僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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だからこそ彼の力になりたいと思った。

 アインハルトは走っていた。

 

 くらげが出ていってから、それほど時間はたっていない。行き先が分からないけれど、くらげが大通りや表通りを好まず、路地裏や裏通りを好むと言うのであれば、ある程度の予測ができた。

 

 開発された中心街側ではない方へ、そして身を隠せそうな雑多な、また開発が進んでいない方へ向かって走る。

 

 そしてアインハルトは、その古いビルが雑多に立ち並ぶ路地裏で、くらげを見つけた。

 

 「あの! く、くらげさん!」

 

 くらげは重い足を止めて、振り返る。その目は変わらず淀んでいる。アインハルトは、少しばかり上がった息を整えて、向かい合う。

 

 「先ほどは、すみませんでした」

 

 くらげは、何を謝られているのか分らず、ぐらり、と首を傾ける。

 

 「あなたの努力が何を意味するのか、知りませんでした。知らなければ、許されることではないと思います。本当にすみませんでした」

 

 くらげはその言葉を頭の中で反芻する。恐らく、なのはやフェイトが自分のスキルについて、アインハルトに教えたのであろうと、理解した。

 『子供の宝箱』《ガラクタコレクション》について話したことはなかったような気がしたが、別にくらげが秘密にしていることではないため、まあいいか、と考えるのをやめた。

 

 「気に、しないで」

 

 くらげは一言そう言うと、踵を返そうとしたが、

 

 「待って!」

 

 アインハルトがそれを止めた。

 

 「私に、何かできることが」

 「無い」

 

 アインハルトの言葉の途中で、くらげは不要と断じた。

 その突き放すような言葉に、アインハルトはたじろぐが、踏み留まる。

 

 「でも、あの」

 「僕に近づかないで」

 

 完全な拒絶。

 しかし、アインハルトにはその感情が、少し理解できた。それはアインハルトにも経験があった。

 ただ強くなろうと、自分で自分を追い詰めていた。誰にも『理解できるわけがない』と、拒絶した。

 けれど違った。違っていた。志は違えど、強くなりたいと、同じように生きる誰かがいた。同じように頑張っている、誰かがいた。決して一人ではなかった。

 

 それ故に救われた。

 

 アインハルトは知っている。

 一人ではないと言うことが、どれだけ救われるのか。

 

 くらげが他人を近づけさせない理由は、想像がつく。

 その理由が思いやる気持ちだということにも、想像がつく。

 

 だが、くらげを説得する言葉を、アインハルトは知らない。

 過去の自分がそうだったように、その思想が簡単に曲がらないことを知っているからだ。

 

 アインハルトは、拳を握りしめる。

 言葉を繋げられずに、口を真一文字に結ぶ。

 

 それを見て、くらげは、ふっと息をもらす。その顔には微かな笑みさえ浮かんでいるように見える。

 

 「僕のことを思ってくれる人がいる」

 

 それは独り言のようで、

 

 「僕のことを案じてくれる人がいる」

 

 独り言ではなく、

 

 「それだけで十分」

 

 アインハルトに向けられた言葉だった。

 

 その人間らしい感情を見て、アインハルトはその時初めて、くらげが人間であることを認識できた気がした。

 人間らしい感情があるのであれば、救われたいと願うことは当然である。

 

 そうして、アインハルトは気づいた。

 先ほど現れた直後の、もがき苦しむ様子は、なのはとフェイトに助けを求めていたのだと。けれど、それよりも二人の幸せを祈ったのだと。

 

 そうであるならば、アインハルトがそうであったように、誰かととも歩み、救われて欲しいと、アインハルトは願う。

 しかし、それにはくらげの体質や能力が邪魔をする。

 

 アインハルトは俯き、思考する。

 いい考えなどない。それでも一緒にいれば、きっと、

 

 「『幻は突然に』《フェイクイリュージョン》」

 

 だが、その思考を、抑揚のない、生気のない声が中断させた。

 

 アインハルトが、はっ、と顔を上げると、目の前の路地裏が、ぎっしりと木々で埋まっていた。当然、目の前のくらげの姿など見えない。

 

 アインハルトは、唖然としながらもその木々に触ろうと手を伸ばしたが、手が木を素通りしたとき、驚愕した。

 

 「げ、幻覚…?」

 

 そのとき、アインハルトは、なのはの言葉を思い出した。

 

 『くらげ君は、色々な能力を持ってるから』

 

 これがくらげの仕業であれば、その理由は明確だ。

 

 「くらげさん!」

 

 その問いかけに応じる声は、当然ながら無い。

 

 アインハルトは慌てるが、幻覚とは言え、周りの木々が邪魔で探せない。むしろ幻覚だからこそ、邪魔な木々を手で退かすことが出来ない。

 どうにか手を伸ばしながら、前に進むがそんな進み方でくらげに追いつけるわけがない、

 その幻覚がようやく消えたとき、そこにくらげの姿はなかった。

 

 「どうして、そこまで…」

 

 その問いかけに答える声は、ない。

 

 アインハルトは目を閉じて、深く息を吐くと、目を開いた。

 そこに落胆や弱々しさなどは皆無だった。

 

 アインハルトはノーヴェに通信機で連絡を取り、何も言わずに帰ったことを謝った。そして、まだ一緒にいた、なのはとフェイトに代わってもらう。

 

 「すみません。止められませんでした」

 「『それは大丈夫だよ。ちゃんとお話しできた?』」

 

 なのはの言葉を、自分自身に問いかけてみる。

 

 「…はい、一応。ですが…」

 

 まだ、自分の心にわだかまりがある。

 けれど、それはきっと言葉では伝わらない。

 

 『言葉が届かないことだってある。そのときは行動で示せば』

 

 なのはの言葉が、後押しする。

 

 「いえ、大丈夫です」

 「『そう、よかった』」

 

 フェイトの言葉に、アインハルトは「はい」と頷いた。

 

 その後、少しばかりやり取りをして通信を切ると、アインハルトは、その足でくらげを探しはじめた。

 一度見失った、それがなんだと、そう言わんばかりに走り出した。アインハルトは普段走り込んでいる。その程度、ロードワークの一環である。

 

 その目はくらげに向けられている。

 だから、いつもであれば気がつくとその気配に、気が付かなかった。その路地裏で、誰かが、ニヤリと笑った。

 

 

 

 次の日。

 休日であったため、午前中からいつものメンバーで集まる話になっていた。

 

 アインハルトは早く目が覚めてしまったため、かなり早めに昨日いた室内運動施設に来ていた。昨日とは違い、大人数が運動できるほどの広さの場所で、準備運動をしていた。

 

 結局、あの後、くらげを見つけることはできなかった。だがまだアインハルトは諦めていない。その目は、まだ力強い。

 

 と、そこへノーヴェが入っていた。心なしか、目線がきつい。

 

 「アインハルト」

 

 その声にも、緊迫感がある。

 アインハルトは、何事か分からない。

 

 「ノーヴェさん、おはようございます。今日は随分早いですね」

 「お前、昨日の夜、何してた」

 「えっと、昨日は少し疲れてしまったので、早めに寝てしまったのですが…」

 「そうか…」

 

 ノーヴェは、そう言うと黙り込み、考え出す。

 

 「あの…?」

 

 アインハルトがそう声をかけると、ノーヴェはアインハルトの目をしっかりと見据えて話し始めた。

 

 「私はお前を疑っていない。むしろ、お前が誰かに利用された可能性の方が高いと思っている。洗脳か、記憶操作か…」

 「えっと」

 「あれはまるで私たちと出会う前のお前のようだった。今ほど技が洗練されていないし、私のことも知らなかった」

 「何のお話しを…」

 「だから、取り押さえられなかったが、迎撃は難しくなかった。私はお前の癖を知っているからな。前に襲われたときとは状況が違う」

 「…」

 

 端々に現れる、詰問するかのような言葉が、アインハルトは口をつぐませた。

 一体誰に『襲われ』、『迎撃』したというのか。

 

 「アインハルト、落ち着いて聞いてくれ」

 

 ノーヴェは、アインハルトの両肩に手を置いて言う。

 

 「私は、昨日お前に襲われた」

 

 アインハルトの顔に戸惑いが浮かぶ。その言葉を反芻するが、やはり意味がわからない。そんなことしていないはずだと、訴えようとした時、ノーヴェの次の言葉でアインハルトは、更に戸惑うことになった。

 

 「『覇王』を名乗るお前に」

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