どうも皆様、我慢比べで真っ先に負けた萃夢想天です。
何に負けたのか? カップ麺にお湯を注いで何分待てるか勝負です。
いや正直勝負に負けて実質勝ったみたいなもんでしたよ。
私以外の三人は五分以上待った結果、すごい顔してましたから。
皆様も変な意地は張らないほうが身のためです(体験談
さて、そんなどうでもいい話は没シュートしまして。
それでは、どうぞ!
学生ってカテゴリーの人間は、将来縛られるであろう社畜生活に適応しやすくする為に、
毎日毎日こうやって平日の朝から所属する学校への出勤を強要されているんだと思う。
こうして成人になる前から社畜根性を叩きこんでおけば、将来本当に社畜になった時に
強制的な労働への違和感やら疑念やらを感じ取りにくくなるだろうからな。
とまぁ色々と建前を並べたが、詰まる所俺が言いたいのはただ一つ。
「学校ダルい…………」
どう取り繕おうがこの気持ちだけは誤魔化せない。全国にごまんといる学生諸君が証人だ。
朝早くから統一された制服に身を包み、決められた道筋を通って所属先の学校へ向かい、
そこでは均一化された授業によって仔を剥奪され、切磋琢磨を無理強いさせられる。
転入したての人間が何をほざいてんのかと思われるかもしれんが、それは逆だ。
むしろ転入直後で日は浅く、学校についての様々な事情や情報を俺はまるで知らないし、
何より前の学校で一年をかけて積み上げた友好関係が白紙状態になっているわけで。
…………ま、まぁ友好関係って言っても数えるほどしかいなかったけどな。
「ダメだ、なんか泣きたくなってきた」
前の学校で友達と呼べるような人が何人いるかを数えて両指で足りてしまった事実に、
軽く絶望しながらこぼれ落ちそうになる熱い塩水を堪えようと空を見上げた。
すると後ろから誰かが走ってくるような足音が聞こえ、俺の真横に来て止まった。
誰かと思って目尻に浮かぶ涙をそのままにしながら横を向くと、そこには見慣れた顔が。
「いよっす遼太郎! おはよーだぜ!」
「なんだ魔理沙か、おはよう」
「む、なんだとはなんだ。せっかくアタシが声かけてやったってのに」
元気はつらつ好奇心旺盛な子猫のような笑顔をみせたのは、学友の魔理沙だった。
いつどこで見ても美少女にしか見えない外見だが、中身はその対極に位置する奴で、
今も女子の制服を着た人間がしないであろう姿勢で俺の横を歩いていた。
しかしたった二日程度の付き合いだが、彼女とはそれなりに仲良くなったと思う。
なによりコイツはフレンドリーだ。多少の冗談ならノリ良く答えてくれるだろうさ。
「へいへい、今日も可愛い魔理沙のおかげで幸せな一日になりそうだぜ」
彼女の口癖である「~だぜ」をわずかな皮肉を込めつつ口にする。
もちろん大した感情も込めてない棒読み口調だったし、そんなこと思ってもいない。
まぁ調子が良くなるか、口癖真似るなとか言ってちょっと怒る程度だろうと考えた
俺は、そのまま隣を歩く彼女の顔を見て驚いた。
「か、かわいい………かわいい」
「お、おい魔理沙?」
「へへ、幸せ…………うへへ」
「おーい、魔理沙さんよー」
「おっ⁉ な、なんだよ遼太郎! おどかすな!」
「…………俺はむしろお前に驚かされそうだったわ」
予想に反して顔を赤らめていた魔理沙の横顔を見て、一周回って冷静になる。
そうだ、魔理沙は何故か妙にしおらしくなる時がたまにあるんだったっけ。
出会って二日程度の仲の俺が言うのもおかしい気もするけど、彼女は普段の勝気な
態度とはまるで正反対の顔を見せたりする。そう、まさしく乙女のような表情を。
男勝りな通常時とは真逆の反応をした彼女を横目で見つめ、冷静さを無理やり保つ。
多分、こういうのを『ギャップ萌え』っていったりするんだろうな。
なんてことを思いながら、正気に戻った魔理沙と一緒に通学路を歩いた。
ちなみにその後、魔理沙からのあたりがやたらと強くなった。
「おはようございます遼太郎殿! 本日も良き晴天に恵まれ」
「あーおはよー」
通学路を魔理沙と共に歩き通してから十数分後、学校に到着して教室へと向かい、
持っていたカバンを机に置いた瞬間に暑苦しい野郎が声をかけてきやがった。
脂ぎった身体を器用に、かつ俊敏に動かしながら語り始める卓村には適当な挨拶を
投げかけて以降は無視に徹する。こうしとかないとコイツはいつまでも話しまくるし。
「あ、遼太郎。おはよう♪」
「よぉメルラン! おはよう!」
しかし直後に俺の隣の席へ舞い降りた天使に関しては話も対応も次元も別だ。
朝から心を癒してくれそうな笑顔を向けてくれた彼女に対しては、当然俺も明るく
努めた挨拶を心掛け、相手の思いに応えようと全力を尽くす。
「遼太郎殿はいけずでござる!」
俺の机の前でやたら悶えてるメガネの男は放っておいてよし。
こうして俺の机の周りには昨日と同じ二人が集まり、取り留めの無い話をして時間を潰す。
最初は無視していた卓村も、あくまでノリで無視していただけで本気でシカトする気は
毛頭無いため、メルランと俺の至福のひと時に仕方なく野郎も加えてやった。
「おはようみんな、席に着け。朝のSHRの時間だ」
「あ、先生来ちゃったね」
「それでは遼太郎殿、また」
「おう」
しばらくの間三人で会話をしていると、担任の上白沢先生が教室にやって来た。
朝のSHRが終わるまで楽しい会話はお預けだな。一限目はなんだったっけな。
教室全体に散らばっていた生徒が皆一様に席に座り、担任の点呼の順を待つ。
欠席者がいる場合はその席の隣の生徒が申告してやるのがここのルールなんだそうだが、
ここにきて俺は初めてあることに気付き、それとなく隣のメルランに聞いてみた。
「なぁ、メルラン」
「ん? なにかな?」
「いや、あの席だけどさ。ほら、卓村の二つ右側の席」
「それがどうかしたの?」
「あの席って昨日も空いてたよな? 誰か休んでるのか?」
そう言って俺は目立たないように席を指してメルランの視線を誘導した。
俺が気になったのは、最前列の卓村の二つ右側。つまり廊下に最も近い空席だった。
思い返せば転校初日以前、つまり自己紹介しに来た時もあそこには誰も居なかった。
このクラスの生徒の合計は38人だから、一つでも空白の机と椅子があるのはおかしい。
そんな風に思ったのでメルランに聞いてみると、納得したような声で教えてくれた。
「あぁ、
「妖夢? 誰だ?」
「クラスメイトだよ。あの子は______________」
メルラン曰く、妖夢と言う名の人物の席らしいが、昨日も一昨日も見ていない。
二日続けていないとなると、病気か何かでの欠席か。あるいは入院しているのかも。
見知らぬ人物の事情を考え始めた俺にメルランが何か言いかけた、その時だった。
「________失礼します。遅れました、先生」
教室の前の扉が開き、その向こうである廊下から一人の少女が姿を現した。
直立不動にして毅然とした風格あるその佇まいは、凜とした雰囲気すら抱かせる。
冷寒な山脈に積もり、触れた者全てを凍てつかせんとするほどの色味をした白い短髪。
そのボブカット調の短髪の隙間から、不吉を思わせる黒色の片リボンが顔をのぞかせ、
毛先までもが氷柱の如く鋭い前髪の下には、凍った葉によく似た青緑色の瞳があった。
足音一つすらも微かにしか聞こえないほどの歩き方で、その少女は先生の元へ向かい、
おそらく遅刻届のような書類を渡してから踵を返して空いている席に静かに座った。
「ふむ………妖夢、しばらくは良いのか?」
「はい。今日からは下の子達が皆で面倒を見るようにと」
「そうか、分かった。では出席は全員問題無いな、では終了!」
上白沢先生と謎のやり取りをした妖夢とかいう少女は、外見通りの冷たそうな声色で
事務的に報告し、それを良しとした先生が朝のSHRを締めくくり教室を出て行った。
突如現れた38人目に驚きつつ、改めて遠くから彼女の姿を目に映す。
しかしながら、このクラスの女子は美少女ぞろいで驚きも薄れてき始めたぜ。
前の学校じゃ魔理沙に並ぶ美少女なんているかも分からなかったのに、ここじゃあ
美少女の名に恥じない女子がそこら中に散らばってんだもん。チートやチート。
あの妖夢とかいう子もかなりの美少女だ。けど、魔理沙やメルランとは違うタイプの
美しさって感じかな。あの二人は可愛い系だけど、あの子はキレイ系だと思う。
そうやって勝手に分析していると、前から卓村がやってきて語り出した。
「遼太郎殿は妖夢殿に興味津々のご様子。何か知りたいことはありますかな?」
「別に興味とかそんなじゃなくてさ。ただ、なんか普通じゃなさそうだなって」
「ほう? 流石は遼太郎殿、お目が高い。まさしく彼女も並大抵ではござらぬ!」
「…………まさかアレもいいとこのお嬢さんってわけじゃあるまいな」
いつも通りに興奮でたぎらせた汗によって曇ったメガネを押し付けるようにしながら
語る卓村の言葉を聞き、俺はジト目になって廊下側最前列の白髪の美少女を見つめる。
このクラスには既にメイドを文字通りにクラスメイドにしちまうブルジョワンヌ様が
いらっしゃるんだ。これ以上増えられたらいくら俺でもスーパー庶民に目覚めるぞ。
「いいとこ、と言う点では正解ですな。ですが彼女は令嬢ではございませぬ」
「…………やけに回りくどい言い方するな」
「妖夢殿ご自身の身の上はその、拙者程度の者が口にしてよいことではなく………」
「なんだそりゃ」
こういう時はやたら舌の回りが早い卓村が、珍しく口にするのをはばかっている。
初めて見る状態に興味を持った俺はその部分を詳しく聞こうと口を開きかけたが、
言葉を発するよりも先に、俺らが話題にしていた人物がこっちにやってきた。
「さっきから貴方がた、聞こえています。まるで他人のことを詮索するように」
「よ、妖夢殿! 拙者はただ、こちらの転入生である遼太郎殿に」
「転入生…………遼太郎…………貴方、名字は?」
「は?」
「私のことを他人から聞くくせに、自分の名前は名乗れないんですか?」
やって来るや否や、妖夢とやらはえらく高圧的な態度で俺らに向かってきた。
横にいた卓村が俺を庇おうとしたものの、俺のことを聞いた瞬間顔つきを変えて、
何故か急に俺の名字を名乗れとか言い出した。何なんだこの人。
でも確かにコソコソと嗅ぎ回るみたいに彼女のことを聞こうとしていた自分を
どこか卑怯にも感じ、名乗るには名乗ることにした。
「仙羽だよ。初めましてだったよな、仙羽 遼太郎だ」
「…………仙羽? そうか、なるほど。分かりました」
「さっきは悪かった。できれば友好的にいきたい、これからよろしく」
何やら引っかかる物言いで反応したものの、俺の名前は確かに伝えた。
そして先程のことを謝罪しながら友好の握手を求めて手を差し出す。
ところが目の前の切れ目の少女はその手を一瞥してから怒鳴るように告げてきた。
「私は貴方とは絶対に馴れ合わない! 絶対にだ!」
「は? おい、それどういう事だよ!」
「貴方が仙羽 遼太郎で、私が
一方的にそう告げた彼女はそのまま元の自分の席に戻って座り込む。
何だ、何がどうなってるんだ。卓村がこっちを見てくるけど気にしてられない。
訳が分からない。なんだよアイツ、そこまで怒るほどのことなのかってんだ!
確かに裏で詮索するような会話をしてたのは事実だが、何もそこまで……………ん?
"貴方が仙羽 遼太郎で、私が魂魄 妖夢であり続ける限り"?
何か言い方がおかしくないか? いや、よく考えてみればおかしい。
あの局面でアイツが怒るのは、コソコソと会話していたという事実と俺に対してだ。
けど今の言い方だと、まるで『俺が仙波 遼太郎だから怒っている』みたくなるよな。
普通なら「お前が卑怯者だから」とか、「気に食わんから」とかって方がしっくりとくる
だろうに、なんでアイツはわざわざ俺の名字を含めたフルネームでああやって告げたんだ?
俺が仙波じゃいけない理由でもあるってのかよ、クソが!
「りょ、遼太郎殿………?」
「………………何でもないさ」
心配そうな声をかけてくれた卓村にも、若干怒りの混じった口調で返してしまう。
いかんいかん、コイツは悪くないじゃないか。コイツに当たっても仕方ない。
あの状況で悪いのはどちらか、客観的に見たら確かに俺の方がわるかったかもしれないし、
実際に盗み聞きに近い行為をしようとしてたんだから強く否定することもできない。
でもよぉ、これだけは俺もハッキリと言わせてもらうぜ。
「好きになれそうにないぜ、あんな奴はな」
怒りを露わに呟いた直後、一限目開始前の予鈴が鳴った。
結局あの後は特に何も起こることはなく、普通に授業を消化し尽くして学校を終え、
そのままどこかに寄り道することもせずに真っ直ぐ家へと帰ることにした。
今日は部活は無い日らしく、魔理沙も何か用事があると言って先に帰ってしまった。
別に一緒に帰ろうと思ってわけじゃない。一緒に帰れなくて残念とも思ってない!
「…………とはいえ、一人の下校は辛いもんだな」
周囲を見渡せば、仲のいい連中やらお友達グループやらがまとまって下校している様子が
見えてくる。もちろん転入してきたばかりの自分にその輪の中に入る度胸も資格も無い。
だからと言って仲のいい奴が一人も居ないわけじゃない。ただ、帰る方向が違うんだ。
「こればっかりは誰も悪くないから、仕方ないんだよなぁ」
いくら文句を垂れようと、それで現状が変わるわけじゃなし。
叶わない願いは早々に諦めて手頃なサイズに留めておくに限る。決して妥協じゃないぞ。
転入直後故の孤独にさらされながら、やっと覚えてきた道順を通って家へと帰る。
この先の角を左に曲がって少し行けば、新しい我が家に到着する。はい着いたっと。
「さて、鍵は~っと、あった」
親父は仕事で夕方か、遅くとも夜には帰ると家を出る前に行ってたからいないはずだ。
カバンから家の玄関の鍵を取り出して鍵穴に差し込み、クイッと回してかいじょ………お?
「開いてる? 閉め忘れ、なはずないよな」
手首をクイッとひねったのだが、鍵を開けるあの感触がしない。これは異常だ。
俺はこの新しい我が家に来てからというもの、戸締りなどの管理はしっかりしてきたつもりだ。
裏口や窓はもちろんのこと、家を出るときに鍵をかけたかどうかの確認も怠っていない。
なのにどうして鍵が開いているのか。俺の頭の中に、即座に二つの可能性が浮かび上がる。
一つは単純。俺の親父が予定よりも早く帰ってきているってことだ。
そちらなら問題は無い。このまま扉を開けて「ただいまー」と言えば済む。
しかし本当に問題なのはもう一つの可能性。つまり、空き巣だ。
こちらは冗談抜きでヤバい。この家に高価な物は無いが、通帳等が盗られたら厄介極まる。
どうにかして確かめないといけない。でもどうすればいいか分からない。
「…………………一か八か、か?」
扉の前で一分ほど頭を使った結果、やはり最後はこういう結論に至った。
仕方ないだろ。うかつに扉を開けて本当に空き巣だったら洒落にもならんし、
仮にもし親父だったとしても一発殴ってやらなきゃ気が済まないしな。
「…………さてと、いきますか」
大丈夫だ、俺ならいける。
いざって時の為にと、ガキの頃から爺さんにしごかれまくった苦い思い出がある。
護身術程度の効果はあるだろうし、上手くいけば空き巣だろうと取り押さえられるはずだ。
緊張と不安からくる身体の震えを自覚しつつ、俺は自宅の扉に手をかけた。
だが次の瞬間、その扉は無造作に開かれた。
「おかえりなさいませ! おにいさま!」
「…………………は?」
どこかで見たことのある、可愛らしい少女からのおかえりとともに。
「あら、やっぱり遼太郎だったのね。おかえりなさい」
「あ、あんたは!」
あまりに理解不能な現状に脳が処理落ちしかけたところに、聞き慣れた女性の声が届き、
頭に思い浮かべた人物が家の奥から出てきた瞬間、俺の脳は完全にオーバーヒートした。
動揺に次ぐ動揺で言葉も出ない俺を見て薄く笑ったその女は、手招いて語りかけてきた。
「早くあがってらっしゃい。あ、手洗いうがいも忘れずにね」
そう言ってまたその女性、八雲 紫は俺と親父の家の中へと姿を消していった。
何だ、一体何が起こってるんだ。訳が分からなさ過ぎるぞチクショウが!
理解が追い着かないことへの苛立ちがそのまま態度に現れるが、今はどうだっていい。
まさかあの人がここまでするとは思わなかった。土足で人の家に踏み込みやがって!
「おにいさま? おててあらいませんか?」
「……………あ、ああ」
そうやって憤慨しかける俺に、扉を開けた幼い女の子は気遣うように話しかけてきた。
そういえばこの女の子、よく見たら前にあの紫さんが連れてきてた小っちゃい子か。
あの時は子供用のスーツみたいな正装してたから、今着てる私服の状態とは気づかなかった。
取り敢えず今はこの子と一緒に手洗いうがいをしに洗面所へと向かうことにした。
でもあの人、また母さんみたいなこと言いやがって。
心の中でくすぶる怒りを包み隠すように努め、やるべきことを済ませてリビングへ向かう。
するとそこにはあの人、紫さんが椅子に座って待っていて、俺に座るように促してきた。
彼女の言う通りに対面へと座り、俺は一番気になっていたことを開口一番に話す。
「なぁ、なんであなた達がここにいるんだ? なんで家に入れた?」
「………まずは私の話から聞いてほしかったんだけど、そっちの方が重要だものね。
この家に入れた理由ね? それは遼太郎と最初に会ったあの日、鍵をもらっていたからよ」
「なんだと⁉」
紫さんがさも当然であるかのような口ぶりでとんでもないことを暴露してきた。
親父が鍵を渡しただと? そんなことあり得るのか? でも、だったらどうしてそのことを?
困惑のあまり志向がロクにまとまらない。ダメだ、一旦この事を考えるのは後に回そう。
冷静さをどうにか取り戻し、話を途中で止めて待っていてくれた紫さんに続きを促す。
「鍵をもらったってことはつまり、親父から?」
「陽介さんからちゃんと受け取ったわよ? あの人は話してなかったの?」
「…………聞いてねぇよ。あ、いえ、聞いてないです」
「そう。なら私が話すわ。でもその前に一ついい?」
どうやら彼女の話では親父が直接渡したらしい。若干信憑性には欠けるけど、今はいい。
考えるのは全部後にしようと決めて話を聞こうと向き直った時、紫さんが何やら別の話を
しようとして許可を求めてきた。俺としては断れるはずもなく、無言で首肯する。
俺からの同意を受けた彼女は、それまでの余裕のあった笑みを消して真顔で語り掛けてきた。
「無理に敬語を使わなくてもいいのよ? 別に貴方の発言で気分を害しても、そんなことを理由に
陽介さんをクビにしたり、左遷させたりするつもりは毛頭無いもの。それになにより……………」
「なにより?」
「__________私の事を、二人目の母親として認めてもらいたいの」
「ッ‼」
紫さんの言葉に、ほんの一瞬だけ視界が真っ黒に染まりかけた。
吠えたくなった。暴れたくなった。殴りたくなった。狂いたくなった。
彼女の言葉一つで、俺の意識が怒りの感情に丸呑みにされかけてしまったのだ。
でも耐えなきゃならない。ここでこの人に怒りをぶつけて何になる。
俺の母さんはもう、帰ってはこないんだから。
どうにかして頭を冷やそうと、まずは体内の毒気を抜くように思いっきり息を吐いてみる。
ちょっと怒り混じりの溜め息っぽく聞こえたかもしれないけど、そこは見逃してほしい。
そして次に新鮮な空気を送り込むために大きく息を吸い、深呼吸としてそれを二度繰り返す。
結果としてかなり頭をクリアにできた俺は、またも待っていてくれた彼女に面と向かう。
「どうしてそんなことを?」
「…………貴方を見くびっていたわ、ごめんなさい。てっきり殴られるんじゃないかと」
「実を言えば殴りそうにはなりましたよ。何を言い出すんだこの人は、って」
「そうよね。いきなりほとんど見ず知らずの私にそんな事言われても困るわよね。
ねぇ遼太郎、聞いて? 私は本当に陽介さんを、そして貴方を心から愛しているの」
「………………………」
「信用されないのは分かってるわ。そりゃ誰だって怪しむに決まってるものね。
世界的グループの総帥と一介のサラリーマンが愛し合うなんて、滑稽だと思うのも当然。
でもね、それでも、私はあの人を愛してるの。そしてその人の息子である、貴方も」
真面目な顔で語る彼女の眼には、迷いは無かった。この人は、全部本気で言ってるんだ。
確かにまだ紫さんを信用してないし、話の内容だってそこまで信じてるわけじゃない。
けど、ついさっきまでの怒りの感情は、無いも同然と思えるほどに小さくなっていた。
まぁ、アレだ。話を聞くくらいならしてもいいんじゃないかとも思う。
そう考えた俺は取り敢えず、彼女の話を一通り聞くことに決めた。
_____________総帥説明中
で、一通り紫さんの話を聞き終えたわけだが、要約するとこうなる。
「つまり今日ここに来たのは、懇親会を兼ねて手料理を振る舞うためってこと?」
「掻い摘んで言えばそういうことになるわ。遼太郎は頭もいいのね」
「……………とにかく、親父と俺に夕食を作るためにわざわざ来たと?」
「そうよ。陽介さんだけじゃなく、貴方にも認めてもらいたかったから」
「……………俺の、二人目の母親になるって話ですか?」
「ええ。もちろん、食事で釣ろうなんて下賤な考えではないわ。信じて。
でも、独り身の私が言うのも何だけれど、食事は家族そろってが一番だから」
と、要は手料理を振る舞いに来たらしい。まだ信じ切ってはいないけどな。
でも実際に冷蔵庫の中を確認したら、昨日までは無かった食材が入れられていたし、
何よりその中身がすごかった。親父の給料じゃ買えないような超最高級品ばかりが
所狭しと敷き詰められていたのだ。まさかとは思うが、これ全部一食分か?
とにかくそんな訳で彼女が家にいた理由と方法は分かった。ここは和解成立だ。
「………分かりました。俺から言う事はもう何も無いです」
「あら、それじゃあいいのね? 私が台所についても」
「ええ、まぁ。俺が止める理由も無くなりましたし」
「ありがとう、愛してるわ。あ、でも一番愛してるのは陽介さんだから」
「……………それで、もう一つ質問していいですか?」
「何でも聞いてちょうだいな」
「では。あの、この前も来てたけど、その子は一体?」
和解成立したのはあくまで彼女の事と、今晩の食事を任せるということについて。
しかし問題は他にもある。というか今現在進行形で俺の目の前にいたりする。
その事についてを尋ねてみたところ、意外にもあっさり答えてくれた。
「自己紹介はさせたわよね? 私の養子の藍の、その養子の橙よ」
「なんかすごい家系図になりそうですけど、それはいいんです。
でもあの、さっき玄関でこの子に『おにいさま』って呼ばれたんですけど」
「あー………それは、私が教えたからね」
「教えた? 何を?」
「私が遼太郎にも認められて、晴れて陽介さんと結ばれたら橙にとって貴方は叔父。
流石に高校二年生で叔父呼ばわりは嫌でしょう? だから兄ならセーフかなって」
「かなって……………いや、まぁ叔父も嫌には嫌ですけど」
「でしょう?」
うん、小学生っぽい女の子に、しかもこんな美幼女に叔父さんと呼ばれるのは
何か胸の奥にグサリとくるものがある。でもなんか違う。多分論点が違う。
しかも何気に親父と結婚するとこまでシュミレーションされてんだな、流石CEO。
紫さんとどこか論点がズレた話を展開しかけていると、不意に橙が俺の横に来て
少し不安げに表情を歪ませながら弱々しく呟いてきた。
「おにいさまは、ちぇんがきらいですか…………?」
「えっ⁉」
「おにぃ、しゃま、ちぇんがきらい、でしゅか……?」
いかん、何か泣きそうになってる。
まずいぞ、いくら女子と関わりが無い俺とはいえ、こんな幼子を泣かせるほどの
腐れ外道にまで身を堕としてつもりは無い。皆無と言っていい。いや皆無だ!
しかしなんでこの子が泣きそうになってるか分からんが、今は話を合わせておこう。
「い、いや。そんなことないぞー? お兄さんは橙が好きだよー」
「ぅう…………ホント?」
無言で首を縦に振る。
すると途端に橙の表情が晴れやかになり、花が咲くような笑顔になった。
泣きそうだった顔から一変しての笑顔だ。心が和まないわけが無い。
しかも年を経て覚える愛想笑いや作り笑いではない、本物の純粋な笑顔なのだ。
なんというか、心休まる良い笑顔だ。表現するならば、『にぱー♪』だろうか。
黙って対面で見ていた紫さんが、泣き止んだ橙を見ながら微笑みつつ語り出した。
「一昨日ここへ来た時、貴方は初めて橙と会った。でも橙は違ったのよ」
「え?」
「いえ、会うのは二人とも初対面だったのよ? ただ、橙には先に言っておいたの。
これから橙には新しくお兄様ができるかもしれないって。そしたら大喜びでね」
「そうだったんですか」
「ええ。すごかったわよ、小学二年生の遠足の時よりもはしゃいじゃってね」
基準がよく分からなかったが、とにかく橙にとっては嬉しいことだったらしい。
俺みたいな一般市民が大企業の頂点の一族の兄になるとか、逆に恐ろしいけどな。
しかしそんな兄(仮)の心境も知ってか知らずか、橙はやたらと甘えてき始めた。
さっきから俺の左手を両手で掴んでしばらく触った後、頬ずりを始めた。超可愛い。
いかん、このままでは妹萌え、つまりシスコンの病に侵されてしまうかもしれない。
そんな危機感を抱きながら、甘えてくる出来立ての妹にされるがままになっていると、
玄関の扉が開いて気の抜けたような、精根尽き果てた「ただいま」の声が聞こえてきた。
「あら、陽介さん帰ってきたのね。それじゃ、夕食の準備しようかしら」
「あ、あの、俺も何か手伝いましょうか?」
「…………嬉しいわ遼太郎。でも、今は橙と遊んでいてちょうだい」
「分かりました」
台所へと向かう紫さんに声をかけ、橙の面倒を見るようにと頼まれる。
確かに怪しさ満点の女性ではあるものの、当初の警戒心はもう薄れていた。
流石に信用しきるほどまででは無いけれど、彼女の想いだけは疑いようはない。
結局折れた俺は、リビングに入って混乱した親父への状況説明と可愛い妹との
スキンシップに勤しむこととなり、疲労を感じた頃にちょうど夕食が完成した。
「「「いただきます!」」」
「はーい、召し上がれ」
これまで親父と二人か、あるいは一人での華も活気も無い夕食ばかりだったけど、
この日の夕食は何というか、言葉にするのは恥ずかしいけど、すごく楽しかった。
高級な食材ばかりを使っているのと、料理した人の腕が相当なもののおかげか、
自分たちで作った料理の何十倍ものおいしさだった。
ただ、高級な食材たちが豪華な色彩を放つ中で、ある一皿だけがこじんまりとしていた。
やけにあの皿の上の食材だけ一般的だな…………使ってる調味料も家庭的っぽいし。
そう思っていたら、俺の視線に気付いた親父がその皿を見て目の色を変えた。
「コレは………」
「覚えててくれたかしら、陽介さん」
「ああ、覚えてるよ。この料理は、忘れたくても忘れられないからね」
「うふふっ。貴方の為に作りました。どうか、ご賞味くださいませ」
何やら二人でやり取りを始めて、意を決したように親父がその皿に箸を伸ばし、
おそらく人参とジャガイモを一口大に切って程よく焼いたであろう物を口にする。
そして数回咀嚼し、親父の表情は今まで見たことも無いほど満ち足りたものに変わった。
「ああ、やっぱりこの味だ。本当に紫さんだね、この味付けは」
「醤油に大さじの砂糖と料理酒を加えて混ぜ、一味をふりかけて一時間寝かせる。
貴方に再会して手料理を振る舞う機会が来た時の為に、完璧に仕上げましたの」
「……………ありがとう、紫さん」
「もったいない御言葉ですわ、陽介さん」
何やら昔を懐かしむようなやりとりをなさっている二人。邪魔しちゃ悪いよな。
こうして親父と俺と、紫さんと橙を加えた四人での一家団欒の予行演習は幕を閉じた。
いかがだったでしょうか?
いやー、ゆかりんってばマジ乙女。もうヤンデレとは言わせない!
しかし、ただでさえ学園モノなのに遅々としてストーリーが進まぬ!
いやはや、私の力の無さゆえか。文才も才能の一つなのですなぁ。
それでは皆様、不定期更新される次回をお楽しみに!
ご意見ご感想、並びに批評もお待ちしておリマス!