「で、結局何だったのよ、あんた」
霊夢は呆れたように、倒れたままのルーミアにそう言った。
ルーミアは、ぐっと体を起こし、足を投げ出して座ったまま、後ろに手をついて、顔だけ霊夢に向ける。
「いやー、変な奴がいるなあっと思って」
霊夢とルーミアが自分を見ていることに気がついて、くらげは自分を指差した。
「え? 僕?」
ルーミアはくらげに顔を向けて頷く。
「変、っていうか、黒いっていうか、なんて言うんだろう。黒より黒いっていうか」
くらげはその言葉に首を傾げる。
霊夢は、そんなくらげをみて、ため息をはいた。
「だから言ってるじゃない。よくそんな状態で普通でいられるわね」
二人から散々なことを言われるくらげであったが、本人は自覚が無いため首をひねるばかりだった。
と、またもや、くらげの頭上から声がかけられた。だが、今度はくらげに向けてではなかった。
「おーい、霊夢ー」
くらげが見上げると、そこには
魔女の帽子を被った少女が、箒に跨がって、空に浮いていた。
まさに魔女、という感じである。
その少女は、そのままゆっくりと降下してくる。
近くになるにつれて風貌がはっきりしてきた。
白のブラウスにモコモコとした黒のワンピース、その上から白いエプロンをつけている。
霊夢が紅白を基調とした服だとすれば、この少女は白黒を基調とした服である。
「うわぁ、何か黒いぞ、こいつ」
その少女は、降りてきて開口一番、くらげを指差してそう言った。
「分かった、お前、妖怪だな?」
「ち、違います」
くらげは否定するが、目の前の少女は聞く耳を持たない。
「私は騙されないぞ。こんな黒い人間は居ない!」
「って言いたい気持ちも分かるけど、この人、人間よ。魔理沙」
「うぇ?」
魔理沙と呼ばれた少女は、間抜けな声を出して、目をぱちくりとさせて、くらげを見た。
「これで?」
「これで」
魔理沙は信じられないものを見たように、くらげを見つめる。
「はぁー、凄いな」
そういいながら、魔理沙はくらげの周りをぐるぐると回りながら、くらげをなめ回すように見ていく。
「えっと、あの」
その様子にくらげはついて行けない。
魔理沙はくらげのことはお構いなしにしげしげと見つめる。たまに顔を近づけてくるため、そのたびに、くらげの顔が赤くなる。
魔理沙はくらげの隣にしゃがんで、くらげの太もも辺りを指先ながら言う。
「なあ、触ってもいい?」
ビクリ、とくらげが反応して、両手を横に振る。
「だ、駄目!」
「なんか、触った人を『劣化』させちゃうらしいわよ」
「へー、『劣化させる程度の能力』って感じだな」
魔理沙はそう言うと、ぴょん、と飛び跳ねるように立ち上がると、「へへっ」っと口角を上げて笑った。
「なあ、友達になろうぜ!」
「へっ?」
くらげの口から、間抜けな声が漏れる。
「『劣化』させるとか、面白すぎだろ!」
「魔理沙、あんた分かって無いんだろうけど、この人、そんな程度じゃ」
「もっと凄いのか?! そりゃあ絶対に友達にならないとな!」
くらげは、呆気にとられ、魔理沙を見る。
霊夢は大きなため息をついた。
「あんた、その危険に突っ込んで行くスタイル、いい加減止めなさいよ」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だぜ!」
「虎子を得て、何すんのよ」
「友達になって、一緒に遊ぶんだぜ!」
「あんたは、ほんとにもう…」
霊夢は、額に手を当てて、首を横に振った。
「もういいわ、どうせ何を言っても聞かないだろうし」
そう言うと、霊夢はその場に音もなく浮かび上がった。
「私、先に行くわ」
「ちょっ、ちょっと待てよ。私もいくぜ!」
「その人どうするのよ。触れないんじゃ、連れては行けないわよ」
「ああ、そうか。んじゃ」
魔理沙はそう言うと、くらげのシャツの後ろの襟に、箒の柄を引っ掛けると、その場に浮き上がった。
箒に引っ掛かっているくらげは、自然とそのまま一緒に浮かび上がる。いや、浮かび上がったというよりは、吊り上げられた。
「う、うわあ!」
次第に高くなる高度、地上が遠くなり、くらげが慌て始める。その時、ずるりと箒に引っ掛けていた襟が外れた。
くらげは心の準備をする余裕もなく、地面に向けて落下した。
「うわあああぁぁぁ!」
絶叫を上げるくらげを、魔理沙は素早い動きで追いかけ、先ほどと同じように箒の柄を襟に引っ掛けた。
「おっとっと、暴れると危ないぜ!」
くらげは、全身から血の気が引くようだった。安堵のため息など出ない。まだ、くらげのいる高度は高い。
くらげは体を震わせながら、怯える目で魔理沙を見る。
「じっとしてたほうが、落ちにくいぜ?」
魔理沙はくらげにそう言って笑うと、何事も無かったように飛び始めた。
体に受ける冷たい風が、くらげに遥か上空を飛んでいることを実感させる。
もう、魔理沙に何かを言うことなど、今の状況では難しかった。
「ところで、名前はなんて言うんだ?」
けれど、生殺与奪の権利を持つ魔理沙の質問に、答えないわけにもいかず、
「く、く、黒神、く、らげ…」
と震える体で答えた。
「じゃあ、くらげ、って呼ぶな!」
魔理沙はそう言って笑うと、速度を上げた。
受ける風の勢いが増し、くらげは本格的に、歯を鳴らしながら震え始めた。
そんなくらげに気づくことはなく、魔理沙は鼻歌交じりだった。
そうしてしばらくの間、飛行を続けていると、魔理沙が言った。
「なあ、くらげ」
しかし、くらげには応える余裕が少ない。
「な、に…?」
「さっきから寒い寒いと思ってたんだけどさ」
どうやら寒いのは高度のせいだけでは無いようだった。
「見ろよ、なんかいるぜ」
くらげは目に当たる風のせいでうまく前が見えなかったが、何かがいることは分かった。
どうやら、先に行っていた霊夢が居るようだったが、もう一つ、何かが居た。
近づくにつれて、何がいるかが分かった
霊夢の前に居たのは、青い髪をした、小さい女の子だった。
青いワンピースを着て、髪に青いリボンをつけている。
よく見ると、羽のように、背中に細長い氷の結晶が付いているため、空を飛んでいるため、人でないことは想像がついた。
その女の子は、唇の端を持ち上げて、
「道に迷うは、妖精の所為なの」
と、あざ笑うように言った。だが、霊夢はそれに構うことはない。ただただ、いつもの通りだ。
「あらそう? じゃ、案内して? ここら辺に島があったでしょ?」
その霊夢の様子に、女の子は顔を顰めた。
「あんた、ちったぁ驚きなさいよ。目の前に強敵がいるのよ?」
霊夢は鼻で笑う。
「標的? こいつはびっくりだぁね」
女の子は、先程まで見けていた余裕の表情が崩れて、空中なのに地団駄を踏んだ。
先程までのものが演技であることは明白だった。
「ふざけやがって~! あんたなんて、英吉利牛と一緒に冷凍保存してやるわ!!」
「あんた、自分の頭も冷凍してるんじゃないの?」
「うるさい! あんたじゃないチルノだ!」
「はいはい、私は博麗霊夢よ。ま、知らなくても驚かないわ」
その霊夢の言葉が癇に障ったのか、チルノは手足を振り回すと、一枚のスペルカードを取り出して、霊夢に向けて突きつけた。
「『雹符』《ヘイルストーム》!」
その宣言と同時に力の塊が辺りに広がっていく。
続けざまに起きる弾幕ごっこに、くらげは凍えながらも眩暈を覚えた。