灰色少女は愛を求めて   作:なよ竹

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第四話 灰色少女と使役魔法

 マダム・ポンフリーに面会の許可を取ろうとすると、一瞬だけ訝しげな表情となった。

 それもそのはず、ネビルとの面会を所望したのはスリザリンの女子生徒なのだ。

 

「言っておきますが、面会時間は守るように。もう少しで夕食なんですからね」

 

 しかし断る理由もなく、医務室の守護神は道を開け、小袋を抱えながらにこやかに笑うシアがその脇をスルリと通り過ぎる。

 シアの姿を見つけると、ベッドで片腕を吊っていたネビルは遠目からでもわかるほどに体を強ばらせていた。

 

「やあ、腕は平気かい?」

「な、な、なにしにきたのさっ」

 

 ネビルの心境といえばきっと、これから殺処分される豚が突然自我を持ってしまった時と一緒なのだろう。

 しかしシアは彼をイジメにきたわけじゃない。

 懐から思い出し玉を掴んで、ネビルの腹に軽く放った。

 

「ん、要件はさきにやって来た同級生から聞いてるハズだろう。ほら、思い出し玉」

「えっ、あ……ありがとう?」

「あとで先生にでも鑑定してもらいなよ。本物かどうか、呪いがかかってないかどうか、心配する要素もあるだろうしね」

 

 ネビルは返ってくるはずのなかったモノを見つけたように、受け取ったガラス玉をしげしげと眺めた。

 止められるタイミングを失わせたシアは、流れるようにベッド脇の椅子に座る。

 

「悪いね。早い時間から来ると、キミの寮生とかちあってマトモに話せないと思ったんだ。ほら、これがお詫びの品」

「いや、その……」

 

 押し付けられた小袋を抱えるネビルは見るからに困惑していた。中身は高級チョコ。隣にあるテーブルに小山をつくる菓子類でも、これ一つの価値があるかもわからない。

 ネビルの挙動不審が大きくなっているのもシアは承知済みだ。

 だから、すでに握ったも同然な会話の主導権を振りかざすことは簡単だった。

 

「べつに取って喰いやしないさ。大方、ウィーズリーあたりにでもワタシの悪評を聞かされてたんだろう?」

「……ロンは、キミがこれを持ち逃げするって言い続けてて」

「他人をどう評価するか、それはキミの目と耳で直接たしかめたほうがいい。……改めて、ワタシはシア・マルシアン。スリザリンの一年生だよ」

「ネビル。ネビル・ロングボトム……」

 

 袋を小山に積み重ねたネビルの警戒心がわずかに和らぐ。

 飛行訓練の終了直後、医務室に流れ込むようにやってきたグリフィンドール生からシアの悪態を色々と聞かされていたのだ。

 そんな折に、すぐ直後にやってきたのは見下さず礼節を弁えた少女。

 拍子抜けしたといっていい。

 それに、なぜスリザリンの才女が自分のような落ちこぼれに会いにきたのか、理由がまったくわからない。

 極度の混乱がネビルの判断力を失わせていた。

 

 シアはイスに深く身をゆだねると、軋んだ音がした。苦痛にならない程度の沈黙は仕切り直しにちょうどいい。ネビルにリラックスしているとわからせる姿勢で過ごしながら、興奮が収まりはじめたのを見て、そこでシアが小さな口を開いた。

 

「今日ワタシはね、キミと話をしたくてここまで足を運んだんだ。思い出し玉はそのきっかけさ。スリザリンとグリフィンドールじゃ、普段接点なんて持てないから」

「ぼ、僕じゃ、君の話についていけるかどうかわからないよ」

「……ん、難しいことじゃないさ。ワタシが質問するから、キミはそれにただ答えてくれたらいい」

 

 少年のぽっちゃりとした顔に不安が広がる。

 それはまるで、君が知らなくて自分が知ってることなんてあるのか? と言葉なく語っているようだった。

 ネビルを安心させるよう、灰色の少女が穏やかに微笑む。

 

「今日この場だけ、ワタシとキミは寮生じゃない。ただのシアとネビルだよ」

「それで……僕と話したいことって? 生憎だけど、僕はあんまり頭もよくないし、婆ちゃんがあんまり外に出してくれないから……多分、君より知ってることなんてないよ」

「ううん、ちゃんとあるさ。言っただろう、いまだけは寮生じゃないって」

 

 それは暗に、学校に関することを話すわけではないと言ってるのと同義だった。

 しかし深い部分を言ってないこともたしかであり、追求しようとしたネビルをシアが手で制す。

 

「最初に言っておくけど、これからワタシはキミを傷つけたり、酷なことを言うと思う。話を止めたいと思えばすぐに言って欲しいんだ。そうすればワタシはすぐにここから居なくなるし、それ以上、キミに強制することもしないよ」

「それは……話によるかな」

「ん、構わないってことかい?」

 

 ネビルはガラス玉を手のなかで転がしながら、じっとシアを見つめた。

 

「皆は色々言ってたけど、これを届けてくれたのは本当のことだもん。だったらだれが相手でもちゃんとそれに応えろって……まあ、婆ちゃんの受け売りなんだけどね」

 

 予想よりもずっと真摯な態度にシアは安心する。

 きっと、彼ならば素直に答えてくれるだろう。

 もしロンのような態度を見せたならば色々と手段も持ち合わせていたが、どうやら使わずに済みそうだ。

 そんな無責任だがどこかそわそわと興奮するような感情を抱きながら、開心術を併用しつつ手探りに会話をはじめた。

 

「ワタシのお義父さんは闇祓いをしてるんだ」

「……ああ、なるほど。君が闇祓い局長の子供ってホントのことなんだ」

「ん、できれば色眼鏡抜きで見て欲しいね。ワタシが喜ぶ評価っていうのは自分だけに関することだよ」

「やっぱり、スリザリンらしくないや」

 

 シアはイスに座り直してネビルのつぶやきを流す。

 

「ワタシは小さい頃からそこに入り浸っててね。これでも、魔法省の職員よりも闇祓いについては詳しいんだ。業務、給料、休暇に解決した事件、それから――過去のメンバーのことも」

 

 ネビルの瞳に悲しげな色が宿った。

 しかし目立った反応を見せないあたり、シアが自分の養父のことを教えた時点から察していたのだろう。

 

「キミのご両親は闇祓いだったね。キミが一歳くらいの時に引退してるけど」

「……うん。いまは聖マンゴに入院してるんだ」

「どうしてかもワタシは知ってる。勝手に情報を見たのは悪かったね」

「いいんだ、少し調べればわかることだから。僕でも、わかったから」

 

 悲哀も自嘲も息を吸うことで腹に押し込むと、ネビルが先ほどよりもずっと真っ直ぐな眼差しでシアを見る。

 

「それで?」

「ん、キミが定期的に両親のもとを訪れてることも教えてもらったんだ。でもね、その時から気になってたんだ」

 

 シアにはネビルの様子がよく見えた。

 顔が真っ青だ。

 手なんて小刻みに震えているし、落ち着いていた肩も気付けば大きく上下している。心は冷えた部分を温めたいのかと思うほど動揺していた。

 十二月の雪原に放り出されてもすぐにこうはならない。

 

 だが、シアは続きを言った。

 心を覗いてなお、どうしてそこまでネビルが苦しんでいるのか、一欠片も理解できないから。

 

「どうして君は、まともに話したこともない両親に会おうとするんだい?」

 

 震える声でネビルが聞き返す。

 

「聞きたいことは……それだけ?」

「ん、これだけさ」

 

 すぐにネビルが腹から巨大な鉄球でも吐くように息を出す。

 それからしばらく沈黙していたネビルは、十年分の疲れが先にやってきたような笑顔になった。

 

「は、はは……質問って、そういう」

「……? なにか変だったかな?」

「こういう時って、もっとべつの質問をされると思ってたから。ううん、でも君がそんなに真面目な顔で訊いてくるから、こんな風に笑うのは失礼だね」

「構わないさ、答えてもらうのはワタシのほうだから」

 

 肩を大げさにすくめるシアを見て、ネビルはひとしきり笑うと、これまでよりもずっとしっかりした声で語った。

 

「――僕が二人に会いにいくのはね、二人のことが好きだからさ」

「……理解不能だ。自分が認識されてないかもしれないのに?」

 

 ネビルの両親はヴォルデモートの配下によって廃人にされている。

 入院している場所は精神病棟。それも、治る見込みの薄い患者が集められる場所だ。ほとんどが生きてるだけという状態なのも珍しくない。

 そこにかれこれ十年もいれば、もはや回復は絶望的。

 なぜネビルはまともに交流のできない両親が好きなのか、シアは首をかしげざるをえない。

 そしてネビルの浮かべた笑みの理由さえも。

 

「ワタシはキミに聞くまで、ただ外聞の問題かと思ってた」

「うん、そう考えてる人も多いよ。だけどね、これだけは本当のことさ。僕は、僕を産んでくれた両親が大好きなんだ」

「それは、どうして?」

 

 穏やかな表情のままネビルが天井を見上げる。

 

「家にはさ、赤ちゃんだった頃の僕のために色んなものがあるんだ。全部、父さんや母さんが集めてくれたものでね。それに写真も飾られてる。小さい僕を抱えた二人が楽しそうに笑ってる、そんな写真がいっぱいあるんだ」

 

 ネビルがポケットから取り出したのは、なんの変哲もないバタービールのコルク栓だ。

 

「それに現在(いま)もさ、病院に行くと、母さんが色々とくれるんだ。風船ガムの包み紙だったり、新聞の切れ端だったり、全部集めても銅貨一枚にもならないガラクタだけどさ……僕にくれるんだ」

 

 おかげで部屋が埋まってるけどね。

 冗談めかしに言ったネビルに、シアは笑わなかった。

 軽々しい同情や情けの言葉。そういったものは苦しんでる者にとって、ただただ痛みにしかならないことを理解しているからだ。自分を救えないくせして自己満足に浸る相手なんて、最初から信用できるはずがない。

 

「そういうのを見るとね、僕も愛してもらってたんだなぁって思うんだ。だからだよ、僕が二人に会いにいくのは」

「……見返りもなにもないのにかい?」

「愛してもらってたからそれに応える。これが、落ちこぼれの僕でもできる親孝行だと思うんだ」

 

 箒から落ちて泣きべそかいてたとは思えないほど、いまのネビルは毅然としている。

 それを実際に指摘するとネビルは苦笑してしまったが。

 

「……でも、あまり理解できなかった。どうして損得勘定抜きでキミたちは行動できる? 非合理な行動をとることこそが“愛”ってことなのかな?」

 

 難しく考えている自覚がシアにはあった。

 だからといって単純に理解できるなら今日までにわかっているだろうし、迷路のような複雑な思考になろうと答えが出るまで探すしかない。

 灰色の髪をくしゃりと掻くシアに、ネビルが穏やかに尋ねる。

 

「シア。君は、愛してもらったと思ったことはある?」

「わかんない。それが、わかんないんだ」

 

 癇癪を起こした子供のようにシアが投げやりに答えた。

 

「動物は嘘偽りなく言ってくれるから理解できる。だけど人間は、本心をほとんど言葉で言ってくれない。だから心を見ないとわからないのさ」

「僕は嘘をついてた?」

「……本心だけだった。だから、わからない。色んな人に“愛”について聞いてみても、答えなんかてんでバラバラ。キミと同じようなことを言ってた人の心なんて、ただ良いことを言ったっていう満足感だけなんだよ」

「あ、ははは……なんていうか、君がどうして僕と話したかったのかわかるよ」

 

 面会時間が残り少ないことをマダム・ポンフリーが伝えてきたことで、ランプの明かりが出てきた病室でシアが立ち上がる。

 

「悪かったね、君にとっては当然だろう質問を続けて」

「ううん、いいさ。スリザリンでも君みたいな子がいるんだってわかったから」

「ワタシもこれまでより有意義だった。君の両親に対する姿勢の真摯さ、大人の百言よりは刺激されたよ」

 

 シアは去り際に一度立ち止まり、最後の質問をネビルに投げかける。

 

「君は、寂しくないのかい?」

 

 一人用のベッドの上で目を丸くしたネビルは、すぐにぽっちゃりとした丸顔をほころばせる。

 

「大丈夫だよ。学校(ここ)には友達がいるからね」

「友達、ね……」

 

 最後に別れの挨拶を交わすと、シアはもう振り返ることなく医務室を出て行った。

 

 

 ◆

 

 

 その後、途中でグリフィンドールとの確執があったものの一蹴し、大広間へやってきたシア。

 律儀にも待ってくれていたダフネと夕食を済ませると、彼女と一緒に自室に戻ることなく、シアだけが途中でわかれて図書館へとやってきた。

 あとでスネイプから補習授業がある。

 そんな別行動の理由を口にして、ダフネが奇妙な顔をしないはずがない。

 

 シアはあらかじめスネイプから貰っていた許可証をマダム・ピンスに提示すると、閲覧禁止の棚があるコーナーへと入っていく。

 教員の許可証がなければ一般生徒は借りられないだけあって、このコーナーの本はありとあらゆる深層に関わるものばかりだ。

 

 ――カバラの人造石兵(ゴーレム)技術に関する新約書。

 ――忘れ去られた古代魔術全般。

 ――闇の魔術の深淵。

 ――TSUBAME。

 ――英霊召喚と失われる聖晶石。

 ――ハイカキンシャノマツロ。

 ――永遠(とわ)に駆けるフォウ。

 

 後半など見るからに恐ろしくおぞましい表紙をしている。

 だがシアの目的の本はそれらではなく、ようやく見つけたのは棚の端っこにある忘れ去られたような古書だ。

 

「使役魔法専門書、か」

 

 被っていたホコリを息で吹きかけて綺麗にしてから、シアはそう呟いた。

 

『これはまたなんともまァ、爪とぎにも使えなさそうな本で』

 

 チョーカーになってるハーレクインがそう言うほど、この専門書はやけにボロい。

 題名が合ってることを確認してから、ほかにもいくつかの本を抱え、シアは寮へと続く道を歩いていく。

 そして途中の道で曲がってやってきたのは、スネイプの自室に続く地下教室だ。

 

「お待たせしました、先生」

「約束した時間の十五分前だ。むしろ早いぐらいではあるな」

 

 先に待っていたらしいスネイプが教室を歩きながら杖を振っていく。

 するとイスと机が次々と壁際に引っ込んでいき、あとに残ったのは中央のテーブルと二つのイスだ。

 

「掛けたまえ」

 

 シアが促されて席につくと、指定された本をテーブルに置いていく。

 

「紅茶はどうかね?」

「いただきます」

 

 てっきり杖で用意するのかと思ったが、意外にもスネイプが手ずから紅茶を淹れてくれるようだ。

 いい葉を使ってるのか、薬品臭い教室でも紅茶の香りだけは嗅ぎ分けられた。琥珀色の液体から湯気が立ち上ると、それがさらに強くなる。

 ソーサーに乗せられたカップがシアの前に置かれ、スネイプもまた少女の対面に座る。

 そして示し合わせたように最初の一口を飲むと、ほう、と息を吐いたのはシアだ。

 

「おいしいです。訓練所だとよく飲んでいたのはコーヒーですが……」

「どうせ魔法道具による自動生成によるものだろう。こういったものは、人の手で作られるからこそ価値がある」

「魔法薬のように?」

「左様。最近では魔法道具での大量生産の案もあるらしいが、我輩の意見としては、あれらで作れるのはあくまで最低限効果を満たしたものでしかない。我々人間が作るからこそ、品質が最上となるのだ」

 

 いきなり本題に入るほど無粋ではない。

 ひとしきり紅茶と会話を淡々と楽しんでから、カップなどを魔法で片付けたスネイプが手を伸ばす。

 掴んだのはシアがテーブルに置いていた古書だ。

 シアがちゃんと取ってきたかわざわざ確認しないあたり、この教師にはそれなりの信頼をされているのだろう。

 

「君の動物語り(ディルマウス)については校長から聞かせてもらっている。それ以前から、君の父親と相談していたらしく、この魔法を君に教えることを決めたらしいな。そしてその白羽の矢が我輩に突き立ったわけだ」

 

 シアが闇祓いたちから先んじて勉強を教えてもらえたのも、これから学ぶ授業外の魔法に時間を取られないためでもあった。

 ホグワーツに入学したシアの本来の目的も、この魔法を覚えるためだ。

 

「――使役魔法。またの名を、召喚魔法」

 

 魔法界では千年以上もの時のなかで、様々な魔法が廃れていった。

 例を挙げるとすれば、さきのゴーレムの技術などだろう。そういったものは魔法の腕ではなく適性がモノを言うため、伝えようにも伝えられず、火のついたロウソクが溶けて消えるようにゆっくりと衰退していった。

 聞けば、ホグワーツの創設者たちなど精霊を操ったとか言うではないか。

 それがデマかどうかはともかく、現在では考えられぬほどの魔法が過去にあったのは事実なのである。

 

 使役魔法も同じだ。

 これは動物を使い魔するのだが、それにはまず相手との信頼関係を築かねばならない。

 分不相応の魔法生物と契約しようとして、ガブリ、なんてことも珍しくなく、五百年以上もまえから急激に廃れた魔法らしい。

 

「マルシアン、なぜ自分がこの魔法を学ぶのか理解しているな?」

「……ワタシの、動物語り(ディルマウス)の一族が、使役魔法を細々と伝えてたから。そう聞いてます」

「自分で調べなかったのか」

「あまり。……ワタシは本当の両親のことなんて、どうでもよかったから」

 

 本当は知りたければ尋ねるよう、養父から言い含められている。

 しかしシアは催促されないのをいいことに、今日この時まで自分の出生を詳しく訊いたことはない。

 知ったからどうなるわけでもないと思ったのもある。

 それにすでに亡くなった両親を知ったところで、シアにはネビルのような感情を向けられるはずもないとわかっていた。

 

「まあ、よい。現存する魔法使いのなかでも、動物語り(ディルマウス)は君だけだ。魔法の伝承のため。そして君が悪用しないために教え含める。それを肝に銘じておくように」

 

 肩を落としながらシアが了承した。

 

「使役魔法について、ある程度の知識はあるな?」

「はい。お義父さんから貰った本でいくらかは」

 

 古書をめくっていたスネイプはうなずくと、鋭い眼光でシアを睨む。

 

「我輩はゆえあって、多少なりともこの魔法を扱うことができる。それを君に教授することもやぶさかではない。だがそれは――君がいまも使っている開心術を止めたならば、だが」

「…………」

「それを使わねば、他者の心が最低限すら理解できないことも知っている。君の父親からの手紙でだ。しかし我輩が教える以上、こちらのルールに従ってもらおう。それに君の腕前では、いくらやろうと我輩の心は読めん」

 

 シアはこれまであまりにも自然に開心術を使っていた。

 だれが相手だろうと、悪意など欠片もなく、ただ本を漁るかのように心を読み取っているのだ。

 それにはたとえ大人だろうと、気づかぬうちに内面を覗き込まれていることも多い。

 

 そうしなければ不安なのだ。

 未知のものほど、恐怖の対象はない。

 シアは見知らぬ人間と動物のどちらを信頼するかを問われれば、即座に動物を選ぶ。

 幼い自分を助けてくれたのは、いつも動物だけだったから。

 

「……はい」

 

 スネイプの宣言通り、これまでのどの人間よりも彼の心の壁は硬かった。

 すぐに突破できないとみるや諦めて開心術を解いたシアだが、対するスネイプも内心では冷や汗が滝のように流れている。

 

 ――危なかった。

 あと十秒も使われていたら、目を逸らさない限り閉心術が破られた可能性がある。

 優れた開心術士となれば相手の心の壁の隙間から手を滑り込ませ、それから芸術のように情報を盗み取ることが可能らしい。ヴォルデモートやダンブルドアがこれにあたるだろう。

 だが、シアは違う。

 彼女の場合は容赦なく爆撃のように心理防壁を破壊していくファンキーなスタイルだ。それも一瞬のうちに木っ端微塵にしてから、手早く情報をまるごとかっさらう。相手への配慮などまったくない。なにかの拍子で心が壊れようと、そんなことは気にしてなさそうな可愛い容姿に反する鬼畜な手段だ。

 

 あとでこのことについても教えたほうがいい。

 こんな開心術にしたままの闇祓いたちを恨みながら、スネイプは脱線しかけた思考の軌道を修正していく。

 

「この魔法には杖と、そしてあらかじめ魔法陣の描かれた紙が必要になる」

 

 スネイプが懐から取り出したのは、幾何学模様の描かれた小さな羊皮紙だ。

 シアが見守るなか、テーブルの真ん中に置いた紙にスネイプが杖の先端を突きつける。

 

「インウォカーティオ、召喚せよ」

 

 紋様がかすかに発光すると、それが門であるかのように黒い物体がシアめがけて飛び出してきた。

 

『ご主人、ちょいと前を失礼!』

『な、なにするだー!?』

 

 刹那、猫の姿になったハーレクインが跳躍し、怪物体をキャッチして引き倒す。

 ハーレクインが捕まえたのは蝙蝠だった。猫の手から助け出してみると、スネイプと同じようなイジワルそうな顔をしている。

 

「これが使い魔……ファミリアだ。こうして動物を出したとしても、鳥を生む“エイビス”、蛇を出す“サーペンソーティア”とは決定的に異なる部分がある」

「動物が、本当に生きてる」

「そのとおりだ。魔力で創造した偽りの命ではない。その蝙蝠はたしかにこの世界に存在し、そして我輩はそれを呼び寄せたのだ」

『この油野郎のスニベルス! 寝てたのに起こすんじゃねえやい!』

 

 スネイプが指を鳴らすと、シアの手から逃れた蝙蝠が、悪態をつきながら羊皮紙につっこんで消えた。

 おそらく発光している魔法陣が姿現しのような効果を生んでいるのだろう。

 思い出すのは、9と4分の3番線まで行くことのできる石柱だ。

 

「先生はどんな動物でも出せるんですか?」

「否、我輩が使えるのは蝙蝠のような何匹かの小動物までだ。教えることも基礎だけだな。君が契約に失敗した場合の魔法生物に対する対処こそ、我輩の仰せつかった指示だ」

 

 なるほど、それならばたとえシアがヘマしたとしても、スネイプが守ってくれる寸法になる。

 

「契約方法はやや面倒ではあるな」

 

 スネイプが羊皮紙を片付けながらそう言った。

 

「まず使用者の血液を――これは一滴でも構わないが――対象に与える。それから対象が自らの意思で提供してくれる血をインクに混ぜ、それを使って規定の魔法陣を描くのだ。そうすると繋がり(パス)ができ、血を与えた者限定であるが、どこにいようとも対象にした動物を呼び出すことができる」

「……面倒というか、古めかしいというか。魔法省に規定が残ってないのも当然ですね」

「遥か過去につくられた魔法などこんなものだ。しかし注意せねばならんのは……」

「魔法使いが、動物を支配しているわけじゃない」

「そうだ」

 

 魔法界の動物は言語を理解する。

 そのため、契約の意味を理解し、自らの意思で血を提供してもらうことはできるのだ。

 

 しかしだからといって、それで主従関係になれるわけではない。

 召喚した動物に無理な要求をすれば当然反逆される。

 それもそうだ。

 スネイプの説明では、生物に対する強制力が働いていないということなのだから。

 あくまで共生関係を築いて、そして協力してもらう立場でいることが重要なのだろう。

 

 それに血の適性というものがあるらしく、そちらの才能がなければ正規の手順を踏んだところで動物を呼び出すことはできないらしい。

 ここまで人を選ぶ厳しい制約があるのだから、廃れてしまうのもやはり当然だ。

 

「だが、動物語り(ディルマウス)の君ならばより相手を理解できる。我輩よりもあらゆる生物と繋がりを得られるはずだ」

 

 その一言は人知れず、シアに鉛のようにのしかかった。

 

 

 ◆

 

 

 翌日の昼過ぎ。

 この時間は授業もなく、談話室で暇を潰そうとする下級生が多く見られる。

 自室で机に向かっていたシアは文様を刻んだ羊皮紙に杖を振り、意思のはっきりとした声で呪文を唱えた。

 

「インウォカーティオ、召喚せよ!」

『呼ばれて飛び出てテテーン、と』

 

 魔法陣が輝くと、一瞬後に羊皮紙に鎮座していたのはハーレクインだ。

 

「へえ、本当に転移するのね」

 

 ベッドに座っていたハーレクインが消えたのを見て、隣で観察していたダフネは感心したように目を細める。

 あれからすぐにシアはハーレクインと契約しており、すでに黒猫は少女の使い魔となっていた。

 

「ん、姿現しとは違うから、ホグワーツでもこうやって呼び出すことができるみたいなんだ」

 

 ハーレクインが魔法陣に飛び込んでベッドまで戻るのを見ながら、シアが手のなかで杖を弄ぶ。

 

「まあ、間違っても法に触れる悪用はしないけどね。アズカバンになんて入れられたくないからさ」

「入ったことあるみたいな口ぶりね」

「お義父さんに連れられて行ったことがあるんだ。……冷たくて、暗い。あんな犯罪者の末路を見せられたら、世の中の半分から犯罪が消えるさ」

 

 シアが雪原に投げられた猫のように身を震わせた。

 己の魔法に身を堕としたらどうなるか、養父はシアを連れて北海の孤島にある監獄にやってきたことがあった。闇祓いたちは反対したが、それでもシアは見てみることにしたのだ、噂に名高いアズカバンを。

 後悔しても時すでに遅く。

 まず、看守である吸魂鬼(ディメンター)にトラウマを想起させられかけた。

 ほとんどの囚人が生ける屍のように床に倒れ伏している光景も、見ていて気持ちのいいものではない。地獄でさえもっと活気があるだろうと思うほど、凶悪犯罪者がいるにしてはアズカバンはひどく静かだった。

 

 あんなトコロにぶち込まれるなど冗談じゃない。 

 肌寒さが感じられる時期になったとはいえ、いまのシアは冷水を浴びせられた気分だ。

 暖を取るためにダフネに抱きつくものの、夜中でないとだめなのか、ドライな令嬢にすげなくあしらわれてしまう。

 

「そういえば、もうすぐね」

「なにがだい?」

 

 ふとカレンダーを見たダフネが、シアに視線を戻した。

 

「――ハロウィーンよ」




主人公 は 召喚士(サモナー) に なった !
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