くらげ
くらげは、生まれたときから『黒神くらげ』であったわけではない。
くらげは、黒神家ではなく、分家の子供である。
そして、あえて遠回しに言わずに、キツイ言い方をすれば、くらげは、その体質で母親を殺している。
それは元々身体が弱かった母親が、難産で体力を奪われていたからであるのだが、生まれたのがくらげでなければ、彼女は今も生きていたと言わざる負えない。
『くらげ』という名前も、皮肉が込められている。
触れるなと、触れるだけで障ると、そういう意味でつけられている。
だからくらげは、生まれた家の姓を名乗ることを許されていない。
くらげは、助けられるまで、姓無しの『くらげ』としか呼ばれていない。
人間扱いされず、窓のない地下室に軟禁された。
いや、それは監禁といってよい。
たとえその部屋に鍵がついておらず、部屋の出入りが自由であったとしても、その部屋を出たくらげに向けられる侮蔑の目線は、とても耐えられたものではない。
それに、食事はその部屋でしか出されないのだ。結果としてくらげはその部屋の中にいざるを得ない。
信じられないことに、これらの扱いは、くらげが赤ん坊の頃から行われていたということである。
触れば障る赤ん坊の面倒を見るものなどいるわけもなく、情けばかりのミルクを、死なない程度に与えられていただけであった。
そして、それはくらげが黒神舵樹に助けられるまで続けられていた。
その醜悪な行為を知っていた黒神舵樹は、ガリガリにやせ細ったくらげを想像していたのだが、それはいい意味で裏切られた。
くらげは血色がいいとは決して言えないものの、酷くやせ細った様子はなかったからだ。
だから、黒神舵樹は調べた情報が間違っていたのだと、そう思いそうになった。
だが、目の前の惨状は、その情報が真実であると語っていた。
その石造りの部屋には、何もなかった。
あるのは隅っこにある、恐らく布団代わりであると思われるボロボロの布だけである。とてもではないが冬の寒さを越せるとは思えない。
しかも、くらげは服すらもらえていないのか、大きくなった体に合わない服を、破いて身体に合わせて着ていた。
近くに転がっている、おそらく食器であろう皿の汚れ方から見て、かなり少量の食事しか出されていないことは想像がついた。
だが、そのような状況を生き抜いていたには、余りにもくらげの体がまともすぎたのである。
まるで、生きるために必要なものを、食事以外の『何か』から摂取したかのような、そう思わせるものがあった。
黒神舵樹はそこに何かあると考えた。
そして、くらげを保護した後には、施設に預けずに、自らの屋敷にて育てることを決めた。
そうしてくらげは、『黒神くらげ』となった。
その異常さを、黒神舵樹が知るのは、それほど時間はかからなかった。