くらげは、高町家のリビングで正座をして、俯いていた。
なのはの父、士郎はソファに座り微笑んでいるが、内心穏やかでないのは、その微動だにしない顔と、無言の圧力で分かる。
母の桃子は、士郎の隣に座り、澄まし顔だ。
兄の恭也は、不機嫌な様子を隠そうともせずに腕を組み、その手には木刀がにぎられている。
姉の美由希は、どこかこの状況をたのしんでいるようだった。
それは、なのはにも言えることである。
なのはを含む、高町家の家族は美男美女である。士郎と桃子に至っては若すぎるともいえる風貌である。大学生の息子、高校生の娘が居るとは思えないほどだ。
桃子となのはは鮮やかな栗色の髪であるが、士郎、恭也、美由希は、黒髪である。桃子と美由希はなめらかな長髪で、士郎と恭也は、耳までほどの髪を綺麗に整えている。
士郎が話し始めるまで、他の四人は口を開こうともしない。家長が誰か、全員が認識しており、信頼できている証である。
そこには、高町家のしっかりとした地盤が感じられた。
その中に、しっかりしていない、なよなよしたくらげが婚約などという言葉にと共に現れればどうなるか。言わずもがなである。
高町家に到着した直後の、ユーノを紹介する流れはよかった。
フェレット姿であるし、美由希のフォローもあって、夜中に出掛けたことはフェレットが心配だったからということで落ち着いた。
その時点では雰囲気は悪くなかった。その後の、くらげを紹介する時も恭也だけは雰囲気を変えたが、そのままいけば、なのはと同じようにフェレットが心配だった男の子、ということで落ち着きそうだった。
有耶無耶のまま、そそくさと帰ろうとしたくらげの手をなのはが捕まえて、「わたし、くらげ君と、婚約するの…」と言ったところで、くらげの命運が決まった。
あれよあれよという間に家族会議となり、高町家全員がリビングに集まり、くらげを取り囲むような形になった。
そんな中で立っていられるほど、くらげが図太いわけがなく、自然と座り込み、その形は正座となった。
そして、今に至る。
ここは、まるで死地だった。
ピリピリとした空気が、リビングを包んでいた。くらげは、どうにか、誤解を解こうと、おずおずと話し出した。
「あ、あの、さっきの話は違うというか…」
その言葉に、士郎が反応して、くらげをキツく見つめた。
「ひぃ!」
くらげは思わず、軽く悲鳴を上げる。
その様子を見て、士郎は態度を変えることなく、粛々と話し始めた。
「まず、誤解を説いておこう。私たちは、なのはが言った婚約ということに対して、どうこう言うつもりはない」
その言葉に、くらげは驚いたが、同時に安堵した。
「私たちはなのはを信じている。そりゃあ、こんな夜中に来訪し、なのはの口から婚約の話をさせて、挙句の果ては言い訳を述べようとする君について思うところはある」
その言葉にくらげは固まる。くらげのような男の子が、高町家で好かれるはずもなかった。
「だが、それでもなのはが選んだならそれでいい」
それは、赦しの言葉のようだった。しかし、空気は張り詰めたまま、緩和することはない。
「私たちには分からないが、なのはにそう思わせるだけの何が、君となのはの間にあったのかも知れない。しかし、解せないことがある」
そうして、一息ついて、士郎は言い放った。
「君は何者だ?」
くらげは、この言葉に、心臓を鷲掴みにされた。
「君の気配は異常だ。およそ人が出せる気配でない。まるで、君の周りだけ、爛れているようだ」
その言葉に反応したのはくらげではなく、美由希だった。
隣のなのはは、話についていけないのか、呆然としていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。何を言ってるの?!」
士郎はくらげを見据えたまま、美由希へ言う。
「よく視なさい」
そうして、少しして、美由希は息を呑んだ。
恭也は既に何かを感じ取っていたのか、くらげの一挙一動を見張るように見つめる。
「何が、なのはにそこまで想わせたのか。君の危うさを感じ取ったのか? まあ、その辺りはどうでもいい」
そして、より一層厳しい眼つきでくらげを睨んで言った。
「君は何者だ? 何故なのはと一緒にいる? 心して答えなさい」
そこは、比喩ではなく死地であった。
士郎の眼光に押さえつけられ、恭也と、美由希に見張られている状況で何ができるか。
信じてもらえなくても本当のことを話そうと、くらげは思った。ユーノのことや、ジュエルシードのこともあるが、くらげの知ったことではない。洗いざらいぶちまけて、それでも駄目なら逃げ出そうと思った。
だが、逃げ切れない可能性もある。既に『ただの戯言』《プチフィクション》は、二回使用しており、次が最後の一回だ。できれば使用したくないと、くらげは考えていた。
だからこれは保険である。
兄である黒神真黒の『解析』《アナリシス》、他人の技能を向上させるマネジメントスキルの劣化スキルを使うことにした。
相手の眼を見ることで、相手の弱い部分が朧げに分かるスキル、『君の瞳が心配』《アイキャッチ》で、士郎の眼を見ようとして、
「今、何をしようとした…?」
その恭也の声と共に、くらげは、自分の首に当たる何かに気づいた。
恭也の木刀が一本、美由希のいつの間にか持っていた竹刀が一本、そして、士郎が隠していた鞘が拔かれた脇差しが一本、いずれも離れていたはずの三人は、それぞれの刀を、くらげの首に押し付けていた。
くらげは、あまりの殺気に、息ができない。
「それは」
そして、士郎は告げた。
「敵意と見なしていいんだな」
三人の目がくらげを敵として射抜く。三人にとって、それは単なる威嚇であった。次はない、ということを暗に示す威嚇だった。
だが、その敵意のある視線は、くらげにとって、どうしようもなくトラウマで、思い出したくない、最悪だった。
「あ、ああ、あああぁぁぁ…」
首に当てられた刀のことなど、くらげの頭から消え去り、人生の大半を過ごした地下室の記憶がフラッシュバックする。
コンクリートの部屋の隅で凍え、脱水症状でぐったりと横たわり、腐りかけた食事で苦しむ。
そんなくらげを見ていた家族の顔、それをくらげに思い出させた。
くらげは、一度救われたからといって、それで全てを忘れられるような、そんな人間ではない。
幸福の形を知れば知るほど、変えられない過去が、取り返しがつかない過去が、如何に最低な人生であるかを説き伏せてくる。
何も知らなかった自分に、不幸という毒を自分で塗り込んでいく。
「いやだ、いやだ、もう、あんな、いや、だ」
くらげは、泣き出していた。
士郎、恭也、美由希は既にそれぞれに刀を首から外している。だが、まだ警戒は外してはいない。
「くらげ君!」
なのはがくらげに駆け寄り、くらげの肩を掴もうとしたが、
「僕に触るな!!」
くらげかそれに気づき、その場から飛び退くと、そう叫んだ。
「僕に触らないで、お願いだから…、もう嫌なんだ、あんな目で見られるのは…、あんなふうに使われるのは…、僕だって、僕だって」
くらげの、触れた者を劣化させる体質は、ある方向から見れば、利用価値があった。
殺すことなく、処罰が可能なその体質は、度々用いられ、使われた。罰を受ける側が、くらげにどのような態度をとったのか、想像に難くない。
そしてくらげは、無意識の中で、新たに生まれたスキルを使う。
先程、恭也、御神流奥義である『神速』を使用していた。集中を極限まで高め、思考、知覚を加速させ、肉体の限界を突破させる技である。
それは、くらげに新しいスキルを加えた。
『言うは易し、行うは速し』《ピーチクパーチク》、喋っている間、普段よりも少し速く動ける劣化スキルであった。
「僕だって、好きでこうなったわけじゃない!」
そう、喋りながら、リビングから逃げ出すように走り出したくらげは、普段よりは速いものの、恭也に敵うはずもない。
だが、同時にくらげは、もうひとつのスキルを叫んだ。
「『ただの戯言』《プチフィクション》!!」
くらげはそう叫び、高町家に居る人たちから、くらげに関する記憶を、一秒間だけ無かったことにした。
恭也の足が止まる。何をしようとしていたか思い出せない。それを思い出そうとして、その瞬間、玄関のドアが開いた。だが、何故開いたのか、誰が開けたのかを考えようとして、無かったことになったくらげの記憶が、元に戻った。
恭也は、何か起こったのか理解できずに玄関の外へ急いで出るが、既にくらげの姿はなかった。怪訝な顔でリビングに戻ると、士郎、桃子、美由希が、やはりおなじような顔をしていた。
ただ一人、なのはだけは、目に涙を溜めて、涙が零れないように、歯を食いしばっていた。
そして、なのはは、自分の顔を、力の限り引っ叩いた。
安心してください、ちゃんと別の女の子に拾われますよ?
ハーレムタグに偽りなし。
まあそうなると、拾うのは二人のうちどちらか、になるんですが。