灰色少女は愛を求めて   作:なよ竹

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第三話 灰色少女と日常

 たとえ闇祓い訓練所からホグワーツに生活の場が変わろうと、シアの朝はとても早い。

 夜闇が薄くなりはじめた頃には起きはじめ、すぐにマグル製のジャージに着替え、いつでも外に行けるよう準備している。

 

「ダフネ、行ってくるね」

「…………むぅ」

 

 虚ろな眼差しで天井を見上げているダフネが夢心地に返事をした。

 彼女はかなりの低血圧らしく、起きてから二時間はこの調子だ。早朝に目覚ましがわりになることを条件に、あれからダフネはシアに一緒に寝ることを許可していた。

 

 シアが外に出ると、秋の気配が寒さとなって少女をそっと包む。

 この刺すように冷たい空気を肺いっぱいに吸い込むと不思議と目が冴え渡るのだ。

 シアはこの感覚が好きで、このためだけに早起きをしていた時期もあった。

 

 入念に準備運動をしてから、シアが禁じられた森外部に魔法で刻んだコース(スネイプから許可済み)をまず短距離でこなし、それから長距離へと移っていく。

 遠くのクィディッチ競技場でレイブンクローあたりが飛び始めた頃、頬を蒸気させているシアに合流する男子生徒がいた。

 

「やぁ、シア。今日も早いね」

「おはようセドリック。もう走らせてもらってるよ」

 

 運動着姿のハンサムな青年が、朝の空気よりも爽やかな笑みをシアに向ける。

 三年生のセドリック・ディゴリーだ。

 彼はハッフルパフのクィディッチチームでシーカーを務めており、身体を鈍らせないため、シアが入学するまでこの広場を一人で使っていたらしい。

 先に使用者がいて愕然としたシアだが、セドリックは広場はだれのものでもないと年上らしく冷静に諭し、以来、この場所は二人で共有することとなった。

 一人でやるのが寂しかったのもあるけどね、とは冗談めかしたセドリックの談である。

 

「新しい生活には慣れたかい? 僕が一年生のときはよく勉強に手こずってたよ」

「ん、授業にはちゃんとついていけてるよ。むしろ訓練がないから自由に使える時間が多くなったし、ちょっと戸惑ってる。最近だと暇つぶしの趣味を探しててね」

「ははは、もしかして放課後のハーモニカって君が吹いてる?」

「む……正解だ。まだ他人(ひと)に聴かせられるレベルじゃないから恥ずかしいけどね」

 

 兄妹のように並んで走って会話するのもいつものこと。

 セドリックが笑うと、白い息が蒸気のように上がる。

 

「だったら上手くなってから聴かせてほしいな」

「ん、そのうち。キミには一番の観客になってもらうよ」

 

 意気を凄んでみせた小さな後輩がおかしかったのか、再びセドリックが白い息を吐いた。

 シアが自信満々な顔――所謂ドヤ顔――をすると、なぜだか皆セドリックのような反応をみせる。

 不服といえば不服だ。

 それを表すように頬を膨らますと、彼らは罪悪感など露ほどもない軽い謝罪をして頭を撫でてくる。

 すべて上手くいってるのに、子供扱いされるのはやはり気分のいいものではない。

 シアは速度を上げてセドリックを引きはがした。背後で青年が困ったように苦笑するのを、ほんのちょっとだけいい気味だと思った。

 

 ホグワーツの煙突から炊事の煙が立ちのぼる頃になると、運動場を一望できる小屋から不釣合いな体躯の森番が出てきた。

 

「「おはようハグリッド!」」

「おお、お前さんたち。がんばって走っちょるな!」

 

 ハグリッドが起きてきたならば、そろそろ朝食の時間だ。

 差し出された水を飲んでから二人は校舎に戻り、途中でセドリックとわかれ、シャワーを浴びたシアは談話室でダフネと合流した。

 ダフネの寝ぼけは治ったのか、雲の上まで飛んで行きそうなふわふわした空気は冷たい仮面の下に押し込まれていた。

 

「今日の授業ってなにかあった?」

「ん、たしか魔法薬と妖精の呪文、それから変身術のはずだよ」

 

 大広間で二人して並んで食事をとるのも恒例の行事。

 トースト二枚と紅茶で済ますダフネと違い、シアは運動していたことを差し引いても異常な量をかっ込んでいく。シアのいる席だけエンゲル係数の跳ね上がってる有様だ。近くにいるスリザリン生は短い期間で学んだもので、シアが席につくより先に大皿から自分のぶんをすでに確保している。

 

「ほら、汚れてるわよ」

 

 七人前のベーコンを食べ終えたシアの頬にナフキンが押し付けられた。他にも跳ねた髪の毛や、ちょっと乱れたシャツ、ずれたネクタイなどがちょいちょい直される。

 

「……ん、ありがとう」

「だったらもっとゆっくり食べてほしいわね」

「それはできない相談さ。キミがこうして手を焼いてくれるから、これも信頼した行動なんだよ?」

「そんな信頼いらないわ」

 

 口元を拭われる間はシアも大人しい。小柄なのもあって、ダフネからすればどこか年齢以下の子供のようにも見える。

 しかし頼りなさげなのもこの時間まで。

 一旦授業となると、闇祓いたちから学んだ知識をシアが活かし始めるようになる。

 学年最初の魔法薬の授業など、それがもっとも顕著であっただろう。

 

「ああ、左様。……ハリー・ポッター。我らが新しい――スターだね」

 

 担当教授のスネイプの教室は地下牢だけあって蛇寮とも近い。

 そのため陰鬱とした雰囲気は共通しており、壁に大量に飾られたガラス瓶にはアルコール漬けの動物がプカプカと浮き沈みしている。 

 スネイプは彼の脂ぎった髪と同じねっとりとした声で出席をとっていると、ヴォルデモートを倒した英雄のところでそう冷やかしたのだ。シアとダフネのうしろに座っていたマルフォイがせせら笑うくらいには、それは効果があっただろう。

 

「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、たしかな芸術を学ぶ」

 

 スネイプの声にはマクゴナガルと同じく、聴かせるだけで静寂を呼ぶチカラがあった。

 

「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管のなかを這いめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君らがこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である」

 

 ただ、我輩がこれまで教えてきたウスノロたちより諸君らがまだマシであればの話だが。

 大演説をスネイプがそう締めくくった。

 

 気圧され、呆然とする生徒のなかで、やけにキラキラとした目をしているのはシアただ一人だった。

 蛇寮以外の生徒、またその卒業生たちからの評判は、地に落ちてもう下がりようがないスネイプだが、それでも魔法薬に関する腕は魔法省でもかなり有名だ。教師ではなく医療専門機関から幾度もオファーを受けているらしく、間違いなく今世紀でも指折りなほどの腕利きだろう。

 

 その教師から学べる。

 シアはとても幸運なことだと思い、感銘を受けたついさっきのオサレポエムを羊皮紙にメモしていく。

 

「ポッター!」

 

 スネイプが突然、ハリーの名を叫んだ。

 そして愛のムチとは思えぬ教鞭を叩きつける。

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 

 情けない顔をするハリーに限らず、この問いに答えられる者などどれほどいようか。 

 例外であるハーマイオニーが、天井を貫いて宇宙まで届きそうな挙手をした。

 なぜハリーの指名なのに横から答えようとするのだろう。マグル出身ならばホグワーツより先に学校に行ってるだろうし、それがどれだけ失礼な行為なのかわからないのだろうか。

 横目で見ていたシアにはそれが不思議だった。

 

「……わかりません」

「チッチッチ。有名なだけではどうにもならんらしい」

 

 煽り属性マックスなスネイプが指を振る。 

 ハーマイオニーの神槍のような挙手を無視するあたり、スルースキルもかなりのレベルのようである。

 

「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」

 

 ハーマイオニーが挙手をした。音速を突破してソニックブームが出そうだった。

 

「……わかりません」

「クラスに来る前に教科書を開いてみようとは思わなかったわけだね、え? ポッター」

 

 しかしスネイプはハリーいびりに夢中なのか、ハーマイオニーの黄金の右腕をまだ無視している。

 

「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いはなんだね?」

 

 とうとうハーマイオニーが立ち上がり、光の巨人に変身するつもりなのかと問いたくなるような挙手をする。

 ハリーはスネイプをまっすぐに見て、落ち着いた口調で言った。

 

「わかりません。……ハーマイオニーがわかってると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」

 

 ハリー・ポッターはもしかしたら我慢強くない性格なのだろう。

 そして口答えするなど後先を考えず思慮が足りない。

 でなければ、スネイプの口から次にどんな言葉が出てくるかわかるはずだ。

 

「ポッター、座りなさい。君の無礼な態度で、グリフィンドール五点減点」

「!?」

 

 いやなぜそこで信じられないような顔をするのか。

 ハリーのリアクションを横目で見たシアが、心のなかでツッコミを入れた。

 

「では――マルシアン。答えはわかるかね?」

 

 指名されたことでシアは動かしていた羽ペンを置く。

 スネイプとしては授業中なにも語ったつもりがないのに、書き物をしているシアが不審に映ったのだろう。たしかに自分が寮監をしているスリザリンには甘いが、だからとって目に余る行為すべてを見逃すわけではない。 

 減点はしないが、これは戒めだ。

 あと目がすごいキラキラしてるのがひどくむず痒かった。

 

「はい。えっと、どこからですか」

「最初の質問だ。アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 

 はて、と首をかしげるシアに、スネイプが座っていいと言おうとした直前だ。

 

「生ける屍の水薬。まるで服用者が死んだように眠ってしまう、澄んだ水のような強力な睡眠薬です。魔法界では取引品目のB級相当として扱われてますね。真実薬とはちがい、匂いと味ですぐ識別可能です」

「ほう……すばらしい。教科書を見ただけではわからんことも答えられるとは。スリザリンに五点」

 

 さっきまでの失望を反転、満足そうにうなずくスネイプは続けて質問する。

 

「ベゾアール石を見つけてこいと言われたらどこを探す?」

「ベゾアール石はヤギの胃にある石なので、だからヤギの腹を探します。ただし自然で育ったヤギでなければ良質な石は取れず、それに個体差もあって効果もバラバラ、十分な効能があるものはほんの一欠片で高価です」

「その効果は?」

「おおよその毒の解毒剤になります。ただし物質を溶かすタイプには効果が弱く、またバジリスクやマンティコアなどの持つ強力すぎるものには効果がありません。万能ですが、あくまで普遍的。その手の特効薬が勧められるのもそのためです」

「スリザリンに十点だ」

 

 いまだに可愛らしく首をかしげたままのシアに、スネイプが再び問うた。

 

「ならば、モンクスフードとウルフスベーンの違いは?」

「モンクスフードは修道士のフード、ウルフスベーンは狼殺しを意味しますが、別名アコナイト……つまりどちらもトリカブトのことです。最近だと脱狼薬の素材として注目されてますが……先生はその調合を完璧にこなした一線級の人物だと伺ってます」

「たしかに、脱狼薬の調合はひどく繊細で難解だ。しかし君ならばそれもこなせる腕になるだろう。――スリザリンに十点」

 

 よいしょされたスネイプはとても上機嫌だった。

 手を挙げていたハーマイオニーも、教科書以上のことを述べられるシアに負けたと思ったのか、悔しそうに椅子に座ってうつむいている。シアが隠れて手を振ると、なぜか親の仇を見るような目をされた。

 

「でも、先生。これは五年生以上の内容ですよ?」

「熱心に学ぶものにはわかることだ。そう、君のように」

 

 スネイプはシアに座るよう促し、それからなぜ彼女の言ったことをノートに書き取らんのだ、と一喝した。

 シアを含めた一年生全員が、ああ、この教師は露骨にスリザリンを贔屓しているな、と思った瞬間である。

 ダフネが呆れたようにシアに囁いた。

 

「……さっきの質問、よく答えられたわね」

「ん、ホグワーツに来る前から勉強していたからさ」

 

 羽ペンを器用に指で回していたシアが片眉を上げる。

 

「でもキミなら、答えられる質問があったんじゃないのかい?」

「さぁ、なんのことかしら」

 

 ダフネが視線を交わしてきたのをいいことに、即座にシアが開心術を使う。

 無関心。面倒くさい。目立ちたくない。どうでもいい。

 そういった感情が根底にあり、どうやらダフネは可もなく不可もない生徒として過ごしたいらしかった。

 

 その後、スネイプからの課題で二人一組になり、おできを治す簡単な薬をつくることになった。

 スネイプが教室中を見回り、つつがなくこなしたシアとダフネのペア、そして目にかけているらしいマルフォイ以外にまるでイジワルな(しゅうとめ)のごとく注意をしていった。しかし間違ったことは言ってないあたり、彼の魔法薬への真摯さが見受けられる。

 問題だったのはグリフィンドールのネビルが調合に失敗して大なべを溶かして、薬を全身に被っておできだらけになったところだろう。

 

「ポッター、近くにいながらなぜロングボトムを注意しなかった。さては彼が失敗すれば、自分がよくできた生徒だとでも思ったのか? グリフィンドール二点減点」

 

 完全に言いがかりである。

 たった一回のこの授業で、スリザリンとグリフィンドールの点差は三十二点も広がってしまった。

 同級生たちは喜んでいたものの、肝心のシアにとってはどうでもいいことである。

 

 その後の変身術では、マクゴナガルからマッチを針に変える魔法を習った。

 変身術には散々複雑な理論を学ぶ必要がある。

 しかし闇祓いから杖を使わないだけで必要なことはすべて教わっていたため、最初から理解しているシアにはさほど難しいことではない。

 シアは開始直後にすぐさまマッチを針に変えてみせ、マクゴナガルがダイアゴン横丁で見せた笑みを浮かべる。

 

「まだ成功させた生徒はグレンジャーのみなのですよ」

「はぁ」

 

 マクゴナガルの嬉しそうな声を話半分に聞きながら、シアは針からマッチに戻し、そしてまた針に変える。

 何度も、何度も、機械のように。まるで退屈そうな目をしながら。

 

「嬉しくなさそうね。魔法薬のときも、ほかの授業のときもそうよ」

 

 針の形になったマッチに眉をひそめながら、ダフネが言った。

 

「……ん、まあ、つまらないかな。絶対にできることを評価されたところで、キミは嬉しいと思うかい?」

 

 六年間も闇祓いに揉まれているのだ。

 シアにとって、こんなことはできて当たり前のことだった。

 それにシアが勉強や訓練という行為をしているのも、すべて自分の付与価値を高めるためである。価値があるのものが捨てられないのは常識であり、強迫観念に近い考えで、シアはそれを必死になって求めていた。

 たかがこんなこと……一年生の課題ができたところで、本当に使える存在であると認めてもらえるはずがない。

 

 可能ならば、もっと――。

 表面に出さないだけのシアの焦燥を知ってか知らずか、彼女の頭をダフネが杖で小突いた。

 

「人が頑張ってるのにそんなこと言わないで。やる気が削がれるわ」

「あはは、ごめんよ。いつもつまらなさそうに生きてるキミにそう言われると、そうだね、ちょっと傷つくよ」

「あなたってよく容赦ないこと言うわよね」

 

 つまらなさそうな声に硬さが含まれた。

 やや乱暴に髪をかきあげており、これまで睨まれることは何度かあったが、それ以上に気分を害しているようだ。

 それに慌てたのはシアだ。灰色の目がせわしなく泳いでいる。

 

「……ごめん。ごめんよ。そういうつもりはないんだけど、よく言われるよ。直そうとはしてるんだけど、人の傷つく言葉が……なんというか、あんまり、理解できないんだ」

 

 それを直すためにホグワーツに来たといっていい。

 しかしいまだに手がかりは尻尾すら見せない。

 

「それ、気をつけたほうがいいわよ」

「……怒ってる?」

「そうね。でも、いつも軽そうなあなたがオロオロしてるのに、それでも追い詰めたって思うほどじゃないわ」

 

 悪いのはシアなのに、なぜダフネがバツが悪そうなのか。

 

「やっぱり、キミはいいひとだね」

 

 そして、改めてシアがそう言うと、ダフネの顔が一瞬で呆れ顔になった。

 今度は混じりっけのない苦笑をしたシアが手伝いを申し出る。

 

「お詫びとして裏ワザみたいになるけど、何度か魔法を使ってちょっとずつ針に変えてみなよ。針のイメージをしっかり持ってね」

 

 マクゴナガルからの指示では、変身のための魔法は一回で済ますよう言われていたはずだ。いぶかしげにダフネは数回に分けて魔法を使用し、今度はマッチを完璧な針に変えた。

 もう一度やるようシアが針をマッチに戻して指示する。

 納得したようにダフネがうなずいたのは、その結果から理解したからだろう。

 

「……ああ、そういうことね」

「一度目は五回で針になっただろう。でも、二度目は四回だった。魔法を使うごとにどこが針とちがうのか、ちゃんと認識できたからだよ。まあ、あと何回かやれば一度の魔法でできるだろうさ」

 

 授業も終わり際になった頃、ようやくダフネもマッチを針に変えることができた。

 杖をおろすダフネはどこか満足そうだ。

 

「こういうことは頑張るんだね」

「出来てもやらないのと、出来ないからやれないのとではまったく違うわ。これでも名家の出身だから外聞があるもの」

「それはそれは、マルフォイに聞かせてあげたい言葉だね」

 

 シアの視線の先で、おそらく後者に位置するであろうマルフォイはサボるように杖を振っていた。

 そんなマルフォイでも珍しくやる気を出す授業の日がやってきたのは、数日後の出来事だ。

 

「いやぁ、今日の飛行訓練は楽しみで仕方ないよ。家だと何度でも箒に乗って、どんな場所でも飛んでったものさ。僕はクィディッチが大の得意なんだ。ホグワーツに来る前はみんなと集まって、よくクィディッチで遊んだもんさ。もちろん、僕はシーカーだけどね」

「それはすごいね。ワタシはあまり娯楽に詳しくないけど、とても楽しそうだ」

「ああ、そうさ! これだけ心躍るスポーツはマグルにもないだろうよ。まったく、なんで一年生は寮の選手に選ばれないのか不思議でならないね。僕が選手だったらすぐにでも、グリフィンドールなんてフォーイさ!!」

 

 シアは人の話を最後までちゃんと聞くタイプだ。

 木曜日の朝食時、自慢するマルフォイの話を、焼きたてのパンを頬張りながら耳をかたむけている。

 すでにマルフォイは何度もこの自慢話を言い散らしており、ほかの寮生は耳タコのため、いまだに自慢話を聞いてくれるシアは貴重な存在なのだ。

 

「それに三年前、すごい暑い夏の日だったかな、見渡す限りの青空だったよ。その日も僕は家から箒に乗って、周辺をのんびり散策してたのさ。そうしたら空になにが来たと思う? ヘリコプター……マグルが飛ばす鉄の箱だ。それがなんと、気付けば僕とぶつかりそうになったんだ! まさに間一髪だったさ。僕じゃなければよけられなくて、地面に落ちてグシャッ、だよ!」

「へぇ、すごいね」

 

 朗らかに笑いながら拝聴するシアに、マルフォイは機嫌が良かった。

 美少女に楽しげに話を聞いてもらえるなら、少年ならばだれだって気をよくするシチュエーションである。

 ––それがただの美少女で終わる相手ならば、だが。

 

 マルフォイが最後まで語り終えたのを見計らうと、シアは聞いていた最中に感じた疑問を次々と挙げていく。

 笑顔に似合わぬ、鋭さを含めて。

 

「たしかマルフォイ邸周辺の盆地には、古くからマグル避けの呪文があるよね。それなのにマグルの乗り物であるヘリコプターがくるのはおかしいんじゃないかな」

「……ふぉっ?」

 

 陸にあがった魚のようにマルフォイがパクパクと口を開閉させた。

 

「それにヘリコプターだけど、あれは飛んでるとかなり音が出るものだよ。いくら速度がそれなりにあるとはいえ、箒に乗ってて見晴らしのいい空にいながら、本当に気づいたらすぐそばまで来てるものなのかな? その前に進路から避けてるのが普通だよ。それに、マグルに見られるなんて迂闊すぎる。キミもマルフォイ家の次期当主なら、しっかりとその辺を理解しておいたほうがいい」

 

 ぐうの音も出ないほどの完全論破。

 むしろなにもさせずにハメ技をかけて殺すような、容赦のない言葉の弾丸。

 

 マルフォイからしてみれば、撫で回していた子猫がいきなり虎になってかじりついてきたような、そんな衝撃を受けたことだろう。

 しかし、シアもまた純粋に疑問に思っただけで、べつに責めているつもりはない。

 彼女にとってこれはあくまで指摘しただけなのだ。

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているマルフォイを横に、シアは新しいウインナーを皿によそっていく。

 紅茶の嗜んでいたダフネがため息を落とした。

 

「やっぱり、あなたもとことんヒドイわね」

「……? なにがだい?」

 

 相手を傷つけている自覚がない。

 その申告どおり、シアはまるで心当たりがない様子できょとんとしていた。

 

 午後三時半になれば、スリザリン生とグリフィンドール生が箒の訓練のために校庭に集められ、それぞれ近くの生徒と騒がしく話していた。

 話題といえば、自分の所有している箒や贔屓にしているクィディッチチームについてだ。

 そんな共通する話の種があるのにしっかり寮ごとにわかれてるあたり、この垣根はなかなか埋まりそうにない。

 

「ダフネは箒を持ってるの?」

「クイーンスリープ8号よ。父さんが買ってくれたんだけど、私はあまり乗ってないわね。妹がよく使うようになったけど……いえ、ちょっとこの先の話はやめにしましょう」

「ん、そうかい?」

 

 ダフネが自分の妹の話題を遮るのは珍しいことではない。

 どうせ会話の流れはシアに任されているのだ。

 気にすることなく、シアが軽く手振りをして話を続ける。

 

「ワタシは自分のは持ってないけど、訓練の一環でコメット260ならいつも乗っていたね。よく森の上を飛んで――」

 

 話しているうちに校舎から、鷲を人間にしたらこうなりそうな女性が小走りにやってきた。

 おそらく担当教授のマダム・フーチだろう。

 彼女は校庭に来るなり、さながら軍人のように叫んで指示を出す。

 

「なにをボサボサしているのですか! さあ、皆さっさと箒の横に立って! マルシアンはもう準備できてますよ!」

 

 光の速度でシアは箒の横にいた。

 こういった訓練が多かったからか、マダム・フーチのように指示されると、条件反射のごとく反応してしまう。こうやって強く命令されるのは昔を思い出し、シアには苦手だったが。

 

「右手を箒の上につき出して、そして『上がれ!』と言いなさい」

「「「上がれ!」」」

 

 こう叫ぶと箒が反応して利用者の手に収まるのだが、素直に上がった箒はかなり少なかった。

 シアと同じように一回で上がったマルフォイは得意そうである。

 三回目で掴むことの出来たダフネは、いぶかしげに形のいい眉を寄せた。

 

「なんか反応が悪いわね」

「たしかこの箒、流れ星だよ。箒でも一番安いけど、品質も悪いし年月が経ってくると速度と高度が落ちてくるから。まあ、事故があっても不思議じゃないね」

 

 シアとダフネは手に持ったボロっちい箒を眺める。

 ユニバーサル箒株式会社から発売されたものだが、なにを隠そう、その主要商品がこの“流れ星(シューティングスター)”。かつてはあまりにも事故が多く、搭乗者をまるで流れ星のごとく地面に叩きつけたことから消費者の不満が爆発。会社はすでに破産させられている。

 そんな粗悪品で生徒を飛ばせるなど、この学校は命を軽視しすぎやしないだろうか。

 

「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上して、それから少し前かがみになってすぐ降りてきてください。笛を吹いたらですよ。一、二の――」

 

 シアの不安が的中したのか、一人だけ地上に置いてきぼりにされたくないとばかりに生徒――ネビルがフライングをして、思いっきり地面を蹴ってしまった。

 ネビルの姿はどんどん小さくなっていく。

 マダム・フーチが呼び戻そうとしているが、それで解決できたら苦労しない。

 ついには三階建てのオフィスほどの高さから落下し、たしかに生徒たちは腕の骨が折れた音を聞いた。

 

「い、痛い!? 痛いよぉ!!」

「折れたのは腕だけです! 死にはしませんから早く医務室へ!」

 

 マダム・フーチは草地のこぶのように丸まったネビルを抱え起こし、そのまま校舎へ戻っていく。

 途中、立ち止まると。

 

「私が戻ってくるまで、その間だれも動いてはいけません。箒もそのままにしておくように。さもないと、箒の枝にしてホグワーツから出て行ってもらいますからね」

 

 そう脅しをかけて、今度こそヨレヨレのネビルを連れて行った。

 

「……痛そうだわ」

「そうかい? 腕の骨折なんて泣くほどでもないと思うけど」

 

 地面に転がっていたガラス玉を拾い上げながら、シアがあっけからんと言った。

 

「なにそれ?」

「たしか思い出し玉だよ。なにか忘れてるなら、握ってると赤い煙が出てくる魔法道具なんだけど……」

「透明なままね」

「あの高さから落下して割れてないのは幸運だ。うん、それも文字通り、降って沸いたね。ネビルの持ち物だろうし、授業が終わったらワタシが届けにでも……」

「――おい、なに持ってるんだ!」

 

 突然、赤毛でノッポな少年がグリフィンドールの集団から飛び出してきた。 

 

「なにって、ガラス玉(これ)のことかい?」

「それはネビルのだ! 盗もうたってそうはいかないぞ!」

 

 たしかウィーズリーの末男が同学年だと聞いたことがあり、目の前の少年がそうなのだろう。

 

「ん、べつに盗みやしないさ。どうせネビルは医務室で夜を明かすだろうし、拾ったワタシが責任をもって彼に届けておくよ」

「そんなの信用できるわけないだろっ」

「おや、それはどうしてだい?」

 

 これだけ騒げばいやでも視線が集まってくる。

 そうなると、引っ込みがつかなくなるのは赤毛の少年のほうだった。

 グリフィンドール側から、ロン、と呼ばれたことでなんらかの決心がついたのか、大きく息を吸ってから言葉を吐く。

 

「君がスリザリンだからだよ! どうせそんなこと言って、ネビルが困るように隠すなり盗むなりするつもりなんだろ。そうなる前に止めるのは当然だ!」

「コレはちゃんと届けるつもりなんだけどね。それに、ネビル・ロングボトムとは前々から話をしたかったんだ。ちょうど話のきっかけになるだろうし、心配しなくてもちゃんと返すさ」

「だから、信用できないんだよ!」

 

 ロンの叫びをシアは涼しげに流すと、記憶を探るように指を顎に当てる。

 

「おかしいな。キミと会ったことはあるかい?」

「……それで話をそらすつもりなのか」

「ちがうよ。ワタシはキミになにかした覚えはないのに、どうして信用されてないのかと思ってね」

「そんなの、君がスリザリンだからだよ!」

「ワタシが届けてはいけない理由はそれだけかい?」

「それ以外になにがあるっていうんだ!」

 

 ロンの言葉にグリフィンドール生たちが一様にうなずく。

 それを目の端で捉えたのか、肩を荒げていたロンは勇気をもらったようだ。

 それを見てシアはきょとんと目を瞬かせたあと、まるで明日の天気を教えるように口を開いた。

 

「――キミは実に馬鹿だな」

「なっ!?」

 

 可愛らしい少女が口にしたと思えぬ暴言に、胸を張っていたロンが一歩下がる。

 しかしシアは事実を語るように、淡々と言葉を続けた。

 

「べつに校則でも禁止されてないんだから、キミのその理由で止められる道理はないさ。それともなんだい? キミは校則を追加できる権限でも持ってるのかな」

 

 離れて聞いていたダフネは片手で顔を覆う。

 これでなおシアは指摘、あるいは意見を出しているつもりなだけなのだ。

 ロンを挑発しようなどと間違っても考えておらず、矛盾を見つけては犬のように掘り返す。たとえそれが相手にとって痛い部分だろうと関係なくだ。

 他人の心の痛みが理解できない。

 ダフネはその言葉の意味を理解しかけていた。

 

「それで、ほかの理由でもあるのかな」

「き、君は、そう言って盗むつもりなんだろうっ?」

「ちゃんと届けるってさっき言ったはずだよ。もしかして、もう忘れたのかな? 思い出し玉(コレ)が本当に必要なのは、ネビルじゃなくてキミなんじゃないのかい」

 

 シアのその言葉に、スリザリン側がドッと沸いた。

 逆にロンの顔は髪色と同じように赤くなっている。

 対するシアはどうして同寮生が笑っているのか不思議らしく、ロンの反応にも首をかしげていた。

 

「ん、あんなに自信満々に出てきたんだから、もっと有力な言葉があるはずだろう。だから、聞かせておくれ。ワタシを含めて、どんな大衆でも納得できる理由を」

 

 話を最後まで聞く主義のシアは、にこやかにロンの言葉を待った。

 シアは気づいてない。

 猫がネズミにじゃれついていても、ネズミからしてみれば甚振られているだけということに。

 一分待とうとも、脂汗を垂れ流す赤毛の少年からの反論はなかった。

 

「……どうしたんだい? ワタシが言ったのはあくまで意見の一つさ。詭弁もあるだろうし、そう気にしなくてもいいんだよ?」

 

 えげつない。

 スリザリン生たちはシアとだけは間違っても舌論しないよう、固く心に誓った。

 しかしお通夜のような空気を理解しない者もいるワケで、それに該当するマルフォイが鼻高々にシアから思い出し玉をすくい取る。

 

「あっ」

「ハハハッ、なにも言えないのかウィーズリーのこそこそイタチ! 家も貧相なら語彙もまた同じみたいだな!」

「「「(頼むよ、頼むからホントいまだけでも空気読んでくれよマジでッ!!)」」」

 

 せっかくスリザリンの完勝のはずだったのに、マルフォイの登場のせいでおかしな空気に変わってしまった。

 なぜシア一人の手柄なのにマルフォイが勝ち誇ってるのか。

 しかし心のなかでのツッコミなど、現実まで効果を及ぼすはずもない。

 

「こんな安物に随分ご執心みたいじゃないか。どうにも、グリフィンドールは貧乏すぎてこれ一つでも血眼になるらしいな!」

「それを返せ、マルフォイ!」

 

 獅子寮側からハリー・ポッターが姿を見せる。

 

「要はロングボトムが取りにこられる所に置いておけばいいんだろう? たとえば――木の上なんてどうだい?」

「やめろ、こっちに渡せ!」

 

 マルフォイは箒に乗ってしまい、すぐに樫の木の(こずえ)ほどの高さまで舞い上がった。

 

「ここまで取りにこいよ、ポッター」

 

 ハリーはハーマイオニーの制止を振り切り、同じように箒にまたがって浮かび上がる。

 その後、マルフォイの放り投げたガラス玉をハリーが見事キャッチしたのだが、校舎から出てきたマクゴナガルに強制的に連れて行かれてしまった。

 

「ハハハハッ、見ろよ、ポッターはこれできっと退学だぞ!」

 

 思い出し玉を投げるやいなや、すぐに降りて事なきを得たマルフォイが高笑いする。 

 その肩に、白くて小さな手が置かれた。

 

「ハッハハハハハ、ハハハハ、ハハ、ハ……ふぉい?」

「マルフォイ、ちょっとオハナシしようか」

 

 すれ違いざまにハリーから思い出し玉をかすめ取ったシア。

 しかし余計な手間をかけさせ、あげくには無駄なことをさせたマルフォイに色々と言いたいことがあった。

 可愛い女の子に耳元で囁かれたのに、まるで嬉しくない。

 むしろ逃げたかった。

 マルフォイが己の行動に後悔する間もなく、心を折りにくるような説教が開始されることになる。




美少女に「キミは実に馬鹿だな」と言われたいだけの人生だった……。



ちなみにロンさんですが、

「いきなりスリザリン生がネビルに会いに行くと怖がるから、僕たちがまず思い出し玉を届けて、アポイントを取ってやる」

……と筋道立ててハッキリ言ってれば、主人公も納得してすぐに引き下がってました。彼女の前での下手な嘘、道理のかなってない言葉、それら口にするのは互いにとって不幸な結果しか生みません。
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