ウィッチャー3の二次小説です。

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猫の剣

 日が昇り始めてから落ちるまでの間、沼地に浸かっていることも珍しい事ではなかった。収穫がないわけではないし、いつでも十全に動ける訓練は積んできた。最高とはいえないが、存分な報酬は約束させた。後はそれを受け取るまで生きているかどうかである。

 ヴェレンは大部分が湿地や沼で埋まった地域で、足が沈まない土地を選んで人々は寄り添って生きている。ここらでは男爵を自称する軍隊長が統治する街が最大で、それ以外に見る所はないだろう。

 マシャフは沼から長靴を引き抜いた。次の一歩も沈み込むので、どうしても歩く速さは削がれてしまう。しかしそれでも、足を取られて進まない馬などよりは確実に早い。

 

「おい、ウィッチャー!」

 

 後ろから声が掛かってくる。マシャフは振り返らなかった。苛立った声で依頼人がもう一度怒鳴る。投げつけられた石を、マシャフは首を動かして避けた。

 足場が段々としっかりしてきている。マシャフは石場を見つけると、そこに上がって感覚を澄ました。沼地に住む化物は、沼の臭いそのものと同化しているので、待ち伏せにも気付かないことはよくある事だ。それでもウィッチャーの感覚に頼れば、看破出来ないことはない。

 

「ちくしょう、依頼人を残して先に進む奴がいるかよ! ドラウナーに会ったらどうするんだ!」

 

「だから村に残っていろと言っただろう。見栄を張るのは良いが、命を張るのに値するか、よく考えるべきだ。今からでも遅くはない」

 

「俺はレオルドだぞ!? 人の前で臆病な姿を見せろっていうのか!?」

 

 レオルドは、自分の事を赤腕のレオルドと自称していた。由来は敵の血で腕が赤くなるからだそうだ。それで自分に箔をつけているらしく、そのせいで村から問題を解決してくれと頼まれていた。レオルドはそれを二言で快諾し、募集をかけて問題解決に当たったそうだ。その一人目がマシャフ自身で、それが最後の一人だったらしい。

 

「ああ、ちくしょう。どこへ行っても沼、沼、沼。十分に走り回れる石畳が懐かしい!」

 

 レオルドはヴェレンから出たことはないが、それでも都市育ちだったという風に言い聞かせ、よく自慢話をする。それに釣られた女をいただくそうで、顔だけは良いので色んな村の女から持て(はや)される。いつか都市に帰る。それは口癖のようなもので、マシャフはすでに五回以上聞いている。

 

「なあ、もういいだろ? ここから先へ進んでも、どうせ沼地以外何もないんだ。日が落ちてからだと危ないし」

 

 レオルドが言いかけている途中で、マシャフは二振りの剣の内、銀の剣を抜いた。辺りに、瘴気と混じった霧が出てきている。

 

「おい、何をしている――」

 

 左手で炎術(イグニ)の印を結んだ。火炎の風圧が沼地を焼き、蒸発した沼が汚臭を立て、苦しむ金切り声がつんざいた。

 

「な、なんだあ!?」

 

 レオルドが叫び、マシャフは咄嗟にそちらへ跳んだ。宙で銀閃を繰り出し、霧から現れた腕を斬り落とす。石場に降り立つと、印を結んで沼の中に飛び込む。

 敵は二体。マシャフは腰袋から小瓶を取り出すと剣に塗り込み備えた。呼吸を二つ。霧が包んでくる。動かずに堪え、気配を感じると自分から動いた。霧に向かい、銀を交差させる。命を奪う確かな手応えと、異臭のする血が舞った。後ろからの気配を前に転がって避け、向き直ると同時に剣を振り切る。切先が胴体に吸い込まれ、感触なく通り過ぎた。霧で創られた幻影である。マシャフはその場から飛び退いた。右脚に熱い感覚が流れ、立て続けに斬撃が襲ってくる。挫けそうになる足に力を加え、飛び退くと同時に炎術(イグニ)の印を結ぶ。火炎が前方一帯を襲い、甲高い悲鳴が響く。燃える対象に向かい、石弓を放つ。腕、足、腹と立て続けに速射し、頭に命中すると、マシャフは力を振り絞り駆けた。一歩で石弓を放り出し、二歩目で銀の剣を両手で持ち、三歩目で跳躍し首を刎ね飛ばした。

 首が茂った(あし)の中に落ちていく。マシャフは銀の剣を鞘に納めると、方向を見失わない内に首の元へ歩んだ。沼に沈みかけている首を、頭に刺さった矢を持って引き抜き、石場にいるレオルドの元へ戻る。

 

「依頼を終了した」

 

「お、おお。なかなかやるじゃねえか、ウィッチャー。俺が出る幕はなかったようなのが残念だが」

 

「フォグレットだ。屍鬼の類だが、ドラウナーよりはよっぽど手強い」

 

 フォグレットは人型の化物で、骨に皮が張り付いた容姿をしながら、ずんぐりとした体形で内臓のない破れた腹を晒している。特徴として霧に化けることが出来、それに幻影を映し、獲物を惑わせて襲うのだ。膂力も人間とは桁が違い、恐ろしい事尽くめの化物である。ズボンの右脚に傷跡があるが、盾術(クエン)の印を結んで防いでいなかったら、威力を削げずに脚が無くなっているはずである。

 

「報酬を渡さないとな。村に戻ろう」

 

 脅威を片付けたとわかると、レオルドは元気を取り戻したようだった。石場から飛び降り、来た道を引き返していく。辺りはすっかり暗くなっているが、レオルドはしっかりと道を覚えているようだ。

 

「村に戻れば、俺たちは英雄だぜ。暖かい暖炉も、旨い飯も、高い酒も出てくるはずだ。それにしてもウィッチャーって恐ろしいもんだな。剣捌きは見えないし、沼なのに飛び跳ねるし、魔術も使うし」

 

 ウィッチャーとは幼少の頃から魔法と人工的な変異によって化物に対抗するために創り上げられた者の総称である。簡単に言えば、化物に対抗するための化物専門の化物だった。

 

「報酬を覚えているな? 不測の事態になれば、その分は上乗せだと」

 

「不測の事態なんてあったか? あんたは怪我はしたけど、無傷で倒せるとは思っていなかっただろ?」

 

「そうじゃない。フォグレットが二体だったってことだ。狩場の探索を切り上げて進もうとしたのはお前だっただろう。用心していれば、何体いるのかわかったはずだ」

 

「……ちっ、わかったよ。十クラウン上乗せしてやる」

 

「少なすぎる。少なくとも四十クラウンだ。本来なら五十クラウンは上乗せしてもらうが、特別にしてやろう」

 

「五十だと!? 馬鹿言ってんじゃねえ、限度ってもんを知らねえのか?」

 

「俺が提示したのは専門家として公正に見た最低限度の額だ。だが思い切って三十までまけてやる」

 

「もう一声安くならねえかな?」

 

「俺にも限度はある。三十だ」

 

 首に掛けている猫のメダルが震えだした。咄嗟に銀の剣を抜き投げ放つ。沼から飛び出したドラウナーの腹に突き刺さり、ゆっくりと仰向けに倒れた。

 

「この分はサービスだ」

 

「あ、当たり前だ! 依頼にない連中まで上乗せされてたまるか!」

 

「その通りだと思う。お前の護衛は、俺の依頼にない」

 

 ドラウナーは水辺に棲む怪物で、水鬼とも呼ばれている、屍鬼の類の半魚人である。川沿いや、沼地、海の中にまで生息するこの怪物は、分布も広く、よく人の生活を脅かせている。一体程度であれば退けることは可能だが、残念なことにこの怪物は群れを成す。一体発見したのであれば、四、五体は確実にいると思った方がいい。レオルドの顔からみるみる血の気が引いていく。沼から這い出てくるドラウナーの数を六体まで数え、マシャフは跳躍した。

 

「おい、助けろ! 俺を助けろ!」

 

 石弓を放ちながら接近し、右から来る鉤爪を身を翻して斬り上げる。腕を無くしたドラウナーを念術(アード)で吹き飛ばし、その場に爆薬を残して飛び退いた。爆風は遠くまでは届かない。しかし、範囲内にいるものは確実に死に至らしめる特別製である。爆発に巻き込まれた二体のドラウナーが四散し、近づくドラウナーを石弓で仕留める。

 

「助けろ! 助けてくれ!」

 

 レオルドが叫んでいる方に、ドラウナーが集まっていく。マシャフは目の前のドラウナーに集中し、頭蓋から両断した。これで五体目である。数が多いのは、おそらく巣が近いのだ。屍鬼の特性は、遠くからでも死臭を嗅ぎ付け群がることだ。おそらくフォグレットの首の臭いを嗅ぎ付け追ってきたのだろう。

 

「四十! 四十クラウン出す!」

 

 レオルドの声は四体のドラウナーの壁の向こうから聞こえてくる。鉤爪を逸らし、その勢いで回転して胴を断つ。

 

「五十でいい! 五十でいい!」

 

 マシャフは声の方へ駆けた。全身を使い跳躍し、ドラウナーの壁を飛び越え、レオルドの側へ着地する。

 

「伏せていろ」

 

 結界(ィヤーデン)の印を結び、銀の剣を逆手に持ち背に隠す。マシャフは感覚を研ぎ澄ませ、猫のように身構えた。青白く浮かび上がる結界は、範囲内の敵の動きを鈍くする。ドラウナーが飛びかかり、動きをはっきりと感じた時、マシャフは瞬間的に、すべての首をしなやかに刎ね飛ばした。

 

「二百五十クラウンか。太っ腹だな」

 

「くそっ、ちくしょう! ウィッチャーには感情がないって言うのは本当だった! わざと助けなかったな!」

 

「人聞きの悪い。お前が勝手に釣り上げてくれただけだろう。もちろん、ありがたく受け取らせてもらうが」

 

「なしに決まっているだろう! 人の命を餌にしやがって!」

 

「よく聞け、レオルド。ウィッチャーは実績で報酬を得る。その場の勢いで依頼は請け負わないんだ。正当な報酬を約束してるからこそ、ウィッチャーは事を為す。それに対する報酬が急になくなれば、信頼をなくす。それは相手が誰だろうと同じだろう?」

 

「だから、なんだってんだ」

 

「お前からの依頼は二度と受けないと言ってるんだ。たとえフォグレットが出てこようが、ドラウナーに囲まれてようがな。ヴェレンにいる怪物があいつらだけだと思うか? もう二度と危険な目に会うはずはない? よく考えてみてくれないかな。このままだと、俺はお前が死にかかっても素通りしてしまう事になる」

 

「知るかってんだ。俺は――」

 

「それとも、俺が怒り狂ってお前をこの場で殺してしまうとは考えないのかな?」

 

 レオルドの口が塞がらなくなり、視線が抜き身の剣に移った。銀の剣には、乾いていないドラウナーの血が流れている。

 

「腕を出せ」

 

 言って、マシャフは一歩近づいた。レオルドが腰を引いて後ずさる。銀の剣を何回か振った。刃に乗った血が飛び、レオルドに点を作っている。

 

「待て、待ってくれ。払うからどうか――」

 

 レオルドはドラウナーの屍体に躓き、泥に尻から落ちた。マシャフは銀を一閃させた。ドラウナーの屍体が胴から二つに割れ、内臓を晒している。

 

「死にたくねえっ、死にたくねえっ!」

 

 レオルドが叫び、隠れるように腕で顔を覆った。マシャフはその姿を鼻で笑い、ドラウナーの屍体から内臓を引き摺り出すと、レオルドの腕に塗りたくった。

 

「ひぃっ――わっ、ぎゃあっ! な、なにしてやがる!」

 

「ははっ、最初から約束を破るような奴には見えなかったよ。お前は良い奴だからな。少しはサービスしてやろうって思ってたんだ」

 

 喚くレオルドの腕を抑え込み、ドラウナーの血をかける。本人は泣いているが赤腕のレオルドの出来上がりだ、とマシャフは思った。

 

「うわ、ぐちょぐちょする。気色わりい……」

 

「報酬は受け取らせてもらう。しかし、上乗せの分を少しはサービスしてやろう。ついてこいよ」

 

 マシャフは葦が生い茂っている方に向かった。襲われたばかりで離れるのは不安なのか、後ろからとぼとぼとレオルドが付いてきている。目当てのものはすぐに見つかって、マシャフは爆弾を取り出した。

 

「これは、巣か? ドラウナーの? だからあんなに、ドラウナーが多かったのか?」

 

「そうだ、この爆弾を使え。これでお前はただの村の問題を解決しただけの者ではなく、正真正銘の英雄になれる」

 

「俺は本当に殺されるって思ったんだが」

 

「ウィッチャーが殺すのは化物だ。さあ、さっさと巣を壊して来い」

 

 レオルドが爆弾に火を点け、二人でその場を離れた。爆発はすぐに起き、泥や草を舞い上げて降らせる。これでドラウナーはここで生まれなくなり、新しい住処を探しに行くだろう。これで確実に村は安全になる。

 

「やったぞ! 俺が壊してやったんだ!」

 

「よくやったな。これで胸を張って帰れるだろう。あとは俺がいなくなればいい」

 

「ああ、そうだな。あんな思いはもうごめんだし、報酬はしっかりと渡そう。村に帰ろうって言いたいが、俺一人で帰っていいか?」

 

「ふむ、どういうことだ?」

 

「依頼は完了したが、ウィッチャーが死んでしまった。俺は問題を片付け、なんとか生還した」

 

「そういう筋書きにしたいってことか。俺はさっさと報酬を受け取って消え去りたいんだが?」

 

「もちろん、その分の手間賃も上乗せする。十クラウンでどうだ?」

 

 今はとにかく、金が必要だった。それだけの事で上乗せしてくれるなら、歓迎すべきだろう。マシャフはレオルドの目を見て、それから頷いた。

 

「いいだろう。ただし、報酬を先延ばしにするつもりはない。その日の内に払ってくれ」

 

「もちろんだ。村に戻れば、俺のために宴会が開かれるだろう。夜になったらそれを抜け出して、あんたに渡しに行くよ」

 

「村に続く道で、少し遠いが木の根元に墓標が立っている場所があるのはわかるな? そこで待っている。夜を過ぎても現れない場合は、こっちから受け取りに行くぞ」

 

「よし、決まりだな。あんたが死んだと証明するものが欲しい。その剣を預からせてくれないか」

 

「剣は駄目だ。ウィッチャーがもっとも失くしてはならないものなんだ。代わりにメダルを渡そう。あとで返してくれ。ちなみに約束を反故にしようとすれば、お前の赤い所を斬り落としに行く」

 

「あまり脅すなよ。それじゃ、また後で」

 

 レオルドは一度会釈すると、さっさと道を引き返していった。マシャフは指定された場所の方角を思い出し、そちらに足を向けた。ウィッチャーのメダリオンは単なる装飾ではなく、魔法や怪物などに反応して振動する。それに助けられた部分も多くあり、出来るなら手放したくないものだ。それだけでなく、メダルはウィッチャーの流派も表していた。メダルはそれぞれの各流派の養成所で違うが、主だった流派は狼流派、蛇流派、猫流派、グリフィン流派、熊流派の五つである。マシャフは猫流派なので、猫をかたどったメダリオンだった。

 マシャフは目的の場所に着くと、拾い集めた小枝で火を作った。剣にオイルを塗り火に当て、滴った血や油を布で拭う。最後に砥石で研ぎ上げ、剣を鞘に納めた。袋から取り出したパンを齧り、水を飲み干すとマシャフはそれきり目を閉じ、瞑想を始めた。

 

 ウィッチャーは主に怪物の討伐で報酬を得るが、それぞれの流派に特色のようなものがある。例えばグリフィン流派ならば炎術(イグニ)念術(アード)など印の扱いに長けているし、熊流派であれば重量のある鎧や剣を好んだ剛力を得意とする。その中でも、マシャフの所属する猫流派はウィッチャーの中でも異質な流派だった。

 猫流派の特異な点は大きく分けて二つある。一つは秘匿主義である事だ。お互い猫流派であるにも関わらず、情報を分け合わず、それぞれの師に育てられ、生き残った弟子がウィッチャーになる。そのため猫流派のウィッチャーは、師の教えが色濃く反映されるのだ。事実、マシャフもその一人であり、同じ猫流派のウィッチャーは師以外にはほとんど知らない。

 

 ウィッチャーはその特異な力を持つことから、政治や戦争に利用しようとするものが後を絶たない。そのためそれらに対して中立を保つことで、不和や対立から地位を守っている。しかし、猫流派に関してはそうとも言えない、とマシャフは思っていた。猫流派が得意とするのは暗殺である。そして暗殺が最も活きる場所は、やはり人との間なのだ。マシャフはこれまで、幾つもの政争や暗闘に加わってきた。それはウィッチャーとしてはあるまじきもので、他流派のウィッチャーからすれば、糾弾の的だろう。しかし、マシャフは猫流派といえど他流派と言えど、他のウィッチャーに会った試しは数えるほどしかなかった。

 ウィッチャーは、そもそも絶対的に数が少ないのだ。ウィッチャーとなるためには、幼少より殺人的な訓練を幾つも潜り抜け、変異誘発剤による身体の破壊に耐えなければならない。そして最終試練となる≪草の試練≫を生き延びた者だけがウィッチャーとなる。その過程に耐えられず死ぬ子供は多く、≪草の試練≫を生き延びられるのは三割だと言われている。さらにウィッチャーは変異誘発剤による副作用で子を為すことが出来ず、他人の家庭から子供を選んで勧誘する。もちろん喜んで差し出す親はいないので、多くの場合、孤児などから選別をしていた。そして現在では、どの流派もウィッチャーを育ててはいないらしい。そのため今のウィッチャーは年々数を減らしているばかりである。

 

 マシャフが気配を感じ目を開けると、辺りは完全に暗くなっていた。瞑想は、自然と一体になるという感覚が最も近く、瞑想をしている間は、野生の動物など平気で側を通り過ぎたりするのだ。マシャフは感覚を研ぎ澄ませ、気配をはるか遠くに感じた。目視では、火の明かりが小さな点で見えている。マシャフは立ち上がり、火が近づいてくるまでその場で待った。

 

「待たせたかな、ウィッチャー。そら、約束の報酬とメダルだ。二百六十クラウン。ノヴィグラド・クラウンだ!」

 

 レオルドはかなり酔っているようで、よたついて近づいてきた。酒のにおいもかなり濃厚である。マシャフは袋で渡されたクラウンをそのまま腰袋に移した。一クラウンの重さも正確に覚えているので、持った重さでいくら入っているかは判別できる。袋越しに揉んだ感触では、偽造のクラウンは入っていなさそうだった。猫のメダリオンも受け取って首に掛け直す。

 

「感謝する。それでは」

 

「待てよ。まあ、待て。お前は、俺の立役者だった。金だけじゃ悪いと思って、酒を持って来たんだ。少し飲んで行けよ」

 

 マシャフが立ち去ろうとすると、レオルドが絡んできた。杯に注いだ酒を差し出してくる。マシャフはそれを一瞥すると、踵を返した。

 

「ああ、そうかよ、ウィッチャー。猫目の、変異体め。さっさとくたばっちまえ。てめえなんざ、肥しにもなりゃしねえ。底なし沼に沈んじまえ」

 

 レオルドが背後から罵倒している。突如飛来した風を、マシャフは半歩動いて避けた。石弓である。

 

「な、なんだあ!?」

 

 見渡すと、何人か辺りを囲み、殺気を放っているのが見える。マシャフは二振りの剣の内、鋼の剣を抜き放ち構えた。飛来した石弓を斬り落とし、背後から来る農民を避ける。武器はシャベルや熊手など、農作業に用いるものがほとんどだ。それでもマシャフは容赦なく農民を斬り伏せた。転がり、念術(アード)で火を吹き飛ばす。瞬間闇に包まれ、その中で駆ける。鋼の剣を振るう度に悲鳴が上がり、少しの間駆けまわって、マシャフは炎術(イグニ)で薪に火をつけた。立っているのは、マシャフとレオルドだけで、辺りに散らばっているものを認めると、レオルドが唐突に吐いた。マシャフが斬り落とした、人間の手足だった。それらを失った農民たちはまだ意識があり、叫び声をあげながら無くなった部分を動かそうと(うごめ)いている。

 

「馬鹿なことを、したもんだな?」

 

「こんなことっ。俺は知らねえぞ! てめえら、なにしてやがんだ!」

 

「本当に、馬鹿なことをしたものだ」

 

 ウィッチャーは怪物を殺して報酬を得る。それが人の弱みに付け込んでいると思われていて、民衆からの風当たりは強い。さらにそういった職業に対する偏見や根も葉もない噂も出回り、ウィッチャーが憎悪の対象になることも珍しくなく、過去に暴動の的になり、民衆がウィッチャーに対して虐殺を行うなど何度も繰り返されていた。今でこそ公然とした敵意を向けられる時代は終わったが、彼らへの不信の念は未だ根強く残っている。

 マシャフは息のある人間の一人の傍に膝をついた。

 

「理由だけ聞こうか?」

 

「こんなことっ、人間の仕業じゃねえっ。お前は悪魔だ!」

 

「叫べるだけの元気も、あと少ししか続かないだろうな。そこで喚いていけよ。俺は行くからな」

 

「レオルド! お前のせいだ! お前みたいなやつが、化物を倒せるわけがねえってわかってたんだ! そしたら、ウィッチャーなんか雇いやがって!」

 

 マシャフは興味を失うと立ち上がった。この襲撃をレオルドは知らなかったようで、血の気を失って尻もちをついていた。

 

「待てよ。殺していけ。もう助からねえ。でも、こんな死に方はあんまりだ。殺していけよ」

 

 罵倒の声は背後から遠くなっている。内容はほとんどレオルドの事で、気に食わないことからの私怨だろう。行動を起こした起因は、おそらくマシャフへの報酬のはずだ。村を駆け回って集めた金を、ウィッチャーなどに渡したくはなかったのだろう。

 

「頼む、ウィッチャー。あいつらを殺してくれ」

 

 マシャフはレオルドの声で顔だけ振り返った。腰が抜けて、それで這いずるようにして追い付いてきている。それでもマシャフは歩を遅らせようとはしなかった。少し強い風が吹いただけでレオルドはよろけようとしている。

 

「やるならお前がやれよ、レオルド」

 

「あいつらが馬鹿なことをしたのはわかってる。あんたを殺そうとして、殺されるのも仕方ねえ。でも、あんな死に方は、人がしていいものじゃねえよ」

 

「なら、お前がやるべきじゃないのかな。聞くところによると、ウィッチャーは人間じゃないしな」

 

「冗談を言ってる場合じゃねえんだ。報酬は払うから」

 

「ないものをあると言うなよ。特別に教えてやるが、あの斬り方は特別な技でね。話す時間を作るために、意識を飛ばさないような斬り方なんだ。そのうち血を失って死ぬが、時間がかかる。お前が止めを刺してやらないと、苦しむ時間が長くなるぜ」

 

 レオルドが言葉を失い、マシャフに追い付けなくなってきた。マシャフはさらに歩く速度を速めた。すでに襲って来た連中に興味は失っている。今考えているのは、明日は雨になりそうだとか、休める場所を見つけたいだとか、それぐらいだった。

 

「待ってくれ。俺がやる。爆弾を貸してくれっ。頼むっ」

 

「やめておけ、手元にある爆弾はこれだけだ。お前の思うようなものではないよ」

 

 マシャフは腰にぶら下げている提を軽く叩いた。レオルドが唸り声をあげ突っ込んでくる。それをどうしようという気もなく、マシャフは大人しく提を取られていた。

 

「待っていろ。俺が終わらせてやる」

 

 レオルドが叫んで提を投げた。それはかなり長く飛び、まだ喚きあげてる男の所で爆発した。爆発は衝撃を生まずに、煙と酷い臭気を放っただけである。男の喚き声は止まっていない。

 

「なんだっ、どういうことだ!?」

 

 すぐにメダリオンが震え始め、マシャフは銀の剣を抜いた。提は、潜んだ敵を呼び寄せるための撒き餌である。

 ひたひたと地を這うグールが姿を見せた。屍鬼の類で、死体を好んで食す人型の魔物である。四つん這いだが、意外な俊敏性を見せ、腐った皮膚からは常に吐き気を催す腐臭を放っている。爪で切り裂かれれば毒が入るし、集団で行動するので厄介な魔物だった。

 一体、二体、三体と姿を見せていく。囲まれそうになった時、マシャフは潜めていた気を放った。近づけば、斬る。気を感じ取ったグールが警戒するように遠巻きに後ろに流れて行った。向かう先は襲撃してきた男たちだろう。

 悲鳴が聞こえてきて、すぐに止んだ。少なくとも、思った死に方とは違う死に方をしただろう。マシャフはちょっとだけそう思って、その考えをすぐに頭から追い出した。

 思い出したようにレオルドの方へ顔を向け、呆然と座り込んでいる姿を見ると、また興味を失って歩き出した。ちゃんと休める所を見つけたい。少なくとも日が昇るまでは歩き続けようとは思ったが、ヴェレンでは期待しない方が良いだろう。

 風が吹き荒ぶって、促されたように夜空を見上げた。今日は三日月だったのか。曇りの多い夜空で、月が雲の奥でぼんやりとした光を湿地に落としている。湿った風が頬を叩き、生臭さを感じながらマシャフはまた足を速めた。




『独白』
ここまで読んでくれた方に感謝を。
私は時たま、こういう誰も書いていないような、または、書く人が極端に少ない原作を引っ張り出して話を書きたくなる。
ゲームだと、それはエルダースクロールズシリーズの『オブリビオン』や『スカイリム』だったりするし、『fall out』のようなオープンワールドの話だったりする。これではベセスダのみとなってしまうので、『デモンズソウル』なども挙げておきましょう。今回書かせてもらったのは――原作がゲームではないですが――『ウィッチャー3』という、やはりオープンワールドのゲームから書かせていただきました。
私にとって、このような作品の二次小説が少ないのはちょっと意外だと思うことがあります。第一に原作が素晴らしい。そしてすでに世界が完成されていて、主人公一択の話しではなく、主人公もその世界の一部でしかなく、主人公以外の物語も当然のものとして数多に存在する。そこにいわゆる二次創作である、オリジナルの人物、主人公の物語があっても不自然には感じないのではないか、と思うわけです。つまり、その世界に入り込みやすいわけですね。
このような作品の二次創作が少ないのはやはりゲームが原作だからでしょうか? 数ある二次創作者の心を燻らせるものは出揃っていると思うのですが、このような二次創作が少ないのは、私にとってやはり意外な驚きなのです。
ですので、たまにそういう作品に出会えたりすると「おっ、あんた、わかっとるやんけ」と声をかけたくなる気持ちになります。こういう数少ない作品に限ってすごく面白かったりするんですよね。もっと作品が増えればいいのに。もっと作品よ増えろと思いながらここまでにしましょう。改めてここまで読んでくれた方に感謝を。

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