。頼む。俺の父と母を助けてくれ……!」
「承知しました。凱旋をしましょう」
その笑みのまま土蔵の外に向かう。
その頼もしい足取りについていきながら
「あ、でも……! 君の強さは……?」
思わずその言葉を漏らしてしまう。
いや勿論、少女が自分など遥かに凌駕する力を内包しているのは実感している。
しかしそれとは別に相手が少女である事を切り捨てる事が出来ない。
魔力不足でふらつく頭でそれだけを問うと、少女は何か懐かしそうに苦笑しながら
「無論です。この身は貴方に召喚されたサーヴァントだ。ならば最強である事は必然です」
他の誰かが言ったら鼻で笑ってしまいそうになる言葉を誰よりもしっくりくる口調で語り───真の目では追い切れない速度で土蔵から放たれた。
士郎はライダーと鎬を削っていた最中であった。
彼の愛剣たる双剣、陰陽剣干将莫邪と自身の異能を利用したブレードダンス。
合間には凛による大火力の掃射。
宝石魔術による真骨頂。
時代において極める所まで極めた魔術の冴えによって英霊相手にも二人は決して引けを取らなかった。
故にその戦いに幕を引くのは第三者の突入であった。
「むっ……!?」
「っ……!」
銀の風が敵サーヴァントと俺の間に割り込んでくる。
強化した眼も肉体も追いつけない速度に、しかしライダーだけが反応した。
「……!」
即座に手元に召喚されるのは釘剣。その数は今まで使っていたのも含めると合計で3本になる。
その3本全てを怪力によって発射する。
狙いは頭、胴体、右腕。
致命の箇所を二か所、そして右腕は女の胴体視力と半ば勘によって反射的に狙った箇所。
その全てが間違いなく正しい反応ではあった。
故に尋常ではないのは狙われた銀の風であったという事だけである。
一閃
それのみで俺の息子を、俺達の命を奪い取る事が軽く可能であった驚異の3撃はたった一閃で砕かれた。
「……!?」
即座にライダー……一応、まだクラス名は判明していないが嘗ての戦争のクラス名で読んどいた方が判別しやすい。
それでライダーは砕けた瞬間に今までで間違いなく最速のスピードで反転した。
地面に数メートル範囲の亀裂が刻まれている。
その後に亀裂が生まれた音とライダーが反転した音とライダーがいた空間を薙ぐ音が聞こえた。
つまり、これまで自分と凛が生き残れたのが奇跡であるという証拠になり
現れた少女の姿に万感の想いという言葉を確かに胸の内に生じさせた───
「───セイバー」
「───お久し振りです。シロウ、凛」
解かる。解かるとも。
俺が今、どれだけこの言葉を吐き出すのに感情という熱量を込めたのか。
彼女が自分を見て、やはりどれだけの熱量を込めてその言葉を出してくれたのか。
お互いが間違いなく理解した。
例えその間にどうしようもない年月の隔てがあったとしても───嘗ての剣と鞘は間違いなく同じ思いを抱いた。
「はぁい、セイバー。そっちからしたらどれだけ経っているのかは知らないけど……やっぱり貴女の方が召喚されたわね」
「確かに。貴方達の縁というのならば
「まさか。これ以上、同じ顔の辛気臭いのが増えたら困るわよ」
凛の声にもかつてない程に友愛を帯びた声であった。
セイバーの声もやはり同じもの。
あの戦争にいい思い出があるか、と言われたらやはり3人が3人ともいい思い出があったとは断言は出来ないかもしれない。
でも。それでも。
こうして出会えた事自体は間違いなく悪かったなどとは口が裂けても言えない出会いであった事は確かであった。
「さて。久闊を叙したい気持ちは多々ありますが……後はお任せを」
「そうね。頼んだわ、セイバー。一応聞いとくけどうちの子うっかりしなかった? 例えばどっかの誰かさんみたいにまた魔力の供給が出来てないとか」
「悪かったな……」
かつての未熟な自分の失敗を攻めてくる嫁に対してセイバーは苦笑を深め、しかしそれは微笑に変わる。
「むしろ絶好調です。流石は凛の息子。貴方と契約した時よりも充実しているかもしれません。それに……」
「それに?」
クスリ、とそれこそ昔の記憶に浮かび上がった彼女の映像と完全な一致を見せる笑みと共に
「サーヴァントを相手に私の命は私の物だ、と言い、助けてくれと頭を下げられる所はシロウ。貴方にそっくりだ」
その言葉に誇らしいと思うべきか、困るべきか。
ただ凛が実ににやにやした顔でこちらを見てくるので黙殺する事にする。
こちらの反応に対する微笑を最後にセイバーは少女の顔から剣士としての顔に切り替わる。
「離れていてください───打ち倒してきます」
ああ、と頷き、凛と一緒に彼女から離れる。
ここから先は神話の戦い。
英雄と英雄が戦いあう人智では測れない殺し合いになる事を士郎も凛も知っていた。
セイバーは己の足ならば一歩踏めば切り伏せる場所にいるサーヴァントに声をかけた。
「どうした? ライダー。馬なのか
「ご心配には及びません。こう見えて足には自信があるので。少なくとも剣を振り回す事しか能のない騎士に負けるつもりはありません」
「ほぅ?」
一言目で挑発してくるライダーに少々眉を動かすが自重する。
流石に乗るつもりはない。
こちらは土俵的には防衛戦だ。
こちらにはマスターはおろかマスター並みに大切な戦友が傍にいる。
対するライダーは己の身一つで少なくとも自身が感知できる範囲ではマスターの気配も無い。
状況的な不利は間違いなくこちらにある。
迂闊に動けば女が形振り構わない形になる可能性も考慮しなくてはいけない
「成程。その無駄に長い手足ならば確かに速度の面では有利になるだろう」
───がそれはそれとして挑発には挑発で返す。
このセイバー。本人は決して認めないが究極の負けず嫌い。
嘗て後ろにいる元マスター二人の内心では冗談ではなく勝つまで投球に挑んだ獅子を思い返して苦笑する。
そういえばこの子、気は長そうで短かった、と。
そしてその発言は見事相手の心を抉ったらしい。
笑みにも怒りにも見える微妙な微笑を浮かべて
「成程。確かに私は持たざる者の苦しみというのは理解出来ませんね。生前はさぞや短足のせいで周りから置いていたかれた英雄様の苦しみなんてとてもとても」
みしり、と聖剣が痛みを訴えるかのように軋んだ気がするが気のせいである。
この程度の挑発で頭にきていたら毎度の如く我が祖国を踏み躙ろうとした蛮族共に対して何回聖剣を叩き込まなければいけないか。3桁以上は叩き込んだ気がする。
ちなみに速度に関しては円卓以外は自分に追いつけるものなどいなかったのだがそれはそれ。
「───ならば競うか? ライダー。貴公の足が大言通りというのならば我が剣から逃れられるか試してみろ」
「ご随意に。勝てない戦いに挑むのは貴女のような清純な騎士様の特技でしょうから。先程まで必死に抗っていた貴方のマスターのように串刺しにしてさしあげましょう」
コンマ一秒以下の思考時間で言葉の内容を検討し、する事が決まった。
「───前言撤回させて貰おう、ライダー。競争など不要だ。貴様はここで倒れていけ」
「不可能です。ここで倒れるのは貴方だ」
先程までの遊びではない、本気の殺意を持って互いに走った。
狙うは必殺。
サーヴァントを相手に頼むと言った少年を嬲った怪物に対して、セイバーには倒さない理由が存在しなかった。
「……ああ、くそ。吐くのに時間かかった……!」
真は即座に土蔵から出ずに、まずは喉元で止まっている血をとりあえず吐き、魔術回路の状態を確認していた。
魔力はかつてない程に消耗している。
それ程の大魔術なんて使った覚えがないのに……更にはセイバー? の召喚で残存魔力は凡そ
回路に関しては流石に短時間で消耗から回復は出来ない。が、何か回復事態は何時もより早い気がするがまだ安心出来るレベルではない。
扱いをミスれば風船の如く破裂するだろう。
「つまり、問題はないっ」
一呼吸と共に立ち上がる。
右足は何故かさっきとは違い恐ろしいレベルで好調だ。
少し違和感を感じるが今は気にしている余裕はない。
ならば早くあの少女の元に駆けつけなければいけないだろう。
外ではさっきよりも遥かに苛烈な剣戟の音と数が聞こえる。
音の数と強烈さから察するに互いに音速なんて軽く超越しているんじゃないかと思うがそれはそれ。
例え少女がどれ程人間離れした性能を持っていたとしても呼びつけた責任というものがある。
だから即座に土蔵唯一の出口から外に出ると
「……わーーお」
それは確かに中で予想した通りの光景であった。
自分の眼じゃ到底追い切れない速度で殺し合いをしているという予測通りの人知では到底辿り着けない世界という。
まずこちらを襲ってきた女の形をした怪物は一変していた。
先程までは食材に襲い掛かる蛇の如く執拗且つ残忍な動きをしていた女は今は敵対者と戦うヒトのような動きでセイバーに襲い掛かっていた。
その速度、地上を疾る流星のような動きで広いと思っていた我が家の庭が酷く狭く感じる勢いで駆け抜けている。
一つ間違えれば壁に激突しかねない旋回と速度を出しているのは理由がある。
それはそんな暴走するような速度を出し続けなければ女が打倒されるという未来が待ち迎えているからである。
流星の中心、暴風雨の中心のような場所にいる少女が正にその証拠だ。
少女は己すら出せない速度という暴力に一切不安も脅威も抱いていなかった。
女が動き回り、速度を利用した突撃をかけてくるのに対して少女は不動。
不退転の意思を瞳に込めながら少女は流星に対して両腕を振り───いや。
「何か握っている……?」
両腕を振っているのではなく両手で握った何かを振っているような動きをセイバーはしている。
というかよく考えれば
ならば何故剣が見えないのかと思うが幾つか考えられるが、己の眼から通じた結果を解析すると
「成程。風を操って光を屈折させているのか」
透明化にまで至るほど屈折となると空気の層を幾ら纏えばいいのやら。
いやそれ以上に武器に纏わせ、激突した上で尚剥がれぬ精密さを褒め称えるべきだろうか。
その見えない刃を持って彼女は全てを叩き落としていた。
現代世界では有り得ない速度を力とした突撃。
真正面から打ち返した。
自分が翻弄された釘剣の多数召喚による同時攻撃。
全て一閃。手数の差など物ともしない。
速さを主眼とした連続攻撃。
その全てに対応。刃には刃を腕、足、体に関しては腕は篭手で弾き、足は蹴り返し、体は真っ向からぶつかり吹き飛ばした。
「いやいや……」
圧倒的過ぎる。
先程までの絶望感が馬鹿みたく感じてしまう。
「圧倒的じゃないか我が軍は……!」
思わずネタに走ってしまうがそこは許してほしい。
真面目に考えるならば───これは相性が悪過ぎるのだろう。
セイバーのは説明するならば真っ当なバトルスタイルだ。
高性能な身体能力を使って培った技術と力で敵を打倒する。
正しく基本にして最強の手段だ。
彼女に打ち勝つには技量で勝るか、人間離れした彼女の運動能力と技能を丸ごと押し潰す正しく怪物のような性能で打倒するしかない。
紫の女は両方とも足りていないのだ。
唯一勝っている速度があるからこそ今もまだ生き残れている。
だがそれも後どれだけ保つか。
如何な怪物であろうとも、生物の法則からは避けられないはずだ。
全力疾走を支えている足は何時折れてもおかしくはない。
「……いや、生きているのはそれだけじゃ……」
ない気がする。
こっちが優勢のせいだからそう思うのか。セイバーならもう今の状態の女なら切り伏せる事が出来る気がする。
となると……もしかして彼女も自分と同じ
この女にはこちらを一網打尽にする切り札が存在するぞ、という。
ならばやるべき事は一つか。
「うっし。ぶちか───」
「真!」
意気込んで行くぜーーと思った瞬間に声を掛けられて勢いが削がれる。
あーーららっ、とつんのめるが、こける前に体勢を取り戻して原因の両親二人が駆け寄ってくるのを見る。
近くに辿り着いた両親は目で、恐らく簡易的なメディカルチェックをしているのだろう。
俺の体を見回して、問題は見た目には無いのにほっとされた。
もう少し非情であった方が楽なのに。
「召喚には無事成功したみたいね」
「いや、そりゃあ難易度が高ければそうなんだろうけど、そこまで難しく無かったし、陣も用意されていたから失敗する要因なんて邪魔されない限り無いと思うんだけど……」
実際は意味が分からん消耗で死にかけてはいたが、そこはスルー。
でも何故か同意されるかと思ったら二人とも視線を逸らした。
父は魔術師としての腕が低いからいいとして母は何故だ? ───うっかりか。
「離れるんだ母よ。うっかりが伝染する」
「そうそう……中々うっかりって治らないのよねぇ……最早、遺伝子に刻まれる生態……って放っとけ!」
「……」
いいノリツッコミだ、凛、と言いたげな口元を閉じ、とてつもなく優しい表情で母を見ている父を見てやはり正解であったかと頷く。
「よし。ラブラブ万年新婚夫婦は置いて俺はセイバーの───ぐえっ」
「はい、そこの馬鹿息子ー。な・に・を・す・る・っ・て?」
凄い勢いで襟首掴まれて窒息する。
背後で母がいるのは分かっているが、表情まで透けて見える気がする。
笑顔だ。
間違いなく満面の笑顔だ。
肉食獣としての。
しかし、それはそれとしてだ。
こちらとしても負けを認める理由が無いので首を絞められながらも言葉を吐き出す。
「な、何って……セイ、バー? って子の援護、に……」
「……」
母が無言でセイバー達が戦闘をしている方角に自分にも見えるようにして指を指す。
俺も改めてそちらを見るが、やはりそこには人智を超えた戦いがある。
それを全て理解して、それが何か? という言葉を返す。
「わからいでか! この父親似の頑固息子!」
「か、かつてない程の暴言……! そ、そし、てて、い、いい加減、の、のど……」
「凛。落ち着け。窒息寸前だ。そして心は硝子……」
父のうざネタは華麗に何とかスルーし、新鮮な酸素をようやく求めれるようになってほっとする。
その間に母があのねぇ……と前置きをしながら
「いい? あそこにいるのは英霊っていう……っていうか言わなくても分かるでしょう? 人とは位階が違う存在よ。上位存在と言ってもいいわ」
「だろうなぁ……逆にあれは貴方と同じ生物とか言われたら困る」
あんなアニメ世界的な存在がリアルに存在するのならば兵器なんていらねえ。
というかそんな風景が勃発しまくっていたら、もう末世だ。
「うんうん。ナイスな答えよ。じゃあ遠坂真君。それを踏まえて貴方は今、何をしようって?」
「セイバーの援護」
「どっちの母の愛を受けたい?」
「少なくともガンドもフックも受けたくないのは確か」
シャドウボクシングを右腕だけでやりながら、左の腕には魔力を込めているのを見てそう答える。
だが父も何故か物凄く驚いている。
こっちとしては何故父と母がそこまで唸ったり驚いたりしているのかが分からない。
だって俺は教わっていない。
「命を懸けている女の後ろで賢しく解説に回る役になれ、なんて人生で一度も聞いた事がないし」
「───」
あんぐり、と父と母の口が大きく開く。
人間が口をどんだけ開けるかという限界に挑戦するようになったのか、と思いつつ脳内で浮かべた設計図に魔力の骨子を組み上げ現実に幻想を結び剣と成す。
腕にずしりと重みが来る。
本来ならば
それに何だかこの両親は勘違いしているようだが……あの中に馬鹿みたいに突撃する事だけが援護っていうわけじゃない。
出来ない事を鼻から諦めるのは軟弱だが、不可能な事を根性で出来ると思うのは馬鹿の所業だ。
そして遠坂真は両の手に生み出した刃を思いっきり───
セイバーは未来予知に近い直感に第六感によって背後から通り過ぎた物に気付いた。
投剣……シロウ?
かつての記憶を知っているセイバーからしたらその連想は当然の結果ではある。
投げられた刃が双剣であったし、形状からしても記憶とほぼ合致していたのだから。
しかい
「……?」
よく見れば違う。
あれは彼特有の魔術で作られた宝具ではない。
あれは現代の材料と技術で作られた刃だ。
かなり形はあの双剣に似ているが、本質が違う。
そうなるとあの刃を投げた人物は───
"セイバー、間違ってその刃壊さないでくれよ? 俺の些細な援護"
"マスター!?"
先程、たった少ししか会話していないマスターからの声が頭の中に響く。
サーヴァントとマスターとの契約によって可能な念話による思考会話。
ラインを確認する限り、マスターは今は丁度、自分の背後、ライダーからは自分を壁にしている場所に着いている。
近くにはリンとシロウの気配も感じるが二人が動く様子がない所を見ると息子の援護に回っているのだろう。
こちらの驚きはさておき、本人はこの修羅場にしては本当に普通な声色で
"一気に蹴散らそう。セイバーも多分だけど感じてるんだろう? 相手に
"───マスターは英霊について知っていたのですか?"
セイバーは一切の隙を見せないまま、ライダーと対峙しながらマスターと念話をしていたのだが───次の言葉に危うく特大の隙を作る所であった。
"英霊? ……あーーーー、成程成程。この状況は
"───"
一瞬の忘我。
その瞬間に頭蓋を狙う釘が来たので慌てて弾く。
今までで一番の派手な音と強烈な閃光が空間を打撃する。
微かな舌打ちと共にライダーが無理をせずに下がり───そこに狙ったかのように先程の双剣が疾り、ライダーが止まる事を止めて、更に背後にステップする。
その隙に体勢を取り戻す。
"大丈夫か? 無理ならば引かせるのを目的にしていいが"
"い、いえ。問題ありません"
あるとすれば少年の理解力と対応力が有り過ぎている所である。
たった少しのヒントで一瞬にして自分の考えまで辿り着いた。
凄まじい対応力。
更には先のように刃を操る能力……なのかどうかは知らないがこちらのサポートをしてくれるとは。
前々回はともかく前回のマスターであるシロウとリンが足らなかったというわけではないのだが、このマスターはマスターで心強い。
ともあれ今は殺し合いの最中だ。
生憎、互いの性能を知り尽くしている仲ではないから粗が出るだろうが───援護をしてくれる、という事実が思わず笑みを浮かべそうになるので気にせず
"───勝負に出ます。マスター"
その一言と共にセイバーがその言葉の約定を果たす突撃を行った。
彼が言ったように、迂闊に終止符を打とうとしなかったのは英霊が持つ究極の切り札。
勿論、切り札は私も今握っているが───この場所では使えない。使うにしてもその状況に持っていくのは正直難しい。
ならば狙うは撤退させるか───必殺。
宝具の開帳なぞ許さない瞬殺。
自分一人だけならともかく周りに守る者がいる状態では踏ん切りがつかなかった選択肢をマスターの援護という条件で選び取る。
いざという時は彼の手の
女は、敵からはライダーと呼ばれた女は黙ってはいたが真実、そのクラス名の女は断頭の刃に秒刻みで追われる現実に襲われている。
「くっ……!」
堀を蹴り飛ばすかのように飛び、数センチの所で首を切断しようとする見えない刃を避ける。
それだけの動作で既に音速を超える。
ならばその音速に追従するかのように、否、それ以上に回避した先の首を狙ってくるもう一つの断頭の刃はどういう奇跡か。
「……っ!」
応じるように首を挟もうとする双剣に釘剣を投げる。
こちらの首を切断できる刃であって、こちらの怪力と強度で押せば双剣は硝子のように砕け散る。
そうだ。この刃の脅威は殺傷性からではない。
こちらの不利な状況に狙って襲い掛かってくるタイミングこそがこちらを殺す得物だ。
更にはこの戦場ではそのタイミングを逃さない猛獣がいる。
「おぉ……!」
金髪の髪を結った騎士の少女が足場にした堀を砕きながら、風を突き破ってこちらに突撃してくる。
先程までの防御姿勢を忘れたかのような攻撃一択の姿勢。
自身の唯一の強みであった速度に対する自信が一歩間違えれば砕かれそうになるのを必死に堪えてライダーは投げ飛ばした釘剣が違う場所の堀に刺さる感覚を得た瞬間に怪力で自分を刺さった先まで無理矢理持っていく。
「くっ!」
避けきれず。左の腕の肘から上の肉を持って行かれる。
削がれた場所から中々の出血を吐き出してしまうが───自分のマスターからの治療が届いて直ぐに回復する。
だがこのままではジリ貧であるのは確かである。
ライダーは自分の能力については理解している。
自分の生涯は強者を、怪物を打倒す英雄譚ではなく、むしろその逆。
自分よりも弱者である存在を虐殺する典型的な怪物である。
末路の自分ならば英雄殺しなぞ軽く出来ていただろうが、今の自分は
その場合の自分は性能自体は低くないと思うのだが、それ以外の戦闘技能が足りていない。
今も怪力と釘剣を使った牽制と移動と持ち前の速度のみで生き残っている状態だ。
この獅子のような少女相手だけでも必死だというのに彼女のマスターまでもが剣呑だ。
嬲り殺しにしようと思っていたのが間違いだった……!
アレは嬲って楽しめる獲物ではないのだと気付くのが遅過ぎた。
あの少年は10の内の3か4くらいしか頭に入らない凡才でもなければ7まで追いつく秀才でもなければ10丸ごと理解する天才───なんてレベルではない。
10の内からあるはずのない100までを勝手に知りかねない怪物の類だ。
だが……言い訳を許されるならば、だ。
狙った獲物の少年が英霊の戦闘でも剣呑と言えるレベルの怪物であるなぞ誰が思う……!
真っ当に戦えば自分が百回中百回勝つ。
それだけは間違いない。
だが、少年は今、自分の首を刎ねる事が出来る刃を手に入れた。
それだけが少年に足りなかったものだ。それだけがあればこちらを殺せる才覚を持つ少年であった。
後悔先に立たずとは正にこの事。
しかし今はそんな後悔に捕らわれている場合ではない。
またもや着地地点に最初から向かわれるように投げられているとしか思えない双剣を何とか首や体を捩じって躱しながら、現在の状況を考える。
一言で言えば詰んでいる。
ここからの自分に逆転の眼など無い。
さもありなん。
武芸に身を捧げ、戦場において光り輝いた英霊ならば劣勢から逆転する技や天運を持っているのだろうが、私はそんな真っ当な英霊ではない。
自然、自分が取りうる策は一つしかない。
逃亡
目の前の少女ならば敵に背を向けるとはどういうつもりだ! とか言うのか言わないかはさておき。
やはり、それが一番ここでの最善策である。
そうと決まれば一目散に退散。この足ならば疲れ切った今でも追いかけれる者などいない……と普段なら豪語するのだが、この少女と少年相手だと背を向けた瞬間に死に一直線になるのは予知能力が無くても容易く想像がつく。
ただ逃げようとするだけでは駄目だ。
逃げるには逃げるだけの隙が必要である。
そしてその隙を作る方法は───ある。
技も運とも縁がない自分だが……
しかしそれを切るという事は未来を担保にするという事だ。
一瞬の迷い。
しかし、直ぐにそれは切り捨てる。
先の事を思うのならば、尚更に今、生きる事に手を尽くすべきだ。
三つの刃に今も責められながら、念話でマスターに連絡を取り、許可を得る。
その事に申し訳なさを感じながらライダーは視る。
少女はこちらに死を迫る為の突撃。
少年はどういう絡繰りなのかは知らないが、先程から壊したり避けたりしている双剣を再び自分の手に生み出し、投げる動作中。
そして少年の両親であろう先程まで自分と競い合っていた二人は少し離れた土蔵の前で待機。
距離も場所もばらばら。
そしてどの人間も警戒は当然だが解いてない。
だが、今の自分に必要なのは
だから女は躊躇いなく特別な動作をせずに、そのままバイザーを剥ぎ取った。
「……!?」
全員が全く同時に息を呑む。
セイバーも真も士郎も凛も全て等しく平等にだ。
何故なら彼らにとっていきなり凶悪な重力が襲い掛かったような重みが体に圧し掛かったからだ。
「くっ……!」
セイバーは突撃していた体に予測外の力を押し付けられたせいで切り掛かる体の姿勢が甘くなり標的を見逃す。
「うぉ……!」
真は掛かった重圧に対処が間に合わずに対魔力へ意識を回す事に集中しすぎて膝を折り、投げようとした双剣の軌道が滅茶苦茶になる。
「きゃっ……!」
悲鳴を上げる凛は真よりも対応が遅く尻餅をついたまま起きた異常に囚われている。
原因はただ一つ。
敵であるライダーがバイザーをただ外した。それだけである。
それだけが問題なのである。
重圧を受けた3人が3人、その効力に
ライダーのバイザーによって隠されていたのは当然だが眼だ。
ただし眼は眼でも魔的な眼だが。
それは分類上で言えば遠坂真が先程使った魅了の魔眼といった物に含まれるのは確かだ。
だがこれは仮にも天才である遠坂真が使った魔眼がちゃちな玩具になってしまう程にレベルが違う。
彼や遠坂凛が所有している魅了の魔眼よりも遥か高位。
間違いなくノウブルカラーの宝石のレベルに達する神秘。
その中でも最上位。
見た事も受けた事もないが、間違いなくこれだ、というのを受けた3人が同時に思いつき、口に出す。
「石化の魔眼だと……!」
見ただけで石になるという魔術世界とは関係のない普通の人間でも知っているような知名度溢れる強烈な魔眼。
それに気付くと同時に真と凛は足が硬直しているのを知り、推理が正しかったのを知る。
唯一セイバーのみがまともに視たが石化の現象は起きていない。
彼女本人の最高レベルに近しい対魔力の恩恵が石化を重圧のレベルにまで留める事に成功しているからである。
故に最も冷静に対処出来るセイバーが思わず口に出す。
「ライダー、貴様……!」
ライダー、石化の魔眼、怪力、女。
推理材料としては些か材料は少ないが、女で石化の魔眼を保有している英霊と言われれば聖杯の知識を今回は得れているセイバーからしたら一目瞭然であった。
そうなると逆にこれまでの戦いに納得する。
戦い抜けた英霊にしては誇りや武技の無さ。
英霊にしては魔力放出のスキルを使って強化している自分すらも越えかねない怪力。
その他様々な事でどうにも真っ当な英霊には感じれなかったのだが……事実真っ当な所で英霊ではなく反英霊に属する存在であったのならば納得だ。
だが戦況はそう大きく変わってはないな。
確かにこの重圧は面倒ではあるが自分には脅威にはならない。
多少の手間がかかる事にはなるだろうが敵の手はもう読めつつある。
このまま何もなければ数分の内に斬り捨てる事が可能だろう。
だが
「私に構ってもよろしいので?」
ライダーもセイバーの思考を読んでいるが故の挑発。
何故ならば
「士郎!?」
「くっ……!」
一人、魔性の瞳から逃れられない人間がいるからだ。
遠坂士郎。
この場においてある意味でもっとも人間離れしている人間は依然彼かもしれないが……だが特化し過ぎたが故の代償か。
この場においてただ一人、魔術の才能が無く、そして抵抗値が極端に低い事が災いした。
そして最悪な事に、その鍛え上げられた鷹の目は普段なら心強い千里眼となってくれるはずが、誰よりも視え過ぎるが故に誰よりも魔眼を凝視してしまった。
他の人間二人が足先が多少固まったのに対して士郎は両足は膝上まで固まり、腕は肘下までが自由に出来なくなっていた。
まだ数秒しか経っていないのに体の3~4割が石化しているのならば一分持つか持たないかになる。
士郎も自分の弱点の為に聖骸布などで対策をしていてもこれだ。
「……っ」
それを見て、真も揺らぐ。
確かに少年は天才。
このような死地に突然放り込まれても、ここまで対応してのけた。
100人中98人のレベルで称賛されてもいいだろう。
しかし、この親を気にして揺らいだという理由に関しては魔術師であるならば100人中99人が不甲斐ない、失敗だと批判したかもしれない。
だからこそ家族全員が悩ませる問題に発展しているのだが、問題はやはり真のこれまでの完璧に近いサポートは当てにならないという事になる。
凛が後ろで士郎の治癒に向かっている中、セイバーは背後のマスター達の被害を正確に把握した。
セイバーの直感を含めた戦闘思考は語る。
それでも勝てる、と。
サポートも敏捷も下げられても勝てるという判断が下せている。
そしてそれは確かに正しい。
ただ勝つのに時間が先程下した時間よりも数分以上伸びるであろうという事になるだけ。
それは間違いなくシロウの石化を阻止する時間には足らないという非常な決断になるという事だけだ。
どう足掻いてもシロウが死ぬという状況でライダーがする事は自分達よりも距離を離す跳躍をするという事だった。
そしてそのまま堀の上に立ったのを見て、セイバーは即座に相手が逃走するという判断を下したという事を知る。
敵ながらも賢明な判断だ、と唇を噛む。
ここで続きをすれば間違いなくシロウは石化し、凛と真が少なくとも正常の判断を下せるかどうかの謎になり、戦力という意味では間違いなく低下するだろう。
だが、そうなった場合、最早こちらには余裕なんて捨てて間違いなくライダーを虐殺するだろう。
マスターに関してはどうなるかは不明だがリンはやると思われる。
そうなれべ切り札を切ってもライダーには成す術はない。
例え他にも宝具があっても対人ならともかく対軍以上のレベルの宝具の貯めになら自分が介入出来る。
故にライダーも魔眼を出すだけで逃走すれば自身の情報を知られても生き残れると計算したのだろう。
一瞬、歯噛みする。
剣士としての本能が敵を逃す事を躊躇う。
しかし、個人としての願望がそうすればかつての大事な戦友が死ぬ。
その事を深く考え
「……ライダー。貴様の首は今は預けといてやる」
「流石は騎士様。負け犬の遠吠えにも品があるようで」
嘲笑が混ざった挑発に本気の殺意を吐き出しそうになるが我慢する。
ライダーはこちらの気配を最後まで笑い、あっさりとそのまま逃走した。
10秒ほど気配を察知する事のみに専心して偽装かどうかを調べるが、その様子はない。
警戒だけはとかずにそのまま彼女は即座にシロウの元に向かった。
真は石化の魔眼以降、自分の思考が上手く働かないのに気付く。
立ったまま動けず苦悶の声を漏らす父の姿と声に思考が一つに纏め上げられいてた。
正しさも間違いも不要。
惨たらしさもいらない。痛みもいらない。
ただ一秒でも早く殺す。
それを
手段はどれだ。何か無いか。無いのなら今ここで作れ。
その思考をまるで永遠に空転し続けるように思考し
「士郎! ライダー離れたけどどう!?」
「う……う、うむ。問題ない。少しずつ血が通ってきた感覚がある。これならもう少しで解呪されるだろう」
だが、その暴走も父の回復の言葉を聞いた瞬間に解かれた。
問題ない。
その言葉を本人の口から聞かされた事によって一気に頭の血が下がっていくのを実感する。
その空っぽに近い頭に勝手に声が耳から入ってくる。
「大丈夫ですか、シロウ!」
「ええ……問題ないらしいわ……はぁ、もう、相変わらず対魔力に関してはヘッポコ以下ね……焦らせないでよ」
「……すまん。まさかライダーの正体がアレだとは……」
3人の会話。
召喚した少女が駆け寄り、母が強がりながらも弱音を出し、父が真面目な顔で謝罪する。
何故召喚したばかりの少女とそこまで自然と会話出来るのか、と色々言いたい事はあったが……それを無視してふと思った。
自虐でも、卑下とかでもなく普通に豆電球に電気が灯るみたいな現象で
───なんだ。俺がいなくても
瞬間、手元に握っていた双剣が砕け散った。
別にショックだったからとかそういうのではない。
ただ単に緊張で繋ぎ止めていた意識が許可もなく落ちようとしているだけだ。
両膝なんて付く暇もなく顔面から落ちていく感覚。
完全に倒れる寸前にようやく気付いたのか。家族がいた場所から騒がしい気配を感じるがもう気にしてる余裕はない。
余りにも急な落ち方だなぁ、とは思うがもう逆らう気なんて一切ない。
むしろ安堵に近い感慨を得ながら、全身を襲う感情はただ一つだった。
今日は疲れた───
そうして意識が断線する。
もう何も見えないし聞こえないし感じない。
だから最後に聞こえた言葉は幻聴だろう。
「さぁ───ここから始めるがいい」
そんな超越者の言葉を脳が捉えたのは。
結局、また悪役サイドです。
いやぁーークロ淵が中々進まないようで。というか何時も通りにオリジナルに浮気するみたいで。そして自分もオリジナルに浮気したくなってきた諸行無常。
何はともあれ今回ですが、感動の再開と同時に桜ルートでの、しかも青セイバーと本気版ライダー戦ですが、まぁ、こうなりますよね。
基本、ライダーがセイバーに対して真っ向から打ち勝つ手段はほぼ皆無ですし。
戦技においてライダーは遥かにセイバーに劣り、持ち前のステータスは速度を除いてほぼ敗北。敢えて言うならば怪力も勝てるかもしれませんが、力のみではセイバーには勝てない。
かと言って伝承による魔眼を使っても速度は落ちるけど、石化には絶対にならない。生き残る時間が伸びるだけ。
結界の方も使うには中々使い勝手が悪いですし、これもまたセイバー所か魔術師にも長期戦ならともかく短期決戦では今一つ。
最後の手綱は、エクスカリバーには打ち勝てない。
つまり、真っ向からではライダーは絶対に打ち勝てない。
城塞に一人で立ち向かうようなもんですね。
まぁ、逆に言えば真っ向からではなければやり様は幾らでもありますが。
マスター狙い、宝具封じ(場所的な)、人質───もしくはマスターの機転による令呪による逆転の策。
これらのどれかを使えば勝てますが……まぁ、今回の物語がどうなるかは秘密ですけどね。
感想・評価などよろしくお願いします!
次回くらいはクロが出してくれる事を心から祈らせて貰います……!