どうも皆様、前回の投稿から三か月も経ってたことに驚愕の萃夢想天です。
いくら不定期更新と言っても、流石にこれは伸ばしすぎだと反省しております。
私も私で忙しかったりしたんですが、ここで多くは語らないでおきます。
さて前回は、捕まってしまったレミリアを救出すべく、咲夜と主人公が
共同戦線を組んだところで終わっていましたね。作者自身も再確認しなければ
ならないほど間が空いてしまっているので、だいぶやり辛いです。
それでは、三か月分の停滞を払拭すべく、どうぞ!
まずは、現在の状況を再確認するべきだろう。
俺はつい先ほど、誘拐犯だと思い込んでいた連中の潜伏先を卓村の協力によって突き止めて、
その場所に侵入したところ、拘束されていた咲夜さんを発見。拘束を解き、取り乱す彼女を
なだめようと話をして、そこからさらに説得を加えた。結果として今、囚われの身となった
ブルジョワンヌことレミリアを助け出すため、一時的に咲夜さんと行動を共にすることに
なっているわけだ。よし、よく思い出せたな俺。やけに随分前のことのように感じるが。
って、そんなことはどうでもいい。今はとにかく、レミリアを探し出すのが最優先だ。
「この倉庫のどこかにいるはずだ。どう探す?」
「………二手に分かれたいところだけど、それは危険かもしれない」
俺の前を歩きながら、周囲を警戒しているジャージ姿の美少女、咲夜さんに尋ねてはみたが、
こういう場合だと、やっぱり一人きりになるのは危険だいうのは素人の俺にも分かってた。
とくれば、残された選択肢は、ただ一つ。
「つまり?」
「しらみつぶし、かしらね」
「分かりやすくて助かるぜ」
「まぁ、頼もしい」
空き部屋だらけで肝心の目標が見当たらないことへの焦りから、若干の皮肉を込めた返事を
つい口走ってしまったが、意外にも俺の皮肉に更なる皮肉を交えて咲夜さんが言葉を返した。
ていうか、その、なんだ。今まで無表情に近い顔しか知らなかった分、笑顔が眩しく見える。
こんな状況なのに不謹慎だとは分かっているけど、それでも俺は男だ。すぐ近くにいる美少女の
花咲くような笑顔に、反応しないわけがない。逆に言えば、笑顔で皮肉を返されてるわけだが。
前方の曲がり角や部屋の様子をうかがう際の警戒を彼女に任せ、俺はひたすら後方や進行方向
以外の通路に気を配る。そうした即席のチームワークを駆使して、三つの空き部屋を確認した
俺たちは、咲夜さん自身が拘束されていた部屋からそれなりに離れた部屋の前に辿り着いた。
「お嬢さ「しっ!」…………ごめんなさい」
「分かればいいさ。いたのか?」
「ええ、居るわ」
そしてようやく、目標であるレミリアがいる部屋を探し当てた。扉についている窓からそっと
覗き込んだ咲夜さんが、うっかり大声をあげそうになったのを遮って、一先ず落ち着かせる。
でも、本当に見つかってよかった。これでもし、咲夜さんとは別の場所で監禁されてました
とかってオチだったら、いくらなんでもムリゲーだからな。第一関門クリア、ってとこか。
咲夜さんに促されて、俺も狭めの窓枠からこっそりと中の様子を覗き込んでみる。
おーおー、随分と隅っこの方にいらっしゃるな。扉のすぐ前に放置しておかないのは、
流石にすぐ奪還されるのを阻止するためだろう。やはり相手は並大抵じゃなさそうだ。
そうして二人で隙を伺っていたところで、ふいに誘拐犯のリーダーと思われる大男と縛られて
身動きをとれなくされているレミリアが、話をし始めた。ただ、日本語での会話じゃない。
多分、卓村が解析してくれた指令書の言語から察するに、ドイツ語で話しているんだろう。
明らかに日本語ではない両者の会話は、英語すらまともに理解しえない俺には、全く以て解読
ならぬ解聴できないものであった。そのため、真剣な面持ちで耳を澄ませる咲夜さんの、その
表情の変化から、両者の会話の内容を探ろうと努める。
『イザヨイ サクヤ、だったか? もうあの女をメイドとして傍に置いておくのは無理だ。
本国にいらっしゃる貴女の親父殿の命令に従って、帰国するか専任のメイドと交代させろ』
咲夜さんと比べてかなり手ぬるい拘束で身動きを封じられてるお嬢様に、大柄な男は何やら
囁くようにして語っているが、内容は相変わらず理解不能だ。けど、横に居る咲夜さんの顔が
さっきよりも暗くなったように見える。指令書の内容から察するに、「彼女じゃもう力不足が
証明されたから、父親の言うことを聞けよ」的なことでも言ってたんじゃなかろうか。
いや、まぁ、完全に俺の推測だから、当たってるとは思ってないけど。イイ線くらいはいってる?
なんて事を考えていると、腹の立つ
『私がどんな犬を飼おうとも、それは私の勝手よ。お父様であろうと誰であろうと、栄えある
ドイツの名門貴族、スカーレット家次期当主たるこの私の決定に、異論など認めるわけないでしょ?
たとえ私の言葉を、決定を、意思を認めぬ者がいたとしても、そいつの言葉に耳なんか貸さないわ』
『…………強情な性格だな。親父殿そっくりだよ』
『お褒めの言葉、痛みいるわ』
やたらと饒舌にあのチビ女がしゃべくったと思ったら、リーダーと思しき男の方がたじろいで、
縛られてる方が余裕綽々といった態度で不敵な笑みを浮かべている。どうなってんだこの状況。
何がどうしたと聞こうとして横を見ると、なんと咲夜さんの両目の端には、大粒の涙が。
まさしく何がどうした、という状態だ。この人がこんなに感情を表に出すような事を言ったのか、
とすると多分、「私のメイドは私が決めるわ。父親の命令なんて関係ない」的な台詞を自慢げに
吐いたりでもしたんだろうか。いや、完全に推測なんだけどさ。話の筋的には当てはまるよね?
声を噛み殺して瞳を瞬かせている咲夜さんを見て、何としてでもあのブルジョワンヌを救出して、
ここまで苦労をかけさせたことを本気で詫びさせてやろうと考えた、その時だった。
『お前ら、そこで何してる‼』
「「‼」」
俺たちの背後、つまりは目標の捉えられてる部屋に通じる通路の奥側から、大声が響いてきた。
しまった、完全に油断してた。いや、油断と言うより、レミリアの方に意識を向け過ぎてたか。
ただ、声のする場所からここまではまだ距離がある。今から急いで離脱すれば、他の空き部屋に
隠れる時間も作れるだろう。そう思い立った俺は、隣ですごい剣幕になっている咲夜さんの手を
掴んで立ち上がり、足音が向かってくる方向とは別の方向へ足を向ける。が、すぐに止まった。
「何してんだ‼ 逃げるぞ‼」
「放して! お嬢様が、その部屋に居るの‼」
「今は逃げるべきだ‼」
「お嬢様が、お嬢様が!」
忠誠心に厚いってのも考え物だ。この土壇場に来て、それが冷静な判断力を鈍らせるんだから。
確かにすぐ近くに目標が居るのは明白だし、さっきの話(俺は推測だが)を聞いてしまった以上、
退きたくない感情も理解はできる。でも、この状況でアイツを救い出す方法なんか、無いのだ。
自分の従者としての存亡と、敬愛する主人の危機がイコールでつながってしまっているから、
一概にも彼女を非難することはできない。が、しかしだ。この場は絶対に、退いてもらわねば。
さもなきゃ、俺たち二人とも捕縛されて、今度こそ完全に抵抗できなくなる。
そこまでを冷静な思考がまだ可能な俺は考え、未だごねる咲夜さんを強く引っ張り、駆けた。
「お嬢様を助けないと‼」
「バカ‼ 自分が奴らに捕まらないことを考えろ‼ それが最優先だろうが‼」
「でも、でも!」
「お前が捕まったら、もう何も出来ねぇんだぞ‼」
多少は荒っぽくなってしまったが、どうにか彼女の中の冷静な部分に俺の言葉が届いたらしく、
悔しげにレミリアのいた部屋の扉を一睨みした後、引かれる手を払って通路を並走し始める。
追手の足音はまだ聞こえていたが、数回ほど通路の角を曲がってから通路の端に隠れた結果、
俺たちの行方を見失ったようで、焦りと苛立ちを募らせた怒号は徐々に離れていった。
一先ず、捕まらなかったことに安堵の息を漏らし、横でしかめっ面している銀髪の美少女に、
少し文句でも垂れてやろうかと思って視線を向けたその瞬間、俺の眼は別のものを捉えた。
『見つけた』
「「‼」」
俺たちが息を潜めて隠れた通路の角から、ひょっこりと顔を出してこちらを目視している
男を視界内に収めた。でも、先ほど追いかけてきていた奴ではない。なら、コレは誰だ?
そこまで思考を巡らせた時、俺は自分の頭の悪さを割と本気で呪った。
馬鹿か俺は、普通気付くだろうが。二人をさらったのは、さっきのリーダーっぽい大男と、
追いかけてきたスリムな男の二人だったが、何故それで相手が二人だけだと誤認したのか。
二人が誘拐されたように見えた現場には、もう一人確実にいただろうが。
咲夜さんたちを捕まえていた男二人ともう一人が。そう、逃走用の車の運転手が。
(マズイマズイマズイ‼ ど、どうすれば⁉)
完全にその存在を失念していた。どこまでおめでたい頭してんだよ俺って奴は!
しかもこちらに接近してきている男、外見は二人の男を足して二で割ったような感じで、
太くも細くもない、ちょうど普通な体格だが、それでも決して油断などできる相手じゃない。
少なくとも向こうは、金で雇われている以上、それなりの実力を持っているのだろう。
(万事休すか⁉)
打つ手がないことにどうすることもできずに突っ立っていると、近付いてきていた三人目の
男の身体が、ほんの一瞬だけ浮き上がり、すぐに冷たいコンクリートの床に崩れ落ちていた。
何が起きたのかと呆然となる俺は、倒れ伏した男の背後へいつの間にか回っていた咲夜さんへ
視線を向けた。俺から送られる視線を感じたのか、彼女は実に何でもなさそうに答えを述べた。
「私はこれでもメイドとして、従者として、主人の身の回りを警護するという御役目を仰せ
つかっている以上、護衛スキルなどを身につけているわ。並大抵の男であれば、脅威だなんて
感じなくなってるほどにはね。それよりも、今の音を聞きつけて、さっきの奴が戻ってくる!」
いや、ちょっと目を離してる間に男一人倒しちまうなんて、およそメイドの仕事じゃないだろ。
え、なに? 最近のメイドさんってそんな物騒なこともできないといけないの? マジで?
俺の抱いていたメイドさんの(理想)像が崩壊を始めた。いや待て、戦うメイドってのもアリだな。
(状況を考えろよ俺は‼)
冷静に考えることを放棄しちゃダメだろ俺。少なくとも今、こんな危機的状況でメイドの概念を
深く熟考するようなことはすべきではない。冷静な思考力をそっちに回してどうすんだよ。
とはいえ、早くも障害の一つがクリアされたわけだが、問題はここからだろうな。
運転手の男は成人男性とはいえ、大きくも小さくもない、いわゆる平均的な体格の人だったが、
残り二人はそうもいかない。片や180を優に超す身長の持ち主、片や細身で俊敏そうな体躯だ。
今のように上手くいく保証なんてどこにもない。でも、ここまであっさりと倒せる咲夜さんが
いるんだから、案外いけたりするんじゃなかろうか。むしろ、ここで攻勢に打って出るべきか。
『見つけたぞ、ガキども‼』
「ッ! 来た!」
「私がやる‼ 下がって‼」
慎重を期すべきか攻勢に転じるべきか、どちらに方針を定めるべきかと悩みあぐねていた時、
運転手の男が倒れる音を本当に聞きつけて、さっき俺たちを見失っていた男が戻ってきた。
苛立ちを隠すことなく顔に出している男を見た瞬間、咲夜さんが俺の前に出て男と対峙する。
女の子の後ろに守られるなんてかっこ悪いと思うだろうが、現実的にみればこうすることが
一番の得策なのだと頭では理解できているのだ。俺は本格的な体術なんてやったことがない。
せいぜい祖父が幼少時代に叩き込んでくれた護身術を、かろうじて幾つか覚えているだけで、
まともな戦力として数に入れることはできない。そのことは、咲夜さんだって分かっているから、
こうして俺を庇うように矢面に立ってくれているんだ。ただ、自分があまりにも情けない。
『そっちのヒョロいガキに助けられたのか。それでも護衛かよ』
『情けないことは認めるわ。一般人に手を借りることになるなんて、恥もいいところよ』
『だったら、そんな奴が名門のお嬢様に付けるわけないだろ。大人しく諦めな』
『…………そうするつもりだったわ』
『あ?』
『彼に助けられるまでは、私だって不甲斐なさを理由に付き人を辞めるつもりでいたわ。
けど、教えられたのよ。彼と、私たちの担任の教師に。私たちはまだ、子供なんだって』
『だから?』
『だから、大人しくなんて出来ない。子供らしく、みっともなくても諦めない!』
弱い自分を卑下していると、何やら咲夜さんと男がドイツ語で長々と話をし始めてていた。
今回ばかりは流石に、状況を鑑みても内容を推測できない。英語だけじゃなくて、もっと他の
国の言葉も勉強したほうがいいのかな……………って、そんなことしてる場合じゃない!
「咲夜さん」
「あなた、何してるの!」
会話が途切れて一触即発の空気になった両者の間に、俺は自分の身体を滑り込ませる。
直後に咲夜さんから怒鳴られた。そりゃそうだ、何にもできない奴が目の前に出てこられても
邪魔以外の何者でもないからな。俺も彼女の立場ならそう言ってたさ。でも、それでも。
「女の子一人だけ戦わせるなんて、俺にはできないね」
「本当に馬鹿なの⁉ あなたは素人なのよ!」
「分かってるよ、そんなことは」
「ならどうして!」
恰好つけているとしか思えない行動だが、俺に他意はない。いや、ちょっとはあるかもな。
相手は金で雇われた言葉も通じない外国人で、こちらは女子高生メイドとただの一般市民だ。
実力には天と地ほどの差があるのは眼に見えてるし、普通ならそこに突っ込む野暮はしないが、
今回ばかりはお節介を焼かせてもらう。女の子に守られるのが不甲斐ない、確かにそれもある。
だが、それだけじゃない。たとえ俺が彼女と共闘しても、せいぜい2に1を足して3になるだけ。
だとしても、3にはなる。一人以上の力を発揮することができるんだ。居ないよりマシかな。
「これでも一応男なんでね。見栄くらい張らせてくれよ!」
「……………本当に馬鹿なのね、あなた」
「良くご存知で」
「なんでこんな人に助けられたのかしら、私」
「おいおい、そこまで言うかよ」
「…………何ができる?」
「護身術をかじった程度」
「素人にしてはやる方かしらね。隙は作れる?」
「作ってやろうじゃねぇか‼」
「まぁ、頼もしいこと」
「………その代わり、頼りにしてるぜ?」
「馬鹿」
敵を前にして軽口を叩き合いながらも、自分たちの持つ情報を手短にやり取りして、
自身ができることのみに専念するべきと無言の内に承諾する。こういうところは流石、専門職か。
二人で頷き合った数秒後、咲夜さんは見慣れない構えをとっている男に向かって駆け出していき、
そのまま徒手空拳によるすさまじい接近戦を開始した。改めて思うが、女子高生の仕事かコレ。
『ふんッ‼』
『やああっ‼』
男が彼女を捉えようと右手を伸ばせば、それを左肘で弾いた彼女が姿勢を低くして、右足による
しなるムチのような蹴りを男の右足へと繰り出す。が、男はそれを左足の軸回転で回避した。
その回転を利用して速度を上げた右の裏拳が放たれるも、瞬間的にのけぞった彼女はそれを見事に
躱し、男のガラ空きになっている胸板へ向けて、ここぞとばかりに右足での飛び蹴りをかました。
「すげぇ………」
俺はというと、彼女に加勢しようにも、自分が割って入るタイミングを中々見出せずにいて、
その結果、指をくわえて見ているという無様極まりない醜態をさらしている。プロとアマチュア、
そんな両者のぶつかり合いに、ルーキー以下のパンピーが介入する余地なんて、分かるかよ。
十秒程度の攻防に脱帽していた俺だったが、咲夜さんが反応を示さないことに違和感を覚えた。
無事に飛び蹴りは決まったはずなのだが。そう思った俺は、姿勢を崩さない彼女に近付いた。
「あっ………ぐっ!」
『かかったな、だからお前はガキなんだよ!』
「咲夜さん!」
そこで目にしたものは、華麗に蹴りを叩き込んだ彼女の雄姿ではなく、捕縛された少女の苦痛顔。
右の裏拳をすんでのところで躱した彼女は、飛び蹴りを決めたと思った瞬間に、大振りの反動で
引っ張られてきた男の左手によって攻撃を防がれ、そのまま右手で自身の左脇を抑えられていた。
右足首を左手で掴まれ、身体を捻って逃げようにも、左脇を右手で抑えられてしまっている以上、
彼女の可動範囲は大幅に限定された。あれでは、中途半端に動けば、かえって身体を痛める。
助けなきゃいかない。そんなことは分かってる。
でも、動けない。目の前の非日常に、怯えてすくんでいるんだ。
学生の喧嘩程度ならば経験済みだ。それくらいなら、護身術をかじっている俺にも勝機はある。
だが今回はそれとはわけが違う。相手は主人の護衛を任される戦闘スキルを持った咲夜さんを、
こうもあっさりと捕まえてしまう大人なのだ。普通に考えたら、どうあっても勝ち目はない。
勝ち目なんかない。そんなことは分かってる。
でも、やるんだ。目の前の出来事を、見ないフリは出来ないから。
「く、そぉ‼」
どこにでもいる日本の男子高校生に、こんな重圧背負わせてんじゃねぇぞクソが‼
あんな可憐な美少女を置いて見捨てるくらいなら、多少のリスクなんざ知ったことか‼
『なんだ素人、俺とやる気か?』
「何言ってっか分かんねぇよ、日本語しゃべれっつんだボケ‼」
咲夜さんの足や脇を、文字通りに大人の筋力で締め上げているのか、彼女の苦悶する表情が
どんどん悪化していっている。それでもこちらに顔を向けて、馬鹿にするように笑っている。
舐めやがって。爺ちゃん仕込みの古き良き日本護身道、見せてやろうじゃねぇか‼
「せッ‼」
『なっ⁉』
目の前でこちらを見下す男に向かって突っ走りながら、俺はジャージから袖を下ろし、
目標まで3メートルを切ったあたりで脱ぎ払い、何事かと目を剥いている男に向けてそれを、
脱ぎたてのジャージの上着を投擲した。走って汗かいたから、予想外にちゃんと投げられたぜ。
『ぐおっ! 目潰しのつもりか‼』
男子高校生の汗が染みたジャージを顔面にぶつけられて、くぐもった声で何やら言っているが、
そんなことはお構いなしだ。よくもこんな嫌な思いさせてくれたな、倍返しをお見舞いしたらぁ‼
足を肩幅に開いている男に接近した俺は、彼女の足を掴んでいる左手へと狙いを定めた。
脇を締めてギッチリとまぁ、さぞかしガッチガチに力を込めてらっしゃるんでしょうなぁ。
咲夜さんを逃さないために、万力みたいに力を入れまくったその行為、後悔させてやる。
彼女の足を掴む左手、その太い肘周りを右手で掴んだ俺はそのままジャンプして、浮遊する右足を
思いっきり男の左足の付け根へと叩き込んだ。さらにその反動を利用し、肘の内側で派手に膨張
しまくっている筋肉と筋肉の隙間へと、左の拳を叩き込んでやった。
『だあああぁぁぁああッ⁉』
足の付け根は骨が皮膚のすぐ下にあるし、肘なんて筋と骨と神経が常時オンパレード状態だから、
強い衝撃を加えてやればあら不思議。たかが素人のガキでもできる、痛覚地獄の出来上がりだぜ。
いわゆる八艘跳びに近い跳躍法と、人体構造上の脆い部分を把握してこそできる護身術だが、
果たして敵の懐に飛び込んでいくこの技を、"護身"術と呼んでいいものだろうか。未だに謎だ。
だが、これで目的は達成された。彼女の足、それを解放できた時点で、勝利は確定している。
「咲夜さん!」
「っ………よくもやってくれたわね!」
足とは、人体における行動する上での基盤にして、特に発達した部位でもある。その筋肉量は、
常時全身を支えているだけあって、腕力のおよそ三倍に相当する。つまり、力が半端ないのだ。
それはたとえ、女子高生であっても油断ならない。ましてや、警護のために訓練を積んでいる
らしい女子高生とあっては、並の一般男子高校生に匹敵するか、超越することだろう。
『お返しよ‼』
『ぐぼォッ⁉』
両足を解放された彼女は、未だ捉えられている自分の左脇を軸にして、その右足を男の胴部、
つまりは鳩尾へと一切の緩みなく叩き込んだ。ズドン、と普段なら聞かない音が響いてきた。
アレは痛い。絶対に痛い。いくら鍛えられていようと、人体の急所とはどうにもならない。
衝撃によって左脇をも解放した男は、自身の腹部を押さえてゆっくりと膝を折り、うずくまる。
時折低く唸っているが、アレは間違いなく痛みからくる悶絶だろう。相当なダメージだな。
とりあえず彼女を助けられた俺は安堵の息を漏らすが、当人はそうでもなかったようで。
「咲夜さん?」
「………念には念を。私はこう見えて、完璧主義なのよ」
『ごッッ‼』
腹を抱えて痛みに苦しんでいる男の髪を掴み、ぐいっと引っ張り上げるだけでは飽き足らず、
なんと上方向へピンと伸ばされた男の首筋へ、右膝による速く重たい蹴りを繰り出したのだ。
首には太く大きな血管があるだけではなく、頭部を支える厚い筋繊維の束などに加えて、
生命活動維持に必要不可欠な酸素を取り込むための、気管がある(食道もそうだが)。
そして人間とは、脳に一定量の血液を常時送っていないと、即座に意識を失ってしまうという
欠陥を抱えている生き物である。彼女が狙ったのは、そのための血を送り込む太い脈だろう。
痛む腹部から手を放すことができずにいた男は、そのまま四秒ほどじっくりと膝をねじ込まれ、
肺の中にある酸素を絞りつくしたような声を最後に、力なくコンクリートの通路に倒れ伏した。
「これで良し」
(こう見えてって…………どう見ても徹底主義だよアンタ)
「どうかした?」
「ナンデモアリマセン」
この人だけは怒らせないようにしようと固く決心し、男へと放り投げた自分の上着を回収し、
二人そろってついさっきまでレミリアがいた部屋に向けて、疲労困憊な身体にムチを打つ。
念のためにとこっそり中をうかがうが、そこには先ほどと変わらずレミリアが拘束された
状態で置かれていた。しかし今回違ったのは、部屋の中央でリーダーらしき大男がこちらを、
俺と咲夜さんの二人を待っているかのように立ち尽くしていたことだ。
『入れ。そっちの少年もだ』
「………来なさいって」
「いいのか? 罠かもしれないぞ?」
「大丈夫、だと思う」
「そっか」
すると、部屋の中央にいた大男が、ドイツ語で俺たちに話しかけてきたらしく、それを翻訳
してくれた咲夜さんに従って、俺たちはゆっくりと扉を開き、中へと踏み入った。
「あら? なんで班長のソイツがここにいるの?」
部屋の隅で椅子に縛られている人物、今回の件の中心にいるチビ貴族様は、心底驚いたように、
そのうえで憎たらしいことこの上ない態度でこちらに視線を向けてきた。マジで腹立つな。
と、そんなことは後回しだ。それよりも今は、この男の方を何とかしないと。
思考を現実へと引き戻した俺は、咲夜さんと同じように、大男に対して抗戦の意思を見せるが、
それに対して大男の方はというと、浅黒い腕を組んだまま動かず、ただ口だけを動かして語る。
『合格だ』
「えっ⁉」
「え、なに? どうした?」
「わ、私にも分からない。ただ、合格だって………どういうことなの⁉」
『どうもこうも、今回のことはそちらのお嬢さんが一から十まで仕組んだ計画だったのさ。
俺たちはそれに協力していただけに過ぎない。試験は、まぁ………多少のアクシデントが起きた
ようだが、許容範囲だろう。部外者から手を借りたら不合格、とは伝えられていないしな』
何が起きているのかは分からないが、どうやら大男の方に敵意も交戦の意思も無いようで、
咲夜さんから俺の方へと視線を移し、意味ありげな笑みを浮かべてから手を鳴らし始めた。
緩慢な手の動き。それは誰しもが知る、普通の拍手の動作である。
『おめでとう、イザヨイ サクヤ。これでお前は晴れて、お嬢さんの付き人確定だ』
「………咲夜さん、状況が飲めないんだけど」
「………私にも何が何だか」
「鈍いわね。これからも私に尽くしなさい、と。そう言ってるのよ、咲夜」
訳が分からないまま棒立ちしていると、部屋の隅で縛られてたはずのレミリアがこちらに
歩み寄って、さも高慢な態度で咲夜さんに上から目線でものを言っていた。
なるほどな。妙に緩い縛り方だと思ってたが、まさか自分でもほどけるほど緩かったとは。
どこまでもコイツに踊らされた感は否めないけど、とにかく丸く収まったみたいだ。
「ほら咲夜、いつまでそうしているつもり? 帰ってお茶でも入れて頂戴」
「…………はい、お嬢様!」
今回の事件の発端であるあのチビ貴族はまだいけ好かないが、咲夜さんに笑顔が戻った
ことだけは確かだし、お互いけがもしてないから、今回だけは見逃してやるとするか。
大男の方はその場から一向に動こうとしない。多分、俺たちが帰ったらすぐに撤収する
準備に取り掛かるためだろう。そんな事情は俺に関係ないから、俺も帰らせてもらうかな。
でも本当に良かった。俺は当然そうだけど、咲夜さんも目立ったケガもしてないようだし、
まさしく一件落着という感じだろう。大団円に収まってよかったとつくづく思う。
こうして、今回の人騒がせな騒動が幕を下ろした____________かに思えた。
『ちくしょう……舐めやがって、このガキぃ‼』
レミリアが咲夜さんを連れ立って出ていこうとした部屋の入口。そこから、ヒクヒクと
表情筋を忙しなく動かしている男が現れ、おぼつかない足取りで近寄ってくるではないか。
見覚えなんてありすぎる。その男は、つい先ほど、咲夜さんが二発の蹴りで沈めた男だ。
しきりにドイツ語で叫んでいる男は、ズボンのポケットから何かを取り出した。
『よせ、アルニコフ‼ もう終わりだ、変な気を起こすのはやめろ‼』
後ろで大男が同じくドイツ語で何か言っているが、目の前の男に届いている様子はない。
男は取り出したソレ______________折り畳み式のナイフを突き付け、走りだした。
奴の進む方向の先に居るのは、間違いなく咲夜さんだ。しかし、彼女は動けない。
仮にも主人であるレミリアがそばに居る以上、あの人はそれを守るために絶対に逃げない。
さっきも撃退できたから、今度もいけるだろうと思ってるかは分からないけど、今回だけは
逃げるべきだと教えたかった。あの男の眼は、ヤケを起こして自暴自棄になった奴の眼だ。
間違いなく、躊躇も容赦も、しない。
『ガキに舐められてたまるか‼』
またしても一声吠えた男は、腰元に低くナイフを構えて、咲夜さんへと突貫していく。
目標である彼女は未だ、主人がそばに居るために動くことを許さず、その場でどうにか
しようとしているらしい。でもそれは危険だ。相手は得物を持っている。無事では済まない。
後ろにいた大男も、血相を変えて男を取り押さえに駆け出そうとしているが、間に合わない。
このままでは間違いなく、あのナイフは、咲夜さんに。
「クソがぁぁあああぁぁあぁぁあ‼」
だから、俺は。
ざくっ______________________
いかがだったでしょうか?
久々の投稿故、張り切らせていただきました!
これでようやくひと段落つきそうですね。いや、あとちょっとですか。
これからしばらくは、多めに更新する機会を得られたと思うので、
次回は前回ほど長く期間を開けることはないと思われます(確定ではない)
それではまた、不定期更新される次回を、お楽しみに!
ご意見ご感想、並びに批評も大歓迎でございます!