幻想と少女と紅い霧
そこは、紅い森だった。
森自体が紅いのではない。緑生い茂るはずの森が、酷く濃い紅い霧で包まれているため、目に映るもの全ては、ただ紅いとしか認識されない。
その森の中に、まるで木々が避けたかのような、局所的に開けた場所があった。
その場所に一人の男子が横たわっている。
年の頃は中学二年生といったところで、薄汚れたジーンズに、ボロボロのシャツ、履いているスニーカーは煤けていて元の色が判別できないほどだ。
身じろぎすらしないが、浅い呼吸で微かに動いているため、生きていることは間違いないようだった。
その指先が微かに動く。
次第に体全体が動き始め、しばらくすると体を起こして、その場に座り込んだ。
「ここは…」
その男子はそう言うと、周りを見渡そうとして、硬直した。
指先を口に当てる。
「あ…あ…」
何度か声を出すと、顔が青く染まり始める。
手を口から話すと、その手をまじまじと見つめ、その手で顔や体を触り始める。
そして、手を両頬にあてると、
「体が、大きくなってる…」
と言って、青ざめた。
この男子は、『かわいい子には苦労をさせよ』《トラブル・トラベル》で、この世界へ移動した黒神くらげであった。
次元移動の副作用か、どうやら小学三年生の体が、中学生まで成長しているようだった。
くらげは、声変わりした声や、大きくなった体に驚きながらも、自分がここにいる理由を思い出して、肩を落とした。
それは、なのはやフェイトと、永遠に別れることになってしまったからだ。
元々離れるつもりではあったが、それはたまに遠くからでも姿を見れるかもしれないという、気持ちがあったからであって、二度と会えないなどとは微塵も考えていなかった。
くらげも、二人のことは好きだったからだ。
だが、その後悔は遅い。
スキルを憎むべきか、自分の逃げ腰を悔やむべきか、くらげはそう考えながら、大きく長いため息をついて、顔を上げた。
生気のない顔に、何もかも諦めたどんよりとした目、くらげはいつものように諦めていた。
幸せな人生をおくるなんて『僕にできるわけがない』と。
そうして、ぼんやりとした顔で辺りを見渡し、その紅い霧に包まれた森にようやく気がついた。
「なにこれ…」
紅く濃い霧のせいで、今が昼間なのか、夜なのか分からない。静まり返ったその森にはまるで生気を感じない。生き物がいるのかすら、不明である。
そして、目の前の湖の水面も、全くの揺らぎを感じない。
まるで、この世界にくらげ一人だけが存在しているかのような、錯覚すら覚えた。
だから、その頭上から投げかけられた言葉は、あまりに唐突だった。
「あんた、妖怪?」
その声にくらげはその場を飛び退いて、慌てて声のした頭上を見上げた。
そこには少女が一人、当たり前のように浮いていた。
中学生くらいの風貌で、巫女服のようなものを着ていた。ようなものと表現するのは、理由がある。上半身は白一色の白衣であるはずなのだが、赤い生地で装飾が施されているし、袴も何やらフリルの様なもので飾られているし、肩から二の腕辺りまでの生地が切り取られ、肌が露出している。
結果、巫女服のようで、巫女服でないものが出来上がっていた。
少女はスカートの中身を隠すことなく、その高度を次第に落としていく。くらげはその様子に顔を赤らめて顔を背ける。
くらげの前に少女が降り立つと、くらげは少女に顔を向けた。
そこには可愛らしい少女がいた。
幼さが残る顔立ちを、後頭部にあるリボンが際立たせている。もみあげの辺りにも、赤い髪飾りで髪が結まとめられており、それがいいアクセントになっていた。
だが、それらを全て台無しにしているのは、その気だるそうに、面倒くさそうに、力ない目だった。
だが、決して、気を抜いているわけでもなさそうでもあった。
「あんた、何者?」
少女が口を開く。
くらげはその言葉に、ビクリと震える。その言葉を聞いて、次に良いことが待っていた試しがないからだ。
「妖怪、じゃないわね、多分。神様って感じでもないし。でも、とてもじゃないけど、人間にも見えないのよね」
少女の目が訝しむようなものに変わったため、くらげは慌てて弁解した。
「に、人間です! ちゃんと…」
ちゃんと人間とはなんぞや。むしろ、くらげはちゃんとしていない人間である。
「あんた、自分がどうなってるか、分かってるの?」
「え?」
くらげはその言葉で、自分の手や体を見る。だが、体が大きくなったこと以外に、おかしなところなどない。
「えっと、それはどういう」
くらげが問いかけようとすると、少女は懐から、紋様が描かれた一枚のお札を取り出した。
そして、それをくらげに向かって無造作に投げる。
お札は浮かびながら、ゆったりとした速度でくらげに近づいていく。
しかし、くらげに当たる寸前で、浮かんでいたのが嘘のように、ひらひらと落ちていく。
その様子を見て、少女は再度目を細める。
「ふーん」
「えっと、これはなにが」
「そのお札は、わたしの霊力を込めてる。で、浮かべてあんたに近づけたんだけど、あんたに当たる寸前にその霊力が弱まって、落ちた」
少女は、落ちたお札に指を指す。
「あんたの体の周り、おかしいわ。ドス黒いっていうか、禍々しいっていうか…、あんた、何者?」
少女の目が訝しむものから、剣呑さを含みだしたことに気がついたくらげは、慌てていう。
「あの! 僕、『触れた人を劣化させる体質』で、もしかしたらそれが関係しているかも」
「は? 劣化?」
少女は、呆気に取られたように言った。
くらげはその様子をみて、突拍子もないことを言ったくらげに対しての態度と思った。
だが、そうではない。
少女は、態度では分かりづらいが、警戒心を最大にしてくらげと向き合っている。くらげを過小評価することなど、ない。
「あんた、それ本気で言ってるの?」
「も、もちろん!」
少女は、間髪を入れずに答えたくらげを見ながら、頭に手を当てて深いため息をついた。
「『劣化』程度なわけないじゃない…」
「え?」
少女の言葉の意味が分からず、くらげは首をかしげる。
少女は、顔を上げて、くらげをしげしげと見つめると、小さくため息を吐く。
「ま、あんたがそう思ってるなら、それでもいいわ。そのほうが楽そうだし。あんた、外来人でしょ?」
「外来人?」
「ここじゃない、別の世界から来たんでしょ?」
くらげは、その言葉で呆気に取られた。
「ここ、幻想郷ではね、そんな珍しくもないのよ。着てる服も変わってるし、こんな霧の中、歩き回ってるし」
「えっと、この霧って、いつもあるんじゃないの?」
「違う、違う。いつもはこうじゃないわよ。だから」
くらげの問いに応えると、少女はその目の奥に決意に似た炎を灯らせながら言った。
「これは『異変』なのよ」
書き溜めしてればいいのに、連投します。
東方紅魔郷編からは、少しずつ、くらげの秘密が明かされていったり、いかなかったり。
ちなみに、あんまり多くの世界へ行ったりはしません。今回を除いて、あと二つとちょっとの予定です。