僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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メイドとナイフと停止した時間

 くらげは、パチュリーの殺気に、顔を青くして後ずさりする。

 元々くらげは当然ながら好戦的な人間ではない。先ほどは目の前の魔理沙の死を退けようと必死だっただけで、それさえも、くらげは何故自分が動いてしまったかもよく分かっていなかった。

 強いて言えば、くらげにとって、魔理沙は眩しすぎたのかもしれなかった。

 まるでくらげとは正反対で、後悔をせず、前だけをみて、やりたいことをやる魔理沙が、ただ無残に消えてしまう結果を、くらげはどうしても見たくなかったのかもしれない。

 

 だが、今は違う。

 パチュリーからの純粋な殺意を身に受けてまともでいられるほど、くらげは強くなかった。

 

 「パチュリー様」

 

 と、突然、パチュリーの隣に、メイド服を着た女性が現れた。

 ふわふわとしたメイド服ではなく、機能性重視といった感じのあっさり目の様相で、スカートは短めの膝上2センチ、ショートカットでクールな印象を持つ女性だった。

 だが、空に浮いているところを見ると、妖怪の可能性が高いと思われたが、霊夢や魔理沙のこともあり、こちらの世界では空を飛ぶことが当たり前なのかどうか、くらげは判断に困っていた。

 

 「どうしたの咲夜、あなたの出番はもう少し後でしょう?」

 「はい、予定変更とのことです」

 「レミィが? 珍しいわね。順番はどうなってるの?」

 「パチュリー様と私が抜けまして、レミリアお嬢様が出られるそうです」

 

 パチュリーは、その言葉に驚いたのか、咲夜と呼ばれた女性を唖然と見る。

 

 「いきなりクライマックスなのね…」

 「はい」

 「それほどの想定外があったと?」

 「はい」

 

 咲夜はそういうと、くらげを見た。見られたくらげは、さらに後退りをして身を強張らせたが、その視線はすぐに伏せられた。

 

 「レミリアお嬢様より、パチュリー様に伝言がございます」

 「何かしら」

 「女の方は、殺してはいけないそうです」

 「あら、もうちょっと早めに聞きたかったわ」

 「申し訳ありません」

 「でも、そういうことなら、そういうことなんでしょう? まあ、私も賛成だわ」

 「はい」

 

 咲夜はそう言って、もう一度くらげを見た。

 

 「男の方は、『殺せ』とのことです」

 

 そして、その瞬間、空間が異質に染まった。

 物音一つ立たなくなり、くらげや魔理沙、パチュリーですら動きを止め、瞬きもしていない。時計の針ですら動きを止めた。

 

 これが、十六夜咲夜の『時間を操る程度の能力』である。

 咲夜が止めた時間の中は、咲夜が支配する空間。咲夜だけが動くことができる。

 

 咲夜は、両腿につけたナイフホルダーから一本のナイフを抜いた。

 そして、くらげに向かって投擲した。

 そのナイフはくらげに吸い寄せられるように進み、やがて、顔の手前でぴたりと空中に静止した。止まった時の中で、その動きを止めたのだ。だが、それは止まった時の中だけの話である。

 その様子を確認した咲夜は、作業が終了し、命令が完了したことを確認すると、一言呟いた。

 

 「時は、動きだす」

 

 その瞬間、まるで無機物のようだったその空間に、時間が吹き込まれ、命が吹き込まれた。そして、それは投擲されたナイフも同様であった。

 

 咲夜は、作業完了の最終確認として、ナイフがくらげに刺さる瞬間を確認しようとして、

 

 「うわあっ!」

 

 その結果に驚愕した。

 突然目の前に現れたとしか見えないはずのくらげが、そのナイフを避けたのだ。体ごと横に倒すような、みっともない避け方ではあったが、避けたのだ。

 

 「なっ…?」

 

 一足遅れて、魔理沙がそれに気づく。

 

 「うおっ、な、なんだ、急にナイフが出てきたぞ」

 

 魔理沙の反応が正常である。急に目の前に出現したナイフに反応できる方がおかしいのである。

 

 咲夜は、訝しげにくらげを見る。そして、再度時を止めた。

 無機物と化した空間の中で、咲夜はくらげを見つめる。くらげに動くような様子が見られないことを確認して、もう一度、同じようにナイフを一本投擲する。だが、くらげには当然のことながら、何の反応もなかった。

 咲夜は念のために、もう二本ナイフを投擲した。たとえ反射神経で横に避けようが避けきれないように左右に一本ずつ、用意した。どんな反射神経であろうと、突然現れたナイフが逃げ場を塞いでいれば逃げようがない。

 

 咲夜はそう確信して、時間停止を解除した。

 だが、

 

 「ひいっ!」

 

 その三本も、くらげは避けた。くらげは頭を抱え込むようにしゃがみことで、それを避けきった。

 二度続く偶然はない。ましてや、くらげの動作は、ナイフの軌跡があらかじめ分かっていなければ、到底行えないものだ。

 

 咲夜は、くらげを睨みつける。

 

 「あなた、見えているわね」

 

 くらげは、その言葉につい反応した。

 咲夜の能力の劣化スキル『目は口ほどに時を見る』《ルックアップタイム》により、本来見ることのできない静止した時の中での出来事を見ることができたのだ。だが、動くことはできない。

 このスキルがなければ、くらげはとうに死んでいる。

 

 「見えるだけかしら、それとも…?」

 

 くらげはできる限り反応しないように努めた。

 

 「もしかしたら止まった時の中で動けるのかしら? それとも少ししか動けないから、動けない振りをして私を牽制しているのかしらね」

 

 動けないことがばれてはいけないと、くらげは考えている。『動けるかもしれない』という可能性は、咲夜の枷になるかもしれないからだ。動けないことがバレることが、圧倒的な不利に働くことが分かっているからだ。

 

 咲夜の無表情な顔が歪む。

 

 「だから私は、貴方がどの程度動けても関係ない殺し方を思い付いたわ」

 

 その瞬間、時が止まり、空間が無機物に変わる。

 そして、咲夜がメイド服のポケットから取り出したのは一枚のカードだった。それがなんであるかは、考える必要すらない。

 

 「『幻幽』《ジャック・ザ・ルドビレ》」

 

 スペルカード宣言と同時に現れたのは、敷き詰められたようにくらげを囲む、ナイフの大群であった。避ける方法など考えもつかない。霊夢であれば避けられる可能性もあるだろうが、少なくともくらげにとってそれは不可能であった。

 内心、戦慄し、震えているくらげの心は、幸か不幸か、止まった時間の中では咲夜に知られることはない。

 

 「あなたの時間も私のもの。たとえ多少動けたところで、あなたに勝ち目はない」

 

 くらげは、時間が動き出さなければいいのにと、心から願った。

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