ハイスクール ファンタジア ~幻想学園高校~   作:萃夢想天

10 / 14



どうも皆様、久方ぶりの萃夢想天です。

最近は他のSS作品の投稿が順調だったので、こちらのことをすっかり
忘れてしまっていました。ブレイブルーが面白すぎたんや…………。

また、今回は少し短めになっておりますので、ご了承ください。


それでは、どうぞ!





HR10「廻りだした運命の歯車」

 

 

 

 

 

 

 

人生ってのは、いつもいつも思いがけないところで『転機』というイベントが訪れる。

 

それはいつだって偶然であり、いつだって必然である。

それはいつだって突然であり、いつだって当然である。

 

良くも悪くも、長いようで短い人生に無差別に訪れるソレは、こちらの都合なんざ

お構いなしと言いたげにやってきて、運命という質の悪い言い訳と共に後の人生を変えていく。

 

そしてその『転機』は最悪なことに、全人類誰しも平等に訪れる。

 

 

今回の出来事は、おそらく俺にとって最初の『転機』だったのだと、後になって思った。

 

 

この新天地に転校してきて、一番最初に廻りだした、運命の歯車のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

状況を整理しよう。こういう時は落ち着くのが一番大事なんだ。

まず、今しがた俺の目の前で起こった、事の一部始終を思い出してみよう。

 

高校二年で転校してきた俺にとって最初のイベントである、今回の遠足が終わりを迎えた頃、

奇しくも同じ班になりやがったブルジョワンヌこと、レミリアと専属メイドの咲夜ってのが

一緒になって班の中から抜けて帰りだした。無論、遠足先である小高い山から下りる途中だから、

完全にイベントが終了したわけではないから、自分勝手に帰宅するなど以ての外のはずである。

しかし、あの貴族様は俺を班長にすることで、降りかかる責任を俺へと一手に押し付けたのだ。

これで何かがあっても、責任は班長になった俺にあるということになる、完璧な策略だった。

 

だが、問題はこの後に起きた。

 

抜け出した二人を連れ戻そうと後を追った俺だが、意外にも二人を中々見つけることができず、

元々土地勘のない俺は諦めようとさえしていて、流れる小川のそばで周囲を眺めていたその時。

俺はついに二人を発見することができた。場所は俺がいた場所からちょうど反対側の土手、

つまりは対岸の小道だったわけで、俺はすぐにそこへ向かおうとした。でも、遅かった。

 

覆面を被った男二人が、レミリアと咲夜を捕らえてワゴン車に押し込んで消えたのだ。

分かりやすく言えば、俺がこの両目でしかと見てしまったのは、誘拐の現場だったってわけ。

 

 

「…………お、落ち着け。落ち着くんだ、落ち着いて素数を数えろ」

 

 

二分くらい前の出来事を的確に思い出した俺は、事の重大さに今更怖気づき始める。

でもこんな時だからこそ、冷静でなきゃならない。だからまずは冷静に素数を数えて落ち着こう。

 

 

「1、3、5、7、11、13、17、19………次なんだっけ?」

 

 

落ち着くために数を数えようとした俺だが、数を数えるために落ち着く必要があると考え直す。

ってそれじゃ堂々巡りで本末転倒だろうが。クソ、意味分からんことしたせいで時間無駄にした。

とにかく、今自分が何をすべきなのかをもう一度よく考えよう。

 

対岸で行われたのは、どっからどう見ても誘拐現場にしか見えなかった。うん、アレは誘拐だ。

なら善良な一市民として、犯罪行為を黙認していいものだろうか。いや、答えは否だろう。

となれば、俺が今とるべき行動と言うのは、やはり限られている。

 

 

「__________警察に連絡するか?」

 

 

警察とは、ダイヤルの番号ボタンを110と押すだけで、簡単に呼び出せちゃう国家権力の方々。

国民が常日頃から支払っている血税を対価とし、平和と安寧を享受できるように恩赦分を尽くす。

青い制服に身を包んだ、優しいて強い、みんなのヒーロー。通称、ザ・ポリスメン。

早い話が、『専門的な事態は専門家に任せておけばよい』ってことだよな。

 

流石に俺みたいな、何の力もない平凡な一高校生がどうにか出来る案件だとは思ってないし、

自分一人の力でか弱い女の子二人を、屈強な男二人から救い出せると自惚れるほどバカでもない。

こういうヤバそうな事には関わらない方が身のためだ。どう考えてもそういう結論に至る。

 

 

「よし、だったら早速警察に___________ん?」

 

 

なるべく早いに越したことはないと思い、俺はすぐにスマホへと手を掛けたのだが、

ジャージのズボンから対岸の現場へと視線を戻した時に、ある事に気が付いた。

 

 

「何か落ちてる」

 

 

さほど川幅が広いわけではないここからだと、向こう岸の土手に物が落ちててもまず気づかない。

なら何故俺がソレに気付けたのかと言うと、答えは簡単。ソレが風に乗って宙を舞っていたから。

 

つまりアレは、紙か何かだ。

 

もしかしたら、あの誘拐犯たちにつながる大事な証拠かもしれない。

思考がそこへ行きついた途端、俺は駆け出した。アレが本当に証拠品だとしたら、大手柄だ!

 

 

「うおっとと、危なっ!」

 

 

急いで対岸へ渡る橋へと向かい、今にも川面に舞い落ちそうになっていた紙らしきものをすんでの

ところでナイスキャッチすることに成功。そのせいで若干クシャッとなったが、結果オーライだ。

安全に読める場所まで持っていき、周囲に誰もいないことを確認してから中身を確認する。

 

ところが、その紙に書かれていたのは、日本語ではない外国の文字だった。

最初は英語かとも思ったけど、これは微妙に違う。AtoZではない別の記号のような文字列が

ビッシリと書き込まれている。今まで見たことがない文字だけど、いったいどこの国の文字だ?

 

手がかりかと思って苦労したけど無駄足だった、と嘆息をもらしかけた瞬間、スマホが鳴った。

 

 

「誰だよ、こんなクソ忙しい時に…………卓村?」

 

 

スマホ独特のバイブレーションとメロディが、俺に通話許可を求める相手を明るく映し出す。

その名前を見た直後、イラつきがふっと治まり、代わりに冴え渡った頭脳が俺に策をもたらした。

 

 

「オイ卓村、急にどうした?」

 

『お、遼太郎殿、それから御二方は見つかったでござるか?』

 

「いや………実はちょっと面倒なことになってるみたいでよ、頼みたいことがあるんだわ」

 

『ブヒ? 頼みたいこと、とは?』

 

「今から画像を送るから、出来たらでいい。画像に書かれてる言葉を翻訳してほしい」

 

『画像? 翻訳? 話が見えないでござるが………』

 

「頼む! お前だけが頼りなんだよ!」

 

 

少々早口かつ強張った口調になってしまったが、そんなことに気を使えるほどの余裕は無い。

状況が状況なだけに、今は何よりも早さが必要だ。この謎の文章の答えを探る、速さが。

 

そのために卓村の了承の言葉も聞かぬまま、通話を切ってカメラを起動。写真を送った。

キチンと文章の全部が収まるように撮ったし、何も問題が無いはずだ。あとは信じよう。

 

謎の言語文章の写真を送信してから数分、俺は小川のせせらぎに耳を澄ませて待っていた。

特に俺がどうこうできることもなく、解読を待つ時間はただ動かず待っていることにした

からだったんだけど、意外にもこうして川の流れを見つめると、落ち着きを取り戻せた。

そしてそこからさらに数分が経過した頃、再びスマホに卓村の名前が浮かんだ。

 

 

「卓村! どうだ、出来たか⁉」

 

『遼太郎殿、まずは落ち着くでござる』

 

「あ、ああ、分かった。よし、ばっちこい」

 

『何か違う気がするでござるが…………解読そのものは、出来申した』

 

「おお!」

 

 

待ちきれなくなった俺は、電話越しに詰め寄るという高度なテクニックを披露したのだが、

それは電話口の向こう側にいる卓村に押さえつけられた。いくら何でも慌てすぎだったな。

ひとまず冷静になった(つもり)で、スマホ画面に耳を押し付けて、解読成功の報告を

受けた俺は付近に誰もいないのをいいことに、割と大きな声で反応してしまう。

でも、本題はここからだった。

 

 

『ですから、大体の事情は拙者にも理解できたでござる』

 

「………やっぱりそれには、誘拐犯たちのことが書かれてたんだな」

 

『誘拐、でござるか。確かにこれは誘拐と言えなくもないでござるが』

 

「は?」

 

『…………ハッキリ申しますぞ。遼太郎殿、この件からは御手を引かれよ』

 

「何言ってんだお前‼」

 

 

いきなり雰囲気の変わった卓村の言葉を聞き、俺は条件反射のように叫んでしまった。

だって、いきなり「手を引け」って言われて、ハイそうですかと引き下がれるような

事態じゃないはずだ。それに、あの文章を解読できたんなら、奴だってそれくらいは

理解できてるはずなのに、どうしてそんなことを言うのか。俺には理解できなかった。

 

それを見越してか、卓村の言葉は続いた。

 

 

『遼太郎殿から送られた画像に書かれていた文字、アレはドイツ語でござった』

 

「ドイツ語? それが何だよ」

 

『レミリア様と咲夜嬢の出身がどちらか、覚えておられますか?』

 

「は? いきなり何の話をして___________あ」

 

『ご理解いただけたようですな。今回の件、御家の事情が絡んでいるようでござる』

 

 

いつもの剽軽な態度は鳴りを潜め、重たげな説得力のある声色で語る卓村に俺は、

電話越しとはいえ、かなり怖気づかされた。それだけ、アイツが本気なのが分かった。

家の事情、つまりスカーレット家だかの複雑な事情が関係しているんだろう。

でも、だからってあの二人が誘拐されたってのに、何もするなってのは妙な話だ。

普通ならそこは、「警察に任せよう」とか、他人の助力を仰ぐように言うべきだろうに、

どうして「手を引け」なんだ。まるで、アイツら以外が関わったらダメみたいな言い方

しやがって。

 

あの二人以外が関わったら、ダメ?

 

 

「……………オイ、卓村」

 

『何でござるか?』

 

「あの紙に書かれてたこと、全部教えてくれ」

 

『遼太郎殿、拙者は関わらぬ方がよいと』

 

「分かってるよそんなことは‼」

 

『りょ、遼太郎殿……?』

「分かってんだよ、そんな事…………でも、見て見ぬふりはできねぇ」

 

卓村の言葉から、一つの可能性を思い浮かべた俺は、奴に事の全てを話すように頼んだ。

もちろん、彼が言うように関わらない方が得策だというのは正しい。それが普通だよ。

俺だって、今までなら見て見ぬふりをしてたさ。自分とは住む世界が違う奴らのことなんか、

関係ないことだからって言い訳をして、逃げてただろうさ。だから、今はもう逃げたくない。

 

自分自身が驚くほどに、俺は、それまでの俺でいることを、認めたくないようだ。

 

決意を込めて呟いた言葉を聞き、卓村は数秒間無言に陥り、しばらく互いの呼吸音のみが

回線越しに耳に届けられていたが、わざとらしい咳払いが響いた直後、彼が口を開いた。

 

 

『そこまで仰られるなら、拙者は止めぬでござる』

 

「サンキュー、助かるぜ」

 

『礼には及ばんでござるよ。流石は遼太郎殿、相手が誰でも動けるのでござるな』

 

「何だよそれ」

 

『あれだけ毛嫌いしていた上流階級の彼女らのために、そこまで言い切れるとは』

 

「う、うるせーよ。別に大した意味なんかねーからな!」

 

『そういうことにしとくでござるよ。では、すべてをお話ししましょうぞ』

 

 

そこから、卓村によって、事の顛末の全てが語りつくされた。

 

 

そして俺は、解読の功労者である卓村に一言礼を述べ、全力で駆けだしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ここか」

 

 

謎の言語、もといドイツ語で書かれた"指令書"の内容を知った俺は、紙を拾った犯行現場

から走って30分ほどの場所にあった、街外れで今は使われてない大きな廃倉庫に来ていた。

 

なるほど、確かに昼間だってのにほとんど人通りのないここなら、誘拐犯が人質と一緒に

立てこもっててもバレることはまずないだろうし、うってつけの場所過ぎるわな。

走り続けて全身に血が巡った俺は、荒くなった息を整えるためにそんな考えに耽っていた。

しばらく廃倉庫の全体を見回し、どれだけの大きさなのかの大体の見当を付けて、見張りが

いないのを念入りに確認してから、少し壊れて人一人分の穴が開いている壁から侵入する。

 

 

「よっ、と」

 

 

なるべく音を立てないように、足の裏を数センチだけ地面から話して丁寧に足を入れ替える

という歩き方を実践する。これは俺が爺さんにみっちりしごかれた時、嫌になって抜け出す

ためだけに考案し、改良を重ねた歩き方だ。ヘマしない限りは、バレることはまずない。

 

そのままゆっくりと中に入り、周囲を警戒しつつ、二人がどこにいるかを探し始める。

ここは大きな搬入口と倉庫が一体になっているタイプではなく、保管庫とはまた別の用途で

使用する小部屋がいくつかある、割と事務的なタイプの倉庫だったらしい。

そのおかげで、あの二人を探すのが面倒この上ない。見た感じ、少なくとも十部屋以上ある

中から探し出さなければならない。そしてそこから、助け出さなくてはならない。

 

 

__________ただし、助けるのはあの咲夜ってメイドだけだ。

 

 

「………いた」

 

 

廃倉庫内へ侵入してから五分ほどで、目的の人物を発見することができた。運がいいぜ。

しかも、卓村の話を聞いて予想していた通りに、見張りが一人もいない(・・・・・・・・・・)

 

普通なら誘拐した相手を人質にして、人質の家族やらと交渉するための取引材料にする。

だからこそ犯人は、せっかく捕らえた相手をみすみす逃すことだけは、避けなければならない。

もし逃がしてしまったら、取引が成立しない。あまつさえ、警察に捕まる原因になるだろう。

 

でも、今回はそうなっていない。そして俺は、その理由を察していた。

 

だから俺は音を立てない歩き方で部屋に近付き、まず最初にドアと壁の隙間を覗いてみて、

鍵がかけられていないかどうかを確認し、施錠されていないと確かめてゆっくりと扉を開ける。

 

 

「________んんッ⁉」

 

 

その先、つまり部屋の中でパイプ椅子に縄やらガムテープやらで拘束されていた人物、

ブルジョワンヌのメイドさんの十六夜 咲夜が、俺の顔を見るなり驚いて声を上げようとした。

いくらガムテープで口がきけないからって言っても、意外と音の反響はある。黙らせよう。

 

 

「しっ! 騒ぐな……今助けてやるから、大人しくしてろよ」

 

「…………………ん」

 

 

人差し指を口に当てるという、定番中の定番のジェスチャーで彼女を黙らせ、まず落ち着かせる。

誘拐されて拘束されたら、今日の遠足での班長が現れたんだから、正直驚いていいとは思うけど、

流石に状況が状況だから静かにしてもらいたい。そう思っていたが、やはり上流階級の貴族様の

付き人やってるだけはあるというか、状況判断が聡い。しばしの沈黙の後、首を縦に振った。

 

まずは手足を拘束している縄を解こうとしたけど、固結びになっているために中々困難を極める。

何か切れるものがあればいいと思ったには思ったが、見張りが来ないという確証なんか無いから、

すぐにこの場を離れる必要があったので、初心に返って丁寧に縄を解こうと務め、功を奏した。

両手足の拘束を解いた俺は、ガムテープを無理やり引っぺがそうとする彼女を見て冷や汗を流し、

慌ててそれを止めさせるために彼女の手を掴んだ。面食らう彼女に、俺は小声のまま怒鳴った。

 

 

「よせ、ガムテープは素早く剥がすと音が鳴る。多少痛くても、ゆっくり剥がせ」

 

「……………ん、んん」

 

 

俺の言ったことを理解してくれたようで、彼女は眉根を下げて痛みに耐えつつ、時間を掛けて

少しずつ剥がしていき、十秒ほどかけて口を封じていた憎きソレを無事取り払うことに成功する。

その後、小さく息を吐いた彼女の口を、隠されていた形のいい唇を見た俺はドキッとしながら、

何も見なかったふりをして、部屋の外に聞き耳を立てた。

 

俺の行動の真意を理解できないのか、「何してんだコイツ」みたいな視線をぶつけてくる。

そんな目で見られるのは心外だけど、大声で怒鳴ることもできないし、これ以上は留まれない。

とにかく今は自分たちの無事を確保することが最優先だ。そう考え、周囲に気を配る。

 

 

「今なら誰もいないわよ」

 

「………何故そう言いきれる?」

 

「主人を守るために鍛えられた私は、貴方みたいな素人とは違うの」

 

そう思っていたら、既に安全が確保されていると知っていた彼女が大口を叩いてきた。

クソ、随分なこと言ってくれるじゃねぇか。その素人の凡人に助けられたのはどこの誰だよ。

苦労もしたし怖いのも我慢していた俺の我慢は、平常時より脆く壊れやすくなっていた。

 

 

「ああそうかい。なら、その素人に___________いや、何でもない」

 

 

その素人に『助けられたアンタは、いったい何なんだ』、その先を言おうとして取り消す。

別に言ってしまってもよかった。むしろ、バカにされたから言い返しても当然だろうと思う。

でも、それを言ってしまったら俺は、今までの俺となんら変わっちゃいないってことになる。

変わりたい、認めたくない。そう思ってここまで来たのに、そこで言っちまったら意味が無い。

彼女との口論(未満)によって冷静さを取り戻せた俺は、開けた扉から顔を出して左右を警戒

しながら、誰もいないことを確認して彼女との会話を再開させる。

 

 

「………なに? 言いたいことがあるなら言いなさい」

 

「止めとく。こんなことしてる場合じゃないんだ」

 

「ッ……………それもそうね」

 

 

俺の返事に驚いたような顔を見せた彼女は、すぐにまた気難しそうな表情を上から被せた。

なんだかんだ言っても、俺はこの人が普段の冷徹な状態以外の顔を知らない。それも当然だ。

普段はあのブルジョワンヌ様につきっきりで、他の人となんか関わろうとすらしないんだから。

 

だから、そんな人の素直に驚いた顔が見れただけで、充分収穫になったろう。

 

自分でも訳が分からないままに落とし所を見つけた俺は、ひとまず安全だということの確証を

得たことで、張りつめていた緊張の糸を解きほぐし、改めて彼女へと向き直って話を始める。

 

 

「確か、十六夜 咲夜っていったよな、アンタ」

 

「ええ、それが?」

 

「んなら、十六夜さんでいいか?」

 

「……咲夜でいいわよ。それで、貴方は何故ここにいるの?」

 

「ソレは別にどうでもいい。俺がここにいることは、ほとんど偶然みたいなもんだしな。

けど、本当に問題なのは咲夜さんの言ってるお嬢様。アイツの事の方が重大なんだよ」

 

「そうよ、お嬢様! ねぇ、お嬢様を見なかった⁉ ここにいるんでしょう⁉」

 

「まずは落ち着け。咲夜さんが冷静にならなきゃ意味が無い」

 

「私は冷静よ‼」

 

「誘拐犯がいるかもしれん場所で叫ぶ奴が冷静か?」

 

「ッ!」

 

 

俺は緊張を少しばかり解いているが、向こうはそうでもない。むしろ、冷静さを欠いている。

このままだと危険だと思った俺は、多少皮肉を交えた口調で無理やり彼女を黙らせた。

咲夜さんも俺の言葉で自分が冷静でないことを自覚できたのか、悔しそうに顔を歪ませながら

ジャージの裾をきつく握りしめ、無理やり平静になるようにしている。でも効果は無さそうだ。

 

ひとまず彼女が落ち着くのを待ってから話そうと決め、そこからしばらく時間をつぶした。

 

ようやく怒りが治まったのか、俺の方をさっきより二段階ほど鋭い視線で睨みつけるように

しながらも、どうにか話を聞くスタンスだけは取れるほどには平常心が回復していた。

ふぅ、と軽く息を吐いてから、俺は時間が無いから手短にと前置きを語って、言葉を紡いだ。

 

 

「多分、ここにはあのお嬢様も捕まってる。いや、ほとんど間違いないと言っていい」

 

「根拠は?」

 

「今回の件について、俺は詳細を知った。いや、知ってしまったと言うべきだな」

 

「どういうこと?」

 

「………話すのはダメだと俺は思うんだが、咲夜さんは聞かなきゃ治まらないよな」

 

「当たり前よ。で、何を知ってるの? まさか、コレは貴方が仕組んだとか」

 

「無茶言うなよ。あのお嬢様ならまだしも、俺みたいな平民がそこまで出来るか」

 

「………それもそうね」

 

 

小声のままに怒号を発するという変な特技を覚えてしまった俺は、話を一旦そこで区切り、

また部屋の外を覗いて誰も来ていないことを再確認し、脱線してしまった話を元に戻す。

 

 

「とにかく、俺が知っちまったことを全部アンタに話す。それでいいな?」

 

「ええ、早くして」

 

「でも、条件がある」

 

「…………何?」

 

 

話を語ろうとする前に、俺があらかじめつけようとしていた条件の話になった途端に、

彼女の視線が警戒から明らかな敵意に変わった。おお、こりゃアリスさん以上だな。

なんて感心してる場合じゃねぇ、刺殺される前に誤解だってことを伝えとかないと。

 

 

「大したことじゃない。あのお嬢様の救出に、俺も連れてけってのが条件だ」

 

「………なんですって?」

 

「言葉通りの意味だが?」

 

「何のつもり?」

 

「それはこれから話す大事な話と関係してくる。で、条件呑むのか?」

 

「……………なら、私からも一ついいかしら?」

 

「なんだよ」

 

「お嬢様に何かしようと企んでいるのであれば、私が許さない」

 

「しねぇよ。どんな人間だと思われてんだよ、俺」

 

 

いかにも「怒ってる」って分かる表情を見せる彼女に、俺は特に突っかかろうとせず

しれっとあしらうようにして潜り抜ける。すると拍子抜けしたのか、彼女が声を漏らす。

 

 

「えっ……」

 

「何だよ、俺が何かするために危険を冒してまで突っ込む、物好きにでも見えるのか?」

 

「え、いや、そういうわけじゃ、ないけど」

 

「だったらなんだ?」

 

「…………どうして、そこまでするの?」

 

「ん?」

 

「何故貴方は、お嬢様のためにそこまでしようと言うの?」

 

 

本当に今日は大収穫だ。普段は鉄仮面みたく表情を変えない咲夜さんが、七面鳥の如く

コロコロと次々に表情を変えていく。滑稽ってわけじゃないが、珍しいものが見れた気分だ。

少し得した気分でいると、唐突に彼女から質問を投げかけられた。

お嬢様のために、ねぇ。確かにあのブルジョワンヌ様のためにと考えると、やる気が出ない。

自分は庶民とは違う、自分は貴族で特別だ、そう言いたげな態度で教室に居座るあのチビを

見てると、本気で腹が立ってくる。この一週間過ごしただけで、俺はアイツが嫌いになった。

 

とことん平凡な俺を小馬鹿にしているようで(実際は歯牙にもかけられてないと思うけど)、

一言でいえばいけ好かない。あの貴族様がどこでどうなろうと、文字通り住む世界が違うから

関係ないと言えばそれまでだろう。でも、しつこいようだが、俺はそうやって逃げたくない。

 

なんて、彼女に言っても分かりはしないだろう。

 

だから俺は、簡潔に、それでいて本心を偽らないよう、真剣な顔つきで答えた。

 

 

「あのお嬢様のためなんかじゃない___________君のためだ」

 

「えっ……?」

 

 

ドイツの名門貴族のご当主だか何だか知らねぇが、他人を何とも思わないような捻くれた

性格のドチビのために動いてやれるほど、俺はお人好しでも聖人君子でもない。

けど、卓村から今回の件の一切合切を聞いた今の俺は、咲夜さんのためになら動いてやれる。

 

少なくとも俺は、この事実を知って、彼女のことしか考えていない。

 

やましい気持でもなく、ただ純粋に、心配する気持ちだけで。

 

 

「今回の誘拐紛いの一件、コレは全て仕組まれたものだった。あのお嬢様によってな」

 

「なっ! そ、そんな訳が」

 

「ないと言い切れるのか?」

 

「で、でも、それは………」

 

「まずは俺の話を落ち着いて聞いてくれ」

 

「…………分かったわ」

 

 

熱くなり始めた彼女をなだめつつ、自分もつられてヒートアップしないように心がける。

第三者である俺が冷静さを失ってしまったら、それこそ本末転倒どころか絶体絶命だ。

自分にそう言い聞かせ続け、渇いてきた唇を少し舐めて潤いを与え、話を再開させた。

 

 

「事の始まりは、今日この日、俺たち幻想学園高校二年の生徒が全員そろって、校外へ

遠足のために出払うという事が決定したところからだ。いくら教師が目を光らせても、

二学年の生徒は総勢200名もいるわけだし、どこかで漏れ出ても気付かれないこともある。

現にアンタら二人だって、教師に見つかることなく途中離脱に成功してただろ?」

 

「え、ええ」

 

「そこであのお嬢様は、"計画"を実行するには今日この日をおいて他にないと確信した。

誰にも見つかることなく、自身を誘拐させることができる、唯一無二の絶好のチャンスだと」

 

「どうしてお嬢様が⁉」

 

「………ここから先は、あの誘拐犯の真似事をしたドイツ人のオッサン方が落としていった、

今日の計画の一切が記された指令書を見て推測したことだ。ほぼ間違いないが、いいか?」

 

「…………続けて」

 

「分かった。あの紙には、小難しいことがいっぱい書かれていたが、要約するとこうなった。

『今日の午後2時半過ぎに、孤立したところを確保しろ』、『指定の時間になっても彼女らが

孤立していなかった場合は、当日の夜に欠航を延期する』、『期限は確保後から丸一日』」

「……………………」

 

「肝心なのはこの後、『当主専属メイドが確保できなかった場合、計画を最終段階へ移行』

そして、『当主専属メイドが確保されてしまった場合、その時点で不合格とみなす』」

 

「ふ、不合格? どういうことよ!」

 

「つまり、今回の誘拐事件は、咲夜さんがあのお嬢様のメイドとして相応しいかどうかを

試すための試験みたいなものだったんだよ。随分大掛かりで、はた迷惑極まりない試験だぜ」

 

「試験………? 私を、試す?」

 

「ああ」

 

 

一気に話したことで理解が追い付いていないのか、それとも、あまりにショックが大きくて、

まともに思考ができていないかのどちらか。今の咲夜さんは、そんな風に見えてしまう。

目を見開いて、顔色を元の色白さを通り越して蒼褪めたものに変え、呼吸を乱している。

そんな彼女を追い詰めたくないと思っても、彼女が全てを話すことを望んだ以上は話す。

そう決めていた俺は、なるべく彼女がこれ以上傷つかないよう言葉を選んで話を続けた。

 

 

「少し前にスカーレット家から、咲夜さんがちゃんと主人であるあのお嬢様のことを守れて

いるかどうかの実態調査をするようにと言われてたらしい。そこで思いついちまったのが、

自分を誘拐させてそれを独力で救い出すことで実力を示す、要はマッチポンプ大作戦だな」

 

「……そん、な」

 

「ところが、あの貴族様が想像しているよりも、ずっと大きく事が動いてしまったらしい。

わざわざ本家が買収した男たちを、誘拐犯として日本へ派遣したんだからな」

 

「えっ⁉」

 

「指令書に書かれてたんだ。計画がどちらに転んでも、10000ユーロ支払うってな」

 

「い、一万ユーロって、日本円で122万円………‼」

 

「ああ。とんでもねぇ額だよな、流石はドイツの名門。発想のスケールが違うぜ。

娘の付き人の実力証明のためにそこまでするとは、末恐ろしい大富豪様だよ」

 

本当に、とんでもない連中だ。俺も卓村から聞いた時はマジでビビったからな。

動いた金額に動じている咲夜さんを見て、俺はこれから口にする言葉の重さを実感しつつ、

それでも傷つけないことを最優先に言葉を紡いだ。

 

 

「それで、ここからが本題だ。いいか、このままだと咲夜さんは実力が証明されずに、

ドイツの本家から実力不充分とみなされて強制送還させられるハメになる。

そうなるとあのお嬢様の付き人には、別のヤツが送られるか、アイツも帰るかの二択だ」

 

「どうすれば………私は、私は!」

 

「だから、落ち着けって。今からでもまだ遅くない。一緒にお嬢様を助けようぜ」

 

「………貴方、それがさっき言っていた条件の」

「そうだ」

 

「でもなんで? どうしてそこまで、わ、私のためにしてくれるの?」

 

「どうして、ね。そんなの俺が聞きてぇよ」

 

「え……?」

 

 

またしても目が見開かれ、視線が俺を一転に見つめる。しかしこうも美少女が驚愕の

表情であっても見つめ続けてくると、変な誤解をしそうになる。ってイカンイカン。

今はそういうことを考えてる場合じゃない。落ち着け、落ち着いて話せ。

 

まだ混乱しているであろう彼女に、俺は気恥ずかしさを誤魔化すように強く語った。

 

 

「ただ、俺が今回のことを知れたのは、卓村が協力してくれたからってのが大きい。

アイツから話を聞く時にさ、ちょうど上白沢先生に見つかって、誤魔化したんだよ」

 

「…………………」

 

「まだ通話中だったから、その時の会話が丸聞こえでな。良く通る声で先生言ってたよ」

 

 

『アイツらはまだ子供なのに、子供っぽいことを何一つしていないじゃないか。

大人の世界に浸りすぎたせいだとは思うが、私はまだ、子供らしく生きていてほしい』

 

 

「先生が………そんなことを」

 

「ああ。だからきっと、そのせいだな。俺が二人を助ける気になったのは」

 

「先生のせい?」

「俺は最初に会った時から、二人の印象は最悪で、それは今でもそこまで変わってない。

けどさ、先生が言ってたことが分かるような気がして、見方を変えようって思ったんだ」

 

「見方を?」

 

「……性格と態度が悪いのは、子供なのに大人の汚い世界で生きなきゃならなかったから。

子供らしさを捨てなきゃならなかったのも同じ理由。だからもう、これ以上は捨てさせない」

 

 

頭をかきながら、それでもただ彼女を見つめて本心であることを信じさせるように語る。

そしてその思いは無事に彼女に届いたようで、七変化していた表情の中でたった一度でも

見せたことのない表情を浮かべて、形容しがたい感情を内包させた彼女は細々と呟いた。

 

 

「仙羽、遼太郎…………お嬢様を、私を、助けてくれる……?」

 

 

弱々しい彼女の言葉を否定できるはずもなく、俺は力強い頷きで応えた。

 

 

 

 










いかがだったでしょうか?

短いと言ったな、アレは嘘(になってしまった)だ。
まさか書いてるうちにこれほど筆が乗ることになるなんて…………。
作者自身ですらも想定外でした。いやはや、右手がもう痛くて痛くて。


それでは、また不定期更新される次回を、お楽しみに!


ご意見ご感想、並びに批評も大歓迎でございます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。