「くっそー! 覚えてろー!」
チルノはそう叫びながら、湖に帰っていった。それを霊夢は、呆れたように半目で見つめていた。
くらげは、霊夢に対して驚愕を覚えていた。
先ほどの弾幕ごっこ、ルーミアのときと違い、チルノは三枚のスペルカードを使用した。
枚数を重ねるごとに激しさを増す弾幕であったが、霊夢は涼し気な顔のまま、すべてを避けきった。
言葉にすれば「避けた」というだけのことであるが、四方八方から迫る弾幕を、引き寄せながら、かつすり抜けながら避け続けることの難しさは、言葉にする必要すらない。
それでいて、霊夢はいつも通りのマイペース、人と話していても、妖怪と話していても、弾幕を避けていても、変わらない。
その、『変わらない』ということが恐ろしい。霊夢にとって、それらが取るに足らないことだと言っているようで、くらげは恐ろしかった。
「な、霊夢はすげーだろ?」
魔理沙はくらげを見て笑う。
「霊夢は私の友達なんだぜ」
そして、その友達であることを、誇らしいとばかりに胸を張った。
そこには、嫉妬の文字はない。ましてや劣等感など、微塵も感じさせない。
くらげにとって、魔理沙は眩しすぎた。
「どうして」
だから、つい、そんな言葉が漏れた。
どうして、笑っていられるのか、自分と比べて優秀な人をみて、そうでない自分の駄目さ落ち込まないのか。
魔理沙は、くらげを見つめて首を傾げる。そしてしばらく、くらげの後ろ頭を見つめていたが、その真意が分からず、まあいいか、と目線を元に戻した。
「っと、もう、霊夢が先に行っちまった」
その場には霊夢の姿はなかった。
どうやら、チルノを落とした後、そのまま先へ進んだようだ。
「さっさと行こうぜ」
魔理沙はそう言うと、霊夢を追いかけた。
そうしてしばらく飛んでいると、洋風の角ばった屋敷が霧の中から薄っすらと見え始めた。
「あれだな」
近づくにつれて、その様相がはっきりし始めたが、最初の認識通り、ヨーロッパにあるようなお屋敷であった。
その門と思われる場所には、霊夢が立っており、その前にもう一人の、別の人間が門を守るように立っていた。
霊夢は先ほどのルーミアやチルノと同じように適当にあしらいながら話しているようだったが、どうやら相手も気軽そうな感じであるところを見ると、霊夢相手に軽口を言っていることは想像できた。
「よし、ここは霊夢に任せて先を急ごう」
魔理沙は悪びれもせずにそう言うと、その箒の先を洋館へ向けた。
だが、
「止まれぇ!!」
そんな怒号に魔理沙の動きが止まった。
「なんだぁ?」
声のした方を見下ろすと、霊夢と対面していた誰かが、魔理沙とくらげを睨んでいた。
そして、ぐっと腰を落として足に力を込めていた。
「げ、あいつ、ここまでジャンプして来る気だぞ」
その様子から、その誰かはおそらく妖怪であることが想像できた。人間で、その高度まで飛び跳ねてこれるわけがない。
そして、まさに飛び跳ねるその瞬間に、霊夢の大幣が、その妖怪の首元に当てられた。
ぴたりと、妖怪の動きが止まる。
「霊夢ー、後は任せたぜー!」
そういいながら、魔理沙はくらげと共に洋館へ向かって飛んで行った。
妖怪は微動だにせずに、霊夢に向かって叫んだ。
「何故だ! 貴様は博麗の巫女だろう! あのような得体もしれない奴をなぜ助ける!」
そんな叫びを、霊夢はサラリと受け流す。
「まあ、確かにあれは得体がしれないけれど」
そして、目の前の妖怪を見下ろす。
「今、異変を起こしてるのは、あなたたちよね」
「ぐっ…」
どうやら図星らしいところは分かった。誘導尋問に容易く引っかかるところを見ると、策略に力を注ぐタイプでないようだ。
霊夢が呆れた顔をしていることに気がついて、妖怪は慌てる。
「し、しまった」
「その台詞も自供ととっていいのかしら」
「…はっ!」
妖怪は自分の言動が全て、肯定を意味していることに気がついた。そして、歯を噛みしめてから、眼を見開いた。
「くそ、背水の陣だ!」
「…あんた一人で『陣』なの?」
呆れたようにそう言う霊夢を尻目に、妖怪は霊夢に向かって構える。
「私は紅美鈴。博麗の巫女、勝負だ!」
「博麗霊夢よ。ご存知の通り、ね」
美鈴は、構えたまま腕を付き出すと、手に持っていたカードを霊夢に見せる
「『虹符』《彩虹の風鈴》!」
その威勢のいい声と共に、霊夢の周りには弾幕が展開される。
だが霊夢は、
「魔理沙たちの方も気になるから、サクサク行きましょ」
と、いつものとおりだった。
そして、霊夢からなんとなく心配された魔理沙とくらげは、開いているドアから洋館に入り込んでいた。
「いやぁ、ここはすごいな」
魔理沙は、周りを見渡しながらそう言った。
そこはまるで巨大な図書館だった。
体育館のを数個並べたような場所に、見上げる程に高い本棚が敷き詰められており、その中には大量の書物が納められていた。
その書物の貴重さは、その古さと背表紙の豪華さで多少なりとも理解はできた。
「なんか、すごい本ばっかりに見えるんだけど…」
くらげはそういいながら、その本棚の本にてを伸ばそうとした。
「止めなさい」
だが、その聞き覚えのないか細い声がくらげの耳に届き、ビクリとその動きを止めた。
くらげが声の方を向くと可愛らしいネグリジェのような服を着た少女がいた。
「えっと」
「あなた、すぐに立ち去るなら見逃してあげるわ」
少女は、ぼんやりとくらげを見ながらそう言う。
「おいおい、おだやかじゃないな」
くらげの後ろから、ぬっと姿を見せた魔理沙が言う。
「あなた、自分がどれだけ危険な立ち位置か分かっているの?」
「出来れば優しくご教授頂きたいね」
「紛いなりにも魔法使いなら、ソレの危険性くらい見れば分かるでしょう?」
「残念ながら、そっちみたいに凄い魔法使いじゃないもんで」
その瞬間、場が凍った。比喩ではなく、足元の木の床に、ピシリと薄い氷の膜が張っている。
「それが分かっているのなら、冗談が言える状況じゃないことくらい分かってるのよね」
「おいおい、怒りっぽいぜ? カルシウムは足りてるか?」
冷気が辺りに漂い始める。
「そうね、足りてないかもね。あなたは?」
「足りてるぜ、色々とな」
「じゃあ頂こうかしら」
「私は美味しいぜ」
少女は、ふわりとその場に浮かび上がる。
魔理沙はその様子を笑いながら見ていた。
「パチュリー・ノーレッジよ」
「霧雨魔理沙だぜ」
パチュリーの目の前に、カードがゆっくりと浮かび上がる。
「 『木符』《シルフィホルン上級》」
その宣言と共に放たれた弾幕に、くらげは顔を青くしたが、魔理沙はただただ楽しそうに笑っていた。
随分遅くなりました。ごめんなさい。
次からはいつものペースになるかと思います。