ハイスクール ファンタジア ~幻想学園高校~   作:萃夢想天

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どうも皆様、最近サボリ癖が板に付いてきた萃夢想天です。
自分と言う人間の愚かさが本当にもう、なんというか、そのアレだ(呆然

実に二か月ぶりの投稿となる今回ですが、ぶっちゃけTAKE2なんです。
三月の終わり頃に書いてたんですが、またしても途中で消えちゃいまして。
言い訳なんですけどね。それを理由にしばらくはいいかなって自分で勝手に
納得してしまいまして。何がいいかな、だよ。

待っていてくださった方々には、大変ご迷惑をおかけしました。
不定期更新とはいえ不定期にもほどがあると怒られそうですね。


それでは早速本編へ、どうぞ!





HR13「取材と称した尋問」

 

幻想学園高校新聞部の部長。きっちりとした敬礼で直立する美少女が、自分をそう語った。

 

俺の通っている幻想学園には、運動系や文科系の部活動が多種多様に展開されているという話は

聞いていたんだが、学園内で発行する新聞を取り扱う部活動まであるとは、恐れ入ったぜ。

加えて、もう慣れたつもりでいたが、この地域出身であると一発で見抜けるほどの顔の端正さ。

紛う事なき美少女のキリッとした表情がなんともまた、これはこれでよいものがありますな。

 

じゃなくて!

 

 

「新聞部の部長さん、えーと…………射命丸だっけ?」

 

「名字は長いし可愛くありませんので、気軽に文で構いませんよ?」

 

「初対面で流石にそれは………」

 

「何なら『文ちゃんマジ天使1000%ラブ』と呼んでくれても」

 

「逆に願い下げだわ」

 

俺はやたらとフレンドリーな態度で話しかけてくる射命丸に対して、持ち前のコミュ障ぶりと

人見知りぶりを如何なく発揮して名前呼びを断った。流石に女子の名前に天使は無理過ぎる。

ただ、俺はこの射命丸という黒髪美少女に、何故か警戒心に似た感情を揺り動かされていた。

自分で言ったように初対面の相手だし、いくら俺がクソコミュ障だからと言っても、相手から

友好的に接してもらっているのに踏み出せないほど、社会に不適合な人間だと思っちゃいない。

そんな事を考えて彼女を寝たままの姿勢で見てると、急にそれまでの明るさを潜めて語りだした。

 

 

「確かに私もそんな呼ばれ方はされたくありませんが、それにしてはあなたの発言は妙ですね」

 

「は? 妙って、何が?」

 

「あなたは今、初対面の相手の性ではなく名を呼ぶことを忌避したいという言い方をされて

いました。でしたら何故、そちらのスカーレット家お付きのメイドさんは名前呼びなんです?」

 

「それは……………」

 

 

それまでは人懐っこい様な笑みを浮かべていたはずの彼女の表情は、今では獲物に食らいつかんと

息を潜めて機会を待つ捕食動物のような好戦的なものに変わっている。この変わり様はなんだ?

態度が急変した射命丸に驚いていると、彼女はいつの間にか取り出していた手帳とペンを俺に

見せつけるようにしてから、「実はですねぇ」と前置きを軽く挟んでから徐に語りだした。

 

 

「そろそろ四月も終わる頃、来月発行予定の学園新聞のネタがどうも新鮮味にかけていまして。

何か活きの良い特ダネが無いものかと彷徨っていると、私はあることを思い出したんです!」

 

「あることってのは、つまり」

 

「お察しの通り。二週間ほど前に転入してきたばかりのあなた、仙羽 遼太郎さんについての

スクープがされていない事に! 進級直後の四月初頭は、誰も彼もと忙しいですからねぇ。

加えて新聞部の四月の記事は、大体が新入生向けに学園側からある程度指定されますので」

 

「………で、誰の取材も受けていない特ダネを発見して、ここに来たと」

 

「察しの早い方で助かります! 転入生への取材を忘れるなど、新聞部の風上にも置けません。

というわけなので、引き続きこの射命丸 文の独占取材を受けていただきたく思います!」

 

瞳を輝かせながら熱く語ってみせた射命丸だけど、俺からしたらはた迷惑な話でしかない。

こんな美少女から一心に熱意を注がれるといえば聞こえはいいが、身体(情報)目当てでしかない

なんて分かっている以上は受けても得になんてなりゃしない。でも、引き下がるとも思えない。

 

どうしたものかと悩む俺。ただまぁ、どっちにしたって今選べる選択肢は一つだけなんだが。

けどここで安易に頷いたところで、どうなるか分かったもんじゃなさそうなんだよなぁホント。

それに俺の現状を考えたら、彼女が俺にしてくる質問の内容なんて、大体想像がつくもんだ。

 

 

「沈黙は肯定と受け取らせていただきます! では最初に、入院の原因は何ですか?」

 

ほら、やっぱりな。

 

転入生の情報が聞きたいって言ったって、身長や体重なんかを聞いたって仕方がないんだし、

目下のところ一番気になるのはそこに落ち着くだろう。転入してから一月と経たないうちに

入院するなんてのは、何らかの病気を患っている以外では外的要因が関わってくるからな。

病気持ちであるなら、それはそれで同情を引くような憐みの記事を書くことができるし、

そうでないのならもっと面白い事情がありそうなネタを引ける。記者にとっちゃ万々歳だろ。

 

 

「ちょっと文、彼は取材を受けるとは一言も言ってないでしょう」

 

「あやや? 随分と私に突っかかってきますねぇ。何か聞かれたくない事でも?」

 

「そんなことは無いわ」

 

「またまたぁ~。右眉の付け根がわずかに沈みましたよ? この意味分かります?」

 

「ッ……………」

 

「嘘を吐く相手は慎重に選びましょう! と言うわけで仙羽さん、プリーズアンサーミー!」

 

 

目の前の美少女の意図を内心で探っていると、知らない間に咲夜が彼女に圧殺されていた。

仮にも主君を守る教練を受けた従者の、それも普段は鉄面皮ばりの無表情を決め込んでいる

咲夜の表情を観察しただけで、嘘を見破りやがった。射命丸、舐めてかかったらまずいぞ。

 

悔し気にしかめっ面を浮かべた咲夜が俺を睨んでくる。喋るなって言いたいんだろうな。

勿論俺だって話す気なんかさらさら無い。ほぼ毎日メイドさんが見舞いに来てくれるという

現状には満足してるわけだし、それを自分からぶち壊すような真似なんか出来るかっての。

心の内で、良しと呟いた俺は気を引き締めて息を吸い、射命丸の問いに答える事にした。

 

 

「入院の理由については、本当に大したことがない、些細な事があったんだよ。それこそ、

他人様に聞かせてやれるほどの話じゃない。聞いたところで面白味の欠片もないぞ?」

 

「面白いかどうかの判断は書き手の私がします。ので、張り切って続けてください!」

 

「…………その前に一つ、約束してくれ。俺が話す事を新聞に書いて発行しない事だ」

 

「これはこれは無理難題を。新聞記者に、ネタを提供する代わりにそれを書くなと。

生殺しを通り越してもはや惨たらしさを感じますねぇ。こりゃよっぽどの大事(おおごと)ですかね?」

 

 

話をする前に、念の為にと釘を刺そうとしたんだが、効果があるようにはとても思えない。

むしろ相手の意欲を煽った様な結果になってしまった。これ以上はもう打つ手が無いな。

咲夜からは鋭い視線を向けられているし、この場では間違っても本当の理由を明かすような

ことは出来ない。元からそんな馬鹿な事をする気なんざ、毛頭なかったんだけどさ。

 

腹を括った俺は、真っ直ぐに射命丸を見つめながら、今できる最高の演技で語り出す。

 

 

「あんまり他人に話したくなかったんだよ、カッコ悪いことこの上ないからな」

 

「………………カッコ悪い、とは?」

 

「単なる不注意だよ。こないだの遠足で山から下りる途中でこけて、運悪く石が腹に」

 

「なるほど。それは確かに運が悪いですね」

 

「だろ? だからあんまり他人には話したくなかったんだよ」

 

 

自分を嘲るような、笑いたければ笑えとでも言いたげな口調で、吐き捨てるように言い放つ。

咲夜の嘘でも見破れる彼女を騙せるとは思えないけど、疑われるようなことにはならないな。

 

「ええ、仰る通りですね____________他人に話すには、あまりに穴が多いお話でした」

 

 

ダメだった。

 

 

「まず一つ。あなたは遠足の下山時にその帰路の途中で転倒して怪我をしたと仰いましたが、

ここに来る前にある程度の調査はしてきていまして。その日の帰りに、あなたとその班員が

列から遠ざかってどこかへ行ってしまったという目撃情報を、入手しているんですよ」

 

「へ、へぇ。そうかい」

 

「続いて二つ。その調査、もとい聞き込みで知り得た事なのですが、あなたのクラスメイトの

中で見舞いに来た人は全員、先程あなたが口にした怪我の理由を話してくれたんです。

ですがこれはありえません。確かに転んで怪我をした可能性はありますが、その包帯だらけの

腹部にある傷は、打撲でも骨折でもなく刺傷であるとうかがいました。これに間違いは?」

 

「…………ない」

 

「それは重畳。であればさらに妙な話です。石で腹を刺し切られるとは、よほど鋭く尖った石が

山道に転がっていたのでしょうね。おお、怖い怖い。ですがその場合、腹を切ってしまった以上

出血するのが道理。けれど勝手に列を離れたあなたが出血した姿を見た人は、勿論いません」

 

「…………………」

 

「加えて三つ。先程、あなたが列から離れたのを見たと言っていた人たちですが、その誰しもが

口をそろえてもう一つ、証言をしてくれました。そこの咲夜さんとレミリアさんのお二人が、

仙羽さんよりも先に列から離れてどこかへ行ってしまったのだと。これらを踏まえてみたところ」

 

「…………………」

 

「咲夜さんとその主人たるレミリアさん、そしてあなた。無関係とは到底思えないんですよ」

 

 

なんだこの人、推理力ハンパねぇ。

 

いやいや、マジかよこの人。アンタ探偵か何かなのか? ほとんど暴かれてるじゃねぇか!

え、なに、新聞記者って普通ここまでやるモンなの? 嘘でしょ、探偵と何が違うんだよ!

隠すだとか騙し通すとかそんなこと言ってられるレベルじゃねぇよ! おかしいだろうが!

 

いやホントにマジで、自分でも驚くぐらいに冷や汗掻いてるのが実感できるわ。もう怖いわ。

探偵顔負けどころか最早探偵以外の何者でもねぇわ。新聞記者なんかよりいっそ探偵になれよ。

 

 

(とか愚痴ってる場合じゃないよな。でもさぁ、この状況をどーすりゃいいのよ………)

 

 

心の中でどれだけ弱音を吐こうと、現状が改善されるわけじゃなし。いや、分かってんだけどさ。

恐れ入ったわ新聞部。世の中の新聞部ってみんなこんな感じなのかな、だとしたら警察要らんわ。

 

「何度も言わせないで文。彼と私は無関係だし、お嬢様も関わってなんかいないわ」

 

 

これからどうしようかと頭を抱えていたら、さっきまで顔をしかめていた咲夜がここにきて

助け舟を出してくれた。俺の失態を援護してくれるというのか。流石はメイド、格が違うな。

 

射命丸は話す相手を俺から咲夜へと切り替え、訝しむような口調で聞き返してきた。

 

 

「あややや、咲夜さんこそ何度も言わせないで下さいよ。嘘を吐く相手は選びましょうって」

 

「嘘を吐く必要性が感じられないわ。彼は庶民、お嬢様は世界的名門貴族。関係性は?」

 

「まぁないでしょうね、普通に考えたら」

 

「そう考えるのが当たり前だし、それが事実よ」

 

「…………なるほど。確かに事実ですし、嘘も吐いてませんね」

 

 

見えないバトンの受け渡しが行われ、舌戦の第二ラウンドの相手が俺から咲夜に変わって、

自称新聞記者の観察眼と洞察力を掻い潜る。それにしても、やはり咲夜は極めて優秀だな。

 

最初の彼女の言葉は、自分と俺との関係性、並びにレミリアと俺との関係性の有無について

語ったものだったが、これは確かに最初に言っていた通りにクラスメイトに他ならない。

俺はあのいけ好かないブルジョワンヌとなんか、頼まれても特別な関係なぞ持ちたかない。

次に彼女が口にしたのは、俺が庶民であることとレミリアが名門貴族である事実確認。

圧倒的格差を前面に押し出す事で、両者の隔たりを相手に理解させたうえで、最初に語った

関係性についても言外に否定することができている。それに、この応答は実は答えてない。

正確に言えば、射命丸が尋ねていた質問に対する答えとしては正しくない、ということだが。

 

射命丸は「今回の俺の怪我と、咲夜とレミリアが無関係とは思えない」という意図を込めて

いたのに対して、咲夜は「俺自身と二人には特別な関係は無い」という解釈で返答している。

二人は同じ"無関係"という言葉を介しているが、その意味としては驚くほどにズレがあるのだ。

 

要するに咲夜が言っていたことは、『俺と自分たちとは何の関係もありはしない』ということで、

『俺の怪我について、自分たちが関係してない』と言っているわけではないのだ。頭良いなマジ。

 

 

「………………………」

 

 

咲夜の眼差しと俺の表情を何度も見比べた射命丸は、しばらく何かを考え込むような表情のまま

硬直してから小さく首肯し、手にした手帳にペンで何かを素早く書き込んでから閉じて仕舞った。

同じようにペンも胸ポケットに差し込んだところから見るに、取材はこれで終わりということか。

安堵の溜め息を漏らしそうになるのをぐっとこらえ、最後まで油断しないようにと射命丸を

横目でうかがっていると、先に向こうが折れてくれたようでぼやきながらその旨を伝えてきた。

 

 

「分かりました。これ以上はこの場で情報を得る事は出来なさそうですし、取材終了です。

しかも先の取り決めがある以上、仙羽さんのお話を記事にするわけにもいきませんし…………」

 

今度こそ完全に終わったことを確認した俺は、強張らせていた表情から力を一気に抜かせる。

一瞬のうちにだらしない顔になってしまっただろうけど、この相手を前にして何らかの探りを

いれられていたよりかはマシだろうと言い訳をして、しばし無辜の脱力感に身を任せていた。

 

そうしていると、射命丸はまた人懐っこそうな笑みに戻って、今度は咲夜へ身を乗り出した。

 

 

「ですが、仙羽さんから情報が得られなくとも、それなりの収穫と呼べるものはありました」

 

「……………私が何か?」

 

「いえ、別に何も。ただ、そうですねぇ」

 

「なによ」

 

「栄えあるスカーレット家お抱えのメイドが、やけに一般庶民の男性の肩を持つなぁと」

 

いやマジで本当に何者だよアンタ。

 

 

「…………………気のせいよ」

 

「そうですか? 今まで主人以外の誰にも興味を示さなかった、あの咲夜さんが?」

 

「本人を前にイイ度胸じゃない」

 

「あやや、これは地雷を踏みましたかねぇ」

 

 

察しが良すぎるどころの騒ぎじゃない射命丸に、流石に動揺を隠せなかったのか一瞬だけ

言葉に詰まった咲夜。けどそこで攻めの手を緩めないアイツも相当な性格してやがるな。

 

取材が始められる前よりさらに険悪なムードになったことで、射命丸はさらに煽るように

怖い怖いと軽々しく言葉にしてから、口と同じくらい軽やかな足取りで扉まで後退した。

 

 

「あやや、ちょうどナースさんが替えの包帯を持ってきてくださったようですね。

名残惜しいようですが怪我人には無理強いできません。今回は本当にここまでとします」

 

 

部屋の扉に手をかけながらそう告げた彼女は、そのまま退室して行ってしまった。

いやはや、風のような奴だったな。どこからでも吹き荒ぶ、常に向かい側の強い風だよ。

しかし、"今回は"か。やだなぁ、それってつまり今回以降がまだあるってことだろ?

 

将来的な不安に軽く悩み始めると、彼女が言っていたように本当にナースさんが俺の

腹の包帯の替えを持って来た。さて、名残惜しいが嬉し恥ずかしお見舞いタイムも潮時だ。

既に身支度を整えていた彼女に視線を向けると、こちらを見ていた彼女とバッチリ目が合った。

 

「……………それじゃあ、また明日」

 

「え、ああ。また明日もよろしく」

 

目が合った事に少し気恥ずかしさを感じていると、向こうから話を切り出してくれた。

細やかな気遣いまでいちいち完璧だよな咲夜は。本当にこの人を守れてよかったと心から思う。

情けなくみっともない結末になったんだろうけど、それでも俺は真に男として胸を張れるから、

怪我の一つや二つも厭わないし構わない。また彼女の薄っすらとした、あの笑みが見られるなら。

 

病室から立ち去っていく咲夜の背中を目で追いながら、柄にもなく俺は感傷に浸っていた。

 

 

「はーい、仙羽さん。包帯替えるので両手を上にあげてください」

 

「あ、お願いしま________痛たたっ」

 

 

でもやっぱり、怪我はあんまりしたくないかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コツコツと靴音を響かせながら帰路に着く私の手には、軽くなったバスケットが握られている。

一歩進むごとに揺れるその籠の中では、彼のお土産に持ってきた梨を剥くのに使ったナイフと、

小さめのフォークが、カチャカチャと金属特有の甲高い音を立ててせめぎ合っているのが分かる。

 

______________軽い、とても。

 

 

バスケットの話だけではない。まるで私の体を構成する材質が軽量化されたかのように、通路を

進んでいく足取りは軽やかで、一歩ごとに身体がフワリと浮き上がるような軽快さを実感した。

確かにここへ来る時は梨が入っていたから、今よりは重たかっただろうけど、せいぜい梨一個の

重さなんてたかが知れている。なら、私の全身を浮き上がらせるような、この軽さは何だろう。

 

私は自分の体の変化について少し考えて、ふと何も考えずに振り返って歩いてきた道を見る。

何の変哲も無い病院の通路だけど、私の視線は自分の意思を無視して道のりを徐々に遡っていく。

そして当たり前のように終着点に辿り着き、先程まで私が見舞いに入っていた病室を見つめる。

 

 

_____________痛い、どこか。

 

 

途端に、私の身体の軽やかさが嘘のように消え去り、何かに取り憑かれたように重みが増した。

それだけではない。胸、というか心臓の近く、とも言い切れない場所がじくじくと痛み出した。

ハッキリと心臓とは言い切れず、胸部の全体へ浸透するような痛みが、尾を引いて今なお続く。

 

_____________辛い、またか。

 

 

もうこの感覚が何度続いたか、自分でも覚えていない。訳の分からない苛立ちが募るばかりだ。

思い返せば、胸を締め付けるような奇妙な感覚に囚われ始めたのは、三日ほど前からだろうか。

初めて痛みを実感した時は確か、私が毎日見舞いに通っている彼が、目の前で倒れた時だった。

 

 

彼を初めて見たのは、彼が私とお嬢様のいるクラスに転入してきた日の顔合わせのSHRで、

顔と態度を見た直後に警戒するのを止めた事は覚えてる。最初はお嬢様狙いの密偵かもしれないと

観察していたけど、上ずった様な声と緊張に震える様相を見て、警戒の余地なしと見たからだ。

それでも、今後もし彼が隣にいる主人にちょっかいを出すようなら、あるいは障害となりうる

存在となった場合には、確実に排除しようとは考えていた。私にとってお嬢様が全てだったから。

 

そして今回の一件、彼がこの病院に入院する原因となった、お嬢様が自作自演なさった誘拐劇。

お嬢様のお役に立てずに責を問われ、本国送りという屈辱極まる処遇を涙ながらに受け入れて

しまいかけたあの時、一切関係のない彼がどこからともなく現れ、この私を説き伏せてくれた。

従者であるこの身が何のためにあるかと自問自答する私に、彼は活路を見出して示してくれた。

 

さらには誘拐犯(お嬢様の用意した仕掛け人)の一人と戦闘になった時も、自分に立ち向かえる力

など誇れるほどもないくせに、彼は大の男と対峙していた私を背に隠すように前へ出てくれた。

 

 

『女の子一人だけに戦わせるなんて、俺にはできないね』

 

 

嬉しかった。主君に忠を尽くすのみの従者である私を、一人の女の子として扱ってくれた事が。

 

 

『………その代わり、頼りにしてるぜ?』

 

 

嬉しかった。主を守り抜けなかった出来損ないの私を、知りもしないのに頼りにしてくれた事が。

 

思い出せば出すほど、彼のいる病室と私のいる場所との距離が離れていくように感じられる。

けど、それと同じくらいに、私の胸に広がる表現しえない多幸感と寂寥感が肥大化していく。

 

 

お嬢様の救出に成功し、何もかもが終わりを迎えたと思った直後に起きた、大男の暴走。

いくら疲労がたまっていたとはいっても、知性の欠片もなかったあの直情的な攻撃であれば、

私に避けられない事は無かった。むしろ、傍らにお嬢様がいた時点で私の取るべき行動は、

回避ではなく迎撃だったはずなのに、それを実行するよりも早く、私は彼に庇われたのだ。

 

本来なら全く関係のないはずの彼が、どうしてわざわざ危険を冒し、そのうえ明らかに割に

合わない手傷を負うことになってまで私を助けたのか。今でも、彼の行動を理解しきれない。

私なら傷を負う事も無かったとは思うけど、もしかしたら"万が一"ということになっていた

可能性もないわけではない。ならば彼は、その"万が一"を危惧して私を庇い、負傷したのか。

 

_____________温かい、すべて。

 

 

突き放すような言い方をすれば、彼の自業自得は否めない。でも実際に悪いのは私だと思う。

そもそも今回の一件は、お嬢様の自作自演とはいえ、主君を暴漢から守り通す事が出来ずに、

あまつさえ捕らえられてしまうような失態を犯した私が悪い。これはどうあっても変わらない。

そして繰り返すが、彼は私たちに関係することなど何もなく、関与する理由だってなかった。

いくら何でも、自分に利益が無い事を進んでしようとするような人間など、聖人君子でもないなら

ありえようもないと考えた私は、窮地から救ってくれた彼へ不躾ながらも詰問を浴びせかけた。

名門貴族への恩を売る気か、もしくはグルなのか、はたまた何か別の目的があって加担するのか。

疑いの視線を遠慮なしにぶつけていた私に、彼は裏表のないどこまでも真っ直ぐな瞳で答えた。

 

 

『あのお嬢様のためなんかじゃない___________君のためだ』

 

 

少なくともあの瞬間、私はスカーレット家の付き人ではなく、十六夜 咲夜という少女だった。

次期当主に見初められた運の良い従者でもなく、平々凡々からもてはやされる完璧超人でもなく、

この世界にたった一人しかいない少女として、彼はあの曇りのない綺麗な瞳で見てくれていた。

期待に応え続けなければならない人形の私を、ほんの一瞬だけ解き放ち、人間にしてくれたのだ。

 

 

_____________嬉しい、それが。

 

 

今回の一件、彼に非など初めからなく、むしろ糾弾されるべきは私一人であるべきなのに、

責める者も責を課す者も一人としていないのが、たまらなく不快で気味が悪く、そして嬉しい。

 

彼がこの病院へ搬送され、意識を取り戻してから今日で三日。私は毎日足蹴く通い詰めており、

何度も彼と接触していた。その折にそれとなく、今回の事で彼に責められるべきは私だと告げた。

しかし私は今日この日に至るまで、彼の口から、巻き込んだ私に非があるなどとは一度たりとも

語られることなどないままだった。分かっているはずなのに、責任の所在を彼は無視し続ける。

いつその口から告げられるか気が気ではないけれど、おそらくそんな日は来ないとも思えてきた。

 

何故ならそれは、私が望んでいるから。彼が私を裏切らないと、望んでしまっているから。

 

他人に信頼を寄せるなどあってはならない事だ。スカーレット家当主の従者ともあればなおさら。

けれどこればかりは見逃してほしい。お嬢様に糾弾されようと、私は彼への信頼を捨てきれない。

ついこの前までは、ただ敬い崇める主君の忠実な狗であれば、それだけで幸せだったはずなのに。

もうかつての自分には戻れない。今の私には、私という存在を肯定してくれる彼がいるのだから。

 

 

_____________消えない、消せない。

 

 

主人の言葉に尻尾を振るだけの自分は、あまりに盲目的で周りの何もかもが見えていなかった。

いや、結局は変わらない。かつての私も今の私も、一か所だけしか見つめることが出来ない。

否、少しだけ変わった。周囲から常に課せられていた多くの枷で縛られた私を、私だけを見て

それでも瞳を向け続けてくれる人と出会えた。崇拝しか知らぬ瞳が、別の何かへ向けられた。

 

既に通路の端まで来てしまっているため、病室の中にいる彼の姿を視認することはできないが、

そこにいることが分かっている。そこに変わらずいてくれる、変わらずに見ていてくれるはず。

そう思えば、身体にかかる重みも、胸に広がる奇妙な感覚も、丸ごと受け入れられる気がした。

 

 

『そっか。ありがとうな、咲夜』

 

 

報われることの喜びを、労われることの嬉しさを知ってしまった私は、もう狗には戻れない。

戻れないのなら、受け入れて前へと進んでいく他ない。盲目的であることを、従順であることと

誤認し続けていたかつての自分を捨て、主君だけでなく、自分を見てくれる彼のための人間に。

 

 

全てを受け入れて、再び振り返って歩みだした私の一歩は、微笑みがこぼれるほど軽かった。

 

 

 

 

 




いかがだったでしょうか?(過呼吸

久々にSSを本気で書いたら、やはり長文になってしまいました。
しかしPCも私も絶好調! いやはや、SSは楽しみながら書きませんと!


さて今回は、前々回前回と続いていた咲夜さんヒロインフラグの設立が
回収へと向かった回ですね。頑張ってヤンデレ感が出ないようにしました!
これでもヤンデレっぽいなんて言われたら、流石にショックで寝込みそうです。


それではまた、不定期更新される次回をお楽しみに!


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