ラクファカールのとある宇宙港にて
「じゃぁ、ジント、いってくるよ。」
「ダリシュ…・。君を信じているよ…・」
「わかった。ジント」
二人とも沈痛な表情と短い言葉でその場を別れた。
ハイド伯国のハイド伯爵家・軌道城館
ハイド伯国の運営は領民政府から選出された代官のスォッシュ氏とハイド伯爵家の家宰のサムソン、それに領民政府代表のティル・コリントによって行われていた。
そして、軌道城館に、紋章院・新邦国調査局・調査員としてシュリル・ウェフ=キルヒム・ダリシュが訪問する予定になっていた。この件に関しては前もってジントから報告が入っていたので、とりあえず、丁重に迎えることにしていた。
「わざわざ、遠路はるばるラクファカールから辺境のハイド伯国に起こしいただいて、恐縮でございます。」丁重に迎えるスォッシュ氏
「ありがとうございます。シュリル・ウェフ=キルヒム・ダリシュです。少しの間だけ世話になりますが、よろしくお願いします。」穏やかな表情で応えるダリシュ
「ところで、シュリル調査員は、このハイド伯国に何を調べに来たのでしょうか?詳しい説明はハイド伯爵閣下から説明されなかったので、教えてもらいたいのですけど。」紋章院の調査員ということが気になるサムソン
「それは、残念ながら詳しく説明はできません。もしかして、それがないと正式には地上世界への許可は下りませんか?」あいかわらず穏やかに話すダリシュ
「え、シュリル調査員は地上世界へ、マルティーニュに降りる気ですか?あなたは、この星の状況がわかっているのですか?確かに法律上は、ここはアーヴ帝国の邦国となりましたけど、マルティーニュの人間は誰もそう思っていません。一つの自立した国家だと政府も領民も思いこもうとしています。そこへ支配者のアーヴが来たらどう思いますか?いくらなんでも無茶ですよ。」必死に止めるスッォシュ氏
「確かに、この地上世界の状況は知っています。しかし、それは、領民政府の問題であって、私とは関係ありません。ハイド伯爵閣下には正式に許可をもらっているのです。もっとも、ここで、領主代行のスォッシュ氏や家宰のサムソン氏に地上世界に下りることを拒否されても行くつもりです。そうしないと、私の調査の目的が達成されないのですから。」平然と言い放つダリシュ
「ちょっと、その判断は待ってくれませんか。とりあえず、我々だけでは決められないので、領民政府と話し合ってからそれを聞いてから決めてもらえませんか?」サムソン家宰
「そうですね。一応、領民代表の意見も聞き入れましょうか。その点に関してはハイド伯爵も要請していたので、とりあえず、聞きます。でも、できれば、直接会談したいですね。場所はそっちに任せますよ。地上世界でも軌道城館でもどちらでもいいですよ。」
ダリシュは初めから領民代表のティル・コリントと話し合いをするつもりだった。
こうして、ダリシュとの会見が急に決まり、場所は完成したばかりの軌道塔の一室で行われることになった。
「惑星・マーティンの領民代表のティル・コリントです。」あくまでもマーティン語で挨拶をするティル
「初めまして、紋章院・新邦国・調査局員のシュリル・ウェフ=キルヒム・ダリシュです。」それに対して、マーティン語で挨拶するダリシュ
その部屋の外で聞いていた報道官たちは、いっせいに驚いた。
「驚きました。機械通訳を使わなくて、マーティン語を話すとは、しかも、かなりの上手な発音ですね。もしかして、これからの会談もマーティン語で大丈夫ですか?」マーティン語で会話できるということで、親近感を抱くティル
「はい、大丈夫です。私の教師が優秀だったのである程度の自信はあります。では、本題は入りますが、ここのハイド伯国の領民政府と領主との関係が他の邦国と比べると極めて特殊な関係であることを知っていますが、それに関して疑問が紋章院の方から出まして、それで、もし、この関係が時と事情によって急激に変って、領民政府が反旗を翻すのではないかという意見も出ているのです。」
「確かに、我がマーティンはなるべく独立の形を保ちたいというので、そういうふうに思われてもしかたないですが、領主と領民がこの形を満足して、決めたことです。それに口を挟めるはずではないと思いますし、法律上でも問題ないとこの条約を結んだときにはっきり、決まったはずです。」強気の姿勢で答えるティル
「そうですか、では、これは、私たち紋章院が独自に調べた情報なのですが、もし、ここに鎮守府という星界軍の軍事施設ができる計画ができたらどう思います?これが、状況が変るかもしれないということです。」ゆさぶりをかけるダリシュ
「そ、それは、本当ではないでしょう。でも、もし、そのような計画があるなら断固反対します。だいいち、こんな辺境の地に軍事施設をつくるとは思えません。星界軍の防衛が苦労するだけではないですか?」
「そうですか、少しは帝国の領土について知っているみたいですけど、なぜ、ここに軍事施設になる可能性があるかということを理解できないみたいですね。では、今から説明します。」
クリューノを操作して立体映像をティルに見せて、このハイド伯国が帝国の八つの門のなかであるイリューシュ門から二つの同じ距離の航路でいける唯一の邦国ということを説明して、それが戦略レベルの訓練でいかに重要であり、ふさわしいかを説明する。そして、なぜ、襲撃艦隊という星界軍の新造艦が以前、ここにきたのかも説明した。
それを聞いたときの、ティルの顔は青ざめていた。説明としては可能性が大きいものであり、事実、星界軍はここに演習しにきたからであった。
「それで、私が来た理由です。もし、そういう状況になったとき、止めることはできないかもしれませんが、例えばこの複合機能都市と反対の軌道上に作れば、マーティンの市民がその基地を見ることができないかもしれないし、基地を他の惑星に建設するという方法もできないわけではありません。ですが、そういう方法をとるには星界軍の軍設局に説明したり、その他の上層部に理由を詳しく説明しなくてなりません。そのための今回の調査です。」
「そうですか、これは領主の権限ではこの軍事施設の建設は中止できないのでしょうか?」
「それは、無理です。星界軍の作戦、その他のあらゆる軍事行動に関する権限は、皇帝陛下が持っているのです。これは、領主がどうにかできるものではありません。ですが、戦略上問題なければ、多少の変化は許されます。だから、今回の場合、その多少の変化ということ成し遂げるために情報がいるのです。ハイド伯爵閣下も今回の調査は全面的に私に任せています。ですから、地上に降りて調査する許可をください。もちろん、あなたたちの混乱を避けるために、私は変装して降りるつもりです。だから、領民には、地上世界出身の調査員として私を説明してもいいですよ。それで許可が得ることができるなら、やりますから。」
その発言をした瞬間、別室で見ていた領民政府の人々はとても驚いた。そして、変装して地上に降りるなら良いという雰囲気がでてきた。少なくても、本物のアーヴが調査員としてくるよりもはるかにましだし、調査の目的もマーティンに害を及ぼすものではなく、むしろ有益なものとみなすものだと認識したからであった。
「そうですか、誇り高いアーヴが地上人に変装してまで、おりていくとなると、無下に反対するわけにはいきません。とりあえず、他の部屋で領民政府の他の首脳部と少し相談してから結論を出します。今回の会見はとても有意義でした。シュリル調査員の希望がかなうように善処します。」
こうして、ダリシュとティルの会見は終了した。そうして、1日経った後で、彼の地上への許可がでたのであった。
……ハイド伯爵軌道城館の個室……
ダリシュが会見の後で休憩しているとそこへ、サムソン家宰が入って、酒を勧めていた。
「シュリル調査員、どうやら、あなたの希望どおり、地上世界へ下りる許可がおりましたね。その記念にささやかな祝杯をあげようじゃありませんか、と建前はあるが、実はいうと、酒を飲むきっかけが、欲しくてね。ただ、いつも酒を飲んでいるとこういう刺激もたまには必要かなと思いますね。」蒸留酒の瓶片手に酒に誘うサムソン
「いいですよ。サムソン家宰、私も明日の地上世界へ降りるまで暇もありますし、あなたの酒の肴になっても、別にかまいませんよ。」人なつっこい笑顔で答えるダリシュ
「いやぁ、それにしても、見事ですね。マルティーニュの領民政府の方々はすっかり、あなたの言葉を信じ込んでいますよ。アーヴ嫌いのあの方たちから地上世界への降りる許可をもらうなんて、相当の交渉術いや、嘘で固めているから詐欺師といったところかな。」酒瓶を一気に飲み干して、探りをかけるサムソン
「サムソン家宰、どうして、あの話が嘘といえるのですか?その辺の理由を詳しくぜひ聞かせていただきたい。」穏やかにほほ笑みながら嬉しそうに話すダリシュ
「まず、私が星界軍にいたときは、紋章院に新邦国調査局なんて言う部署があることは、聞いたことないし、星界軍の基地建設に関して、紋章院の者が何か影響するなんて言う話も聞いたことない。さらに付け加えていえば、紋章院の蝙蝠どもが地上世界の領民政府なんかに、許可をもらって、おりるなんていう話は聞いたことがありませんからね。いや、蝙蝠とはいささか、下品な表現をしましたな。そのあたりは、ちょっとした誇張した表現にですから、気にならないように。」といいながらも、いやみったらしく笑うサムソン
「別にいいですよ。そういえば、サムソン家宰は星界軍の情報局にも一時所属していたのですよね。なら、僕達の仕事もある程度わかるでしょう。そうです。サムソン家宰のいうとおり、嘘をついていることは確かです。まぁ、私の真の目的をいったら、絶対、地上世界からの許可はおりないでしょうし、いうきもないですからね。」
「それで、どうなんです?ここに降りる真の目的とは?私だけにもぜひ、教えていただきたいです。そうすれば、下で何か問題が起きたとき、対処しやすいですからね。」サムソンが酒に誘った真の理由は、これだった。
「おや、あなたもおりるつもりですか?まぁ、いいですよ。そうですね。サムソン家宰には、今回の件に関して直接ハイド伯爵閣下から伝言があります。これがその記録映像のデータです。私の口からいえないですが、この伝言を見れば、わかります。」記録片を渡すダリシュ
「そうですか、じゃぁ、遠慮無く見せていただきますぜ。」記憶片を映像再生機につないでセットするサムソン
そして、サムソンとダリシュの目の前にジントの立体映像が現れた。
『いやぁ、サムソンさん。お久しぶりです。でも、事は重要なことなので、簡潔にいいます。今回、シュリル調査員がハイド伯国に来た理由は、アーヴの復讐を果たすためです。そのために調査してその対象者を連行することが目的です。それで、この件に関して彼に一切任せてください。これは、ハイド伯爵としてサムソン家宰に対する命令です。サムソンさん、本当は僕はこんなことはしたくないんだけど、このアーヴの復讐はアーヴの存在理由の一つを示すものだから、領主といえどもとめることはできないんだ。故郷の人間も父がアーヴだったとこれで少しは自覚するかもしれないな。』自嘲気味にしかも憂鬱な表情浮かべて映像のジントは消えた。
「く、まさか、それが真の目的だったとは、思わなかったですぜ。でも、シュリル調査員、あなたの上司は、ハイド伯爵閣下の気持ちを考えていませんぜ。こんなことを彼が絶対望んでいるはず無いことは明確です。私も絶対反対ですが、伯爵閣下が望まないことをあえてうけいれているのに、その家臣がうけいれないとなっては、家臣としては失格だから、彼の言うとおり、あなたに任せます。」
「僕に任せていただいてありがとうございます。サムソン家宰、あなたは、この目的を知っても私と一緒にマルティーニュに降りますか?下手をすれば、ひと騒動おきますよ。私としては、ハイド伯爵家の家臣のあなたを巻きこみたくないのですが、私にそれをとめる権限はないのです。」真剣な面持ちでサムソン家宰の目を見るダリシュ
「ええ。おりますぜ。もし、坊や、いやハイド伯爵閣下がこのことを聞いたら、せめて見届けたい思います。だから、私も紋章院の調査員がどんな調査をして、それが本当に正しいものなのかを知りたいです。でなければ、ハイド伯爵の故郷の人間をアーヴの地獄を落とすなんていうことを納得させることなんてできないですからな。」
すっかり、酔いはさめて、決心した顔をするサムソン
こうして、シュリル・ウェフ=キルヒム・ダリシュ調査員とハイド伯爵家・家宰のサムソン・ボルジュ=ティルサル・ティルースはマルティーニュの地表に降り立った。
登場人物紹介
シュリル・ウェフ=キルヒム・ダリシュ
ジントと年齢は同じで、この当時は主計前衛翔士、紋章院の特殊精鋭組織『青の牙』のリーダーであるヘルマスター。
『青の牙』の役割は、アーヴの復讐を果たすことと平明宇宙航行可能の船を地上人が製造するのを防ぐこと。
普段は、穏やかで優しい性格である。そして、10分の1以下に空識覚を抑えている頭環をつけているため、集中力がないように見えて、鈍いと思われるときもある。
彼は、キルヒム家最高の後継者と父親から言われているくらいの逸材で、星界軍の飛翔科修技館史上最高の成績をあげた妹であるユーリルもほとんどの面で彼にはかなわない。
ちなみに、余談だが、キルヒム家の家風では「親友」という地位は、彼にとって、家族よりも想人よりも重要とされている。つまり、ジントは、ダリシュにとっては、それほど、大事な人物である。