灰色少女は愛を求めて   作:なよ竹

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お待たせしました。


第六話 灰色少女と冬

 セドリックから十分に上達したとお墨付きを貰ったハーモニカ。

 最近になってふくろう通販で買ってはじめてみたが、自分でもそれなりに聴けるようなレベルになったと胸を張れる。

 それこそ、巨大な三頭犬を眠らせるくらいには。

 

「――――、――――、――――」

 

 石で囲われた冷たい部屋に、軽やかな旋律が流れていた。

 シアは魔法で生み出した椅子に腰掛けながら、自分も眠りそうになりつつ静かな音色でハーモニカを吹き続けている。これがこんな場所ではなく森のなかであれば、さらに絵になったことだろう。

 時計を確認すれば、そろそろ夕食も近い。

 最後の一息が霧のように消えると、静寂が戻った部屋で三頭犬――フラッフィーはパチリと目を覚ました。

 

『いい歌だったよ、お嬢さん』

『まさか我々の我が儘をここまで叶えてくれるとは』

「大丈夫さ、趣味も兼ねてるからね。いつまでもこんな陰気な部屋にいて気が滅入ってるだろうし、ワタシの音色で楽しんでくれるなら万々歳さ」

 

 シアが寄せられた三つの頭を慈しむように撫でる。

 フラッフィーは音楽を聴かずとも、シアの一撫でによって卒倒するように眠りそうだった。

 

「またなにかあればワタシに言って欲しいんだ。ワタシに出来ることなら、なんだってするからさ」

『……うむ、まあ、なんだ』

『生徒がこれ以上ここに入り浸るのはまずい。もう、ここに来るのはやめたほうがいい』

『君との時間は惜しいがね』

「……それは聞けないよ。こんな狭苦しい場所にずっといるなんて、いくら三頭犬でも体調を崩してしまう。せめてメンタルケアだけでもしてあげないと」

 

 この部屋には光源がない。よって日がな薄暗闇のなかで過ごすしかなく、それが何ヶ月も続けば目が弱って盲目になる。フラッフィーはハグリッドが連れてきたらしいが、その彼とも長いこと会わねば不調に気づくこともできないだろう。

 四階右側の廊下のそばを通った時、偶然フラッフィーの不快そうな声を聴いたのだ。

 シアが見つけて改善してなければどうなっていたことか。

 

『君は頑固だな』

『たまにでいい。たまにでいいから、また君のハーモニカを聴かせておくれ』

「……ん、キミたちがそれでいいのなら、ワタシはなにも言わないよ」

 

 フラッフィーは魔法の篝火によって輪郭を浮き上がらせ、その巨躯をシアに柔らかくこすりつける。

 短い体毛がくすぐったくて、少女は笑いながら身をよじった。

 

「必要なことがあったら、ワタシに教えて欲しいんだ。なめらかで綺麗な音楽も、頬が落ちそうな砂糖菓子も、石の冷たさを遮るクッションも……。キミが望むなら、全部ワタシが与えてあげるから」

 

 囁きながら、三頭犬に縋るように抱きつく。

 その瞳に一片の狂気を交えながら。

 

 ◆

 

 十一月ともなると、ホグワーツはクィディッチシーズンに突入する。

 本格的に冬を感じられるようになり、学校を囲む山々は灰色に凍りつき、湖は冷たい鋼のように張り詰めてしまう。運動場には毎朝霜が降り、一歩踏むたびにシャリシャリと小気味いい音がするほどだった。 

 寒空を飛ぶ選手たちは訓練を終えても身体を震わせていることもざらで、セドリック曰く、早朝に地上を走っている方が温かいらしい。

 

 初戦であるスリザリン対グリフィンドールの試合が近づくにつれ、マルフォイの機嫌は日に日に悪くなっていくばかりだ。

 これは校内でまことしとやかに囁かれる噂のせいだ。

 

「で、ですが先生! ポッターはグリフィンドールのシーカーになったんでしょう!?」

「左様。しかし校長は、その他の一年生に資格なしと考えている様子だ。我輩だけでは許可できん。それにいまの時期から練習したところで身につくものも身に付かん……君の挑戦はまた来年だ」

 

 寮にやってきたスネイプに詰め寄っていたマルフォイ。

 上級生たちはホグズミード休暇でホグズミード村に繰り出しており、談話室に残った数少ない低学年の視線がそちらへ集まっている。

 しかし押しても引いてもダメだとわかると、遠目からでもわかるほどガックリと肩を落とす。

 マルフォイは本来ならば許可していない一年生のクィディッチチーム入り、それも憎き仇敵とみなしているハリーがその枠に嵌ったのを知り、ならば自分もと腰を上げたのである。

 

 だが結果はご覧のとおり。あまりの落胆具合にクラッブとゴイルさえも哀れに思ったのか、自室へ戻っていくマルフォイの肩を叩くほど。

 いつも一緒のダフネは図書室のため、談話室の片隅で一人、羊皮紙に魔法陣を描いていたシアがすれ違いざまに声をかけた。

 

「残念だったね」

「……ああ。でも、来年だ。来年には、絶対にシーカーになってやるさ。それにニンバスシリーズは半年後に新しい箒を出すみたいだし、それでポッターのやつをコテンパンにしてやる……ッ!」

「フォーイって感じに?」

「そうだ、フォーイって感じに」

 

 最初の飛行訓練の時間、ハリーの飛行を見たマクゴナガルに見出され、特例として一年生ながらクィディッチチームに加入したらしい。

 グリフィンドールは秘匿したいつもりだろうが、すでに噂は全校に知れ渡っている。

 それに使っているのはニンバス2000。いまを輝く最高級箒らしく、朝の席で見せつけるようにフクロウが運送して、買い与えたのは寮監のマクゴナガルだともっぱらの噂だ。

 騎士道を謳っていながらここまで堂々とえこ贔屓する姿は、なんというかいっそ清々しかった。

 

 そして土曜日の十一時に開催されたクィディッチの第一戦。

 高所に作成された観客席には溢れかえらんばかりの様相で、ほとんどの全校生徒が集まってるだけあって熱気も強い。

 されど身を引き裂くような寒さは消えず、生徒たちは雛鳥のようにその身を寄せ合っていた。

 

「……来なければよかった」

「大丈夫? いまからでも校舎に戻っておくかい?」

「いいわよべつに、もう始まりそうだし」

 

 ダフネは身を揺すりながらマフラーに顔をうずめ、その姿にちょっとだけ苦笑してしまう。いつになく眠そうな半眼もうそうだが、普段はしないようなシアに寄りかかる様など、暖を取ろうと必死になる子猫のようだった。

 それを言ってしまうと不機嫌になるだろう。口元を隠すようにシアは湯気の立つ生姜入りの紅茶(スリザリン応援団支給品)を一口啜ることで、出かけた言葉も一緒に呑み込んだ。

 

『あぁ、寒い寒い。だから猫は暖炉の前で丸くなりたいんですよー。こんな寒空に猫を連れ出すご主人で辛いわー』

「なに言ってるんだい。チョーカーになって熱さ寒さもないだろう」

『それもそうですがねぇ、ほら、気分の問題、みたいな? 気分屋の猫が言うとまた味が出ますがねえ』

「自分で言うのか。……あ、ちょうど始まるみたいだ」

 

 拍手に迎えられ、競技場に選手が入ってくる。

 ユニフォームの色は寮のシンボルカラーにあやかっているのか、グリフィンドールは赤で、スリザリンは緑。それぞれの観客席でも同じような色に埋め尽くされており、シアとダフネが首に巻いているのも緑のマフラーだった。ほかの寮生はプロチームのファンのように全身緑である。

 

「グリフィンドールのあれって……」

 

 なにかに気づいたらしいダフネがその方向を指差す。

 そこでは獅子寮の生徒が、縫い跡のある旗を振っていた。

 描かれた文字は『ポッターを大統領に』だった。

 

「イギリスなら首相でしょう? そもそも魔法界風なら大臣だろうし、もしかして翻訳家でも――」

「それ以上いけない」

 

 一人称も我輩や俺様では格好がつかないが、実際に言ってしまってるから変えようがない。

 それが世の悲しさだ。

 

「それでは、正々堂々戦ってください! まあイエス以外の返答は聞きませんがね!」

 

 マダム・フーチの合図で始まる試合。

 掴みさえすれば試合を終了させるボール――トンボ以上の機動力、燕以上の速度、それらをあわせ持つ黄金のスニッチは瞬く間に消えてしまった。あれでアマチュア用に遅く(・・)してあるらしいのだ。世界級(ワールド)クラスのプロ仕様など、三つの異なる腕を多重次元屈折現象により同時に放たなければ、捕まえることなどできないのではなかろうか。

 

「話には聞いてたけど、すごいね。百聞は一見にしかずだけど、たしかにこれだと万の言葉じゃ想像できなかった」

「そう?」

 

 見慣れているらしいダフネと違い、これがシアにとって初めての試合観戦だ。

 初めて玩具を貰った子供のように灰色の瞳を輝かせながら、せわしなく視線を動かしている。

 

 めぐるましくパスされるクアッフル、砲弾の打ち合いのように行き交いするブラッジャー、縦横無尽に空を駆ける選手たち。ここまで迫力のある競技など、世界中を探してもそうないだろう。

 ただ運動が好きなだけのシアでも、このスポーツには血が湧いて肉踊る。

 たしかに闇祓いたちも熱中するのもわかる気がした。

 ……しかし先程から、気持ちよく観戦できない理由が一つある。

 

「スリザリンの攻撃です――クアッフルはフリントに――スピネット、ベルが続けて抜かれ――あ、ブラッジャーがフリントの顔面に激突! あのデカッ鼻をへし折るといいんですが」

「ジョーダン!」

「失礼しました、マクゴナガル先生。――スリザリン得点です――あーあ……」

 

 解説役であるリー・ジョーダンに、スリザリン側からブーイングが巻き起こる。

 さっきからリーの実況はグリフィンドール贔屓そのものだ。

 グリフィンドールが得点して褒めちぎるのはいいとして、スリザリンが反則まがいのプレーを見せたときのコキ落としといったら。

 少なくとも、公平な人物を据えたほうがいい実況にはふさわしくない。

 

「……インウォカーティオ、召喚せよ」

 

 マントの裏地に仕込んでいた魔法陣から、小さな魔法生物を呼び出した。

 

「――ウィーズリーのどっちかが打ったブラッジャー、加速して――よしっ、デイモンドに激とくぁwせdrftgyふじこlp」

「リィイイイイイイイ!?」

 

 隣で元気に息巻いていた寮生がいきなり白目むいて倒れたのだ。解説役のマクゴナガルが驚くのも無理はない。

 

「ありがとうね、ヤング」

『世界に俺がいるから争いが起こるのでは、ない。争いが起こるから、俺が、存在するのだ‥‥‥』

「たまにスズメバチに間違われて駆除されてるけどね」

 

 シアの手元にスニッチさながらの機動力で戻ってきたニヒルな蜂もどき。――アンピュレックス。これこそがリーを失神させた魔法生物の正体だ。

 普通の蜂とは違って複数の毒を使い分けることが可能で、そのため魔法薬の材料として、腹と針の部分は高値で取引されるのだ。今回使ったのは失神系のため、しばらくすれば自然回復するだろう。

 

「えー、日頃の不摂政が祟ったらしいリーに代わり、この僕ハッフルパフのアントニー・オッターバーンが実況役を努めます。ハイそこー、僕にリーのようなコメディアン精神を求めないでー。何事もなくこの試合が終わることを祈りまして、できるだけ公平な解説を……ん? おい待て、ポッターの動きが変だぞ?」

 

 新たな解説役の声に、会場のあちこちで指がハリーに向けられた。

 

「なんだなんだ、なんかの作戦か?」

「ううん、箒に振り回されてるだけみたい」

「……審判は止めないのか?」

「落ちろ、落ちるフォイ!」

 

 ニンバス2000が暴れ牛のようにグルグル回転し、乗り手を落とそうと躍起になっている。辛うじてハリーはしがみついている有様だ。飛行訓練でマッド‐アイに何度も落とされかけただけあって、長くは持つまいとシアは思った。

 さすがのダフネも、切れ長の瞳に困惑を浮かべる。

 

「ニンバスが故障? いえ、違う、わね。イギリスだと正規のものしか流通してないし、マクゴナガルが買うとしたら普通の箒店のはず……」

「さすがは貿易商の娘さんだ」

「そういう茶化しかたは金輪際やめてちょうだい。……箒の流通(ルート)のほとんどは全部グリーングラス(うち)が握ってる。だから言えるけど、うちは高級箒で粗悪品なんて流さないわ。あれは十中八九、故障じゃなくて外部からの呪いのはずよ」

「へえ?」

 

 ここまで断言するダフネの言葉ならば信用できる。

 しかしそうだとすれば、だれが呪いをかけているのか。

 ハリーがブルンブルンと振り回されているのを視界の片隅に、教員や外部関係者のいる観客席をざっと観察する。

 

「あ、スネイプ先生のマントに火がついた」

 

 突然のボヤ騒ぎに一時騒然となるものの、その間に持ち直したハリーがスニッチを飲み込むことで獲得し、グリフィンドールを勝利に導いた。

 

「グリフィンドール対スリザリンによる因縁の対決、一七〇対六〇でグリフィンドールの勝利で幕を閉じました! そしてなによりも、無経験で実況をこなし終えた僕に拍手! まあ特になにも言ってなかったけどなァ!!」

 

 アントニーによる喝采とブーイングに包まれた挨拶も、お通夜状態になった蛇寮生には聞こえていないようだったが。

 

 

 ◆

 

 

「――グリフィンドール、一点減点! アレックス、廊下でイチャつくんじゃない、グリフィンドール三点減点! マクラーゲン、下ネタを女子生徒に振るな三点減点! ウィーズリー兄弟、クィレル教授のターバンに雪玉を投げたな五点減点! ロビンズ、ワックス付けすぎで“花鳥風月”! とりあえずポッターは五点減点ン!!」

 

 ホグワーツが深い雪に覆われる十二月の半ば。

 獅子寮対蛇寮の結果が面白くなかったのか、スネイプのいびり節はよりスタイリッシュになっていた。

 それでもどの寮にも浮かれた気分があるのは、おそらくクリスマスが近いからだろう。

 

「聞いたかい? かわいそうに、ポッターやウィーズリーはホグワーツに居残るらしい。家に帰るなと言われるなんて、まったくもって惨めなもんさ」

 

 図書室で本を読んでいたシアとダフネの机にやってきたマルフォイ。

 彼もまた、クリスマスに心躍らせる少年の一人だろう。

 

「ワタシも残るよ?」

「……はっ?」

「ワタシも、お義父さんが忙しいから寮に残るって言ったのさ」

「や、あー、その、なんだ、えー、うん、まあ……………………本当に、すまなかった」

 

 このやりとりだけで意気消沈してしまったが。

 マルフォイはスリザリン生には普通なため、自分に非があると気付けば頭を下げることだってする。

 

「いいさ、一人ぼっちのクリスマスには慣れてるから。一人で七面鳥とかケーキを丸ごと食べられるって贅沢だよね。お義父さんが帰ってくると思って待ってても、いつの間にか日付が変わって朝なんてこともザラだったし」

「ファッ!? ぼ、僕が悪かった! 謝る! 謝るから、怒ってるならそう言ってくれ! なぁ、君は怒ってそんなこと言ってるんだろう!? あ、あぁ、そうだ! 君へのクリスマスプレゼントはより豪華にしてやるから、だから、その……また休暇開けに!!」

「……?」

 

 もはや最後は悲鳴だった。

 そそくさと退散したマルフォイを不思議そうに見送ったシア。

 果たして、いまの会話のどこに怖気づく要素があったのだろうか。

 家族に囲まれて悠々自適なクリスマスを送っていた少年には、なかなかにヘヴィな回想だったと気づいていない。

 

『……ご主人。クリスマスの日にはオレもいる、とだけ言っておきますよ?』

「ああ、それは失念していた。たしかに一人じゃないね」

『一人と一匹じゃ絵面的に変わりませんし、より悲しい、みたいな……。いや、オレからはなにも言いませんがね』

「変なハーレクイン」

 

 チョーカーを小突いても、それ以上ハーレクインは言葉を紡がなかった。

 

「そういえばダフネも帰宅組だったね」

「純血の一族だと面倒なパーティがあるのよ。……本当に、面倒」

 

 ダフネはうんざりした顔を隠しもしない。

 グリーングラス家の令嬢ともなれば、世界各地の名家ともいちいち顔合わせをせねばならぬのだろう。

 

「なんだい?」

 

 じっと顔を見つめるダフネに、シアがコテンと首をかしげる。

 

「いえ、ただ……夏休みになったら、うちに、来てくれる?」

 

 ダフネとお近づきになりたい生徒にとって、その言葉はガリオン金貨宝くじの一等券を捨ててでも聞きたいものだろう。

 シアは中性的な顔にくすぐったそうな微笑を浮かべる。

 そっと触れてきたダフネの手を優しく包み、野に咲く美華のようにしおらしく聞いてきた彼女に、こう答えた。

 

「――そうすれば、ワタシとの時間って名目で暇ができるからだろう?」

「あら、バレたわね」

 

 ダフネがシアの手を握り返す。

 

「じゃあ、私の時間をつくるために来てちょうだい」

 

 弱々しさを一転、ケロリとしてのたまうのだから、これにはさすがのシアも苦笑せざるをえない。

 やはり幼いながら、狐狸な大人たちと渡り合うお姫様なのだと思い知らされた。

 

「それはお義父さんに聞いてみないとね」

「返事はクリスマス休暇が終わってからでいいわ。夏休みが始まって二週間もあれば重要なのは片付くし、来てもらうのはそれからだけど」

「いいのかい、ワタシが相手で?」

「逆に聞くけど、あなた以外でいい相手がいるの?」

 

 たしかに、あまり他人と関わらないダフネだとそうだろう。

 同じ一年生であるセオドール・ノットとは付き合いが長いらしいが、それも本人曰く腐れ縁というだけらしい。

 

「でも……残念だな」

「あら、寂しがってくれるの?」

「うん。ちょうどいい柔らかい抱き枕がいなくなっちゃうから、ベッドが寂し――痛い! ジョークさ、ごめんよ抱き枕……じゃなかったダフ――痛い! 割と本気で間違ってごめ――アイタ!?」

 

 自業自得のデコピンで額を抑えるシアを残し、ダフネを始めたスリザリン生は実家へと帰っていった。

 談話室は忘れ去られたかのように閑散としている。この時期の蛇寮に生徒がいるのは稀だと、寮付きゴーストである“血みどろ男爵”が語ったとおり、談話室を使うのはシアだけらしい。

 スネイプとの課外授業のため地下牢に寄ると、紅茶を飲みながらそれについての話もされた。

 

「君がそのような阿呆ではないと百も承知の上だが、この時期は頼りになる上級生も去っている。なにかしらの問題……つまり自分で起こしたもの、あるいは他寮の生徒とのトラブル……それらの解決は」

「できれば一人でするな、ですよね」

「左様。休暇明けの準備のため、我輩は常に研究室に篭ることになるだろう。もしそのときがやってくれば、我輩を頼りたまえ」

 

 空になったティーカップに新しい茶を注いでもらいながら、スネイプの脚部に視線を下げる。

 

「ハロウィーンの日から怪我しているようですが大丈夫ですか?」

「心配は無用だ。すでに治りかけている」

 

 スネイプがカップの取っ手を砕かんばかりに握り締める。

 その顔はまるで、奇怪な蟲でも踏んでしまったかのような苦々しいものだ。

 

「……それから、もうすぐクリスマスであろう」

「はい」

「君には多くのプレゼントが送られるはずだ。……魔法界のふくろう便では名前の詐称は出来ん。なぜか、わかるな?」

「名前にはチカラがあるからです」

「左様だ」

 

 ふくろう便で送り届ける場合、実名か匿名でしか受理されることはない。

 他者を騙ることができない魔法のせいだ。

 未成年の魔法使用を制限する“におい”と同じく、現存しながら扱い方が失われた魔法の一つで、その効力たるや二十世紀最高の魔法使いと謳われるダンブルドアさえ逃れられない。

 

 しばしば魔法界でサインが重要視されるのもそのためだった。

 破れば死あるのみの“破れぬ誓い”に続き、その強制力は世界に作用する場合もある。

 その気になれば、名前そのものを呪いにすることも可能……かもしれない。

 それだけ、名前とは特別なのだ。

 

「匿名の物品はすべて我輩が目を通させてもらう。名前があろうと、怪しいと思ったものはすべてだ」

「大丈夫ですか? 触れば毒を撒き散らしたり、腐食する煙が入ってるかもしれないですよ」

「……送られたことがあるのか?」

「養父が闇祓いのトップなので。恨みは買いやすいんです」

 

 思わずスネイプは教え子を見たが、常に絶やさぬ微笑を浮かべており、肝の据わった様子に、これなら下手な罠には引っかからないだろうと思ってしまう。

 しかしそれとこれとは話が別だ。

 

「ともかく、忘れぬように。休暇のあいだは動物たちもあまり動かぬ。次の実習は休み明けになるゆえ、体調管理には気をつけたまえ」

 

 そしてクリスマス当日。

 ダフネの代わりに同衾(どうきん)してもらったクリーム色の巨大毛玉、パフスケインという魔法生物に包まれながら、シアはベッド脇に積まれたクリスマスプレゼントの山を見つける。

 

『おはようさんご主人』

「おはよう、ハーレクイン。それにメリークリスマス」

『まあそれより、とりあえずオレを助けてくれませんかね』

 

 パフスケインに埋もれていたハーレクインを救出してから、ようやくシアはプレゼントの選別に取り掛かった。

 闇祓い局からのものは、『実践的防衛術と闇の魔術に対するその使用法』という本だ。呪い、呪文の一つ一つに動くカラーイラストがついている。

 それから各メンバーから別々に送られてくるのもいつものことで、無難な書物のなかに、さらに堅苦しそうなものが混ざってるが、それはおそらく養父からだろう。

 ダフネからは最高級羽ペンのセット。インクが不要で、羽で撫でると書いた文章を消せるらしい。最新のトレーニング用具はフリントからだろう。もうひとりの同室であるレティは小説類を贈ってくれた。

 マルフォイをはじめとした寮生からも意外と多く、積み重なった菓子や飲み物はまるで山のようだ。

 

『ご主人、それとそれは……アレだ。惚れ薬、だったか? あとそっちは老け薬入り』

「ん、だれかと間違ったのかな?」

 

 ハーレクインに検分させると出るわ出るわ。

 例年と違うのは、直接的な危険があるというより、単純に怪しげな物品が多いところか。法に抵触しないから、いままでもこれくらいは送られていたのかもしれない。さらに、ほとんどが匿名で一方通行のため返品しようにも難しい。

 スネイプに見せると怒髪天を突くがごとくで、杖のひと振りで処分に相成った。彼曰く、こんなモノに頼ってる時点で負けであるらしい。

 

「愛の妙薬など、与えるのはすべて悲しいまでの虚栄だ。こんなものを使うくらいならば、本物の愛を得る努力に時間を費やすべきであり――」

「とりあえず、薬という手段では本当の愛は得られないんですね?」

「まだ話している途中……ごほん、当然だ。それでもいいと語る輩がいるならば、それこそ相手を侮辱している行為だと気づかん愚者にほかならん」

「じゃあ、本当の愛はどうすればもらえるんですか?」

 

 途端にスネイプは難しい顔をする。

 

「それは人間によって様々だ。多くの者はそれを見つけられん」

 

 スネイプが虚空を見上げる。

 

「……すまないが、我輩ではその問いに答える資格がない。なにしろ得ることのできぬものを得ようとする愚者こそ……この私なのだからな」

 

 悔やむような寮監の言葉を思い出してると、

 

「……ん?」

 

 プレゼントの茂みに隠れていたため気付かなかった。

 シアはフンフン鳴くパフスケインに埋もれながら、小さな箱の包装を丁寧に解いていく。

 そして灰色の少女はその中身を見て、初めて十歳の子供らしく、無垢なきょとんとした顔に変わった。

 

 

 ◆

 

 

 セドリックもまたホグワーツ居残り組だ。

 両親ともに外国まで遠出することになり、だれもいない家よりも数少ない寮生とクリスマスを過ごすことに決めていた。

 かといって日常生活が著しく変化したわけではない。

 決まった時間を勉強に費やして、空いた時間で趣味に没頭する。そして朝の運動も、よほど天気が悪くない限りは続けていた。それがたとえ聖なる祝日だとしてもだ。

 

「メリークリスマス、シア。今日は僕が早かったね」

「……ん、メリークリスマス」

 

 聞こえによってはそっけない答え。

 普段はまるで活力に満ちた子狼のような少女が、今日はなぜか飼い主を警戒する猫のようだった。

 

「大丈夫? もし体調が悪かったら、一緒に医務室まで付いていくけど」

「それには及ばないよ」

 

 いまのシアは、手を伸ばしたら爪で引っかいてきそうな小動物だ。

 辛うじて悪感情はないと判断できるが、逆に言えばそれくらいしかわからず、セドリックは立ちぼけて困ったように眉を下げる。

 

「もしかして、クリスマスプレゼントが気に入らなかった?」

「!」

「心を読んだわけじゃないよ。ただ、なんとなく」

 

 なんとなく口にしたことが核心を突いたらしい。

 シアは落ち着いているつもりでも、深く吐いた息は霧のようにセドリックの灰色の目に映る。

 動物じみた警戒心むき出しの沈黙をやめて、ようやくシアがセドリックを見たのは、肩にうっすらと雪が積もってからだ。

 

「……ワタシのプレゼントは貰ったかい?」

「ああ、もちろんさ」

 

 シアからのクリスマスプレゼントは闇祓いも愛用する高級防犯セットだ。隠れん防止器(スニーコスコープ)はやかましいアラーム機能をバイブレーション機能に変えられる高級品で、小さな敵鏡や、盗人落としの滝に使われる水の小瓶など、いったいなにと戦うつもりなのかと思う品々である。

 しかしそれが闇祓いに育てられたシアらしいといえばシアらしく、包み紙を解いてから思わず笑ってしまった。

 

「……貰えば嬉しいものを贈るといいと聞いたから、それを選んでみたんだ」

 

 さすがに、この言葉には吹き出してしまった。

 ちょっとだけ非難がましいシアの視線にセドリックが平謝りする。

 

「い、いや、すまない。そうか、あれが君の貰って嬉しいものだったんだ。だったら、僕の贈ったものじゃダメだったかな」

「ダメ、というわけじゃないけど」

 

 シアが首元から出したのは、青い水晶を削り出した素朴なネックレスだ。

 水晶は透き通っており、目をこらせば藍色の雪景色を見ることができる。

 依然、シアは難しい表情のままだった。

 それから小さな口で、かつてどんな偉人でも解けなかった難問に突き当たったように、おごそかに告げる。

 

「……こういう装飾品をもらうのは生まれて初めてだから、どう反応すればいいか困るんだ」

 

 呆気に取られる、とはこのことだろう。

 間違っても人並み以上に整った容姿をしている少女の言葉ではない。

 

 しかし、ああ、と。先ほどのように笑うでもなく、数秒して、セドリックはその言葉にすんなりと納得する。

 これまでシアは勉強と訓練だけで数年を過ごしてきた。だからこそ、年頃の娘のようにお洒落をする喜びを知らない。猫が小判をもらったところで困惑するのと同じことだ。

 

 セドリックがシアの頭を軽く押すように撫でる。

 子供扱いをされることを嫌うシアは抗議の目をするが、いまの彼女は丸っきり子供だ。

 だからこんなことをしても問題ない。そう足をグリグリ踏みつけて抵抗されるセドリックは思った。

 

「ネックレスは嫌だった?」

「……そうでもない。落ち着いた色だから動物も興奮しないし、それに普通に綺麗でもある」

「だったら、いつも付けてくれれば僕が嬉しいんだ。それでいいだろう? それで愛着が湧いてくれればいいさ」

「ん、そんなものなのか」

「そんなものなんだよ」

 

 さて、と。

 セドリックはシアの体を軽くはたいて綿のような雪を落とし、それから自分の白い色も払っていった。

 

 動物並の価値観を持った少女の疑問はすでに解消しているのか、心持ちスッキリしている。

 たまに突拍子もない疑問を投げかけられるのはいつものこと。

 それに答えて納得すれば機嫌が直るのもいつものことだ。

 

 この日だけに限らず何度も交わされたやり取りは、たとえ聖夜を越そうと変わらない。

 今日もまた、二人は兄弟のように並び走っていく。

 

 

 ◆

 

「――シア。ニコラス・フラメルって知ってる?」

 

 少女の日々が変わり始めたのは、クリスマス休暇を終えた境だった。




魔法生物図鑑

《アンピュレックス》
危険度XXX

オリジナル魔法生物。
外見はオオスズメバチよりちょっと大きい蜂もどき。厳密では蜂ではないため、細かな部分に相違がある。発達した腹の部分には複数の毒を溜め込んでおり、それをリボルバーの弾丸のごとく使い分けて獲物を仕留める。
ちなみにアンピュレックスという名前は、実際のハリー・ポッターシリーズに感化されて名付けられた新種の蜂から作者がさらに取ったもの。

《パフスケイン》
危険度XX

厳密にはオリジナルではないが、なにコイツ幼女と寝てんの? という方々に説明。外見は球形で、毛は柔らかいクリーム色。ぶっちゃけると某ヒトヒトの実を食べたトナカイのガードポイントをしてるフェレット。もっと詳しく知りたいならパフスケインで検索。
原作ではその亜種、手乗りサイズの《ピグミーパフ》として第六巻にて登場。WWW(ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ)店で販売されていた。


主人公は《アンピュレックス》の一匹にヤングと名づけているが、元ネタは二十世紀における毒殺魔、グレアム・ヤングから。
ヤングに限らず、主人公は契約した主だった魔法生物に、歴史の偉人・犯罪者やそれに関係する単語などを名付ける傾向がある。理由に関しては、後のストーリーで語られる予定。
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