少女の名前は、博麗霊夢と言った。
今回の異変の原因究明のため、昼出かけようとしたが、悪霊が少ないので、夜に出直したらしい。
くらげはその霊夢の言葉の真意を測りかねて首を傾げたが、恐らくは原因であるものが表に出ている時間帯を狙ったものと思われた。
「ま、暗いからどこに行ったらいいか、分からないんだけどね」
事も無げに言う霊夢の態度に、くらげは苦笑いする。
どうにも、この霊夢という少女は、暢気というか、勝手気ままといった感じで、最初にくらげに向けていた訝しむような気配は、全く無くなっていた。
「へぇ、次元移動ね」
霊夢はくらげのスキルを聞いても、その態度を変えることはなかった。
「驚かないんだね…」
「まあね。凄いとは思うけど、そういうことできる奴も居るし」
と、そう言った霊夢の雰囲気が、少し変わった。真顔には違いないが、ほんの少し、空気にピリッとしたものが走る。
「で、あんた誰?」
霊夢はくらげに向かって言う。
だが、くらげにも分かる。その視線の先が、くらげの後ろに向けられていることに。
くらげはゆっくりと振り返る。
そして、ガサリガサリと、木々が擦れる音と共に、それは現れた。
白いブラウスと黒のロングスカート、そして、黒いベスト。後頭部に赤いリボンをつけたそれは、一見可愛らしい少女に見えた。
ただ、ソレは黒かった。服ではなく、容姿でもなく、それは暗闇に包まれていた。
紅い霧の中に沈むように漂う暗闇の中に、それはいた。
「 さっきも一度会ったと思ったけど? もしかして鳥目?」
ソレはそう言って、柔らかく嗤う。
くらげは、その異様な雰囲気に気圧されて、動くこともできない。
だが、霊夢はその雰囲気を気にもしていない。
まるで久しぶりにあった知人に話しかけるように、話を続ける。
「人は暗いところでは物が良く見えないのよ」
「あら? 夜しか活動しない人も見たことある気がするわ」
「それは取って食べたりしてもいいのよ」
「そーなのかー」
それはそう言うと、口が裂けるように嗤い、くらげを見つめた。
その口の中は、吸い込まれそうなほど暗くて黒い、暗闇で染まっている。
姿は人間の女の子であるのに、とてもそうとは思えない。
その気配が、その異様さが、そして、この状況が自分たちが狙われる側、捕食される側であることをじかくさせる。
蛇に睨まれた蛙、食うものと食われるもの、圧倒的に優位に立つ捕食者。
くらげは、霊夢の言葉を思い出す。
『妖怪』
くらげは、身も凍るような恐怖と共に、それを理解した。
だが、
「それで、なんかようなの?」
霊夢は変わらない。圧倒的恐怖を前にしても変わらない。
ソレの視線が、くらげから霊夢に移る。
「あなた、取って食べれる人類?」
ソレは、込み上げる嗤いをおさえるように、口を閉じて頬を釣り上げる。その眼は三日月ように、暗闇の中に淡く光る。
そして、その両手を広げた。
霊夢は、その様子に小さくため息を吐くと、
「良薬口に苦し、って言葉知ってる?」
と言って、白木の棒の先に幾つかの白紙が綴りつけられた、大幣を取り出した。
「わたし、ルーミア。死ぬまでは覚えててね」
「博麗霊夢よ。知ってるだろうけど」
くらげがゆっくりと霊夢を見ると、霊夢は目で離れるように告げた。それを見てくらげは、刺激しないようにその場から離れる。
暫しの膠着の後、先に手を出したのは霊夢だった。
素早い動作で、御札を取り出して、ルーミアに向かって放った。それは紙とは思えない鋭さでルーミアに迫る。
ルーミアはそれを完全に見切って、余裕をもって避けた。だが、その顔には、一筋の赤い線が走っていた。
「あれ? 避けたと思ったんだけどなあ」
「さて、どうしてでしょう?」
霊夢は、そう言うと数枚の御札を両手に持って、ルーミアめがけて放つ。
ルーミアはそれすらも余裕を持って避けるが、やはり避けきれずに、身体中に切り傷を負った。
その顔にも、いくつもの切り傷が付いている。
「んー、なんでかなー。もしかして追っかけてくる?」
霊夢は、ニヤリと笑い、
「さて、どうかしら。次で分かるといいわね」
数十枚の御札を取り出して、両手に持ち、構えた。
「わはー、それは無理だなー」
ルーミアは緊張感のない声でそう言うと、一枚のカードを取り出した。
禍々しいほどの黒いカードに、鮮やかな色彩が幾つか散りばめられている。
ルーミアはそのカードを、ゆっくりと顔の前まで移動させると、柔らかな声で宣言した。
「『月符』《厶ーンライトレイ》」
その瞬間、辺りが暗闇で染まり、宝石を散りばめたような、光が溢れた。
それらはただ光るだけでなく、一定の規則で、動き回る。その光の流れはまるで芸術のようで、くらげの目を虜にした。
だから、それが自分の腕に当たるのすら、気付かなかった。
突然、弾けるような爆音がして、くらげはその場から放り出された。
くらげは何が起きたのか、全く分からない。そして、自分の腕が赤く腫れ上がっていることに、ようやく気づいた。
「あ…あぁぁ…!」
くらげは、腕を抱え込んでうめき声をあげる。そして理解した。あの芸術のような光の塊は、力の塊であることに。
そんな光の渦の中に、霊夢はぼんやりと立っていた。
掠っただけでくらげが弾け飛ぶ威力である。まともに当たればどうなるか、想像に固くない。
ましてや、霊夢はその渦の中心にいる。命すら危ういと、くらげは思った。
だが、そんなくらげの思いとは裏腹に、霊夢はちょっと出かけるような様子で、その場に、スッと音もなく浮いた。
そして絶え間なく動き続ける光の渦の中を、ヒラリヒラリと躱し続ける。触れればただでは済まない、爆弾のような宝石を、時には緩やかに仰け反り、時には紙一重にかわしていく。
そうして、それらの光が、宝石が全て消え去り、辺りに静寂が戻った頃、
「うわー、やられたー」
と、ルーミアが、その場に仰向けに倒れた。
くらげは何が起きているのか理解が追いつかない。
霊夢は倒れているルーミアに近づいて言った。
「ちょっと、まだスペルカード残ってるでしょ」
その声はどことなく不満げだった。
「だって、勝ち目ないしー。降参ー」
その様子を見て、霊夢はため息をついた。
ルーミアが何にやられたのか理解ができないくらげは、霊夢に恐る恐る尋ねた。
「えっと、あの、一体何が…」
霊夢はくらげのその様子を見て、「あぁ」と何かに気づいたように声を出した。
「何やってるか、分かんなかったのね?」
「う、うん」
「これはね、『弾幕ごっこ』よ」
そして、霊夢はその『弾幕ごっこ』について、くらげに説明した。
曰く、
一つ、妖怪が異変を起こし易くする。
一つ、人間が異変を解決し易くする。
一つ、完全な実力主義を否定する。
一つ、美しさと思念に勝る物は無し。
つまり、人と妖怪が対等に戦うためのルールであるらしい。 そのため、スペルガードいう契約書に則って制限のかかった攻撃しか許されていないとのこと。
その辺りを埋め尽くす攻撃を弾幕と呼び、その美しさも勝負の一つらしい。
制限の効いた弾幕での遊び、弾幕ごっこである。
つまり、くらげが受けたあの攻撃は、妖怪が手加減をした攻撃であった。
「嘘…」
くらげは、手加減という事実に驚愕し、赤く腫れた自分の腕を見る。
霊夢は飄々と言う。
「大丈夫よ。へたな当たり方さえしなければ、死なないから」
それは死なないだけでは、という言葉をぐっと飲み込んで、くらげはとんでもない所に来たと絶望した。
ルーミアを画像検索したら可愛すぎた件について。
ちなみに、ルーミアはくらげの気配につられて、寄ってきました。
畜生、くらげ、許せん。