アーヴの復讐のためにマルティーニュに降り立ったダリシュとサムソンだったが、ハイド星系政府の政治的情勢の変化により、再び、ティル・コリント氏と会談を行った。
「ティル国家元首、わかりました。結局、議会の反抗勢力によって、調査は中止ですね。しかし、これでは、マーティンの軌道上に鎮守府ができてもしかたありませんね。まぁ、その責任は今回の調査を妨害した人達が負うことになるのでしょうね。」ニコニコしながら発言するダリシュ
「はい、私としては調査を許可したいのですが、これも民主主義です。いたしかたありません。」すまなそうな顔をするティル
その状況を見ていた野党の議員達は、色めきだっていた。もしかして、自分たちは重大な過ちを侵したのではないかと。もし、マーティンの軌道上に星界軍の軍事施設ができたら、結局、自分たちの責任になるという雰囲気が流れていた。
そういう雰囲気にとどめをさすかのようにダリシュは言った。
「たぶん、僕以外でこの星系を調査するアーヴも今後こないでしょう。だから、もうお手をわずらわせることもないですね。ティル国家元首、僕達は今夜にでも軌道塔から宇宙へ帰ります。短い時間でしたが、お世話になりました。」最後はアーヴ式に頭環に指を添える敬礼をするダリシュ。ちなみに、ダリシュは髪の色も頭環も元に戻してアーヴとしての服装に戻っていた。
こうして、サムソンとダリシュは、ミルタン大佐とウエリントン少佐の護衛のもと、浮揚車にのり、軌道塔へ向かっていた。そして、もうすぐでそこへ到着する寸前、ダリシュ達を乗せた浮揚車の前方で突然、民間人の車が爆発炎上した。
当然、交通網に混乱が生じて、その浮揚車も停止した。
「まったく、何が起きたのだ。軍の司令部に状況を調査せよ。」車を降りて、無線で連絡するミルタン
すると、突然、車の周りに催涙弾が撃ちこまれた。そして、煙に混じって数人の男達が一斉に車を襲撃した。
ミルタン大佐とウエリントン少佐と運転手はその男達のあまりの手際の良さに一瞬にして麻酔銃を撃たれて気絶してしまった。
「おい、アーヴ車から出ろ、死にたくないならな」体の大きさはサムソンよりふたまわりも大きく屈強な体格をした男が凝集光銃を構えていた。
「サムソンさん、どうやら彼らにおとなしく従ったほうがいいみたいですよ。」といって、余裕を浮かべてウィンクしながら言うダリシュ
そんなダリシュの様子を見て、察したのか。サムソンもダリシュに引き続いて、その車を出て、彼らが用意していた車に乗せられた。
こうして、ダリシュとサムソンは謎の男達につれられて、ラングトン市の郊外の古い家へ監禁されてしまった。
その家の地下室にサムソンとダリシュは手錠をはめられて、閉じ込められていた。
「サムソンさん、大丈夫ですか?とんだ災難に遭いましたね。僕もこんな事態が起きるとは思いませんでしたよ。」といいながらも、余裕のある表情のダリシュ
「いや、本当ですか?それにしては、あまり慌てた様子がないですぜ。誘拐と監禁されてこんなに落着いている人間を私は初めて見た気がしますぜ。」サムソンは、ダリシュの態度が気になっていた。
「サムソンさん、僕は、こう見えてもアーヴですからね。この程度のことで驚きませんよ。ところで、サムソンさん、あのとき、僕達を誘拐した連中は、何人いたと思いますか?30人いました。あれだけの人間を突破して逃げるには、厳しい状況でしたからね。しかも全員、凝集光銃をしていて、数人は手榴弾やそれ以上の重火器を持っていました。赤外線のスコープも着用していたし、まるごしの僕達にとっては勝てる戦いでは無かったですよ。」あの一瞬の出来事で状況を冷静に分析していたダリシュ
「そうですか。だから、大人しくした方がよかったのですね。でも、私には別の理由があったとしか思えないですぜ。まるで、あの誘拐がシュリル調査員の予測どおりのような気がしてならないですぜ。」とことん疑うサムソン
「サムソンさんは、本当に面白い考えをしますね。僕がそんなことできるはずないでしょう」といって、目線で監視カメラを示すダリシュ
「やはり、そうですか、まぁ、この話はこれで終わりにしますぜ。」とダリシュの意図を理解するサムソン
ダリシュ達がそのまま沈黙を守っているとおもむろに地下室の扉が開き、そこへ、ダリシュ達に凝集光銃を向けた大柄な体格をした男がとその部下が2名入ってきた。
「おい、アーヴ、元気良くやっているか。俺の名は、ブエル・キールという。反アーヴ・ハイド同盟のリーダーだ。お前らを誘拐したのは、平たく言えば、帝国を脅迫するためだ。わかったか。」大きな声で恫喝するように言うキール
「そうですか。わかりやすいですね。でも、僕らを誘拐してもあまり意味がないと思いますよ。帝国はたとえ、皇帝陛下を誘拐しても要求は飲まないでしょう。これは、動きようのない真実ですからね。」穏やかな笑みを浮かべて話すダリシュ
「嘘だ。いや、絶対に信じないぞ。そんなことを言って、我々がお前らを解放されること望んでいるための嘘だな。とにかく、アーヴの言うことなんて、絶対信じないぞ。」ダリシュの発言に動揺するキール
「たぶん、それは真実だと思いますぜ。私も仲間のアーヴが地上世界で誘拐されて、見捨てられたところを見ましたから。(もっとも、アーヴといっても坊やだがな)」サムソン
「ふん、お前達はただ、助かりたいだけでそんなことを言っているのだろう。人質の癖に生意気だな。とにかく、帝国に脅迫することは決まっているのだ。それまで、おとなしくしていたほうが、身のためだ。」あくまでも、二人のことを信じないキール
「すいません、実はいうと、僕の立場上おとなしくているわけにはいかないのですよ。紋章院の『青の牙』の長としてはね。」といって、両手にかけられていたはずの手錠をあっさりはずすダリシュ
「貴様、いつの間に、アルタ、ベゲルやつをうて、多少傷つけてもおとなしくさせるのだ。」と発砲命令をするキール
そして、二人は間髪いれずにダリシュに向けて、凝集光銃を発射した。しかし、その光線は彼の直前で相殺されてしまった。
「簡単な個人防御兵器ですよ。物理攻撃ではないと駄目ですよ。」といいながら、前に出ていたキールの二人部下に襲いかかり、一瞬で二人を倒した。しかも、二人ともたった一撃で気絶したのだった。
「アーヴ、貴様やるな。名を聞いておこう。」といって、懐からナイフを出すキール
「僕の名ですか?あなたが死ぬ前に教えるのは意味の無いことだと思いますが、一応、教えますよ。シュリル・ウェフ=キルヒム・ダリシュです。死んでも覚えておいてくださいね。」といって、無防備に何も構えずすたすたとキースに歩み寄るダリシュ
「ふん、死ぬのは貴様だ。」
ナイフを突きたてて、その巨大な体からは信じられないスピードで突進するキール。
しかし、彼がダリシュの胸にナイフを突いたと思った瞬間、彼はキールの視界から一瞬で消えた。そして、呆然としている一瞬の隙にダリシュの足がキールの首をはさみ、そのまま巨体を持ち上げて、首ごと壁に激突させた。そのときにキールの首は本来あってはならない方向に曲がり、そのまま口から血を流して、ぴくりとも動かなくなった。
「それにしても、見事ですな。相手のキースというのもかなり訓練された兵士だったみたいですけど、それを一瞬で倒すなんて、いやはや恐ろしいですな。」ダリシュの能力に驚嘆するサムソン
「サムソンさん、とりあえず、その監視カメラも破壊しました。とにかく、ここから逃げましょう。」
「うん、わかりましたぜ。でも、どうやって?ここは、地下室みたいですけど、さっきの部下の連中がここに大挙してきたらとても突破するのは無理ですぜ。」なぜ、こんな危険な状況で行動を起こしたか心配なサムソン
「それは、彼…いや、彼女に聞くとしよう。ミルフィーユさん、いつまで、寝ているのですか?お仕事ですよ。」そういって、首が折られた死体になったキールに話しかけるダリシュ
「シュリル調査員、なにをやっているのですか?」彼の突拍子もない行動に驚くサムソン
すると、死んだはずの死体のキールが動き出した。そして、折れたはずの首が元の方向へ戻り、その巨体が顔から腹まで真っ二つに割れた。それで、驚くべきことにその中から見た目は12〜13歳くらいで薄水色の髪と瞳を持つアーヴの美少女が現れた。
「ダリシュ坊や。お久しぶりね。立派になって。まぁ、それはいいとして、脱出口を教えるわ。ここの地下室を選んだのはここには地下の排水坑道へ通じる入り口があるの。ここよ。」そういって、地面に文字を描くように指を当てると、彼女のすぐ側に地下へ通じる入り口が現れた。
「サムソンさん、行きましょう。あとの案内は彼女がやってくれるから。」その入り口に入るダリシュ
「わかりました。とにかく、ついていきますぜ。」サムソン
「私もいくわ。その前に…」
ミルフィーユは、自分が着ていたキールだったものに、可燃物と火をつけて燃やしてからその地下道へ入っていた。
地下道を抜けて、地上へ上がると、そこは、森の中だった。マーティンの人々が言うエキゾチックジャングルといわれているところだった。その森の中に1台の浮揚車があったので、それにダリシュとサムソンとミルフィーユは乗りこんだ。ミルフィーユが行き先を入力すると、その浮遊車は深く森の中へつきすすんでいった。
「ダリシュ坊や、いえ、ヘルマスター、あらためて、挨拶します。本当にお久しぶりですね。とても立派に大きくなられました。」うっとりした表情のミルフィーユ
「ええ、前にあったときは、まだ僕は14歳でしたからね。それから比べると成長しましたよ。ミルフィーユさん。あなたは、お変わりなく、かわいらしいですね。それと、ここにいるサムソンさんに自己紹介してください。」ダリシュ
「はい、わかりました。私はアクリア・ウェフ=イトス・ミルフィーユです。紋章院の諜報員をして35年、『青の牙』では10年の経歴がありますわ。よろしくね。」愛くるしい笑顔とかわいらしい声で話すミルフィーユ
「サムソン・ボルジュ=ティルサル・ティルースです。ハイド伯爵家の家宰をやっています。まぁ、なりゆき上、シュリル調査員についてきました。とにかく、よろしくお願いします。」子供の容姿をした巻き毛の美少女に戸惑いながら挨拶をするサムソン
浮遊車は森の奥にある簡易用のテントの前に止まった。
そのとき、日は暮れていて、あたりは、暗くなっていた。上空の星の瞬きを見ながらサムソンはこれからどうなってしまうのだろうという不安と昔、星界軍の情報局員だった時代の血が騒いでいるなとも感じていた。
ダリシュがクリューノで呼びかけると、テントの中から3人のアーヴが出てきた。
「どうやら、そろっているみたいですね。まぁ、ここで顔を知らない人はサムソンさんだけみたないなんで、皆さん、挨拶お願いします。」ダリシュは、テントにいたミルフィーユ以外の『青の牙』のメンバーに自己紹介を頼んだ。
「はーい、私はクラミス・ウェフ=ハイネリア・サーシャです。よろしくお願いしまーす。それで、コードネームはアイアンガールで、スリーサイズは、バスト85、ウェスト、54、ヒップ85です。ナイス・バディでしょう。私の家のモットーは、明るく、正しく、元気よくでーす。それに好きな食べ物はニンジンとセロリでーす。」緑色の腰まで長く伸びた髪と黄色の瞳を持つ美女が明るく元気に言った。
「私は、ニールシア・ボース=イクサレス・エミタマリア男爵・マナミリア。コードネームは、ジャッジ。」肩までかかった青紫の髪と茶色の瞳を持つ美女は言葉少なめに自己紹介した。
「私が最後ですね。私は、シュリル・ウェフ=キルヒム・ハーデス。ダリシュの父親です。まったく、親を部下に任命するとは、年寄りをいたわっていない証拠ですね。コードネームはエンターテイナーといいます。サムソン家宰、他にも3人ほど別の場所でそれぞれの任務を行っています。『青の牙』の基本構成は各王国で8人以上、その人事権は各王国の担当家の当主が決めることになっています。ちなみに私は息子に任命されたので今回の仕事をやらなくてはならない。紋章院に所属している限り拒否権はないです。それと、コードネームは、古代英語をもとに作っています。これに関しては同じ名前でなければ、自由につけられるのです。作戦が正式に発動したときは、この名前でお願いします。ちなみに、アクリアのコードネームはフェアリーです。覚えておいてください。」丁寧な説明をするダリシュの父・ハーデス
「はい、よろしくお願いしますぜ。それにしても、なんだか奇妙な気分です。アーヴがこんなに地上を歩き回っているとは、それを見ている自分も落着かないですぜ。」ちょっとした皮肉を言うサムソン
「まったく、同意見ですね。サムソンさん。私もここにいるみんなもそう思いますよ。でも、それも任務ですからね。骨身を削ってやっていますよ。」といかにも辛そうだよという表情をするダリシュ
「さて、挨拶も済んだし、これから作戦の説明をします。作戦名は、『天元』。前もって調べておいた前・ハイド伯爵閣下の『アーヴの復讐』の対象者のリストとそれを捕獲する担当者を決めます。そして、そのときの作戦も決めました。」こうして、作戦の説明に入るダリシュ
それを他の4人は真剣に聞き、疑問点や自分の意見を交わして、作戦会議は終わった。
「サムソンさんは、僕と一緒についてきてくださいね。一応、ジントの家臣を守るのは僕の役目だと思っていますから。それと、まだ、サムソンさんの疑問について答えていませんね。それは、サーシャさんから話してもらいます。僕はこれから、ミルフィーユさんと一緒に用があるので、彼女に任せます。」そういって、テントに入る二人。
「はい、わかりました。ヘルマスター。じゃぁ、サムソン家宰、こっちのテントにお願いします。」サムソンを誘うサーシャ
「はい、わかりました。では、どうやって、このアーヴの地獄に落とされる対象者を選定されたか、教えください。」サムソン
「サムソン家宰、まず、この選定するための情報を集めたのは、さきほど会ったと思うけど、アクリア諜報員なの。彼女は、実は言うと、人類統合体にここが占領する前からいたの。そのときは、たまたまいたのですが、ここが統合体に占領されたので、帝都に帰ることが不可能になり、ここで隠れ住むしかなかった。統合体の捜査の目をごまかすのは大変だったみたい。それで、前ハイド伯爵閣下が処刑されるのを何とか防ごうとしたけど、彼女一人の力では不可能だったので、そのときの処刑の中心者や推進者を調べたのよ。後のアーヴの復讐のためにね。」そう言いながら記憶片を立体映像装置の端末に入れて操作するサーシャ
「これが対象者よ。そのとき、どのように前ハイド伯爵閣下の処刑を推進し、実行したかも説明しまーす」そういって、映像資料をだしながら一気に説明したサーシャ
「ありがとうございました。よくわかりましたですぜ。確かにアーヴの地獄に陥る立場ということは確認しました。それにしても、アクリア諜報員はさぞかし、苦労したでしょうね。こんなところに何年間もいたら。」十分説明してもらったので満足するサムソン
「ええ、そうね。だから、ヘルマスターから褒美をもらっているよ。今、現在ね。」ちょっと、顔を赤くしながらもジェラシーを見せるサーシャ
「褒美?それは、何ですか?ちょっと、気になりますな。」サーシャの表情に何か感じたサムソン
「サムソン家宰は、知っている?彼女の一族の家徴の『アクリアの幼姿』とその家風を?」サーシャ
「いえ、知りません。そうか、彼女達の一族はみんな子供みたいな姿というわけですね。家徴をしらないわけですから、家風も知りようもありませんぜ。それと、褒美とどういう関係があるのですか?」話題をそらされたと思って本題に戻すサムソン
「彼女達の家風は性欲が強いの。まぁ、彼女から言わせれば、情熱的ということらしいけど、それで、彼女の好みは若くて優秀な男ということよ。まったく、あの姿で性欲が強いなんて矛盾しているわ。これで、わかったでしょう。サムソン家宰。それと、一応、このテントを含めて完全防音よ。」顔を赤くするサーシャ
「なるほど、わかりました。いや、そんな苦労も『青の牙』の長もあるということですかね。ところで、何で彼女にジェラシーを感じたのですかい?」あえて突っ込むサムソン
「それは…ヘルマスターが好きだからよ。私が、紋章院の仕事を初めてしたとき、彼は14歳でそれにたまたま、彼が参加していて、私が致命的なミスを犯して、危なかったとき、颯爽と私を助けてくれたの。そのとき思ったわ。これが白馬の王子様に会うということなのね。だから、『青の牙』に入るようにそれから必死に努力したわ。そして、今回が初めてのヘルマスターとの任務、やっと念願がかなったのよ」うっとりとした表情をするサーシャ
「なるほど…わかりました。でも、なんだか、そんな物言いをするなんて、あなたも変ってまいすね。というか、このメンバーはアーヴの中でも変わり者と認識しているのは誤解ですかね。」サムソン
「いいえ、誤解ではないと思うわ。『青の牙』に入るのは大抵、極めて優秀だけど、変人で組織の人間としてはあまり使えないメンバーが多いといわれるわ。そういう人達をまとめるのなんて、ある意味すごいと思わない。サムソン家宰」自分のことは、棚に上げて話すサーシャ
「そうですか、よくわかりましたですぜ。明日から作戦『天元』が発動されるみたいなので、今夜はもう寝ましょうぜ。」
「そうね。じゃぁ、サムソン家宰もヘルマスターの足を引っ張らないように頑張ってね。おやすみなさい。」サーシャ
「おやすみ」サムソン
アーヴの地獄に向かう選定者を捕獲する作戦「天元」、それはマーティンの人々、特にハイド星系政府にとって、忘れられないものになるのであった。後にマーティンのある良識者がこの件に関して一言が一つの名言として広まるのであった。
『アーヴの地獄、それ すなわち、真なり』