灰色少女は愛を求めて   作:なよ竹

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第二話 灰色少女とホグワーツ

 イギリスはメキシコ湾流に由来する暖流、北大西洋海流の影響下にあるため、高緯度に位置してなおその気候は温暖だ。

 夏ともなれば、じっとしていると日差しが暑いくらいに感じられる。

 しかし現在は九月一日。

 残暑の気配もわずかに、自然の空気はハッキリと移り変わっていた。

 

 シアは早朝、訓練を切り上げてからハーレクインを伴い、訓練所近くの森を歩いていた。

 森の外ではマグルがよく肥えた土を耕しており、夏の盛りとなればそこは麦畑のむせかえるような匂いと、うるさいくらいの虫の羽音が絶えず聞こえてくる。そのおかげかこの森も養分のご相伴に預かっているらしく、一年中木々の生い茂る黒々とした森だった。

 

『なるほど、ご主人がよく言うのも頷ける。闇祓いはかなり肥沃(ひよく)な土地を無駄に占領しているな』

 

 ハーレクインが土を肉球でテシテシとたしかめている。

 

「ん、森を挟んだあっち側の草原には、青々とした草が一面に広がってるんだ。春一番にそこで昼寝するのが、それはもうたまらなく気持ちいいのさ」

『おいおい、よしてくださいよ。猫がそう言われて疼かないワケないだろ』

「あはは、敷地内から出るのはそうなかったからね。草原には来年行こうか」

 

 シアの顔には木漏れ日が陰影をめぐるましく作り、彼女の浮かべる無垢な笑顔を一層魅力的にしていた。

 整った容姿と小柄な体躯も相まって、まるで森の妖精だ。

 ハーレクインが追っていた灰色の髪が止まったのは、まだ訓練所の敷地が見える浅い場所だった。

 

『これはたしか……墓、ですかい』

「……ん、そうだね。ずっとワタシを助けてくれた、だれよりも大切な友達のお墓だよ」

 

 木々にひっそりと隠れるような小ぢんまりとした石碑。

 そこには《心優しき番犬、ここに眠る》と刻まれていた。

 

『ほぉ、だったらオレの先輩様ですか』

「どちらかといえばキミは弟のようだよ。皮肉屋で、でも優しい。だからワタシはキミを選んだんだと思う、たとえ能力なんか持ってなくても」

 

 ハーレクインはなにも言わず、腰をかがめて墓に向き合うシアに寄り添った。

 

「……これからワタシはホグワーツに行くことになるんだ。そうすれば、しばらく会えなくなる。……まあ、キミならオレの心配じゃなくて自分の心配をしろ、とか言いそうだけどね」

 

 それから二言三言ほど言葉を紡ぎ、満足したのかシアが立ち上がる。

 

『ん? ご主人……』

「ああ、この子たちは大丈夫だよ……っと!」

 

 警戒したハーレクインを抑え、飛び出してきた灰色の毛玉をシアが受け止める。

 ソレは狼の子供だった。ほかの何匹かはなにが楽しいのかシアの周囲を駆け回り、近寄ってきた一匹の鼻面をハーレクインが押し返す。

 

『シア、シア! ほんとに言っちゃうの!?』

『森のみんなは今日会いにくると迷惑かけるって……。でもぼくらは会いたかったんだ!』

「うん、ごめんね。どうしても行かなきゃいけないんだ」

 

 しかし駆け回っている小さな狼たちは、シアに会えただけで嬉しいらしい。

 動物語り(ディルマウス)のおかげとはいえ、この森を守っている闇祓いの仲間だからこそ、シアは動物たちと早くから打ち解けられた。

 クゥン、と鳴いたのは、シアの抱える狼だった。

 

『寂しいなぁ』

「…………」

 

 困ったように眉を下げるシアが、狼の頭を優しく撫でる。

 

「また来年会えるさ。そうすればキミも、立派に大きくなってる。今度はその時に会おう」

『……うん!』

 

 はしゃぎながら帰っていく狼たちを見送り、シアとハーレクインは森の深部に背を向けた。

 

「行こうか、ハーレクイン。今年は忙しくなるよ」

『アイアイご主人。あんたが行くトコにはもれなくついていきますよっと』

 

 こうして、一人と一匹が歩き出した。

 

 

 ◆

 

 

 9と4分の3番線。

 英国主要鉄道ターミナルであるキングス・クロス駅、その9番線と10番線の間にあるレンガの壁を通り抜けると、ホグワーツ特急の始発線であるそこに出ることができる。

 

『おーおー、人間の多いこと多いこと。あっちにもこっちにも、まだ増えてきやがる』

 

 ハーレクインの言葉に、荷物を乗せたカートを押しているシアはうなずくことで同意した。

 早い時間にやってきたつもりだが、ホームはすでに生徒とその肉親、さらにペットたちでごった返している。

 ハーレクインは荷物軽減のため、猫のモチーフのついたチョーカーになっており、シアは首に巻いている彼に言った。

 

「ワタシたちは早めに乗ろうか。席を見つけるために歩くのは嫌だからね」

『そうですねぇ、そうしましょうか』

 

 非生物になっても会話が可能なあたり、動物語り(ディルマウス)というのは不思議なものだ。

 会議の合間を縫って送ってくれた養父のために乗り遅れては話にならず、すぐにシアたちは車両に乗り込む。

 時間もあって、空いているコンパートメントは多い。

 しかしだれもいない場所は見つからず、諦めてシアは一人先客がいる部屋の扉を開けた。

 

「ここ、使ってもいいかい?」

 

 窓際で本を呼んでいた金髪の少女はシアを興味なさげに一瞥し、整った顎をわずかに上下させる。

 これは許可と認識してもいいのだろうか。

 シアが荷物を上に乗せてようやく席に座って自己紹介するまで、金髪少女が本から目を上げることはなかった。

 

「ワタシはシア・マルシアン。よろしく」

 

 綺麗な少女だ。相手の顔を正面から見て、シアはすぐにそう思った。

 艶のある腰まで伸ばした金髪は丁寧に結われており、さりげなく飾られた高級品のアクセサリーさえ(かす)むような輝きを帯びている。澄み切った碧眼はまるでサファイアのようで、幼いながらも完成した少女の冷たい美貌によく似合っていた。

 

「……ダフネ。ダフネ・グリーングラスよ」

 

 思わず聞き惚れそうな涼しげな声で、少女――ダフネが名乗った。

 シアは表情に出さぬまま、グリーングラスの姓におどろく。

 マルフォイ家に並ぶ古くからの純血の名家であり、マルフォイが英国内で絶対的な権力を約束されてるなら、グリーングラスは他国に強い影響力のある家名だ。

 どうりで開心術を使うと、なぜ自分に話しかけてきたのかを考察しているはずだ。

 貴族の姫君のような立場なのだから、おべっかを使ってくる相手が多いのだろう。

 

 しかしシアは挨拶以上の意味もなければ、ダフネの地位にも興味もない。

 猫の姿にもどったハーレクインを撫でるシアを見て、もとから薄かった関心をダフネが消した。

 

 しばらくすると汽車がガコンと大きく揺れる。

 どうやら出発のようだ。

 別れを叫ぶ親たちに見送られながら、ホグワーツ特急はカーブを曲がり、もはやキングス・クロス駅とはべつの場所であろう平原を進んでいく。

 9と4分の3番線へのゲートはまるで“どこでもドア”のような役割のようだ。

 日本語の勉強のため、キングズリーが与えてくれた漫画を読んでいるシアはそう思った。

 

 ダフネのペットである大きなワシミミズクが時折ホーと鳴き、それ以外は静かに時間が過ぎていく。

 シアがのんびり列車の旅を楽しんでいると、二時間ほど経ってからだろうか、いきなり無遠慮に扉が開かれた。

 

「ヒキガエルを見なかった? ネビルのが逃げたの……あら、シア?」

「ハーマイオニー、久しぶりだね」

『なんだいこの嬢ちゃん。礼儀がなってないな』

 

 あまり変わらない様子のハーマイオニーに、ハーレクインの言葉もあってシアが苦笑する。

 突然のことに気が立ったワシミミズクが威嚇をし、ダフネが一度だけ迷惑そうに来訪者を見た。

 

「せめてノックしてほしかったな。急いでるのはわかるけど、まず名乗ることも最低限のマナーだよ」

「あっ……ごめんなさい」

「それを言う相手はワタシだけじゃないよ。ここに来るまでの個室で驚かれたんじゃないかな?」

 

 しゅんとするハーマイオニーに、それより、と仕切り直すためにシアが尋ねる。

 

「なにか探し物でもあるみたいだけど?」

「ええ、そうなの。同じコンパートメントの子のヒキガエルが逃げちゃって」

「へえ? キミもよくやるね。ペットの管理もできない相手なんかのために」

 

 素直に感心するシアにハーマイオニーが目を尖らせる。

 

「ちょっと、そういう言い方はないでしょ! ネビルがかわいそうだわ。それで、シアは見たことあるの、ないの!?」

「ないかな。ダフネはどうだい?」

「……さぁ?」

 

 そっけないダフネに再度目くじらを立てかけるハーマイオニー。

 ため息をついたシアが、関心を惹くためにある提案をした。

 

「そんなに見つけたいなら、ワタシが魔法で探してあげてもいいよ」

「あなたって一年生でしょう。そんなO.W.L(ふくろう)試験レベルの魔法が使えるの?」

「使えるとだけ言っておくよ」

「……なんか釈然としないけど、じゃあお願いするわ。……なによこの手」

 

 シアが「んっ」と差し出した右手をハーマイオニーが胡乱そうに見下ろした。

 

「報酬が欲しいんだ。まさかタダでやるなんて思ってないだろう?」

「なっ、呆れたわ! 人助けのために報酬なんて要求するの!?」

「お金じゃなくてもお菓子とかでもいいんだよ」

「そういう問題じゃないわ!」

 

 信じられないとばかりにハーマイオニーが声を張り上げる。

 意味がわからないという顔をしているのはシアも同じで、大きな目をぱちくりとしていた。

 

「ねえ」

「なによ!」

「そんなに怒るとシワが増えるよ」

「余計なお世話よ!」

 

 声が物理的に質量を持てば、おそらくいまの叫びでシアは死んでいただろう。

 やれやれと首を振り、シアが困ったように言った。

 

「いまどき無報酬で人助けをするヒトはいないよ。形あるものを貰わないなら、目に見えないものを欲しがってるだけさ。キミだってそうだろう……優等生という評価が欲しいハーマイオニー」

「……ッ」

 

 ハーマイオニーの顔がこわばる。

 しかしシアは頓着することなく、笑顔のまま自分たちのメリットを挙げていく。

 

「ワタシはお菓子を貰っておいしい思いをして、キミはいい評価を周囲からもらう。安心しなよ。ワタシが探した事実は秘密にしておくし、お菓子だけで簡単に蜜を舐められるんだ。それで、どうだい?」

 

 言葉が見つからず、口をぱくぱく開閉させていたハーマイオニーが、怒りで顔を赤くしながら再起動した。

 

「余計な――、お世話――、です――!!」

「……あれ?」

 

 シアの鼻先でピシャリと扉が閉められた。

 どうにもハーマイオニーの納得できる説明ではなかったらしい。まだ挙げてない利点があったかと、シアが首をひねる。それになぜあれほどハーマイオニーが激怒したのかわからない。

 そうしているうちに、呆れたようなダフネと視線がぶつかった。

 

「絶対に怒るわよ、ああいう真っ直ぐな子にそんなこと言ったら」

「……? よかったら答えを欲しいな。ハーマイオニーにはメリットしか無かったはずのに」

「メリットだけを選べない相手もいる、ということよ。私だったらあなたに頼んでたけど」

 

 余計にこんがらがってきた。

 

「べつに深く考えなくていいわよ」

 

 そう言ってダフネが読んでいた本を閉じる。

 ここまで、ダフネの態度は淡々として無関心そのものだ。

 実際、彼女の心からすでにハーマイオニーはどうでもいい相手となっていた。それはダフネの性格が悪いわけではなく、どんなことにでも無関心なせいだろう。相対しているシアにさえ、興味という感情がなければいないものとして扱いそうだ。

 しかし育ちのよさゆえか、話しかければ必ず答えてくれるため、不思議と悪感情よりも先にこういう性格なのだと納得してしまう。

 

「探す魔法が使えるって言ってたけど、他にはどういうのができるの?」

「ん、一通りできるけど、動物を出す魔法は個人的に好きかな。――エイビス、鳥よ!」

 

 使い手によっては可愛い小鳥が出てくるそれも、シアが使うと荒々しい鷹が何匹も飛び出してくる。

 一瞬でシアが消してしまったものの、感心したようにダフネがうなずいた。

 

「すごいわね」

「まだまだだよ。……ほら、ハーレクイン。機嫌直して」

『やるならやるって一言くださいよまったく』

 

 鷹におどろいて毛を逆立てていたハーレクインをなだめるシア。

 抗議するように見てくるダフネのワシミミズクにも、主人の許可をとってから羽毛をもふもふして謝る。

 

「珍しいわね、プルートって家族以外に撫でさせてくれないのに」

「ワタシはワケありだからね。それよりこのフクロウの手入れ、キミがやってるんだ? 随分となついてるよ」

「……暇だっただけよ」

『そう言いながらも毎日手入れをしてくださるのです』

 

 主人に聞こえぬ言葉で、整った羽根のワシミミズクが胸を張る。

 それからしばらく、昼食をはさんでからもシアとダフネは静かな会話を続けて、流れていく田舎の景色を満喫していた。

 

 午後二時。ノックの後、再びコンパートメントの扉が開いた。

 プラチナブロンドをオールバックにした少年が図体のデカイ二人を引き連れ、尊大そうな態度に違わず、話すとどこか気取った声をしている。

 

「グリーングラス、ここにいたのか」

「……マルフォイ、なんの用?」

「クラッブとゴイルがお菓子を食べ尽くしてね。ちょうどいい時間だし、この汽車に乗っているハリー・ポッターの顔でも拝みに行こうと思ったのさ」

「そう」

 

 同格の家の息子が相手でも、ダフネの態度はまるで朝凪のように変わらない。清々しいまでのそっけなさだ。

 プライドが高そうなマルフォイが怒る三秒前。

 そんなシアの予想に反し、ダフネの反応を見ても、マルフォイは慣れてるかのように気を悪くすることはなかった。

 

「それで君を誘おうと思ったんだけど……」

「遠慮しておくわ」

「ああ、君ならそう言うとも思ってたよ」

 

 ついでというようにマルフォイがシアを見た。

 シアは笑顔をつくり、自分からまず名乗る。初対面の挨拶は大切なのだ。

 

「シア・マルシアン。よろしく……えっと、マルとかいうフォイくん?」

「マルフォイ! マルフォイだぞ!? 僕はドラコ・マルフォイ。こっちがクラッブとゴイルだ」

 

 マルとかいうフォイ、もといマルフォイは白い頬を熱くさせながら訂正する。

 しかし紹介されたはいいものの、シアにはどっちがゴイルでどっちがクラッブなのかわからなかった。

 

「それで君たちはなにをしていたんだ?」

「なにって、話してただけだと思うけど」

 

 そう言ったシアにマルフォイが奇妙な顔をした。開心術を使おうにもすぐに視線が逸れたためわからないが、シアとダフネを見比べるマルフォイに悪感情はないようだった。

 

 それから邪魔をしたとマルフォイが去っていき、汽車に揺られること数時間、ホグワーツの制服に着替えたシアたちを乗せたホグワーツ特急が終点に到着した。

 大きく黒い湖を越えると、そこには明かりの灯った幻想的な古城が見えた。

 

 

 ◆

 

 

「ホグワーツ入学おめでとう。新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席に着く前に皆さんが入る寮を決めなくてはなりません」

 

 玄関ホール脇の小部屋で、森番のハグリッドに連れてこられた一年生たちにマクゴナガルがまずそう言った。

 彼女が言葉を紡ぐだけで少年少女の囁きが途切れる。

 自分の声がどのような効果を及ぼすかを理解してなければいけないタイミングで、マクゴナガルがさらに言葉を被せる。

 

「ホグワーツにいる間、寮生が学校でのみなさんの家族のようなものです。教室でも寮生と一緒に勉強し、寝るのも寮、自由時間は寮の談話室で過ごすこととなります」

 

 そこでマクゴナガルがぐるりと部屋を見渡す。

 

「寮は四つあります。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリンです。それぞれに輝かしい歴史があって、偉大な魔法使いや魔女が卒業していきました。ホグワーツにいる間、皆さんのよい行いが自分の寮の点数になりますし、反対に規則違反をしたときをは減点されます。学年末になれば、最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。なので、どの寮に入ることにしても、皆さん一人一人が寮にとって、そしてホグワーツにとって誇りとなるように望みます」

 

 言い終えてから、準備のためにマクゴナガルが部屋を出て行く。

 だれからともなく息を吐くのが部屋のあちこちで聴こえ、それからざわめきが大きくなっていった。

 相も変わらず淡々としているダフネは、成り行きで一緒にいるシアを眠そうな半眼で見た。

 

「組み分けの儀式ってなにをするのかしらね」

「バトルロワイアルになればワタシが血祭りで盛り上げるよ」

「だったら最後の二人になるまで守ってね、騎士様」

「報酬次第さ、お姫様」

 

 軽口の応酬をするくらいにはダフネと打ち解けたのではなかろうか。

 戻っきたマクゴナガルの先導でホールの二重扉をくぐると、魔法省の広いエントランスに慣れたシアでさえ、ほう、と感嘆の息を吐くほど見事な大広間の光景が広がっていた。

 何千というロウソクが満天の夜空――魔法による映像――をバックに浮かんでおり、金や銀の食器をひとつの星屑のように照らしていた。

 中央には四つの長テーブル、おそらく寮ごとに上級生が座っていて、さらに大広間の上座には教師陣の座る五つ目のテーブルがある。

 

『おっ、なんだありゃ。ネズミも齧んねえボロ切れだな』

 

 新入生のだれもが夜空にみとれている先で、マクゴナガルが四本足のスツールに古ぼけたツギハギだらけの帽子を置いたことに、まず最初にチョーカーになっていたハーレクインが気づいた。

 帽子のシワが増えたと思うと、ツバの部分が裂けてまるで口のように開く。

 組み分け帽子による恒例の歌だった。

 

 四つの寮の特性を、知識のない生徒に教える目的でもあるのだろう。

 グリフィンドール――勇気と騎士道を掲げる者のための寮。

 ハッフルパフ――忠実で忍耐強い者のための寮。

 レイブンクロー――機知とそれを共有する友を求める寮。

 スリザリン――目的のために狡猾さと手段を選ばぬ者の寮。

 

 組み分け帽子を被ったら、あの裁定者が寮の名を叫ぶ。

 ということはそれぞれの適正を持つ者が、自分にあった寮へと入れられるわけだ。バトルロワイアルをするのだと大真面目に教えてきたトンクスには、帰ったらキャメルクラッチの刑だ。シアはそう心に決めた。

 ABCのアルファベット順に名が呼ばれ、次々と生徒が帽子を被っていく。

 

「アボット・ハンナ!」

 

 金髪おさげの少女が帽子を被ると、一瞬の間を置くと、決められた寮が叫ばれる。

 

「――ハッフルパフ!」

 

 マクゴナガルが次から次へと生徒の名を挙げていき、組み分けはつつがなく進んでいった。

 

「ボーンズ・スーザン!」

「――ハッフルパフ!」

「ブート・テリー!」

「――レイブンクロー!」

「ブロックルハースト・マンディ!」

「――レイブンクロー!」

「ブラウン・ラベンダー!」

「――グリフィンドール!」

 

 多少は気になっていたハーマイオニーがついに呼ばれた。

 前を見ようと、シアが小さな身体を精一杯背伸びさせる。

 

「――グリフィンドール!」

 

 これまでの新入生より長い時間をかけて、ハーマイオニーの入る寮が決まった。

 彼女の次はダフネだ。

 衆目には慣れてるのか、全校生徒の視線を気にした様子もなく――本当にどうでもいいと思ってるかもしれない――組み分け帽子を頭に乗せた。

 しばらく帽子は迷っている様子だったが、

 

「――スリザリン!」

 

 ダフネの寮が告げられた。

 シアの一つ前に呼ばれたマルフォイもスリザリンと叫ばれ、マクゴナガルの視線がついに灰色の少女を捉える。

 

「マルシアン・シア!」

 

 もう年なのにこんなに叫んであの女史の喉は大丈夫なのか。

 そんな本筋から外れたことを考えるとなぜか睨まれたため、帽子をかぶる前にシアは見事なアルカイックスマイルでごまかした。

 ふぅむ、と難しい声が頭上から聞こえたのはその時だ。

 

「……難しい。これは、難しい」

 

 組み分け帽子は考えこむように身をひねった。

 

「もちろん勇気がある。しかしこれは自己犠牲との線引きが危うい。仲間に対する寛容さ、これも十分だ。しかし一度敵と認めた相手に慈悲など一欠片もない……それがたとえ元仲間だろうと。すでに聡明で機知に溢れながら、衰えぬ知識欲。これもいい。だがしかし、君が本当に知りたいものは本や伝聞では知りえないだろう。そして狡猾さは蛇よりも鋭い刃のようだ。あまりにも……あまりにも、目的のためならば取る手段に見境がない。どの寮にも適性がありながら、満たしているのは半分のみ。これまた逆に難しい……」

「それを決めるのがキミの仕事なんだけどね」

「う、うむ、すまない。では……グリ――、んんっ、ハッ――、んんっ、レイ――、んんっ、スリ――! …………ゴホン、君はどの寮に入りたいかね?」

「諦めて他力本願になったよこの帽子」

 

 予期せずフェイントになったせいで、教師や生徒から何事かと視線が集まってくる。

 

「ううむ、たとえ君はどの寮に入ろうと上手くいくはずだ。それは自分を変えることができるからだ。しかしただ上手くいくだけで、それ以上の結果を求めるには君個人では届かない」

 

 適当にいい言葉を繋げてるかと思ったが、それにしては言葉の重みが違う。

 シアは組み分け帽子の声に聞き入った。

 

「だれかが必要ってことかい?」

「友人、恋人、なんでもいい。それがきっと君を変えてくれる。自分から変わるのではなく、変えてくれるんだ」

「……じゃあ、その近道になる寮は」

「うむ。――スリザリン!!」

 

 先ほどの歌にあった、真の友をえることができる寮。

 スリザリンのテーブルで歓声が上がり、シアは誘われるように先に座っていたダフネの隣に腰を下ろす。

 

「どうして皆はこんなにはしゃいでるんだい?」

「組み分け困難者だ、組み分け困難者! 長い時間、組み分け帽子が判断に迷った生徒のことだ。そういう生徒の多くが優秀だったからな、俺たちはその一人を獲得したんだよ」

 

 マーカス・フリントと自己紹介してきたガタイのいい青年が解説してくれる。

 それにシアは雲のように軽い気のない返事をして、獅子寮の席から睨んでいるハーマイオニーにひらひらと手を振った。距離的に聞こえないはずなのに、フン、と擬音がありそうな仕草でハーマイオニーがそっぽをむく。

 

「あれが難しいお年頃ってことかな?」

「それは違うと思うわよ」

 

 二人のやりとりと見ていたダフネが即座に否定する。

 ついにハリー・ポッターが呼ばれると、それまでの祭りのような空気が静まった。

 いや、これはちがう。

 来るべき瞬間のために、(みな)腹に力を込めているのだ。

 

 ハリー・ポッターは縮れ毛のような髪をしたメガネの少年だった。ヴォルデモートを倒したと聞いていたが、思ったよりも普通である。動きも素人。あれではシアのハイキック一発でノックアウトできそうだ。

 

「――グリフィンドール!」

 

 これまでの歓声を集めても、これほど大きなものにはならないのではないか。そんな叫びがグリフィンドール寮から爆発し、赤毛の双子が「ポッターを取った」とはやし立てている。

 大博打で全財産を賭けて負けたような、そんな悲痛な声が他寮から上がったのが印象的だった。

 

「ホントに凄いのかな、ハリー・ポッター」

「さぁ? グリフィンドールと合同授業もあるだろうし、その時に俗物か傑物かわかるんじゃないかしら」

「それもそうだね」

 

 ダフネの指摘はもっともだ。

 シアは冷静さを崩さない彼女の隣で、ハリー・ポッターのあとの組み分けで注目されていない可哀想な新入生を観察していく。

 自分はまだまだ未熟だと思うし、自惚れるつもりはないが、現時点でシアより特出した生徒は見つからない。

 このアドバンテージを活かさぬ手はないだろう。

 すべては自分の価値のために。

 狼が舌なめずりするように、シアが灰色の目を冷たく細めた。

 

「おめでとう! ホグワーツの新入生諸君、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ。それ、わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! ――以上!」

 

 組み分けが終わり、ダンブルドアのお茶目な、あるいは老年のボケが心配になる挨拶に続くと、ついに夕食となる。

 まるで魔法そのもののように、光沢を放っていた食器が料理で埋まった。

 ソーセージ、ベーコン、ステーキといった肉類が満載の器。豆やニンジン、じゃがいもなどの蒸したもの。香りのいいローストビーフやローストチキンがあると思えば、ハッカ入りキャンディも紛れ込んでいる。

 まず食べることは大切だ。

 闇祓いの男連中にそう諭され、シアはその小さい身体にどう詰め込んでいるのかと思うほど料理を食べれるよう改造されていた。

 マーカス・フリントはその食べっぷりを気に入ったのか、次第にシアと筋トレについて話を弾ませていく。

 

 そのかたわら、さすが淑女というべきか、ダフネのナイフひとつ動かす所作は洗練されていて、気付けばだれもが彼女に視線を惹きつけられている。シアがパートナーのように隣に座っていなければ、男たちが席を立って声をかけていただろう。

 もしかしたらそれを計算して、シアを隣にいさせているのかもしれないが。

 

 夕食を済ますとダンブルドアがいくつかの注意事項、特に四階右側の廊下に入らぬよう念を押してきた。

 

「なんで学び舎に死の危険がある場所をつくるんだろうね」

「さぁ、役立たずの間引き……とか」

「――――」

「悪かったわ、冗談よ。それも言ってから後悔する類の」

「ん、わかってる。ただちょっとね」

 

 天敵を感じたウサギのように過剰に反応してしまった。

 シアは鬱蒼とした気分を晴らすように、かぼちゃジュースの残りを煽った。

 

 それから宴はお開きとなり、生徒たちは監督生に率いられて各寮へ戻ることとなる。

 スリザリン寮はホグワーツの湖の下にある地下室で、大理石に囲まれた壮大な雰囲気を醸し出していた。しかし窓はなく、緑色のランプと湖から入り込む月光か陽光、どうやらこの寮は明かりを得ているらしい。時折影が差すのは、ガラス張りの天井の向こう側、黒い湖で巨大魚が泳いだからだろう。

 その光景に目を奪われる一年生に、監督生が説明をしていく。

 

「すでに割り当てられた部屋に荷物が届いている。右奥が男子、左奥が女子の部屋に続いているから、掲示板で自分の部屋を知ったらそこへ入ってくれ。ああそれと、男子は間違っても女子部屋に続く階段を上らないよう気をつけてくれ。サラザール・スリザリンのかけた魔法の制裁を受けたいなら別だがな」

 

 シアの部屋は三人用のはずだが、見た感じではかなり広い。これと同じ大きさで男子が五人部屋らしいのでやや狭く感じるだろうが、サラザール・スリザリンはフェミニストだったのか、蛇寮にはところどころ女子に優遇されたつくりとなっているのだ。

 

「おや、ダフネ。キミも一緒なんだね」

「紙に書いてあったんだからもう知ってるでしょ」

 

 会話もそこそこに、同室となったもうひとりの気弱そうな女子生徒、レティ・ベルモンドと荷ほどきをして、ベッドに寝っ転がる。ハーレクインもまた猫の姿に戻り、用意されていた自分の寝床で丸まった。

 しばらくしてふと起き上がったのはシアだ。

 

 どうにも、落ち着かない。

 ベッドが変わった、枕が変わった、環境が変わった。

 理由は色々とあるがなによりも、一人で眠るのはかなり久しぶりだ。

 シアがいまよりずっと幼いときはドーベルマンと小屋で眠っていた。あの場所から救われてからも、養父かトンクスにねだって布団に入れさせてもらうのが常である。

 要するに、他者の温かさがとても恋しい。

 独りだったのを思い出すような、暗くて寂しい夜は特に。

 

「ダフネ、起きてるかい」

「なに?」

 

 ダフネは眠たげな目をこすりながらシアを見つめる。

 

「一緒に寝てもいいかな。実はワタシは一人じゃ眠れない、そんな森で狼に怯える羊のような可哀想な子供なんだ。どうか助けると思って布団に入れて欲しい」

「……そんなこと私に言うなんて、妹以外じゃあなたが初めてよ」

「ん、それは光栄だね」

「……まったく」

 

 ため息をついても毛布を持ち上げて招き入れるあたり、やはりダフネは根がいい少女なのだろう。

 けして同室になったレティが恐れているような、ネームバリューそのものみたいな恐怖の権化ではない。

 シアはダフネのベッドに潜り込み、人肌の温かさと柔らかさに安堵を抱きながら、夕日が地平線に沈むようにゆっくりと目を閉じた。

 また明日が始まる。

 シアが自分に価値をつけること、ただそれだけを目的とした毎日が。

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