黒神めだか
くらげが『黒神めだか』に対して、最初に持った印象は、『恐怖』であった。
黒神舵樹から助けられ、外の世界を知ったくらげは、何も知らず、何もできず、自分以外の人との違いに戸惑い、ただ自室でぼんやりとする毎日を送っていた。
そんなくらげには対してめだかは、
「くらげ! お前がくらげだな! おお、ついに私にも弟が…! 話は聞いている、全て私に任せておけ、人生は劇的だぞ!」
などと叫びながら、くらげの自室の引き戸を開け放ったのだから、それまでまともに人と話したことのないくらげの心中は、慮るものがある。
それからと言うもの、くらげはめだかに、
「スポーツで汗を流すぞ!」
と、振り回される毎日を過ごすこととなった。
ある時は草野球に一緒に参加させられ、めだかが活躍しているのをみながら、くらげのバットはボールにかすりもせず、周りのため息を集めた。
ある時はサッカーの試合に一緒に参加させられ、めだかが活躍しているのをみながら、くらげは気を使われたパスで受けたサッカーボールもまともに前に飛ばせず、周りの苦笑いを貰った。
他にも様々なスポーツをしたが、全て同じような結果となった。
めだかに比べて何も上手くできないくらげは落ち込んだ。
「僕、才能ないのかな」
そう、くらげがため息を吐きながら愚痴をこぼすと、
「才能か、くだらない言葉だ。いいか、バットの振り方を、ボールの蹴り方を教えてやる。それでお前は確実に上手くなれる」
そう言って、めだかはくらげに教え込んだ。
その言葉に間違いはなかった。
かすりもしなかったボールにバットがかすった。少なくともサッカーボールが前に飛んだ。
努力は間違いなく、自分を、少し前の自分より上手くさせた。それをくらげは実感した
「くらげ、お前も本当は、できない自分を変えたいと思っているに決まっている。問題ない、私が変えてやる」
そう言って、笑うめだかを見て、くらげは思った。
それが、正しい人間の在り方なのだと。
努力し、奮闘し、研鑽し、前に進むことが正しい人間なのだと思った。
変わろうと思った。
ただそこに『在る』人間ではなく、そこに『居る』人間になろうと、そう思った。
そう思えるのは、人間だからで、そう思わなくては人間ではない、そう思った。
だから、必死に頑張った。
「素振り千回だ!」
めだかの言うとおりにすれば、前に進める。
「スポーツは体力が肝心だ! グランド百周!」
めだかの言うとおりにすれば、人間になれる。
めだかの言う言葉に嘘はなく、努力すれば、努力しただけ、前に進めた。人間らしくなれた。他の人に、少しでも近づけた気がした。
そして、それは本当に偶然のような必然で、とある試合でくらげはホームランを打った。
「やった…」
呆然と呟くとくらげに、くらげの努力を知っている、周りの皆も歓声をあげた。
めだかはくらげを満面の笑みで見つめる。
くらげは、恥ずかしそうにグラウンドを一周すると、ホームベースの先にめだかがしゃがんでいた。
そして、はにかみながら、ホームベースを踏んだくらげを包み込むように、ギュっと抱きしめた。
くらげが生まれて初めて受けた抱擁、初めて受けた愛情だった。
その暖かさに、くらげはめだかが劣化し始めていることに一足遅れても気づき、飛び退いた。
だか、体にその暖かさは残っている。
「ごめん、なさい…」
謝るくらげに、めだかは微笑んで言う。
「くらげ、お前が『触れた人を劣化させる体質』なことは知っている。だが、いいんだ。私はお前を褒めたかった」
もしも、めだかが居なければ、自室に閉じこもり、ただ『在る』だけの毎日を過ごしていただろう。
もしも、めだかが居なければ、抱きしめられていなければ、そんな感情を知ることもなかっただろう。
そうして、くらげは生まれて初めて、『愛』を知ったのだった。
けれど、くらげは知らない。
自分のことを、知らない。
自分の性質のことを、知らない。
自分が成長することの意味を、知らない。
『原点』であることがどういうことなのか、知らない。
そして、『子供の宝箱』《ガラクタコレクション》が、自分のスキルでないことすら、くらげは知らない。