魔法少女リリカルなのはTwo girls   作:たまらんち会長

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動き出した策謀

 ゼクエスの帝王候補は帝王になることを前提としている。帝王になる=ライバルの帝王候補が死亡するという状況を成立させることで、それを達成する手段の一つとして相手を殺害するというのがある。そのため、帝王候補は本来は闘争本能むき出しの戦闘マシーンみたいなものなのだが、普段は当人の理性で抑制されている。しかし、理性が完全に失われると瞳の色が変わって目に入るものすべてを破壊しようとするのだ。

 なぜ、さくらがそのような状態になったのか。そもそも、さくらはすでに精神が壊れかけていた。それが、実際に死にかけたことや全然知らない場所で脱出経路もわからない状況におかれて完全に精神がこわれてしまったのだ。

 

「どうする?ありゃ投降を呼びかけても素直に聞きそうにねーぞ」

 ヴィータの言葉にフェイトは唇をかんだ。できることなら、無抵抗で保護したいところだが、そうもいかないみたいだ。それでも、フェイトは説得を試みた。

 

「武器を置いて。私たちは君の敵じゃない」

 だが、さくらは聞く耳持たずといった風に魔剣をフェイトに向けた。

 

「どうやら言ってもわかんねーようだな」

 ヴィータはため息混じりに言った。だが、ここでは戦えない。病院の敷地内だ。

 

「どうする?」

 再度、ヴィータが問いかける。

 

「なんとか説得に応じてほしいけど……」

 だが、その前にさくらが向かってきた。さくらは、フェイトに魔剣を突きいれてくる。フェイトはそれをバリアで防ごうとするが、魔剣はバリアをいとも簡単に破壊した。

 

「くっ」

 フェイトの脳裏に前の戦いでバルディッシュが破壊された光景がよぎる。

 

「これが最強の武器……」

 カリムが言っていたというゼクエスの魔闘士は、最強の矛(さくらのは剣だが)と最強の盾を持っているという。確かに、カートリッジシステムも無しにあれだけの威力があるのだから最強であるのは間違いない。フェイトはさくらから距離を取ろうとするが、さくらは執拗にフェイトに突きいれてくる。その戦闘スタイルが以前と違うことにフェイトは気付いた。前は斬撃主体だったのが、いまは刺突主体で攻めてきているのだ。

 

「そうか、左腕がないから」

 片腕だけでは斬撃は威力を発揮しにくい。だから、さくらは刺突中心で攻撃するしかないのだ。いくら、バンパイアデバイスが強力とはいえやはり持ち主自身の力も無視できない。だが、斬撃よりかは扱いやすいといっても、右腕だけで魔剣を扱わなければならないことは年齢の割に体格の小さいさくらには、かなりの負担となるはずである。しかも、さくらの腹の傷はまだ完全には癒えていない。無理をすれば傷口が開いてしまうかもしれない。

 

「とにかく、落ち着いて。君はまだ安静にしてないと駄目なんだ」

 必死に呼びかけるも、さくらの攻撃が止むことはない。さくらは完全に相手を倒すことしか頭になかった。彼女には武器を持つ者すべてが敵に見えるのだ。フェイトの説得を聞き入れずに攻撃してくるさくらだが、急にフェイトから離れた。直後、鉄球がフェイトの前を斜めに横切った。

 

「ヴィータ?」

 鉄球が飛んできた方に目をやる。さっきの鉄球はヴィータがグラーフアイゼンで打ち出したものだ。さらに、ヴィータは8発の鉄球を4発ずつ打ち出した。さくらはそれを簡単に回避するも、鉄球には誘導機能も付与されているため、向きを変えてさらに迫った。

 

「!」

 回避が間に合わないと判断したさくらはAIシールドでガードした。

 

「なにっ!?」

 ヴィータは驚きを隠せなかった。鉄球にはバリア貫通の効果も付与してある。それが一発も貫通できなかったのだ。

 

「あれが、最強の盾か。確かに最強の魔導師だな。面白ぇ」

 ヴィータはグラーフアイゼンに指示を出した。

 

「アイゼン、フォルムツヴァイ!」

「Raketenform」

 グラーフアイゼンの形態が切り替わると、ヴィータはそれでさくらを攻撃した。

 

「ラケーテンハンマー!」

 グラーフアイゼンからの魔力噴射で加速したヴィータは一気にさくらとの距離を詰めた。だが、この攻撃もAIシールドを破ることはできなかった。

 

「ぐっ」

 ヴィータはグラーフアイゼンに力を込めるが、AIシールドはビクともしない。

 

「なんて固ぇんだ」

 何度打ちつけてもAIシールドを破ることはできない。もう、ヴィータは意地になっていた。

 

「アイゼン!」

「Gigantform」

 ヴィータはグラーフアイゼンをギガントフォームに切り替えて渾身の力を込めて打ちつけた。

 

「ギガントハンマー!」

 これなら防御を破ってさくらをぶっ飛ばせると思っていたが、AIシールドの固い防御を破ることはできなかった。

 

「そんな……」

 どんなに固い防御魔法でも、このぐらいの攻撃を受けたら術者に衝撃なり振動がかかるはずである。しかし、さくらは何事もないかのようにすました顔をしてヴィータを見ていた。愕然とするヴィータに魔剣を向けると、さくらはゆっくりとそれを後ろに引いた。次の瞬間、さくらは魔剣を目にも止まらぬ速さで突きだした。

 

「!」

 ヴィータには何があったのかわからなかった。気付いた時には、魔剣が自分の胸に突き刺さっていたのである。さくらが魔剣を抜くと、ヴィータは地上へと落 下した。

 

「ヴィータ!」

 フェイトが落下するヴィータをキャッチするも、すでにヴィータは戦闘不能になっていた。

 

「しっかりして!」

「だ、駄目だ。あいつは強すぎる…手も…足も出…ねぇ…。あ、あれで半人前…かよ……」

 さくらがカリムのいうゼクエスの魔闘士なら、いまのさくらはまだ真のゼクエスの魔闘士になりきれていない半人前ということになる。それでも、ヴィータをいとも簡単に撃破したということは、一人前のつまり真のゼクエスの魔闘士になったらその強さは如何ほどになるか想像もつかない。

 

「な、なんとしてでも、奴を捕えねーと、た…大変なことに…なっちまう。あたしの…こと…は…いいから…奴を止…めて…くれ」

 苦しい息の下で、さくらを止めるように訴えるヴィータだが、重傷を負っている彼女を放置するなんてフェイトにはできなかった。そこへ、シャリオと医師が駆けつけてきた。

 

「フェイトさん」

「シャーリー」

 タイミング良く来てくれたことにフェイトは安堵の表情を浮かべた。

 

「ヴィータをお願い」

「はい」

 ヴィータをシャリオ達に託したフェイトは、バルディッシュをフルドライブのライオットブレードにして、空に浮かんでいるさくらを見上げた。

 

「フェイトさん……」

 シャリオは心配そうにフェイトの後ろ姿を見た。さくらに何か得体のしれないものを感じていたからだ。事実、ヴィータを撃破しているのだから只者ではない。一方、女性医師の方は興味深げにさくらを見上げていた。だが、二人にはゆっくりとしている時間はない。重傷のヴィータを一刻も早く治療しなければならない。

 

「ドクター、早く」

「ええ」

 シャリオに急かされて病院にもどる女性医師だったが、未練があるのか何度もさくらの方を振り返った。その様子を上から眺めていたさくらだったが、特にそれに対して興味を持つというようなことはなかった。彼女にとって、武器を持たないシャリオたちやすでに撃破したヴィータは眼中になかった。さくらが関心を持つのはフェイトとの再戦である。今度こそ叩きのめす。そう決意を持って、さくらは地上に降り立った。武器を構えて対峙する二人。先に仕掛けたのはさくらだった。フェンシングのように魔剣を突きまくる。フェイトはそれをバルディッシュの魔力刃で受ける。フルドライブで出力されたバルディッシュの魔力刃は、さくらの魔剣を受け止めることができた。

 

「悪いけど、手加減はしないよ」

 フェイトは反撃に出た。フェイトの斬撃を必死に防戦するさくらだが、右腕だけで魔剣を扱っている状況では明らかに不利だった。バルディッシュと斬り結ぶ度に、さくらは魔剣を落としそうになる。フェイトの横薙ぎの攻撃をジャンプしてかわしたさくらは、フェイトから距離をとって魔剣を右薙ぎに振るった。さくらから放たれた飛ぶ斬撃はフェイトに向かってくるが、それを回避することは容易であった。しかし、フェイトの後方にはシャリオたちがいる。

 

「ぐっ」

 バルディッシュで飛ぶ斬撃を受け止めたフェイトだが、そのせいでその場から動けなくなってしまった。そこを狙ってさくらが突進する。このままでは、やられると判断したフェイトは奥の手を出すことにした。バルディッシュをリミットブレイク状態にして一気に飛ぶ斬撃をかき消したフェイトは、二刀流になっていたバルディッシュを連結させて左に薙いだ。左に薙ぐということは、さくらの無防備な左側を狙うことになる。だが、さくらはAIシールドで防御した。

 

「くっ」

 常識外れとも思えるAIシールドの頑丈さにフェイトは舌を巻いた。それと、さくらの子供とは思えない戦闘センスにも。左腕が無いというアンバランスの状態だから戦えているが、もしさくらが両腕で戦えていたらフェイトは苦戦を免れなかっただろう。だが、フェイトがバルディッシュを連結させずに二刀流のまま左右から攻撃していれば勝っていたかもしれない。なぜなら、AIシールドには一方向からの攻撃しか防御できない弱点があるからだ。そして、歴戦の勇士でもあるフェイトはそのことに気付いた。フェイトは連結を解除して二刀流でさくらに迫った。初めて戦う二刀流に分が悪いと思ったのか、さくらは後ろに下がろうとした。だが、すぐにフェイトが距離を詰める。さっきみたいに、飛ぶ斬撃なんてものをさせないためだ。フェイトはすぐに発射することができない飛ぶ斬撃の弱点も見抜いていたのだ。

 

「……!」

 さくらは予想外に強いフェイトに怒りと同時に焦りも感じていた。最強であるはずのゼクエスの帝王候補が同じ帝王候補にならまだしも、それ以外の魔導師に負けるわけにはいかないのだ。ゼクエス本来の闘争心に心を支配されているさくらには目の前の敵に勝つことしか頭になかった。左腕が無いという言い訳は通用しない。いかなる状況においても勝ち続けること、それがすなわち最強なのだ。意地でも勝たなければならないのだが、それはさくら本人の意思ではない。すでに木崎さくらとしての意思はなくなっている。激しくフェイトと打ち合って一回も魔剣を落としそうになったりしないのは、 魔剣を落とす=戦闘に負けることなので絶対に落とさないように右腕に力を入れているからだ。当然、さくらの右腕は負担がかかり続けるわけだからこのままでは右腕の機能が破壊されてしまう危険もあった。それを回避するには戦闘をやめるしかないが、自分の体よりも敵に勝つことを優先させてしまっているいまのさくらには無理だ。ルーシーは事前に神官から警告を受けていたから、どんな時でも決して暴走状態にならないように注意していたが、 さくらは魔女から暴走の話なんて聞かされていなかった。温厚なさくらなら暴走することはないと思っていたからかどうかはわからないが、さくらの体の問題は右腕だけではなかった。

 

「?」

 フェイトはさくらの様子がおかしいことに気付いた。苦しそうに息を切らしている。理由はすぐにわかった。さくらのバリアジャケットの腹のところが赤く染まっていたのである。

 

「傷口が開いたんだ」

 そりゃあれだけ打ち合っていたら傷口が開くのは当たり前で、血はポタポタと地面に落ちていた。普通なら右腕で傷口を抑えるものだが、魔剣を持っているので抑えることができない。

 

「もう止めるんだ。このままだと君は本当に死んでしまう」

 フェイトは必死に呼びかけたが、いまのさくらには誰の声も耳に入らなかった。さくらが苦しそうにしているのは腹からの出血だけではなかった。彼女の右腕ももう限界が近づいていた。魔剣を持つ手にも力が入りにくくなっている。恐らく、あと数回打ち合えばさらの右腕は使い物にならなくなってしまうだろう。 そんな危険を無視してでもさくらは戦うことを止めようとしなかった。さくらを止めるには戦闘不能の状態に追い込むしかない。少なくとも武器を持っている間は戦うのを止めないだろう。

 

「一か八かやってみるしかない」

 フェイトにしてもリミットブレイク状態なので長時間の戦闘は体への負担が大きすぎる。ここで一気にケリをつけることにした。うまくいくかどうか自信はないが。さくらが振り下ろした魔剣を一刀流にしたバルディッシュで受け止めたフェイトは、バルディッシュを時計回りに回した。

 

「!」

 さくらは唖然とするしかなかった。自分の手から魔剣が離れて地面に落ちたのである。彼女がまだ一回しか見たことのない巻き上げをフェイトは見事に極めたのだ。攻撃魔法が存在しないゼクエスは、攻撃力のほぼすべてをバンパイアデバイスに依存している。そのバンパイアデバイスを手元から離してしまったさくらは戦闘力を喪失してしまった。

 

「……」

 魔剣が無いというのに不思議とさくらは恐怖や不安を感じなかった。実は、さくらが見たという巻き上げは母がやってみせたものだった。そのことで、さくらはフェイトと自分の母親を重ねたのである。フェイトに母の面影を見たさくらは、ようやく目の前の人間が自分に害を及ぼす存在ではないことに気付いた。そして、心の落ち着きを取り戻したことで、さくらを支配していたゼクエスの闘争本能も小さくなって、彼女の暴走状態もおさまった。緊張が解けたさくらはフラッ と倒れそうになった。フェイトがあわてて彼女を支える。

 

「しっかりして!」

 フェイトは声かけをするが、返事はない。腹の傷を見てみると、かなり出血していた。

 

「早く処置をしないと」

 そこにシャリオと女性医師が駆けつけた。

 

「ドクター、お願いします」

「はい」

 女性医師はスタッフを呼んでさくらを運ばせた。さくらが女性医師たちによって搬送されていくのを見届けると、シャリオは心配そうにフェイトに尋ねた。

 

「フェイトさん大丈夫ですか?どこか怪我でも」

「大丈夫だよシャーリー。それより、ヴィータはどう?」

「あ、大丈夫です。命は取り留めるそうです」

 それを聞いてフェイトは安堵した。しかし、シャリオが気になることを言いだした。

 

「フェイトさん、ちょっと気になることがあるんですが」

「なに?」

「あの先生、ゼクエスのことを知っているんじゃないでしょうか」

「えっ、どういうこと?」

「私がゼクエスのことを言ったら、驚いて『本当に存在したの?』って」

 はやてに聞いたところによれば、ゼクエスのことを知っている人はほとんどいないらしい。文字資料が皆無だからだ。だからといって、女性医師がゼクエスのことを知る機会がないとは言い切れないが、フェイトはなんだか嫌な予感がした。

 

「心配はいらないと思うけど……」

 それはフェイトの願望でもあった。

 

 その夜、女性医師は誰もいない部屋で誰かと連絡を取り合っていた。

 

「サラ?シャロンだけど、ボスに伝えて。ゼクエスの帝王候補がいるって。そう、実在したのよ。えっ?間違いないわよ。ちゃんと体も調べたんだから。伝説の最強の魔導師。こっちの言いなりにしたらかなりの戦力になると思わない?じゃ、ちゃんと伝えといてよ」

 連絡を切ると、女性医師は楽しげにつぶやく。

 

「ディアスとゼクエスの帝王…この二つがあれば全世界を私たちの思うままにすることも夢ではないわね」

 

 

 

 

 さくらが意識を取り戻すと、フェイトは事情を訊いてみた。初めはフェイトを警戒して何も喋ろうとはしなかったさくらだったが、親身に接してくれるフェイトに徐々に心を開いていくようになった。そして、さくらは自分のことを話し始めた。

 

「私の名は木崎さくらといいます。市立かるがも第二小学校五年生です」

 そう名乗ったさくらだったが、フェイトはそれに対し疑問を挟まざるを得ない。

 

「君は本当に木崎さくらさん?」

「えっ?」

 おかしなことを訊く人だなというような顔で見るさくらに、フェイトはそのわけを言った。

 

「実は君の体を検査をしたんだ」

 それで、さくらにはわかった。

 

「私の体が人間じゃないことがわかったんですね」

 悲しげに呟くさくら。それを見てフェイトはさくらと初めて会った時のことを思い出した。あの時、さくらはクラスメートに自分の正体が知られてひどく動揺 していた。さくらにとって、それまでの日常から切り離されたことはそんなにショックなことだったのか。ましてや人間ですらなくなったことは本人には大変辛いことなのかもしれない。ならば、なぜさくらはゼクエスの魔闘士になったのか。それを訊きたいフェイトだったが、さくらが膝を抱えてしまったので無理強いはしないことにした。

 

「今日はここまでにしよう」

「すみません」

「いいんだよ。言いたくない時は言わなくても」

 さくらとていろいろあったのだ。言いたくないこともあるのだろう。フェイトはさくらが自分から話してくれるのを待つことにした。

 

「話してくれる気になったら言って。私は外にいるから」

 フェイトからしたら自分がいたら、さくらが落ち着かないのではと思って外に出ようとしたのだが、さくらは焦った感じでフェイトを呼びとめた。

 

「あ、あの」

「なに?」

 フェイトが振り向くと、さくらは俯いてしまった。

 

「…すみません。なんでもないです……」

 言いたいことがあるのに言えないもどかしさ。とても、さっきまで自分やヴィータを苦戦させた少女とはフェイトは思えなかった。しかし、前にティアナが調べたさくらは滅多に怒らない控えめな性格とのことなのでこれが本当のさくらなのだろう。そして、さくらが何を言いたいのかわかったフェイトは再び椅子に座った。さくらはちょっと驚いた様子でフェイトを見た。どうして自分が思っていることをこの人はわかるのだろう。魔法で心の中でも覗いたのか。訊いてみたいさくらだったが、口から言葉が出てこなかった。軽々しく口をきいて良いのかという不安があったからだ。なにしろ、さくらはフェイトに刃を向けて彼女の仲間に重傷を負わせているのだ。そう、いまのさくらは相手から話しかけられた時は返答するが、自分から相手に話しかけることができない控えめにもほどがあるだろという状態になっていた。さくらの様子から、そのことに気付いたフェイトはこのままではいけないと諭すことにした。

 

「言いたくないことは言わなくてもいいけど、言いたいことは言った方がいいよ。そうでなかったら、お互いのことわからないと思うよ」

「はい……」

 さくらだってその事はわかっていた。わかってはいたが、さくらが他人に対して何かを求めたり訴えたりしたことはほとんどなかった。せいぜい、ルーシーに戦いを止めるよう訴えたぐらいだ。それも、命の危険にさらされての事だ。だが、必死に訴えてもルーシーは聞き入れてはくれなかった。そのせいもあって、さくらは余計と他人に自分の気持ちを伝えることに消極的になっていた。だが、フェイトの言うように会話が無ければわかりあうこともできないってことも理解している。では、話が通じなかったらどうするべきか。さくらは訊いてみることにした。

 

「あの…ハラオウンさん?」

「フェイトでいいよ」

「えっ」

 意外な申し出に思わず驚きの声が出てしまった。名前で呼んでいいってことは、さくらを親しい関係にある者と認定したということだ。二人の間にそんなに親しくなれるような事象は起きていない。当たり前だ。戦いしかしていないのだから。にも関わらず、自分から私とあなたは親しい関係ですと言ってくるようなフェイトにさくらは警戒心を抱いた。

 

(もしかしたら、私を油断させて利用する気かも)

 だが、そう思ってみてもさくらには逃げることもできなかった。無理に体を動かせばまた傷口が開く恐れがあるし、右腕も酷使しすぎたせいで自由に動かせないのだ。ブローチも取り上げられている。あれが無かったらAIシールドで身を守ることもできない。いまの状態でルーシーに襲われたら自分ではどうすることもできない。死にたくなければフェイトにすがるしかないのだ。

 

「じゃ、フェイトさん。話し合おうとしても相手が応じてくれない場合はどうすればいいんですか?」

「それは、君がどれだけ相手の事を思えるかによるよ」

「相手を思う?」

 フェイトにはそれができるのだろうか。だから、自分の一人にしないでほしいという気持ちを察してくれたのだろうか。しかし、そんなに他人のことを思えるのだろうか。ましてや、さくらはフェイトとその仲間に攻撃を仕掛けているのだ。さくらは訊いてみた。

 

「どうしてフェイトさんは私に優しくしてくれるんです?あんなにひどいことしたのに」

 さくらの疑念ももっともだ。さくらにはそこまで親切にされる覚えはない。いわれもなき親切は受けない方が賢明だ。まぁ、うれしくないと言ったらウソになるが。でも、本当にフェイトを信じるにはその真意を知るべきだろう。フェイトは答えた。

 

「似ているから」

「えっ?」

「実は私も小さい時に同い年くらいの女の子と戦ったことがあってね。その娘は君と同じ世界の子で、それ以前は魔法のことなんて何も知らなかったけど、ふとしたきっかけで魔導師になったんだ」

(私と同じだ……)

 その相手って誰だろうとさくらは思った。会ったことある人だろうか。年齢的からいってあの赤い魔導師は違うだろうが。

 

「私とその娘はジュエルシードというロストロギア…ってわからないか。まぁ、危険物と思ってくれたらいいよ。それを回収している時に出会ったんだ」

 フェイトが言うには、最初はその少女は話し合おうと言っていたが、その時のフェイトはジュエルシードを集めることしか頭になくて、その少女の説得にもまったく耳を貸さなかったらしい。

 

「それでもその娘は私に何度も話しかけてきてくれた。私にひどいことだってされたのにね。そして、いつしか私もその娘に心を開くようになった」

「どうして、その娘はそこまでフェイトさんのことを気にかけていたんですか?」

「困っている人を見過ごせない性格だからって本人は言っていたけどね。あの娘が魔導師になってジュエルシードを回収するようになったのも、困っている人を助けるためだったから」

(そんな人がいるんだ)

 さくらだって困っている人を見たら何とかしてあげたい気にはなる。しかし、相手に拒否されてなおかつ攻撃されてもなお、その相手のことを思いやれることなんて誰にだってできるものではない。

 

「その娘にはずいぶん助けられた。私がひどく落ち込んだ時も彼女のおかげで立ち直ることができた。いまでは一番の親友さ」

(まるで不良漫画の喧嘩ね)

 ふと、そんな事を感じながらも、さくらはフェイトが何を言いたいかだいたいの見当がついた。フェイトとその少女と同じように、さくらとルーシーもいずれはお互いの事を理解し合って仲良くなれるはずだと。

 

「フェイトさんの仰られたいことはわかります。私たちも同じように仲良くなれるかもしれないってことでしょ?それは多分無理だと思います」

「どうして?」

「私たちの戦いはどちらかが死ぬまで終わらないからです。少なくとも彼女は私を殺すまで戦いを止めないでしょう」

「そのもう一人の娘は、もしかして名前はルーシー・ブランケット?」

「知っているんですか?」

「いや、君たちのことを調べていたら、その名前が出てきたからね」

「そうですか」

 さくらは少しガッカリした。もし、フェイトとルーシーが知り合いだったら、ルーシーの事を訊かせてもらえると思ったからだ。しかし、調べたというのなら経歴ぐらいは知っているだろう。さくらは訊いてみることにした。

 

「あの、彼女のこと教えてくれませんか?私、彼女の事あまり知らないんです。名前と私と同じゼクエスの帝王候補だってことしか」

 ゼクエスと聞いてフェイトはやはりと思った。そうではないかと疑いはあったが確証はなかった。ゼクエスについて詳しく教えてほしいところだが、いまはさくらの質問に答える時だ。フェイトは、さくらにルーシーの生年月日と幼い頃に両親をなくしたこと、反政府組織に拾われて以後はその組織と行動を共にしていたことなどおおまかな経歴を教えた。

 

「反政府組織ですか……」

 さくらは反政府組織というのがどんなものかは知らないが、秘密結社か何かをイメージした。その反政府組織はいまは壊滅して、生き残っているのはいまのところルーシーだけらしい。

 

「彼女だけが生き残った……」

 自分と同じだとさくらは思った。まあ、天涯孤独が帝王候補の条件なので当然といえば当然だ。そして、さくらはルーシーがいた世界がどうなっているかも聞かされた。長期の内戦で子供も戦場に駆り出されて、いまも多くの人命が失われていると。

 

「そうだったんですか」

 初めて知る相手の過去。さくらは複雑な気分になった。彼女の方が自分よりも悲しい目に遭っているのだ。可哀想だとは思う。しかし、さくらとルーシーは殺し合いをしている間柄なのだ。同情をすることはできない。向こうもそう考えているだろう。

 

「ありがとうございました」

 さくらはフェイトに礼を言った。すると、今度はフェイトが質問してきた。

 

「ちょっとこっちも訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 さくらは少し考えて、

 

「はい、いいですよ」

 フェイトはゼクエスについて尋ねた。さくらはこれまでの事を話した。その結果、わかったのはさくらもそんなにゼクエスのことを知っているわけではないことだった。さくらからの情報でわかったのは、さくらが長い緑色の髪の少女に帝王候補に選ばれたこと、帝王候補になるには天涯孤独でなければならないこと、 帝王候補になった者は体内にリーガル・コアを形成されること、帝王になるにはもう一人の帝王候補を死なせること、さくらがそのことを知らされたのは帝王候補になった後ということだ。さくらはそのつもりはなかったが、向こうから攻撃をしてきて止むを得ず応戦していくうちに相手に対する憎悪が芽生え、殺意まで抱くようになった。それが、暴走状態につながったわけだが、いまでは自分が相手を殺そうとしていたことが信じられないとフェイトに話した。

 

「私は戦いたくなんてなかった。だから話し合おうって彼女に言ったのに全然聞いてくれなくて……」

 さくらは完全に戦意を無くしていた。しかし、ルーシーはそうではないだろう。むしろ、顔を傷つけられたことでさくらに恨みを抱いているはずだ。今度襲われたら間違いなく殺されてしまう。そして、さくらは死ぬまでルーシーの影におびえ続けることになる。

 

「……」

 あまりにも救いが無い現実にさくらは気持ちが沈んでしまった。それから解放されるにはルーシーが死ぬ以外にない。

 

「それで君はこれからどうする?」

 どうすると言われても、さくらは首を横に振ることしかできない。もう戦いたくもないし、死にたくもない。かといって一生逃げ回るのも嫌だ。もうこうなったら、フェイトに保護してもらうしかなさそうだが、どうしてもあと一歩が踏み出せない。一言、助けてと言えば何かしらの手助けはしてくれそうだが。答えられないさくらにフェイトは質問を変えた。

 

「じゃ、君はどうしたいの?」

「えっ?私がしたいことですか?」

「そう、何も考えず君が思うこと言ってごらん」

 さくらは自分が何をしたいか思い浮かべた。

 

「私は…昔に戻りたいです。でも、もう無理ですね。私は人間じゃなくなったし、皆に変身しているところを見られたから帰る場所もない。ゼクエスの帝王になれたら何とかなるかもしれませんが、もうこんな体じゃそれも望めません」

 いまのさくらは左腕が無いうえに右腕も痛めている。

 

「あの時、ゼクエスの帝王にならないかって誘いに乗らなかったらこんなことにならなかったのかもしれませんが、そうしたら私はずっと一人のまま。いまでも 一人ぼっちですけどね」

 さくらは自嘲気味に笑った。全然知らない世界でただ一人。こんな状況でこれから何をしたいと言われても困る。だから願望を口にするしかなかった。それが叶えられることはないと知りつつも。

 

「ルーシーが何でゼクエスの帝王になりたいか心当たりはない?」

「無いです。というより、そんなに話してませんから」

「そう……」

 ルーシーがゼクエスの帝王になりたいという理由がわかれば、それを糸口にして二人を和解させることも可能かとも思ったのだが。

 

「ねえ、もう一度ルーシーと話しあうつもりはない?」

 しかし、さくらは首を横に振る。

 

「もう話し合いの余地はありません。私は絶対に彼女を許さない」

 さくらはきっぱりと答えた。

 

「でも、話をしないと何も解決しないよ」

「それは詭弁です。話をする前に殺されてしまいます」

「さくら……」

「フェイトさんは私たちが昔の自分たちに似ていると言ってましたが、フェイトさんは相手の方を殺したいって思ったことありましたか?相手の方に殺されそうになったことってありましたか?私は出会ったその時から殺されそうになったんです」

 話しあえる余地があったら、怯えていたりなんかしない。そこにはルーシーに対する恐怖心とともに反発いや憎悪があった。さくらに他者を憎む心が残っていることに気付いたフェイトは、もう少し様子を見ることにした。自分がまだ完全に信用されているわけではないことも知っているので、時間をかけてさくらの不信感や警戒心を解いていくことにしたのだ。管理局に連れていくのはその後だ。さくらに管理局に行くのは逮捕されるためでなく、さくらを保護するためだということをわかってもらうのにも時間が必要だろうからだ。

 

 

 

 ミッドチルダ中央部、首都クラナガンにある新興宗教団体レッドコメートの本部があるビル。そこにある礼拝堂では奇跡の男として有名な教祖ギルバート・ミハイルが信者たちに奇跡を見せていた。ミハイルの起こす奇跡とは、どんな名医でも治せないような病気や怪我を手をかざして念を込めるだけで治癒してしまうというものだった。実際にそんなことがあり得るのだろうか。いま、ミハイルは一人の老人の目に手をかざしている。この老人は視力を完全に失っていて、医者からも一生目が見えることはないと宣告されていた。そこで、藁をもつかむ思いでここに来たのだ。

 

「ミハイル様、本当に私の目が見えるようになるんでしょうか」

 不安げな面持ちの老人にミハイルは安心するように諭す。

 

「大丈夫だ。あなたが見えるようになりたいと強く願えば必ず見えるようになる」

「は…はい」

 そして、ミハイルがかざしている方の手に念を込めると手がぼんやりと光った。数秒して光が消えたら治療が終わったということになる。はたして、老人の目は再び見えるようになるのか。信者たちは固唾をのんで見守った。

 

「さあ、ゆっくりと目を開けてみるんだ」

 ミハイルに指示された老人は目をパッと開いた。すると、老人は椅子から立ち上がって周りを見回した。

 

「み、見えるぞ。信じられん。もう見えないと諦めていたのに」

 喜びで体が震える老人。老人はミハイルの手を握り感謝した。

 

「ありがとうございます。すべてミハイル様のおかげです」

 老人は涙を流して何度も感謝するが、もし彼がミハイルの表情を見ることができたら言葉を詰まらせていただろう。しかし、ミハイルの表情は銀色の仮面に隠されていて読むことはできない。

 

「いや、あなたのもう一度目が見えるようになりたいという強い思いが奇跡を起こしたのだ。私はその手助けをしたにすぎん」

 老人の肩をたたくミハイルの隣にいた側近の男が信者たちに教祖の偉大さを強調する。

 

「皆さん、奇跡です。奇跡が起きたのです。ミハイル様を信じさえすればこのとおり救われるのです」

 一斉に歓声がわき起こった。涙を流してミハイルを拝む者もいた。ミハイルはこうして信者を増やしていったのだが、それだけではない。さまざまな慈善事業にも積極的に取り組んでいて幅広く支持を得ているのだ。だが、彼の裏の素顔を知る者はこの場にはほとんどいない。礼拝堂を後にしたミハイルは苛々しげに喚いた。

 

「なんだ、あのジジィは!目を開くのが早すぎる。あんなジジィはもういらん。殺せ!」

「はっ」

 命令を受けた先ほどの側近が、頭を下げて出ていく。実は、老人はサクラでさっきの奇跡はヤラセだった。ミハイルには奇跡を起こす力などない。信者を効率よく集めるための手段として奇跡を起こす男を演じているにすぎなかった。こうして、集めた信者の中から兵士の適性がある者を洗脳して死を恐れない兵士とするのが目的だ。彼らはこうして育てた兵士を傭兵として各世界の武装勢力に提供しているのだ。

 

「随分と不機嫌なようで」

 後ろから冷やかす声がしたのでミハイルが振りかえると、黒い牧師のような服を着た若い男が壁にもたれていた。

 

「貴様か、デュオ」

「なんだい?急に呼びだしたりしてよ」

 デュオ・サウザーは面倒くさそうに尋ねる。

 

「貴様にやってほしいことがある」

「誰を殺れって?」

「誰も殺せとは言っていない。さらってくるんだ」

「はっ?」

「殺さずに生かしたまま連れてくるんだ」

 ミハイルの命令にデュオは冗談はよしてくれとばかりのリアクションをした。

 

「おいおい、俺に誘拐犯になれって?他の奴にやらせろよ。俺がやるまでもないだろ」

「馬鹿者、相手が只者でないから貴様にやってもらうんだろうが」

「誰だよ。その相手って」

「貴様、ゼクエスを知っているか?」

「うんにゃ、初めて聞いた」

 ミハイルはゼクエスについてデュオに説明した。

 

「ふーん、そのゼクなんとかの帝王ってやつの候補が現代に現れたからそれをさらって来いってことか」

「そうだ。言っておくが、さらうのはもう一人の方だ」

「どうしてだよ?居場所分かっている方がすぐにやれていいだろうが」

「そいつには管理局の連中が張り付いている。それに負け犬には用はない」

「まあ、やれって言われたらやるけどよ。そのゼクなんとかって」

「ゼクエスだ」

「そのゼクエスってあんまりよくわかんないんだろ?そんなに必要なのかい?」

 ゼクエスについてはミハイルもすべてを知っているわけではない。昔、小耳にはさんだ程度でただの神話の類にしか思っていなかった。それが、最近実在したとの情報を入手したのだ。

 

「そうだ。それから行く時は兵士を100人連れて行け」

「100人?」

 デュオは驚きの声をあげた。たかが一人に100人は多すぎる。

 

「おいおい、そりゃいくらなんでも大げさすぎるぜ」

「甘くみるなよ。ゼクエスの帝王は世界を滅ぼす力があると言われているんだ。候補とはいえ侮れんぞ」

 だが、そう言われると余計やる気が出るのがデュオだ。

 

「心配はいらねぇよ。フォーサイズの黒い死神デュオ・サウザー様に安心して任せてくれ」

 自信たっぷりに胸を叩くデュオにミハイルの叱責が飛ぶ。

 

「馬鹿者、ここでその名を出すなと言ってあるだろ。誰が聞いているかわからんのだぞ」

「そういや、管理局のスパイがあんたの信者に紛れこんでいたらしいな」

「ああ、奴らも遊んでばかりではないからな。前からここに目を付けていたようだ。だが、奴らは迂闊には手を出せない。俺は市民の支持を得ているからな」

「その市民の人気者の教祖様の裏の顔が悪党だってんだからな」

 やや呆れ気味にデュオが言う。そのデュオにミハイルはさっさと行けと手で促す。

 

「いいから早く行ってこい」

「へいへい」

 デュオは両腕を頭の後ろにまわして部屋を出た。デュオの姿が見えなくなると、ミハイルは疲れたようにため息をついた。

 

「ったく、気楽な奴だ」

 だが、部下の中では一番使える奴でもある。奴ならゼクエスの帝王候補を捕えることができるだろう。

 

「行動を起こす時も近いようだな」

 すべては野望の成就のために。

 

 

 

 

 

 さくらを少しでも人に慣れさせようとフェイトはいろいろな人間を病室に連れてきた。だが、さくらはフェイト以外とは喋ろうとはしなかった。それどころか、明らかに警戒している目で相手を見る始末でフェイトはフォローするのにも一苦労だった。ヴィータが病室を訪ねてきた時は顔面蒼白になっていた。仕返しに来たと思ったのだ。しかし、ヴィータがその件について不問にすると言うと、目つきの悪い子供だと思っていたさくらは意外に寛大なのに驚いた。さらに、驚いたのは自分と同年代かと思っていたヴィータがフェイトと同世代と知った時だった。

 さて、フェイトにしてもいつまでもさくらに付きっきりというわけにはいかなかった。しかし、さくらの不安げな顔を見ると、とても一人にしておけなかった。 だが、いつまでもというのはさくらのためにもならず、フェイトはこの日ちょうど非番だったエリオとキャロに来てもらうことにした。年が近い二人となら、さくらも少しは気を許せるだろうと思ったからだ。コンコンとドアをノックする音がして、フェイトがどうぞと声をかける。

 

「失礼します」

 入ってきたのはエリオとキャロだ。

 

「ごめんね二人とも。お休みなのに来てもらって」

「いいえ、特にすることもなかったですし。それに僕もキャロもあの娘のことが気になってましたから」

 エリオは見舞いの果物を置いてさくらの様子を伺った。

 

「どう? 調子は」

 さくらは答えずにフェイトの方に目をやった。

 

「この二人は私と一緒に暮らしているエリオとキャロだよ」

「エリオ・モンディアルです」

「キャロ・ル・ルシエです」

 自己紹介されたので、さくらも挨拶することにした。

 

「初めまして、木崎さくらです」

 さくらにはこの二人に助けられた記憶がなかった。だから、初対面の人と思ったのだ。見た目は自分とそんなに年は離れていないようだが、ヴィータの例もある。フェイトに敬語を使っているから、彼女より年下だろうが、自分よりはだいぶ年上かもしれない。観察するように二人を見るさくらに、フェイトはさらに二 人についての紹介をつけくわえた。

 

「さくら、この二人が君を助けてくれたんだよ」

「えっ?」

 さくらはフェイトの方を向き、また二人の方に向きなおした。そういや、ルーシーに撃墜されて落下中に何かに助けられたという記憶がかすかにある。ぼんやりとした記憶だったので夢だったのか現実だったのかわからなかった。現実だったとしたら、この二人は命の恩人となる。

 

「そうだったんですか。すいません、助けていただいたのにお礼も言わなくて」

「いいよ。お礼なんて」

 そんな大層なことじゃないという感じに言うエリオだが、ルーシーから助けてくれたということはかなり危険な目に遭っているはずである。さくらにそれ相応の見返りを要求してもよさそうなものだ。もっとも、子供のさくらに見返りなんて期待できないのもあるだろうが。

 

「どうして、私を助けてくれたんですか?」

 見ず知らずの人間を危険も顧みずに。

 

「どうしてって、そうしたいと思ったからさ」

 極めて簡潔で反論の余地もない答えである。エリオにしてもキャロにしても、さくらに対して何の敵意も見せていない。さくらは彼らにとって敵少なくとも友好的な関係ではなかったはずだ。時空管理局という組織が警察みたいなものだというのはさくらにもわかってきた。しかし、正義感だけによるものではない。さくらには他にも何かが彼らを動かしているように思えた。

 

(優しさか……)

 フェイトもエリオもキャロも、口や目つきは悪いがヴィータもさくらに対して優しかった。さくらは他人にそんな優しさを向けられたことはいなかった。いや、優しくしてくれた人はいた。さくらがそれを受け付けなかったのだ。なぜか。それはさくらが優しさは人を弱くすると思い込んでしまったからだ。母のような強い剣士になりたいと思っているさくらにとって、身内以外の優しさは不必要だった。しかし、ルーシーに負けて自分の強さに懐疑的になった時、フェイト達の優しさは心身ともに傷ついた少女に癒しをもたらすものだった。だが、武道に生きる者にとって敗北して他者から受ける優しさは憐れみであり、それは屈辱以外の何物でもなかった。さくらは迷った。優しさに甘えるか否か。一旦それに甘えてしまったら、二度と武道家として再起できない気もする。とはいえ、左腕が無い以上はどっちにしても再起は不可能であり、だからこそさくらも一度はフェイトの優しさに甘えようとしていた。人見知りのさくらにとっても、フェイトは思い切って甘えられそうな女性であり、フェイトもそれを拒みはしないだろう。だが、普通の小学校5年生の女の子としての通常モードのさくらならフェイトの優しさを受け入れることもできたが、いまの剣士モードのさくらにはどうしても前述した理由で受け入れることができない。剣士としての矜持か、それとも安息か。 弱音も見せた。自分のおかれている状況に対する不満もぶつけた。差し出された手に自分の手を添えるだけで、さくらは孤独という不安や寂しさから解放される。それはとても魅力的なこと。だが……。

 

(やっぱりできない)

 さくらはその手を拒むことにした。一度は極度に弱気になったせいもあって、フェイトにすがろうとしたさくらだったが、冷静さを取り戻すとそれはフェイト達を自分たちの戦いに巻き込むことになると気付いたのだ。さくらはルーシーがむやみに人を殺したりするような人間ではないと思っているが、絶対安全とは言いきれない。考え込むさくらを心配そうに見つめる3人。心底、さくらのことを気遣っているのがわかる。さくらは決めた。関係の無い人を巻き込むべきではないと。

 

「すみませんフェイトさん、お願いがあるんですが」

 もう迷いはなかった。さくらの真剣な表情にフェイトは彼女がなにか重要なことを決意したと悟った。

 

「グラムを私に返してください」

「えっ?」

 フェイトは困惑した。魔剣のブローチを預かっていることを告げた時も、さくらは返却を要求しなかった。それで、てっきりフェイトはさくらが戦う意思を捨 てたとばかり思っていた。前に、さくらがルーシーを許さないって言った時も、戦うまでは言わなかった。

 

「お願いします。フェイトさんたちとは戦わないって約束しますから」

 さくらは懸命に訴えた。自分と一緒にいれば否応無しに巻き込むことになる。まだ、怪我は完治していないが動くことはできる。だが、フェイトは首を横に振った。フェイトはさくらの真剣な表情から、彼女がルーシーと決着をつけるつもりだと見抜いていた。しかし、さくらの現状ではそれは自殺行為に他ならなかった。

 

「それはできないよ。だって、君はルーシーと戦うつもりでしょ?」

「……」

 さくらは返答しなかった。彼女にも勝ち目はないことぐらいわかっている。だが、勝ち負けが問題ではなかった。敗北して重傷を負った直後とはいえ、極端に弱気になって誰かにすがろうとかばかり考えてしまっていた。落ち着きを取り戻すにつれ、それまでの反動がさくらに逃げちゃ駄目だとの意識を植え付けてしまった。ただ、それはルーシーを許せないからではなく、武道家としての意地からだった。真剣の眼差しを向けるさくらだが、フェイトは頑としてさくらの願いを受け付けない。魔剣のブローチはさくらのものだから返すのが筋だが、フェイトには危険物と判断された物を押収する権限が与えられている。カートリッジ無しでも既存のデバイスを大きく上回る攻撃力のバンパイアデバイスは、十分危険物に指定されてもおかしくない。

 

「どうしても返してくれないんですか?それならそれでいいです。グラム無しでも私は戦います」

 さくらはきっぱりと言った。その固い決意にフェイトは困った顔になった。エリオとキャロも同様で互いの顔を見合わせている。武器も無しにルーシーの前に出たら殺してくれと言っているようなものだ。さくらを強制的に管理局に連行することもできたが、フェイトはできるならさくらを説得して任意で同行させるようにしたかった。管理局に対して協力的ならさくらに対する処分も緩和されるからだ。また、さくらを管理局で保護すれば、いくら最強の魔導師と言えども容易にさくらを襲うことはできないだろうという計算もあった。

 

「デバイスも持たずにどうするの?いま戦っても勝てないことぐらい君にもわかるはずだよ」

「わかってます。もう、私は彼女には勝つことができない。こんな体だし、それに……」

 途中まで言いかけて、さくらは言葉を切った。たとえ五体満足だったとしても、相手に対する恐怖心が先に立ってしまって無意識に逃げ腰になってしまうだろうなんて言いたくなかったからだ。かといって、逃げ回るにしても逃げおおせる保証はなく、無関係な人たちを巻き込んでしまう恐れもある。フェイトはさくらを守ると言っている。その言葉に嘘はないとさくらは確信している。他人にそこまで親身になれる人は初めてだった。だからこそ、そんな優しい人たちを自分のために危険な目に遭わせたくなかった。

 

「……すみません。フェイトさんの言うとおりですね。我儘言ってごめんなさい」

「さくら?」

 急にさくらの態度が変わったことにフェイトは訝しんだ。

 

「グラムはそちらにお預けします。私もおとなしくしています」

 そうしてくれるとフェイトにしても助かる。だが、フェイトは引っかかるものを感じていた。

 

「本当にそれでいいんだね?」

 フェイトの念押しにさくらはコクッと頷いた。

 

「すみません。ちょっと疲れました。しばらく一人にしてくれますか?エリオさんとキャロさんも今日はどうもありがとうございました」

 そう礼を言って頭を下げると、さくらはベッドに横になった。それは早く出て行ってくれとの意思表示に思えた。それがふてくされてのことだったらいいが、フェイトはさくらが案外早く諦めたことに不安を抱いた。さくらがこのまま大人しくしているとはどうしても思えないのだ。だが、この病室は前のとは違って病棟の真ん中ぐらいにあるため窓が無く、入口も当然一つしかないためその入口さえ見張っていれば脱出は不可能に近い。とりあえず、外に出て様子を見ることに した。

 

「エリオ、キャロ」

 フェイトに声をかけられてエリオとキャロも外に出ることにした。キャロは心配そうにさくらを見ていたが、エリオに促されて後に続いた。誰もいなくなったのを確認すると、さくらは換気口に目を向けた。

 

「なんとか、あそこに届かないかな」

 さくらは台になりそうな物を探したが、小柄なさくらを天井まで上げてくれそうな物はなかった。それに下手に動かして音を立ててしまえばフェイト達に気付かれてしまう恐れがあった。さくらは時計を見た。そろそろ、昼食の時間だ。

 

「やっぱり、あの手しかないか」

 所詮、人は一人では生きてはいけない。さくらは他人の力を借りることにした。少しして、看護師が昼食を運んできた。その看護師に声をかける。

 

「すみません」

「ん、なに?」

 振り向いた看護師はさくらと目があった。そして、何も言わずに換気口の下に立った。

 

「ギリギリいけるかな」

 さくらは看護師の肩の上にあがって、天井に手を伸ばした。換気口の蓋を外して音をたてないようにベッドの上にそっと投げた。蓋が布団の上に落ちたのを確認すると、さくらは看護師の肩の上からジャンプした。

 

「えいっ」

 換気口の中に入ったさくらは天井から病室のドアに目を向けた。ドアの向こう側には多分フェイト達がいるはずだ。彼女たちを欺いて脱走することに後ろめたい気持ちはある。

 

「さようなら、優しい人たち」

 顔も合わせず一方的に別れの言葉を告げたさくらは、ふとある事に気づいて顔を緩ませた。

 

「そっか、私って人と話せるんだ」

 他人といや身内とさえ自分の思いをぶつけて話したことはなかった。他人に対し積極的にアプローチできる剣道の稽古や試合の時もこれといって会話することは皆無だった。いまのさくらは、ルーシーと出会って以来ほとんど自意識を剣道している時の剣士タイプにしているので、他人に対する控えめな気分が少なくなっていた。普段の剣士タイプのさくらは、相手を倒すための攻撃性や冷酷性が表面に出ていたが、それが長時間続いたことで普段の生活をしている時の通常タイプの時の穏やかさがプラスされて、いつしか二つの性格がミックスされた形の第3の性格が形成されていたのだ。

 そのさくらが予想したとおり、病室の外の廊下ではエリオとキャロが交代で見張っていた。仕事で本局に戻らなければならないフェイトに頼まれたのだ。病室から出てきた看護師にエリオは何か変わったことはないか尋ねた。

 

「いいえ、特に何もありませんでしたよ」

 看護師はそう答えて去って行った。嘘をついている様子もなかったので、エリオは病室の中を確認しなかった。それから、少ししてキャロが袋をぶら下げて戻ってきた。

 

「あれ、もう交代の時間?」

「ううん、お昼を3人で食べようと思って売店で買ってきたの」

 と笑顔で言うキャロにエリオも頬を緩ませた。レフェントイシェルの草原で救出して以来、キャロはずっとさくらを気にかけていたのだ。かくいうエリオも気にならないこともない。というわけでドアをノック。反応なし。再度ノック。やはり反応なし。さすがに不審に思ったエリオがドアを開けると、そこには誰もいなかった。

 

「いない、なんで?」

「エリオくん、あそこ!」

 キャロが天井の換気口を指差す。状況から判断するにあそこから脱走したのは明らかだ。しかし、先ほど部屋に入った看護師は何も異常はないと言っていた。

 

「とにかく探すんだ。僕は換気口の中を捜すから、キャロはフェイトさんに連絡してから外を探して」

「うん、わかった」

 エリオが換気口の中に入って行くのを見届けると、キャロはフェイトに連絡をした。

 

「こちら、フェイト。どうしたのキャロ?」

「すみません、フェイトさん。あの娘に逃げられました」

 キャロの報告にフェイトは耳を疑った。しかし、詳細を聞くにつれフェイトは自分がミスを犯したことに気付いた。エリオとキャロにさくらが人の心を操る能力を持っているかもしれないことを伝えてなかったのだ。

 

「ごめん、すぐに戻るからそれまでがんばって」

「はい」

 通信が切れると、フェイトは車をUターンさせて病院に急行した。手遅れにならないことを祈りながら。一方、さくらは換気口から出て他の者に見つからないように注意しながら病院の外に出た。だが、出たまではよかったが、その後どこに行けばいいかわからなかった。なにしろ、文字通り右も左もわからないからだ。

 

「とにかく、ここから離れないと」

 さくらはタクシーを探した。病院なのだから、患者や見舞いの人を送迎するタクシーやバスみたいなものがあるはずだ。だが、皆出払っているのか一台も見つ からなかった。ぐずぐずしていると、自分が病室を抜け出したことが露見してしまう。いや、すでにバレているかもしれない。

 

「とりあえず病院の外に出よう」

 外に出れば車の一台や二台は走っているはずだ。病院の服のまま外に出るのはちょっと抵抗があるがしょうがない。そこに、背後から声がかけられた。

 

「待って!」

 振り返ると病院の玄関にキャロが立っていた。思っていたよりも早く見つかったことにさくらは内心舌打ちしたが、キャロはあまり運動が得意そうに見えないから振り切って逃げることも可能かもしれない。が、キャロも魔導師なので油断はできない。

 

「どうして?おとなしくするって言ったじゃない」

「あれは嘘です。すみません。でも、私は行かなければなりません。これは私たちの問題です」

 だから他人は口も手も出すな。さくらはそう言っているのだが、キャロはもちろんそれで引き下がりはしない。

 

「駄目だよ。絶対に駄目。だって、あなた死ぬつもりなんでしょ?そんなのは絶対に駄目!」

「心配しないでください。私だって死ぬのは嫌ですから。ただ、決着をつけに行くだけです」

 その結果がどうなるか考えるまでもない。それでも、さくらは行く気でいた。優しい人たちを自分のために巻き添えになるのを防ぐために。

 

「皆さんには感謝しています。フェイトさんに伝えてください。ありがとう、そしてさようならと」

 そう言って、さくらはキャロに背を向けた。キャロは追いかけようとしたが、

 

「来ないで!」

 さくらに一喝されてビクッとなって止まった。

 

「あなたとエリオさんには術を使いたくないんです。だから、動かないでください」

 二人はさくらにとって命の恩人だ。だから、二人の心を侵すということはしたくなかった。

 

「ごめんなさい」

 そう言い残して走り去るさくらを、キャロはただ眺めることしかできなかった。




フェイトさんリベンジ達成です。これで第一部完とします。
次回【虜囚の少女】
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