くらげは、ナイフに囲まれた状態で、このナイフを避ける方法を考える。だが、その結論は即座に出された。
そんなこと、『僕にできるわけがない』と。
くらげが、まっとうな方法で誰かと争って、勝てるわけがないのである。しかも、今回はその『誰か』たちが使う弾幕との相性が悪すぎた。
パチュリーの弾幕から魔理沙を助けるのに、くらげが十八番の『ただの戯言』《プチフィクション》を使わなかったのには理由がある。
たかだか一秒弾幕が消えたところで、魔理沙を其処から逃がすことができなかったからだ。
それは、『直列化』《シリアライズ》して三秒に増やしたところで、どうにかなるレベルのものではない。
そしてそれは、今、くらげを囲んでいる大量のナイフも同様である。『ただの戯言』《プチフィクション》は、圧倒的な物量に対して無力であった。
しかしながら、誰よりも劣るくらげであるが、唯一、取り柄と言えるかもしれないものがある。
誰と相対しても身構える臆病な心、どうすれば身を守れるか、どれが一番最善な逃げ手かの取捨選択、つまり、くらげは『自分が逃げること』が何よりも得意であった。
「『ただの戯言』《プチフィクション》!」
そしてくらげは、自分が立っている『床』を、『無かった』ことにした。
「嘘っ!」
「なっ!」
「うおっ!」
突然失われた床に、パチュリーと咲夜も魔理沙がそれぞれ驚愕した。パチュリーは咄嗟に落下寸前の本棚を全て浮遊させ、魔理沙は箒で慌てて空中に浮かんだ。
そして、くらげは軽い浮遊感の後、予定通り、みっともなく落下した。
「うわあああ!」
真下は一階のエントランスだったようで、広く、しかも、天井が高かった。つまり、くらげの落下距離は数メートルもあった。
そのまま一階の床に直撃すれば、致命傷は避けられない。
「『浮いた先から落ちる』《フワフワグラビティ》!」
くらげはそのスキルで、床への直撃寸前で、どうにか体を浮かせた。
かなりみっともない格好ではあったが死ぬよりマシである。
そのエントランスは、まさに洋館といった風であったが、かなりの広さがあった。
そして、開け放たれた玄関には、洋風とも和風とも言えない紅白の彼女、霊夢が立っていた。だが霊夢は突然現れたくらげをちらりと見ただけで視線を外し、目の前に浮かぶ女の子を見つめていた。
フリルをあしらったピンク色のあっさりとしたドレス、被っているナイトキャップ、そしてその小さな体躯、それだけを見れば、その女の子はただ可愛い女の子だった。
しかし、そうでないことは、背中から生えている蝙蝠のような翼と、そのひれ伏しそうな程の圧迫感で十分に伝わっていた。
その女の子、いや妖怪がくらげをちらりと見て、その手をくらげへ伸ばす。そして、有無を言わさずに、青白い力の塊がくらげへ放たれた。
くらげの背筋に恐怖が走る。
「『ただの戯言』《プチフィクション》!」
くらげは咄嗟に、自分の後ろの『壁』を『なかった』ことにし、
「『言うは易し、行うは速し』《ピーチクパーチ》!」
逃げ足を早めた上で外へ飛び出した。
周りを見渡すが、赤い霧のせいで視界がはっきりしない。だが、とりあえず前に走り出そうとして、背後の爆発音とともに、前に投げ出された。
そして、そのまま地面に叩きつけられる。
「ぐぅ!」
衝撃で息が出来ずにうずくまっているところに、後ろから声がかけられた。
「パチェと咲夜でも殺せなかったのね」
その鈴のような声に、くらげは恐怖しか感じられない。うずくまった状態でくらげの体は、ガタガタと震えていた。
見るまでもない。先程の暴力の塊が、壁をぶち壊して、その空いた穴からくらげを追いかけてきたのだ。
「数奇な運命よね、貴方」
次第に近づいてくるその声が、恐怖を助長させる。
「だけど、『世界の敵』はちゃんと殺しておかないとね」
その小さな体躯から溢れ出した殺意に、くらげは後ずさろうとしたが、まだ息もできず、恐怖で身体が上手く動かない。
その場でもがくだけで少しも後ろには進まない。
しかし、彼女はいつでも、いつものとおりだった。妖怪が空けた壁の穴からゆったりとした動作で出てきた霊夢は、目の前の妖怪に気さくに声をかけた。
「で、異変は止めるの?」
妖怪は、霊夢へ視線を移す。知るべきことを、何も理解していない子供をみるような鬱陶しい視線を投げる。
「それは、この男を殺したあとで、考えてあげるわ」
「考えなくてもいいわ。あんたが止めればいいだけもの」
妖怪の眉間に皺が寄り、目が細まる。
「脆弱な人間の分際で…」
「あんた、その脆弱な人間に、そんなに執着してどうすんのよ」
「これは爆弾よ。爆発したらおしまいの爆弾」
「いつ爆発するか分からない爆弾に構ってどうするのよ…」
「世界がひっくり返るのよ?」
「爆発しないかも知れないでしょ」
妖怪は首を振る。
「するわ」
霊夢が顔を顰める。
「なんで分かるのよ」
「それが、その男の運命だからよ」
「はぁ、まあいいわ。実力行使で行きましょ」
「そうね、同感だわ」
妖怪の殺意がさらに沸き立つ。
「こんなに月も紅いから」
ざわりと、全身を殺気で覆われる。
「本気で殺すわよ」
ビリビリと肌に指すような殺気を受けながら、霊夢はいつものとおりだ。
「レミリア・スカーレットよ。冥土の土産に持っていきなさい」
「博麗霊夢。ま、ただなら貰ってあげるわ」
そして、ふわりとレミリアの前にカードが浮かび上がる。そして、よく響く声で、レミリアが宣言した。
「『神罰』《幼きデーモンロード》」
そして、放たれる光線や青白くも力強い殺意の弾幕。
遊びではない、弾幕ごっこが、今始まった。