灰色少女は愛を求めて   作:なよ竹

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読者の皆様、お久しぶりです。
ハリポタの続編『ハリー・ポッターと呪われた子』の海外出版も始まり、日本語訳版が発売されるのが楽しみですね。

……なんて露骨な話題逸らしをしてみたり。
半年ぶりの更新になってしまい、誠に申し訳ございませんでした。


第七話 灰色少女と茶色の少女

 目が乾くほどに本を凝視していたロンが、とうとう乱暴に表紙を閉じた。

 

「本当にニコラス・フラメルなんているのかい? もうハグリッドの頭に住んでる架空の登場人物ってことでいいんじゃないかな」

「諦めないでロン。ハリーもどこかで見てるみたいだし、きっと魔法界に実在する人物だわ」

「……どうだろう。ここまで来ると、ただの見間違いだって思えてくるよ」

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニー。ハロウィーンのトロール事件を機に行動をともにするようになった三人は本を漁りながら、なかば形骸化したようにページをめくり続けている。

 ニコラス・フラメル。

 彼らがこの名を持つ人物を探しているのは、ひとえにいくつかの出来事に関わったためだ。

 

 まず最初に、マルフォイの甘言に惑わされて夜の校内を徘徊することになり、禁止された四階の廊下に住まう三頭犬(ケルベロス)がやけに贅沢な設備に囲まれているところを発見した。そして足元に、どこかへ繋がる扉があることも。

 そこからスネイプが脚を怪我している原因として、ハロウィーンの日にその部屋に忍び込もうとしたからではないかという仮説が挙がったのである。

 

 次に起こったグリフィンドール対スリザリンのクィディッチ戦。そのときの出来事にも真実味を帯びる結果となった。曰く、スネイプが呪いでハリーを落とそうとしていたと、懐疑的だったハーマイオニーが仮説を信じるくらいには。

 実況のリーが気絶したのも、呪いをかけるのに集中できないから退場させたのだということで満場一致だった。

 

 入学式近くでのグリンゴッツ襲撃事件もあり、そこに保管されていたナニカが学校の下にあるのではないかと三人は推測している。そして番犬(ケルベロス)の飼い主らしいハグリッドの漏らしたニコラス・フラメルという鍵となる人物を、こうして新学期になっても探しているのだ。

 

「この本も、この本もダメ! わたし、新しい本を探してくるわ!」

「できればもう分厚い本はやめてくれよ」

 

 気力の失った声を背に、胴体よりも太い本を抱えて奥の本棚まで歩いていく。今日の成果も(かんば)しくない。表には出さないが、そろそろハーマイオニーも諦めかけていた。

 

「あぁ、もうっ。『魔法界の技術屋』にも『二十世紀の偉大な魔法使い』にも載ってないなら……きっと閲覧禁止の棚かしら?」

 

 そんな節、奥まった机に座る蛇寮の男子生徒……と初見で思わせる、女子生徒を見つけた。

 スカート式でなければ美少年にでも見違えそうな風貌の、ハーマイオニーを押しのけて今学期主席と噂されるシア・マルシアンだ。その隣には珍しく、常に一緒であるダフネの姿はない。

 

「――――」

 

 ハーマイオニーはロンたちが机に噛り付いているのを確認すると、持っていた本を棚に戻してから、シアのいる机へと足を向けた。

 

「シア、久しぶりね」

「……ああ、ハーマイオニーか。なにか知りたそうだけど、どうしたんだい?」

 

 にこやかな笑み。読書を止められたことにも嫌な顔ひとつせず、どころか、やけに余裕のある仕草でハーマイオニーは対面の椅子を勧められる。それがロクな男性経験もない少女には気恥ずかしくて、わざわざエスコートされぬ内にそそくさと椅子を引いた。

 

「ええ、ちょっと調べ物があって。ここ最近ずっと本を漁ってるんだけどまったく見つからないのよ」

 

 こうしてまともに会話するのも久しぶりだった。

 文通だけの自分に愛想を尽かされていないか心配だったのだ。

 

「それは難儀だね。キミほどの秀才でも駄目だなんて」

「……あなたが言うと皮肉にしか聞こえないわ」

「それなら平気だろう。皮肉から畏敬に変わってたら、それは完全な敗北宣言と同意義だ。キミがワタシを超えるつもりで勉強してるのは知ってるよ」

「言っておくけど、今度のテストじゃ負けないわよ」

 

 ついに悠然とした笑みを崩すことなく、楽しみにしてるよ、とシアが言った。

 こういう態度でいなされるのにはいつも納得がいかない。

 ハーマイオニーは唇を尖らせながら、重要な部分を省いて説明する。

 

「――へえ、ニコラス・フラメルか。それはまたマイナーな業界のヒトだね」

「その人のことなにか知ってるの?」

 

 シアは報酬がなければ動かない。

 そう思って菓子の袋をカバンから取ろうとして、やんわりと止められた。

 

「あはは。べつにいいさ、こういうのは」

「でも……」

「――ワタシたちは友達なんだろう?」

 

 それはハーマイオニーにとって呪文だった。

 なんとなく伸びたシアの指がハーマイオニーの手に触れて、なぞる。

 

 瞬間、ハーマイオニーの頬にはしった朱は、歓喜か羞恥か。ただ言えるとすれば、これ以上シアの甘いささやきを聞いていたら、本来の目的を思い出すための頭さえ、暖炉に放り込んだマシュマロのように溶けてしまいそうだということだ。

 

 追い打ちをかけるように、シアが机から乗り出して、そのまま右手でハーマイオニーの髪を一房手に取ると、自然な動作で香りを嗅ぐ。止める暇もなかった。シアは口元に弧を描きながら、ハーマイオニーの耳元で囁いた。

 

「ワタシの贈ったリンス、使ってくれてるんだ」

「……ッ」

 

 今度は意味も解らぬ恥ずかしさだけで顔が熱くなる。

 クリスマスを境に変わったフォーマルな香りの髪。それがハリーでもロンでもなく初めて指摘され、気恥ずかしく思った瞬間だ。

 

「うん、うん、よかった。キミのために選んだからね、使ってくれてるなら冥利に尽きるよ。これを贈ったのがキミだけなのは秘密だよ?」

 

 よくもまぁ、こうも恥ずかしいセリフをウインクと一緒に笑顔で言えたものだ。

 ダフネがいればそんな目をして俯瞰しているところだが、この場には本人と、若干夢見がちな少女が一人。ツッコミもとい指摘する人間など最初から舞台にいなかった。

 

 ――だから熱に浮かされて気づかない。いつも見えていない。

 自分を捉えている灰色の瞳が、実はひどく冷めたものであることに。

 

「それでニコラス・フラメルだったかな? スラグホーン……お義父さんの友人曰く、錬金術の権威だと記憶しているよ」

「錬金術……。そっちの方面なんて探してみようとも思わなかったわ」

「無理もないさ。本人はフランスのボーバトンアカデミーの卒業者だし、そもそも錬金術なんて閉鎖的な英国魔法界だと不人気だからね」

 

 目から鱗とはこのことだろう。ハーマイオニーは新しく取り出していた『薬草学の革命者』を端に押しやり、シアの話に耳を傾ける。

 

「錬金術業界そのもの閉鎖的だし、それに……たしか実年齢はもう七百歳近いんじゃなかったかな」

「七百歳!? どうりで『魔法界における最近の進歩に関する研究』に載ってないわけだわ。それだけのお歳なら、最近なんて言えないもの」

「うん。フラメルは“賢者の石”について研究をしていてね、この情報は広く知られてるかな」

「たしか――ダンブルドアも共同研究をしてたっていう」

「正解」

 

 賢者の石とは一般的に、いかなる金属をも黄金に変えるチカラがあり、また飲めば不老不死になる“命の水”の源であるとされる神に届く物質である。

 ダンブルドアの長寿の秘密も、力添えした一人として“命の水”をいくらか分けてもらったのだとはもっぱらの噂である。

 

「賢者の石を欲しがる人なんて、それこそ星の数ほどいるわよね?」

「当然さ。一角獣(ユニコーン)の血と違ってこれは呪いじゃない。ほぼノーリスクでの延命措置だし、金の創造もあって困らないものだからね」

 

 パズルのピースが嵌ったような感覚がした。

 三頭犬に守られているのは、十中八九その賢者の石だ。

 

「四階の廊下。禁止されてる部屋」

 

 唐突な言葉にハーマイオニーがハッと顔を上げる。

 少し前に紅茶を飲んだはずの喉から出てくる声はかすれていた。

 

「……知ってるの?」

「あはは、ただの勘さ。でもその反応を見ると、図星ってところかな」

 

 たまに彼女はこちらを見透かすような目をする。そういうときに限って、灰色の瞳は夜の砂漠のように冷たくて乾いているのだ。

 しかしいまは蜃気楼だったのかと思うほど、春風のような温かい雰囲気をたたえている。

 

「知るだけで関わるつもりがないのなら、ワタシからはなにも言わないけどね。口外もしないよ」

「あなたはそれでいいの?」

「もちろん」

 

 ハーマイオニーの頬をなぞる細指は、ペットを猫可愛がりする飼い主のようで。

 

「――トモダチを貶めるなんて、ヒトデナシのすることさ」

 

 指が唇に達そうとした。そこでハーマイオニーは我に返り、思わずシアの手を押さえる。

 わずかな沈黙が場を支配した。

 シアは一瞬だけカミソリのように目を細めると。

 

「もうひとつ、なにか要件があるみたいだけど?」

 

 すべてが冗談だった。そう言わんばかりに快活な笑みで話題が変わり、しばしハーマイオニーは呆ける他なかった。

 

「……ぁ。え、ええ。……もし、三頭犬と対面したら、どうしたらいいかしら」

「ん、それくらいなら自分で調べればいいだろう」

「わたしだってそう思ってたわ。休暇中漁ってた、この記事を見るまではね」

 

 シアの奇行は勘違いだったことにして、カバンから取り出したファイルを机に置く。各ページに張り付けられているのは日刊預言者新聞の切り抜きだ。最初のページには大見出しで、『――魔法生物学会に天才児現る――』という文字が躍っている。

 

 『デミガイズの透明化能力発現および相互認識能力に関わる幼少期のエサの比率について』、『ニフラーの金属と鉱物探知のための特殊器官の違い』、『ケルビーの生息可能となる水質条件』などなど。小見出しに簡略した概要までついている。

 そこにはとある少女がいくつかの論文を発表し、手放しに称賛されている旨のことが書かれていた。

 

「……なんだ、それか」

 

 その成長した当時の少女といえば、割とセメントな反応だったが。

 

「それか……って。八歳で革新的な論文を出せるなんて凄いじゃない! なんで教えてくれなかったの?」

「あまり話すことじゃないからさ」

「でも、魔法生物の知識に明るいのは本当のことでしょう? だったら三頭犬についても知ってると思ったの。たとえば、その出し抜き方とか」

 

 シアの眉間に皺が寄る。初めて見せる、不機嫌な表情だった。

 

「――三頭犬に失態を犯させる片棒をワタシに(かつ)げと?」

「そ、そうじゃないの。知ってたら無駄にならないと思って」

「悪いけど、いや悪いとも思ってないけど、それをワタシからキミに教えることはできない。三頭犬だって出し抜かれたら傷つくんだ。そんな可哀そうなことはさせられないよ」

「……もしも事故で、人が死んでも?」

 

 恐る恐るだったハーマイオニーに、シアはさも不思議そうな顔に変わる。

 まるで簡単な暗算も出来ないような大人を目にしたように。

 

「――そんなの、どうだっていいじゃないか」

 

 どうやらさぞ絶句するような表情だったらしい。

 純情にすぎるハーマイオニーの反応に態度を改め、今度こそ冗談めかしにシアが笑った。

 

「まぁ、そんな馬鹿なことをする相手は目の前にいないと信じてるよ」

 

 気の利いた返事がハーマイオニーの引きつった口から出てくることはなかった。

 けれども逃げはしない。

 少し変な部分があろうと、シアが大切な友人であることに変わりはないのだから。

 

 

 ◆

 

 

 糸が絡んでいく。

 衣服を織るものではなくて、狡猾な蜘蛛が吐くような拘束のための網だ。

 もし蝶でも引っかかったなら、抵抗しようともがけばもがくほど、さらに拘束は強固になるいやらしい罠が隠されている。

 そして最後には獲物の柔らかな肉に毒牙が突き立てられるのだ。

 毒は、どれだけ強いほうがいいだろう。

 獲物をそのまま殺すほど? 痺れさせて捕食の間際まで肉塊にするくらい? あるいは、麻薬のように酔いしれさせるか?

 思案の海では水泡のように浮かんでは消えて、浮かんでは消える。

 焦ることはない。蝶はもう、逃げられないのだから。

 

 

 ◆

 

 

 月は煌々(こうこう)と明るかったが、時折サッと雲がかかり、あたりを闇にした。

 ランプを灯したフィルチの背中を暗鬱に見つめながら、ハーマイオニー、ハリー、そしてネビルは玄関ホールに(つど)っていた。

 

 ことの発端は、そう。ハグリッドがパブで怪しい人物から、ドラゴンの卵を賭けで譲り受けたことから始まる。

 ドラゴンの卵の違法所持はシア曰く、アズカバン収監の一歩手前どころか半身を突っ込んでいるほどの重犯罪だ。もしバレてしまえばどうなるか。これは火を見るよりも明らかだろう。

 

 だがしかし、ハグリッドは孵化を決行した。

 それはなぜか。研究のため、金のため? いや、いや、いや。ホグワーツで彼と親しい人間ならば皆知っている。――飼いたいから。そこにドラゴンの卵があるならば、「俺がママになるんだよォ!!」と言って暴走する男であるからこそ、犯罪であるという自覚もなく新たな生命をこの世に誕生させたのだ。

 

 これにより法律第812条『指定危険生物の孵化及び飼育』を犯したため、バレた場合のアズカバン行きは確定となる。

 

 しかも頭が痛いことに、孵化したドラゴンはノルウェー・リッジバック種。

 別名――《毒煙竜》。

 この竜種のもっともたる特徴として挙げられるのは、その獰猛さと特異な体質について。

 獰猛さについては有名で、メスである場合は幼体からして反骨精神旺盛なのだ。ちなみにハグリッドのノルウェー・リッジバック種ことノーバードはメスだった。彼女の趣味はママとなったハグリッドの髭を焼くことである。

 

 そして体質。

 これはハーマイオニーがそれとなくシアに尋ねた際に教えられたものだ。

 リッジバック種は幼体の頃から体内に毒を溜めている。生後数日でさえ肉体の端々に毒が染みており、もし噛まれたならば凄まじい激痛が数日に渡って続いてしまうらしい。そして性行為が可能となる一年後まで溜めまくり――鱗の隙間から毒煙として排出することになる。

 これは雄の同種を誘うことと、性行為の邪魔をするような生物を事前に排除しておく役割を果たしている。 

 そこら辺は生々しすぎてハーマイオニーは聞き流していた。しかし自衛手段として使えることにはさすがに危機感を抱く。

 

 換気の魔法なんてハグリッドが使えるはずもない。

 もし魔法省の役人が無理やりノーバードを確保したが最後、あとの惨状がありありと想像できてしまった。

 

 そこでハーマイオニーら三人はノーバードを専門家に引き渡すことを決意する。幸い、ロンの兄であるチャーリーはドラゴンの専門家だった。なんとかハグリッドを説得し、土曜日の真夜中、天文台にて秘密裏に引き渡すこととなる。

 

 ただひとつ問題があるならば。

 マルフォイがドラゴンと計画の存在を知っている可能性があったことだ。

 

 不安は的中した。

 ノーバードに噛まれたおかげでリタイアしていたロンを除き、決行していたハーマイオニーとハリーが巡回していたスネイプに見つかったのだ。透明マントをちゃんと被っていれば、などと後悔してもあとの祭り。二人を連れ戻そうと動いていたネビルもフィルチに捕まっており、タイミングからして待ち伏せしていたスネイプは喜々としながら獅子寮から減点したのである。

 

「嘘だろ……グリフィンドールが二一〇点減点だと!?」

 

 翌朝。全校生徒が大広間へと歩いている途中、そんな慟哭にも似た叫びが響いた。

 寮から出てきたばかりの生徒もその声に、ある者は信じず、ある者は顔面を蒼白にして、各寮の点数が記録された砂時計を見ようと一斉に駆けだした。

 そして同じようにグリフィンドールの得点を記録する砂時計に溜まっていたはずのルビーが、どういうわけか一晩でごっそりと消えているのを目にすることになる。

 念願であったはずの、打倒スリザリンの道が途絶えていた。

 

「――おや、おや、おや。大広間へ向かわずして、一体なんの騒ぎかね」

 

 そこに響いたのは、増えすぎた藻でさえもっと滑らかに感じるであろうねっとりとした特徴的な声。

 生徒たちの脇を通り、ゆるりと登場した仏頂面のスネイプに、蛇寮以外の生徒たちが必死の形相で詰め寄った。

 

「せ、先生! どうしてグリフィンドールからこんなに点が減ってるんですか!?」

「これって掲示の間違いですよね!」

「グリフィンドールがトップだって全校で覚えてますよ!? なのに、なんで! なんで……!?」

「スニベルス!」

「おかしい、おかしいですよこんなのって! 横暴だチクショウ!」

 

 パンッ、と鋭い音が廊下で鳴った。手を打ち合わせることでスネイプは静寂を生み、おもむろにルビーの減った砂時計を見る。

 そこでやっと多くの生徒が気がついた。スネイプは仏頂面だったのではない。あまりの喜色を我慢するために、顔面に全精力をまわすことで平静を保っていただけだと。

 

「我輩をスニベルスと呼んだ者はあとで罰則に処すとして……。そうか、諸君らが知らぬのも無理はない」

 

 スネイプはさらに集まってきた生徒をわざわざ待ってから、演説をするように伝え聞かせた。

 

「我輩が昨夜、校内を巡回していた時だった。そこでなんと、馬鹿と呼ぶのも(はばか)られる愚かしい生徒たちが、真夜中に天文台付近をうろついているではないか。夜間徘徊などここ十年で破られたことのない校則である。我輩は校内の風紀を保つために、心苦しくはあったが、二度とこのようなことがないよう減点させてもらったのだ」

 

 白々しいセリフよりも生徒たちはある一点に関心を寄せられた。

 だれだ? その愚か者はだれなんだ?

 声なき疑問に、スネイプが悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「ハリー・ポッター。諸君らが英雄ともてはやし、そして裏切った阿呆だ」

 

 全校への暴露なのだ。あとはもう、語るまでもない。

 ハーマイオニーたちは他寮どころか獅子寮からも村八分の憂き目に遭った。

 スリザリンからは礼を言われ、生徒から無視をされる日々。

 

 よほど腹に据えかねたのか、開けた途端に飛び散る仕掛けとなっていたブボチューバーの原液の入った手紙が、ハーマイオニーの右手をミットのように腫らす事件もあった。誰にも見られない廊下での出来事だ。包帯まみれの腕の詳細はマダム・ポンフリー以外には打ち明けていない。

 

「ハーマイオニー、大丈夫?」

「…………」

「ハーマイオニー?」

「……えっ、あっ。……ええ、大丈夫よ」

 

 心ここにあらずな様子からの言葉にネビルは信じられなかった。

 

「やっぱり、君だけ罰則の日程をずらしてもらったほうが良かったんだよ。ハリーもそう思うよね?」

「うん、そうだ。今からでも遅くないんだ。……右手のことだって、なにも言ってくれないし」

「――大丈夫! ……本当に、大丈夫だから」

 

 ハーマイオニーが包帯の巻かれた右手に左手を重ねた。

 すっかり憔悴しきった彼女の様子に、二人は顔を見合わせる。

 

「ついて来い。五分も遅れてしまった」

 

 フィルチにせっつかれながら真っ暗な校庭を横切った。罰則の内容はまだ知らないが、きっとロクでもないものに違いない。でなければあのフィルチの笑みの説明がつかなかった。

 ハグリッドの小屋の明かりが見える頃になると、この場にいるはずのない男の声が出迎えた。

 

「――フン。たとえ罰則であろうと遅刻とは、英雄殿は随分と呑気なものだ」

「スネイプ……!」

「先生と呼べ、一点減点。……おっと、これ以上減らす余裕があるとは、まるで愚鈍なのか、あるいは」

 

 最後まで言葉にせず、ハリーらを蹴落とした張本人がクツクツと笑う。

 スネイプのいる理由とは?

 ハリーが自問自答する間もなく、小屋の影から石弓を持ち、矢筒を引っかけたハグリッドがのっそりと現れた。

 

「スネイプ先生や。あまり時間もない、俺はもう出発したい」

 

 スネイプは肩をすくめ、その場から半歩移動した。

 そこでハリーは、スネイプの影に生徒が一人隠れていたことに気づく。

 

「――シア、移動がてら、お前さんからそいつらに説明してやってくれ」

「うん、いいよ」

 

 シア・マルシアン。

 彼女は、あまりハリーにとって好ましい相手ではない。中性的な整ったルックスに反して、魔法薬学の授業ではスネイプと結託して点数を荒稼ぎし、暴力的な被害に遭った生徒がいるとまで聞いている。

 まさにグリフィンドール生にとっては目の上のたん瘤のような存在だった。

 

「君も罰則で来たのか?」

 

 声には自然と棘が生える。

 案の定、トラバサミようにスネイプが反応した。

 

「まさか。あくまでも彼女は単なるボランティアとしてこの場に来ている。我輩としては、諸君らのみで代わりに終わらせてもらえると助かるのだが……」

「先生、そういう約束でしょう? ワタシは大丈夫ですよ。森には慣れてますから」

「でなければ、許可など出さん。我輩は今夜のうちにフィンランドの学会まで戻らねばならん。同行はできんが、くれぐれも無理はしないように。……最悪の場合に限り、《首輪付き》を出しても構わん」

 

 最後だけ小声で聞き取れなかったが、それだけ言うとスネイプは踵を返して校舎へと戻っていく。

 

「さて、と。簡単に説明すると、これからワタシたちは森に入るんだ」

「森だって!?」

「そうさ。あ、言っておくけど決めたのはワタシじゃないよ。そういった罵詈雑言は胸に仕舞って、いまだけは清聴してくれ。まぁ、アドバイスを聞かずに勝手に死んでも構わないけど」

 

 最近になって禁じられた森でユニコーンの死骸が発見されたらしい。森にその下手人が潜んでいる可能性がある。そのためユニコーンを発見し、保護ないし治療するのが今回の罰則らしかった。

 間違っても一年生の罰則ではない。

 ハリーはそう思ったが、心中をぶつけてもシアは小動(こゆるぎ)もしないだろう。

 

「てな訳だ。俺たちは二組にわかれるぞ。俺かファング、あるいはシアと一緒におれば、この森に住むものは誰もおまえたちを傷つけはせん。ハリー、ネビル、おまえさんたちは俺と来い。シアとファングにはハーマイオニーがついていけ」

「ま、待ってよハグリッド! ハーマイオニーはあまり調子がよくないんだ。だったら僕が代わるさ」

「そうか? ハーマイオニーは満更じゃなさそうだがな」

 

 そちらを見ると、ハーマイオニーにシアが二言三言投げかけている。なにか冗談でも口にしたのか、かなり久しく見る、ハーマイオニーの微かな笑みがあった。隣にいるネビルもあまり心配していない様子だ。

 

「ハリー。ここはシアに任せよう」

「でも……」

「ほら、女の子なら女の子に任せたほうがいい時もあるだろうから」

「その通りだ。勘違いされやすいが、ああ見えてシアは頼りになるぞ」

 

 いけ好かない相手の評価が高いことに納得のいかないハリー。

 この中で自分だけがシアと交流がなかったことを、少年はまだ知らない。

 

 

 ◆

 

 

「災難だったね。まさか罰則で森に来るなんて」

「……あなたも、わたしのことを馬鹿だって思ってる? グリフィンドールの優勝を逃したのもわたしのせいだって」

「馬鹿だとは思ってるけど、それを忘れて次も同じことをする子だとは思ってないよ。ワタシは森が好きだからね。キミのことを同じくらい好きになりたい。あとは、解るね?」

「……馬鹿。からかわないで」

「本気だから馬鹿じゃないよ」

 

 ランプがなければまともに進むこともできない獣道。

 歩き慣れてないハーマイオニーは必然と疲れが溜まり、憔悴していたのもあってシアの手を借りることに抵抗はなくなっていた。

 

「ん、そこは段差になってるから気を付けて」

「ありがとう……あっ」

 

 倒木の下から伸ばされたシアの手を掴んで着地しようとしたが、バランスを崩してシアの側に寄りかかってしまう。抱き留められ、ごめんなさい、と謝るが、すぐに体を離すことはしなかった。

 

「……ちょっと、疲れちゃった」

「なら、ちょっと休もうか。おいでファング。そこの木立で休憩しよう」

 

 茶髪の少女の背はいつになく弱々しい。布を敷いた地面に座り、なにも言わずにシアが背中を撫でてくれるのが、落ちるだけ落ちた現状ではありがたかった。

 

「……ごめんなさい」

「ん?」

「すぐに、森を探索したいのよね。だってあなた、動物が好きだから」

「いいよ。その顔じゃ、あんまり眠れてないんだろう。……疲れた?」

「……ちょっとだけ。でも、ハロウィーンの前ほどじゃないわ」

 

 内心をわずかに吐露しただけで、想像以上に気が楽になった。

 ハリーとロンにはあまり弱った姿を見られたくない。弱音などもってのほかだ。思い上がるつもりはないが、三人のなかでも頭脳を担当する自分がダウンしては、これ以上の問題に対処できないかもしれない。

 いくら二人が友人だとしても、女としてのプライドがそれを許さないから困ったものだ。

 

 けれども、シアならば。

 自分よりも優れた彼女ならば、多少甘えたって許さるのではないか。

 それに縋り付くほどには、ハーマイオニーが追いつめられていたのも事実だ。

 

「手」

「……?」

「その手、腫れがひどいんだろう」

 

 言葉少なに身を寄せたシアに、ハーマイオニーの厚くなった手がいたわるように撫でられる。これは因果応報の結果だった。思わず肩をすぼめて縮こまると、シアは目に宿していた険を和らげながら、ますます悲しげに眉の根を上げた。

 

「あのね、あのね、違うんだよハーマイオニー。ワタシはキミを怖がらせたいんじゃない。危ないことに首を突っ込むなって忠告が破られて、そこからワタシがどう思ったか。……そこだけでも知ってほしいんだ」

 

 優しい声音に咎める色はない。それでも大人びたシアへの申し訳なさで、縮こまる身体を緩めようにもできなかった。

 いつも余裕ぶったシアにここまでさせるとは、どうにも弱り切ってしまう。

 隣り合えば灰色の少女の体躯はかなり華奢だった。ハーマイオニーよりも細くて小さな彼女に悲しまれると、それはもう、親に泣かれるのと一緒なくらい居たたまれない。

 

「――友達と思ってる相手のこと、考えたこともなかった?」

 

 まさか。そう答えられたらどれほど楽だっただろうか。

 引き切った筈の血の気が、体の中から失せた気がした。

 ひゅう、と喉を空気が通る。手先にばかり熱が言って、頭の細胞が沸き立つように回転を始める。冷や汗が噴き出る。形勢が悪いなんてものじゃなかった。

 

 図書室で考えた、愛想を尽かされるはずがないなんて楽観視。それのなんと危うげなことか。

 いざ恩人でもある少女にそれをされると思うと、恐怖にも似た拒否感が蝕んでくる。

 寒い。

 とても寒い。

 もっと、人肌が欲しい。

 そう思った直後、ハーマイオニーはシアにそっと抱きしめられた。

 

「ハーマイオニー」

「……なに?」

 

 久しく感じられなかった温もりに包まれる。恥ずかしさよりも充足感が強く、自分から身を預けた。

 

「縛るつもりなんて、ないからさ。ちょっとでもワタシのこと、思い出してくれるなら……安心できるから」

「――――」

 

 ハーマイオニーのなかでのシアの存在が大きくなっていく。

 友達は、必要だった。それよりもなによりも、もしかしたら頼れる相手がなまじ一人で物事を解決できる少女には必要だったのかもしれない。

 シアはいつも自分に必要なものを与えてくれる。

 ハリーやロンよりも頼れる存在として、自分の心をさらけ出せる。

 

 森は、静かだった。

 ランタンの灯は消して、木々の葉の隙間から辛うじて銀砂を散りばめたような星空が見える。

 聞こえるのはファングの鼻を鳴らす音に、隣り合った少女のかすかな息遣いだけ。

 夜の寒さに負けてぐっしょりと濡れた落ち葉のせいで温かくはない。

 ハーマイオニーはそのすべてが気にならなかった。

 目を瞑り、シアと交わす体温だけに意識を集めていたから。

 

 ――無味乾燥した灰色の目にじっと見つめられてても、気づかない。

 

 時間にすれば五分もなかったかもしれない。

 シアの肩に頭を預けていたハーマイオニーが、落ち込んだ気分を一新させるように自分の頬を叩いた。

 

「……さっ、行きましょシア。サボってたらハグリッドたちに悪いわ」

「――――」

「シア?」

「うん、そうだね。――後ろに隠れて!!」

 

 気力を取り戻したハーマイオニーを見ていたシアが、突如として弾かれたように立ち上がる。

 少し離れた茂みに杖を向けて、いつでも呪文を撃てるように構えた。ついでにファングもシアの背後で怯えていた。

 すわユニコーン殺しの犯人か。

 三者が警戒する最中、茂みから出てきたのは筋骨隆々な男の上半身だった。

 

「このような時間の森に生徒がいるとは、校則でも変わりましたか? ああ、杖を下ろして。私はフィレンツェです」

 

 人間にしては、茂みの上から飛び出す胴体が高すぎる。それもそのはず、茂みから出てきた彼の腰から下は、馬の四肢があるのだから。

 おそるおそる、ハーマイオニーが口を開く。

 

「……ケンタウロス。森の、賢者」

「そう人間に呼ばれることもありますがね。しかしまぁ、男というのは好きな時に賢者になれるものです」

「「?」」

「おっと、その初々しい反応。賢者になってしまいそうだ」

 

 フィレンツェが少女たちの背後を見ると、くぐもった声で呟いた。

 

「真夜中の森に、美少女が二人。そして背後の物陰にはシート。さらには大型犬。………………ふぅ。――ところでお嬢さんたちはここでなにを? 私は想像と現実の区別を付けられますので、尋ねましょう」

 

 最初こそ不穏なことを言っている気もしたが、ここまで堂々としているなら気のせいだろう。

 委縮したハーマイオニーの代わりに自然体のシアが答えた。

 

「最近、この森でユニコーンが襲われているだろう。今まさに怪我をしているユニコーンが彷徨っているんだ。ワタシたちはその捜索。フィレンツェ、キミはなにか知らないか?」

「ユニコーン……。彼らは純潔の象徴ながら、その血が与えるのは穢れそのもの」

「知った上で飲もうとするから(たち)が悪い」

「その通り」

 

 背後からハーマイオニーがシアに小声で尋ねた。

 

「……あまり文献にも載ってないけど、ユニコーンの血を飲んだらどうなるの? ケンタウロスがここまで嫌悪してるなんて」

「――お嬢さん」

「ひゃい!?」

「君は、知らなくていいことだ」

 

 フィレンツェの戒めに、さすがのハーマイオニーも知識欲を抑えざるをえない。あまり聞かないほうがいい結果なのだろう。

 折を見て、シアが再度尋ねた。

 

「フィレンツェ。キミはユニコーンがどこにいるか知ってるかい?」

「……なるほど、その《声》。秋から森が騒がしいと思えば、勘違いではないらしい。灰髪の君は……愛し子か」

 

 愛し子。

 ハーマイオニーをして聞き慣れぬ単語だった。

 

「名前は?」

「シア」

「そうですか。では、シア。現在、ケンタウロスとユニコーンは種族単位で離れている状況です。ですが長年の友であることに変わりありません。数日前のことをハグリッドに聞き、我々も森を見回っていました。この周辺にユニコーンはいませんよ」

 

 フィレンツェは矢筒を背負いなおす。

 

「君たちの様子だと、ハグリッドも森に来ているのでしょう?」

「ああ。ハリー・ポッターも一緒だよ」

「なんと…………ショタ専はベインだが…………ポッター家の(せがれ)を見ておきますか。君たちは校庭に戻りなさい」

 

 そう言って背を向けるフィレンツェをハーマイオニーが引き止める。

 

「あ、あのっ。校庭まで、その、同行してもらうことは?」

「必要ないでしょう。私などよりも十分な護衛を引き連れている方がいるではないですか」

 

 シアを一瞥し、周囲を見回し、それを最後にフィレンツェは森のなかに消えていった。

 その後校庭に戻ると、下手人らしき怪人と遭遇したと語るハリーらが待っていた。




魔法生物図鑑

ケンタウロス
M.O.M.分類:XXXX

上半身は人間、下半身は馬。基本的に生態は謎に包まれている。平穏を好むがプライドは高く、「半獣」と呼ばれると普通にキレる。敬意を持って接するべき存在ゆえにユニコーンと同じくM.O.M.分類はレベル4である。
人間と違ってすでに調和した存在であり、生まれた時から価値観が同じ。そのため相手に理解してもらおうとする心を持っていない。
ただし性癖に関しては千差万別であるが、そのなかでもフィレンツェはやっぱり異端扱いされている。

ユニコーン
M.O.M.分類:XXXX

生息域は北ヨーロッパ。毛は白色で頑丈、蹄は金色で、角がある。肉体すべてが魔法関係の材料になるが、繁殖能力があまりないため保護対象指定生物とされている。ケンタウロスとはかけがえのない友人であり、普段は彼らに守られている。
純潔の象徴とされることが多いが、要は女好きの処女厨。
今回の話では、ケンタウロスとは「ビッチ幼女はアリかナシか」の議題で意見が真っ二つにわかれてしまい、種族単位で離れている状況だった。運悪く、そこを下手人に狙われて被害を出している。
その血液は「生きながらの死」とすら言われるが……?

首輪付き
M.O.M.分類:?

スネイプが語った生物。首輪付きというのは、「リボン付き」や「黄色の13」のような存在そのものを表す異名のようなもの。エースコンバットっていいよね。
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